第二話 命の恩人は
宝玉と、目が合った。
――これがもし比喩表現ならば、多少運命的な、ロマンチックな出会いという話で終わるだろう。
「おい、何ジロジロ見てんだコラ」
だがしかし、これは直喩である。
竜珠だったものは今や目はおろか、羽が生え、尻尾、手足、角まで生えた黒い小さな生き物へと変貌していた。
これは……
「……コウモリ?」
「誰が蝙蝠だ!俺は正真正銘、ドラゴンだ!」
そうは言うが、手乗りサイズで小さな羽を懸命にぱたぱたと動かす姿にドラゴンの威厳など欠片も感じない。そもそも、こんな小型で喋る竜など聞いたことがない。
「喝ーーーーッ!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
懐疑的な視線を感じ取ったのか、竜珠は咆哮と共にこちら目掛けて火を吐いた。
「アッツツあちちちわっちぃ!!!」
「フン!どうだ小僧、これで俺がドラゴンだと分かったろう」
竜珠はフスン、と鼻息と一緒に火を溢す。
「そういやジルはどこ行ったんだ?おいジル~」
「んー?あ、おっちゃん起きたん?ご飯もうすぐ出来るで〜」
「お〜う。それより聞いてくれよ〜!こいつ、この俺に向かってコウモリっつったんだぜ?ヒデェと思わねぇ?」
「んー?まぁ、コウモリゆーか、真っ黒やし…カラスみたいやな」
「カッ!?」
…余程ショックだったのだろうか、竜珠は「カラス…この俺が…」と呟きながら壁を前にして三角座りで丸まってしまった。
おいらを焦がしたバチだ、と思いつつも、彼が羽をへにゃりと下げて落ち込む姿は少し可哀想だった。
「あれ?おっちゃん、どないしたん?」
物陰から着替え終わったジルさんが出てきた。
その姿を見た瞬間、おいらは目を奪われた。
スレンダーで美術品の様にすらりと整ったプロポーションに、煌くような美しい顔立ち、金色に靡く長い髪。
――そして、長く尖った耳。
「じ、ジルさんはエルフだったんスか…!!」
―エルフ、通称『森の番人』。美しい容姿と高い戦闘能力を兼ね備えた、精霊に最も近い亜人種。古い絵物語にも度々登場する幻の種族だ。
「? 何や、陸に上がったサルみたいな顔して」
「それ要するにサル顔って事じゃねぇか…。小僧、エルフを見んのは初めてか?」
「え、は、はい…ダークエルフの方には何度かお会いしたことは有りますが…」
竜珠は何事もなかったように会話に加わった。ナイーブな割に、立ち直りは早いようだ。
「何や、今エルフてそない珍しいん?」
「うーん、まぁ、どういう訳かは知らねぇが、何百年か前に俗世間から縁を切って以来、自分たちの里の結界ん中に引きこもっちまったまんまだからなぁ。外に残ってんのははぐれ者か、変わり者か、その末裔くらいだ。ダークエルフは…まぁ、あいつ等はエルフほど戒律も厳しくねぇし、割とオープンな奴らだからな。今でも人間族とは問題無く交流しているらしい」
ジルはふーん、と興味あるのか無いのか曖昧な相槌を打つ。
「あ、そだ!やい小僧!命の恩人であるこの俺に礼の一つも言いやがらねぇとは、どういう了見だ!ジルは気にしねぇ奴だろうが、男なら通すべき筋はキチンと通しやがれってんだ!」
「え?あっ!そ、そういえば…」
混乱してて大事な事をすっかり忘れていた。
「後れ馳せながら、助けていただき有り難う御座います!」
「あぁ、えぇよ気にせんで。偶々近くに居ったから助けただけやし。困った時はお互い様、っちゅーことわざもあるやろ」
「諺、じゃねーけどな。まったく、運が良い小僧だぜ。竜珠に選ばれし者に巡り合えるなんてよォ」
竜珠…
「そうっス!何でジルさんが竜珠を持ってるんスか!?黒竜はどうしたんスか!?竜珠に選ばれし者って……ていうか何で竜珠が生きて喋ってるんスぐふぁ!!!?」
忘れていた疑問を畳み掛けるドートの脳天にジルの会心のチョップが炸裂した。
「~~っ!!?いきなり何するんスかっ!」
「相手が混乱しているときは取り敢えず殴っとけ、って昔婆ちゃんが言ってた!(キリッ」
「その知恵袋からは知性が感じられないっス!」
「あー…取り敢えず、落ち着け小僧。ちゃんと説明してやっから」
「え~と、つまりジルさんが偶々雨宿りに入った洞窟に黒竜が居て、そのジルさんを黒竜が竜珠を取りに来た盗人と勘違いして襲ったけども闘ってる内になんか仲良くなってしまった。そして、いい加減竜珠を守るのに疲れていた黒竜は、ジルさんに託すことにした、という訳スか?」
「あぁ。んで、折角だから一緒に旅をしようって話になったんで、魂だけを竜珠に憑依させたのが今の俺って訳だ」
「ナルホド…」
話は分かった。分かったが…話がぶっ飛び過ぎてて、今は受け入れるだけで精一杯だ。
それに黒竜が何百年も続けた竜珠の守り手を辞めるとは……ひょっとしておいらは歴史的にとんでもなく重大な場面に出くわしてしまったのではないだろうか。
「いや~、ちょっと休憩するつもりやったのにエライ目に会うたわ」
「す、すまん。最近俺の近くをうろつく奴が居たもんでな……あの時は少し気が立ってたんだ」
「あはは!えぇて、済んだことやし。お陰で服も乾いたし、おっちゃんとも友達になれたんやから。結果オーライや」
「そう言ってくれると助かる」
事の重大さを把握し緊張しているおいらの心を知ってか知らずか、当の本人達はつい最近知り合ったとは思えない程仲睦まじく笑い合っている。
そんな二人を見ていると、何だか無関係な自分だけが無駄に気負ってるようで、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「はぁ…。それで、ジルさんはこれからどうされるんスか?」
「?どうって?」
「竜珠を持ってる事を隠し通すのか、〝大賢者様〟のように人々を救い歩くのかってことっスよ」
―大賢者。黒竜から竜珠を手に入れた歴史上唯一の人間。大賢者は世界中を旅してその行く先々で病に苦しむ人々を人種も生まれも差別なく竜珠の力で癒し救い、竜珠と自身の存在を世に知らしめた。後に竜珠は大賢者の手から黒竜に再び渡る。黒竜と大賢者に何があったのか、その経緯を知る者は少ない。
「……だいけんじゃ?誰それ」
「……………………は?」
「…ジル、お前マジで言ってんのか?大賢者の名前くらい、そこらの妖精だって知ってるぞ」
「いや~、うち最近まで引きこもりやったからなぁ。あっはっはっは!」
「風の噂でも耳に入るだろ、フツー…」
この人は、大賢者様も知らないで竜珠を引き受けたのか…
「では、ジルさんは竜珠をどう使うんスか?」
竜珠は無限の生命力を宿した秘宝。その気になれば不老不死になるのも夢幻ではない。現にそれを目当てに黒竜に挑みかかった人間は数えきれない程いるのだ。
「はっきり言ってそれは永遠の命さえ手に入る代物っス。持っていれば何時誰に命を狙われるか分からないっスよ?」
とある国の王は黒竜を討伐する為に軍事強化に心血を注いでいる、なんて話もある。表向きは黒竜という驚異の排除となっているが、目当ては竜珠にあるともっぱらの噂だ。
「別に、何も?」
「へ?」
あっけらかんと即答された。
「うちは只貰えるもんは貰っただけやし、別にどうこうする気もないよ。不老不死なんかなったら暇潰すのも大変そうやしなぁ。でも人に渡す気はあらへんよ。これ乾燥肌に良う効くねん~♪」
「か、乾燥肌て…」
…保湿クリーム扱いである。
「だははは!ジルはこういう奴だ、悪用なんかしねぇから心配すんな!それに、竜珠は認めた人間以外には力は貸さねぇ。無理矢理手に入れても只の宝玉にしかならねぇんだよ」
「えぇ!!?そ、そうなんスかぁ!!!?」
だとしたら、竜珠を狙う人達は相当の努力と時間を無駄に費やしてきた事になる。何だかやるせない。
「はぁ…、やっぱり後世に伝えんの忘れてやがったのか、賢者の大バカ野郎は。道理で竜珠目当ての連中が絶えない訳だぜ。お陰で何回引っ越しする羽目になったと…」
……あぁ、おいらの旅が長引いたのは大賢者様のせいだったんスね…
「…それよか小僧、一つ聞きたいんだが…お前も竜珠を狙ってここまで来たんだよな?」
「え、まぁ…」
「今の口ぶりだと、竜珠を持つ事の危険性はよく分かってたはずだ」
…黒竜さんの言いたい事は分かった。当然の疑問だろう。
「…………いんス」
「あ?」
「お嬢様が怖いんス!恐ろしいんス!!無茶な命令だとは分かってたっスが、逆らえば何されるか……(ガクガクぶるぶる)」
「大丈夫か、おい…」
「全然大丈夫じゃないっス!!このまま何の収穫も無しに屋敷に帰ればお仕置き間違いなしっス!!!あぁどうしよう……」
「よく分かんねぇが…ご愁傷さまだな」
「そ、そんな、見捨てないで下さいっ!ジルさん、おいらと一緒に屋敷に来てもらえないっスか!?本物さえ持って帰れば、お嬢様も文句はない筈なんス!」
「っ!テメェ、いい加減にしろ!命を救ってやったってのに、その上まだジルに迷惑を掛ける気か!?」
黒竜さんの尤もな意見にうっ、と言葉に詰まる。
「別にうちはえぇよ?」
「なっ!?」
「ほ、本当っすか!?」
「オイオイ待てよジル、コイツの主人は間違いなく貴族だぞ!?下手に関わり合いになったら面倒な事になるって!!」
「かまへんて~、コソコソ隠れんのも疲れるだけやし、オモロないやろ。それに兄ちゃん困ってるんやろ?」
「だからって、今日初めて会った奴にそこまで…」
「それ言うたら、おっちゃんとうちかて昨日今日の仲やんか」
「うっ…そりゃそうだがよ…」
黒竜はまだ納得できないという顔をしている。
「う~ん……そや!」
ジルは良い事思いついた、という風に手を叩くと焚き火に掛けていたシチューを器によそい出した。
「ほれ!兄ちゃんの分!」
「え?あ、有難う御座います」
「ほれ、おっちゃんの分!」
「お、おう」
一体どういうつもりなんだろうか、と湯気の立つ器を渡された二人はジルに怪訝な視線を向ける。
「おし、配膳終わり!んじゃ、食べよか!」
「いやいやいや、どういうことだよっ!?」
黒竜の突っ込みに同意するようにドートも困惑顔で頷く。
「んも~分からん?これでうちらは〝同じ釜の飯を食うた仲〟や!仲間が困ってんなら助けたらな、な!」
「「……!」」
――何て、何て良い人なんだろうか。
「はぁ~…俺の負けだ、一本取られたぜ。ジルの好きにしな」
「うん、あんがと。…あれ?兄ちゃん、何泣いとるん?」
気付けばおいらの目からは、涙が流れていた。
「グズッ…いえ、有難う御座います。本当に…」
「ほら、泣いてんで早よ食べ。冷めてまうで?」
「喰わねぇなら俺に寄越しな。そうすりゃ〝同じ釜の飯を食った仲〟にはならねぇからな。だははは!」
「わぁ!食べます、食べます!!」
「あははは!そない慌てて食べんでもおかわりあるで~」
久方ぶりのシチューは甘くて少し、しょっぱかった。




