6話 素質
「お前は……」
「きゃああっ!!」
落下先にいたのは桜屋の娘だった。
衝突は免れないと思ったが、俺はせめてもの抵抗として身体をねじった。
しかしそうしたことによって回避しようとした桜屋の娘を逆に捉え、派手に衝突。
土埃が舞い、地面を叩く強い音が鳴り響いた。
「逃げろと言わなかったか? ……もしかして俺の心配を?」
「……。ふん! そんなのあり得ないわ! 自自惚れもいいところね! ただ自分よりも下のランクの奴が戦ったのに、この私がなにもしなかったなんて、許せなかっただけ!それに世間は後からあーだこーだ言うでしょ。だから……って、あんたどこ触ってるのよおおお!!」
――バチん!!
「う、ぐ……。はぁあん」
ぶつかった先で手をつくとなぜかそこには2つの柔らかい大きなクッションがあった。
土埃りのせいでそれがなにか分からないまま、桜屋の娘の話を聞いていると、俺はだんだんとその正体に気づき始め……今日1番の冷や汗をかいた。
そして案の定激昂した桜屋の娘は俺の右頬をフルスイングで叩いた。
痛い。
進化個体の弾よりも遥かに痛くて、気持ちがいい。
これを食らってしまうと、あんな奴の下手に出ていたのが馬鹿に思えるほどだ。
……そういえばこれは桜屋の娘の攻撃があの進化個体の一撃を上回っているってことになるのか?
それは考えにくいが……普通に考えるとそうなる、よな。
……にしてもこいつの手、なんでこんなに汚れてるんだ?
この色合いだと炭の汚れに見えなくもないが他にもどこかで……。
「うーん、どれもよく分から――」
「いや、マジで生きてたのかよ。あの数のコボルトを相手にして……ってコボルトアーチャーまでいたのか。お前よくその程度の怪我で済んだな。一体どうなってんだよその身体。まさか、その黒い紋様のスキルがとんでもないとか?いや、でもお前って確かFランクで……でも姉さんが気に掛けてはいたんだったか」
「あなたは……」
「俺は和田。今日からお前らの先輩でって……おっと話してる場合じゃねえ、来るぞ。全員構えろ」
和田さんの指示を受けて俺は立ち上がった。
だが、このままコボルトたちを迎え撃って2人が無事とは思えない。
生意気だといびられるようになるかもしれないが……。
「俺が全部受け止める」
「ちょ、お前……」
引き留めようとする和田さん。俺、嫌われたな。
「待ちなさい! この私があんたにばっかりいいところをあげさせるわけないでしょ」
続けて追いかけてくる桜屋の娘。
よし、こいつも道連れにできた。
「あーもう、今年の新人は厄介なのしかいねえのかよ!って、はっや!」
叫ぶ和田さんを置き去りにして、俺は襲い来るコボルトの群れの中に無防備に飛び込んだ。
そして抵抗の意思を見せず、ただその場で佇むことでコボルトたちは桜屋の娘よりも俺に集中。
俺はたちまち地面に倒されて磔にされているような十字の姿勢をとらされた。
――グイ、ゴキパキ……。
歯牙が通らないと分かっているのだろう、腕や脚を折るために身体に巻き付いたり、殴ったりを繰り返して、俺の身体のそこら中からさまざまな音が鳴った。
これでも痛みはないのだからこの世界、仕組みというのは本当に不思議だな。
コボルトたちもなんでなのか首を傾げて……ちょっとだけ和やかに思えなくもない光景が広がったかと思えば――
――ゴギっ!! ブチ!!
コボルトの群れの後方で俺のものではない骨の音が響いてきた。
その音がなった経緯を辿るため少しだけ頭を上げ、重なるコボルトたちの間をじっと見つめた。
すると案の定桜屋の娘がコボルトの頭を抱え、その首を強引にひん曲げていた。
とんでもない馬鹿力。
俺よりも攻撃力が高いのは間違いなさそうだ。
ただ、桜屋の娘も新人に変わりはない。
最初からここまでの攻撃力を有しているのはあまりにも異常な気が……。
「あれ? さっきのあの黒い汚れ……。移動中に落ちた……いや、消えている最中に見えるな」
つい数分前までは手に残っていたあの黒い汚れ。
それはだんだんと薄くなっていき、それに合わせるようにコボルトの頭は圧縮され細くなる。
あの黒い汚れを消費して力が強くなる仕組み、スキルか?
であればあの黒い汚れは……。
――パンッ!!
その正体にいくつかの検討をつけていると、桜屋の娘の前でコボルトの頭が弾けた。
血が吹き出しまるで噴水のようだ。
「……」
その場にいた誰もが死んだコボルトに釘付けになり、時間が止まった。
たが、最も戦闘経験が豊富な和田さんは一人だけ早く我に返って自分の武器を桜屋の娘に投げ渡した。
長い刀身に真っ黒な鞘。
こんな武器、十数年前だったら持ち歩くだけで犯罪者となるものものしい存在だったのだろうが、今じゃこんなにも心強い。
ただ見た目以上に重いはず。
素人が振り回して敵を切ろうと思えば、中々に難しいだろう。
「だから……」
「私の活躍を盛り上げなさい。何度も何度も……地味で、しんどいくて、時にダメージも負う危険な役目だろうけど、あなたはそれが得意なはずでしょ?」
「よくご存知で」
俺が自分の役目を言い切るよりも先に命令が下った。
まだあどけなく、弱みを見せてしまうような未熟な娘ではあるが……。
俺に無意識で返事をさせるだけの圧、どうやら最高に喜ばせてくれる女王様の素質は持ち合わせているようだ。




