3話【別視点】プライド
明日も昼頃更新予定です。多分。
「あの馬鹿、命が惜しくないの? 気持ちいいって……死んだら元も子もないのよ。あり得ない。なんでそんなに、あんたは嬉しそうに……。嬉しそうに辛いこと、努力ができるの……。なんで……私はこうなってまで何もしようとしないの? 満たされるために、動けないの?」
私は生まれてからなに不自由なく暮らしてきた。
親は超がつくほどのお金持ちで、周りの人間は私のことをお嬢様と呼んで慕ってくれた。
行きたい学校には大した勉強をしなくても入学ができて、欲しいものは全部買ってくれた。
友達だっていっぱいいて……。
でも、いつからだろう……。
その視線が不自然に感じ始めたのは。
高らかに笑う自分とは対照的に、みんなの目はどこか遠くを見つめいて……笑っているのに笑っていない、そんな気がした……。
どこか距離を感じてしまうことも度々あった。
それは家族だって同じ。
段々と今まで感じなかった焦りが、不安が押し寄せて……だから探索者の仕事を勧めてもらった時、いつもより頑張ろうと思えた。
実際そこそこ頑張るとお父様とお兄様は心の底から喜んでくれた。
それだけでなんとなくホッとしちゃって、やっぱりそこでも手を抜いて、周りを下に見て……その結果がこれ。
私には本当の意味で家族を喜ばせる魅力も、周りを見下せるほどの才能もなかった。
それに気付いたのはさっき……私よりもランクが下の変人が怖がる素振りも見せずに腰を上げ、歩き始めた時。
あいつみたいに努力できるものが天才、何かに没頭して、突き動かされて……歩きだせるのが天才。
だから今の私は天才じゃない。
だけど、だけどだけどだけど……。
「プライドだけは……1人前だと思うの」
非力さを思い知って、泣き喚いて、怖くて……また手を抜こうとして。
そんな自分を罵りながら……でもあんな変人に負けるって、それだけは許せないって思うと自然と脚は動いた。
戦える。戦える戦える戦える。
だって、それでも私はあいつよりも強い。
試験結果はお父様たちに仕組まれたもの……だとすればあいつよりも、コボルトを殺せる可能性は遥かに高いはず。
「満たされるため……。ううん。ここにいる誰よりも勝って、桜屋の娘としての誇りを抱いて、最後くらい本物のマウンティングをして……みんなに私を満たさせさせてやるんだから!」
ゆっくりと動いていた脚を次第に早くさせた。
不思議、こんなときなのにいつもよりも身体が軽い気がするわ。
「運転手、開けなさい! この私……桜千咲の初陣よ!!」
――プシュウ……。
扉が開く音が鳴り止むのを待つこともせず、私はアスファルトの上に立った。
戦闘の跡があることは勿論、きちんと舗装された道よりも歪んでいて重心のバランスが右に寄る。
すると額から流れる汗はその通りに流れ、右目を刺激。
だからって目を拭うことはしない。
だってここはもう戦場。
1秒後にはモンスターの腹の中にいる可能性だってある世界だから。
「はぁはぁはぁ……。あ、あいつは……」
大して動いていないのに乱れる息。
呼吸が苦しくなるのを感じながらも、私は辺りを見回した。
「いない……ううん。あっちに逃げた?」
「――止めとけ!!」
遠くにコボルトの群れがあるのを見つけた私はそれを追いかけようとした。
するといつの間にか近くに立っていた男が私の肩を強く掴んだ。
「……痛いわね。あなた、誰にこんなことをしているのか分かっているの?」
「ああ、分かってるさ。分かってるからこそ止めてるんだ。桜屋の高飛車お嬢さん」
「その顔、さっき私を呼びにきた男ね。ふーん、そういうこと。お父様に買われてこの地区でもわざとこんな危険な場所に連れてきた、と……。流石はお父様……ううんお兄様かしら?」
「それは……。あんまり言ってやれないがよ。とにかく、俺はお前を殺す気も、危険な場所に連れてきたつもりもねえ。この事態は完全にイレギュラー……。ほら見ろ!その証拠にこっちの奴らももう使い物になんねえ有り様だ」
男が指を差した先には一緒にバスに乗っていた探索者が2人。
男の探索者はコボルトに腕をやられたのか、服をちぎって包帯代わりに腕に巻きつけている。
出血は多量、動くのは危ない状態かしら。
「あ、わわ……。あんなの……聞いてない」
女の探索者は怪我らしいものは見当たらない代わりに、戦意を喪失してしまったようでその場から動こうとしない。
多分その尻の下にできてる臭う水溜まりにも気づいてないわね。
「……」
「分かっただろ。殺すも何もないってことが。こっちはこっちで手一杯ってわけで、ここにいたんじゃいずれ来る増援に食い殺されんのよつーわけでこいつらの頑張りも合間って運良くできたこの時間を使って逃げんぞ。ほら、そっちを頼む。俺はこっちを運ぶからよ」
男は私に命令すると、バスへ向かおうとした。
でも私はそれを聞き入れずにコボルトたちのいる元へ向かおうとする。
「おいおいおい! こいつらの頑張りを無視するつもりかよ! 後輩を逃がそうと必死こいて、怪我して――」
「頑張りって……冗談言わないで。ここにコボルトがいないのは誰のお陰なのか……。そんなの現状を見てちょっと考えたら分かる。はぁ……逃がしてくれるならその後輩をもう一人連れていくのがあんたたちの役目!2人は無理だとしてもあんたはついてきなさい!!」
――バチン!!
先輩探索者だろうと関係なく、私は男の頭を叩いた。
とんでもないことをしているのは分かっているのに、こんなときだって言うのに……なんだか、こう胸が熱くなった気が……。
「いで! 姉、御……じゃねえか。……。……。……。はぁ……あのコボルトは普通じゃねえってのに……。ちっ、しゃねえ!他の群れの気配がしたらさっさと逃げるからな!俺だけでも!」
そうして私たちはコボルトの群れからあの馬鹿を助けるために走り出した、のだけど……その光景は私たちが想像していたものとは大きく異なっていたのだった。




