17 後日談
シイナを街へ連れて行かないと。
その思いだけで、ケイリは目を覚ました。
息を吸う。
冷たくない。苦しくもない。
なのに、生き返った実感とも違う。
視界の上には、白い空があった。
雪がやんだ後の、静かな朝の色だ。
「どうしたの?」
すぐ近くで、声がした。
ケイリは目を向ける。
そこに、シイナがいた。
いつもの顔で。
いつもの声で。
まるで何事もなかったみたいに、膝を抱えてこちらを見ている。
「……シイナ」
喉が鳴る。
「おはよ」
シイナが笑う。
その笑い方が、あまりにいつも通りで、ケイリは返事を忘れた。
「……おはよ」
やっと言って、身体を起こしかける。
そこで違和感が走った。
おかしい。
寒くない。
息も白くない。
身体のどこにも、昨日までの苦しさが残っていない。
それなのに、“生きてる”感じが薄い。
ケイリはゆっくり、自分の首の後ろへ手をやった。
触れた指先が止まる。
蕾だった。
もう、そこに“ある”と分かる形。
小さく、硬く、冷たいもの。
ファズの声が、遅れて蘇る。
――もう人ってより、植物に近い状態だ。
ケイリは目を閉じた。
何が起きたのか、全部を理解したわけじゃない。
けれど、分かることはあった。
シイナは、もう花になっている。
自分もまた、返ってきたのだ。
悔いに引かれて。約束に縛られて。
だから、こうして話せている。
「……そっか」
ケイリは小さく言った。
シイナが首を傾げる。
「なにが?」
「いや」
ケイリは笑った。
今度は作った笑いじゃなかった。
「ちゃんと、街まで来れたなって」
シイナが少しだけ目を丸くして、それから吹き出すみたいに笑った。
「うん。来れたね」
その笑い声を聞いて、ケイリも笑う。
変な感じだった。
泣きたいのに、笑える。
終わっているのに、嬉しい。
「ありがとう」
シイナが言った。
「連れてきてくれて」
ケイリは首を振る。
「……こっちこそ」
何に対しての礼か、ひとつじゃなかった。
一緒に逃げてくれたこと。
笑ってくれたこと。
最後まで名前を呼んでくれたこと。
全部だ。
シイナは、少しだけ照れたみたいに視線を逸らした。
「なんか、変だね」
「変だな」
「でも、悪くないかも」
「……そうだな」
二人はしばらく笑っていた。
雪の残る朝の中で、春にも届かない場所で。
やがて、ケイリは首の後ろに熱ではない“ひらき”を感じた。
薄く、静かに、けれど確実に。
終わるのだと分かった。
シイナも気づいたのか、目を細める。
悲しそうではなかった。
むしろ、やっと並べると知った顔だった。
「ケイ」
「ん」
「会えてよかった」
ケイリは頷く。
「俺も」
それだけで十分だった。
次の瞬間、ケイリのうなじで蕾が裂けた。
痛みはあった。
けれど、怖くなかった。
赤い花が開く。
ひとひら、またひとひら。
雪の白の上で、もう一つの夜明けみたいに。
二輪の花が並ぶ。
風は弱い。
雪は薄い。
世界は何も祝わないし、何も責めない。
ただ、そこに咲いていた。




