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返り花  作者: Nep


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16/17

16 街

朝の空は薄かった。

 

夜を越えたはずなのに、光にはまだ熱がない。

雪はやみかけていて、白んだ雲の下を、細かい粒だけが名残みたいに落ちている。

 

ファズは丘を登った。

足場は悪くない。雪は浅い。

この高さまで来れば、もう森も切れて、街が見える。


……見えるはずだった。

 

一歩、尾根を越えたところで、ファズは足を止めた。

 

そこに、二人がいた。

 

街を見下ろす斜面の途中、ケイリが岩にもたれて座っている。

眠っているようにも見えた。

けれど、猟師の目はそういう見間違いをしない。

 

膝の上には、シイナ。

 

抱いたまま、ここまで来たのだと分かる姿勢だった。

落とさないための腕。

庇うための肩。

最後まで“連れて行く”形のまま、二人は止まっていた。

 

ファズはしばらく何も言わなかった。

街は、もう見える。

空気が澄んでいれば、屋根の形も分かる距離だ。

 

「……ここまで来たか」

 

声は小さかった。 

褒めるようでもあり、呆れるようでもある。

だが、そのどちらでも足りなかった。

 

ケイリの顔は静かだった。

苦しんだ跡はある。唇も、指先も、夜の冷たさに持っていかれている。

それでも腕だけが固い。最後まで離さなかったのだと、それだけで分かる。

 

シイナのうなじには、赤い花が咲いていた。

雪の中で、そこだけが夜明けみたいに色を持っている。

 

ファズは長く息を吐いた。

 

「……悔いが残るなら」

独り言みたいに、言葉が落ちる。

 

「お前も返るかもな」

 

返事はない。

あってたまるか、と思いながら、少しだけ待ってしまう自分がいた。

 

「……俺もか」

乾いた笑いが、短く漏れた。

 

それからファズはしゃがみ込み、まずシイナを見た。

次にケイリの腕を見る。

固くなった指を一本ずつ外していく。

無理に剥がさない。

怒らせないように、眠りを解くみたいに。

 

「少しだけ、借りるぞ」

誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 

二人をそのままにはしなかった。

街から見えるこの場所は、約束の終わりにはふさわしくても、眠る場所としては少し明るすぎる。

 

ファズは二人を抱え直し、丘の裏手へ運んだ。

風の当たりにくい窪地。低い木立が雪を受けて、外からは見えにくい場所。

春が来ても、しばらくは静かでいられる場所。

 

そこへ、並べて寝かせる。

 

ケイリの腕を、今度はシイナの肩へ置いた。

起きれば、また抱く形になるように。

 

「これでいいだろ」

 

雪が落ちる。

白い粒が、二人に同じように積もっていく。

 

赤い花だけが、その白の中で色を失わない。

 

ファズはしばらく立ったまま見ていた。

何か言うべきかと思ったが、思いついた言葉はどれも軽かった。

 

だから何も言わない。

 

雪は静かだった。

風も弱い。

眠るには、悪くない朝だった。

 

ファズは踵を返す。

街へ向かう道は、もう目の前にある。

人のいる場所。灯りのある場所。

それでも今のファズには、そっちの方が遠く見えた。

 

背後には、二人分の静けさが残る。

雪がそれを少しずつ覆っていく。

 

ファズは振り返らなかった。

振り返れば、自分まで足を止めそうだったから。

 

そのまま、白い朝の中へ降りていく。

 

返り花は、咲いていた。


 

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