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返り花  作者: Nep


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15/17

15 約束

背後で雪を踏む音が止まった。

 

ファズだった。

息は乱れているのに、声はもう乱れていない。

 

「……終わったか」

ケイリは答えなかった。

 

腕の中のシイナは、軽い。

さっきまで“軽すぎる”ことが怖かったのに、今はもう、その軽ささえ手放したくなかった。

 

赤い花が、雪の中で静かに揺れている。

風に揺れているのか、自分の腕が震えているのか、分からない。

 

ケイリはそっとシイナを抱き直した。

背負わない。肩にも乗せない。

両腕で包むみたいに、抱え上げる。

 

もう温度を気にする理由はなかった。

気にして守れる時間は、終わった。

 

雪が降る。

細かい白が、シイナの髪にも、花にも、ケイリの肩にも積もっていく。

 

ファズが低く問う。

「……どこへ行く」

 

ケイリは前を向いたまま答えた。

「街へ行きます」


ファズは一歩だけ近づく。

「何のためにだ」

 

ケイリは答えない。

その沈黙のまま、ファズは続ける。

 

「嬢ちゃんは、もう――」

 

「一緒に行くって言ったんです」

食い気味だった。

ケイリはシイナを抱えたまま、ほんの少しだけ腕に力を入れる。

 

「街へ連れて行くって、言ったんです。俺」


その言葉だけで、喉の奥が焼けた。

雪の夜。病院。デート。小屋。影。

そこまでの全部が、その一言のために残っていた気がした。

 

ファズは何も言わない。

言えないのか、言わないのか。

沈黙だけが、背中に落ちる。

 

ケイリは歩き出した。


夜の林道は白いのに暗い。遠くの空も、村の灯りも、何も見えない。

それでも前へ出る。前へ出るしかない。

 

腕の中のシイナは動かない。

赤い花だけが、時々、雪を受けて濡れる。

 

「……もう、十分だ」

後ろでファズの声がした。

 

ケイリは止まらない。

 

「それでも行くのか」

 

止まらない。


雪はしだいに濃くなる。

足跡がすぐに埋まる。埋まっても、また刻む。

 

ケイリは歩いた。

腕の中の重みを確かめるみたいに、一歩ずつ。

 

背後でファズはもう呼ばなかった。


雪の夜に、二つの影があった。

一つは立ち止まり、一つは遠ざかる。

やがて、立ち止まった影の前からも、白がすべてを奪っていく。

 

ファズはその場に立ったまま、長く息を吐いた。

 

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