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返り花  作者: Nep


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13/17

13 蕾

小さい窓が、開いていた。

光が入りにくい、あの狭い部屋の窓だ。幅は狭いのに、妙に縦に長い。外から見れば“ただの小窓”なのに、近づけば人が身体をねじ込めるだけの高さがある。

 

その窓が――限界まで押し上げられていた。

枠の霜が欠け、蝶番のあたりだけ白が剥がれていた。ここを通った、と言わんばかりの生々しさ。

 

窓の下に、椅子が寄せられていた。

ベッド脇にあったはずの椅子だ。脚の周りの雪が、床に細い粒を落としている。外気が部屋の中へ刺さってくる。

 

「……シイナ」

 

返事はない。

 

部屋の中は暗い。

壁際のベッドは――空だった。

 

毛布は崩れている。

乱れた皺だけが残って、真ん中が空っぽだ。手を当てても冷たいだけで、そこに“さっきまでいた”気配はない。


「……シイナ?」

もう一度呼ぶ。返事はない。

 

床に、浅い線が伸びていた。

雪じゃない。擦れた跡だ。布が引きずられたみたいな白い筋。窓へ向かって、途中で途切れている。

 

――出た。

 

気づいた瞬間、身体が勝手に動いた。

取っ手を掴んで扉を開け、廊下を蹴って、外へ飛び出す。

 

雪が降っていた。

細かい粒が視界に刺さって、空は早くも色を落とし始めている。風が湿って、息が重い。

 

足跡。

新しい。まだ埋まっていない。けれど雪は容赦なくそれを消していく。白が輪郭を薄くして、道を奪っていく。

 

「待ってくれ……!」

声が裂ける。返事はない。

 

ケイリは走った。

踏めば鳴る雪を踏み、枝を払い、ただ足跡だけを追う。踏み固められた場所を外れ、林の中へ入る。足跡が途切れれば、それで終わる気がした。

 

背後で、戸が鳴った。

続いて、雪を裂くみたいな声が飛んでくる。低くも、落ち着いてもいない。焦りがはっきり混ざっている。


「おい! ――もう時間はねぇぞ!」

 

返事をする余裕はない。振り返る余裕もない。

歯を食いしばって走る。心臓がうるさい。呼吸が追いつかない。

 

森は暗くなるのが早い。

木々の隙間から見える空が、じわじわと灰に沈む。雪の白さだけが目立って、足跡の輪郭が薄くなる。

 

どこだ。

どこへ行った。

 

足跡が乱れる。

ふらついた跡。立ち止まった跡。膝をついたみたいな穴。そこからまた、短い距離で――消えている。

 

(……いた)

 

林道から少し外れた、木の根が盛り上がる斜面の下。

雪の上に、身体が横たわっている。

 

「シイナ!」

駆け寄って、抱え上げる。

 

軽い。軽すぎる。

腕の中で彼女の頭がぐらりと揺れた。

生きているのか。眠っているのか。

分からないまま、喉の奥だけが乾いていく。

 

「なんで……こんな……!」

 

名を呼ぶ。肩を揺らす。返事はない。

それでも、腕の中には確かに“形”がある。形があるのに、心が追いつかない。

 

震える息で、視線が勝手に落ちる。

 

うなじ。

 

――蕾が。

 

もう“皮膚の下”じゃなかった。

盛り上がりが裂けて、淡い光がそこから滲んでいる。月明かりみたいな白が、割れ目の縁に張りついて、今にも外へ溢れそうだ。

 

破れた皮膚の隙間から、赤が覗いていた。

花の色だ。

世界へ出る場所を探しているみたいに、じっとそこにある。

 

今にも、開く。

 

ケイリは息を呑んだ。

吐くのを忘れて、胸の奥だけが冷えた。

 

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