13 蕾
小さい窓が、開いていた。
光が入りにくい、あの狭い部屋の窓だ。幅は狭いのに、妙に縦に長い。外から見れば“ただの小窓”なのに、近づけば人が身体をねじ込めるだけの高さがある。
その窓が――限界まで押し上げられていた。
枠の霜が欠け、蝶番のあたりだけ白が剥がれていた。ここを通った、と言わんばかりの生々しさ。
窓の下に、椅子が寄せられていた。
ベッド脇にあったはずの椅子だ。脚の周りの雪が、床に細い粒を落としている。外気が部屋の中へ刺さってくる。
「……シイナ」
返事はない。
部屋の中は暗い。
壁際のベッドは――空だった。
毛布は崩れている。
乱れた皺だけが残って、真ん中が空っぽだ。手を当てても冷たいだけで、そこに“さっきまでいた”気配はない。
「……シイナ?」
もう一度呼ぶ。返事はない。
床に、浅い線が伸びていた。
雪じゃない。擦れた跡だ。布が引きずられたみたいな白い筋。窓へ向かって、途中で途切れている。
――出た。
気づいた瞬間、身体が勝手に動いた。
取っ手を掴んで扉を開け、廊下を蹴って、外へ飛び出す。
雪が降っていた。
細かい粒が視界に刺さって、空は早くも色を落とし始めている。風が湿って、息が重い。
足跡。
新しい。まだ埋まっていない。けれど雪は容赦なくそれを消していく。白が輪郭を薄くして、道を奪っていく。
「待ってくれ……!」
声が裂ける。返事はない。
ケイリは走った。
踏めば鳴る雪を踏み、枝を払い、ただ足跡だけを追う。踏み固められた場所を外れ、林の中へ入る。足跡が途切れれば、それで終わる気がした。
背後で、戸が鳴った。
続いて、雪を裂くみたいな声が飛んでくる。低くも、落ち着いてもいない。焦りがはっきり混ざっている。
「おい! ――もう時間はねぇぞ!」
返事をする余裕はない。振り返る余裕もない。
歯を食いしばって走る。心臓がうるさい。呼吸が追いつかない。
森は暗くなるのが早い。
木々の隙間から見える空が、じわじわと灰に沈む。雪の白さだけが目立って、足跡の輪郭が薄くなる。
どこだ。
どこへ行った。
足跡が乱れる。
ふらついた跡。立ち止まった跡。膝をついたみたいな穴。そこからまた、短い距離で――消えている。
(……いた)
林道から少し外れた、木の根が盛り上がる斜面の下。
雪の上に、身体が横たわっている。
「シイナ!」
駆け寄って、抱え上げる。
軽い。軽すぎる。
腕の中で彼女の頭がぐらりと揺れた。
生きているのか。眠っているのか。
分からないまま、喉の奥だけが乾いていく。
「なんで……こんな……!」
名を呼ぶ。肩を揺らす。返事はない。
それでも、腕の中には確かに“形”がある。形があるのに、心が追いつかない。
震える息で、視線が勝手に落ちる。
うなじ。
――蕾が。
もう“皮膚の下”じゃなかった。
盛り上がりが裂けて、淡い光がそこから滲んでいる。月明かりみたいな白が、割れ目の縁に張りついて、今にも外へ溢れそうだ。
破れた皮膚の隙間から、赤が覗いていた。
花の色だ。
世界へ出る場所を探しているみたいに、じっとそこにある。
今にも、開く。
ケイリは息を呑んだ。
吐くのを忘れて、胸の奥だけが冷えた。




