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返り花  作者: Nep


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12/17

12 喪失

雪は、まだ降っていた。

窓の外で白い粒が静かに落ち続け、屋根を叩く音が遠くで小さく鳴る。

 

ファズは外を見たまま、しばらく黙っていた。

黙りが長いというより、言葉を探してない沈黙だった。

 

「俺にも、娘がいてな」

ケイリは顔を上げた。

 

「三人で暮らしてた。俺と、妻と、娘。……冬の山に入った時だ。狼が出て、娘とはぐれた」

 

淡々とした声。けれど、淡々としているぶん、事実が骨のまま転がってくる。

 

「見つけた時には、雪の中で倒れてた。担いで帰った。……それだけだ」

 

“それだけ”で済む話じゃないのに、ファズはそう言った。

済ませるしかなかった言い方だ。

 

雪が窓に触れて溶ける。

 

「翌日、首に蕾が生えてた。妻は喜んだ。俺もな。――生き返ったって、思ったからな」

 

そこでファズは少しだけ言葉を噛んだ。噛んだだけで、飲み込んだ。

 

「でも、身体は戻らねぇ。顔色も、飯も、息も。良くならねぇまま、日だけ進む。……だから街の医者に連れて行った」

 

ケイリは、息を止めて聞いていた。

 

「そこで聞いた。屍咲草の話を」


雪の音だけが続く。


「娘はもう死んでると言われた」

 

言葉が、静かに落ちる。

 

「妻は壊れた。俺を責め続けた。俺も、責められて当然だと思ってた。……そういう日が続いた」

 

ファズは窓の外を見たまま言う。

自分の話なのに、まるで狩りの報告みたいに。

 

「ある日、家に帰ったら赤い花が咲いてた。娘は眠ってるみたいに終わってて、妻はいなかった」

 

そこで初めて、ファズが一拍だけ止まった。

止まって、息を吐く。

 

「……俺は、ほっとした。責められねぇって思った。そう思った自分が嫌でな。………ずっと」

 

ケイリは言葉を失った。

何か言えばいいのに、何も言えない。慰めも、同情も、ここでは軽すぎる。

 

やっと絞り出す。

 

「……それで」

声が掠れた。

 

「俺たちに会ったのは……偶然ですか」

 

ファズは、初めてケイリを見た。

目は冷たいわけじゃない。ただ、余計な熱がない。

 

「叫び声が聞こえた。それが一番だ」

 

そう言い切ってから、少しだけ続ける。

 

「ただな。今朝、狩猟小屋に入った。誰かが泊まった跡があったのに、火を使った形がねぇ。……妙だろ」

 

ケイリの胸が沈む。

 

「雪の跡は新しかった。街の方へ向かってた。運がよけりゃ会うかもなと思って歩いてたら、お前の声だ」

 

偶然。

でも、偶然だけで片付けられない線の引き方だった。

 

そのとき――奥の部屋で、コト、と小さな音がした。


木が鳴っただけか。布が擦れただけか。

けれどケイリの背中は、それだけで跳ねた。

 

(今の話――聞いてたのか)

身体が先に動いた。

息は遅れて、喉に引っかかった。

ケイリは立ち上がる。


「シイナ」

 

ファズも視線だけ向ける。

ケイリは扉へ駆け寄り、取っ手を掴んで開ける。

部屋の中は暗い。


ベッドは――空だった。

 

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