木下
翌朝、私は埼玉のビジネスホテルを出て、東京駅に向かった。
調査で残っているのは、最後の一件だけだった。
火災事故で亡くなった、木下という男性についてだ。
東京駅から新幹線に乗り、名古屋へ向かった。
普段なら新幹線での移動時も作業をするのだが、気が付かないうちに疲れをためてしまっていたようで椅子に座って数分後には寝息を立てていた。
名古屋駅で新幹線を降り、在来線を乗り継いで、木下の実家があるという住宅街へ向かった。
出迎えてくれたのは、木下の妹だという女性だった。
四十代半ばほどで、事前に連絡を入れていたこともあり、落ち着いた様子だった。
応接間で向かい合い、簡単に事情を説明すると、女性は兄のことを少し考えるような間を置いてから話し始めた。
木下は税理士だった。
仕事柄、お金の管理には厳しかったという。
「昔から、数字に関しては妥協しない人でした」
学生時代の話を聞かせてくれた。
大学で所属していたサークルの生徒会で、木下は会計を任されていたそうだ。
ある年、わずかな計算ミスを見つけ、責任者に詰め寄ったことがあった。
「数百円の誤差だったと思います。でも兄は、『合わないものは合わない』って」
場の空気は悪くなったが、最終的には木下の指摘が正しかった。
それ以来、金の管理を任せるなら木下だ、と周囲から一目置かれるようになったという。
私は、その話をメモに書き留めた。
マンションを購入したあとも、兄の性格は変わらなかった。
妹が顔を合わせるのは、正月や法事など、年に数回程度だったが、そのたびに話題に出るのは仕事か、金の話ばかりだった。
「管理費とか、修繕積立金とか……そういう話をしていました」
特定の不正を口にしていたわけではない。
ただ、納得がいっていない様子だったという。
「数字の動きが、説明と合わない気がする、って」
深刻そうに相談されたわけではない。
愚痴とも独り言とも取れる程度だった。
「関係ないかもしれませんが…兄は、延長コードの使い方には、かなりうるさかったんです」
必要以上に繋ぐな。
容量を超えるな。
口癖のように言っていたらしい。
私は、それ以上踏み込まなかった。
取材を終え、駅へ向かう途中で、私はノートを開いた。
木下は、数字を信じる人間だった。
曖昧な説明を嫌い、帳尻が合わないことを放っておけない。
そして、マンションの金の流れに、何か引っかかりを覚えていた。
事故として処理されている以上、それを覆す材料はない。
警察も、問題はなかったと判断している。しかし、どうしても拭い去れない違和感がまとわりつく。
私は、ノートの余白に一行だけ書いた。
――合わなかったのは、数字か。
――それとも、別の何かに気が付いたのか。
答えは、まだ出ていなかった。




