死因
平日の午前中、原稿を書いていると、内線が鳴った。
電話の相手は、以前近藤の記事を担当していた部署の編集者だった。「例の件だけど」と前置きして、資料が少し見つかったと言った。
昼休みに、そちらへ行くことになった。
渡されたのは、紙のファイルだった。コピーされた原稿、メモ書き、取材先のリスト。近藤はアナログ派の人間だったためかデジタルデータが少なかった。
編集者は、資料を机の上に置きながら言った。
「近藤、あの記事を書いてる途中で、そのマンションに住まいを移してたんだよ」
私は、その時点では深く反応しなかった。
「取材目的で?」
「たぶん。本人はそういうこと、よくやってたから」
それ以上の説明はなかった。
編集者は、仕事に戻ると言って席を立った。
私は、資料を持って自席に戻り、昼食を取らずに読み始めた。
原稿は、公開されたものよりも少し長かった。
削られた部分に、具体的な描写があった。
マンションの間取りや取材中の住民インタビューなど。
その中に、完全なものではないが死亡者リストがあった。
近藤が取材で知り得た志望者の中で最初に亡くなったのは、伊藤という男性だった。
すでに20年近く前の話なので死因などの詳しい情報はなかった。
次に亡くなったのは林という実業家の男性とその妻だった。
地方紙のコピーが添えられており、小さな記事だが報道対象となっていた。どうやら自殺、無理心中だったようだ。経営していた会社は林の個人企業ばかりだったため、林の死亡と共に廃業となったようだった。
そこからは少し期間が空き、数年前に木下という男性とその家族が亡くなっていた。木下の自宅から火が上がり、全員が焼け死んだという凄惨な事件だった。検視の結果、家族のほとんどが一酸化炭素中毒で亡くなり、火元はタコ足配線からの発火だった。不幸中の幸いか、発見からの通報が早かったのと隣家が外出中だったことも重なり被害者は木下家以外には出なかった。
ここまで件数にすると3件。マンション全体が28世帯と考えれば20年以上の月日の中では決して多い数ではない。しかし、近藤はその記者としての嗅覚で違和感をかぎつけたのだろう。
そして、近藤は、実際にそのマンションに引っ越し、その後亡くなった。
私は、ページをめくる手を止めた。
そして、急いで私は、スマートフォンで自分のメモを開き、自分が調べた死亡者の死亡日を確認した。
不気味なほど一致していた。というよりも、全く同じだった。
それが示す意味は、私が今住んでいる物件と近藤が住んでいる物件が同じであるということ。
次に、写真フォルダから管理規約第9条を確認する。
最後の改定日を見た瞬間、正直に言うと、吐き気を覚えた。
第9条の最終改定日と近藤の死亡日が一致していたのだ。
正確には、近藤が亡くなる数日前に、第九条が改定されている。
そして改定理由は、やはり同じだった。
――円滑な共同生活のため。
私は、資料を閉じた。
近藤の死は、事故として処理されている。
その判断が間違っていると主張する材料はない。
仕事が終わったが、どうしてもその日はマンションに帰る気持ちになれず、会社の近くのビジネスホテルに宿泊することにした。




