改定日
第3話 改定日
私は、休日を利用して、マンションについて調べることにした。
特別な理由があったわけではない。近藤の記事と管理規約の改定履歴が妙に頭に引っかかっただけだ。取材というほど大げさなものではなく、単なる確認に近い。
まず、不動産情報サイトをいくつか見た。
このマンションの名前で検索しても、目立った記事は出てこない。事故物件として注意喚起されている形跡もない。
賃貸情報をみても、現在は1室だけ募集がかかっていたが、周りの相場と比べて特別高いわけでも安いわけでもなかった。不動産の売却の情報については現在は売りに出ている情報は見当たらず、過去の取引情報では10年以上前に2200万円前後で売買が成立している情報が何件か出てきた。
次に、過去の居住者について調べた。
これは簡単ではなかった。個人情報に直接触れることはできない。ただ、公開されている範囲で、いくつかの事実は拾えた。
過去十数年の間に、このマンションでは複数人が亡くなっている。決して数は多くないし、数だけをみたら特別不審な点もない。ただ、平均寿命などと比較するとかなり若い年齢での死亡が多い点が少し気になった。
しかし、いずれも事件性はないものとして処理されていた。
警察沙汰にはなっていない。新聞の片隅に小さく載るか、あるいはまったく報じられていないものばかりだった。
ある休日の昼過ぎに、昼食をとろうと部屋の外に出た際に、隣の住人とばったり出くわした。
その際に世間話になり、前の住人の話を聞かせてくれたが、話し方や表情から推測するにあまり良好な関係性ではなかったようだった。
詳しくは聞けなかったが、前の住人は配信者のような仕事をしていたようで、マンションの共有部分でカメラを回すなどのトラブルが絶えなかったそうだ。
会話の流れで仕事を聞かれたが、私も情報発信を生業としている以上、似たような仕事なのでサラリーマンだと濁して伝えた。
マンション近くの定食屋に入った。お昼のピーク時間帯を過ぎていたからか、客席は空いていた。
定食を食べながら気のよさそうな店主と世間話をしながら、自然な流れでマンションの話を聞いてみたが、常連客の中にマンションに住んでいる人達が複数人いるということくらいで、特筆すべき情報は得られなかった。
その後、足を延ばし国立国会図書館での新聞資料室でできる限りの資料を集めた。明確な日付があるわけではないため、記者としての勘を駆使して調査に当たったため、存外に時間がかかってしまい、帰路につく頃には日が沈みかけていた。
帰宅した私は、日付をメモに書き出した。
亡くなった日。
発見された日。
簡単な状況。
次に、管理規約の改定履歴を見返した。
第九条だけを抜き出し、改定年月日を並べる。
最初は、深く考えずに照合した。偶然が重なることもあるだろうと思っていた。
だが、並べ終えたところで、手が止まった。
一致していた。
正確には、亡くなった日そのものではない。
管理規約の改定日は、いずれも「その直前」だった。
数日から、長くても二週間ほど。
改定が行われ、その後に人が死んでいる。
私は、改定理由の欄をもう一度見た。
――円滑な共同生活のため。
どの改定でも、文言は変わっていない。
内容が変わっても、理由だけは同じだった。
ここで初めて、違和感が形を持った。
管理規約は、問題が起きたから改定されたのではない。
改定されたあとに、問題が起きている。日付の一致がそう語り掛けてきているように感じる。
すぐに私は、エントランスに行き、マンションの掲示板を確認した。
改定の告知は、どれも簡素なものだった。「規約の一部を見直しました」という定型文が並んでいるだけで、具体的な理由や経緯は書かれていない。住民説明会の記録も見当たらなかった。
部屋に戻り、もう一度、管理規約を机に広げた。
第九条を、最初から最後まで、声に出さずに読む。
条文は、誰かを直接責めてはいない。
禁止も、罰則も、明確には書かれていない。
ただ、判断の主体が、どこにも明示されていなかった。
「管理組合」「複数の居住者」「円滑な共同生活」という言葉が、何度も出てくる。
それ自体が、責任の所在が曖昧にしようとする何者かの意志を感じさせた。
私は、近藤の記事をもう一度思い出した。
彼は、規約が「何かを隠すために使われているように見えた」と書いていた。
証拠はないし、断定するには材料が足りない。
ただ、今回の調査で一つだけ確かなことがあった。
このマンションでは、人が死ぬ前に、必ず文書が書き換えられている。もちろん偶然である可能性もあるが、あまりにも奇麗に一致している。
私は、ノートにその事実を書き留めた。
――改定後に、死。
それ以上の言葉は、まだ浮かばなかった。




