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幕間:舞踏会の夜

その夜、ワルツが流れていた。

笑顔と嘘と外交辞令が、銀器の音に紛れていた。

ウィーン宮廷、冬の舞踏会。

柱の影で、カールは黙って水を口にしていた。

彼の前でグラスを掲げる者はなく、ワルツの手を差し出す令嬢もいない。


「子供が国を背負うとは」


「操り人形にすぎまい」


貴族たちの声が、遠くから聞こえた。

だが、カールは気にする様子もなかった。

自分は"人"ではなく、"王"である。

そう決めてから、彼は孤独を感じることをやめていた。

その時、誰かが近づいてきた。


「お前が、スウェーデンの王か」


低く、濁りのない声だった。

カールがゆっくり顔を上げると、広い肩と漆黒の髪、物言いたげな瞳を持つ青年が立っていた。

ロシア皇太子――ピョートル・アレクセーエヴィチ。

彼はこの場で多くの貴族たちと笑顔を交わし、乾杯を繰り返していた。

だが、その中で唯一、この"異物"の前に歩み寄った。

カールは答えた。


「王子ではなく、王だ」


「へえ」


ピョートルはワインを揺らした。


「若いな。だが孤独だろう?」


「俺は、求めていない。王とは、ひとりで立つ者だ」


ピョートルの手が、止まった。


「……なら、お前にとって"王"とは何なんだ」


その声は、もう軽くなかった。

カールはすぐに答えた。


「孤独。責任。そして"人間でない"という覚悟だ」


ピョートルの笑みが、消えた。


「ずいぶん極端な考えだな」


「王が人間であってはならない。人間は迷い、悔い、情に溺れる」

カールは、ピョートルを見た。


「人を導くために、"人であること"を棄てるしかない」

沈黙が落ちた。


ピョートルは、ゆっくりとグラスを置いた。


「……へえ」


その声は、低かった。


「お前、本気でそう思ってるんだな」


カールは答えなかった。

ただ、その目が答えていた。

ピョートルは、小さく笑った。

だが、その笑みは、もう軽くはなかった。


「なら、俺は"人"のままで王になる。道を舗装し、船を造り、民と共に街を建てる」


「甘い幻想だ」


「なら、お前は氷だな。誰にも触れさせず、誰の声も聞かず――」


その時、音楽が変わった。


新しいワルツが始まる。

カールは、一歩下がった。


「失礼する」


「待て」


ピョートルが、その腕を掴んだ。


「踊ろう」


カールは、その手を見た。


「俺は踊らない」


「なら、なおさらだ」


ピョートルは、離さなかった。


「お前が"人であること"を棄てたなら、俺が確かめてやる」


カールは、ピョートルを見た。

沈黙が、二人の間に落ちた。

そして――


「……一曲だけだ」


カールは、その手を取った。

二人は、踊った。

誰も見ていない、壁際の隅で。

ピョートルが一歩踏み出せば、カールが応じる。

回転し、また向き合う。

ステップは静かだった。

だが、その目は決して逸れなかった。

剣を交えるように。

宣戦を告げるように。


そうして音楽が終わる。

他の貴族たちは談笑を続けるが、二人はすぐに離れた。


「俺たちはまた会う どんな形になるかはわからないがな」


ピョートルは、そうとだけ言い、背を向けた。

カールは、黙って頷いた。

それが、二人の最初で――

最後の、踊りだった。

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