第46話 カール12世という人間
私は、まだ走り続けていた。
撤退の号令を伝え終え、今は自分の部隊を探していた。
雪の中を。
足が重い。
息が上がる。
周囲には、散り散りになった兵たちがいた。
誰の部隊なのか、もう分からない。
皆、傷つき、疲れ果て、ただ歩いている。
「ヘニング!」
私は叫んだ。
「エーリク!」
だが、返事はない。
雪が、声を吸い込んでいく。
私は、歯を食いしばった。
どこにいる。
無事なのか。
その時だった。
前方に、馬の影が見えた。
倒れかけた木の陰に、誰かがいる。
私は、そちらへ駆けた。
近づくと――
それは、馬に寄りかかる一人の男だった。
軍服は血と泥にまみれ、顔の半分が包帯で覆われている。
片目だ。
「……ハウプト?」
私は、息を呑んだ。
男が、顔を上げた。
残された片目が、私を捉えた。
「レイフか」
その声は、掠れていた。
私は、彼のもとへ駆け寄った。
彼は、馬の首に手を置いたまま、私を見た。
「お前も……生きていたか」
「ハウプト、傷は」
「ああ、まだ動ける」
彼は、小さく笑った。
だが、その顔には、疲労が刻まれていた。
「お前は……部隊は?」
「探している。はぐれた」
その言葉に、ハウプトは頷いた。
「そうか……皆、散り散りだ」
彼は、後方を見た。
そこには、まだ遠くに松明の光が見えた。
「ロシア軍の追撃が激しい。騎馬隊が、散開した部隊を狩っている」
その声は、静かだった。
だが、重かった。
「俺の麾下の部隊も散り散りだ。もう誰が生き残ってるかさえ不明だ。」
ハウプトは、片目を閉じた。
「このままでは、夜明けまでに全滅する」
ハウプトは、私を見た。
「お前の部隊も、早く見つけろ。そして、逃げろ」
「逃げる?」
「ああ。散開して、今はとりあえず森の奥へ逃げろ。固まっていれば、標的になる」
彼は、馬の首を撫でた。
「もう、戦える状態じゃない。逃げるしかない」
逃げる。
それが、今の私たちにできることだった。
だがその先は?
「どこへ..... そして逃げて何をする.....」
私は答えを求めるように聞いた。
「さぁな。だが、今は目の前のことでみんな精一杯だ。」
彼は振り向く。
「俺は、まだ部下が残っている。彼らを連れて、南へ向かう。」
ハウプトは、立ち上がった。
だが、その体は、大きく傾いた。
私が支えようとすると、彼は手を振った。
「お前はどうする。」
「合流する前に、陛下を探す」
そういうと彼はハッと鼻で笑った。だがそこに侮蔑はなかった。
「お前はさっさと陛下の元へ行け。お前が行かなくて、誰があの方を助ける」
そういうと彼は馬に跨った。
彼は、片目で私を見た。こんな時でも彼は笑みを浮かべた。
「こんなとこで野垂れ死ぬなよ、レイフ」
その声は、静かだった。
だが、重かった。
「陛下を、頼むぞ」
ハウプトは、そう言い残し、馬を走らせた。
雪の中へ。
闇の中へ。
その背中が、すぐに見えなくなった。
私は、その場に立ち尽くした。
陛下を、頼む。
その言葉が、胸に残った。
「……ああ」
私は、小さく呟いた。
そして――
再び走り出した。
自分の部隊を探して。
ヘニングを。
エーリクを。
雪が、降り続けていた。
白く、冷たく。
私の視界を、奪っていく。
だが、止まれない。
止まれば――
「隊長!」
その声が、聞こえた。
私は、振り返った。
雪の向こうに、人影が見えた。
「ヘニング!」
私は、叫んだ。
人影が、近づいてくる。
そして――
ヘニングの顔が、見えた。
彼は、肩から血を流していた。
だが、その目には、まだ光があった。
「隊長……!」
ヘニングが、私のもとへ駆け寄ってきた。
その後ろには、エーリクと、数人の兵がいた。
皆、傷つき、疲れ果てていた。
だが――
生きていた。
「お前ら……」
私は、声を震わせた。
「無事だったか」
「ええ、何とか」
エーリクが、若い兵を支えながら答えた。
「でも、他の連中とは、はぐれました」
その言葉に、私は頷いた。
「構わない。今は、逃げるぞ」
「逃げる?」
ヘニングが、私を見た。
「ああ。追撃が激しい。このままでは、全滅する」
私は、後方を見た。
遠くに、松明の光が見えた。
それは、確実に近づいていた。
エーリクの目に、涙が浮かんだ。
「俺たちは……負けたんですか……?」
その言葉が、胸に突き刺さった。
負けた。
そうだ。
私たちは、負けた。
初めて、負けた。
「……ああ」
私は、小さく頷いた。
エーリクは、唇を噛んだ。
涙が、頬を伝った。
純粋な愛国者であり、王を、私を慕う一人の部下の悲嘆は私の心を打った。
だが、彼は声を上げなかった。
ただ、黙って頷いた。
そして――
「分かりました……」
その声は、かすれていた。
私は、何も言えなかった。
午後七時を過ぎた頃、私たちは森の中にいた。
焼け焦げた木々が、暗闇の中に立っている。
雪が視界を白く染める。
足元の雪が、血で赤く染まっている。
「レイフ……!」
ヘニングの声が聞こえた。
彼は、肩から血を流していた。
先の戦闘で裂かれた傷が酷い。
軍服は血に染まり、顔は泥にまみれていた。
だが――
その目だけは、曇っていなかった。
「まだ追ってきてやがる」
彼は、後方を指した。
遠くに、松明の光が見えた。
それはロシア軍部隊の追撃だった。
奴らはばらばらに散会してしまった我々を刈り倒しにきているのだ。
(まだ、終わっていない……)
「急ぐぞ」
私は、声を張り上げた。
「止まるな!置いていかれるな!」
兵たちが、動き出す。
疲れ果て、傷つき、それでも足を動かす。
だが――
遅い。
あまりにも遅い。
負傷兵を引きずり、雪の中を進む私たちは、もはや軍隊ではなかった。
ただの、死を待つ群れだった。
その時だった。
後方から、微かに馬の蹄の音が聞こえてくる。
私は、振り返った。
松明の光が、近づいてくる。
騎馬だ。
ロシア軍の騎馬が、追いついてきた。
「隊長!」
エーリクが叫んだ。
「敵です! 騎馬隊が――」
その声が、砲声に掻き消された。
爆発の衝撃が、地面を震わせた。
雪が舞い上がり、木々が倒れる。
「散開しろ!」
私は叫んだ。
「森の中に隠れろ!」
兵たちが、走り出す。
だが――
間に合わなかった。
騎馬が、私たちに追いついた。
剣が振り下ろされ、兵が倒れる。
悲鳴が、響き渡る。
私は、剣を抜いた。
敵の騎馬が、私に向かってくる。
剣を振るう。
馬の脚を斬り、騎士を地面に叩き落とす。
だが――
次が来る。
また次が来る。
尽きない。
敵は、尽きない。
「隊長!後ろです!」
エーリクの声が聞こえた。
振り返ると――
騎馬が、私に向かって突進してきた。
剣を構える間もなかった。
(終わった――)
そう思った時だった。
「隊長ッ!」
エーリクが、私の前に飛び出した。
剣を構え、騎馬の突進を受け止めようとする。
「エーリク! やめろ!」
私は叫んだ。
だが――
遅かった。
騎士の剣が、エーリクの肩を斬り裂いた。
血が、雪に飛び散る。
「ッ!」
エーリクの声が、悲鳴に変わった。
彼は、地面に倒れた。
私は、騎手をすぐさま手持ちの銃剣で撃ち倒した。
銃声が、森に響く。
騎士が、馬から落ちる。
私は、エーリクのもとへ駆け寄った。
「エーリク!」
彼は、肩から激しく血を流していた。
軍服は裂け、骨が見えている。
「……隊長……」
エーリクは、小さく笑った。
その声は、かすれていた。
私は、彼の頭を抱えた。
「なぜだ……なぜ俺を庇った……」
「なぜって……」
エーリクは、咳き込んだ。
血が、口から溢れる。
「……俺は……誇り高いカロリアンですから……当たり前ですよ……」
こんな時に限って、彼は冗談を言う。
「隊長が……俺の誇りです……」
その声は、もう風のようだった。
私は、その顔を見つめた。
若い。
まだ二十歳を少しすぎただけの未来ある青年。
彼にも、故郷があったはずだ。
家族がいたはずだ。
夢があったはずだ。
だが――
彼は、私を守るために死ぬのか。
そう思うとどうしようもなく胸が痛くなってしまった。
「勝てなくても……隊長を守れてよかったです……」
エーリクは、微笑んだ。
そして――
瞳が、静かに閉じた。
一瞬、世界から音が消えた気がした。
砲声も、悲鳴も、何も聞こえなかった。
ただ、エーリクの顔だけが見えた。
穏やかな、笑顔だった。
「……エーリク」
私は、その名を呼んだ。
だが、もう返事はない。
私は、そっと彼の目を閉じた。
胸の奥で、何かが軋んだ。
息が、詰まった。
だが――
立ち上がらなければならない。
彼の死を、無駄にはできない。
私の周りでの戦闘は、まだ続いていた。
私は、剣を握りしめた。
敵が来る。
斬る。
また斬る。
血が、雪に降り注ぐ。
だが、敵は尽きない。
騎馬が、次々と現れる。
私の部隊は、もはや半壊していた。
兵たちは散り散りになり、誰が生きていて、誰が死んでいるのか、分からなかった。
「レイフ!」
ヘニングの声が聞こえた。
彼は、血まみれになりながら、私のもとへ駆け寄ってきた。
「このままじゃ、全滅だ!」
その声は、悲鳴のようだった。
私は、周囲を見回した。
兵たちは、もう限界だった。
傷つき、疲れ果て、それでも剣を握りしめている。
だが――
もう、戦えない。
「……逃げるぞ」
私は、そう言った。
「森の奥へ逃げろ。散開して、敵を撒く」
ヘニングは、私を見た。
「お前は?」
「俺は――」
私は、言葉を探した。
だが、何を言えばいいのか分からなかった。
ヘニングは、私の肩を掴んだ。
「お前、まさか――」
「違う」
私は、彼を遮った。
「俺は、陛下を探す」
その言葉に、ヘニングは息を呑んだ。
「……王を?こんな状況でか?」
「そうだ」
私は、頷いた。
「陛下は、今一人だ」
「だがよ、無茶だ……」
「……今、一体誰が王陛下そばにいる?誰が、王を支えている?」
その言葉に、ヘニングは何も言えなかった。
私は、続けた。
「陛下は今――壊れた。
あの丘で、一人で崩れ落ちた。
だが――まだ、戻れる。
俺が、側にいれば」
ヘニングの目が、揺れた。
「最近わかったんだ……どうやら私は陛下を支えれていたらしい」
私は、歯を食いしばった。
「だからこそ……また支えに行きたい。命令されたからじゃない、ただの私の気持ちだが。」
ヘニングは、黙って私を見つめた。
そして――
小さく笑った。
「……お前は、本当に馬鹿だな」
その声は、優しかった。
「こんな状況で、王を探しに行くなんて」
ヘニングは、私の肩を叩いた。
「お前も変わったな、いい意味でよ」
「ああ、そうみたいだ」
私は、少し笑みを浮かべ、ヘニングはニカっと笑う。
そしてヘニングは、後方を見た。
そこには、まだ数人の兵がいた。
皆、傷つき、疲れ果てていた。
「おい、お前ら!」
ヘニングが、声を張り上げた。
「隊長は、陛下を探しに行く!」
「俺たちは、ここで敵を食い止めるぞ!」
兵たちが、顔を上げた。
「隊長を、逃がすんだ!」
ヘニングの声が、響き渡った。
「待て、ヘニング――」
私は、彼を止めようとした。
だが――
ヘニングは、私を見た。
その目には、覚悟があった。
「いいから行け、レイフ」
その声は、静かだった。
「お前が行かなきゃ、誰があの王を救えるんだ。この国を、スウェーデンを救える最後の希望はあの方だけだ。」
彼の目はいつになく冷静で、それでいて熱がこもっていた。
「そしてあの方を救えるのは――お前だけだ。俺たちは必要ねぇ」
その言葉に、私の胸が締め付けられた。
「でも――」
「でもじゃねぇだろ」
ヘニングは、肩の傷を押さえながら笑った。
血が、指の間から滲み出ている。
「陛下が乱戦の中、お前だけを呼び戻したのは何でだ?」
「お前に『弱さ』を背負って欲しかったからじゃねぇのか」
弱さ。
その言葉が、胸に響いた。
そうだ。
王は、あの時――
丘の上で、私に見せた。
その弱さを。
その涙を。
その崩壊を。
誰にも見せなかった、その姿を。
私に、見せた。
「……俺は」
私は、小さく呟いた。
「俺は、ずっと――」
言葉が、出てこなかった。
だが――
ヘニングは、分かっていた。
「お前は、あの王のただの剣じゃねぇ」
ヘニングは、私の目を見た。
「お前は、あの王の――友だろうが」
友。
その言葉に、私は息を呑んだ。
友。
そうだ。
私は――
「俺は知ってたぜ」
ヘニングは、続けた。
「お前があの王を見る目、あれは、主従の目じゃねぇ、忠誠の目でもねぇ」
彼は、拳で目元を拭った。
「エーリクの馬鹿野郎が、お前を庇って死んだんだぜ?」
その言葉に、私の胸が締め付けられた。
エーリク。
「あいつ、最期まで笑ってやがったな」
ヘニングの声が、少し震えた。
「『隊長が俺の誇りです』だってよ」
「……ったく、格好つけやがって」
彼は、小さく笑った。
「だから、俺も格好つけさせてくれよ」
その声は、いつもより少し高かった。
「あんなガキに、いいとこ全部持ってかれたままじゃ、あの世で笑われちまう」
後ろで、兵たちが立ち上がった。
皆、傷つき、血にまみれていた。
だが――
その顔には、笑みがあった。
「隊長、俺たちもですよ」
若い兵が、肩を揺らしながら言った。
「エーリクの野郎、一人で格好つけすぎです」
「ああ、ずるいよな」
別の兵が、血だらけの顔で笑った。
「待て、お前らまさか……」
私は嫌な予感がして、彼らを止めようとした。
だがヘニングが、私の言葉を遮り、私を見て、笑った。
「勘違いすんなよ」
その声は、いつもの軽い調子だった。
「俺たち、ここで死ぬわけじゃねぇ」
私は、息を呑んだ。
「ちょっと敵を足止めして、また後で合流するだけだ」
ヘニングは、親指を立てた。
「だから、先に行ってろよ。王様を見つけて、安全なとこまで連れてけ」
「俺たちは――」
彼は、仲間たちに振り返った。
「勝って戻るからよ」
兵たちも、頷いた。
「そうそう、これくらいの敵、なんてことねぇです」
「隊長は帰ってこの戦の反省会の準備しといてくださいよ」
「酒飲みすぎて潰れないといてくださいよ」
彼らの声は、明るかった。
まるで、本当にそう信じているかのように。
だが――
私には、分かった。
ヘニングの目の奥に、見えるものが。
彼は、知っているのだ。
多分、もう、会えないことを。
これが、最後だということを。
だが――
彼は、それを言わない。
「……ヘニング」
私は、声を震わせた。
「お前――」
「何だよ、隊長」
ヘニングは、笑った。
「そんな顔すんなって。縁起でもねぇ」
「俺たちは、栄えあるカロリアンだぜ?」
彼は、胸を叩いた。
「簡単に死にゃしねえさ。心が折れるまでは、な」
「俺たちの心は、まだ折れてねぇ」
彼らは、剣を構えた。その言葉に、兵たちも笑った。
そしてヘニングが、私の肩を強く叩いた。
「いいか、レイフ」
その声は、優しかった。
「お前は、俺たちの誇りだ。」
「戦災孤児から、将軍にまでなった。それに剣の腕は誰よりも立つ。だが何より、」
「俺たちの大事な王様を一番身近で支えてくれてんだ」
彼は、私の目を見た。
「だから――」
一瞬、彼の目が揺れた。
「だから、生きろ」
その声は、かすれていた。
「お前が生きて、俺たちの王を支えてくれ」
「それが、俺たちの――」
彼は、言葉を切った。
そして――
笑った。
「俺たちとの約束だ」
私の目から、涙が溢れそうになった。
だが――
ヘニングは、それを見て、わざとらしく顔をしかめた。
「おいおい、将軍が泣くなっての、縁起でもねぇ」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、頷くしかなかった。
ヘニングは、満足そうに頷いた。
そして――
後方を見た。
すぐそこには、敵の騎馬隊が迫っていた。
松明の光が、すぐそこまで来ている。
「チッ、お客さんのお出ましだ」
ヘニングは、剣を構え直した。
「さて、と」
彼は、仲間たちを見回した。
「野郎ども、派手に行くぞ」
「おうッ!」
兵たちの声が、響き渡った。
そして――
ヘニングが、最後に私を見た。
その顔に、いつもの笑みがあった。
「なぁ、レイフ」
彼は、軽い口調で言った。
「お前と飲む酒、旨かったぜ」
「だから――」
彼は、親指を立てた。
「また楽しみにしてるぜ、だから行けッ!!」
そうして私は振り返り、その場を後にした。
その言葉が、最後だった。
彼らがその後どのようにしたのかは分からない。
だが、多分あんな状況でも笑っていただろう。
ヘニングは、焚火のような男だった。
そして、彼の仲間たちも。
私を最後に照らし、火花を上げるために。
笑いながら、闇の中へ消えていった。
私はひたすらがむしゃらに走る。
彼らの笑い声が、まだ耳に残っていた。
エーリクの笑顔が、目に浮かんだ。
ヘニングの、いつもの軽口が、胸に響いた。
「……また、会おう」
私は、小さく呟いた。
彼らが、最後まで笑っていてくれたから。
私も、その嘘を信じることにした。
「……ありがとう」
私は、背を向けた。
そして――
走り出した。
彼らの願いを、無駄にしないために。
彼らの誇りを、守るために。
どれくらい走ったのか、分からなかった。
気がつけば、私は一人だった。
周囲には、誰もいない。
砲声も、悲鳴も、もう聞こえない。
ただ、雪が降り続けていた。
私は、立ち止まった。
息が上がる。
足が震える。
剣を握る手が、血に染まっている。
私は、その手を見つめた。
エーリクの血か。
ヘニングの血か。
それとも、敵の血か。
もう、分からなかった。
ただ、赤く染まった手が、そこにあった。
私は、膝をついた。
雪の上に、座り込んだ。
そして――
目を閉じた。
あの日の王が見えた。
城の屋上で、剣を振る少年。
あの声。
あの背中。
あの目。
あの姿。
私は――
なぜ、あの人を追い続けるのか。
忠誠ではない。
ヘニングの言葉が、蘇った。
『お前は、あの王の友人だろうが』
わからない。
でも確かなのは見捨てることができないということだけだった。
たった一人で全てを背負おうとする。
哀しいまでに純粋な。
誰にも弱さを見せられない。
孤独な、あの人を。
そして――
今も変わらない。
王が壊れようと、軍神が敗北しようと。
(……俺が行かないと誰があの人を見つけるんだ)
私は、立ち上がろうとした。
その時だった。遠くから、声が聞こえた気がした。
『隊長が、俺の誇りです』
エーリクの声。
『お前は、あの王の友人だろうが』
ヘニングの声。
『隊長、また後でな』
部下たちの声。
それは、幻聴だった。
だが――
その声が、私の背中を押した。
「……そうだな」
私は、小さく笑い立ち上がった。
剣を握りしめ、雪を蹴った。
「俺は、行く」
今度こそ、迷いはなかった。
私は、あの人を守る
その決意が、胸の中で燃え上がった。
私は、走り出した。
森の奥へ。
闇の中へ。
王を探して。
夜が、深くなっていた。
私は、走り続けた。
足が痛い。
息が上がる。
だが、止まらない。
止まれば、あの人が一人になる。
壊れたまま、一人になる。
それだけは――
それだけは、許せない。
「陛下ッ!」
私は、叫んだ。
森の中に、声が響く。
だが、返事はない。
「陛下ッ!」
もう一度、叫んだ。
だが――
やはり、返事はない。
雪が私の視界を白く染める。
私は、歯を食いしばった。
どこにいる。
どこへ行った。
あの人は――
その時だった。
雪の上に、何かが見えた。
足跡。
轍だった。
輿が通った跡。
深く、雪に刻まれた轍。
まだ新しい。
私は、その跡をたどった。
足を速める。
息が切れる。
だが、止まらない。
轍は、森の奥へと続いていた。
そして――
遠くに、何かが見えた。
倒れた木の陰に、何かが動いている。
私は、そちらへ駆けた。
雪を蹴り、木々を避け、近づいていく。
そして――
それを見た。
折れかけた旗だった。
血と泥にまみれ、それでも――
地面に突き立てられ、揺れていた。
スウェーデンの王旗。
誰かが、それを残していったのだろう。
まるでここを通ったという、道標のように。
「陛下……!」
私は、その旗に向かって走った。
燃える木々の隙間を抜け、雪の中を進む。
そして――
その人の名が、私の運命だった。
カール。
その名を、私は心の中で呼んだ。
何度も、何度も。
私は、あの人のもとへ行く。
闇の中で、雪の中で。
その声が、どこまで届くのか分からなかった。
だが――
叫ばずにはいられなかった。
私は、走り続けた。
王旗の先へ。
あの人に向かって。
雪が、私の頬を打つ。
それが雪なのか、涙なのか――
もう、分からなかった。
だが、それでいい。
私は、走り続ける。
カール12世という、一人の人間の元へ




