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第44話 ポルタヴァの戦い

夜明け前、私は丘の下から王の姿を見た。


王はただ一人、丘の上に立っていた。


霧が濃く、地平の輪郭すらも溶けていた。だが王はその奥を、なお見据えていた。

テントも火もまだ眠っている。兵たちの息づかいは、まだ風と見分けがつかない。戦場は沈黙していた。だが、王だけがそこにいた。

一人松葉杖に体重を預けながら。

右脚の包帯が、薄暗い光の中で白く浮かび上がっていた。


私は、その背中を見つめていた。

金色の髪が、風に靡いている。

背筋は伸びている。剣には触れず、声も発さない。

だが、その拳が、わずかに震えているのが見えた。


誰も、それに気づいていなかった。

だが、私は知っていた。

あの王は、恐れているのだと。


前線に立てない恐怖を。

丘の上から、ただ眺めることしかできない恐怖を。



夜明けの空から、静かに舞い降りてくる。


私は焚き火の前で硬くなったパンをかじりながら、ひとり地平を見ていた。

腹が満たされることはなかったが、それでも何もないよりマシだった。

補給が途絶えて久しい。

私たちは、もはや数日分の食糧しか持ち合わせていなかった。


この戦いで勝たねば、私たちは死ぬ。


皆が、そう知っていた。

周囲の兵士たちは口を閉ざし、剣の手入れを繰り返していた。


誰も王を疑ってはいなかった。

カロリアンとは、そういう兵だった。


「今日が……その日か」


誰ともなく呟いた。

ポルタヴァ。

それが運命の地の名だった。


雪は、降り続けていた。

地面に積もり始め、泥と混ざり、灰色に染まっていく。

兵士たちの吐く息が、白く霧のように立ち昇る。

寒さが、骨に染み入る。

だが、誰も火の側を離れようとしなかった。

今日が最後かもしれない。

その予感が、誰の胸にもあった。


私は立ち上がり、丘を見上げた。

王は、まだそこにいた。

輿の上で、動かず。

ただ、戦場を見据えていた。


あの王は、歩けない。


前線に立つこともできない。


それは開戦以来、初めてのことだった。


かつて、王は常に先頭にいた。

その姿が、私たちを鼓舞した。


「王がいる」


それだけで、私たちは戦えた。


だが、今は違う。

王は丘の上にいる。

私たちから遠く離れた場所に。


「陛下が立つ限り、スウェーデンは死なぬ」


誰かがそう呟き、私は頷いた。

だが、心の奥底では、疑念が渦巻いていた。

ピョートルの言葉が、頭の中で繰り返される。


『歪んだ依存は、必ず破綻する』


『お前たちは、共に滅ぶ』


その言葉が、雪のように冷たく、胸に積もっていく。


---


そうこうしている内に、レーネ指揮の元、進軍の号令が下った。


私たちは、ゆっくりと前進を始めた。雪の中を。


足が沈む。膝まで埋まる雪を蹴り、泥と氷の混じった地面を踏みしめる。一歩進むたびに、足が雪に取られる。隣の兵が転び、また立ち上がる。


前方には、ロシア軍の陣地が見えた。塹壕が掘られ、大砲が並び、無数の兵士が待ち構えている。その数は、私たちの二倍以上だった。


遮蔽物は何もなかった。ただ、白い平原が広がるだけだった。


私は、その光景を見て、胸が締め付けられた。かつて、私たちには策があった。夜襲、奇襲、包囲、陽動——王の天才的な指揮が、数的不利を覆してきた。


だが、今は違う。策も、奇襲も、何もない。ただ、正面から突撃するだけだ。


私は剣を抜いた。その瞬間、私はもう私ではなかった。ただの兵士。ただの武器。考えることをやめ、前に進む、ただの戦いの機械。


兵士たちの咆哮が迸り、戦地へと駆け出す。



そして午前八時、歴史に名を刻むポルタヴァの戦いが始まった。


砲声が響き渡った。雪の中に、火線が走る。爆発の衝撃が、地面を震わせた。

雪が舞い上がる。硝煙が視界を覆い、何も見えない。


隣の兵の頭が砕け、血が雪に飛び散る。赤い雪。白い雪。灰色の雪。

私は前に進んだ。剣を握りしめ、雪を蹴り、泥を踏みしめる。


すべてが混ざり合い、もはや何が何だか分からない。

だがそれでも剣を握りしめ、雪を蹴り、泥を踏みしめる。


「進めッ! 止まるな!」


ヘニングの声が聞こえた。

私の部隊は前線にいた。


私は将として、部下を率いていた。

だが、部下たちの顔は、もう見えなかった。

雪と硝煙で、視界が霞んでいた。


「死ぬな! 我らは王の軍隊だ!」


私は叫んだ。

声が、雪に吸い込まれていく。

砲声に掻き消され、風に流され、もはや誰にも届かない。


だが、叫ばずにはいられなかった。

それが、私の役目だった。

敵が見えた。

赤緑の軍服に身を包んだロシア兵が、塹壕から姿を現した。

銃を構え、引き金を引く。

弾丸が飛んでくる。


味方が倒れる。

雪の中に、血が広がる。


だが、私たちは止まらなかった。

止まれば、死ぬ。

進めば、死ぬかもしれない。

だが、止まれば、確実に死ぬ。


私は将でありながら前線で剣を振るう決意をした。


部下には止められたし、無謀なのは分かっていた。

だがこれは私の勝手だった。

これでも名を馳せた剣豪だ、そう簡単にくたばりはしない。


敵の銃身を弾き、喉を突く。

血が噴き出し、雪に降り注ぐ。


私の軍服は、もはや赤黒く染まっていた。返り血で。泥で。溶けた雪で。


息が上がる。だが、止まらない。

寒さで指の感覚が鈍い。だが、剣は握り続ける。

白い息が、視界を曇らせる。だが、構わない。

前へ。


ただ、前へ。

ここまでがむしゃらに剣を振るのは、前線に身を置いていたあの日々以来だ。

見失った生きる目的を探すため、空虚な自分を見ないため。

そのために殺す。


獣でさえ飢えを満たす為、殺す理由をはっきりと持っている。

だが、私は曖昧な中で殺しを続けている。

嫌だと言いながらも、止める事はなかった。


敵が私を見て、後ずさる。その目には恐怖があった。

だが、逃がさない。


踏み込む。斬る。

また次。

斬る。


だが、敵も尽きない。

塹壕から、次々と現れる。

近づき過ぎれば銃弾も飛んでくる。


その日はまるで、死なない敵を相手にしているようだった。


足元の雪が深い。動きが鈍る。

敵の剣を避けようとして、足が雪に取られる。

寒さで指の感覚が鈍い。剣を握る手が、わずかに震える。

息が上がる。

白い息が、視界を曇らせる。

顔に当たる雪が、冷たい。だが、それすらも感じなくなっていく。


時間の感覚が、失われていった。どれだけ斬ったのか。どれだけ進んだのか。もう分からない。


味方が倒れる。また倒れる。雪が、その体を覆い隠していく。白い雪の下に、赤い染みだけが残る。


もはや、誰が生きていて、誰が死んでいるのか、分からなかった。

どれだけ斬ったのか。

どれだけ進んだのか。

もう分からない。

ただ、剣を振り続けた。


止まれない。

止まれば、死ぬ。


その思いだけが、私を前に進ませていた。

雪は、降り続けていた。

白い雪が、赤く染まり、また白い雪が降り積もる。


その繰り返しだった。

味方が倒れる。

また倒れる。


もはや、誰が生きていて、誰が死んでいるのか、分からなかった。


「まだ……まだいける……!」


私は呟いた。

自分に言い聞かせるように。

だが、その言葉に、もう力はなかった。



その時だった。

後方から馬が駆け寄ってきた。

伝令が、私に声をかける。


「レイフ・エークマン! 陛下がお呼びだ!単身後方の丘へ退却せよ!」


の声で、私は我に返った。


周囲を見渡す。


雪が、血で染まっていた。


敵の死体が、いくつも転がっていた。


私の足元にも。周囲にも。


私は、息を荒げていた。


剣を握る手が、震えていた。


「ヘニング!」


私は叫んだ。

副官が、駆け寄ってくる。

その顔は、血と泥にまみれていた。だが、その目には、まだ光があった。


「部隊の指揮を頼む」


私は言った。

ヘニングは、一瞬黙った。

そして——


「……やっと頼ってくれたな」


その声は、いつもの威勢の良さとは違っていた。

低く、重く。

そう思うと彼は私に向き直った。


「必ず、生きて戻ってこいよ!」


ヘニングは、私の肩に手を置いた。


その言葉に、私は何も言えなかった。

ただ、頷いた。

ヘニングは、私から手を離した。


そして——部下たちへ向き直った。


「聞いたな! レイフ将軍は陛下のもとへ向かわれる!」


その声が、戦場に響いた。


「だが俺たちは戦いを止めねぇ!これが、俺たちだ!これが、スウェーデンのカロリアンだ!」


兵士たちが、剣を掲げた。

雄叫びのような歓声が、普段規律を重んじる彼らからとは思えない声が。

私は、馬に飛び乗った。


最後に一度、ヘニングを見た。


彼は、私に敬礼した。

私も、敬礼を返した。


そして——


馬を走らせた。

雪の中を。丘の上へ。


馬の足が、何度も雪に沈む。

泥が跳ね、顔に掛かる。

だが、止まれない。


砲声が、徐々に遠ざかっていく。

だが、悲鳴は、まだ聞こえていた。

丘の上に到着した時、私は息を切らしていた。


馬から降りる。足が、雪に沈む。

私は、自分の姿を見下ろした。

軍服は、返り血で赤黒く染まっていた。

泥と、溶けた雪で、もはや何色だか分からない。


顔も、手も、血にまみれていた。

髪には、雪と血が混じり合って凍りついている。

それでも歩みを止めない。


そして——


王の輿が、見えた。


---


王は、輿の上にいた。

その姿は——私とは対照的だった。

金色の髪は、整えられている。

軍服は、汚れ一つない。


まるで、戦場とは無縁の場所にいるかのように。


私は、ゆっくりと近づき、雪を踏みしめる音だけが、響いた。


王が、私を見た。

私の姿を見て、その目がわずかに見開かれた。


「……陛下」


私は、声を出した。

その声は、掠れていた。

王は、何も言わなかった。

ただ、私を見つめていた。


「レイフ」


王が、私の名を呼んだ。


その声は、いつもの命令口調だった。


「戦況は」


だが——手が、輿の縁を掴んでいた。


白くなるほど、強く。


「膠着しています。敵の砲撃が激しく——」


「分かっている」


王は、私の言葉を遮った。


だが——その目が、わずかに逸れた。


戦場を見つめているはずなのに、焦点が合っていない。

沈黙が落ちた。

王は、何も言わなかった。


ただ、戦場を見下ろしていた。

その横顔には——何かがあった。

いや、何かが欠けていた。


突然、王が輿から立ち上がろうとした。


松葉杖を掴み、体重を預ける。

だが——右脚が、震えた。

包帯の下で、何かが軋む音がした。


「陛下!」


私は駆け寄った。

王は、片足で立っていた。

だが、その体は大きく傾いている。


倒れそうになる——

私が支えようとした瞬間、王は松葉杖で地面を叩いた。


「触れるな!」


その声は、低かった。


だが——震えていた。


王は、ゆっくりと輿に座り直した。

その動作は、あまりにも緩慢だった。

かつての敏捷さは、もうどこにもなかった。


沈黙が落ちた。


王は、じっと自分の右脚を見下ろしていた。

包帯に巻かれた、動かない脚を。

その拳が、震えた。


「見ろ、レイフ」


王が、戦場を指した。

その手が、震えていた。

私は、戦場を見下ろした。


空は灰色に沈み、硝煙と血と泥が、もはや何が何だか分からぬ風景を作り上げていた。雪が降り続け、すべてを白く覆い隠そうとしている。


私たちは、もはや陣形ではなかった。


ただ、雪の中で立ち尽くす群像だった。


その時——


戦場で、爆発が起きた。


砲弾が、味方の密集地に着弾した。


炎が上がる。


煙が広がる。


雪が舞い上がる。


そして——


兵たちが、吹き飛ばされた。


私は息を呑んだ。


だが——


王の反応は、違った。


王の目が、その光景に釘付けになっていた。


動かない。


瞬きもしない。


ただ——見つめている。


「陛下?」


私が声をかけた。


王は、答えなかった。


ただ、見つめ続けていた。


その目から——


何かが、零れ落ちた。


一滴。


また一滴。


涙だと気づくまで、数秒かかった。


「余は……」


王が、小さく呟いた。

その声は、震えていた。


「余は、前線に立ち続けた……それだけで……すべてを護れると……思っていたのだ」


私は何も言えなかった。

ただ、その声を聞いていた。


「だが……」


王の拳が、震えた。


「余は今、何もできぬ」


「立つこともできぬ。剣を振ることもできぬ」


「ただ、兵たちが死んでいくのを見ているしかできぬ」


王は、天を仰いだ。

雪が、その顔に降り注ぐ。


「余は……ずっと逃げていたのだ」


その言葉に、私は息を呑んだ。

王の声が、さらに小さくなった。

私は彼と目を合わせる。そこにはもうかつての覇気がなかった。


「戦場は残酷だ。余は、それを嫌というほど知っていた」


王の目が、閉じられた。


「だから、前線に立った。そこにいれば、全体が見えない。目の前の敵だけを見ていればいい。兵たちがどれほど死んでいるか、見なくて済む」


その告白に、私の胸が締め付けられた。

多分、彼は先王との日々を思い出しているのだろう。

彼の根源も、人間なら誰しもが持つ感情だった。


「だが今……」


王は、戦場を見下ろした。


「余は、ここにいる」


王の声が、震えた。


「余が、どれほど多くの命を奪ってきたのかを、余の勝利の影に、どれほどの死があったのかを」


「今、全てが目に突き刺さるんだ。それが痛くてたまらない」


王の声が、悲鳴のようになった。彼の目から溢れる涙が、大粒になって溢れる。

王は、俯き、片手で顔を覆った。


「余には、もう策がない。ただ、兵を正面から突撃させるしかない」


「死ねと言っているのと、同じだ」


その言葉に、私は何も言えなかった。


それは、真実だった。

私たちには、もう策がなかった。

ただ、捨て身の攻撃しか残されていなかった。


「余の存在意義は……前線に立つことだった」


王は、自分の手を見た。

宙を掴むように手を伸ばすが、その先には何もない。

ただ、白い虚空だけがあった。


「だが、今の余には……それができぬ。ここから眺めることしかできぬ。兵が死ぬのを、ただ見ることしかできぬ」


王の声が、途切れた。


「余は……余は……」


そして——


王は、崩れ落ちた。


輿の上で、身を屈め、両手で顔を覆った。


その肩が、震えていた。


「余は、何をしてきたのだ……」


その声は、悲鳴だった。

王の悲鳴だった。

そして——

彼は神輿から崩れ落ちた。


「陛下ッ....!!」


私は、目を見開き、駆け寄る。


あの王が——

あのカールが——

崩れ落ちている。


「へ、陛下……」


周りに控えていた兵士たちも、声を失っていた。

ただ、王を見つめていた。

誰もが、言葉を失っていた。


私は、王のそばに膝をついた。

血と泥にまみれた手で、輿に触れた。


「……陛下」


私は、ようやく口を開いた。

王は、私を見た。

その目は、もはや王のそれではなかった。

ただ、一人の壊れた人間の目だった。

いや違う。

人間でもなかった。

そこには、何もなかった。

ただ、空虚だけがあった。


私は、言葉を探した。

だが、何を言えばいいのか分からなかった。

王は、ゆっくりと口を開いた。


「……撤退だ」


私は、息を呑み、兵士はざわついた。

撤退。

その言葉が、胸に突き刺さった。


私が——

私が、ずっと求めていた言葉だった。

今までずっと....


そして今——

王は、撤退を命じた。

だが、それは決して私が望んでいた形ではなかった。


カールのその目は、虚ろだった。

まるで、自分が何を言っているのか、分かっていないようだった。


「余は……もう……」


王の声が、途切れた。


「もう、何も……何もできない」


その言葉に、私の胸が締め付けられた。


王は壊れ、人間には戻らなかった。

ただ人と王の狭間で溺れてしまった。


「余は……王だった」


王は、虚空を見つめた。


「だが……もう……」


言葉が、途切れた。


「退け……」


王は、呟いた。


「兵を……退かせてくれ……余が間違っていた」


その声は、命令ではなかった。

ただ、壊れた何かが発する、最後の言葉だった。

私は、立ち上がった。

胸の中で、何かが渦巻いていた。


これが、私が望んでいたものだったのか?

兵を生かし、この無謀な進軍を止める。

私は、それを求めていた。


だが——

だが——

こんな形で、それが実現するなんて。

壊れた王が。

もう何も分からなくなった王が。

ただ呟くように発した言葉として。

そんな彼の小さくなった背中を見て、私の胸は、引き裂かれそうだった。


「……かしこまりました」


私は、そう言った。

王は、もう何も言わなかった。

ただ、虚空を見つめていた。

細い筋の涙を流しながら。


そして——

私は振り返り、駆け出した。

私は一秒でも早く、行かないといけない。

撤退の号令を伝えるために。


そんな私の心の中である言葉が浮かぶ。


これで良かったのか?


私は、王の崩壊を望んでいたのか、と。

撤退を求めたのは、兵を生かすためだったのか。

それとも、ただ王を止めたかっただけだったのか。

私には、分からなかった。


私は、歯を食いしばり、涙が、溢れそうになった。

だが、今の戦場にそんな余裕はない。

今は、感情を優先している場合ではない。

命を生かすために。


雪の中をかけて行く私は丘からポルタヴァの平原を見渡した。

白く積もった地が血と臓物で局所的に赤黒くなっている。

まるで白のキャンバスに飛び散った絵の具のように。


足が滑る。

泥が跳ねる。

だが、止まれない。

胸の中で、何かが渦巻いていた。

やりきれなさ。

それが、何なのか、言葉にできなかった。


私は、何を望んでいたのか。

私は、何を求めていたのか。

もう、分からなかった。

ただ、走り続けた。


撤退の号令を伝えるために。

砲声が、近づいてくる。

悲鳴が、聞こえてくる。

血と泥と雪の匂いが、鼻をつく。


だが、私は走り続けた。

胸の中で、何かが叫び続けていた。

これで良かったのか、と。

私は、何をしたのか、と。

答えは、出なかった。

ただ、前に進むしかなかった。

兵を生かすために。

それだけを考えて。

雪は、降り続けていた。

白く、冷たく。


私の頬に降り注ぎ、涙のように流れ落ちていった。

だが、それが雪なのか、涙なのか、もう分からなかった。

私は、ただ走り続けた。


そして——

私が憧れた王が、もういないという現実を、受け入れられないまま。

雪は、降り続けていた。

白く、冷たく。

このポルタヴァの地を埋め尽くすように。

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