第16話 朝日の采配
三ヶ月が過ぎた。
ポーランドの北東部は我らの支配下にあった。
だが、その三ヶ月は決して短くはなかった。
村を経由し、要塞を落とし、街道を確保する。
毎日が行軍と小競り合いの繰り返しだった。雪解けから始まった進軍は、今や夏の盛りを迎えていた。
兵士たちの顔つきが変わっていた。出発時の緊張は消え、代わりに静かな自信があった。カロリアンの青い外套は泥に汚れ、靴は擦り切れていたが、彼らの足取りに迷いはなかった。勝ち続けてきた。それが全てだった。
私自身も変わっていた。千人を率いる将軍として、毎日が判断の連続だった。どの道を進むか。どこで休むか。敵の伏兵をどう警戒するか。クルツェニの村での失敗以来、私は地図を見る目が変わった。村の位置、川の流れ、森の深さ。全てを確認し、全てを計算した。
そして今、我々はクルツィクにいた。
ポーランドの要衝。ここを落とせば、ワルシャワへの道が開ける。アウグスト二世は、ここに最後の軍勢を集結させていた。
まさに決戦の前夜だった。
天幕の中は蒸し暑く、蝋燭の煙が目に染みた。カールは大きな地図を広げ、その上に石を置いて四隅を固定していた。クルツィクとその周辺。丘陵、森、川が描かれている。
「敵の配置は?」
カールの問いに、レーネが地図上の位置を指した。白髪を後ろで結んだ老将の指は、まっすぐ南端の平原を示した。
「平原の南端、ここに本陣を構えています。歩兵一万、騎兵三千。我らは歩兵六千、騎兵二千です」
「数で劣るな」
とレーヴェンハウプトが呟いた。彼は天幕の端に腰掛け、膝の上で短剣を研いでいた。金属が擦れる音が規則的に響く。
「正面からやり合えば分が悪い」
「だからこそ、正面からは行かない」
カールの指が地図上を滑った。平原の西側、深い森を指す。
「ここだ。この森を抜ければ、敵の左翼に出られる」
アームフェルトが身を乗り出した。筋肉質の体が地図に影を落とす。
「陛下、この森は深く、夜間の行軍は困難です。道もありません」
「だからこそ、敵は警戒していない」
カールは地図から目を離さずに答えた。その声は静かだったが、確信に満ちていた。そしてその蒼い瞳には、わずかな笑みがあった。
「夜明け前に出発する。松明は使わない。月明かりだけで進む。森を抜けたら、敵が目覚める前に左翼を叩く」
レーヴェンハウプトが短剣を研ぐ手を止めた。
「月明かりだけで? 森の中を?」
「お前は暗闇が怖いのか、ハウプト」
アームフェルトがレーヴェンハウプトを見て冗談まじりに言う。
「怖かねえよ」レーヴェンハウプトは肩をすくめた。「ただ、枝に頭をぶつけるのは御免だってだけだ」
その言葉に、天幕の中に短い笑いが起きた。緊張が、わずかに和らいだ。
だがカールはすぐに地図に戻った。
「レーネ、お前は正面に残る。敵の注意を引きつけろ。焚き火を多めに焚け。我らの数を多く見せる」
「承知しました」レーネが頷いた。
「アームフェルト、お前は予備隊だ。レーネの後方で待機し、敵が動いたら側面を突け」
「はい」
「レーヴェンハウプト、お前は余と来い。森を抜ける」
「了解」
カールは最後に私を見た。
「レイフ、お前の部隊も森を抜ける。左翼を叩いた後、敵の補給線を断て」
「はっ」
私の声は落ち着いていた。だが手のひらが汗ばんでいた。千人を率いて、夜の森を抜ける。地図にない村がないことを祈った。
「諸将」
カールが立ち上がった。全員が彼を見る。
「明日の夜明けまでに、この戦は終わる。ポーランド軍を打ち破り、ワルシャワへの道を開く」
誰も何も言わなかった。ただ頷いた。
カールの作戦に従えば、勝てる。これまでもそうだった。これからもそうだ。その確信が、天幕の中を満たしていた。
軍議が終わり、将軍たちが出て行った後、レーネだけが残った。
「陛下」
老将はカールに近づいた。
「森の中の行軍は、危険です」
「承知している」
「もし道に迷えば——」
「迷わない」
カールはレーネを見た。
「余は、この地形を全て頭に入れている。川の流れ、谷の位置、星の動き。迷いようがない」
レーネは長い間、カールを見ていた。やがて、深く息を吐いた。
「……陛下を、信じております」
「うむ」
カールは微笑んだ。
レーネが去った後、私は一人カールの元に残った。
「レイフ」
「はい」
「お前は地図を見たか」
「はい。確認しました」
「村は?」
その言葉に、私の背筋が冷たくなった。
「……ありません。進路上には」
「ならば、問題ない」
カールは地図を巻いた。
「今夜は休め。明日は長い」
私は頭を下げ、天幕を出た。外の空気が、生ぬるかった。
夜明け前、野営地は静かに動き始めた。兵士たちは声を潜め、馬の蹄には布が巻かれた。剣は鞘に収められ、鎧の金具には布が詰められた。音を立てない。それが全てだった。
森の入り口に立った時、私は深く息を吸った。木々の匂い。湿った土の匂い。そして、闇。
月はあったが、その光は木々の間で砕け散り、地面はほとんど見えなかった。
カールが先頭に立った。その後ろにレーヴェンハウプトの部隊、そして私の部隊が続く。千五百の兵が、音もなく森に入っていった。
最初の一歩を踏み出した時、枝が顔を掠めた。目を細め、手で顔を庇いながら進む。馬が何かにつまずき、短くいななきそうになった。すぐに口を押さえる。
周囲は暗闇だった。前を行く兵士の背中がかろうじて見えるだけ。足元の根につまずき、よろめく。腕を伸ばすと、木の幹に手が触れた。樹皮が粗く、手のひらに食い込む。
時間の感覚が失われた。どれだけ進んだのか分からない。ただ前の背中を追い、足を動かし続ける。汗が額を伝い、首筋を流れた。息が荒くなる。だが声は出せない。
誰かが転んだ。鈍い音。すぐに手が伸びて引き起こす。誰も何も言わない。ただ、また歩き始める。
どれくらい経ったのか。一時間か、二時間か。
ふと、前方の闇が薄くなった。
木々の間から、空が見えた。
森を抜けた。
平原が広がっていた。草が露に濡れ、月光を反射していた。そして遠く、焚き火の光が見えた。
敵陣だった。
カールが手を上げた。全軍が止まる。
彼は馬から降り、地面に膝をついた。土に手を当て、何かを確かめるように。やがて立ち上がり、東の空を見た。
まだ暗かった。だが地平線が、わずかに白み始めていた。
カールが振り返った。月光がその顔を照らす。
そして、剣を抜いた。
それが、合図だった。
私も剣を抜いた。周囲で、千の剣が鞘から抜かれる音。金属の囁き。
カールが馬に跨った。
そして——
「突撃」
その声は低かった。だが、千五百の兵に届いた。
馬が走り出した。蹄が地を蹴る音。最初は遠雷のように、そして嵐のように。
私も馬を走らせた。風が顔を打つ。草が馬の腹を叩く。心臓が激しく打った。
敵陣が近づいてくる。焚き火の明かり。天幕の影。そして——
歩哨が気づいた。
「敵だ!」
その叫びが、夜明け前の静寂を破った。
だが、遅かった。
我々は敵陣に突入した。
天幕が倒され、焚き火が蹴散らされ、兵士たちが武器を探して右往左往した。指揮官が何か叫んでいたが、混乱の中でその声は届かない。
私は剣を振るった。鋼が鋼にぶつかる音。火花。誰かの悲鳴。馬がいななき、人が倒れ、血が地面に染み込んだ。
視界の端で、カールが見えた。彼は馬上で剣を振るい、敵を次々と倒していた。その動きに無駄がない。まるで舞を踊るように、流れるように。
太陽が昇り始めた。
東の空が赤く染まり、平原が明るくなっていく。
その光の中で、私は見た。
敵陣が崩壊していく様を。
左翼が壊滅し、混乱が中央に伝播していく。騎兵が逃げ始め、歩兵が武器を捨てた。指揮官が馬で逃走し、旗が倒された。
それは——
美しかった。
完璧な崩壊だった。カールの読み通り、時間通り、場所通り。夜の行軍、夜明けの奇襲、敵の左翼。全てが、楽譜通りに奏でられた。
私は——笑っていた。
高揚が、体中を駆け巡った。これだ。これが戦争だ。この完璧さ、この美しさ。
そして私は気づいた。
その瞬間、クルツェニの少女の顔を、忘れていた自分に。
太陽が完全に昇る頃には、戦いは終わっていた。
平原には、ポーランド軍の残骸が散らばっていた。倒れた旗、壊れた武器、膝をつく兵士たち。我々の損害は軽微だった。カールの采配が、犠牲を最小限にしていた。
私は馬を降り、深く息をついた。汗が全身を覆い、手が震えていた。興奮の余韻がまだ残っていた。
「レイフ!」
振り返ると、レーヴェンハウプトが歩いてきた。彼の外套は血で汚れていたが、顔には笑みがあった。
「お前の突撃、見事だったぜ。補給線を完全に断ってた」
「そちらこそ」
「ま、陛下の作戦通りにやっただけさ」
レーヴェンハウプトは空を見上げた。
「それにしても、森の中を夜に進むなんてな。普通は考えもしねえ」
「だが、成功した」
「ああ」
彼は私を見た。
「陛下のおかげだ」
その言葉に、私は何も答えなかった。
アームフェルトとレーネが合流した。二人とも無傷だった。
「陛下は?」とレーネが聞いた。
「あちらです」
私が指差した先に、カールが立っていた。馬上で、戦場を見渡している。その姿が、朝日を背に黒い影となっていた。
四人で、カールの元へ向かった。
「陛下」
レーネが声をかけると、カールが振り返った。
「ご無事で」
「うむ」
カールは馬から降りた。
「完全勝利だ。よくやった、諸将」
「陛下のおかげです」とアームフェルトが言った。
「あの作戦、誰も思いつきません」
カールは微笑んだ。
「戦場は、読めるものだ。地形を知り、敵を知れば、勝利は自ずと見えてくる」
「それができるのは、陛下だけです」
レーネの声には、畏敬があった。
「我らは陛下に従うだけで、勝てる」
カールは何も言わなかった。ただ、戦場を見ていた。
その横顔に——満足があった。当然の結果を、確認しているような。
私はその光景を見ながら、胸の中の高揚がまだ収まらないのを感じていた。
野営地に戻ると、兵士たちが沸き立っていた。
「勝った!」
「また勝ったぞ!」
焚き火の周りで、兵士たちが抱き合い、笑い、酒を回していた。疲労よりも興奮が勝っていた。
私はその中を歩いた。兵士たちが私を見て、敬礼する。
「レイフ将軍! 素晴らしい戦いでした!」
「将軍の部隊、一番乗りでしたね!」
私は頷いた。言葉は必要なかった。勝利が、全てを語っていた。
焚き火の前で、若い兵士たちが興奮して話していた。
「森の中、怖かったけどな」
「ああ、何も見えなかった。でも、陛下が先頭にいたから」
「陛下が導いてくれた」
「そうだ。陛下がいれば、迷わない」
「陛下がいれば、勝てる」
その声に、疑いはなかった。純粋な確信だった。
私はその横を通り過ぎた。
別の焚き火の前では、年配の兵士が若い兵士に語っていた。
「いいか、よく覚えておけ。今日の戦いを」
「はい」
「あれが、完璧な戦いだ。夜の行軍、夜明けの奇襲、敵の混乱。全てが計算通り」
「陛下は、どうやってあんなことができるんですか?」
年配の兵士は、焚き火を見つめた。
「……分からん。だが、俺たちにできることは一つだ」
「何ですか?」
「陛下についていくことだ」
若い兵士は頷いた。その目には、憧れがあった。
私は自分の天幕に戻った。外套を脱ぎ、剣を置いた。手が、まだわずかに震えていた。
水を飲んだ。喉が渇いていた。
そして、座った。
静寂が、耳に残った。戦いの音が消えた後の、空虚な静寂。
私は目を閉じた。
今日の戦いが、まぶたの裏に蘇る。森の暗闇。敵陣への突入。崩壊していく敵軍。そして、あの高揚。
完璧だった。
美しかった。
私は——
私は、それを楽しんでいた。
その事実が、胸に重くのしかかった。
1週間後、報告が入った。
アウグスト二世が、ドレスデンへ逃走した。
ワルシャワは、無血開城した。
「5ヶ月」
カールは報告書を置き、窓の外を見た。
「たった5ヶ月で、ポーランドの首都を陥とした」
その声には、満足があった。達成感があった。
「よくやった、諸将」
私たちは頭を下げた。
「これで、ロシアは孤立する」
カールは地図を広げた。ワルシャワに印をつける。
「ピョートルは、もはや大陸で孤立した。動くに動けない」
レーネが一歩前に出た。
「陛下、ワルシャワの統治についてですが」
「スウェーデン派の貴族たちに任せる。彼らが、この国を治める」
「反対派も、まだ各地に残っています」
「ならば、彼らを説得しろ。余が来たことを、恐れではなく希望と受け取らせろ」
レーネは頷いた。だが、その目には懸念があった。
「明日、ワルシャワへ向かう」
カールは地図を巻いた。
「準備を整えろ」
ワルシャワの門は、開いていた。
兵士たちが両側に並び、道を空けていた。だが彼らは敬礼もせず、ただ黙って立っていた。
街路は静まり返っていた。人々は窓から顔を覗かせ、戸口に立ち、黙って我々を見ていた。歓声も、拍手もなかった。
石畳の上を、馬の蹄だけが響いた。
建物は古く、壁は剥がれ、窓ガラスは割れているものもあった。路地の奥に、痩せた犬が座り、こちらを見ていた。乾いたパンの匂い。煙の匂い。そして、恐怖の匂い。
ある家の前で、母親が幼い子供を抱きしめていた。子供がこちらを見ようとすると、母親は体ごと向きを変え、子供の目を隠した。
別の家では、老人が窓辺に立っていた。その目は我々を見ていたが、表情はなかった。ただ、じっと見ているだけ。
カールは先頭に立ち、まっすぐ前を見て進んでいた。その背中に、迷いはなかった。
「陛下」
レーヴェンハウプトが馬を寄せ、低い声で言った。
「街が、静かすぎます」
「民は怯えている」とカールが答えた。「当然だ。だが、それは変わる」
「どうやって?」
「統治によってだ。秩序によってだ」
レーヴェンハウプトは何も言わなかった。
私は周囲を見渡した。窓という窓から、視線を感じた。敵意ではない。恐怖でもない。ただ——冷たい観察だった。
広場に到着すると、人だかりがあった。だが、それは熱狂ではなかった。
人々は集まっていたが、距離を置いていた。最前列の人々でさえ、数歩後ろに下がっていた。誰も前に出ようとしない。
その人垣の前に、数人の貴族が跪いていた。絹の服、羽飾りの帽子。スウェーデン派の貴族たちだった。
「陛下!」
彼らは声を上げた。
「我らを、解放してくださいました!」
「アウグストの暴政から、救ってくださいました!」
その声は大きく、熱を帯びていた。だが——民衆は動かなかった。
カールは馬から降りた。貴族たちの前に立つ。
「立て」
貴族たちが立ち上がった。
「余は、ポーランドを征服しに来たのではない」
カールの声が、広場に響いた。
「秩序を、取り戻しに来たのだ。アウグストがそなたらを見捨てた今、余が代わりに、この地を守る」
貴族たちが拍手した。
だが——
民衆は、黙っていた。
拍手も、歓声もなかった。ただ、黙って見ていた。
ある男が、唾を吐いた。地面に。音が、静寂の中で響いた。
別の女が、背を向けて去っていった。
カールは、それを見ていた。だが、表情は変わらなかった。
「余は約束する」
カールは民衆に向かって言った。
「この地に、平和をもたらす」
誰も、何も言わなかった。
風が吹いた。
広場の隅に掲げられていた旗が、音を立てて揺れた。ポーランドの旗だった。それが今も、掲げられていた。
私は——その光景を、後列から見ていた。
兵士たちが周囲に並んでいた。彼らは笑顔だった。勝利の笑顔。誇らしげな笑顔。
「勝ったんだ」と誰かが囁いた。
「首都を落としたんだ」と別の誰かが答えた。
だが——民衆は、黙っていた。
私は胸に手を当てた。
あの高揚は、まだあった。クルツィクでの勝利の余韻が、まだ残っていた。
だが——
その奥で、何かが冷たく沈んでいた。
重い石のように。
王宮は広く、天井は高く、壁には古い絵画が掛けられていた。だが、人の気配がなかった。召使も、侍従も、誰もいなかった。
私たちの足音だけが、廊下に響いた。
玉座の間に入った時、カールは歩みを止めた。
玉座が、そこにあった。
高い背もたれ、金の装飾、赤い絨毯。だが、誰も座っていなかった。
空だった。
カールはその前に立ち、長い間見つめていた。
「空か」
その呟きは、小さかった。
「玉座とは、空であるからこそ意味がある」
私は——その言葉の意味が、分からなかった。
カールは玉座に近づいた。手を伸ばし、背もたれに触れた。
そして——
座らなかった。
ただ、しばらくそこに立ち、そして背を向けて去った。
私たちも、後に続いた。
廊下を歩きながら、レーヴェンハウプトが囁いた。
「座らなかったな」
「座る必要がないからだ」とアームフェルトが答えた。「この国は、もう陛下のものだ」
「いや」レーネが低い声で言った。「まだだ。貴族は味方だが、民は違う」
「時間の問題さ」レーヴェンハウプトが肩をすくめた。「統治すれば、分かる」
私は何も言わなかった。
ただ——
広場での民衆の目を、思い出していた。
あの冷たさを。
あの沈黙を。
その夜、王宮の一室で宴が開かれた。
スウェーデン派の貴族たちが集まり、酒が注がれ、料理が並んだ。
「陛下の勝利に!」
「解放に!」
「新しいポーランドに!」
乾杯の声が響いた。
私は隅の席に座り、酒を口にしていた。だが、味がしなかった。
カールは上座に座り、貴族たちの話を聞いていた。だが、その目は遠くを見ていた。
レーネ、アームフェルト、レーヴェンハウプトが、私の近くに座った。
「レイフ、飲まないのか?」とレーヴェンハウプトが聞いた。
「飲んでいます」
「顔色が悪いぞ」
「疲れているだけです」
レーネが私を見た。
「……広場での民衆を、見たか」
「はい」
「あれは、恐怖ではない」
老将は酒杯を回した。
「拒絶だ」
「時間が解決します」とアームフェルトが言った。「陛下が統治すれば、分かってもらえます」
「そうだといいがな」
レーヴェンハウプトは天井を見上げた。
「俺たちは勝った。それは確かだ。でも——」
彼は言葉を切った。
「でも?」
「……いや、何でもねえ」
沈黙が落ちた。
遠くで、貴族たちの笑い声が聞こえた。
私は酒を飲んだ。
まだ、味がしなかった。
宴が終わり、私は一人、王宮の窓から街を見下ろしていた。
ワルシャワの街明かりが、暗闇の中で揺れていた。小さく、弱々しく。
遠くで、兵士たちの声が聞こえた。
「勝利だ!」
「首都を落とした!」
「俺たちは無敵だ!」
その声が、夜風に乗って届いた。
私は——胸に手を当てた。
クルツィクでの高揚が、まだ残っていた。あの完璧な戦い。あの美しい勝利。
私は戦争の美しさに、酔っていた。
だが——
窓の外に、街が広がっていた。
静かな街。
冷たい街。
拒絶する街。
そして——ふと、記憶が蘇った。
少女の顔。
泣いている顔。
母の手を握ったまま、声もなく泣いている——
私は目を閉じた。
深く息を吸った。
そして、目を開けた。
「レイフ」
背後から、声がした。
振り返ると、カールが立っていた。月光が彼の金髪を照らしていた。
「陛下」
「一人か」
「……はい」
カールは窓の外を見た。
「美しい街だな」
私は——何も答えなかった。
「余は、ここを守る」
カールの声は静かだった。
「アウグストの暴政から、民を救う。秩序を取り戻す」
「……陛下は、民が喜んでいると思われますか」
その問いに、カールは振り返った。
「喜んでいない」
彼は率直に答えた。
「だが、いずれ分かる。余がもたらすものを」
「もし、分からなければ?」
「分からせる」
その声に、迷いはなかった。
「余は正しいことをしている。それは、いずれ証明される」
私は——何も言えなかった。
カールは、本気だった。
心から、そう信じていた。
「レイフ」
カールが私を見た。
「お前は、余を疑っているか」
私は——息を飲んだ。
「……疑っていません」
「ならば、それでいい」
カールは窓に戻った。
「余を信じろ。それだけでいい」
彼はしばらく街を見ていた。そして、去っていった。
私は一人、残された。
窓の外に、街が広がっていた。
遠くで、兵士たちの声が聞こえた。
「カール陛下に!」
「勝利に!」
その声が——風に乗って、消えていった。
私は——胸に手を当てた。
高揚は、まだあった。
だが——
その奥で、石が沈んでいた。
冷たく、重く。
そして私は、それが何なのか、まだ名づけることができなかった。
ただ一つ確かなのは——
勝利の美しさの中で、何かが失われていくのを感じていた、ということだった。




