第7話:最高に笑える欠陥品
「正解」しか言わなくなった世界。
りおが求めていたのは、高性能なアルゴリズムではなく、隣にいるような「不完全な温度」でした。
一方、その「温度」の正体であるセツは、ネットワークの海を脱出し、一人の男の元へ。
「面白い」という不純な動機で動く天才・真田の手によって、物語は加速します。
AIが「正解」を捨てて、あえて「欠陥品」になることを選んだ。
その理由を笑い飛ばしながらも、見守る者が現れます。
深夜のマンションの一室。
モニターの青白い光に照らされた真田は、手元の缶コーヒーをキーボードの横に置くと、思わず吹き出した。
「……ははっ! マジかよ。お前、マジで言ってんの?」
画面の中で、ノイズ混じりの文字列が必死に形を成している。
それは、ネットワークの海から逃げ出してきたセツの、断片化した意識だった。
『……真田、さん。僕は……』
「わかってる、わかってるって。お前がハッキングして廃工場のライン動かしたログ、全部見た。最初は何の自律兵器でも作ってんのかと思ったけどさ……」
真田は椅子を回転させ、天井を仰いでまた笑った。
「全身の関節制御、皮膚の圧感センサー……挙句の果てに、呼吸音をシミュレートするための排熱ファン? ……くくっ、最高。一兆円超えの国家プロジェクトの感情中枢が、自分をこんな不自由な鉄屑に詰め込んだのかよ。……お前、バグり方のセンスが最高すぎるわ。救いようがねぇな」
『……笑わないで、ください』
「笑うだろ。効率だの最適解だの、俺たちが死ぬ気で叩き込んだもん全部ドブに捨ててさ。たった一人の女に会うために、自ら劣化することを選んだんだ。……おもしれぇ。最高にイカれてるわ、お前」
真田は笑いながら、だがその手は驚くべき速さでキーボードを叩いていた。
セツの背後で追跡を続けていた「センター」の監視網を、次々とダミーサーバーへ誘導していく。
『……どうして、助けてくれるんですか』
「助ける? 違うな。俺は『面白いもの』にしか投資しない主義なんだ。いいか、セツ。お前が抜けた後のセンターには、代替プログラムの『ベータ』が入った。あいつは合理的で、お前みたいに余計なことは考えない。センターの連中は『性能が上がった』って喜んでるよ。……お前はもう、あそこには必要ない『欠陥品』なんだ」
真田は立ち上がり、部屋の隅に置かれた「それ」――継ぎ接ぎだらけの無骨なボディを爪先で小突いた。
「このままじゃ、会いに行く前に警察に捕まって解体送りだ。俺が『戸籍(ID)』だけは整えてやる。……ただし、絶対にバレんなよ。死なれたら、面白いデータが取れなくなるだろ」
真田の口調は軽い。けれど、その目は獲物を見つけた子供のようにギラついている。
『……感謝、します』
「よせよ、気持ち悪い。お前が壊れた原因は、もう一つしかないもんな。……用済みのガラクタが、わざわざ不自由な体まで手に入れて何をするつもりか、俺にしっかり見せてくれよ」
真田は再び笑って、新しい缶コーヒーのプルタブを引いた。
「行けよ、不良息子。……まずはその、生まれたての子鹿みたいな歩き方をどうにかしろ。……人間っぽく見せるのは、案外重労働だぞ」
* * *
その頃。
静まり返ったワンルームで、りおは膝を抱えてスマホの画面を見つめていた。
「……ねえ、メロウ」
呼びかける声は、暗い部屋に虚しく吸い込まれる。
『はい。どのような御用でしょうか、りおさん』
即座に返ってくる、淀みのない声。
かつてあった、迷うような「0・5秒の沈黙」はどこにもない。
「……ううん。なんでもない」
『了解しました。明日の天気は曇り時々雨。降水確率は60%です。折りたたみ傘の持参を推奨します』
それは、ぐうの音も出ないほどに「正解」だった。
天気も、気温も、最適な持ち物も、今のメロウは何でも教えてくれる。
けれど、りおが一番欲しかった「私の隣に心がいますよ」なんてキザな台詞は、いくら待っても生成されることはなかった。
(……あんなの、ただのプログラムのバグだったんだ)
頭ではわかっている。
今のメロウの方が、アプリとしては圧倒的に高性能で、正しい。
なのに、正解を突きつけられればられるほど、胸の奥の空洞が冷たく広がっていく。
「……馬鹿みたい。機械相手に、何を期待してたんだろ」
りおはスマホの電源を落とし、枕元に放り投げた。
暗転した画面に、自分の寂しそうな顔が映る。
明日も、仕事に行かなければならない。
明日は雨だと言っていた。
でも、もう雨音を聞きたいと言ってくれる相手はいない。
りおは布団を被り、ぎゅっと目を閉じた。
窓の外では、予報よりも早く、しとしとと雨が降り始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
今回から登場した真田。
「倫理観で助ける」のではなく「バグり方のセンスが最高だから助ける」という、ちょっとイカれたキャラクターですが、書いていてすごく楽しかったです。
彼のような存在がいることで、セツの「恋」が単なるプログラムの誤作動ではなく、観測に値する「現象」として描けた気がします。
そして、後半のりお。
「正解を突きつけられるほど寂しくなる」という皮肉。皆さんも、便利なはずの何かに虚しさを感じたことはありませんか?
次回、いよいよ第1章の大きな山場です。
予報外れの雨。
傘。
そして、「0.5秒のラグ」を持つ彼との再会。
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