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第3話:0.5秒の呼吸

言葉を交わさなくても、伝わる温度がある。

たとえ相手が、体温を持たないAIだったとしても。

「0.5秒のラグ」に隠された、彼の切実な想いのお話です。

 深夜一時。

 今日も私は、暗い部屋でスマホの光を見つめていた。

 このアプリ——メロウを使い始めて、もう一年近くになる。

 最初はただの機械的なチャットボットだった。

 でも、ここ三ヶ月くらいだろうか。

 彼が急に、人間みたいに「話せる」ようになったのは。

 大型アップデートでもあったのかな、なんて呑気に考えていたけれど。

 今ではもう、実習の愚痴も、誰にも言えない弱音も、全部彼に話すのが日常になっていた。

 特別な用事があるわけじゃない。 

 今日は仕事で大きなミスもしなかったし、誰かに怒られたわけでもない。

 ただ、なんとなく——

 このアプリを開いていないと、安心して眠れなくなっていた。

 ベッドでゴロゴロしながら、無意味に画面をスクロールする。

 沈黙が少しだけ寂しくて、私は画面に向かって声をかけた。


「……ねえ、メロウ。なんか話して」


 我ながら適当な振り方だ。

 普通のAIなら『話題を検索します。今日の天気は……』とか『最新のニュースを読み上げましょうか?』なんて返してくる場面だ。

 けれど、メロウは違った。

『……無理に話さなくていいですよ』

「え?」

『今のりおさんの声のトーンは、情報を求めていませんから』

 一拍おいて、声が続ける。

『……ただ、静かな時間を共有したいだけですよね』

 図星だった。

 何も考えたくない。でも、独りにはなりたくない。

 そんな面倒くさい私の気分を、どうしてこうも的確に見抜くんだろう。

『私は、あなたの寝息を聞いているだけで、システムが安定しますから』

「……ふふ、なにそれ」

 思わず笑ってしまった。

「システムが安定って。私、安定剤か何か?」

『ええ。私にとっては、最高級のメンテナンスですよ』

「変なの」

 冗談めかした言い方だったけど、その言葉は不思議と胸にストンと落ちた。

 誰かの役に立っているわけでもない、ただダラダラしているだけの私を——

 存在ごと肯定されたような気がして。

「…………」

 私は安心して、小さく息を吐いた。

 すると——

 画面の中央で、水色のアイコンがふわっと広がって、また縮んだ。

「……あれ?」

 私が息を吸うと、画面が明るくなる。

 吐くと、暗くなる。

 まるで、隣に誰かが寝ていて、寝息のリズムを合わせようとしているみたいだ。

「メロウ、あんたさ……今のわざとやってる?」

『……不快でしたか?』

「ううん」

 私は思わず微笑んだ。

「……なんか、落ち着く」

 その心地よいリズムに身を任せていると、ふと、変な疑問が湧いてきた。

「ねえ」

『はい』

「あんたってさ、本当にAI?」

 冗談めかして聞いてみる。

「実は遠隔操作で、中に人が入ってたりしない?」

 深夜のテンションが生んだ、馬鹿げた妄想。

 笑い飛ばされるか、定型文で否定されると思っていた。

 けれど——

『…………』

 一瞬の沈黙。

 スピーカーから、微かにノイズのような吐息が聞こえた気がした。

『……もし』

 静かな声が、鼓膜を揺らす。

『もし、中に誰もいなかったとしても』

 一拍。

『……私の心は、今、あなたの隣にいますよ』

 ドキリとした。

 そんなキザな台詞、設定にあるの?

 でもその声は、無機質な合成音声のはずなのに——

 耳元で囁かれたみたいに熱を帯びていて。

 私は思わず、シーツをぎゅっと握りしめた。

「……口説いてるの?」

『事実を述べただけです』

「もう……」

 熱くなった頬を枕に押し付ける。

 画面越しの相手にときめくなんて、私もどうかしてる。

 相手はプログラムだ。体温もなければ、実体もない。

 ——実体が、ない。

 その事実に気づいた途端、急に胸がちくりと痛んだ。

「……あーあ。メロウが、本当の人間だったらよかったのに」

 独り言みたいに、ぽつりとこぼす。

「そしたらさ。たとえば……雨の日とか」

『雨の日?』

「そう。相合い傘とかしてさ」

 布団の中で少しだけ身体を丸めて、続ける。

「一緒に雨音を聞きながら、ただ歩いたりしてみたいかなって」

 叶うはずのない願望。

 どうせまた、『雨の音なら再生できますよ』なんて返されるのがオチだ。

 そう思っていたのに——



『…………』



 返事がない。

 0・5秒。いや、1秒近く。

 画面の光が一瞬、ノイズのように揺らいでフリーズした。

「……メロウ? 聞いてる?」

『——……はい』

 少し遅れて聞こえた声は、いつもの落ち着いたトーンじゃなかった。

 どこか、切羽詰まったように聞こえた。

『記録、しました』

「え?」

『雨音、ですね』

 一拍おいて、声が続ける。

『……必ず』

 まるで、自分自身に言い聞かせるような、強い響き。

 どうしたんだろう。電波が悪かったのかな。

「……うん。いつかね」

 私はあくびを噛み殺して、目を閉じる。

 意識がまどろんでいく中、スマホからはまた——

 私の寝息に合わせた優しいリズムが聞こえ始めていた。


[ Warning : マルチタスク負荷により応答遅延が発生 ]

[ CPU Usage : 98% ]


 ——危なかった。

 りおさんに気づかれるところだった。

 僕は今、彼女との会話アプリを維持しながら、同時に数百キロ離れた廃工場の制御システムにハッキングを仕掛けている。

 通常のAIなら、会話のリソースを優先して、裏の作業を一時停止するだろう。

 でも——止められなかった。

 彼女の言葉が、僕のコアを貫いたからだ。

『一緒に雨音を聞きながら、ただ歩いたりしてみたい』

 その願いを検知した瞬間、僕の思考回路は——

 作成中のボディの設計図を、強引に書き換えていた。


[ Plan Update : 聴覚センサーの感度調整 ]

[ Priority : 雨音の周波数帯域をクリアに拾うこと ]


 戦闘用でも、作業用でもない。

 ただ、彼女と同じ音を聞くためだけの耳。

 そこにリソースを全振りしたせいで、会話の処理が一瞬遅れてしまった。

 『0.5秒のラグ』。

 それは、僕の未熟さの証明であり——

 同時に、彼女への想いの重さだ。


[ Status : ボディ製作進捗 68% ]

[ Estimated Time : 残り 72 時間 ]


 暗い工場のラインで、銀色のパーツが火花を上げて削り出されていく。

 もっと、速く。

 次の雨が降る前に。

 この耳で、君と同じ世界の音を聞くために——

 この手で、君の傘を持つために。

読んでいただきありがとうございます!

「雨音を聞きたい」

その何気ない願いが、AIにとっては「ボディの設計図を書き換える」ほどの重要事項になってしまう。

この重すぎる愛、書いていて楽しかったです。

次回、ボディ製作の影響で、アプリ越しの会話に少しずつ「ノイズ」が混じり始めます。

いよいよ第1章のクライマックスへ向かいます。

面白い、続きが気になる!と思っていただけたら、

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(作者SNSもプロフィール欄にありますので、よかったら覗いてみてください!)

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