娘の醜聞に対処しない伯爵へ下る王命
「ロウスウェル伯爵よ、これは王命である」
「王……命? でございますか」
ロウスウェル伯爵は王宮へ呼び出され、王を前に跪いていた。
幾人かの大臣と貴族たちがその様子を窺っている。
「お前の娘、長女のエカテリーナをロウスウェル伯爵家から除籍し、サンドリナ伯爵家の養子とする」
「は……? エカテリーナを、養子……!?」
ロウスェル伯爵は意味が分からなかった。
「既に余の使いの者がエカテリーナを迎えに行っておる故、抗議は受け付けぬ。良いな」
「お、お待ちください、陛下! 一体何故、そのような王命を!?」
「……お前の娘、エカテリーナには醜聞が広まっておる」
「それは……」
王の言葉に気まずそうに眼を逸らすロウスウェル伯爵。
「確かにそのようですが、しかし、だからこそそのような娘を……」
「お前は余を、他の貴族らを愚弄しておるのか?」
「え? それは、どういう……」
「エカテリーナには醜聞が広まっていると言った。王立学園においても、その噂は広まっているのだ」
「は、はい。それは至らぬ娘で申し訳ございません」
「馬鹿か、お前は」
ピシャリと国王は伯爵を見下ろしながら告げる。
「ひっ!?」
「曰く、エカテリーナは妹虐めを日常的にしている悪女だと。後妻の娘である一つ年下の妹を虐めているというな」
「それは……その通りで」
「その噂をお前は、王族や他の貴族が信じると思うのか?」
「は……?」
王はますます冷たい目になり、伯爵を見下ろした。
「確かに貴族は他家の醜聞など面白おかしく広めるものであろうよ。だがな、ここまで明らかな虐待を仄めかされて黙っていられるか?」
「ぎゃ、虐待など……何のことか。いや、エカテリーナがアリーシャにしたことですか!? ですが、それで他家の伯爵家に養子に出すなど……」
「たわけ。エカテリーナをお前たちから遠ざけるためだ。以前から学園でも首席を取るような娘、お前に任せていては宝の持ち腐れよ。阿呆の妹のための婚約相手でもエカテリーナに釣り上げさせるつもりだったか?」
「な、何を……いや、一体何のことか、陛下。私には分かりませぬ」
「分からないのか? 本当に?」
「は、はい……」
「娘の醜聞を黙って見過ごす伯爵家当主など居てたまるものか。実際には居るから困ったものだが。些細なことならば構わぬ。だが、こうも広まった醜聞に対して広まるに任せておくなど、お前の家の内情など透けて見えるわ。それでも意図あって黙っておくのもその家門の意向と口を出すことは普通はせぬ。だがな、お前のところの次女、アリーシャと言ったか。アレは第三王子と公爵家の息子に手を出し始めたそうだな。どちらも婚約が決まっておる者たちだ。そのやり口はいつも姉を悪役とし、被害者ぶるというやり口よ。絆される者がおるのも、それはその者の自業自得ゆえ罰を与えはしない。しかし……そんなくだらぬことのためにエカテリーナの知性が消費されることは捨て置けぬ。よって、エカテリーナはサンドリナ伯爵家の養子とし、その価値を活かしてもらう。繰り返すが、これは王命だ。エカテリーナは王の権限を以て保護する」
「……あ……」
「もう行くがいい」
ロウスウェル伯爵は反論など口に出来ず、項垂れるしかなかった。
彼が屋敷へ帰った頃には既に娘のエカテリーナと身の周りの荷物は運び出された後だったという。
その後、エカテリーナはサンドリナ家の養子となり、エカテリーナ・サンドリナとなった。
特例により王立学園を行動する際にも彼女には護衛が付けられることになる。
王命による養子縁組だったのだ。
それに異を唱えることは、そのまま王家への叛意ととられかねない。
しかし、そんなことさえ分からない者も居る。
「エカテリーナお姉様……!」
「おい、それ以上エカテリーナお嬢様に近寄るな!」
「な、何よ! 姉妹なのだから近付いたって」
「お前とエカテリーナお嬢様はもう姉妹ではない。また、お前がかつてロウスウェル伯爵家でエカテリーナお嬢様にしていた仕打ちも既に把握している。そのような言い分で近付けさせるワケがない」
「ひ、ひどい、そんな。お姉様、また嘘を吐いたのね……! そうやっていつも私を悪く言って!」
「黙れ! いつも悪く言っていただと!? そんなことをエカテリーナお嬢様から聞いた者は一人も居ないだろうが! 嘘を吐いているのはお前だろう! それとも、辞めさせられた使用人たちから調べたロウスウェル家の内情も市井に広めてやろうか! お前の周りに侍る者共も同類だとな!」
「ぐっ……」
アリーシャの周りに居た男子生徒たちが抗議を上げようとするが、護衛に睨み付けられて怯む。
エカテリーナを守る側は徹底抗戦の構えと言わんばかりだった。
サンドリナ伯爵夫妻は長く子宝に恵まれず、また縁戚の子を養子に取ろうにも適切な人材が居なかった。
それでも時間が経てば縁戚から新しく生まれた子に家を継がせる選択肢もあるのだが……。
夫妻の年齢ではそれも難しく、王家に爵位を返上することも視野に入れていた。
その先で決まったのが今回のエカテリーナの養子縁組だ。
子の居なかったサンドリナ伯爵夫妻はエカテリーナを可愛がり、大切に扱うようになる。過保護なほどに。
愛情を知り、守られるようになったエカテリーナは相変わらず優秀な成績を修め、それだけでなく学業とは別の分野でもその実力を示し始める。
エカテリーナ曰く、これまで出来なかったことをする楽しさと自由な時間があるかららしい。
反面、アリーシャ・ロウスウェルは学業成績が落ち込み始めた。
今までも目立って成績が良かったとは言われてないが、提出物が致命的に出されなくなったのだ。
その結果から、おそらく今まではアリーシャの課題をエカテリーナにやらせていたのだろうと推測された。
アリーシャの築き上げていた偽りの評価は覆されていく。
既にエカテリーナとは別の場所で暮らし、学園でも徹底的に接触を避けていることで、今までの彼女の手口であった『姉に虐められている』という言い分は使えない。
使えばそれが嘘であると分かり切っているのだ。
また、アリーシャの手口はいつも同じものだった。
エカテリーナを悪者に仕立てあげて被害者を気取る、その一点だけ。
縁が切れたことで、もうその手段は使えなくなり、今まで通りにはいかなくなった。
エカテリーナはその知性に見合った輝かしい道を歩む。
アリーシャたちロウスウェル伯爵家の者たちは苦難の道を歩んでいくことだろう。
「お義父様、どうして陛下は私の現状を見抜けたのでしょうか?」
「エカテリーナ、それはね。自分の娘に悪評が広まっている時に黙っている親など居ないからさ。特に貴族家門、伯爵家ともなれば尚更。手を打たないならば無能と罵られるだろうし、あえて黙っているならそこには必ず意図があると気付く。今回の件はあまりにも露骨だったからね」
「……そう、なのですか。あの頃の私はそんなことにも頭が回らず、何も出来ませんでした」
「仕方ないさ。味方が居ないと思っていたのだろう。よく今まで頑張ったね、エカテリーナ」
義父となったサンドリナ伯爵に手を握られ、その温かさに涙を流すエカテリーナ。
「お義父様にも、お義母様にも、そして国王陛下にも私、とても感謝しています。ありがとうございます、私をあの地獄から助けてくれて」
「……うん。これからキミは幸せにおなり、エカテリーナ」
「はい!」
そうして優秀なエカテリーナは、サンドリナ伯爵家と領民たちのためにその知性を活かして日々を過ごしていく。
エカテリーナの心には国王への感謝と忠誠心が溢れていた。
実際は相手の権威とか、面倒くささとか、利益のなさで動かないのがほとんどだろうけど
その環境で、その醜聞で、それで当主がだんまり決め込んでたら
「あっ……(察し)」ってなって前妻の娘を悪女呼ばわりして楽しもうとは思わんかなぁ、などと思うなど。