全部の色
フローライト第十一話
二月に入ってから本格的に朔と利成の合作の制作が始まった。朔は利成と明希の家に泊まりこむようになった。
「美園も一緒に来てよ」
最初はこっちにいるつもりで美園が「朔だけ行きなよ」と言うと朔が言った。
「マネージャーさんが迎えに来るし・・・利成さんの家の方が遠くなっちゃうんだよ」
「マネージャーさんには何か言い訳考えてよ。遠くたっていいじゃない」と朔がかなり強引に言ってくる。
本当のところ、マネージャーさんどうこうは言い訳で、少しの間でも一人で過ごしたいと思ってしまっていた。それを見破ったかのように朔が続けた。
「美園・・・やっぱり俺といたくないんだ・・・」
(あー・・・)
朔は敏感の上に敏感を重ねて感じ、繊細の中に更に繊細がある。それを知っているので、なるべく普通に「そんなことないって。わかった。私も行くよ」と美園は言った。
利成と明希の家に荷物を持って到着すると、明希がものすごく喜んでくれた。
「みっちゃんも一緒なんだね。部屋、ちゃんと掃除して準備しておいたよ」
「うん、ありがとう」と美園は言った。
「何か楽しいな・・・いつも利成と二人きりだから、家族が増えるといいね」と明希は張り切った声を出した。
利成は朔に「じゃあしばらくの間、よろしくね」と笑顔を朔に向けたので、朔が焦って「い、いえ、こちらこそ」と頭を下げた。
マネージャーさんに何て言おうかと考えたがいい案が浮かばない。明希が「私の仕事を今手伝ってるとでも言ったら?」と言うのでそのままを告げた。納得してるかしてないのかわからなかったが、それでこっちまで来るのを承知してくれた。
朔は利成が休んでいるときもずっとアトリエにいるようだった。明希がご飯も食べないと時々ぼやいていた。けれど夜は美園の寝る寝室にちゃんと戻って来た。時には絵の具の匂いが付いたままベッドに入ってくる。
「朔、シャワー浴びといでよ」と美園が言っても「いい、明日で」と言って美園に抱きついてくる。
「ご飯食べてくれないって明希がさんがぼやいてたよ」
「明希さんが?」と朔が顔を上げた。
「そうだよ。ちゃんと食事は取ってね」
「うん・・・わかった・・・。美園はいつ休み?」
「明後日休むよ」
「ほんと?」と朔が嬉しそうな声を出した。
「うん、ほんと。だいぶ春めいてきたからどこか行きたいね」
「うん、でも・・・行けないかな・・・」
「絵、描く?」
「うん・・・天城さん、ほんとすごいんだ・・・俺、ぜんぜん描けなくて・・・」
「どんなふうに描いてるの?」
美園は布団の上でうつぶせに起き上がった。
「天国と地獄のそれぞれのイメージを掛け合わせて・・・思うように色をのせていってって・・・それを全体的に天城さんが調和させるって」
「そうなんだ、じゃあ、朔がほとんど描く感じ?」
「ん・・・そうかな・・・まず俺の思うように描いてって言われたんだ」
「じゃあ、利成さんは何やってるの?」
「時々きてアドバイスしてくれたり・・・色をのせてくれたり・・・話しをする」
「話し?どんな?」
「んー・・・昔の話とか・・・明希さんの話しとか・・・あ、明希さんとピンチだった時、明希さんがバルコニーの床をオレンジ色に塗っちゃったんだって。それも全部」
「バルコニー?ここのことじゃないよね?」
「昔、マンションに住んでた時だって。離婚の危機で何日も口をきかなかったら、ある日天城さんが帰宅したら明希さんがバルコニーの床をオレンジ色のペンで塗ってたんだって、天城さんがそばに立っているのも気づかないくらい一心不乱に塗ってたって・・・」
「そうなんだ・・・明希さんがね・・・想像つかない」
「うん、俺も驚いた・・・。天城さんが別な色で塗ろうとしたら、「他の色じゃダメ」って言ったんだって。それで気が付いたって」
「何に?」
「自分も明希さんじゃないとダメだってこと・・・他の色じゃダメなんだって・・・オレンジ色は明希さんの色なんだよ」
「そうなんだ・・・確かに明希さんはオレンジ色って感じするね」
「うん、俺もそう思った。俺は美園じゃなきゃダメだけど・・・」
朔が美園をじっと見つめてくる。
「美園は何色かな?」
「さあ?」と言うと朔がまたじっと見つめてきた。
「パープル・・・な空・・・」
「パープル?紫?」
「うん、昔紫色の空を見たんだ・・・子供の頃だけど、お母さんと・・・」
「紫だったの?空が?」
「うん、夕方の空だったと思うけど・・・空が紫ががっていたんだ。すごい綺麗だった・・・あの空みたい、美園って」
「そう?でもちょっと良く言いすぎじゃない?」と美園は微笑んだ。
「言い過ぎてないよ。ほんとに美園は綺麗・・・」
「アハハ・・・そう?ありがとう・・・朔は・・・そうだな・・・」と今度は美園が朔の顔をじっと見つめた。
「・・・すべて・・・」
美園がそう言うと朔が首を傾げた。
「すべてって?」
「すべての色だよ」
「全部の色?」
「うん、だから少し扱い注意」
「何で?」
「だって全部をぐちゃぐちゃに混ぜたら、酷い色になっちゃうでしょ?でも、それぞれの色が最高の形で現れたらとてつもなく素晴らしい色になる」
「・・・美園こそ良く言いすぎ」
「そんなことないよ。朔はそういう色だよ」
そう言って微笑むと、朔が嬉しそうに笑顔になった。そして「やっぱり美園が大好き」と身体をくっつけてきた。
「美園・・・ずっと俺といてくれる?」
「もちろん」
美園がそう答えると朔が美園を抱きしめて「絶対だよ」と言った。
「うん・・・」
”執着”が今の朔には大切・・・それが朔を”生”の中に引き戻したという黎花の言葉を思い出し、ならば自分はどこにいるんだろう?いや、どこにいるつもりなんだろう?と思った。
「おやすみ」と美園は絵の具の匂いのする朔の髪を撫でた。
「おやすみ」と朔が美園の手を握った。
今は、朔の温もりと絵の具の匂い・・・これが私のすべてだね・・・。
そう思いつつ、美園も目を閉じた。




