第9話 結城陽菜乃
神崎くんもあんな顔するんだ…。
そんなことを考えながら私こと、結城陽菜乃は帰り道を歩いていた。
先ほどまでクラスメイトの神崎翔くんに送ってもらっていたため、自宅はすぐ近くにある。時間は20時を過ぎているため、周りはすでに暗い。
この辺りは治安は良いが、それでも不安になる気持ちはある。けど神崎くんに送ってもらっていたし、さっきの神崎くんの驚いた顔?を見ることができたので不安な気持ちより、満足した気持ちのほうが勝っている。
少しだけど勇気を出してよかったなぁ。
顔に笑みを浮かばせながら私は入学式前日、神崎くんと再会したことを思い浮かべる。
◆◆◆
入学式前日、私は少し不安な気持ちに駆られていた。
新しい学校生活を楽しく過ごしていけるだろうか。中学に引き続き部活動はバスケ部に所属するつもりだけどうまく先輩や同級生と過ごしていけるだろうか。
私はそんな不安な気持ちでいっぱいだった。
中学校では仲良くできた人とは楽しく過ごせたなと思っている。ただ学年が上がるにつれて男子生徒の視線が気になるようになってきて、そこから男子と話すことが少し怖くなってしまった。
ただそれに気付いたのか、雫がそばにいてくれるようになったのであまり気にならないようにもなった。
雫にはとても感謝している…高校も同じなのでどこかでお礼できたらいいなとは思っている。
ただ同じクラスではない可能性もあるため、いつかは自分自身で解決しなければならない問題である。
私自身、主観的ではあるが容姿は優れているとは思っている。もちろんそのための努力を怠ることはなかったし、勉強やスポーツにも力を入れてきた。
そのため進学コースの特待生枠で入学することができた。ただ全体で3位とのことだったのでこれからも継続して勉強は続けていかなければならない。
そんな不安な気持ちと緊張からだろうか、私は家でじっとすることができなかったので外に出ることにした。特に家の周りになにかがあるわけではないけど、少し歩けばその先に公園がある。公園の中にはストリートのバスケコートがあり、私は気分転換によくそこでバスケの練習をしている。
今は夕方に差し掛かった頃、あまり使われていない場所なため、あの場所は私のお気に入りのスポットの1つでもある。
バスケットボールを片手に私はコートに向かって足を進める。時間もあまりないし、今日は軽くシュートしようかな。
頭の中で自分のシュートフォームをイメージしていたら、バスケコートが見えてきた。
するとダンッ!とドリブルの音が聞こえてくる。
あれっ?もしかして誰かいるのかな…。
本当は1人のほうが気楽にできるんだけど…なんてことを考えながら誰がいるのかを少し遠くから見てみる。男性の人だったらちょっと怖いから、そうだったら今日は諦めようかな。
そんなことを考えながら、誰がいるのかを確認すると1人の男性がドリブルをしており、そのままシュートをしていた。
男の人だったんだ…と普段であれば帰るのだが、なぜか私はその彼から目を離すことはできなかった。
いまのシュート、すごく綺麗なフォームだった。それにドリブルからのシュートの流れ、とても洗練されている動きだったのが一目見てわかるほどだった。
あれだけの技術を持っている人だから、私が通う高校の先輩なのかな…。
私が通う海星高校の男子バスケ部は県内では強豪校に入ると言われている。ただ…最近インターハイには出場していなかったはずだから…彼のような技術を持っている人がいるならばもっと有名になっていると思うんだけどな…。
私は中学からバスケを始めたけど、練習を頑張り3年生でスタメンに選ばれることとなり、見事全国大会に出場することができたのだ。その全国大会の会場で色んな人を見てきたけど、あそこまで洗練された動きをした人は見たことがない。
私が中学1年生の時に、男子バスケットボール部が全国大会に出場し応援にいったことはあったけど…あの時はほとんど試合を見てなかったし、なによりある出来事のほうが鮮明に覚えているためあまり記憶には残ってなかった。
本来であればこそこそと人を見るものではないが、気になってしまい私は彼のプレーをしばらく陰で見ていることにした。
◆◆◆
なんかこれって…変質者として通報されないよね。
木の陰でこそこそといまだに彼のプレーを見ている。あれから数分ずっと見ているが飽きることはなかった。ドリブル、シュート1つ1つのレベルが高いため見ていてとても勉強になる。
すると…彼の雰囲気が一変したことが感じ取れた。おそらくだけど、かなり集中しているんだろう。それを周りに感じ取らせるほどの影響力を持っているなんて…ほんとに彼は何者なんだろう。
そんな彼の一連のプレーを見ることができた。知らない人が見たらドリブルからの高速ドライブ、そしてその勢いのまま、レイアップシュートを決めたように見えるだろう。
けど…私はあの動きを…知っている。
何回も…私はあのプレーを見てきた。
あのプレーに憧れて…いつか私もできるようになりたくて…。
だって…あのプレーは…あの時の彼と同じ…。
「あ、あの!」
声をかけるつもりなんてなかったのに…私は我慢できず、バスケコートに立っている彼に近寄ってみることにした。