第2話 海星高校
春の温かい風を浴びながら、俺は学校に足を運んでいた。
私立海星高等学校。
この地域ではかなり有名な進学校である。文武両道、この意味を体現しているかのように学力、スポーツ両方にとても力を入れているのが特徴である。
海星高校は進学コース、スポーツコースに分かれており各コース20人の計40人で1クラスとなっている。
入学形態には、特待入学・推薦入学・一般入学と別れており、特待生枠で入学したものは学費が免除される。
ただスポーツコースの特待生枠で入学した場合、部活動所属は必須となっている。また退部または日々の態度などに問題があれば数少ない特待生枠から外されてしまい、一般生徒枠と同じ扱いになってしまう。
また進学コースの場合、入試結果から上位5名は特待性枠となり1年間学費が免除となるが、1年ごとに上位5名は変動していくため、特待生枠だからといってその枠から外されてしまう可能性がある。
ちなみに俺は一般での入学である。もちろん受験をすると決めてからは進学コースの特待生枠を狙っていたが、そううまくはいかなかった。
自分が学年全体でどの位置にいるかは不明だが、次の中間テストでおおよその位置は推測することはできるはず。
私立校なため、公立校よりも高い学費なのにも関わらず通わせてくれている叔父さんと叔母さんに少しでも恩返ししなければならない。
ふあぁ…やっぱり月曜日の朝は少しだるいなぁ。
眠たい身体を徐々に起こしていきながら、俺は学校の門をくぐった。
◆◆◆
まだ入学して一週間だが、この生徒数にはいまだに圧倒される。
1学年は400人いるので、学校全体には教員なども含めて約1200人以上いることになる。
俺が通っていた中学校はあまり人数がいるわけではなかったので、これだけの人数がいることにまだ慣れることはなかった。
「おう、相変わらず疲れた顔してるな、翔」
そう話しかけた相手は俺の左肩をたたいた。
「ん、おはよう。蓮」
赤城蓮。同じクラスメイトの友人となった男だ。
きっかけは同じクラスの隣の席になったから。特別仲が良いとか親友とかそういうわけではない。
「今日もバスケ部の練習か、朝からお疲れ様」
「おう!まだ練習に慣れてなくて、正直疲れは溜まっているが好きでやっているからな。別にこれぐらいどうってことないぜ」
慣れない環境だろうに…その疲れなどを態度にまったく出していない、流石だな。
彼は特待生枠でバスケ部に所属している。もちろん部活動は結局のところ実力主義なため、1年生でスタメンなどに選ばれるのはかなり難しい。
それでも特待生枠というだけで過度な期待などはされているだろう。
「翔も何か部活入ったらどうだ、身長もあるし体格だって悪くないだろ」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえないんだが…悪いんだけど部活はパスだな。2年生進学コースの特待枠狙ってるし」
蓮の身長は180センチを超えている。それに体格もがっちりしており、ザ・スポーツマンみたいな見た目をしている。おまけに顔も整っており誰にでも気さくに話しかけるやつ…いわゆるイケメンという部類に入るだろう。なんでこんな奴が俺みたいなやつに話しかけてくれるんだか……。
そんな他愛のない話をしながら、2人は教室に向けて足を進めた。
◆◆◆
教室に着き、扉を開けクラスメイトの様子を確認する。
まだ入学式からそこまで日が経っていないため、少しぎこちない雰囲気が流れているがこの違和感もすぐに収まることだろう。
「はぁ……なんで1番前の席なんだよ、早く席替えしたいぜ」
「それ入学式から毎日言っているだろう、いい加減受け入れろ」
俺の席は窓側から2列目の1番前の席。席替えなどはまだしていないため、席順は名前順となっている。
神崎のか行だからか、俺は見事に一番前の席を引き当ててしまった。
ちなみに蓮の苗字赤城のため、窓側から1列目の1番前の席……少し同情するよ。
蓮のちょっとした愚痴を聞きつつ、授業の準備を始める。
…すると、先ほどよりもクラスが活気づいた雰囲気が感じ取れた。それは…きっと彼女が登校したからだろう。
教室に入り、席に着くなり周りのクラスメイトに挨拶をされそのまま雑談に興じている。
「お、今日も結城は人気者だな」
彼女の集団を遠目から眺めながら、蓮はそうつぶやく。
「ずいぶん他人事だな、お前はいかなくていいのか?」
「朝練の時に会ったからな」
彼女の名前は結城陽菜乃。
明るめの茶色の髪を肩の下までストレートに伸ばした髪型に、非常に優れた容姿。そしてバスケ部に所属しているからか、スタイルもよくモデルをやっているといっても疑うことはない。
その容姿からクラスの中心人物になるには時間はかからなかった。
そんな彼女をぼーっと見つめていたら、左側から視線を感じ振り返ってみるとニヤニヤしながらこちらを見ている蓮がいた。
「そんな熱い視線を向けちゃって…バスケ部に入れば毎朝会うことができるぞ!」
「そんなんじゃない…それと部活の件はパスな。そんな邪な理由で入ってたまるか」
ちぇーと言いながら、不満そうな目で俺に訴えかけてくる。仮にもお前は特待生だろう…そんな気持ちでやるやつが同じ部活にいてもいいのか…。
そんなことを考えながらふと彼女にまた視線が動いてしまった。するとなぜだろうか…彼女もこちらを見ていたのだろう。目線があってしまい、ペコッと頭を下げられる。それは一瞬だったため周りのクラスメイトは誰も気付くことはなかった。咄嗟のことだったため、俺は何も返さずに視線をそらしてしまった。
「ん、いま翔に向かって頭下げてなかったか…もしや俺の知らないところで関係を……」
周りのクラスメイトは気付かなかったのに、なぜこの男は気付いたのだろう。視野が広いというか…野生の勘みたいなものだろうな。
「そんなわけあるか、勘違いに決まってるだろう」
「まぁ…そうだな!それにお前が結城と親密な関係だったら今頃クラスの男子から袋叩きにあってるだろう」
「そんなことありえないし、考えたくもないな…」
そう…本当はありえないことだったんだ。なのに…彼女は俺のことを知っている。もちろんクラスメイトという点で俺のことは知っているがそういった意味ではない。まぁ知っているといっても深く知っているわけではない。
ただ…彼女が俺の過去について少し知っている…。
そう、少しだけ。