第5話 茶番劇
私、外園千秋(ほかぞの千秋)は近頃忙しい。
学校から帰ってきたら、学校の授業の復習の他に、ギイが選んだ数学の参考書をやり、シャンゼルとダンスの練習が待っている。そのいずれもが、ギイが出した私の勉強課題だった。
前まではそんな課題なんてなかった。
だから、空き時間は好きな絵を描いて過ごしていた。けど今は、部活か休み時間でしか絵が描けない。
「うーん、何描こうかな」
私は放課後、美術教室に来ていた。私は美術部所属だからだ。活動は月、水、金曜日。
7月の文化祭に作品を展示する為、目下作品作りを頑張らないといけない。が、描きたいものが何もない。
「どう? 外園さん、進んでる?」
ぼんやりしていると、部長が声をかけてきた。
「いや、その、まだ何もです」
「珍しい。ひょっとして、スランプ?」
「、、、何も思い浮かばなくて」
こんな事は初めてだ。今までは描きたいものが湯水のように浮かんで、好きなだけ描きまくってきた。でも今はインスピレーションが湧かない。
「外園さんて写実的な絵が多いでしょ? たまには抽象的なものを画くとか、どうかな」
「抽象画か、、、」
それはそれでチャレンジしてみる価値はあるな、と思った。
「外園さんには期待してるから、頑張ってよ」
部長はそう言って他のメンバーの様子を見に行った。
私は考える。
自分の事だったら、抽象画、描けるかもしれない。自分を表現してみようかな。
だけど、私は私自身をどう見ているかといえば、とにかく馬鹿。そして正直。それ以外は、よく分からない。
うーん困った。たったのそれだけでは、イメージが何も湧かない。もっと、自分を分析しないと駄目だ。それとも、ギイか誰かに聞いてみるか。
「部長、私、題材作りの為に今日はもう帰ります」
考えても何も思い浮かばない私は、帰る事にした。
「もう部活は終わったのか?」
教室に行くと、ギイが待っていてくれた。
ギイ以外は誰もいない。
「ペンが走らないから、もっと自己分析してから考えようと思って」
「自己分析??」
「抽象画で、自分を表現しようと思ったけど、私、自分の事よく分からないから」
自分で自分が分からない。取り柄があるとすればお絵かき位で、長所なんてないし、短所しかない。
「私、やっぱり馬鹿なんだわ」
「、、、。俺は千秋の事、素直で可愛いと思ってるんだが」
「か、、、?!」
可愛い?!
「千秋は昔から頑固な所があって、マイペースで、純粋で、綺麗で、真っ直ぐで、俺はそういう千秋が好きだ」
「、、、」
ギイにそう言われても、よく分からない。
純粋? 綺麗? 真っ直ぐ? それはない。それはどちらかといえば、ギイの事ではないか。
「ギイはさ、惚れた欲目で見てる気がする」
私は顔を赤らめた。その、ストレートに好きだって言うギイが凄い。
「そういえば、千秋から俺、好きって言われた事ないな」
「エッ!」
「聞きたい。言ってみてくれないか?」
「急になに!」
じょ、冗談じゃない。
そんなの本人に面と向かって言えない。
「ん?」
ギイが期待してまっている。
私はもっと赤面した。
「無理だからそんなの!」
ギイはでも、諦めてくれなかった。
「無理って何が無理なんだ?」
「う、、、」
男の姿になり、ギイが私の頬に触れて、顔を近付ける。
「俺はこんなにもお前を愛してるのに」
そう言いながら、額にキスする。
私は変な汗をかきはじめていた。
ぶっちゃけ男のギイは苦手だ。だって、本当に格好良いのである。男のギイを前にすると、私はどうしたらいいのか分からなくなる。動悸もおかしくなる。そして何故か逆らえなくなる。
「俺が好きだろ、千秋」
ギイは耳元で囁いた。
「好きって言って」
そして、真っ直ぐ私を見る。
「や、、、」
私は視線をそらした。
「やだ、、、ギイ」
これでもめいいっぱい断わったつもりだ。
顔が熱い。噴火しそう。
「千秋」
逃げられないように、ギイが千秋の腰に腕を回す。
近い近い近い!!
私は心の中で絶叫した。
「好きだよ、千秋」
ギイは言った。
「愛してる」
私はもう、泣きたくなってきた。
「、、、千秋」
ギイの低い声に、ぞくぞくする。
「離してギイ、、、!」
私はギイを突き飛ばした。
「ギイのバカ!!」
そんなやり取りの後、ギイは女の子に戻った。
「なんで言えないんだ? 千秋は」
ギイは不満を漏らしていたが、そんなの恥ずかしくて言える訳なかった。
千秋。
ギイと離れた後も、ギイの囁く声が耳に残って、私は赤面してしまう。
「まるで上の空だね。何かあったの?」
今はシャンゼルとダンスの練習中だ。
私はギイのおかげで、全く集中できないでいた。
「目が、潤んでる」
シャンゼルは私の頬に触れてそう言う。
「な、なんでもないです」
私は目を見られないように下を向いた。
「ふふ。千秋ちゃんは嘘が下手だね」
「、、、」
「ちょっと休憩しようか」
シャンゼルは私から離れると、パチンと指を鳴らした。
すると壁際のテーブルの上に、紅茶の入ったティーカップが二つ現れた。
「どうぞ、千秋ちゃん」
「有り難うございます」
私はティーカップを手にとり、ソファーに座って紅茶を頂いた。
「美味しい?」
「ハイ」
「そう」
シャンゼルは優しく微笑む。
「どうせクライドの我が儘にでも付き合わされたんだろ? 間に受けてたらキリがないからさ、さらっと流した方が良いよ千秋ちゃん」
「、、、。我が儘っていうか、、」
ギイはただ、私から好きだって、言ってほしかっただけだ。でも、私はそれが言えなかった。言えたらいいのだが、こっぱずかしくて言えない。
「ほんと可愛いよね、千秋ちゃんて」
シャンゼルは吹き出した。
「そんな事で悩んでるの? もしかして」
「う、、、悩んでるっていうか、、」
うう。恥ずかしい。
シャンゼルも考えてる事を読むから、嘘が付けない。
「このまま言えないでいたら、どうなるのかな」
私はギイに好きだって、言ってもらえるけど、私がギイにそんな事言う日は来ないような気がする。そうなったら、ギイはどう思うんだろうか。恋人なのに、私はギイに何一つしてやれる事もなくて、それなのに、ギイの些細な願いを叶えてやる事も出来ないでいる。
「私って、恋人失格だよね」
「そんな事ないよ。千秋ちゃんの気持ちはちゃんとクライドだって分かってるんだから。ただ、言ってもらって喜びたいだけだよ。千秋ちゃんだって、好きって、言って貰えたら嬉しいでしょ?」
確かに、嬉しいのは嬉しい。ただ、顔から火が出る位に恥ずかしいのだが。
「俺もね、千秋ちゃん好きだよ」
シャンゼルは、ニコニコしながらそう言った。
「それは、、、どうも有り難うございます」
私は紅茶を飲んだ。
「ふふ。分かってないなぁ」
シャンゼルは、空いてる私の手をとり、そこに口づけた。
「俺、本気なんだけど」
「え」
今度は真剣な顔をして言う。
私は、どう答えていいのか分からなかった。
「、、、どうかな」
「どう、、、って、、、?」
「嬉しい?」
私は、それは素直に言った。
「う、、嬉しい、、、です」
言いながら、照れた。
「じゃあさ、俺が恋人だと思って、好きって言ってみて」
「えっ?!」
「ほらほら」
シャンゼルがどういうつもりでそんな事を言っているんだか、私には分からなかった。
ひょっとして、練習とか?
「えと、、、好き、です?」
「普通に言って。疑問形じゃなくて」
「あ、はい。えっと、、、」
私は言った。
好きだって。
でも、言った後に、何だか恥ずかしくなって、シャンゼルと目を合わせないよううつむいた。
シャンゼルは、そんな千秋を見て微笑んだ。
「言ってみれば、簡単でしょ?」
「そ、そうですね」
「意識しすぎなんだよ、千秋ちゃんは。何も考えずに、ただ言えばいいだけなんだから」
「あ、ハイ、、、」
シャンゼルは私の頭を撫でた。
「まあ、頑張ってよ」
「はい」
「ダンスの練習もね」
「う、は、はい」
シャンゼルは、ダンスの練習にしろ、普通の勉強をするにしろ、良い指導者だと思う。分からない事があると、出来るようになるまで導いてくれる。それが、上手い。
親切だし、丁寧だし、おまけに優しい。
モテるだろうな、と思う。
でもシャンゼルにそれを言うと、
「俺? 俺はさ、ずっと好きな人がいたからね。あんまり周りの女性には興味ないっていうか、興味沸かなかったっていうか」
「はあ」
「でも今、俺が興味持ってる女性は千秋ちゃんだよ。千秋ちゃんさえよければ、恋人になってもらいたいなって思ってる。そしたら変な角もたたずに済むし、クライドだって男に戻れる。もちろん、千秋ちゃんだって、死なずに済む。我ながら名案だと思うんだけど」
「、、、。私は、、、」
私が好きなのはギイだ。
私は、好きな人と恋人でいたい。
そう考えていると、シャンゼルは言った。
「俺が提案してるのはね、最善の策だよ千秋ちゃん。どれがクライドの為になるか、考えたら分かる事だよ。千秋ちゃんの存在はクライドにとっては一生負担になる。その負担を君がどうにかできるかといえば、どうにもならない。クライドは気にしてないけど、下手をすればまた戦争だって起きるかもしれない。千秋ちゃんとクライドの結婚は、国をも巻き込む問題なんだ。千秋ちゃんが、そういう色んな事を考えて、それでもクライドと結婚したいって言うなら、もちろん協力はする。でもね、それで良いのかって話だよ」
「、、、。それは、、、」
「恋人の間は良いけどね、結婚はまた話が別だ。そこん所はよくよく考えてくれないと」
指摘されて、私は何も言い返せなかった。
私のせいで争い事が起こっても、私がそれを止める事が出来るかといえば、それは分からない。それ以前に私は魔族からすればただの餌。狙われたらギイが守ってくれるのだろうが、それが一生涯続く可能性が高い。それだけでギイの負担になっているというのに、戦争とか起きたら、本当にどうしたらいいのかっていう話だ。
結婚か、、、。
考えても、やはりピンとこない。もちろん、いつかはするとは思うが、ギイと結婚しても良いのかと考えたら、それは駄目なような気がする。
だとしたら、私はギイとは別れた方が良いのではないか、、、。
そんな事を思案していると、ギイのいる書斎室についた。ギイはまだ、勉強中だろうか?
コンコン。
扉をノックして、私は中に入った。
「ギイ、いる?」
ギイは頬杖をつきながらペンを紙に走らせていた。
「もうすぐ終わる」
時刻は夜の9時を回っていた。
真剣な顔で勉強してるギイに見とれながら、私はギイの側に歩み寄った。
「ねえ、ギイ」
「なんだ」
私はさらりと言った。
「私、ギイが好き」
ギイは、ペンを止めた。
そして千秋に振り向く。
「今、なんて?」
「、、、だから、ギイが好きって言ったんだけど」
言いながら、どこか浮かない顔をしている千秋だった。ギイは、立ち上がって千秋の頬に触れた。千秋はその手に自分の手を重ねて、目を細める。
できれば、ギイのこの手を手放したくない。
そう思うのに、私の口から出た言葉は真逆だった。
「私と別れて、ギイ」
「は?」
「私、ギイとは結婚できない」
頬に触れてるギイの手を離して、千秋は言った。
「ごめんね、ギイ」
「、、、。何言ってるか、自分で分かってるのか?」
ギイは、様子のおかしい千秋にあわてた。
「シャンゼルか?」
シャンゼルと千秋が話していた内容なら、勉強しながら見ていたから知ってる。
「千秋が心配する事は何もないぞ」
「それは、私には何もできないからでしょ?」
確かにそれはそうだ。
シャンゼルのヤツ、余計な事を言いやがって。ギイはそう思った。
「千秋は俺が好きなんだろ?」
「そうだけど、、、」
ギイが好きだ。でもだから、負担にはなりたくない。
「負担だなんて俺は思ってないし、思った事もないよ」
「、、、」
「俺は千秋としか結婚しない。千秋が嫌だって言ったとしてもだ」
私は別に、ギイと結婚したくない訳ではない。可能なら、ギイとなら、しても良いと思っている。
「無理矢理私と結婚するの?」
ギイは、私を洗脳してでも私と結婚するって前に言っていた。いっそ、その方が楽なのではないかと思う。でも、そんな事をするギイは好きじゃない。
「千秋。頼むから、俺を困らせるような事いわないでくれ」
「ギイが私を困らせてるんじゃない」
「千秋は自分で言ってる意味が分かってないだろ!」
ギイはもう目眩した。
「お前、俺が好きなのに、俺以外のものになろうとしてるだろ」
「、、、」
「それは最善の策とは言わない。俺にとっては最悪の策だ。俺はずっと千秋と結婚する事しか考えてきてないんだぞ。他の誰かを愛せったって、それは無理だ。千秋を失ったら、俺はもう生きてる意味がない」
「え、、、?」
「俺は好きで生きてる訳じゃない。でも、千秋と出会って、千秋がいたから俺は、、、」
ギイは、それ以上は何も言わなかった。
ただ、ギイにはギイの事情がある。それだけは分かった。そこで私は気づいた。私はまるでギイの気持ちを無視している、という事。
「、、、ごめん、ギイ」
「撤回しろ。俺は千秋とは別れない」
「、、、」
私は、少なからず反省した。
ギイはイライラした。
「後でシャンゼルには叱っておく。千秋は兎に角余計な事を考えすぎる。どうにかしろ」
そんな事言われても、可能な話であれば、シャンゼルの提案した案が一番良いと思ったのである。
そんな素直さが、シャンゼルにやり込められそうになったりするのだが、千秋は自分で分かってない。
「もう一度言って千秋」
「え?」
「俺を好きだって、もう一回言って」
催促されるが、私はそれは言えなかった。
「? さっきはハッキリ言ってたじゃないか」
「い、今は無理だよ」
「何故?」
きかれて私は苦し紛れに言った。
「怒ってるギイには言いたくない」
千秋はその後、お風呂に入って寝ていた。
ギイが千秋の部屋に訪れる。
寝ている千秋の側、ベッド脇に腰を下ろして千秋の髪に触れた。それは、子供の頃からしていた事だ。触れてもいいのか分からなくて、昔は髪にだけ触れていた。
でも今は千秋は恋人だ。多少は触れても良い存在になった。
ギイは、千秋の頬にそっと口付ける。
目の前に千秋がいる。それを実感して安堵する。
ギイは千秋の部屋から出た。
と、そこにはシャンゼルがいた。
「シャンゼル、お前、、、」
「? 何怒ってるんだ、クライド」
ギイはシャンゼルを睨み付けていた。
「千秋に余計な事ふきこむのはやめろ」
千秋には、変な心配させたり、過度な不安を与えたりしたくない。ギイは、そう考えて千秋と接してきた。でもシャンゼルが、その邪魔をしている。
「俺、本当の事しか言ってないんだけど。後から何も知りませんでした、なんてのが通用すると思うか?」
シャンゼルは呆れたように言う。
「千秋には何の責任もないんだぞ。何が最善の策だ、お前はただいたずらに千秋を困らせる」
「俺には俺の責任がある。俺は母君からクライド、お前の事を任されてる。だから一番良い選択肢を出しただけだよ。何、履き違えてるんだか」
シャンゼルは言った。
「千秋ちゃんを困らせるとしたら、それはクライド、お前だ。お前の我が儘で彼女は生きながらえて、お前の我が儘で争い事を作ってる。千秋ちゃんは自由にはならない。そして狙われる。全部、お前の我が儘のせいだ」
「それがどうした。そんなの最初から分かってる話だ。だから俺は責任とるつもりでいるんじゃないか」
「都合良く、だろ」
「それの何が悪い?」
ギイは開き直っていた。
そんなギイを嗜めるように、シャンゼルは言った。
「彼女には選択する権利がある。お前は、それすら奪うつもりか?」
「、、、」
そんなつもりはない。
でも、千秋が他の誰かのものになるなど、想像もしたくない話だ。
「俺は俺が出した選択肢を撤回するつもりはないよ。もちろん、決めるのは千秋ちゃんだ。お前がだだこねたりしなかったら、全部丸く収まる」
「悪かったな、だだをこねて」
全く悪いとは思ってないのに、ギイはそう言った。シャンゼルはそんなギイを見て、溜め息をつく。
「お前の我が儘のおかげで、こっちは余計な仕事が増えてる。ちょっとは反省したらどうなんだ?」
「嫌なら俺の教育係から降りたらいいだろ。俺はお前を縛りつけたりしない」
「だったらリュクレオンの居場所をお前が見つけろ。そうでなきゃ、向かってくる敵はキリがない」
ここ最近、千秋を狙う暗殺者の処理をした。 だがまだ他に、もの凄い数の敵が潜んでいる。
ギイは長い銀の髪を払った。
「千秋の誕生日祝いをやる。予約を入れろ」
「、、、ツインタワービルだな」
「ああ」
ギイは、パチンと指を鳴らした。
誰かがこちらの様子を伺っていたからだ。
今は遮断したが、また覗き見されるのは間違いない。
「、、、来るかな」
「恐らくな」
敵にとっては絶好のチャンスだ。
まず間違いなく襲ってくるだろう。
でもそれは願ったり叶ったりの話だ。
「一気にたたきつぶしてやる」
ギイはそう呟いた。
ツインタワービルは、都心にある大きな複合商業施設だ。中には大手出版社、ラジオ局、映画館、各種レストランやテナントが入っている。名前の通り二本立てになっており、最上階は円盤型の建物が、二つのビルをつなぐように乗っている。地上300メートルはある、巨大な建物だった。
「今日は出掛けるから、千秋、用意して」
ある日、学校が終わって、帰宅するなりギイはそう言った。
「お出かけ?」
「そうだ。たまには外で外食しよう」
ギイは、パチンと指を鳴らした。
すると、赤のリボンでラッピングされた箱が現れた。それを千秋に差し出す。
「これに着替えて」
千秋は、言われるまま自分の部屋で着替えた。ラッピングされた箱の中には、白のワンピースドレスが入っていた。こんな服を来て、何処に食べに行くのだろうか疑問だが、外食は久しぶりなので楽しみだ。
「ギイ、用意できたよ」
ドレスに着替えた千秋はギイの部屋を訪れた。
ギイもドレスなのかと思っていたら、違っていた。ギイは白の、パンツ姿のタキシードだ。髪は、耳元で結ってある。
側にいたシャンゼルは、黒のタキシードだ。
「ギイもシャンゼルも格好良いね」
凄く似合っている。
「千秋こそ。ドレス、似合っているよ」
ギイは千秋の腰に手を回して、頬にキスした。
「う、、、」
「可愛い」
耳元で囁く。
千秋は真っ赤になった。
「じゃ、行こうか」
シャンゼルがパチンと指を鳴らした。
3人が瞬間移動した先は、
「ここ、どこ?」
「ツインタワービルだよ」
その真ん前だ。周囲は人の往来が激しい。
魔法を使って移動したのを、誰かに見られていたらどうするんだろうと思うのだが。
「心配ないよ。誰も見てない。ほら、中に入って」
ギイとシャンゼルにエスコートされて、千秋は中へと入って行った。
「わあ、、、。良い眺めだね」
向かった先は25階にあるレストランだ。
案内された席からは、外の眺めがよく見える。もっと暗くなったら、外のイルミネーションが綺麗に見えるだろう。
「それにしても、私達以外、お客さんいないね」
私は席について周りを見た。
もしかしてこのレストランは流行っていないのだろうか。そんな事を考えていると、
「今日は貸し切りだから」
笑いながらギイが言った。
「千秋の誕生日祝いだよ。まあ、遅ればせながらになるけど」
「!」
ええ? じゃあひょっとして、このドレスはプレゼント?
「そうだよ。誕生日、おめでとう千秋」
「おめでとう千秋ちゃん」
ギイとシャンゼルも、席についてそう言った。
千秋の誕生日は12月だ。ギイもシャンゼルも、まだ学校には来ていなかった。
「まあ、本当は誕生日当日にお祝いしたかったけど、出来なかったからな」
ギイは、届いたワインを飲みながら話す。
「俺と千秋が出会ってから、11年経った。今日に至るまで、本当に長かった」
「うん」
「その間何もしてやれなかったからな。今日は美味しいものいっぱい食べてくれ」
「有り難う、ギイ。シャンゼルも」
「俺はレストランに予約しただけだよ。プレゼント用意したかったけど、クライドが怒るからな。まあ、千秋ちゃんが俺の恋人になったら、そんなの幾らでもあげるんだけど」
シャンゼルがそう言うと、ギイがシャンゼルを睨み付けて、
「そんな日はこない」
キッパリ言った。
「そんなの分からないじゃない。ね、千秋ちゃん?」
「うーん」
どう答えていいのか分からない。
テーブルの上にお料理が運ばれてくる。
「ほら千秋。冷めない内に食べて」
「う、うん。いただくね」
私はナイフとフォークを手にとり、出されたお料理に手をつけた。
千秋たちがツインタワービルで食事を楽しんでいる間、外では騒ぎが起こっていた。
パトカーが何台も止まって、大勢の警官たちにより通行人などの誘導が行われていた。
「速やかに避難して下さい。我々の指示に従ってこの場から移動して下さい!」
「この先ツインタワービルへの道は封鎖されました。これより進入禁止です!」
テープなどが張られ、誰もツインタワービルに近づけないようになっていた。
「一体何があったの?」
「テロリストがタワーに爆弾をしかけたらしいぞ!」
「急いで!皆さんこちらへ!」
ツインタワービルに来ていた客が、慌てて外に飛び出して行く。
その様子をテレビ局が報道する。
「中継です! 大変な事になりました! 警察によって誘導された人々で、周辺はごった返しております!
対テロリストの専門部隊による処理が行われるとの事で、ツインタワービルは完全に封鎖! 中心はすでに人っ子一人見当たりません! 今やツインタワービルは輝く廃墟の様相を呈しております!」
だが、そんな騒ぎの中、千秋たち3人はツインタワービル内のレストランで、ゆるゆると食事をしていた。
外は夕日も落ちて、暗くなっていた。
「わあ、凄い!」
千秋は、最後に出されたデザートを見て喜んだ。中心のケーキに、アイスクリーム、色とりどりのフルーツが添えられ、それはとても美味しそう。
「今まで生きてきた中で、今夜が一番贅沢してる気がする」
美味しい料理を沢山食べて、千秋は幸せそうだ。
「結婚したら、もっと贅沢な暮らしがまってるぞ千秋」
ギイに言われるが、それは想像つかない。
「俺と結婚したくなったか?」
大喜びの千秋を見て、ギイは微笑んだ。
「結婚はその、、いつかはする」
千秋は言った。
結婚しても良いけど、でも、今ではない。
「いつかって?」
「それは分からないけど、、、」
そんな話をしていると、ツインタワービルのすぐ下に対テロリスト専門部隊が到着した。
幾つかのチームが、その中に入って行く。
「今回のターゲットはたった3人だそうだな」
「ああ。本当のテロ事件ならいざ知らず、この人数とは大仰なことだ」
「この茶番には裏でアメリカからの多額の資金が動いてるっていうからな、よっぽどの大物なんだろうが」
「ボディガードしてるのはたった2人、あとの1人は年端もゆかぬ少女だというからな」
「まあ、今回は楽な仕事だぜ」
軍服の男達はそう言ってエスカレーターを登って行く。
その様子を見るでもなく察知していたシャンゼルは、コーヒーを飲んで立ち上がった。
「来てるぞ、クライド」
「分かってる」
ギイも立ち上がった。
軍服姿の男達は25階にあるレストランの入口の前まで来ていた。
合図と共に、レストランの扉を開いて銃を放ちまくる。
だが、そこには誰もいない。
「いないぞ! 上へ回れ!」
下までは全て押さえてある。
逃げるとしたら上しかない。
と、上へ続くエスカレーターを男達が登っていこうとすると、上から何かが転がって飛んできた。
「!?」
それは、ピンの外れた手榴弾だった。
ドオン! という激しい音と共に爆発が起きる。と同時に男達は吹き飛んだ。
「ふーん。なかなか便利な道具だ」
上から手榴弾を投げたのは、シャンゼルだった。アメリカ大使館に運ばれたものから拝借したのである。敵はまさか、自分たちの武器を使われているとは思っていないだろう。
「くそ! 応援を回せ!」
軍服の男が無線で連絡する。
その間にシャンゼルは上の階へと走った。
待っていたギイと千秋に合流する。
「何、遊んでるんだ」
ギイはシャンゼルを注意した。
「いや、人間が作った武器もなかなか便利なんだなってさ」
そんなシャンゼルのからかいのおかげか、どんどん敵がツインタワーに入って来る。
「さっきの音、なに?」
千秋は一人、状況が分かってなかった。
「敵だよ。千秋ちゃんを狙ってる連中が来てる」
シャンゼルは、胸元からピストルを出した。
追っ手がきて、シャンゼルがそのピストルを放つ。軍服の男達は、慌てて柱の陰に隠れた。そして、銃を構えて撃ってくる。
ギイがその方向に手をだすと、撃たれた弾が静止して床にバラバラと落ちた。
「先に行け、クライド」
シャンゼルに言われて、ギイは千秋を連れて上へと逃げた。シャンゼルが足止めしてくれている間に、移動しなくてはならない。
「シャンゼル一人で大丈夫なの?」
走りながら千秋はギイにきいた。
「大丈夫だ。俺達には、人間が作った武器は通用しない」
「でも、シャンゼルが捕まったら、、、」
「そんなへまはしない。千秋は何の心配もしなくていい」
ギイは言った。
千秋とギイは最上階まで走った。
「遅かったねぇ」
と、エスカレーターを上がった先にシャンゼルがいた。どうやら瞬間移動したらしい。
「こっちは走ってたんだ」
ギイは言った。散々走ったのに、ギイは息切れ一つしてない。千秋はそんなギイに驚いた。
「無事だったんだね、シャンゼル」
良かった。息も絶え絶えに千秋はシャンゼルを見て笑った。そんな千秋に、少しシャンゼルが微笑む。
「俺の心配してたの?」
「う、うん。だって、向こうは銃を持ってたし」
「ハハ。優しいね、千秋ちゃんは」
シャンゼルが千秋の頭を撫でる。
「ごめんね、いっぱい走らせたりして。でも、もう大丈夫だから」
「え、、、?」
喋っていると、
「居たぞ!」
追っ手がやって来た。
「千秋、俺につかまって」
ギイが千秋の腰に手を回す。
シャンゼルは、パチンと指を鳴らした。
と、爆発音が下から何度も聞こえてきて、建物全体が大きく揺れだした。
「な、なんだ?!」
追っ手の男達が慌てる。
今度はギイが指を鳴らした。
すると千秋たちは、ギイの館に帰ってきていた。
「シャンゼル、テレビ」
「はいはい」
ギイに催促されてシャンゼルがテレビをつける。と、ツインタワービルが崩壊する様がニュースで映し出された。綺麗さっぱり崩れて、跡形もなくなってしまった。
「ギイ、ツインタワービルなくなっちゃったよ」
さっきまで自分たちはそこにいたのだ。
一体何で、、、。
千秋はぽかんとした。
シャンゼルは笑っている。
兵力を一点に集中させ、ビルを巨大なネズミ捕りにして1匹残らず片付ける。その為に最上階まで逃げるふりをして敵を誘導した。そのネズミ捕りのエサは俺達3人。
「アメリカ大使館で用意されていた爆薬が使われたって知ったら、地団駄踏んで悔しがるだろうな」
建物の一つや二つ、そんなのを使わなくたって潰せるくせに、シャンゼルは手のこんだ事をしている。
建物のあちこちに、事前に爆弾を設置していたらしい。
「良い性格してるな」
褒める訳ではなく、ギイはシャンゼルにそう言った。
電話で連絡を受け、リュクレオンはショックを受けた。
全滅。あれだけの兵力が全滅だと?!
生きて帰ってきた者は一人もいない。
人間の小娘一人、どうとでもなると思っていたら、とんでもない。かすり傷一つ負わせられなかった。やはり、シャンゼルとクライド相手に人間を使うのは無理があったのか。
、、、いや、他にも手はある。
「おのれ、次こそは、、、!」
リュクレオンは意気込んだ。




