第2話 第3の選択
私、外園千秋はマンションで一人暮らしをしている。
私が生まれてすぐ、両親を事故で亡くし、私を育ててくれた祖父も去年他界してしまったからだ。
私はまだ高校2年、16歳である。
親戚が私を引き取りたいと申し出てくれたが、それは全て断った。
一人が寂しくないかと言われたら、寂しいのが本音だ。毎朝目が覚める度に、誰も声すらかけてくれない、話声も、テレビの音すら聞こえない。そんな状況が、酷く孤独感を与えてくる。
だけど、この日はいつもと違った。
「千秋」
誰かが呼んでる。
「千秋。起きろよ千秋」
聞きなれない男性の低い声。
(え、、、)
誰もいない筈なのに起こされた私は、眠いのを我慢しながら目を開いた。
「おはよう、千秋」
ギイが、ベッド脇に頬杖しながら私の顔を覗きこんでいる。
私はぎょっとした。
ぎゃあああああ!!
叫び声を上げた。
「凄い声だな千秋。ほら、今日も良い天気だぞ」
ギイは、カーテンを開けて振り向いた。
ベランダから眩しい日差しが差し込む。
「なんで、、、」
何で部屋にいるんだ?! 家の鍵はかけた筈。
一体どうやって、、、。
目を白黒させていると、
「そんな人間が作ったものが、俺に通用する訳ないだろ。まあ一応、玄関から入ったがな」
ギイはしれっとした顔でそう言った。
(それって不法侵入だけど?!)
「髪がボサボサだな千秋」
くせ毛でネコ毛の千秋は、毎朝髪があっちこっちに向いている。
ギイが、ベッドの上で座っている千秋の髪に触れた。
(う、、、)
近い近い近い!
間近でギイの顔を見て、赤面した。
長い睫毛の間から見える銀の瞳は、真っ直ぐ千秋を見てそらさない。その目が、何て言っているか言われずとも分かってしまう。
「ベッドから降りたら?」
ギイは千秋の手をとった。
ギイの手は、驚く程大きい。
どきどきした。
と、その時。
ぽん!と言う音と共に女の子のギイが現れた。
「時間切れだな」
つないでいたギイの手が、小さくなった。
「ギイ、何で男の姿で現れたの?」
心臓に悪いからやめてほしい。
「お前を驚かせようと思ってな。別に女の姿でも良かったが、男の方が効果があると思って」
ギイに引っ張られて千秋はベッドから降りた。
「目、覚めただろ?」
ギイは少しいたずらっぽく笑った。
ギイの銀色の長い髪が、日差しでキラキラ輝いて見える。なんていうか、神々しい。
この、人間離れした容姿の人は、クライド・G・スペンサー。昨日学校にやってきた転入生で、幼少の頃、千秋と結婚の約束をした、千秋の初恋の人だ。
今は女の子の姿をしているが、実は男だ。
そして彼は人間ではない。魔族だと言っていたが、魔族がどういうものなんだか、千秋はよく分からない。
ただ、普通の人ではないのは分かる。
ギイをまじまじと見ていると、
「なんだ?どうかしたか?」
天使のような微笑みを向けられて、見惚れてしまいそうになった。
「う、ううん。でもどうしたの?こんな朝早くに」
「別に。お前と一緒に登校しようと思っただけだよ。それと、確認かな」
「確認?」
「一人暮らしなんだなと思って」
「ああ、うん」
「じーさん亡くしたのは、その、残念だったな」
知ったように言われて、それがなんでなんだろうと思っていると、
「言っただろ、ずっと見てたって」
ギイはさらりと言う。
「お前と離れても、遠くから見てたから千秋の事はなんでも知ってる。お前の知らないホクロの位置までな」
「え!」
「背中に3ヶ所かな。教えてやろうか?」
ギイは、千秋の着ていた服をまくしあげようとした。
「ちょっ、、、!ギイ!」
慌てて千秋はギイから離れる。
「そんなの教えてくれなくていいから!」
「そう?」
悪びれた様子もなく、ギイは言う。
「可愛いのに」
何を言ってるんだ。千秋は真っ赤になった。
ひょっとして、裸まで見られてるんじゃなかろうか。冗談じゃない。
そう思ったが、よくよく考えてみたらギイは普段女の子なのだから、女性の裸なんて見慣れているだろう。それも、ギイ自身ナイスプロポーション。胸だって千秋より大きい。
男なのに体が女の子で違和感ないのだろうか。
「それはもう慣れたよ」
千秋の考えてる事を読んでるギイは、そう答えた。
「お喋りは後にして、兎に角着替えたら?」
30分後には、私はリビングのテーブルの席についていた。それも、制服を着て、髪をきちんとギイに整えられて。
テーブルには、熱い紅茶とパン、スクランブルエッグ、サラダが用意されていた。
「、、、。えっと、ギイだよねこれ」
「他に誰がいるんだ」
いただきます、と言って私はパンをかじった。
「ギイは食べないの?」
向かいの席に座っているギイは紅茶だけだ。
「ああ、俺は朝は何も食べないから」
そう言って紅茶を飲んでいる。
(なんか私、つくされてる)
制服も、ギイが魔法で新品同様にしてしまった。いや、新品より新品にさえ感じる。
「お前、今更何言ってるんだ」
ギイは呆れた声で言う。
「子供の頃、散々俺の手をやかせて、やれ本を読め、遊べとか言っていたのは千秋だぞ」
「えっそうだっけ??」
「お姫様になりたいって言うからドレスも幾つかプレゼントしたし、遊び疲れて千秋が寝てしまった時は毎回俺がソファーまで運んでた」
ギイは更に続ける。
「人の館に毎回勝手に転がり込んで、俺にお茶や菓子の用意をさせて、千秋の我が儘に毎回付き合わされてた俺は、随分千秋に尽くしてたよ」
何だか私が記憶しているギイと、イメージが違う気がする。それ以前に、ギイの手を煩わせていたとは、覚えがまるでないだけに、何て言っていいのやら。
「私、そんなんだった?」
「まあな。でも、、、」
自分が千秋にしてやれる事は限られていたから。
そう言おうとしてギイは、嫌な事を思い出しそうになって止めた。
「ギイ、いつから私の事好きになったの?」
絶対片思いだと千秋は思っていた。
だけどそれは違っていたのだ。
「最初からかな」
「なんだ、それならもっと早くに言ってくれたら良かったのに」
私は私ばかりがギイを好きなんだって思っていた。
「なんだ、言われたいなら言ってやるぞ幾らでも。愛してるってな」
「!」
ギイはふっと笑って席を立つと、千秋の横にやってきてこう言った。
「それで千秋はどうしてくれるんだ? キスでもして返してくれるのか?」
そんな事絶対しない。
千秋は真っ赤になった。
「じゃあ、俺に愛してるって言われるのと、キスされるのと、どっちがいい?」
「ど、どっちもいいよ!」
それは、どちらも必要ないと言う意味で言ったのである。
「なんだ、両方か」
それが、都合の良いようにとられてしまった。
ギイの綺麗な顔が近づいてくる。
ぎゃあああああ!
千秋は絶叫した。
「、、、で、何があった訳?」
学と恵に問われて、千秋は言った。
「だって、ギイが悪いんだもん」
ギイの頬には大きな絆創膏が張られている。
「冗談だったのが千秋に通じなくて、ひっかかれた」
だから、悪かったって謝ってるじゃないかとギイは言う。
朝から険悪ムードの二人。一緒に登校してきて、千秋とギイは会話らしい会話もしなかった。
「何? え、どういう事?!」
千秋の事に関して過保護気味な恵が、千秋に問い詰めた。
「寝起きからギイが家に来てて、、、」
「は? 家に入れたわけ?!」
「や、それはギイが勝手に、、、」
「勝手に押し掛けてきたの!?」
それはそうだが、ギイは単に千秋と一緒に登校しようと思っただけの話である。
「ギイが、無理矢理、、、」
言いかけて、もうどう説明したらいいのか分からず千秋は黙ってしまった。
「無理矢理って、、、」
恵は絶句した。朝から千秋の家に押し掛けて、無理矢理、千秋にひっかかれて抵抗されるような事をギイがしたのだと理解したからだ。ギイは冗談だったというが、
「これはかなり問題だわ」
恵はあらぬシチュエーションを思い浮かべてそう思った。
このままでは、千秋が悪鬼の餌食になってしまう。
「ちょっと協力して欲しいんだけど学」
恵は学にひそひそ声で言った。
「千秋を悪魔から解放させないと」
「悪魔ってクライドさんの事?」
「他に誰がいるのよ」
「いやー、俺は別に二人が結婚してもいいかなっと思ってるんだけど」
宝塚的な、というか?
「面白がってる場合じゃないわよ。千秋の貞操の危機よ?! 私が側にいない間に今度こそ千秋に何かあったら、アンタ責任とるワケ?!」
「分かった分かった」
物凄い形相で恵に詰め寄られて、学はもう恵の作戦に参加せざる終えなくなった。
恵と学は、ひそひそと千秋とギイのいる場所から離れて作戦を立てた。
「あのさ、千秋」
そして恵は千秋に声をかけた。
「今日の放課後カラオケ行かない?」
「別にいいけど。でも私、何も歌わないよ?」
「いーのよ、それは。千秋はいてくれるだけでいいんだから」
「はあ、、、」
ひょっとして、恵なりに気遣ってくれているのかも知れない。すっかり機嫌が悪い千秋はそう思ったが、実はそうではない。本当の事を話せば千秋はカラオケには来ないだろうと思い、恵も学も千秋本人には本当の所は話さなかったのだ。
千秋の隣の席に座っていたギイは、二人のやりとりを怪訝そうに見ていた。
恵と学は、わざとギイを誘わなかった。
いたら、邪魔だからである。
「なあ、まだ怒ってるのか?」
授業はもう始まっている。
だけどギイは、千秋の機嫌が気になって仕方ないらしい。
「千秋」
左隣の席で、ギイが話しかけて来る。
「今、授業中なんだけど」
「機嫌、直った?」
心配そうなギイに、私は溜め息をついて。
「直ったから、授業に集中させて」
今は数学の授業で、先生がテスト範囲の話をしている。数学はぶっちゃけ大の苦手科目だ。毎回赤点ギリギリである。
授業では解けても、テストになると分からない、なんて事が私には多い。
じっとギイが私を見ている。
「ギイ、ノートとらないと、提出する時困るよ?」
「分かってる問題をわざわざノートに書くのか?」
「それはそうだけど、、、」
ひょっとして、ギイは数学が得意なのだろうか。
と、ギイの方を見て千秋は呆れた。
教科書すら開いていないのである。
「ギイ、授業中はさ、教科書くらい開かないと」
「何故?」
「なんでって、どの問題か分からなくなるじゃないの」
そういえば、学校は初めてだとか言ってたな。と、千秋は思い出してギイに聞いた。
「ギイって、今までどうやって勉強とかしてたの?」
「ああ、俺には教育係がいたから。城で毎日遅くまで勉強させられてたよ。うんざりするくらい。ぶっちゃけ今やってる問題なんて、とっくに学び終わってる」
ギイはパラパラと教科書を捲ってそう言った。
「もっと難しい問題がやりたい」
何を言ってるんだ。
今やってる問題がすでにちんぷんかんぷんな私は、ギイの言ってる事が信じられない。
「苦手なんだろ? 勉強」
「う、、、」
「千秋が苦手なのは、毎日復習しないからだぞ。勉強なんてやれば誰でも出来るようになってるんだから」
そう言われても、私は勉強するより絵を描いてる方が好きなのである。
「出来るようになれば、勉強だって好きになるよ」
「ギイは、勉強が好きなの?」
「俺の場合は、好きとか嫌いとかじゃなくて、やらないといけなかったからやりまくってただけ。俺、次期国王だしな」
そうだった。ギイは次の王様になるんだった。
「俺が馬鹿だったら、示しがつかんだろって話だよ」
喋っていたら、
「ハイ、じゃあこの問題をスペンサーさん解いて」
先生にギイが当てられた。
ギイはあっさり答えを言った。
「なんだ、聞いてたのか。でもお喋りは休み時間にやりなさい」
先生に注意されるが、ギイは気にしていないらしい。
「千秋は解けたか?」
話かけてくる。
今やってるけど、さっぱり分からない。
「千秋、お前、基本からやり直した方がいいんじゃないか?」
「う」
「分からないのをノートにとったって、出来るようにはならないぞ」
ギイはそう言うと、私のノートを奪って、何かそこに書き始めた。
「まずはこの問題からやれ」
ギイが私のノートに問題を作ってくれた。
見るからに、中学生で学んだ内容である。
しかも、字が綺麗。
「これ、やるの?」
「それが出来たら、次の問題を出してやる」
「え!」
勉強なんて嫌いなのに、やる流れになっている。
「この位出来ないと、お前先々子供が出来た時、どう教育するんだ」
正論を言われて反論出来なかった。
やるしかない。だって、ギイの目がさっさとやれと言ってる。
これはまずい。
千秋が苦手なのは、数学だけではないのである。他の教科もこの調子だったらどうしよう。勉強なんて嫌いなのに。
「嫌いでやり過ごしてきてそんなんなんだろ。好き嫌いでやるんじゃなくて、必要でやれ」
「ギイ~」
「泣いても駄目」
そんな事言われても、やりたくない。
それ以前に、ギイの出した問題が分からない。
「基礎からやり直しだな、千秋は」
ギイはそう言った。
「呆れた?」
「千秋が勉強嫌いなのは昔からだろ」
「うー」
「まあ、今後は俺がみるから出来るようになるよ」
え! 今、なんて??
「こんな問題も出来ないと、ただでさえ反対されてる結婚が破綻しかねないからな」
私は青ざめた。
完全に勉強する方向になっている。
「あのさ、もし私がギイと結婚しなかったら、私はどうなるの?」
確か、ギイが男に戻る条件は、契約破棄するか、結婚するかだ。契約破棄をすれば、私は死ぬ事になる話だが、このまま結婚しないでやり過ごす方向があっても良い筈。
「それは出来ない」
キッパリギイは言った。
「今まで千秋を保護してきた条件は、俺が千秋と結婚して王位を継ぐ事になってるからな。千秋以外と結婚なんて俺はしないから、千秋が承諾しなかった場合は、俺が千秋を洗脳する事になる」
「は?」
「無理矢理は好みじゃないが、まあ仕方なくだな」
さらりととんでもない事を言ってる。
「それ、本気?」
「そうでなきゃ、お前が死ぬ流れになってる。俺は跡継ぎをもうけないといけないし」
ああ、そうか。他の誰かと結婚するにしても、ギイは男に戻らないといけないのだ。
魔法でどうにか出来る問題じゃないからな、とギイは念を押す。
(洗脳されて結婚なんかしたくない)
冗談ではない。私は、ちゃんと好きな人と結婚したい。気持ちがない人の子供なんて生めない。
「分かってるよ。ちゃんと、昔みたいにお前を振り向かせてみせるから、大丈夫だ」
ギイは、優しく笑いながらそう言った。
ドキリ、とした。
私は、別にギイが嫌いではない。どちらかといえば、好きだ。好きだけど、恋愛感情があるかと言われたら、それはどうか分からない。昔は物凄く好きだった。優しくて、物知りで、何でも出来るギイが格好良くて、自分からプロポーズした。
ギイがある日、国に帰るから、もう会えないって言ったからだったと思う。
ギイと結婚できるかと言われたら、ギイとならしてもいいとは思う。でも、今すぐとは、やはり無理だ。私は、ギイの事をしらなさすぎる。
「千秋は俺の何が知りたいんだ?」
きかれて考えるが、それはよく分からない。
「俺は、千秋にとってなに?」
「なにって、、、」
なんだろう。
幼なじみ?
いや、プロポーズされてるんだから、それだけの関係ではないか。
じゃあ一体なんなのか。
私は、考えたがそれもよく分からなかった。
考えてる間にチャイムがなって、数学の授業が終わった。
と、ギイが私の側に来て、
「ちょっとこい」
やや不機嫌そうに腕を引っ張った。
「どこ行くの?」
連れて行かれたのは屋上だった。
ギイは千秋の腕を離すと、男になって、
「俺が昨日、ここでプロポーズしたのは覚えてるな?」
そう言って腕組みする。
「それは覚えてるけど」
「お前、俺と結婚しても良いんだろ?」
「それは、、、」
「つまり今現在お前は俺の婚約者で、恋人だ」
「!」
「まるで分かってないだろ、お前」
婚約者。そして恋人。
ギイが、恋人!
私は少なからず動揺した。
だって、恋人である。自慢じゃないが、生まれてこれまで、そんなのが出来た事は一度もない。恋人って言われても、ぴんと来ない。
「婚約者は分かるけど、いつ恋人になったんだ」
私はそう思った。
「逆に聞くけど、それ以外のなに?俺は」
ギイが、若干怒ったように言う。
「今更、恋人になってくれって話を千秋にするの?俺と結婚するのに?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
「私が、ギイの恋人」
「そうだよ。自覚しろ、自覚」
ええ?!
今更だが、何だかそれは恥ずかしい。
(私がこのギイの恋人!?)
いいのだろうか、それは。
「なに言ってるんだお前は」
「だって、ギイの恋人だよ?」
「不服なのか?」
「そうじゃないけど、、、」
恐れ多いというか、何と言うか。
ギイは、千秋を抱き締めた。
(う、わ、、、)
心臓が跳び跳ねる。
「好きだって言って、これ以上俺にどうしろって話だぞ千秋」
本当なら、、、。
考えるが、例えばキスしたくても、千秋が泣き出しそうで、ギイにはそれが出来ない。
今朝の冗談でも、通じなかったのだから、やればどうなるかは目に見えている。
「ギイ」
ギイの胸は大きくて広い。
千秋がすっぽりおさまってしまう。
「もうずっとこうしてたい」
ギイは、鈍い千秋にイライラした。
抱き締めた腕に、力がこもる。
千秋はますます赤面した。
ギイが、千秋の頭に、額に、頬に口づける。
「分かったから、ギイ」
千秋は、ギイが本当に好きなんだという事を理解した。
ギイの銀の瞳が、千秋を見つめている。それを意識して、千秋は恥ずかしくて目を反らした。
「ギイ、もう離して」
恥ずかしくていっぱいいっぱいだ。
「女の子に戻らないの?」
「男の俺だと嫌か?」
嫌ではないが、妙に意識してしまうから困る。
「お前、俺を口説いてるのか?」
ギイは吹き出した。
そして女の子に戻った。
と。朝、千秋が引っ掻いた顔の傷がなくなってる事に千秋は気がついた。
「そんなのとっくに治ってるよ」
ギイはやはり人間離れしている。
「お前が心配しても困るしな」
言いながら私の手に口づける。私は顔が熱くなった。
(いや、ギイ今女の子だから!)
ギイのやる事にいちいち意識してるとキリがないが、そう思っても意識してしまう。
昔のギイは、こんなにスキンシップの激しい方ではなかった。ギイが女の子になってるのを抜きにしても、随分イメージが変わってる。
「大人になったからだろ、そりゃ」
ギイは簡単にそういうが、今のギイに私がついていけるかといえば、ついていけない気がする。
それとも、世の恋人同士って、みんなこんな感じなのだろうか。
恋愛経験値の低い千秋には分からない。
でも、ギイにしてみればこれでも千秋に合わせている方だ。
「そのうち慣れるよ」
クスクス笑って、今度は頬にキスする。
千秋はますます真っ赤になった。
学校が終わって、千秋は一度自宅に着替えに帰った。何か、1日中落ち着かなくて、既に疲れた。
結局帰る間際までどぎまぎしてしまった。
ギイが授業中、席の左隣で、ずっと私を見ているからだ。最初は前を見るように注意してたが、
「ああ」
と言って、やめないのである。
英語の時間では、完璧な発音で英文を読み上げ、その姿がまた一段と格好よくて。
このギイが自分の恋人なのだと思ったら、信じられないのだが、現実恋人で。
「はあ」
溜め息をついた。
私みたいな何の取り柄もない人間が、ギイの恋人っていいのだろうか、甚だ疑問である。
ギイなら恋人なんて選び放題だろう。
それなのに、何故かギイの好きな人は私なのである。私の何がそんなに気に入ったのか。
だけど、迷惑ではない。
好きだと言われてむしろ嬉しい。
嬉しいけど、、、。
(えっと、恵が言ってたカラオケボックスってここだよね)
千秋は待ち合わせ時間通りに来たが、店員と話して案内してもらった個室では、なんだかもう盛り上がっているようだ。曲と歌が、扉の外まで漏れている。
「来たよ、恵」
中に入ると、
「あっ千秋! ほらほら空いてる所に座って!」
マイクごしに恵がしゃべるから、物凄いうるさい。
ううーん、恵はのってるなぁ。
恵は曲に合わせて歌を歌っている。それもふりつけしながら。
(空いてる所って言われたけど、、、)
空いてるスペースは1ヵ所しかない。しかも、そこは見知らぬ人に囲まれている。それも、男の子ばかり。
「えっと、、、」
一体今日はどういう集まりなんだろう。
「心配しなくても、皆俺のダチとかだから」
学だ。
「座ったら?」
私がおたおたしていると、オレンジ色の髪をした一人の男の子が、そう言って空いてるスペースを叩いた。
「ああ、俺は渡瀬余。学の部の先輩」
という事は、三年生だ。
私は渡瀬先輩の隣に座った。
「あ、俺はねー」
皆が一人ずつ自己紹介をしてくる。
正直、カラオケの音量が凄くて何を言っているのか分からない。というか、知らない人の名前を一度に沢山は覚えられない。
「別に、楽しめばいいだけなんだから、名前なんていちいち覚えなくても大丈夫だよ」
渡瀬先輩が、見透かしたようにそう言った。
「何か飲む?」
「あ、自分で、、、」
「いーから、注文するもの決めなよ。連絡俺がするから」
優しく落ち着いた声。上級生だからなのだろうか。妙な安堵感を感じる。
「じゃあ、コーラで」
「ハイハイ」
渡瀬先輩は電話でコーラを注文してくれた。
「ありがとうございます、渡瀬先輩」
「敬語は必要ないよ。千秋ちゃんて律儀。余でいいし」
ハハッと笑って渡瀬先輩は、周りを見渡す。
「でさ、千秋ちゃんてどうなの?」
どうなの?の意味が分からない。
「このメンバーの中で、良さげな男性って誰?」
ますます意味が分からない。
「千秋ちゃんて、恋人探せないタイプでしょ。今日、何の為のこの集まりで、カラオケ大会なのか、分かってる?」
「何のため、、、?」
私は考えたが、よく分からなかった。
渡瀬先輩は苦笑した。
「これさ、合コンなんだけど」
「?!」
「まあ、千秋ちゃんとお近づきになりたいって奴が参加してる訳だけど、千秋ちゃんは全くその気がないのが分かったから、ちょっと安心したよ」
私は恵と学にはめられたと思った。
どうしよう、帰ろうかな。
ギイの顔が思い浮かんだ。
「まあ、折角来たんだから楽しんだら?雰囲気だけでもさ」
渡瀬先輩はにかっと笑って、
「俺、千秋ちゃんの事ちょっと気に入った」
言いながら、グラスの中の氷を、ストローでくるくる回す。
「千秋ちゃんてさ、好きな人いるでしょ」
「は?」
「いないの?」
また、ギイの事が頭に浮かぶ。
「渡瀬先輩はいるんですか?好きな人」
私は慌てて尋ねた。
「うん、いるよ。ずっと、ずーっと好きな人」
言いながら嬉しそうだ。
「誰かを好きになるってさ、スゲーやる気とか勇気とか無駄に沸いてくる。有り余りすぎてどっかでハメ外さないとショートしそう」
見かけによらず、情熱的な事を言う。
渡瀬先輩はオレンジ色の自分の髪をいじりながら、
「まあ、手の届かない人だから、諦めないとなって思ってるんだけどね」
苦笑する。
ああ、だからこんな合コンに参加してるのか。私はそう思った。
「千秋ちゃんさ、恋人も好きな人もいないなら俺とつきあわない?」
突然の申し出に、届いたコーラを手にしていた私はうっかりそれを落としそうになった。
「ハメ外したいんですか?」
「いや、君って俺の思い人に似てるから。千秋ちゃんが相手だったら俺、今好きな人忘れられそう」
「私には先約があるから無理です」
誰の事って、それは勿論ギイだ。
自分でも驚く程キッパリ言ってしまった。
「先約って?」
「それはだから、、、」
結婚相手としてだ。まだ、確定ではないが。
でもって、ギイは恋人だ。
(恋人、、、)
私がギイの恋人。
そのフレーズにギイを思い出して、私はまた恥ずかしくなった。
「恋人、いるんだ?千秋ちゃんて」
「ハイ。まあ、その、一応、、、」
答えながら、もっと恥ずかしくなった。
「好きなの?その人の事」
「それは、、、」
考えるが、そこはどうなんだか自分でも分からない。昔の事を思い出したら、好きだなって思うけど、今のギイの事を好きかと言われたら、やはりギイの事をしらなさすぎて、どう答えていいのか分からない。
「俺、恋人は大事にするよ? 浮気もしないし、一途だし、尽くしだし」
渡瀬先輩は、まっすぐ千秋を見てそう言った。
なんだかこの人ギイに似てる、と思った。
だけど、どうせ誰かを愛して結婚するなら、、、。
そう考えて、私は黙ってしまった。
(私、ギイに口説かれ落ちてないか?)
「なんだ、こんだけアピールしてんのに俺が無理ってさ、千秋ちゃん、その人が好きなんじゃん」
「うーん、、、」
「まあでもそんなんでも俺はかまわないんだけどね」
渡瀬先輩は千秋の手をとり、
「覚えておいてよ。俺の恋人になる話。絶対好条件で千秋ちゃんには損はないからさ」
指に口づけながら、真剣な眼差しでそう言った。
「あ、の、、、」
「俺を好きになって」
何て返したらいいのか。
と、その時。
バアン!と勢いよく扉が開いた。
「千秋、お前な、、、」
現れたのはギイだ。
一同が驚いて、乱入者に注目した。
「ギイ」
私は硬直した。
渡瀬先輩が千秋の手を離す。
「帰るぞ千秋」
ギイは、静かに怒っていた。
席を立って、千秋はギイの側に寄った。
「俺という婚約者がいるっていう自覚がまるでないようだな千秋」
「いや、だって、私は、、、」
知らなかったのである。これが合コンだという事。
「なんで、、、」
ギイの登場に恵も学も驚いた。
ギイは千秋の腰に腕を回す。
「あ、バッグ忘れてる」
席をたったはいいが、千秋は自分のバックを座席に忘れてる事に気がついた。
「そんなものどうでもいいだろ!」
ギイは怒りながら千秋をドアの外に連れだそうとした。
「待ってよー」
どうでもいいって言われても。財布や手帳が入ってるバッグなのである。だがギイは聞く耳をもたなかった。
千秋を引っ張り、外に出るや否や、ギイが住む館まで瞬間移動した。
千秋は、見覚えのある部屋を見て、
(あ、子供の頃遊んだ部屋、、、)
ちょっと懐かしくなった。
ギイは千秋の腕を掴んで、渡瀬先輩がキスをした手に「消毒」と言って口づけている。
「お前、自分が何されてたか分かってるのか?」
どうやら全部見ていたらしい。
ギイはかなりご立腹のようだ。
しかもいつの間にか男になってる。
「怒ってる?」
「かなりな」
ギイは、千秋をベッドの上に押し倒した。
「千秋は俺のだよ。千秋だってそれは分かってるんじゃないのか?」
銀の瞳が、真っ直ぐ千秋を見る。
ドキリ、と心臓が跳ねた。
ギイに両方の腕を掴まれて、動けない。
「怒ってるなら、謝るから、、」
「そんなんじゃ駄目」
ギイは言った。
「ちゃんと千秋が、俺のだって自覚してる言葉を言って」
なにそれ。
「例えば、どんな?」
「自分で考えるから意味があるんだろ、そんなの」
そんな事言われても何も思い浮かばない。
(ぇえー??)
ギイは本気で怒ってる。納得の行く言葉を言わないと解放してくれそうにない。
「えっと、好き、とか、、、?」
「とか? とかってなんだ」
ギイは千秋の耳に口づけた。
「! ちょっとギイ、、、!」
「早く考えて」
(この状況で考えろって言われても)
心臓の動悸がうるさい。
ギイの唇が、首筋に移っている。
わー!
とにかく考えないと!
千秋は必死で考えた。
(結婚するなら、ギイが良いとか?)
(それとも、浮気なんかしないぞとかって話?)
一緒にいるなら、ギイが良いと思う。
ギイが好きだと言ってくれる事は嬉しいし、恋人だと言って、そう扱ってくれる事だって、本音を言えば嬉しい。
嬉しいけど、でも、、、。
(それは、、、)
考えて、考えてる事が全部ギイに筒抜けになっている事を思い出して、恥ずかしくなった。
顔から火が出てるのではないかという位熱い。
「えっと、、、」
「なに」
「、、、。私、ギイが、、、」
のぼせてきた。
(私、ギイのこと、やっぱり好きだ)
好きなんだ、と思った。
ギイは納得行かない顔だ。
「そんなの分かってる」
「え、、、」
「他の男にべたべた触られて、お前、それで俺が平気だと思ってるだろ」
ギイが怒ってる理由を千秋にぶつけるが、千秋はよく分からなかった。
「そんな事言われても、、、」
自分が触って下さいと頼んだ訳ではないのだ。渡瀬先輩が、勝手に触れてきたのである。
そう思っていると、ギイは、千秋に自分の気持ちが通じてないと理解して、千秋の頬に触れた。
ギイの親指が千秋の口唇をなぞる。
「知らない間にお前を奪われそう」
「え、、、?」
「、、、」
ギイは千秋から離れた。
ベッド脇に座る。
と同時に女の子に戻った。
「その方法は、考えてなかったな」
「???」
ギイの独り言が、何を言ってるのか千秋には分からない。
「俺が好きか?」
きかれて私は真っ赤になった。
ギイが、真っ直ぐ見つめてくる。
私は、
「、、、はい」
とだけ答えた。
するとギイは、
「出来れば言葉で言って欲しいんだがな」
と言って笑いながら千秋の髪を優しく撫でた。
「ギイはさ、私でいいの?」
私はギイの恋人だけど、確かにそうなんだろうけど、なんだかやっぱり信じられない話だ。
分かってはいるけど、自分がこのギイの恋人って、いまいちぴんと来ない。
「子供の頃の千秋は、もっと熱烈だったんだがな。お前、変わったな」
手をひっぱられて、私は起き上がり、ベッドの上に座った。
「ここってギイの部屋?」
「いや、千秋の部屋だ」
「は?」
「お前、今日から俺と一緒に生活しろ。どうせ一人暮らししてるんだから、別にいいだろ」
ギイは言う。
「お前、いつ狙われてもおかしくないからな。俺の目の届く所においとかないと」
狙われる。確かに昨日もそんな話をしていたが、千秋自身はそれが何でなのか、イマイチよく分からない。
「言っただろ、人間は餌になるって。俺の魂が入っているってだけで、極上の獲物なんだよお前は。それも特別な」
「特別?」
「俺の国では力がものを言う。俺は上位の存在だから、俺自身がかなり特別な餌になるが、俺は俺を守れるから安心でも、千秋はそんな俺の魂を持ってて無防備だろ。格好の獲物だ」
言われても、やはりよく分からない。
「ギイも餌になっちゃうの?」
「ああ。他人の魂は魔力の根元になるからな。接種して、それが質の良い魂だったら、その分強くなれる。俺の国では強い者が下を支配するようになってるから」
「はあ、、、」
「有り体に言えば、弱肉強食の世界って奴だよ。弱い者は強い者の餌食になる」
中でも人間は、最下層の餌だとギイは言った。
「この世界だって、人間が動物を殺して食料にするだろ。それと一緒だ」
説明されて、取り敢えずは理解した。
ぐうう、、、。
そしたらお腹が鳴った。
「食事をしよう」
ギイが笑ってベッドから立ち上がった。
「ギイ、夕食は食べるの?」
ギイは、実は昼食もろくに食べていなかった。食べなくても大丈夫だから、とか言っていたが、
「ああ、一応食べるよ。朝昼抜いたから、流石に腹が減った」
ギイが、パチンと指を鳴らす。
すると、テーブルの上に料理が現れた。
湯気が立ち上っている。いつ調理して、誰が作ったもので、どうやって運んだんだか千秋にはさっぱり分からない。
幻でも見てるのではないか。
「遠慮なくどうぞ」
デザートもあるから、とギイは言う。
千秋は席に座ってナイフとフォークを手に取った。いただきますと言って、恐る恐るステーキを切って食べる。
「美味しい!」
どうやら食事は幻ではないようだ。
ポタージュスープも、サラダも、パンも、どれもこれも美味しい。
千秋が手をつけたのを見て、ギイはスープを食べる。
「ねぇ、ギイ。これってギイが作ったんだよね?」
「まあ、魔法でな」
「魔法!」
凄い。
千秋は目を輝かせた。
「別に、この位誰でも出来るよ」
しれっとした顔でギイが言う。
「大概の事は魔法でどうにかなる」
なんでも出来るらしい。
「じゃあ、ギイが出来ない事は?」
「、、、。命、かな」
「命?」
「命そのものには、干渉出来ない」
というか、してはいけないのだ、本来は。
だが、死にかけた千秋を無償で助けた。
後の事は何も考えてなかった。
そしたら、女の子になってしまった。
「ギイ、私と結婚したら、男に戻るんだよね?」
「多分な」
「多分?」
「前例がないから、今は多分としか言えない。でも、婚礼の儀式が儀式だから、それで戻れる筈。ま、計算上だけどな」
「、、、」
戻れなかったら、どうするつもりなんだろう。私は、やはり死ぬしかないのではないか。私がギイから貰った命を、ギイに返せばギイは男に戻れるのだ。
私は本来は死んでる人間だ。
ギイが男に戻りたいから、契約破棄をしたいと言ったら、私は素直に従ってるだろう。
ギイがいて生きてるのだから、仕方がない。
「そんな事、絶対させない」
ギイはキッパリ言った。
「余計な事考えるなよ。つけこまれるぞお前」
「え?」
「、、、」
ギイは、それ以上何も言わなかった。
言った所で、千秋を不安にさせるだけだからだ。
千秋は、魔族というものを知らないし、ギイが生まれた世界についてだって、何も分かっていないのだ。
出来れば真綿で包み込むような世界で、誰にも干渉されず千秋を守りたい。それが可能ならの話だが、、、。
「はあ」
ギイは、小さく溜め息をついた。
翌日。
朝、学校に到着した千秋とギイは、教室に向かう為に廊下を歩いていた。
すると、前から現れたのは、昨日カラオケボックスに来ていた渡瀬先輩だった。
「おはよう、千秋ちゃん。昨日は楽しかったね」
「おはようございます」
「クライドは久し振りだな」
知ったように、ギイの名前を言う。
え? 知り合い?
ギイは、不機嫌な顔になっていた。
「シャンゼル、お前、、、」
「文句は言いっこなしだよ。周りの狼の群れから守ってあげたんだからさ」
「お前こそ、千秋にちょっかい出してただろ!」
「ちょっかいじゃないよ。ちゃんとした解決案を提案したんじゃないか」
「提案、ね。どこまで本気なんだか」
渡瀬先輩は、千秋をみやり、
「良い案だと思うよ? クライドは男に戻れるし、千秋ちゃんだって、死なずに済む」
「!?」
それってどういう事?!
「第3の選択肢だよ。君が俺のものになるのが条件だけどね」
言いながら、渡瀬先輩なニヤリと笑う。
「改めまして、俺の本名はシャンゼル。クライドの教育係をしてる」
よろしく、と言ってパチンと指をならす。
すると、白い花束が現れて、千秋にそれを渡した。
「うん、君にはやはり白が似合う」
言うだけ言って、立ち去ろうとする渡瀬先輩を千秋は凝視した。
「あ、そうだ。父君から伝言。クライド、愛してるってさ」
「俺の方は、死ね、ボケ、耳が腐る、だ」
「伝えておくよ」
笑いながら、渡瀬、ことシャンゼルは去った。
「シャンゼル、、、」
ギイは、険しい顔をしていた。




