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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
封印の地『禁忌の森』

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8話 ヨッちゃん、立場をわからせる

「やっぱりあいつら、家を乗っ取るために娘を探してたんだなー」


 クソみたいな奴らだぜ、と吐き捨てながら要は昨晩の親子面談を思い返した。


 継母のギーボのあからさまな態度。

 連れ子の妹ヒルダも心の底からバカにしてたし。

 実の父親であるワルイオスなんかは面倒な存在だ、と疎ましく思ってたようだ。


 他人である要から見ても愛されてないのは一目で分かった。


 さーてどうしたもんかなと部屋で考えている時、ガラスが割れて窓の機能を果たしてない木枠を突き破って外から氷の雨が降り注ぐ。

 攻性魔法だ。着弾地点をこの部屋にして仕掛けやがったな?

 随分なモーニングコールだと身を伏せながら犯人を待ち伏せる。


 ベッドにまでは届かなかったが、剥き出しの床は今のでズタズタになっていた。

 これじゃ歩くこともままならない。むしろそれが目的なのだろう。

 イジメの度をこしてるぜと悪態をつきたくなった。


 そしてノックもなしに入ってくるヒルダ。

 ノックの代わりに攻性魔法でのノックだ。

 ズドドドド、と煩わしいったらありゃしない。

 そんなに魔法を自慢したいのか?


「お姉様、おはようございます! 昨日はゆっくり眠れたかしら?」


 やっぱりこいつか、妹のヒルダ。


 表向きこそ、可愛げのある妹だが、選択する魔法がいちいち攻撃的だ。


 魔法とはイメージである。これは要の言い分だが、魔法には感情がストレートに現れるものなのだ。


 表向きはどんなに繕っても、こういうところでボロが出る。

 さーて、ここはどう対処しようかね?

 いや、普通にやり返そう。

 むしろ昨日の今で堪忍袋の緒はとっくに限界を迎えていた。


 この女は実に堪え性がない。


「ええ、おかげさまで」


 表面上では一切動じず、笑顔で相対する。

 今何かしたの? ぐらいな余裕を持っての挨拶だ。


 むしろ、いいことを閃いたとばかりにその場で指を鳴らして見せる。


 ただそれだけ。

 先に吹き出したのはヒルダの方だった。


「ぷ、なあに、それ?」


 心の底からの嘲笑。

 その油断が命取り。

 要はニコリと笑いながら、答え合わせをした。


「朝、起きたら顔を洗うでしょう?」


「何のお話?」


 ヒルダの上空に水の塊。

 一切の詠唱をせず、その場に魔法の構築をしてみせたのだ。

 それをもう一度指を弾いて発動させる。


 ザバーーーーッ!

 上空からの強襲。ヒルダは見事ずぶ濡れになった。


「きゃーーーーッ」


 美少女であるヒルダは水の滴るいい女になった。

 本人はひどく憤慨しているが、バッチリ目は覚めただろう。


 誰に喧嘩を売ったのか、これからみっちり教え込んでいく。

 最初のジャブにはもってこいの【水球】である。


「改めておはよう、ヒルダ。少しは目も覚めたかしら?」


「何をするのよ!」


 ヒルダが大ぶりに腕を振るう。

 癇癪か? はたまた喧嘩慣れしているのだろうか?

 何にせよ、百戦錬磨の要にとってはあくびの出るほどの一撃。

 見てから回避余裕でしたー、としゃがんでこれを回避。

 そのついでとばかりに回転を加えて足を払った。


 実に無駄のない動きである。


「キャッ!」


 尻餅をついたヒルダに馬乗りになる。

 マウントポジションだ。両手はピッタリ腰につけさせ、両足で押さえている。

 完全に身動きを封じられた形だ。

 残るはガラ空きになった胸から上だけ。

 対して要は両手が自由である。


「何をするの!」


「少し姉に対するマナーの躾をしようと思って。ダメ?」


「ヒッ」


 顔面を蒼白させるヒルダ。

 暴力は得意でも、されるのは苦手なご様子。

 これを機に、やったらやり返されることを学んでほしい。

 つまりこれは愛の鞭なのだ。

 自己陶酔しながら、要は痛くも無い拳を振るった。


 ペチ、ペチ。

 ダメージのない、一切力を入れない攻撃。

 やられたらやり返されるのだということを学んでほしいという姉からの愛情のこもった一撃だ。

 こんなもの、裏社会で育った要からしたらおままごともいいところだろう。


 しかしヒルダにとっては初めての経験。

 一方的に殴られ、反撃できないというのは屈辱にも程があった。


 実力の劣る姉に、魔法以外で負けた。

 よく食べて肉付きの良さで負け用ほどが無いヒルダにとっては、ヨルダに負けるというのが信じられないのだ。


「何をするのよ、はこっちのセリフ。朝から随分なモーニングコールをくれたものね。お返しに私からも痛烈なモーニングコールをプレゼントよ。喜んでくれたかしら?」


 ペチ、ペチ。

 痛くも無い攻撃なのに、ヒルダは涙を滲ませる。

 もうやめてぇ、と泣き顔だ。

 みんなから愛されて育ってきたのだろう。


 だからと言って押し入った家で義理の姉をいじめていい理由にはならないが。

 他人の居場所を奪っておきながら、それが通用してしまった成功体験がこの子をエスカレートさせてしまった。


 仲直りはする気もないのだろう。


 なにせこのヒルダ、ヨルダに対する一連の行為に一切悪気を持ってないのだから。

 痛みを知らない子供は、徐々に行動がエスカレートしていくという。

 本人が殴り返される痛みを知らなければ、居場所を奪われる恐怖を知らなければ、改心はしないというのを要はよく知っていた。


 だからこそ、とっておきの悪夢を見せてやる。

 要は再び指を弾く。

 そして己の姿をヒルダにそっくりに変えて、自室を後にした。


 残されたヒルダの姿は誰がどう見てもヨルダにしか見えないまま放置された。

 境遇を共有しない限り、自分がどんな行為に加担しているか見えてこない。

 それを理解させるのにはとっておきのお仕置きだった。

「ったく、ヨルダの奴、偉く反抗的になったものね!」


 ヨルダがいなくなってからむくりと起き上がり、ヒルダは先ほどの屈辱を忘れてないと瞳に怒りを燃やしながら自室に向かう。


「何をジロジロ見てるのよ!」


 メイドからやけに白い目を向けられたのが若干気になったが、強い言葉をかけたら押し黙った。

 普段ならこんなことはないのに、今日は姉もそうだけどみんなもおかしいわ。


「あー疲れた。そこの、アロマを炊いてくれる? 少し横になるわ」


 誰も、何も言わない。

 それどころか突然部屋に押しかけた闖入者を疑わしげに見ている。


「なによ?」


()()()、ここはわたくしのお部屋でしてよ? アロマならそこでお焚きになられてはいかがでして?」


「は?」


 ヒルダは室内にいるもう一人の自分に気がつき、そしてメイドたちの視線がよそ者に向けるそれだと初めて気がついた。

 ずっと不思議でならなかった視線に込められた意味は。

 今までヒルダがヨルダに向けていたのと同じものであったのだ。


「あんた誰よ! ここはあたしの部屋よ!」


 一切取り繕わない、ヒルダの素顔。下町育ちの彼女は、貴族の血を受け継いで生まれた。商売女の娘にしては、高い魔法素養を持ったため、養子縁組に入れられた経緯がある。

 そして本家の娘は落ちこぼれ。

 自分は貴族にも勝るとも劣らない素質があると認められ、蝶よ花よと育てられた。


 そんなメッキが、今完全に剥がれた状態だ。

 下町生まれのスラングまじりに、見るに耐えないというメイドたち。


「誰と言われましても、少し姿を見せないだけでもうお忘れになりましたの、()()()?」


 対する要も一切動じない。むしろオリハルコンの如きメンタルで迎え撃つ。


「ちょっと、あんたたち! こいつ取り押さえなさい! それとも私の魔法で痛い目を見せてやろうかしら!」


 ヒルダは腕を振るう。

 けれど魔法の術式は編み込まれる前に空中で解けてしまった。


「なんで……!?」


 それは初めての出来事。

 要による術式解除の仕業である。


 だが、それが決定打になる。

 ヨルダの加護は【蓄積】。

 対してヒルダは【放射】だ。


 魔法使いとして優れた素質は【放射】にのみ現れる。

 【蓄積】は肉体強化系としての使い道しかない。


 貴族の格差はまず最初にこの加護で判別された。

 そして【蓄積】の特徴である魔法構築の不出来さ。

 それをヒルダは初めて思い知る。


 今までできていたことが一切できなくなる。

 それは何よりも恐怖だった。


 だってそれは、魔法だけが自慢だった少女から魔法を取り上げることになるのだから。


()()()、お外で随分とやんちゃをしてきたのですわね。そろそろ不快でしてよ? 摘み出しなさい」


 ここは自分の部屋だ。よそ者は出ていけ。

 通らないだろう、そんな理屈!


「あたしがヒルダなのよ! 信じてよ! マーガレット、アメリア!」


 ヒルダは自分こそが部屋の主だと主張しながらも、偽物の命令を聞くメイドたちに怒りを向けた!


 しかし一瞥もされずに不快なゴミを見るように、ヨルダの自室に放り込まれた。

 外側から施錠する音がした。


 本来、外敵から身を守るために施錠は室内からかけられるが、ヨルダの部屋は外に出さないために外側から出される仕組みになっている。

 そう、作り替えられたのだ。逃がさないために。


 だからヒルダから一方的に暴力を受けても逃げられず、逃げた先でも誰も頼れない生活を余儀なくされていた。


 それを今、自らが体験させられている。

 どんなに泣いて叫んでも、ヨルダの姿をしたヒルダの声は誰の耳にも届かない。


 昼に一度だけ届けられる食事は、生きた虫の入ったスープに、カビたパンが添えられただけ。

 かつてヒルダがそう注文したのだ。

 無能な姉にはそれが相応しいと。


 下町で育ったヒルダにとって、それが一番効いた思い出。

 しかし、すっかりそんな生活も忘れて、食べる今。


 胃が拒否反応を起こした。

 あまりの不味さ、不快さに吐き気が止まらない。

 床に吐瀉物を吐き出しながら、たった一杯のコップの水を求めるが、それを求めても誰も持ってきてくれない。


 なら魔法で出せばいいんじゃないか?

 そう思って魔法を構築しても、すぐに解けてしまう。

 それを理解した時、自分はなんて残酷なことをしていたのかと痛感する。


 魔法は何よりも空腹を満たすことが重要である。

 どんな偉大な大魔導師も、腹が減っていたら役立たずになる。


 ヒルダはそれを理解してなかった。

 【蓄積】の加護の意味合いも、なんか周りが落ちこぼれだから倣って落ちこぼれだと決めつけていたのだ。

 姉は落ちこぼれであると。誰もがヒルダを賛同したし、誰も間違いだと言わなかった。


 そのまま、空腹も満たせずにヒルダはメイドからのイジメに遭う。

 殴ったり蹴ったりは当たり前。何も反撃してこないヨルダはメイドたちにも都合のいいオモチャだった。


 最初こそ反撃していたが、今じゃ反撃するのも無駄にパワーを使うだけだと理解し、二週間が過ぎ去った。


 不思議なことにまだ息がある。

 魔法を使わなかったおかげか?

 それとも虫入りスープもすっかり美味しいと思えるようになったからだろうか?


 ガラスの落ちた木枠からの隙間風。

 暖房効果の一切ない、剥き出しの壁。

 攻性魔法によりささくれだった床。


 拳によって破られた姿見。

 着飾るドレッサーもなければ、ジュエリーの類もない。


 全てヒルダが持ち出しては売り払ったのだ。

 全部自分がしたことだ。


 なんて酷いことをしたのだろう。

 これはきっと神様が与えた罰なのね。


 意識を手放す間際、心の底からの謝罪を掲げて、ヒルダは眠りについた。


「これでちったぁ改心してくれればいいが」


 偽ヒルダが開け放った木枠に寄りかかり、ヒルダにかけた魔法を解いた。

 そして派手に魔法を放って人を呼び、倒れたヒルダをメイドたちに解放させた。

 それから二週間後。

 すっかり体調を回復させたヒルダは、強烈なモーニングコールは一切せずに、毎朝ヨルダの部屋に通うようになった。

 自身が追体験した経験から、朝ごはんが出ないことを知っているからだ。


 自分だけこんな贅沢をするのは許されないという罪悪感を植え込むのに成功した形である。


「お姉様、居る?」


 ノックに応じると、妹が顔を覗かせる。


「ヒルダ。ここにはこないようにと言ったでしょう?」


 またあの母親にどやされるぞ、と嗜める。

 回り回って要に体罰が回ってくるので勘弁してほしいと釘を刺している。


「朝食のパンを持ってきたの。お腹を空かせていると思って」


「別に、そこまで気を使わなくたっていいのよ? 義母様はそれを快くは思わないでしょうし」


「わたくしがしたいの! だめ?」


「助かるけど、全く。言い出したら聞かない子ね、あなたは」


 まるで悪魔憑きが取れたかのような態度の変化で、ヒルダはヨルダに接した。

 やはりヨルダを追体験させたのが良かったのだろう。


「お姉様、外の世界のお話を聞かせて!」


「あんまり気分の良いお話じゃないわよ?」


「いいの、お姉さまの体験を聞きたいの」


「しょうのない子ね」


 すっかり従順な年頃の妹になったヒルダに、ここの世界では味わえないスリルとバイオレンスにあふれた話を、要はヒルダに聞かせた。

 あまりにも現実味のない話に、ヒルダは目を白黒させては驚いていた。


 そんな1日が何よりもためになるとどこか前のめりである。


 これで仲間を一人確保できた。

 けど、今のままじゃ結局力押しされておしまいだ。

 次はどこから突き崩してやるか?


 要は押し寄せる思考に更けりながら、迷子になってる相棒のポンちゃんの情報も集め始めた。

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