6話 ポンちゃん、釣った魚で一品作る
「師匠! 釣竿引いてるよ」
「お、どれどれ」
ヨルダからの声かけに、半ば放置気味の釣り竿に意識を向ける。
手応えを感じて目視による【隠し包丁】で対象を【活け〆】。
その後竿を引き上げて獲物の確認とした。
「これは食い出がありそうだな」
「相変わらず、師匠のその能力、デタラメだなぁ」
「俺にとっちゃ生まれついたものなんだけどな」
ヨルダの指摘に拗ねる洋一。
天然物の魚は寄生虫の宝庫。
その場で解体していけば、高確率で遭遇した。
「ちょい、ちょいと」
洋一が包丁を動かすたび、それらが巣穴から飛び出すように出ていく。
ヨルダから見れば一種の魔法のようだ。
魔法使いから見て魔法に見えるというのも変な話ではあるが。
「それって何してるの?」
「乾燥させて住み心地を最悪にさせてるんだ。ふかふかのベッドが、ある日突然ザラザラでゴツゴツになったら嫌だろう?」
「やだ〜〜〜」
ヨルダはそれを想像して、足をばたつかせてその場で悶え始める。
感受性が豊かな奴だ。
そう思いながら洋一は釣った魚の調理を進めていく。
「よっこいせ」
岩を包丁で真っ平に寸断してみせ、それを天然の焼き場とする。
平らな石並べて、その下にはヨルダに枯れ木を集めてもらってきて【着火】の魔法で表面をしっかり焼き上げた。
熱された石の上ではうまそうな匂いが周囲を包み込む。
肝は解体の際にそばに寄せて、頭や背骨、他の臓器ごと【ミンサー】で処理。
この技術は余さず食べ尽くす洋一の理念のもとで生まれたものだ。
「師匠、お湯がそろそろ沸くよ?」
別の火の番をしていたヨルダが呼びかける。
「ならさっきのミンチで作ったツミレを投下してくれ」
「うん」
ヨルダもすっかり慣れたもんだ。
最初は肉を鷲掴む感覚に慣れてなかったが、今じゃすっかりツミレ名人のような手際で丸めては湯に落としていく。
初級魔法の【風刃】で事前に作っておいたジェミニウルフの干し肉をスライスして出汁にするのも忘れない。
しかし投入タイミングだけはまだ洋一頼りだった。
「師匠、味見お願い」
「どれどれ?」
魚を焼きながら、差し出された木製お玉を受け取ってテイスティング。
「もう少し、肉を追加で。岩塩があれば加えてもいいかな? 煮詰まれば少し味はまとまると思う」
「そう、結構まとまったと思ったけど」
「こればっかりは何度も実践して覚えるしかないな」
「うん」
わからないことがあれば聞いて、疑問に思いながらも実践して理解していくヨルダ。そのついでとばかりにまた別の課題をこなす。
今取り掛かっているのは『シャワー』という洋一の記憶にある品物だ。
片手で持てる、天の恵みである雨の効果をもたらす。
あいにくとヨルダの記憶にある情報では上級魔法の【アシッドレイン】くらいだろう。それを片手サイズに収めるというのは、相当な無理難題だった。
うんうんとうなってるヨルダに、洋一は昼食の提案をする。
根を詰めすぎても良いアイディアは出ないだろうと、そういった気遣いだ。
「後もうちょっとで形になりそうなんだよな」
「お風呂のお供といったらシャワーなんだけど、そこまで急ぎじゃなくてもいいんだぞ?」
「オレが気になんのー」
会話をしながらの食事は、暮らしの中での当たり前になりつつあった。
暖かな食事は凝り固まったアイディアをほぐす効果でもあるのだろうか?
壁にぶつかる度にアイディアはまた新しいアイディアを生み出した。
失敗は成功の母とはよくいったものだ。
ヨルダは失敗からも学んで一つの成果を生み出していく。
「ヨルダ、課題に夢中になるのはいいけど、食事中は食事に集中しなさい」
けど、ほんの少しだけ。食事のマナーは守れずにいる。
「はーい」
ヨルダとて、洋一に迷惑をかけるつもりはない。
ただ、自分の中でトラウマとなっていた魔法行使が、今はこんなにも楽しい。
そして作り上げたバスユニット。
その成功体験は今もヨルダの中に残っていた。
次も、その次も成功させたいという意欲が上がっているのだ。
意欲というのは大切だ。
自分にまだ、そんなものが残っていたのかという感情でいっぱいになっているヨルダ。
洋一にも覚えがある。
こういう時、止めても止まらないものだと。
だから注意こそすれ、無理やり食事を食べさせようとまでは思わない。
ただしお残しは許さない。
魔法がヨルダの領分であるのなら、洋一の領分は料理。
ここから先はお互いに譲れないのだ。
お互いの領分による相手を唸らせるための壮絶な戦いは、まだ始まったばかりである。
◆騎士団長、心の剣豪を荒ぶらせる
「何? 上級騎士フトッチョがまだ戻らないだと?」
部下からの伝令を聞いて、ネタキリーが眉を顰める。
定期点呼の時間はすぐそこだ。
面倒ごとしか持ってこない男だと妄想の中で袈裟斬りにしてやる。
「はい、薬草採取に向かったきり」
飯の前には必ず戻るあの男が自主的に薬草採取に出かけた? 嘘だな。
嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。
ネタキリーが部下を睨め付ける。
仕事をしないことでも有名な問題児だ。
部下の仕事を奪って自分の功績にする、ずる賢い男でもある。
脳内剣豪のネタキリーが件の男をバッサバッサと斬り付けている。
口に出さなきゃ、何をしてもいいのは平民の中では常識になりつつあった。
平民ほど、心の中に剣豪を飼っている。
それはネタキリーに限った話ではなかった。
「森で何かあったのでしょうか?」
死んでくれて構わない存在であるが、中途半端に死なれても困る厄介さがあった。
ああ見えて実力だけはある。
戦力が一人減るという意味ではここでの生活が厳しくなるのだ。
死ぬなら森の外に出てから死ね!
終わらぬ薬草採取にネタキリーの毛根にも危険信号が出ていた。
ここ最近、頭を掻きむしる回数が増してきている。
若くして禿げたくない。
それは一代貴族のネタキリーですら思うことだった。
「わからんが、一応警戒しておけ」
「ハッ」
敬礼をして下がる部下。
心の清涼剤が欲しいところだ。
そんなものがこの世にないことはネタキリー本人が一番よくわかっているが、それでも求めてしまうのが平民故の悲しさである。
そんな極限状態のネタキリーにさらなる悲報が舞い込んだ。
「なに、備蓄が尽きそう? 今に始まった事ではないではないか!」
若干キレ気味な上官に、ロイは例の貴族上がりのやらかしだと告げ口した。
ネタキリーは頭を掻きむしった。
いつも以上に手袋に自分の毛根が絡み付いているのが妙に気になる。
最近抜け毛が多いなんてものではない。
もしかしたら今一番毛生え薬が必要なのはネタキリーであるかもしれなかった。
「減った分は仕方ない。見張りの数を減らして採取班に数を当てろ。全体責任だ」
「下級騎士達は納得せんでしょう」
「割を食うのはいつも彼らか」
「肩書きばかり立派な上官が幅を利かせているのが現状ですからね」
ロイは貴族上がりの騎士を快く思ってなかった。
ネタキリーと同様に平民上がりだ。
心の中に剣豪を何体も飼い慣らしている。
その攻撃の激しさはネタキリーの比ではない。
心の中でネタキリーを除く上官を一人残らず血祭りにあげてる武闘派である。
「どこかで彼らに天罰が降るように祈るしかないか?」
「死者が出たらその人数分だけ始末書が増えますね」
「どちらにせよ、痛みを負うのは我々か」
「今はまだ、この依頼を乗り越えることだけを考えましょうか」
「本当にな。眉唾物の薬草の捜索は上手くいきそうか?」
心の中ではその存在は求めても、いまだに手がかりも何も掴めてない。
本当に完成するのか?
貴族上がりの騎士を心の中で成敗しても晴れぬモヤモヤを唯一晴らしてくれる存在かもしれないという希望。
だが、同時に何も期待しちゃいないのである。
さっさと諦めて帰ろうぜ。
ネタキリーの気持ちはそこに収束している。
「あの人、口を開くたびに意見がコロコロ変わるんです。発見できると思いますか?」
「今日はもう休め。私も横になりたい」
「誰が団長の代わりをできると思ってるんですか?」
「貴族の連中には任せられんか」
「休暇申告、受理されませんかねぇ」
「帰ったら上に掛け合ってみよう」
「期待せずに待っておきます」
敵わぬとわかりながらもささやかな祈りを捧げるくらいが、平民に許された唯一の特権だった。