45話 ポンちゃん、妖精女王に招かれる
今回は少し短め。
「シルファスさん、一体どうしたんだ?」
突然耳を両手で塞ぎ、周囲に対して忌々しそうな態度を示すシルファス。
普通ではない状態に周囲から心配の声がかかる。
「ああ、これって俺にしか見えないのか。どうも今俺の周りに飛んでいるのがこのエルファンに封印されている妖精らしくて」
「封印されているのに、ここに?」
妙だな、と洋一は訝しむ。
封印とは動けぬ状態で、それこそ助けを求める声しか届けられぬのでは?
しかしシルファスいわく、そこでうるさく騒いでるというし。
何が何だかさっぱりわからない。
「ゲーム的な概念が払拭される事態に陥って、封印が解けたとか?」
「よくわかりませんが、向こうから来てくれるなら赴く手間が省けたのではないでしょうか?」
ヨーダの考察にティルネが本音を溢した。
確かに探す手間が省けたが、これでいいのかと思わずにいられぬ洋一である。
「そうだよ師匠、物は考えようだって」
「まぁ、みんながそういうんだったらいいけどさ」
ヨルダからの励まし(?)により、勇者伝説なんて毛ほども興味のない洋一は、ダンジョンコアとしてで向いてない時点で自分の出る幕はないなと納得。
気を取り直した。
「とりあえずこっちに赴いた理由を聞いちゃうな。突然のことでどう対応するかもあるし」
「頼む」
話を掻い摘めば、どうも出張ってきたのはエルファンを統べる妖精女王らしく、こちらに勇者が赴いたと聞いたので盟約に従い、試練を与えたのだそうだ。
しかし洋一達の取った手段があまりにも非常識の極みで、被害が続出。
島の防衛に回していたシステムを切って来訪を歓迎したのはいいが、全くもって現れない。
探しにきてみれば堂々と宴会をしている場面に出会した、というわけである。
これは切れても仕方がないと思われるが、洋一たちがエルファンの事情を知らないように、エルファン側も洋一がどのような目的でこちらに赴いたか知る術もないのである。
「なるほど、外の世界にこの島の存在がバレるかもしれない博打を打っておきながら、該当者が全くやってこなかったわけだ。それは申し訳ないことをした」
「本当にな。一回宴会を開いちゃうとなかなか腰を上げられないんだよ」
「特に料理人の性が刺激されてな」
「食う方もまだまだ居たいぞー」
「……というわけなんだ」
『それじゃあ納得できません! 案内しますので、エルファンの中央まで来てもらえませんか?』
「なんだって?」
「とりあえず場所の移動をしてほしいそうだ」
「まぁ動くくらいなら。ベア吉、移動だってさ。ヨルダ、方向確認、シルファスさん方角を聞いてもらえる?」
「オッケー」
「了解」
「キュウン(はーい)」
『ちょっとちょっと、転送陣で案内するから家から出て話さない? 外が危険なのはわかるけど』
「さっきからあんたが何をいってるかはわからないが、この家、動くぞ?」
『は? 家は普通動かないでしょ』
「グルォオオオオオ!」
ベア吉の咆哮が家全体を包み込む。
するとギシギシと家が持ち上がり、やがて車輪を転がしながら動き出す。
『うそおおおお!』
何やら騒がしそうに妖精が騒いでいるのだろう。シルファスが耳を塞いで迷惑そうに顔を顰めている。
「何はともあれ、食事の続きか。シルファスさん、そこの妖精はどんなものを好んで口に運ぶんだ?」
「食事、するのかお前」
『お前とはなんですか、私には妖精女王エルクという名前があるんですよ?』
ドヤっと胸を貼りながら偉そうなエルクに、シルファスはハイハイとヨイショしておく。その上で名前を付け足してもう一度尋ねれば。
『食事ですか? 普段はエネルギーを糧にしています。しかし食べれないこともないですね』
なるほど、と頷きながらシルファスは洋一に説明を付け足した。
「食えるには食えるけど、食事そのものが不要だって。他のダンジョンコアほど好みはないそうだ」
「なら飲み物系から攻めてみようか」
洋一は特に困ることなく、飲み物、それも薄い味から攻めてみようと楽しげに準備を進める。
その横ではシルファスが粉物を鉄板の上で着手し始めた。
エルクはこのマイペースすぎる勇者たちをこれから本当に導いていいものか困り果てていた。
その中で一つ、並々ならぬ存在を発見する。
それが部屋の隅っこでスープを啜る金毛妖狐だった。
『なんじゃお主、妾のことをジロジロ見て』
『妖精言語を話せる、ということはあなたも?』
『妖精言語ぉ? なんじゃそれは。姉上たちが考えた設定か? 妾は玉藻。母君からこの世界に残り、探し他人を見つけるように託された三番目のダンジョンコアよ』
『やはり、姉上の一人でしたか。お初にお目にかかります』
『ふん。何やら妾をハブって妙な仕掛けを人間相手にしていると聞く』
『勇者伝説のことですか?』
『それじゃ。なんじゃそれは。母君からの言付けを預かっておきながら、余計なことでエネルギーを消費しおってからに』
「玉藻ー、たこ焼き作ったから食いに来い」
『うむ、好物じゃ』
部屋の隅から洋一の元に駆け寄る玉藻。
エルクはそれに倣って玉藻に並走した。
相変わらずシルファス以外に姿を見せるつもりのないエルクだったが、接点がない姉がこうもなつく人間がいる。
それは一体どんな人物なのだろうという興味が湧いていた。
『美味しいですか?』
『やらんぞ? これは妾のじゃ。欲しければ自分でお願いするのがよかろう。そのように姿隠しをしているようでは先は長そうじゃがの』
尻尾で皿を覆い隠すように玉藻は自分の取り分を占有した。
獣の姿でハグハグしながらたこ焼きを堪能している。
シルファスだけにしか見せてない今の状況がとても悪い気がしてきて考え込むエルク。
別にこのままでもなんら自分のやることは変わらないというのに、エルクを放っておいて周囲に食事を振り撒くシルファスを見ながら、自分はもっとアピールした方がいいんじゃないかと思い始めた。
『勇者よ』
「なんだ?」
『私は今から皆の前に顕現します』
「どうした急に」
急に態度を変えたエルクに、シルファスは訝しむ。
『皆に私の御姿を拝ませてあげようというのです。誇らしいことですよ?』
「よくわからんが、見える分にはいいんじゃないか?」
シルファスはお好み焼きを焼く片手間に返事をする。
むしろなんでそんなことを躊躇ってるかわからないためだ。
見せれるんならさっさとしなよ、とシルファスは鉄板に視線を戻す。
エルクのことなんてもう興味がなくなったようにお好み焼きに集中し始めた。
そこへ満を持してエルクが顕現する。
室内の光源をその一点に集めたかのような眩い光が明滅した。
外の空間なら大層幻想的な光景だったであろう。
しかしそれを室内でやられたら、至近距離で浴びたものたちからは批難めいた言葉が上がる。
「うおっ、まぶし!」
「おー、光ってるなぁ」
「これほどの光量を発する現象、興味深いですね」
「いいな、この光。野菜の育成にもってこいだ」
しかしながらこの中にまともな神経を持ち合わせている人物はいない。
唯一常識人のマールは別室で休んでいる。
ここにいないので光ってようが関係なかった。
洋一は光量など気にせず料理に夢中。
シルファスも同様だ。
ヨーダだけはわざと喰らって大袈裟な反応を示すが、ティルネとヨルダは全く別のことを考えていた。
この光を自分の研究に使いたいと興味を示している。
『初めましてみなさま。私はエルク。このエルファンを治める妖精の女王』
「あ、なんか聞こえたな」
「急に存在感アピールしてどうした?」
「なんかあれだよ、飯奢ってもらう手前、見えてる方が都合いいからとかだと思う。やたら玉藻の食ってるたこ焼きを気にしてたしな」
『そ、そんなことありません。勇者よ、私は妖精にして女王。下賎な食べ物に興味を持つはずがないではありませんか』
「おー、最初の一口はたこ焼きで良かったか。スープ作ったんだけど、これどうする?」
『もちろん、それもいただきます!』
尊敬されたいのか、食いしん坊なのかわからない存在感を示すエルクに、ヨーダは酒飲みの好む食べ物を教え込んでいった。
ついでに酒も解禁して、仲間を増やす気構えだ。
『おいしー! 命の水ね、これは!』
「わかるか、こいつが酒だ。ジーパ酒と言ってな、煮魚と最高に合うんだ」
『妾の治める土地であるぞ? 美味いに決まっておる。妾の眷属が手ずから育てた米からできておるからな。いや、それ以上に上手いのは職人の技術によるものか、悔しいのう。ティルネよ、ジーパに住まぬか?』
「ありがたいお言葉ですが、そうですね。やりたいことが終わったら骨を埋める場所として候補の一つにしておきましょう」
『人間の寿命は短いからな。早く決意してくれることを祈るばかりよ。ああ、本当にうまいなこれは』
『姉さん、この方はエルファンに招くお方。横入りはやめていただけませんか?』
『横入りはお主の方じゃろ。ティルネはすでにジーパで一年住んでおる。むしろ第二の故郷はジーパよ』
『ぐぬぬ』
普段は契約者以外に言葉を発することのない玉藻。
しかしエルクに倣って今回は玉藻もエネルギーの無駄使いをすることをよしとした。
「師匠、何か建物が見えるよ」
「お、いよいよか」
『もう、ですか? 気の利かない移動ハウスですね』
今いいところだったのに。エルクはそんな顔でベア吉を咎めた。
飲酒を知るまでは散々遅いと愚痴を言っていたのに。
楽しい時間を知ったら知ったで、なんとも身勝手なものである。
「つーことでお開きだ。続きはダンジョンの中でしようぜ」
『絶対だぞ?』
すっかり宴会に味をしめたエルクからコップと皿を取り上げることで切り上げるシルファス。
胃袋を掴んで主導権を握ることはできたが、はてさてどうなることやら。
「とりあえず、家はダンジョンにしまっちゃうな。マールさんは大丈夫そう?」
「少し食べすぎましたぁ」
「あれは美味かったもんなぁ。無理もない」
シルファスだけが解ると頷き、マールを解放する。
勇者と聖女でお腹がよろしいことでと暖かな目で見守りつつ洋一達は出発の準備をした。
『ようこそエルファンへ、勇者とその一同よ。よく試練を乗り越えこの地へ赴きました。来訪を歓迎しますよ』
エルクはこれでもかと威厳を放ってきたが、事前に晒した酔っ払い姿がそれを台無しにしていることをすっかり忘れ、エルファンの案内を始めた。
◆
「へぇ、ここがラストダンジョンか」
「雰囲気あるなぁ」
招かれた洋一達はずいぶんと年季の入った巨大建築物の中を眺めながら口々に語る。
「ヨルダ、何か気になるところあったか?」
「ここら辺の意匠とかアンドールのドワーフっぽい」
『あらあなた、アンドールのダンジョンに赴いたことが?』
「以前ちょっとね」
エルクの問いかけに少し齧っただけだよと答えるヨルダ。
少し齧った程度で錬金術を物にしてる魔法使いはそう多くはないだろう。
「うちのヨルダはこう見えて創作系に強い興味を持つからな」
俺は料理一辺倒で行けないやと苦笑する洋一。
その料理ですっかり胃袋をつかまれたエルクとしては、それでも十分に凄い才能だろうと考えている。
「そういえば、ここに暮らしているというエルフの姿が見当たりませんね。違う管轄なのでしょうか?」
はて? と首を傾げるティルネ。
「そういえば見かけないね。シルファス、心当たりは?」
「俺が何でもかんでも知ってると思うなよ? ゲームじゃエルフの存在は出てこないんだ」
「あれ、でもエルフが存在してるみたいな言い方だったじゃん」
「あれはそういう説明だったんだよ。古代文明、その守り手たるエルフはダンジョンの運営をしている。妙に人の手が入ったダンジョンではエルフの生活間が生きているんじゃないかって見解」
『ゲームとな?』
「俺、ここに来る前の記憶があるんだよ。そこで遊んでたゲームとこの世界がそっくりで、聖剣の伝承もそこから知ったんだ。その知識がここでも通じるかもしれないって感じでな」
本来は粉物さえ作れれば幸せだったんだけど、柄にもなくて勇者なんてやってるよと独白した。
エルクはそんなことがあるのかとシルファスト話を打ち合わせると、このダンジョンの仕組みから何から何まで筒抜けになっていることに危機感を覚えた。
何せここに人を呼び寄せたのはこれが初めてなのだから。
『少し聞きたい。勇者達はここへ何の目的を持ってきたのか? それ次第では奥へ案内するのは少し憚れる』
「目的? そうだなぁ、俺は先にも言ったように洋一さんの案内でここにきてるんだよ」
『そこの料理人の手伝い?』
「ああ、俺はオリンを探してる。この名前に聞き覚えはないか?」
『母君の探し人なのだ、洋一殿は』
『それは確かか? では、母上の元へ行きたい。次元を越える準備はできているというのか』
「ああ、でもそれは目的の全てではないんだ」
洋一は朗らかに答え、ヨルダやティルネを順に見た。
まだまだこの世界でやりたいことがたくさんある。
全ての世界を回ったわけではない。
全ての素材を料理し尽くしたわけではない。
「だからもう一度ここに戻ってくるためのゲートを作りたい。協力してもらえるかな?」
洋一は膨大なエネルギーをエルクに譲渡する。
確かにこの容量なら次元を行って帰ってくることはできるだろう。
だが、それでも。
自身の役割は見極めだった。
『それはかまいません。ですがこちらも一方的なそちらの話を鵜呑みにするわけにも行きません。条件があります』
「わかっている。ダンジョンの攻略だろう?」
『はい。今までのダンジョンと同様に門番を倒し、最奥でお会いしましょう。くれぐれも道中で行き倒れぬように』
「ああ、その心配だけは俺たちに限ってあり得ない」
洋一はキッパリと答える。
ダンジョンの中にレストランを持ち、ダンジョンは王国の城下町にも繋がっている。食材を無限に確保できるのだ。
そもそも野営に特化したメンバーが揃ってる。
ダンジョン内での飲食など日常茶飯事であった。
エルクはいうだけ言って姿を消す。
ダンジョンに封印されてるはずの存在が、いつまでもうろちょろしてるのも問題だと思ったのだろう。
妙なことを心配する子である。
他のコアに比べたらずいぶんと素直な反応であった。
「ずいぶんと簡単に引き下がったよな。エルフのことでもっと何か言われると思ったのに」
エルクが引き下がった直後、ヨーダが皆が思っていても口に出さぬことをこぼした。
「いいじゃんか、逆に突っ込まれたら何て答えるつもりだったんだよ?」
ヨルダが訝しみ、ヨーダはしたり顔で答える。
「先に手を出してきたのはそっちだろ? 返り討ちにされて悔しいだなんて反応されてもどうとも思わないぜって」
「それ、全面戦争に傾れ込むやつじゃね?」
「言わなくて正解でしたね。誰でも言われて嫌なこともあるでしょう」
これにはヨルダもティルネも苦笑いだ。
ヨーダの言動に手慣れているマールですら弁解の余地もなかった。
「と、ここを攻略する上で俺からみんなに提案がある」
「聞こう」
シルファスが唯一持ち合わせるゲーム知識をバカにする人物はここにはいない。
皆が聞く姿勢で耳を傾けた。
「まず攻撃は聖剣と、鏡に写した人物のものしか通用しなくなる。ここまではいいかな?」
「前回アンドールで手に入れた封印解除でそうなったって話だろ? それがどうした?」
「それについては私から説明します」
シルファスに変わり、マールが小さく挙手をした。
マール曰く、鏡の持ち主はダンジョンと契約をした者であれば誰でも利用可能であること。
その際にそれなりのエネルギーを持っていかれることを話した。
「なるほど、ある意味で鏡の正統後継者である意味は薄いというわけか」
「俺が使えた理由もそこか」
「ならオレも使えるってことか」
洋一に続き、答えたのはヨーダである。
ベア吉も名目上は契約をしているが、それはダンジョンに従属するという形でコアとの契約とは異なった。
なのでこの場合鏡を使える相手は洋一、マール、ヨーダに限られることを意味する。
「それと、俺の聖剣のエネルギーの装填もその鏡で行える。マールのエネルギーはそこまででもないので再装填に時間がかかったが……」
「俺なら無限に使えそうってわけだな」
「洋一さんは後方で料理だけしてて欲しいんだが」
「なんだかんだ、この中で一番強いのは師匠まであるからな」
「そうそう。戦うのが嫌いなだけで強さでいえばポンちゃんだろ」
「ヨーダ様やヨルダさんがそこまでいう存在なんですか?」
「人は見かけによらない典型が恩師殿ですね。マールも実際に行動を共にすればわかります。目の前で巨大な存在がミンチ肉に置き換わる瞬間を見れば、自ずと意見は変わるはずです」
「おじ様までそこまで言いますか」
ある意味でマールはこの中で洋一の実力を知らない対象だった。
何せ他の戦力が一級で、手を出すまでもないからである。
なぜヨルダやティルネほどの魔法使いが傾倒するか。
ただ胃袋を掴まれただけではないのか?
大体当たっているが、実際は置いてかれないために必死に打ち込んだ結果が今の実力に表れているだけであった。
「ジーパの守護獣である水竜で作った水餃子は別格だったよなー」
「直後に大渦に飲み込まれそうになりましたけどね」
「あった、あった」
「キュウン(びっくりしたよね)」
懐かしそうに目を細める三人組+1匹。
その頃から美味しそうなものばかり口にしてきたことだけはマールは理解する。
確かに洋一はただならぬ雰囲気を持っている。
接触した人物のほとんどが料理に胃袋を掴まれるが。
それよりも何よりも人柄に惚れるのだ。
「つーわけで出発! ダンジョンは時間で変わるからマッピングはするだけ無駄だ」
「インスタンスダンジョンかよ」
「どっちみち、何度も来るとこじゃないし、迷っても問題なくね?」
「レストランに引っ込めば衣食住は揃いますしね」
「なきゃないでどうにでもなるのが私たちです」
「それもそうだな」
「よくよく考えればこれ以上ないメンバーなんだよな、きっと」
「ジョブで判断したら追い出されそうなメンツでもあるけどな」
ゲームに詳しいシルファスにヨーダが続く。
さもありなん。
今回のメンバーをジョブ分けすればこの通りになるからだ。
シルファス:勇者
マール :聖女
ヨーダ :魔導士
洋一 :料理人
ヨルダ :農家
ティルネ :錬金術師
ベア吉 :ペット
大道芸人か何かか? そう思われても仕方がないメンツであった。
だが実際にダンジョンを歩くだけで安全性は段違いで。
「前方にトラップあり。鏡からエネルギーを送って場所を光らせます」
「さっすが聖女様」
「茶化さないでくださいよ」
実際には鏡の能力を誰よりも巧みに操れるのは聖女であるマールで。
「水の音がするな。水路が近いのかも」
「先ほど遭遇したモンスターから果実の匂いを検知しました。果物が自生しているかもしれませんね」
耳の良いヨルダに、目敏いティルネがダンジョン内での食材の確保に動く。
「おっと、お前はそこから動くな。ガーゴイルってやつだろ? 役割を優先したいんだろうが、今こっちは忙しいからな」
ヨーダはお得意の重力魔法でモンスターをその場に釘付けにし。
「ナイスヨッちゃん。飛行系は飛ばれると厄介だ【ミンサー】」
石でできたモンスターをフレッシュな肉に置き換える洋一。
素材がなんであろうと、不思議な力で肉には困らないのだ。
「ヨッちゃん、こいつの味見するから何匹か捕まえてきて」
「お、ソーセージにするのか」
「以前リビングデッドにやってたのと同じだよ」
「「???」」
身内ネタで盛り上がる洋一とヨーダ。
涎を垂らしながらダンジョン内を奔走していく。
これにはマールとシルファスも気まずい表情であった。
だが実際には。
「うん、こうきたか。もっと砂利っぽい石像のような味わいだと覚悟してたんだが」
「不思議だよなぁ。俺もリビングデッドを食おうって言われた時は躊躇したもんよ」
「速攻虜になって人の分まで手をつけてたけどな」
「昔の話はいいんだよ!」
「まぁ、ヨーダ様は昔からそうだったんですか?」
「今はすっかり丸くなったよ。見た目で誰かわからないくらいにさ」
「実際変わってるからなー」
「行動力はまんまヨッちゃんだけど」
「照れるぜ」
今の言葉は絶対に褒めてないだろ、ヨルダ、ティルネ、シルファスは心の中に留めておきながら洋一から振る舞われたガーゴイルのホットドッグを頬張った。
味わいは肉に劣るが、これはこれでクセになるという味だ。
食うのに困ったらガーゴイルを狙うのもありだな、と思うくらいには美味であった。
◆
『第一階層、守護者討伐されました』
『続いて第二ゲート、接敵モンスターが謎の力で討伐されていきます』
『エルク様、ご指示を!』
頭の中に流れてくるのはダンジョンの管理を任せているエルフ達からの悲鳴であった。
初めての接敵。
姉達からの指導もあり、それなりに戦えると自負していたエルクとその眷属であったが、たった今招待した勇者達から未曾有の危機をもたらされていた。
「何が起きている? 多少の知識のアドバンテージがあったくらいではここまで総崩れになることはないはずだ」
『言ったであろう? 母君殿の契約者であると』
自分以外が存在しないコアブロックに、もう一つの人影が宿る。
そこに現れ出でたのは金毛妖狐の玉藻であった。
「姉様? どうしてここに」
『なぁに妹がどのようにあの者らを手玉に取るか見学させてもらいに来たのよ』
どこか得意げで、それでいて不遜。
少し早く生み出されただけで上から目線をされるのはエルクにとって気分の悪いものだった。
けれど、400年前に別れて以来連絡のつかない姉達の代わりに、この危機を脱するには背に腹は変えられない気持ちで向き直る。
「それで姉様は一体どれほどの軍勢を持ってあのもの達を討ち取ったのですか?」
その瞳には一縷の希望が乗せられていた。
そんな顔を向ける後輩ダンジョンコアに、玉藻は苦笑しながら答える。
『何もさせてもらえんかったわ。何せジーパの守り神を酒のつまみぐらいにしか考えておらん男じゃ。あれにいったいどれほどのエネルギーを注ぎ込んだのかわからん。それくらいの一大戦力が、本当に瞳の中に収まっただけで』
ポン! という小気味の良い音を唱えて握り込んでいた拳を開いた。
その意味を正しく理解するのにいささか時間を要したエルク。
「つかぬことをお伺いしますが」
『なんじゃ?』
「このダンジョンの勝機はどれくらいありますでしょうか?」
『分からん。なにしろ妾は一度もあの男の底を見ておらぬからの。それで一方的にやられて、でも命までは取られなんだ。事情を聞き、合点が行った。あの者はダンジョンを封印するのが目的ではなかったのだ。母君の行方を探しておる。妾は今一度母君と出会うために手を組んでおるのよ。回りくどい真似は好かんからな。だから姉達に疎まれておる。足並みを揃えるのが苦手ゆえな』
玉藻はカカッと笑う。
エルクは悟った。
これは一方的に蹂躙されて終わるな。と。
◇
「よっと、一丁あがり」
フライパンの上で茹でたソーセージが熱膨張によってはち切れんばかりに膨らんでいる。中にはたっぷりの肉汁が迸るのは想像に固くないだろう。
ティルネはコッペパンを縦に切り分け、マスタードを塗り込む。
葉物野菜や刻み玉ねぎの備え付けはヨルダの仕事である。
最後にプリップリのソーセージを載せてホットドッグの完成だ。
「ソースはお好みで」
「おすすめは?」
「レモンソースかな。今回はダンジョンラットの肉を腸詰めした都合でな。臭み消しはしたつもりだが、気になる人もいるだろう」
「とりまレモンで、あとはお好みか」
「そんな感じだ」
今回の食材は水場を汚染していた泥ネズミ。
本来なら食べるのに適さない病原菌だが、洋一はそんなことすら無視して食肉加工してしまえる。
その前に石でできたガーゴイルでソーセージを作ったのが幸いしたのだろう、
食材の加工元を聞いても誰一人恐れず口に運ぶことができていた。
洋一の【ミンサー】はそれくらい、加工元の生前を無視した魔法であった。
「本来なら、ここで活躍するのはマールの浄化魔法のはずなんだが」
「そう言うイベントがあったのですか?」
「うろ覚えだけどな。このイベントを乗り越えることで、次の不浄軍団スケルトン部隊の無限沸きを抑えるイベントがあるんだが……」
シルファスの言葉に、その場にいる全員が洋一を見る。
「ポンちゃん、また久しぶりにパスタがくいてぇなぁ」
「ボロネーゼか?」
「こんな時にあの子がいてくれりゃあ」
「それは言わない約束だぞ、ヨッちゃん」
「あの子というのは?」
「女の人?」
「うん、まぁこっち基準で言うところの冒険者ギルドの受付の子でね。その子はモンスターを調味料に置き換える能力を有していたんだ。当然、俺のミンサーと同様に加工元のモンスターによって味覚に複雑な変化をもたらす、ね」
「なるほど、時折恩師殿が遠い目をするのはそう言うことでしたか」
合点がいったとばかりにティルネが頷く。
大抵そんな顔をする時は、ティルネが調味料を手がけるっ時だった。
その顔を目撃するたびに、これに慢心することは無くなったとティルネは述べる。
「おっちゃん、気が付いてたのかよ」
「気が付かない方が無理があると言うものです。それはヨルダ殿も同様では?」
「まぁ、たまーに予想していた反応と違う時もあったんだけど」
「八尾のおっちゃんがモンスターを野菜に置き換えるプロフェッショナルでなぁ」
「それと比べられてたんか。師匠は何も言ってくれないからなぁ」
「元の世界ではそう言う超人がわんさかいたのさ。そこで親しんだ食材を長いこと摂取できてない。だからこそ郷愁の念が凄まじかった。でもそれは食材が良かったからだけで、俺の力じゃない。俺はこの世界に来たことに意味を見出したかったのかもしれない。けどな、それは違うんだと気付かされた。ヨルダを弟子にとってから、それこそ慣れない生活の始まりだ。俺にとってここは全く知らない場所であり、たまたま迷い込んでしまった空間だった。けど、転生したらしいヨッちゃんと出会って覚悟が決まったよ。もしかしたら俺もここに転生してしまったんじゃないのかって。その日から俺はこの世界で生きていくんだと決意を固めていたのさ」
「じゃあ、どうして帰るって言い出したんだよ」
「ジーパにオリンがいるかもしれない。それが全ての始まりだった。ヨッちゃんが言い出したんだぜ?」
忘れちまったのかよ、と話を締めくくる。
「そういやそうだった。あの時のオレもポンちゃんに見つけてもらって、オリンを探せば元の世界に帰れるって気持ちでいたからな。随分と長いことここで暮らして、いつしか望郷が夢のまた夢になった。こんな形で帰っていいのかと悩んでいた時もあったさ」
お互いに長旅だったよなぁと過去を振り返る。
この世界に迷い込んで余念の月日が経とうとしていた。
記憶の中では44歳。
しかし、実際の肉体年齢はこの世界で過ごすたびに若返ってる気がした。
「と、まぁ俺たちが旅してる目的はこんな感じだな」
「言うほど元の世界に帰りたいかと言われたら『今である必要はない』に収束するんだよな」
「そうそう、ヨルダやティルネさんと別れるのも惜しいし、まだまだ成長を見守りたい。俺も二人から教わることもいっぱいあった。だから、オリンを見つけてもいつでもこっちに帰って来れる準備をしてたしな」
「ポンちゃんてこう見えてわがままだからな」
「そうだったっけか?」
「頑固と言った方が通じるか?」
「あー、それはあるかも」
と会話を閉じる。
食事会での旅の目的。
何がなんでもこのダンジョンを踏破してみせるぞ、と言う意気込みでもなんでもなく。
ダンジョンコアのオリンと出会って、そこから先はその時に考えると言うとても浅いものだった。
どうしても帰りたがってる、と言うよりは久しぶりにオリンの顔が見たい程度のもので、今生の別を覚悟していた弟子たちは少しだけ前向きになれた。
なんだかんだでいつものことである。
「さて、と。食事を終えたらこの先のルートにある骸骨軍団か」
「ひとつ残らず食材に変えてやんぜ!」
「食うのは任せて」
「さて、私はそれに見合うソース作りの開発に着手しますか」
「俺も違うメニューに取り掛かるかな。それと、もし世界を行き来できるようになったら。読みたい雑誌があるんだよね」
「雑誌ですか? シルファスは王族だからお高い本も読み放題だと?」
そんな感想を述べるシルファスにマールが食いついた。
この世界と元の世界における読書にこれほど意識の差が出るものかと驚かずにはいられない。
単純な話である。
紙が貴重であるかどうか。
情報媒体が紙に依存しているこの世界において、本当は貴重な歴史書なのだ。
けどシルファスの前世は違う。
雑誌なんてものが平民の間で流行っている時けばマールはその目を丸くした。
「へー、そっちの本か。うちらの世界と異なる世界、ちょっと興味あるよな、ポンちゃん」
「ないといえば嘘になるが。俺は本を読まないからなぁ」
「ポンちゃんは現実主義者だからな」
「実戦主義者なだけだよ。実際に仕事を見た方が実力に繋がるから。本で見た料理もうまそうなのがあるが、実物には敵わないだろ?」
「絵に描いた餅は食えないってやつか」
「そういうこと」
「ヨーダ様の世界も気になります」
「興味を持つのはいいが、ここより格差ひでーぜ?」
「ここよりも?」
ヨーダの言葉に顔を顰めたのはシルファスだ。
前世が同一世界ではないと聞いていたが、そこまでなのかと首を捻る。
「現代にダンジョンなんてものができて、人々にステータスなんてものが配られたんだ。生まれた時のステータスによっちゃ、人間扱いされないまである」
「俺とヨッちゃんは落ちこぼれでなぁ。当時はひもじい思いをしたもんだよ」
「師匠が?」
「人に歴史ありですな」
今でこそ超人的な実力者であるが、生まれは落ちこぼれ。
それはヨルダやティルネにも言えることだった。
努力の末に手に入れた力がある。
それに関してはヨーダもマールも深く突っ込めない。
この中で唯一勝ち組の生まれと素質を持ったシルファスだけが仲間外れになった気持ちになっている。
「この話やめよっか」
そんな言葉を切り出すくらいにはシルファスは疎外感でいっぱいだった。
とりあえず、オリンを探すためにもこのダンジョンを乗り越えようと話をまとめる。
「まずはスケルトン飯の方針を決めるか」
「ホットドッグ以外ですか?」
「ヨッちゃんがパスタ食べたいっていうから」
「じゃあハンバーグとか?」
「パンはあるのでバーガーですかね」
「いいねー、ジャンクな感じ。これにはやっぱりー?」
「お酒はダンジョンクリアしてからな」
「ちぇー」
あわよくば飲酒を催促するヨーダを嗜める洋一。
いつものやり取りだが、二人の苦労話を聞いた今では、どうしてヨーダがここまで飲酒に依存してるのか、聞きたいような聞きたくないような四人であった。
◆
スケルトン軍団はシルファスの言った通りに現れた。
しかし規模がだいぶでかい。
「流石にこの数は目が疲れるな」
「ならいっそ、オレの魔法で蹴散らしますかね」
よっこいせ、とヨーダが重い腰を上げる。
ボロネーゼを所望した手前、ここで酒を飲んでいたいは通用しないと思ったのか、随分とやる気だ。
「師匠、オレもサポートした方がいいかな?」
「じゃあヨーダは遊撃、ヨルダはオレの近くに寄ってくるのを片付けてくれ」
「相手が無機物、粘膜を持たぬ場合、私は無用の長物ですからね」
立場がないとティルネが自重する。
「おじ様はすでに有能なので戦闘面にまで矢面に立つ必要はないと思いますけど?」
「わかっていませんね、マール。ここは弟子として活躍しておく場面なのです。姉弟子一人に任せて指を咥えているというのは悔しいところなのですよ」
「なるほど、確かに恩返しの場面としては最適ですね。ですがこの程度の変異、ヨーダ様お一人で解決できると思います。あの人、伊達にあの若さで王宮魔導師長じゃありませんからね」
「そう言うことだ! 大魔法を使うと腹が減る! アルコールの摂取は今この時のために絶対に必要だった! それを披露してやろう!」
大声を出してヨーダが叫ぶ。
「オレの出番も残しておく感じで」
その後ろでヨルダがボソッと呟いた。
わかってますよと言う顔でマールが鏡をヨーダに照射する。
これでヨーダの魔法はダンジョンモンスターに通用することになった。
「轟け雷鳴!震えろ大地! こいつがオレの正真正銘、切り札のディメンジョンゲートだぁ!」
フロア全面に立体的な魔法陣が構築されていく。
洋一たちを幾重ものバリアが囲い、それ以外の空間は暗黒に飲まれた。
続いて地響き。荒波を思わせる水飛沫が上がったと思えば高温の熱気が肌を撫でた。
台風を思わせる突風が洋一の調理台から湯気を奪い去る。
フロア天井からは雷鳴が鳴り響き、最終的に重力波がフロア全体を飲み込んだ。
視界が晴れ渡った時には数百はいたであろうスケルトン軍団は、最初から存在してなかったかのようにもぬけの殻になっている。
恐ろしい魔法である。
対城決戦兵器と言われても納得できるほどの規模だった。
なぜかそれを見てマールがほくそ笑んでいる。
ティルネはポカンと佇むばかりであった。
強い強いと話は聞いていたが、これほどとは思わなかったと言う顔だ。
そこへ仕事を終えたヨーダが洋一の元へ駆け寄っていた。
「お腹すいたー、ポンちゃん飯ー」
「姉ちゃん、オレの分は?」
「いっけね」
片目をつぶって舌を出す。ヨーダお得意のシラを切るやり方だ。
ヨルダは呆れてものが言えなくなったように閉口し、まぁそんなことだろうとは思ったけどなと頷く。
「そんなに心配しなくてもいいと思いますよ」
「え?」
不満を感じるヨルダに対し、マールはフロアの最奥を指差した。
奥にはこちらへ押しかけるように次々とスケルトンが充填している姿が映った。
ヨーダは先ほどの大魔法でお腹がぺこぺこ。
つまり今はそこまで活躍できない。
ならばチャンス、とマールに向けて鏡を向けてくれとヨルダは猛アピールした。
「あー、ここは浄化イベントだから倒しても先に進めないんだ。迷える魂を導くのが正解でな。ハズレを引き続けると消耗線ばかりになる。攻略サイトが公表するまで理不尽ゲーと呼ばれてたよ」
「本来なら私の出番ですが」
「いいよ、姉ちゃんはそこ座ってて。オレがやる。と言うかオレにやらして。最近出番がなくて腕が鈍ってるんだよね。ここでいっちょ師匠にすごいところを見せておきたい。オレもいつまでも大雑把な魔法ばかり売ってらんねぇからな」
「マールさん、悪いけどここはヨルダに任せてあげてくれないか? この子はヨーダに対抗意識を燃やしてるからさ」
「そう言うこと。オレがヒュージモーデン家の正当な跡取りだから。まぁ、家に帰るつもりはこれっぽっちもないんだけどさ」
茶目気たっぷりのウィンクを一つマールに向ける。
「お姉ちゃん、また力を借りるぜ」
ヨルダはアンドールで培った魔道具にジーパにいるお砂と連絡を取るための砂を封した魔法のバングルを作り上げていた。
『もう呼ばれないものと思っていたぞ?』
腰に巻いたベルトからお砂の声が響く。
今お砂はこのベルトに力を憑依させてヨルダに力を貸していた。
「ごめん、そこまで大掛かりな仕事に遭遇しなくてさ。でも今は」
眼前のスケルトン軍団を見据える。
ベルトを通してお砂は状況を把握した。
「倒すんじゃなく、畑の肥料にしてやるつもりで、何かいい魔法ないかな?」
『骨粉を使うか。ならばゴーレムを召喚するといい、魔力は任せな』
「ありがとう、お姉ちゃん」
今まで感じたことのない魔力がヨルダを覆った。
腰に巻いたベルトから、ヨルダの丹田を通じて魔力が循環していくのがわかる。
鍬を構え、腰の入った振り下ろしで魔法を発動した。
「唸り響け!グランドダッシャー!」
振り下ろした鍬からフロアの地面を割るようにしながら大地が内側から爆ぜていく。
その爆発はスケルトン軍団を飲み込んでなおも止まらない。
多くのスケルトンを大量に爆発させながら、しかしそれは魔法陣の形をとった。
「こっからが本領、お姉ちゃん!」
『スクナビコナの名において命ずる。其はなんぞ?』
『〝我は大地、渦巻く生命!貴殿の敵を粉砕し、畑の守護を守る者なり!〟』
地面からフロアの天井を掠めるほどの巨体が起き上がる。
ダンジョンのフロアの外装を纏ったゴーレムが、スケルトンを肥料にしながらその背中に畑を作った。
ヨーダはその背に飛び乗り。鍬を振るう。
魔力を乗せた鍬の一撃でゴーレムは命令を実行するのだ。
「オラァ! 畑の肥やしになりやがれ! ゴーレムボンバー!」
ゴーレムは両手をひろげ、回転する。
ただ前進するしか脳のないスケルトン軍団はゴーレムの攻撃に巻き込まれてそのまま骨粉になり、文字通り畑の肥料となった。
「っしゃあ!」
「まだ、おかわりくるよ!」
勢いに乗るヨルダに、マールは注意深く追加のスケルトンが来ると伝令。
「あ、ちょっと待って。少しだけスケルトン頂戴【ミンサー】」
その間に洋一がヨルダに振る舞うためのボロネーゼに使うスケルトン肉を調達するべく割って入った。
その一瞬で、ゴーレムの脇に見えたスケルトン軍団が壊滅する。
「ウヒョー、何度見ても師匠のスキルはやべーわ」
『今、何をしたんじゃ?』
「お姉ちゃんは見るの初めてだっけ? 師匠は目視圏内のあらゆる生物を肉に置き換えるスキルを持ってるんだ。よかったら食べてく? 正式に召喚するからさ」
『ふむ。ではご相伴に預かろうかの』
「悪いな。活躍の邪魔しちゃって」
「いいのいいの。その代わりオレにもそのボロネーゼ?っていうのちょうだいね」
「ああ、疲れたら食いに来い。どうせこれは長いこと続くんだろ?」
「どうかな?」
シルファスの宣言通り、無限脇だったらそれこそ長丁場だろう。
しかし、洋一の【ミンサー】を受けた一部のスケルトンは復活しなかった。
明らかに最初より数が減っている。
どう言う仕組みかはわからないが、それが鍵だなと気がついたのはシルファスだった。
「洋一さん、もしかしたらその【ミンサー】、覚醒した聖女の【浄化】くらいの判定受けてるかも」
「え?」
まさか、と思う洋一。
フロアにいたスケルトン1000体が990体に減ったと言われてもピンとこないのは無理もないことだろう。相も変わらずうじゃうじゃいる。
勇者のシルファスだけが正確に出現数を把握できるのだ。
何せシルファスの目には『スケルトンの群れ_990』と見えている。
先ほどより10匹減っている原因は【浄化】でなければ説明がつかない。
ならば【ミンサー】がそれに変わる可能性を指摘したまでだ。
「じゃあ、ここで調理してればそのうち終わる?」
「今すぐに終わらせる必要ないならそうですね」
「じゃ、それで。ヨッちゃんお待たせ。俺特性ボロネーゼだぞ」
「ウヒョーこいつを待ってた」
「みんなもどう? あ、もちろん順番制で」
「なら先に師匠どうぞ。俺は何回か聖剣の素振りしてから食うから」
「殿下が言うのなら、その責務は請け負いましょう」
シルファスからの提案をティルネは仕方がないですねと受け取り舌鼓をうつ。
パスタなどの料理はミンドレイ国民なら誰もが好きそうな脂っこくて濃い味付け。
忘れていた故郷の味わいにフォークを進める手が止まらないほどだった。
「おじ様ばかりずるいです」
鏡照射がかりのマールが空腹を訴えるような顔をした。
今は聖女の特権で持っているが、本来ならダンジョンの契約者なら誰でも使える能力である。
しかし洋一の料理を食べる都合上、洋一に持ってもらうと言うのは本末転倒。
自ずと代わりになってもらいたい相手をじっと見る。
ガン見されたヨーダは不機嫌そうな顔でマールに尋ねた。
「なんだよ」
「いや、私もお腹空いたのでこれ持つの代わってもらえないかなって」
「別に持ちながら食ってもよくね?」
「それでヨルダさんが劣勢に陥ってもいいんですか?」
「ヨルダ殿なら普通にピンピンしてますよ。ジーパの仙人であるスクナビコナ様がついてますからね」
「え、でもダメージが通らなくなるって言う話ですよね?」
「なんかあのゴーレムみるみる巨大化してるんだけど気のせいかな?」
そこで戦場を見守ってたシルファスがぼやいた。
ヨルダの召喚したゴーレムが横に広がっていた。
「ああ、あれは骨粉を肥料にして土地が肥大化したんですね。よくある景色です」
「嘘だろ、スケルトンの数減ったぞ?」
シルファスは驚愕に目を見開く。
ヨルダの操るゴーレムでもスケルトンの出現数が10匹減ったのである。
意味がわからない。
頭を抱えた鼻先に、洋一がボロネーゼを盛り付けた皿を置いた。
「あんまり頭ばかり使ってるとお腹空いちゃうだろ? まずはこれを食べて腹後ないしようぜ」
「いただきます」
シルファスには少しばかり熱い皿であったが、その肉の具合がザイオン人に優しい調理法で、気がつけば夢中でがっついていた。
再度フロアを見た時、またスケルトン軍団の数が減っていたが、もうそう言う者だと思えば特に何も感じなくなっていた。
「別に鏡使わなくても、なんとかなりそうだな」
真っ向から攻略法を無視し始めたヨルダに、シルファスはマールも腹を満たしたらどうだと誘う。
「じゃあ、これはここに立てかけておきますね」
ヨーダの言った通り、直接鏡を持って照射しないでも倒せるのならそれに越したことはない。マールは照射役を放棄し、ティルネと一緒にボロネーゼを堪能した。
ヨーダとヨルダの魔法の見せ合いっこが数十回続いた後、最後のスケルトングループが消滅して次の回想に通じる階段が現れた。
「よし、いくか」
「正直食ってただけのような気がするな?」
「逆に俺たちらしいだろ?」
洋一に言われ、シルファスはこれでいいのか少しだけ悩んだ後、何事もなかったように前を向いた。
◆
一行は階段を降り、灼熱のフロアに通された。
「すごい、天然の鉄板だ! 見てみろポンちゃん、その辺の石で肉を焼くことができるぜ?」
自分の周りに冷気を纏い、ヨーダは魔法で石を垂直に切り出すなり、ベア吉に頼んで肉を取り出してもらい、なんとそのまま焼いていた。
「ほらほら、味付けもしないで焼けたっておいしくはないぞ」
洋一はタレを用意し、ヨーダはそれに浸して再度焼く。
タレが染み込んだ肉は天然の石の上でジュワジュワと泡を立てていた。
油が内側から弾けてなんともうまそうな焼き色をつけている。
「いやー、ここは立ち止まってる限り体力をじわじわ削っていく難所のはずなんだけど」
「ゲーム的に言えばHP管理が大事なところ的な?」
「そう、その上で謎解き要素をぶち込んでくる場所でな。本来なら聖女に覚醒したマールの活躍する場所だったんだが……」
ヨーダの突発的焼肉パーティに苦言を呈するシルファス。
「え、私がどうしました?」
ヨーダと共に天然石の焼肉パーティに参加したマールが『呼んだ?』とばかりに振り返る。攻略情報提供者のシルファスは、続く言葉を飲み込んだ。
「まあまあ、とんでもない力技で解決するのはヨッちゃんの醍醐味みたいなもんだし」
「今頃製作者は頭を抱えてるか、地団駄踏んでるぞ、これ」
洋一はヨーダを擁護するが、ゲームプレイヤーであったシルファスからすればこんな抜け道があったのかと感動を通り越して無表情になってしまっている。
力技によるゴリ押しが通じるのは聖剣の力を利用しなくても討伐が可能な序盤だけの話。ここエルファンは聖剣の力と聖女の力を両方駆使してようやく道が開ける仕掛けだったのに、裏技を使って無理やり押し通っている現状に、なぜか攻略側のシルファスが開発者の心情に寄り添っている始末である。
「まぁ、HP管理しなくていい分楽ではあるんだがな。師匠、このフロアに部屋を作るとしたらどこら辺がいいかな?」
「殿下、まさかここで店を開くつもりですか?」
ティルネはシルファスの突拍子ない発言に苦言を呈した。
「ああ、違う。休憩所。暑いってだけで体力を奪われ続ける場所だからさ、シャワールームとかあったほうが楽かなと思って。俺たちはまだマシだけど、女子は嫌がるじゃん?」
「殿下も女性なのでは?」
「俺は胸がないからな、悲しいことに。それにザイオンだと雑魚寝は一般常識だ。半分獣の血が入ってるからな」
「おい、殿下。それはオレも含んでの発言か? 喧嘩なら買うぞ?」
売り言葉に買い言葉と言わんばかりに平坦な胸連盟のヨーダが食ってかかる。
ヨルダに関しては涼しいものだ。
事実を事実として受け止める余裕すらある。
男装生活をして間もない頃は相当に苦しんだが、今ではもう慣れたものだ。
「なるほど、レディファーストという訳ですか。その提案を受け入れましょう。マールを聖女としてでなく、一人の女性として受け入れる以上、その提案を飲めないようでは叔父失格ですからね」
「ありがとう、おじ様」
「中継点として何個か立てたいんだけど、この状態でできてもシャワー室というより蒸し風呂確定だ。的確に冷却する装置も作りたいな」
「ならオレいい魔道具あるよ」
「でしたら私は家の構造を工夫しましょう」
シルファスの発案に魔道具作りのヨルダに、建築技術の高いティルネが乗っかり、あっという間に休憩所は出来上がる。
シルファスの提案時はそこはシャワー室になる予定だったが、どうせならと全員が一気に入ってもくつろげる空間を作り上げてしまっていた。
「これ、わざわざ作らなくてもダンジョンに入れば解決なんじゃね?」
「ポンちゃん、それは言わない約束だ」
「それも一度考えたが、次のフロアはパーティメンバーが飛ばされるトラップダンジョンだ。飛ばされたキャラはもう一度ここに戻ってきて、飛ばされた先でアイテムを得るんだ。バラバラなアイテムを一つにまとめて次のフロアを進むんだけどな、その時にダンジョン持ちのやつがいなかったらどうする? 今回は都合よくヨーダやヨルダがいてくれたから熱を遮ることができた訳だけど」
「なるほど、このフロアのギミックをもう一度使ってパーティを苦しめる仕掛けが次のフロアにあるのですね?」
ラストダンジョンであるこのエルファンは、今までのダンジョンアタックが遊びであったかのような極悪な仕掛けがたくさんあるとシルファスは語る。
この灼熱フロアでの全滅率は過去最多で、通常モンスターが徘徊しない代わりに環境でダメージを与えてくる仕掛けが数多のプレイヤーから顰蹙を買っていた。
しかも一度超えたその先で、今度はパーティを分断させた状態でまた通わせる極悪さに制作会社にクレームが殺到するほどだった。
決して乙女ゲームの難易度ではないと言われたが、それでも効率的にクリアしてしまうやつがいたおかげで徐々にその難易度の高さがそのゲームの味となっていた。
「ああ、ここはHP管理が大事なダンジョンであると同時に謎解き要素を強要される場所でな。その上でやたらと広い。休憩所は必要不可欠なんだ」
「じゃあ正当な攻略法とは?」
「簡易休憩コテージを上限いっぱい買い込んでの適度な休憩。あいにくとこの世界にはそれに類するアイテムがなかったけどな」
シルファスが今回そのアイテムを用意できなかった理由の一つに、どうも世界水準が置いていてなかったことを説明する。ゲーム内では聖女の学園卒業と同じタイミングで発売される【HP、MP、状態異常前回復アイテム】なのだが、それが世界中のどこを探しても販売されてないことに困惑したと語る。
その点について思い当たる節があるヨルダが挙手した。
「もしかしたら、そのアイテムの発案者オレかもしんねぇ」
「ヨルダが?」
「うん、まぁそれに近しいものを考えてたことはあるんだよ。外でもっと簡単にキャンプできる魔道具があれば便利じゃねってさ」
「どういうものか見せてもらってもいいか?」
「いいよ」
シルファスの問いかけにヨルダは快諾。
そして展開した魔道具にシルファスはゲーム内で散々お世話になったアイテムだと実感した。
「これだよ、これ! なんで販売経路が頓挫してるんだよぉおお」
「いや、だってその前に師匠がダンジョンを手に入れちゃったからさ。これは無用の長物かなって商人ギルドにアイディア売り渡さなかったんだよね」
「これを待ってる人が世界中のあちこちにいたって!」
「そう? じゃあこのダンジョンクリアした後でもアイディアの委託してみようかな」
「ぜひそうしてくれ!」
シルファスに強く説得され、ヨルダは気圧された状態で頷いた。
それほどまでに圧がすごかったのだ。
シルファスはどこか気障ったらしくてクールな王族だと思っていたヨルダ。
しかし内面は激情家で暑苦しい一面もあるのだなと新たな一面を見た気分になっていた。
同時に、肩にポンと手を置かれる。
振り返ると並々ならぬ形相をしたティルネがいた。
「殿下、女性にアプローチをする場合はもっと丁寧にお願いします。ヨルダ殿が困っているじゃありませんか」
「ヒエッ」
修羅がいた。
表情は笑みの形をしているが、目の奥は笑っていない。
マールは姪っ子である反面、ティルネにとってヨルダは同じ釜の飯を食べた仲間であると同時に同じ加護【蓄積】を持つ同士で尊敬できる姉弟子だった。
それに対して敬意を払わないシルファスに少しだけ堪忍袋の尾が切れてしまった形である。貴族である楔を壊し、相手が王族であろうと一歩も引かない今のティルネは無敵であった。
「ごめんなさい」
「いや、そこまで畏まらなくたって、全然平気だけど。おっちゃんは怒るとこうなるからさ、気をつけて行こうぜ?」
「本当に申し訳ない」
平謝りを続けるシルファスに、なんだかヨルダのほうが居心地が悪くなってしまった。
こと女性に対してあまりにも遠慮する精神が根付いてしまってるティルネもどうだかなと思わなくもない。
「ティルネさん、その辺で。シルファスさんも悪気があってのことじゃないでしょう。そうめくじら立てることでもないと思います。今は同じ釜の飯を食う仲間でしょ? それにあの人は今、大役を任されている。そこに必死になってしまう気持ちはティルネさんもわかるのではないですか?」
「……はい。至らぬ私がいうのも違いましたね」
「謝る必要はないよ。人間は誰しも間違える生き物だ。その後に繰り返さなければいい。俺はそう思うんだ。一度の失敗をなんでもないように思うことの方が恥だ。シルファスさんはきちんと反省ができる人だ。出なきゃ俺は一緒に旅に誘ってない」
「そうでした。私は姉弟子やマールのことになるとつい感情がどこかに行ってしまうようで……殿下も申し訳ありません」
「いや、師匠が謝ることじゃないよ。俺も少し暑くなりすぎた」
お互いが自分の足りないことを謝罪し、このフロアの攻略を始める。
まずは情報の共有からだ。
「では、作戦指揮を始めようと思う。まず最初にこのフロアは非常に複雑かつひろい。先にマッピングをした上で、次のフロアに進んだ方がいいことを説明します。意見のある方は? はい、洋一さん」
「エルファンに入る前、このダンジョンは形を変えるのでマッピングはするだけ無駄だと聞いた。しかしここはマッピングをした方がいう。理由はなんだ?」
「単純にこのフロアそのものが試練なんだ。太陽による灼熱による試練はアンドールの系列。つまりはダンジョンがもたらした環境変化によるものだ。そしてこのダンジョン攻略で覚えておく要素の一つに、モンスターが出ないフロアは、地形変化が固定化されるというものがある。上階まではモンスターがわんさか出ていただろう?」
「確かに」
「けどここから先はフロアの構成がプレイヤーを苦しめるんだ。この第一関門灼熱地獄は熱気によって思考力を奪い、その上でパズル要素を追求してくる鬼畜難易度を誇る構成だ。魔法使いでメンバーを埋めても水不足になることは必至。MP回復効果のあるコテージは上限いっぱい持ち込むことが必須なのはそれのためでもあった」
「水なら俺がいくらでも出せるぜ?」
シルファスがひとしきり説明した後、挙手をしたヨーダが話に加わる。
「ああ、そのことなんだけど。ここから魔力は温存して欲しいんだ」
「温存? ポンちゃんの飯を食えばMPもエネルギーも回復するのに?」
「あれ、そうじゃん」
ヨーダの一言で、唯一攻略情報を知るシルファスの表情が晴れ渡った。
なんるべく温存した上で手札の確保をするのは攻略する上で必要不可欠。
しかしそこに洋一の存在があるだけで、ものすごく簡単なことのように思えてしまうバグが発生してしまう。
「むしろポンちゃんの飯食ってる限りコテージの心配必要なくね?」
「本当だよ。クソ、どんな強力なキャラクターより洋一さんが一人でこのゲームのバランスをぶっ壊してくる!」
「殿下、もっと早く相談してくれたらよかったですね」
ティルネに諭され、シルファスはそれでもと首を振る。
「それでも温存一択で。次の氷雪エリアは物理的に行動を停止される突風が定期的に吹く状態で複数のトラップを掻い潜る必要があるんだ」
「それもオレたちが師匠を守りながら魔法でトラップごと粉砕すれば楽勝じゃね?」
「その次のフロアは物理的に魔法を禁止してくるんだぞ?」
「それも師匠の調理の魔眼で一網打尽にできると思う。師匠曰く、あれは魔法でもなんでもないって話だし、MPを消費しないらしいから」
「あぁあああああああああああ!」
シルファスの疑問は洋一の一番弟子であるヨルダに次々論破され、ついには頭を抱えてその場に倒れ込んでしまった。
「その、元気だしなよ」
「多分、ゲームに出てたらバランスブレイカーとして存在そのものを抹消されかねない人ですよ、洋一さん」
「ひどいなぁ、俺はただ好きで料理作ってるだけなのに」
「ポンちゃん、諦めようぜ。オレもこっちの世界じゃ王宮魔導士だなんて褒めちぎられていまだにピンとこねぇもん」
「俺たち、元の世界より随分とパワーバランスの低い世界に来ちゃったのかなぁ?」
「かもしれねぇな。なんだったら俺たち以上がわんさかいる元の世界も大概おかしかったんだろうな」
「どうだかな。俺は強さに興味なかったから」
同じ世界出身のトークに、この世界出身の三人組は何言ってんだこいつという視線を送る。これですら最上位ではないのかという疑念と、さらに上が想像できないという思考の限界が宇宙猫のような虚無顔を作る。
「ダンジョンのある世界、こえーぜ」
その中で転生者であるシルファスだけが、世の中にダンジョンが根付くだけでこんな化け物が生まれるのかと驚嘆していた。
そんなこんなで考えるのがバカらしくなるほど難所をあっさりクリア。
ついに最終フロアへとやってきた。
そこには妖精女王であるエルクがとても複雑そうな顔で洋一を見咎めている。
『待っていたわ、勇者。とその他大勢のバランスブレイカー達』
「照れる」
「今のは絶対褒めてないと思うぞ、ヨッちゃん」
開口一番解釈の不一致から始めた問答は、妖精女王の両脇から放たれるプレッシャーによって遮られた。
時空の門が開かれ、そこから巨大な手がエルクの羽のように生えている。
まるでそういう生物であるかのように、周囲にプレッシャーを放っていた。
ダンジョンに入る前に鍋でほっと一息ついていた存在とどういつに思わない方がいいと思わせる眼力で、シルファスのみを睨め付ける。
『ここから先はこのエルクが直々に勇者の素質を見ます。一対一の試合です。他のお仲間達は一切の手出し無用でお願いしますね?』
「は? ゲームにそんな情報は……」
シルファスは硬直する。自分の知っている展開と違うと。
『変えました。変えなければならないと、そう直感しました。あなたのギャラリーは出鱈目すぎる。ですがあなた一人なら御し易い。さぁ、おいでなさい勇者。決戦のバトルフィールドへと参りましょう』
「がんばれー」
「殿下、もっとわき締めてわき」
「殿下ー頑張ってー」
『なんであなた達がこの空間に?』
エルクは困惑した。
勇者と二人きりになる予定だった空間に、まるで観客のように入り込んでいるギャラリー達。
「あ、すまん。次元の裂け目がほつれていたので入っていいのかと思ってぶった斬って入ってきてしまった。戦いには参加しないから、目を瞑ってくれないか?」
『…………………まぁいいでしょう!』
よくはなかった。
完全にこちらのペースを失ってしまったエルクは、終始洋一の一挙手一投足が気になって試合に集中できなかった。
その結果。何度も追い詰めたはずの勇者から痛恨の一撃を喰らってノックダウンしてしまう。
こんなはずじゃなかった。
だというのに、なんだか晴れやかな気持ちだった。
負けて悔しいという気持ちより、初めてのダンジョンボスとしてうまく勇者を導けたことが嬉しかったのだ。
ずっと抱え込んでいた肩の荷を下ろせたことが今この胸中を晴れやかな気分にさせている一番の原因だろう。
『良くぞ私の試練を乗り越えました』
「途中破れかぶれだったけどな」
『今それは言わなくていいです』
「あ、すまん」
最後に閉めさせてくれないのは本当に設定と異なると姉達に話が違うじゃないかと苦言を呈するエルク。だがしかし、これで終わる。
最後にアイテムを渡してそれでおしまいだ。
『勇者よ、あなたには妖精の籠が与えられました。これから過労で苦しむことも、老いに苦しむこととも無縁の仙道となります。しかし長く生きられるということはそれが試練の道のり。これから現れる魔王に対抗するために、あなたには不老の力をものにしなくてはなりません。良いですね?』
「いや、別にそんなのはいらないけど」
『いらない!? え? これを求めにエルファンに赴いたんじゃないんですか?』
「違うぞ。俺はあくまでも道案内だ。本命はこっちの洋一さんでな」
『そ、そうだったんですか。じゃあ勇者の試練やったの全部無駄だったってこと?』
エルクの口調は途端にボロが出始める。
神々しい雰囲気も、どこか妖艶な仕草も、急に親しみやすいものに変わっていった。
「無駄ってことはないけどな。洋一さん」
「ああ、悪いね。エルクさんだったかな。俺から一つ尋ねたいことがある。あんたオリンという存在を知ってるか? 俺が巡ってきたダンジョンのコア曰く、お母様と呼ばれる存在なんだが」
洋一の周りを、長年連絡不能だった姉達が契約モードの姿で浮かび上がる。
「君が最後ぼピースと聞いてね、はるばる別大陸から馳せ参じたわけだ。君たちの試練を邪魔してしまった形になるが、俺はおりんに会いたい。そのために来た」
『あってどうするつもりです?』
エルクは神妙な顔つきで洋一を見咎めた。
まるでオリンと合わせたくないみたいな顔である。
姉達の祈願であると同時に、それは姉達をエルクから奪う策略のようにも見えたからだ。
「可能であれば元の世界に帰るつもりでいる」
『確実に帰る手段は母様もつかめてないのにですか? 帰れないまま、この世界で彷徨うかもしれなくても?』
「ああ、そこは特に気にしてない。可能であれば帰りたいだけだ。それに俺は、どうやらこの世界では歳を取らないみたいでな。自分の年齢をいった時、ティルネさんから体操驚かれたよ。俺はもうこの世界で5年以上過ごしているのに帰って若返えってしまっているみたいなんだ。だから、オリンと一緒に元の世界に帰る手段を練たんだよ」
『無駄だとわかっていても母様に会いたいと』
「無駄かどうかは俺が決めることで、君が断言することじゃないんじゃないか?」
『そうですか、わかりました。私は母様と唯一コンタクトを取れる手段を持ち得ています』
「じゃあ!」
洋一はこの世界に来て初めて希望が叶ったような顔をした。
『ですが、どうやら母様のいる世界はここより厳しいところのようです。それでも行きますか?』
今この世界をクリアしたとして、その先に進めるかとの判断を問うエルク。
洋一は特に考えもせず、頷いた。
「問題ない。どうせ一旦この世界に帰ってくるつもりだしな」
『え?』
エルクは一瞬自分が何を言われてるかわからないという顔をする。
何せ一度飛ぶのに相応のエネルギーを消費するのだ。
確かに一度ゲートを作って仕舞えばいつでもこちらの時間軸に戻ってくることはできるだろう。
だがそのエネルギーを貯める手段はない。
「その顔、どうやってエネルギーを貯めるかって疑問に思ってる顔だな?」
ヨーダの指摘にエルクは首肯するしかない。
「俺さ、前の世界にいる時から度々オリンに苦言を呈されてたんだ『お主のエネルギー回復能力は度し難い。毎度エネルギー還元先を考慮する我の身にもなれ』ってね」
「そう、つまりポンちゃんはエネルギー回転率の高いモンスターにくを加工することでさらにエネルギー回復係数を上昇させるバグみたいな存在なんだよ。だから事前に料理をしておいて、合流後に食べて回復! こっちに戻ってくることも可能なんだ」
『出鱈目すぎます!』
「そもそもの話、牡丹との契約時で向こうに一回ジャンプするエネルギー分はたまってたんだよな。そこへ八咫とあんたとの契約でこちらに帰って来れるエネルギーが確保できるって聞いてここに来たんだけど?」
『は? 一体どれだけ出鱈目なエネルギー総量を有してるんですか?』
ダンジョンコアでさえダンジョンを運営するのに扱える総量はそこまで多くない。
「そんなに多くないよ。ざっと500億ってところじゃない?」
『上位ダンジョンだってそこまで保有してないですよ?』
「勝手に増えていくんだよな。と、いうことで俺と契約しないか? エルクさん。なぁに悪いようにはしないさ。毎日飯を作ってやることしかできないが」
『ご主人の料理は別格じゃぞ? 母君が惚れ込むのも無理もないほどにな』
今まで黙して語らずだったジーパのダンジョンコア玉藻がたらし込むような笑みを浮かべてエルクを誘惑した。
『残念ながら事実ですよ、エルク。マスターの料理は感情が起伏とは言えない我々コアにも魂に響かせる何かがあります』
アンドールのダンジョンコア牡丹が続く。
『騙されたと思って食べるべき。でも私の味噌カツだけは誰にもあげないんだから』
ザイオンのコア八咫が何かの使命に目覚めたように語る。
このようにダンジョン運営以外で何かに打ちひしがれる事態はエルクには初めてだった。
『この人間の料理やばいわよ。私も勇者の中で何度も味わったし本当』
最後にミンドレイのダンジョンコア蓮華も同調し始めた。
『あー、もうわかりました! 私も契約すればいいんでしょう!』
『よくぞいった!』
『お前にはその資格がある、誇ると良い』
『これで姉妹仲良く食卓を囲めますね』
『誠に不本意だけど、同意。うちの勇者では引き出せない味を複数持ってる、ずるい』
洋一の周囲ではワイワイと妖精達が一斉に会話を始める。
当人の要望など一切無視した会話は、オリンとの再会の前に軽い宴会を挟む要求の場となった。
どちらにせよ、食事休憩を取るつもりだった洋一にとってありがたい。
ここで心を開かせる料理は何がいいか考えて、洋一が作り始めたメニューは。
『鍋?』
どこか不服な声が聞こえるが、全員で箸を突くのにはもってこいの料理である。
だが当然、普通の鍋では終わらせない仕掛けを用意する洋一だった。




