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44話 ポンちゃん、エルファンに赴く

※今回もちょびっとボリューミーです

「と、これで大体か」


 洋一が肩の荷が降りたとばかりにつぶやく。

 紀伊を満足して返し、これであらかたの予定を終えた一行は、いよいよエルファンに向かう準備を始めた。

 洋一をこの世界に誘った張本人(?)オリンが消息をたった場所であるとともに、勇者伝説の最終ステージ、エンドコンテンツと呼ばれる場所が幻の島エルファン。


 聖剣の封印も全て解かれ、これでようやくその場所に突入できる。

 集まったメンバーは誰もが主戦力級。

 万が一にも足を引っ張るものはいない。

 

 皆がどこかリラックスした雰囲気で、その場所に赴くべく身構えていた。


「これ、まだ私が持ってた方がいいんでしょうか?」


 マールが八咫烏の鏡を大事そうに構えている。


「今まで洋一さんでもなぜか使えたけど、聖剣がこうまで輝くのはマールに対してだけだ。エルファンへの案内人は新なる聖女の力が必要不可欠。まだ持っててほしい」


「そういうことでしたらわかりました」


「んじゃ、オレらダンジョンで休んでるから!」


 ヨーダが我先にとダンジョンに篭った。


「最後まで締まらないが、俺たちにそういうのを求められても困るからな。また何かあったら呼んでくれ。俺はヨッちゃん経由でマールさんのダンジョンから顔を出すよ」


 そう言って、洋一、ヨルダ、ティルネ、ベア吉までもがダンジョンに入り込む。

 その場に残されたのは勇者であるシルファスと、聖女の事情をまだうまく飲み込めていないマールだけ。


「その、不束者ですが?」


「なんで敬語? 俺は別に君に聖女としての責務を負わせるつもりはないよ?」


「わかっていますけど、間にヨーダ様を挟まない会話ってどこか不安で。一応、シルファス殿下は王族の方ですし?」


「いいって、いいって。もうとっくにそっちの道は捨てたんだ。今の俺はさ、洋一さんが進みたい道が勇者伝説の進行方向とたまたま一緒だったから付き合ってるだけだよ。それに俺、女だし」


「伺っております」


「気持ち悪いって思わない? 女なのに男みたいな格好して」


 シルファスはおどけるようにマールへ向き直った。

 男装なんてしてまで戦いの場に身を置くのか?

 そう思う令嬢も少なくはない。


「それは、ヨーダ様で慣れてます。初恋を返せって散々心の中でぶつけておきましたよ」


「あー、あの人モテただろうなぁ。振る舞いがイケメンのそれだ」


「女子人気が異様に高いですよ。それに、清掃をした時の男子人気も高いんです。ロイド様なんて目じゃないくらいにモテます」


「そんな有名人、ほっとかないだろ?」


「はい、みんなしてこぞって囲い込んでますよ。でも、誰もあの人に敵わないんです。実力で上をいくんで、すぐに逃げてっちゃうんですよ」


「もし、洋一さんがいなかったらあの人どうしてたんだろうなぁ」


「オメガ様とくっつく未来だけはなかったですね」


 今も怪しいんだろ? と尋ねる。

 マールはその通りだと頷いた。

 軽く談笑をしているうちに、すっかり意気投合してしまう。

 ヨーダという自己中女は話の種にはもってこいな破天荒の性格をしていた。


「と、立ち話してばかりだと待たせてるみんなに悪い。そろそろいくか」


「ですね」


 不思議と、敬語は消えて。


「鏡を前に」


「はい」


 鏡に聖剣の検査気を沈め、シルファスが初移動キーを唱える。


「聖剣よ、我らを古代大陸へと導きたまえ!」


 鏡がシルファスを写し、聖剣の魔力を通じて二人の肉体を全く知らない場所へと送り届ける。

 そこは大きな湖を挟んだひらけた空間だった。

 全てのMPを消費した聖剣は力を失ったかのように色褪せている。


「ついたか。マール、無事か?」


「はい。私は一体どれほど眠って?」


 シルファスと同様に、魔力渇望による失神状態で見つかったマール。

 先に起きたシルファスが周囲に気を配りながら肩を揺らし目覚めていた。


「俺も今起きたところだ。だが、この景色を俺は知らない。もしかしたらゲームの知識が通用しない可能性があるんだ」


「どうしましょうか?」


「とりあえず現状の報告を洋一さんたちに相談したい。専用通路を開いてくれるか?」


「わかりました、ゲートよ開け……あれ?」


 ポーズを決めてキーワードを唱えるマール。

 しかしマールの呼びかけにダンジョンは一切答えぬままだった。

 それもその筈、今のマールはシルファスと同様にMP、つまりはエネルギーを使い切った状態だった。


「どうした?」


「エネルギーが足りないみたいです。どこかで食事を食べて回復しないと」


「まいったな。洋一さんほどの飯は作れないぜ?」


「ですが、私よりも料理の知識はふ豊富でしょう?」


「まぁふんだんにオリジナルを含むがな。それに、俺の味覚は……」


 ザイオンの獣人は生食を好む。

 シルファスも例に漏れず。

 ただ粉物メニューへの理解が深いだけで焼いた肉より生肉に対して旨みを感じるのは間違いない。


「そこまで贅沢なことは言いませんよ。なんだったら、私もミンドレイ貴族としては異端。あまり脂っこい料理は得意としておりません。ヨーダ様がこぞって珍しい料理を教えてくれたからですね。それに、こう見えて野営は慣れております」


「よかった。貴族のお嬢様にどんな残飯を食わせるかと思ってたからな」


「大丈夫ですよ。ヨーダ様の無茶振りに比べたら、可愛いものでしょう。それに貴族とはいえ、私は男爵家。貧乏飯には慣れてます!」


「ははは、あの人やること無茶苦茶だもんなぁ」


 共通の話題を経てひとまず腰を落ち着ける場所を探す。


「よい、しょお!」


「お見事!」


 シルファスの聖剣による袈裟斬りで、大きな岩が斜めに切断されていく。

 お目当ては岩の中にある結晶核。

 マールはこれを錬金術に使って一つのアイテムを作り出すつもりである。


「ここから先は私の仕事ですね」


 腕をまくり。急場拵えの錬金セットを据えてアイテム製作に至る。

 技術とは知識だ。

 専用の道具がなければ作れませんでしたなんてあってはいけない。

 ティルネからそう習い、実践するマール。


「よし、これで木工用接着剤の完成です」


「接着剤?」


「はい。これをつけると、どんなに無理な立て付けの家も壊れません。武器や防具の補修にだって使われてるんですよ?」


「急場凌ぎのテントにもってこいだな?」


「それに、人の目も気にしなくていいですからね。女同士でよかったです」


「まぁ、そういう意味じゃ安心なのかもな」


「はい!」


 マールは元気一杯に答える。

 シルファスは自分の腰にぶら下がってるものをどう説明しようか考えながらテント作りに励んだ。




 その頃洋一達は。


「師匠、シルファスさん達遅いね?」


「うん、まぁ色々あるんだろ。俺には乙女ゲームみたいなのは何にもわからないからな。それに、困ったことがあったら相談しに来るだろ。それまで俺たちはここで待機だ。下手に動き回っても仕方ない。いつものことさ」


「それもそっか」


「ポンちゃーん酒ー! あと軽くつまめるものー」


「それに今は、うちの飲兵衛の世話に手一杯だ」


 来客、にしてはあまりにも傍若無人な態度のヨーダに視線を向け、洋一は乾いた笑みを浮かべた。

 ヨルダも少し面倒になりながらも、金払いの悪い客を追い払うべく動き出す。


「ほら、姉ちゃん。食った分は働いて返せよ。借金溜まってんだからな?」


「うるへー、こちとら労働の代価をいただいてんだよぉ! これは成功報酬なの! 借金じゃないの!」


 ヨルダと洋一の会話に割り込むようにダメ人間が混ざり込む。

 日中からアルコールを浴びるように飲んでベロンベロンになっているヨーダは迎酒と訳のわからないことを言いながらカウンターに陣取った。


「あまり飲みすぎるとお体に触りますよ」


「さすがおっちゃん、話がわかるー」


 コップに並々注がれた透明度の高い水分。

 ティルネが持ってきたからアルコールだと信じて疑わずに一気飲み。


「なんだこりゃ」


 思っていたアルコール反応がないことに落胆するヨーダ。

 それもその筈。


「水ですよ」


「うめぇ水だな!」


「でしょう、酒作りは水の質にこだわってこそ」


「魔法で作った水じゃこうはいかない。旨みの原因はなんだろうな?」


「ご興味がおありですか?」


「オレはうまいもんはなんでも好きだ。教えてくれるか?」


「いいでしょう。こんなところではなんです。実際に酒樽を置いている蔵にご案内しますよ。そこで一つ飲み比べといきましょう」


「お、わかってるねー」


 そう言って、ティルネは洋一にウインクひとつ残してヨーダを連れ去った。

 見事な手際である。


「さすがおっちゃんだぜ。飲兵衛の心理をわかってる」


「俺もティルネさんも飲むしな」


「でも水一杯で追い払うってのは相当だよ?」


「そうでもないさ。それに、一見して酒蔵で飲み比べといえばヨッちゃんの頭には酒の飲み比べに聞こえる。けどティルネさんはそんなこと一言も言ってないんだよ。だからそのまま送り出した。ティルネさんに任せておけば大丈夫だって信頼もあるからな」


「あー、もしかして飲み比べって水の?」


「あの話でそれ以外あるか?」


「ベロンベロンに酔っ払ってる姉ちゃんにその違いがわかるのかな?」


「さぁ? でもたった一杯で興味を惹かせた水だ。俺にはもっと違う味わいの水の活用法も思いついてると思うぜ。今やアルコール事業の第一人者はティルネさんだ。俺程度、出る幕もないのさ」


「確かになぁ」


 静かになったカウンターバーで調理の下準備の包丁音が続く。

 洋一が集中し始めるのを見て、ヨルダも自分の畑の様子でも見ようかという気持ちになった。


 数時間後、すっかりよいの覚めたヨーダがティルネと熱い水議論を交わしているのを見て、洋一もヨルダもティルネに一目置くようになっていた。





「マール、櫛を作ってみたんだけどどうかな?」


「まぁ素敵。やっぱり同性だと気遣いをしなくていい分楽ですね」


「ヨーダも同性だったと思うが?」


 ザイオンまで洋一たちを追いかけて二人旅をしてきた。

 だというのに、マールから帰ってくる言葉は異性と共に旅をしてきたかのような態度だった。

 男装をしていたと言ってるが、ヨーダはともかくマールは無理だろう。

 特に胸のボリュームが誰よりも大きい。

 あれを隠すのは相当に至難の業だ。

 前世でそれなりのサイズを誇っていたシルファスはどうやって収めていたのかとにかく気になった。


「あの人、何でもかんでもテキトーで、生まれる性別間違ってきたんじゃないかって顔を見る度に思うんですよね!」


 思い出すたびにフラストレーションがたまるのか、最後の方は語気を荒くしていた。


「髪が長いと長旅では大変じゃなかったか?」


「そりゃ大変でしたけど。バッサリ切る相方がいたので気にはしませんでした。髪はすぐに生えてきますしね」


「女の身では相当な覚悟だろう?」


「国外逃亡を決意することに比べたら全然ですよ」


 それは確かにそうだ。

 シルファスとて、同じ決意を迫られたら髪のひとつや二つ切り落とすだろう。

 それで逃亡できれば御の字か。

 特にマールやヨーダは王国に大変な貢献をしている。

 黙って逃すわけがない。

 国の重要人物になるとはそういうことなのだ。

 

「ワックスまで作ってるのか」


「こういうお手入れって、一日欠かすだけで取り返しがつかなくなりますからね」


 肩掛けカバンから薬瓶を取り出し、それを手に取って紙に塗り込んでいくマール。

 シルファスの嗅覚に香ばしい柑橘の香りが漂う。

 甘い、色香を思わせた。


「香油か? いい匂いだ」


「旅に香油はやめろとヨーダ様はおっしゃいますが」


「獣が寄ってくるという意味ではそうだろう。だが、ここには俺がいる」


「心強いお言葉です」


「手伝おう」


「あら、助かります」


 マールが香油を塗り込み、シルファスが髪を梳く。

 女性ならではの手つきで、マールもすっかり気を許していた。


「ねぇシルファスさん」


「なんだ?」


「もし私が聖女として覚醒していたなら、私とあなたはこうして二人でゆっくりとした時間を過ごしていたんでしょうか?」


「どうだろうな。昔の驕り高ぶっていた自分を想像したら、少なくともそうはなってないという気しかしない」


「洋一さんと出会う前のお姿ですか? 確かにあれはちょっと、と思いました」


「手厳しいな」


 シルファスは苦笑いを浮かべる。

 過去の過ちは、今であるからこそ笑い話にできるのだ。

 けど実際は、あそこで拾ってもらわなければどんどん悪い方へ転がり落ちていたことは間違いなかった。


「ほら、できた」


「後ろ髪がスッキリしました」


 首を振り、サラサラとした髪を撫でながらマールが振り返る。

 その仕草にシルファスはどきりとした。

 同性なのに、心臓が先ほどからうるさい。


「どうしました?」


「なんでもない。マールがあまりにも綺麗だから見惚れていた。おかしいな、同性なの筈なのに」


「そうですよ、何言ってんですか全く」


 いてもたってもいられず、簡易テントの外に目を配る。

 夜の帷はすっかり落ちきり、獣が周囲を徘徊していた。

 しかしテントの周りには獣よけの香が焚かれており、その上で結界を張る用心深さ。

 これで数日過ごしていた。


「ヨーダ様がいらしたら、お風呂も即座に入れるんですけどね」


「あぁ、ヨルダさんもそういう系統が得意だったな」


「【蓄積】の加護もちって、王国では無能扱いされてたんですよ?」


「それこそ扱う人次第ってことじゃないのか? っと、何か作ろうか」


 小腹が鳴り、気恥ずかしくなりながらマールに尋ねた。


「では、お腹に溜まるものをよろしくお願いします」

「任せとけ」


 シルファスは常に持ち歩いているお好み焼きの粉のストックが少なくなってきたのを考慮しつつ、鉄板の上で分厚く焼いた。

 中にキャベツや干し肉、削り節にごまなどを仕込んだものだ。

 素材が限られてる今では随分なご馳走である。


 そこへマール手製のソースとマヨネーズをかければ。簡易お好み焼きの出来上がりだ。


「おいしそー」


「悪いな、こんなものしかなくて」


「ヨーダ様はそもそもお料理ができませんでしたから、その点シルファスさんは女子力高い方ですよ」


「それは褒められてるか怪しいところだ」


「ふふ」


 比較対象があまりにもあんまりであるため、マールに釣られて笑った。

 味は想像を超えない。

 もしここに洋一がいれば、もっと工夫を凝らした料理でも作りそうなもんだが、今のシルファスにはこれで手一杯だった。


 腹を満たすのがMP回復の近道。

 シルファスも、マールもそれを信じて疑わない。


「今日はもう休もう、マールも錬金し通しで目のクマがひどい。少し横になったほうがいい」


「あ、すいません。つい夢中になって」


「そういうところはティルネさん(師匠)そっくりだ。あの人、夢中になれる仕事にあるつけたのが遅かったからか、反動で寝る間も惜しんで研究するからな」


 どんな時間に起きても研究してるんだと笑うシルファス。

 マールは自分の知らないティルネの話に真剣に耳を傾ける。

 自分の前ではできるおじさんらしい振る舞いを心がけているのか、そういうボロは出さないからだ。


「おじ様らしいです」


「あんな調子じゃ早死にするぞ、と思うんだが、俺も同じ職人としてあの若々しさを見習いたいくらいさ」


「シルファスさんも、そう思いますか?」


「ああ、今でこそ、なんで自分にもっと素直になっておかなかったんだろうなって。乙女ゲームの王子様の役割をダラダラと過ごして、ずっと長年の夢に蓋をし続けた。ザイオンの獣人にお好み焼きなんて高尚な食べ物は絶対に理解してもらえないって、行動もせずに決めつけてたよ」


「でも変われた。それは立派な行いです」


「変えてくれた人が偉大だったからさ。その中の一員になれて、自分もがんばろって今に至るよ。あの日から一日でも進歩できるように研鑽を積んでいるつもりではいるけどね」


 自分の中ではあまり変化がわからないとシルファスは苦笑いする。


「さて、夜の見張りは俺がする。マールは先に休んでくれ」


「ありがとうございます」


「明日は探索フィールドを広げる。水場の近くに拠点を作りたい。川魚が取れればレパートリーが広がるからな」


「釣りでもするおつもりですか?」


「マールは知らないか。ザイオンでは手づかみで魚を取るんだ。俺はあまり得意じゃないが、王国人には負けない自信がある」


「あら、それはお手並み拝見ですね」


「なんで上から目線なんだよ」


「私も魔法で釣りのようなものを模倣できますから」


「じゃあ、競争だな?」


「ええ、ではその時まで」


「ああ、ゆっくり休め」


 シルファスは時折マールの寝顔を見ながら腰を落ち着け、外の景色に気を向けた。

 その日に夜襲の類はなかったが、頭の中はずっとマールのことでいっぱいになっていた。


「シルファスさんは寝なくて大丈夫なんですか?」


「仮眠ならとったぞ?」


「それじゃあ寝てないのと同じですよ、出発は少し遅らせてもいいので寝てください!」


「大丈夫だって、俺は夜更かししていない。それに獣人は人間よりずっと体の作りが頑強で」


「体は、ですよね? 心や精神は同じです。どんなに偉い人でも、強い人でも睡眠不足で死ぬ時は死にます。私は自分の都合でそうなる人が増えるのが嫌なんです」


「わかったから、寝るから」


 翌朝、起き出したマールを迎え入れて旅立ちの準備を始めるシルファスに、今度はお前が寝ろと布団に押し込むマール。

 まだマールの残り香が染み付いてる布団に押し込められたら変な気分になってしまうとシルファスはこれを拒否。

 軽く取っ組み合いの結果、仕方なく寝入ることにする。

 思っていた以上にお転婆で、ゲームとは違うヒロインの姿に困惑しながら目を瞑った。


「シルファスさん、起きてます?」


「寝てる」


 ゴロリと寝返りを打ち、マールに意趣返しをする。


「じゃあ寝ながらでいいので聞いてくださいね」


 なんだろうと耳を傾ける。

 獣人の聴覚は人間より鋭い。耳をすまさなくったって壁一枚向こうの音を拾うのは容易だ。

 なので衣擦れの音を拾った時は気が動転した。


「私、正直聖女としてのお役目を果たす自信がないんです」


 なんだ、そんなことかと思う。


「私はシルファスさんほど強くはないし、他のみんなほど何かに打ち込めているわけでもないですし」


 それは嘘だろうと思う。

 現に錬金術であんなに夜更かししていたのが証拠だ。


「私には錬金術しかないんです。おじ様との唯一のつながりのあるのが錬金術で、私はその道を歩むとお父様に告げた時、一度死にました」


 シルファスは何も答えない。答えられない。

 それが文字通りの意味なのか、はたまた別の揶揄なのか。

 判別ができないままに耳を傾ける。


「お父様が家を継がないのならお前はうちの娘ではないと大魔法を放って」


 大きな火傷を負った。

 家を放逐するための見せしめとして顔に傷を負わせた。

 やめに出すのも難しい顔になれば、婚約話もこないと踏んだ上での対処だったが、燃え広がり方が想定を超えた。


 結果マールは生死の境を彷徨った。

 その話はティルネには一切伝えていない。

 家にこだわりのあるティルネと実の父親が縁を切られると困るのはマールの方だったからである。

 医者はこれは手の施しようがないと匙を投げるほどだった。


「その日から、私は魔法を使うのが怖くなったんです。もし自分と同じような症状を相手に負わせたとあったら、目も当てられません。そんな女が聖女だなんて力に目覚めようものなら、宝の持ち腐れもいいところではありませんか?」


 衣擦りの音が近寄ってくる。

 すぐ近くには背中の半分以上にいまだにやけどの跡を残すマールが近づいていて。


「もしそれでも構わないというのなら、私をもらってくれませんか?」


 何を、言っているのかシルファスにはわからなかった。


「君は、ティルネさん(師匠)と添い遂げるのではなかったか?」


「それは本音ですが、周囲への建前でもあります。実家は一度私に手にかけた以上、文句は言えません。ですが、一代限りとは言え伯爵の地位を受けています。婚約者がいないとなるとそれはそれで問題でして」


「俺に彼氏役を務めろということか?」


「まぁ、別にそのまま結婚して頂いても構いませんが。おじ様と出かけることを容認していただければ、あとは自由にしていただいて構いませんし」


「俺は女だぞ?」


「ですが、随分とご立派なものをお持ちで」


「気づいていたのか?」


「私、匂いに敏感なんです。わざわざ香油だなんて持ち出したのもその臭いを誤魔化すためだったんですよ?」


「君は人が悪いな」


「お互い様でしょう。シルファス殿下?」


「まぁ、俺も一生独り身もどうかと思っていたところだ。ここいらが落とし所か。しかしマールと添い遂げるとなると、ティルネさん(師匠)になんて言われるか」


「二人の時間を過ごしているうちに親密になったというのはどうでしょうか?」


「師匠相手に通じるか?」


「お父様よりも相当に親バカなので、イケると思います」


「ああ、ことあるごとに自慢してるからな。その前に鉄拳制裁でぶっ飛ばされそうだ。あの人普段はニコニコしてるけど、魔法をえげつない使い方してくるから手に負えないんだよ。俺一人に的を絞って嫌がらせしてくるまであるぞ?」


「それくらいは受け止めてくださいな、旦那様の特権ですよ」


 嫌な特権だな、とシルファスは苦笑いする。


「まぁこんなのをまたぐらにぶら下げてる限り、女と言ったところで誰も信じちゃくれないか」


「私はシルファス殿下は誰よりも女性と信じておりますよ?」


「その心は?」


「無防備の私を襲ってきませんでしたから」


「これは行為をするのに向かないんだ」


「存じております」


「本当に君はいい度胸をしているな」


 もし自分の言葉が嘘で、襲ってたらどうするつもりだったんだとシルファスは嘯く。


「その時は私の見る目がなかったということで」


「怖いもの知らずか? ……それにしても、愛のない結婚か」


「お互いの利害は一致しておりますよね?」


「まぁ、それで手を組んでやるか。それで」


「はい?」


「さっきの火傷の話はどこからどこまで嘘なんだ?」


「全部作り話ですが?」


 肌に張り付けたやけど跡をベリっと引き剥がすマール。

 それでも上半身は生まれたままの姿である大胆な行動力にシルファスは目も当てられない。


「君はもっと自分の体を大切にしたほうがいい」


「はーい、反省してまーす」


 それは反省してないやつの返事だ、とシルファスは呆れるように返した。

 まるでヨーダを相手してるようだと疲れ果て、なぜだかそのまま一緒に添い寝することになった。

 これから婚約するのだから、これくらいは今のうちから慣れておけと言わんばかりで布団に入ってきたのだ。

 この行動力には流石のシルファスもびっくりであった。


「シルファス様、緊張してます?」


「してない!」


 その日は普段見せないマールの行動にドキドキしっぱなしのシルファスだった。

 ただ一つ、マールの背中に一つだけ消しきれない痣が残されているのだけ気になった。

 聖女の字は、手の甲に出る。

 では背中のこれはなんだ? 

 拭いきれぬ不安に、結局シルファスはゆっくり休むことができなかった。



 その頃洋一たちは。


「あ、きったねぇ! 姉ちゃんその串は俺が大事に取っておいたやつだぞ」


「は? 食わないからオレが食ってやってるんだが? こういうのはあったかいうちに食うのがマナーなの!」


「そうやって人のものw奪うのは到底マナーとは思えないね。食い物の恨みは恐ろしいって知っといたほうがいいぜ?」


「ヨッちゃん人のものを横取りしなくったって、まだまだおかわりは作るんだから大人気ない真似すんなって」


「そういう問題じゃないんだって、師匠! これは食い物をかけた勝負だよ」


「そうだぜポンちゃん」


 何やらばちばちと火花を散らす男装女子が二人。

 洋一たちは呆れながら焼き鳥の火加減を見ながら次の串を炭火の上に上げた。

 ヨーダとヨルダは大切に焼き上げた串の一つを取り合って勝負していた。

 洋一から見たら串のうちの一つでしかないのだが、二人は何かにつけて諍いあっている。


「それにしてもシルファス殿下は遅いですね、何かトラブルでしょうか?」


「今頃マールと愛の逃避行とか?」


 勝負に勝ったヨーダが串を頬張りながら洋一とティルネの間に入ってくる。


「おっと、ヨーダ殿その話は聞き捨てなりませんね」


「わかってねぇなおっちゃん、ゲーム的には勇者と聖女だ。将来的にはくっつく未来もあるってことだよ。それに、シルファス殿下は元王族よ? 嫁入り先としちゃ十分お釣りが来るじゃんか。それにザイオンともツテができる。王国貴族としちゃ切り札の一つだ。錬金一本で食ってくのなんて、早いうちにボロが出る。どこかの誰かとくっつくのが丸いのさ」


「だとしても、あの子の気持ちは大切でしょうが」


「おっちゃんはシルファス殿下が女だってことは知ってるだろ?」


「まぁ。一応聞いてはおりますが。普段の様子を見れば普通に男としての振る舞いしか見せておりません。それで結婚など」


「ちなみにオレも女なんだぜ?」


「なんと!」


 ここにきて驚愕の表情を浮かべるティルネ。

 なんだったらヨーダが女であることを一番認めたくないみたいな顔をした。

 日頃の行いの悪さが一気に現れた形である。


「オレも女だぞ、おっちゃん」


「ヨルダ殿はヨルダ殿ですから」


「なんだよ、それー」


 ヨルダは女として見てもらえないことに若干がっくりしながら、席に戻るとお気に入りの串の焼き加減をじっくり見守るのだった。







 マールに散々弄びまくられたシルファスは添い寝から解放されるなり、謎のもふもふアタックを仕掛けられていた。


「ねぇねぇ殿下、耳触ってもいいですか?」


「なんでだ?」


 意味がわからない。

 距離の詰め方があまりにも下手くそすぎて疑問を抱いてしまう。

 耳といっても獣人であるが故に、頭の上についてることなのは承知してるが、そんなに珍しいか? という感覚で尋ね返す。


「他人の耳触るの趣味なんですよ。あと殿下、頑なに触られるの嫌がるじゃないですかー。なんでかなって」


「恥ずかしいという他ないが? そこを触らせる許可を出すのは恋人くらいだぞ? 俺とマールは……まぁそれに近しいものなんだが」


「でしょー? 男女の接触ができない以上、こういうスキンシップで仲良くなっていくのが最適なんじゃないかと思って、で!」


 何がで! なのかわからないが強い推しに飲み込まれるのを甚だ迷惑だと言わんばかりの顔で返すシルファス。


「実は添い寝をしたらですね、エネルギーたまってたんですよね」


「うん?」


「だからエネルギーです。ヨーダ様との連絡通路であるダンジョンを起動するためのエネルギーがですね、サバイバル中は微動だにしなかったエネルギーがですよ、なんと殿下と添い寝したら一気に回復したんですよ! これは合流するために必要なこと! ですがまだまだ合流には至れないくらいなので、何度かこういうスキンシップをとっていければいいんじゃないかなって」


「それを先に言え」


「言って回復効果が消える可能性もあるじゃないですか」


「なるほど、無意識下で回復する可能性の検証をするべく、俺の純情な心を甚振ぶっていたわけか」


「半分は趣味です。添い寝中の殿下可愛かったので、ついつい揶揄いたくなってしまいました」


「君はあれだな、実はそう見えないだけでとんでもない悪女だったりするのか?」


 ゲーム内の聖女のイメージかえせ、と心の中で呟くシルファス。

 なんでこんなに太々しく育ってしまったんだろうと思いを巡らせていると、そこに笑顔でピースサインをしてくる不届き者の女の顔が思い浮かぶ。

 ヨーダである。

 あの破天荒女は純粋なマールをここまで歪めてしまったのだ。

 振り回された反動で、逆に暴走気味のテンションを有すようになった。

 ゲームの中では押しに弱いところがあったが、今や見る影もない。


 いや、これくらいでなければ国外逃亡などできずに押しつぶされてしまっているので、その選択肢を選べた事件で相当に芯が強くなっていなければ無理か。


 シルファスが唸ってる間、マールは無許可でシルファスのもふもふの耳を堪能していた。


「やめなさい」


「やめませーん。殿下のお耳、もふもふのふわふわで触り心地いいですから」


「そういうのは恋人同士で行うモノだと言っただろう? デリケートな部分なんだ。現に今すごく大変なことになっている」


「有体に言えば?」


「乙女のピンチで伝わるか?」


「あ、ごめんなさい」


 伝わってよかったよ、と内心でホッとするシルファス。

 しかしマールは新たな手段をとってきた。


「じゃあ、次は尻尾触りますね」


 天真爛漫な笑顔で、もっととんでもないことを言い出す。

 尻尾同士の接触は恋人間でのキスと同等。


 しかしマールは素手でにぎにぎしてくる。

 その圧力は尻尾すりすりでは止まらない。

 もっとディープな、新婚さんの接触に値した。

 たまらずシルファスは声を出す。


「ぐほぉ!」


「殿下?」


「や、やめなさい。乙女が決壊してしまう」


「そんなにですか? そんなにですか?」


 にぎにぎをやめず。むしろすりすりしてくるマールに、シルファスはその場でへたり込むことになった。完全に腰が抜けた形だ。


「わ、すごいですよ! あと数回の尻尾にぎにぎで合流できるほどのエネルギーが溜まります! 頑張りましょうね、殿下!」


 これがあと数回も続くだと!?

 シルファスはこの世の終わりみたいな顔でマールを見た。


「水場を探そう。ちょっと洗濯しないと気持ち悪い状態になってる」


「やってしまいましたね、殿下」


「一体誰のせいだと思っている!」


 水場を探し、這う這うの体で水浴びを開始する。

 気持ち悪さをここでリフレッシュさせた。


「殿下ー、お洗濯したお洋服ここに置いておきますねー。魔法で乾かしたのですぐにでも袖を通せますよー」


「ああ、助かる」


 こういう時、魔法使いは便利だなと思う。

 獣人は物理特化なので、魔法使いに辛酸を舐め尽くされてきた種族だ。

 犬猿の仲といえばザイオン国とミンドレイ国が思い浮かぶあたり、国同士で仲が悪い。


 そんな国の貴族と王族のシルファスが、まさか婚約だなんてな。

 そんなことを考えながらチャプチャプと水浴びを終わらせた。

 獣人の水浴びなどカラスの行水と変わりはない。

 汗を流し、温度の管理を図ればそこで事足りた。

 今回は決壊した乙女を宥めるのに少し時間を要したくらいである。


「殿下ってあれですよね、結構胸ありますよね?」


「ないよ、と言いたいところだが最近成長しつつあるな」


 冒険に出るまでは全くなかった。

 自分を男だと思い込んでいたから。

 けど、その先で本物の男と出会い感服した。

 自分はどう足掻いても女なのだという事実を知って歯がゆい気持ちを痛感したのを鮮明に覚えている。


 それからか、妙に体つきが女にシフトしたのは。

 これは男装が厳しくなるとそんなくだらないことで思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。


 雑談を交えながら着替え、マールと共に探索を開始する。

 森を文字通り物理的に開き、進行方向の確保をしながら突き進む二人。

 野営の旅に乙女を決壊させ、都度水浴びをする生活を数度繰り返した結果。

 ようやくマールのいうエネルギーが満タンになっていた。


 シルファスはようやくか、とヘロヘロになりながらマールの力で紡ぎ出される門を見つめていた。

 空間を歪め、出来上がった入り口は人の手が入ったような趣き。

 下へ下へ誘い込むダンジョンの構造とはまた異なる。


「これで温かい食事にありつけるか」


「殿下のお食事でも十分満足できましたけどね?」


「素材も限界だった。それでも苦言の一つをこぼさず、付き合ってくれてありがとうな」


「どういたしまして」


 何度も乙女を決壊させ合った仲である。

 いつしか言葉の端々が丸くなっているシルファスに、ようやく素直になったかという感慨で胸いっぱいになったマールであった。


「ただいま戻りました」


「ずいぶん時間がかかりましたね。お互いに行方不明で創作に時間がかかりましたか?」


「ああ、いや。エルファンについたのはいいんだけど、そこで聖剣のMPとマール(こいつ)のエネルギーが枯渇してな。二人してサバイバル生活してたんだよ。な?」


「はい、寝入る殿下は大変可愛らしかったですよ?」


「おま、変なこと言うな」


 ニコニコとするマールの口を懸命に塞ぐシルファス。

 対するティルネもニコニコしているが、背後に悪鬼羅刹を背負っていた。


「そうですか、少し見ないうちにずいぶんと仲がよろしくなっていますね。何かトラブルを一緒に片付けたりしてたんですか?」


 質問、と言うにはあまりにも強い圧迫面接。

 ここは面接会場であったか、と言う緊張がシルファスとマールの2人を襲う。


「そうそう、実は洋一さん形式で腹を満たせばそのエネルギーとやらが回復するって聞いたことがあったんで実践してみたんだけど、これがまたなんの反応も示さなくて」


「はい、おじ様。殿下の造られるお料理はヨーダ様と比べるべくもなく、最適な火加減、少ない材料からでも満足のいく食事を提供させてもらい感謝の限りでした。このマール、野営であんなにも味が乗って、下を楽しませてもらえる食事を口にできたのは殿下とご一緒した時だけです」


「む、食事で満足はさせていましたか。要らぬ疑いをかけてすみませんでした殿下」


 険が少し取れ、普段の物静かなティルネが顔を出す。


「師匠の教えはいつ何時でも守ってますよ。レディファーストの精神は忘れません。それ以前に料理人として、お客様を満足させられないようなことがあれば一大事ですから」


「実際殿下の女子力はなかなかですよ! ヨーダ様にも見習って欲しいくらいです」


「なんでそこでオレ?」


 自分の話題が上がったと思って話に参加したら、繰り広げられる話題の半分以上は悪口であった。

 たとえ身に覚えがありすぎてどれのことかわからなくても、嫌な気分になるには十分だ。


「あ、ヨーダ様。相も変わらず太々しいヨーダ様」


「それ褒めてんの? 貶してんの? 喧嘩なら買うぞ?」


「寂しい思いをする中、ムリしてテンションをぶっ壊してるんだ。俺も少し気落ちしかけてた時に彼女のテンションの高さに救われたよ」


「あーやっぱりバレてましたか?」


「らしくないじゃんよ。普段のお前と別人かと思ったわ」


「ひどいです、殿下」


「ふーん。だから前より距離感近いのか、お前ら。納得。うまいことやったじゃんマール。式には呼べよ?」


「式ですか、一体なんの式なんですかねぇ、シルファス殿下。そこのお話詳しく聞かせてもらっても?」


 一度丸みを帯びたティルネの頭部から、再び角がニョキニョキ生える感覚が周囲を覆う。

 預かってる大事な姪っ子の体に傷がついたとあらば叔父として看過できない。

 相手がどんな高位貴族であろうと死地に赴く覚悟ができている。

 それくらいマールとはティルネにとっての生きる全てだった。


 本人が幸せならそれで良いとしてるが、本音は誰かに取られるのが寂しくて仕方ないと言う独身男性のサガでもあった。

 もっと「おじ様、おじ様」と構って欲しかったのである。


 その怒りを真男であるシルファスで晴らして収めるティルネを止める存在はここにはいない。

 ここにいる男どもは全員が独身。

 洋一はかろうじて彼女持ちであるが、相手に苦労ばかりかけている体現者であるため、ティルネの気持ちもわかるのだ。

 ほどほどにしてやってくださいよ、と声をかけるだけで、引き留めまではしない。

 

「それで、マール。探索の方は進んでいるのか?」


「はい、今地図を開きますね」


 場所を洋一のレストランに移し、その厨房の中で羊皮紙を開く。

 未だ地図の前葉は掴めぬが、水場とその源泉と思える場所、湖などはつかんでいるあたり抜け目がない。


 その上で人の住んでいる形式は見られず、マップは一直線に伸びて、途中で枝分かれするように分岐している。

 地図にしてはずいぶんと大雑把なつくりであるなとヨーダが指摘する。


「精巧なマップづくりができるお前にしては珍しいつくりじゃないか」


「ああ、これ。殿下の聖剣の力で一直線に道が開けるんです。物理的に」


 振りかぶって、地面に振り下ろすだけでこの地図のように雑に雑巾林が切り払われたという。MPの枯渇で異空間ジャンプこそできないが、一度鏡の中に刀身を沈め、再度引き抜けばMPが全開になる裏技を発見。

 以降道はこのように切り開くのが常套手段となっていた。

 もしこの攻撃で重要なイベントが見落とすことになれば大問題であるが、払うのは木々だけで川や山までは砕けないのだとマールは語る。


「あのゴーレムを切り払う技か。え、こんなに飛距離が出るのか?」


「魔法生物はとことん相性が良いみたいですよ、聖剣」


「つまりこの木々は魔法によって生成されてるってことか」


「ええ、そのようです。一日目の探索は先ほどの通りなんですけど、2日目はこれですね」


「道が消えてる?」


 先ほどのマップとの違いは、一日目に切り払った道がすべて消えていたことに起因する。これは人を呼び込むこともできなければ、目印も役に立たないだろう。


「さすがエンドコンテンツってわけね」


「そのエンドコンテンツっていうのはなんだ?」


 ゲーム知識どころかゲームそのものに興味がない洋一は当然聞かないフレーズだ。


「やり込み要素しかなくて、飽きさせない作り、倒せるかわからないモンスターの配置。要は何回もトライしてクリアするタイプの無理難題ってところだ」


「聖剣の力を使ってのズルは禁止させるってことか?」


「そのズルを見越した上でのやりがい要素ってことだよ」


「物理的にマップを埋め尽くす木々が相手の答えということでしょうか」


 質疑応答の間にマールが真意をついた発言をする。


「そうか、ここはラストダンジョンでもあると言ってたな」


「ダンジョンがあるってことは当然コアもいる。そのコアは人を寄せ付けないように命令を受けている?」


「その可能性は高そうですよ」


 エルファン、忘れられた大陸の歓迎は人類に対しての挑戦状のように思えた。

 今までのように無策で突っ込めばひどい目に遭うかもしれない。

 攻略の鍵は、このゲームを直に遊んだシルファスくらいだろう。

 そのシルファスはティルネからの『詳しい話』でずいぶんくたびれている。


「ウヘェ、ひどい目にあった」


「お疲れ様です、シルファスさん。早速で悪いですけど、この場所の攻略法について聞きたいのですが」


「ああ、それか。どうもここ、俺の知ってるエルファンと違う気がするんだよ」


「つまり、どういうことですかな?」


「ああ、よく聞いてくれ。ゲーム世界ではここにエルフが住んでいて、ダンジョンを守る種族として人間に接触してくるんだ。けど、その接触は今のところ見られてない」


「だからゲームと違うと?」


「あからさまにこちらに対して敵意を感じるのに?」


「もしそのエルフとやらがこちらに対して攻撃的な姿勢を崩さぬようであれば、こちらとしても対処するほかありませんね」


 ティルネが何やら物騒なことを言い始める。


「師匠、一体何をする気だ?」


「もし私の考えが正解なら今に分かりますよ。私の得意技は対人戦術。そして粘膜に訴える。もしこれが人間と近しい魔法生物だとしたら、私の魔法は効果抜群のはずです。楽しみですね!」


 ティルネは愉快そうに「今から少し篭ります」と言って研究所に引っ込んだ。

 その笑顔はとても悪いものであった。

 シルファスから話を聞けば、被害者はシルファス当人で、なんだったらマールの一人勝ちと聞いて怒りを沈めたティルネ。

 それよりも探索に苦心したことを話せば、ティルネは怒りの矛先をそのマップにいるエルフに向けたわけである。


 それを不安がりながらも、洋一といえば。


「あんなに楽しそうなティルネさんは久しぶりだ。ここは彼に任せよう。さ、料理の続きだ。何が食いたい?」


「じゃあ俺鍋」


「私は久しぶりに水餃子が食べたいです」


「なら水餃子鍋がいいかな。ヨッちゃん、水。ヨルダは野菜を」


「はいよ」


「任せて」


 洋一の手により、魔法みたいな速度であっという間に料理が出来上がる。

 

「相変わらずの手際に惚れ惚れするな。それに尾行をくすぐるこの香り! ごま油か? 辣油か? ずいぶんと親しんでこなかった味だ。俺の猫舌でも飲めるといいが」


「もー、殿下は私とお鍋のどっちが好きなんですか?」


「お前、存外面倒臭いタイプだよな。どっちもじゃダメか?」


「許します。少しでも他の料理に浮気したら逐一追求していきますからね」


「他の女じゃなくて料理なのか」


「殿下は女性に興味がおありで?」


「今はないな。料理がメイン」


「でしょー。だから一緒に食べますよ。それで私にその料理の魅力を教えてくださいな」


「そう言うことかよ。まぁ、自分の好きなものを発表するのはやぶさかでもないしな。いいぞ」


「やった」


 洋一は目の前でいちゃつき始める2人を見ながら、元の世界に置いてきてしまった恋人のことを思い出していた。






 マールに散々弄びまくられたシルファスは添い寝から解放されるなり、謎のもふもふアタックを仕掛けられていた。


「ねぇねぇ殿下、耳触ってもいいですか?」


「なんでだ?」


 意味がわからない。

 距離の詰め方があまりにも下手くそすぎて疑問を抱いてしまう。

 耳といっても獣人であるが故に、頭の上についてることなのは承知してるが、そんなに珍しいか? という感覚で尋ね返す。


「他人の耳触るの趣味なんですよ。あと殿下、頑なに触られるの嫌がるじゃないですかー。なんでかなって」


「恥ずかしいという他ないが? そこを触らせる許可を出すのは恋人くらいだぞ? 俺とマールは……まぁそれに近しいものなんだが」


「でしょー? 男女の接触ができない以上、こういうスキンシップで仲良くなっていくのが最適なんじゃないかと思って、で!」


 何がで! なのかわからないが強い推しに飲み込まれるのを甚だ迷惑だと言わんばかりの顔で返すシルファス。


「実は添い寝をしたらですね、エネルギーたまってたんですよね」


「うん?」


「だからエネルギーです。ヨーダ様との連絡通路であるダンジョンを起動するためのエネルギーがですね、サバイバル中は微動だにしなかったエネルギーがですよ、なんと殿下と添い寝したら一気に回復したんですよ! これは合流するために必要なこと! ですがまだまだ合流には至れないくらいなので、何度かこういうスキンシップをとっていければいいんじゃないかなって」


「それを先に言え」


「言って回復効果が消える可能性もあるじゃないですか」


「なるほど、無意識下で回復する可能性の検証をするべく、俺の純情な心を甚振ぶっていたわけか」


「半分は趣味です。添い寝中の殿下可愛かったので、ついつい揶揄いたくなってしまいました」


「君はあれだな、実はそう見えないだけでとんでもない悪女だったりするのか?」


 ゲーム内の聖女のイメージかえせ、と心の中で呟くシルファス。

 なんでこんなに太々しく育ってしまったんだろうと思いを巡らせていると、そこに笑顔でピースサインをしてくる不届き者の女の顔が思い浮かぶ。

 ヨーダである。

 あの破天荒女は純粋なマールをここまで歪めてしまったのだ。

 振り回された反動で、逆に暴走気味のテンションを有すようになった。

 ゲームの中では押しに弱いところがあったが、今や見る影もない。


 いや、これくらいでなければ国外逃亡などできずに押しつぶされてしまっているので、その選択肢を選べた事件で相当に芯が強くなっていなければ無理か。


 シルファスが唸ってる間、マールは無許可でシルファスのもふもふの耳を堪能していた。


「やめなさい」


「やめませーん。殿下のお耳、もふもふのふわふわで触り心地いいですから」


「そういうのは恋人同士で行うモノだと言っただろう? デリケートな部分なんだ。現に今すごく大変なことになっている」


「有体に言えば?」


「乙女のピンチで伝わるか?」


「あ、ごめんなさい」


 伝わってよかったよ、と内心でホッとするシルファス。

 しかしマールは新たな手段をとってきた。


「じゃあ、次は尻尾触りますね」


 天真爛漫な笑顔で、もっととんでもないことを言い出す。

 尻尾同士の接触は恋人間でのキスと同等。


 しかしマールは素手でにぎにぎしてくる。

 その圧力は尻尾すりすりでは止まらない。

 もっとディープな、新婚さんの接触に値した。

 たまらずシルファスは声を出す。


「ぐほぉ!」


「殿下?」


「や、やめなさい。乙女が決壊してしまう」


「そんなにですか? そんなにですか?」


 にぎにぎをやめず。むしろすりすりしてくるマールに、シルファスはその場でへたり込むことになった。完全に腰が抜けた形だ。


「わ、すごいですよ! あと数回の尻尾にぎにぎで合流できるほどのエネルギーが溜まります! 頑張りましょうね、殿下!」


 これがあと数回も続くだと!?

 シルファスはこの世の終わりみたいな顔でマールを見た。


「水場を探そう。ちょっと洗濯しないと気持ち悪い状態になってる」


「やってしまいましたね、殿下」


「一体誰のせいだと思っている!」


 水場を探し、這う這うの体で水浴びを開始する。

 気持ち悪さをここでリフレッシュさせた。


「殿下ー、お洗濯したお洋服ここに置いておきますねー。魔法で乾かしたのですぐにでも袖を通せますよー」


「ああ、助かる」


 こういう時、魔法使いは便利だなと思う。

 獣人は物理特化なので、魔法使いに辛酸を舐め尽くされてきた種族だ。

 犬猿の仲といえばザイオン国とミンドレイ国が思い浮かぶあたり、国同士で仲が悪い。


 そんな国の貴族と王族のシルファスが、まさか婚約だなんてな。

 そんなことを考えながらチャプチャプと水浴びを終わらせた。

 獣人の水浴びなどカラスの行水と変わりはない。

 汗を流し、温度の管理を図ればそこで事足りた。

 今回は決壊した乙女を宥めるのに少し時間を要したくらいである。


「殿下ってあれですよね、結構胸ありますよね?」


「ないよ、と言いたいところだが最近成長しつつあるな」


 冒険に出るまでは全くなかった。

 自分を男だと思い込んでいたから。

 けど、その先で本物の男と出会い感服した。

 自分はどう足掻いても女なのだという事実を知って歯がゆい気持ちを痛感したのを鮮明に覚えている。


 それからか、妙に体つきが女にシフトしたのは。

 これは男装が厳しくなるとそんなくだらないことで思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。


 雑談を交えながら着替え、マールと共に探索を開始する。

 森を文字通り物理的に開き、進行方向の確保をしながら突き進む二人。

 野営の旅に乙女を決壊させ、都度水浴びをする生活を数度繰り返した結果。

 ようやくマールのいうエネルギーが満タンになっていた。


 シルファスはようやくか、とヘロヘロになりながらマールの力で紡ぎ出される門を見つめていた。

 空間を歪め、出来上がった入り口は人の手が入ったような趣き。

 下へ下へ誘い込むダンジョンの構造とはまた異なる。


「これで温かい食事にありつけるか」


「殿下のお食事でも十分満足できましたけどね?」


「素材も限界だった。それでも苦言の一つをこぼさず、付き合ってくれてありがとうな」


「どういたしまして」


 何度も乙女を決壊させ合った仲である。

 いつしか言葉の端々が丸くなっているシルファスに、ようやく素直になったかという感慨で胸いっぱいになったマールであった。


「ただいま戻りました」


「ずいぶん時間がかかりましたね。お互いに行方不明で創作に時間がかかりましたか?」


「ああ、いや。エルファンについたのはいいんだけど、そこで聖剣のMPとマール(こいつ)のエネルギーが枯渇してな。二人してサバイバル生活してたんだよ。な?」


「はい、寝入る殿下は大変可愛らしかったですよ?」


「おま、変なこと言うな」


 ニコニコとするマールの口を懸命に塞ぐシルファス。

 対するティルネもニコニコしているが、背後に悪鬼羅刹を背負っていた。


「そうですか、少し見ないうちにずいぶんと仲がよろしくなっていますね。何かトラブルを一緒に片付けたりしてたんですか?」


 質問、と言うにはあまりにも強い圧迫面接。

 ここは面接会場であったか、と言う緊張がシルファスとマールの2人を襲う。


「そうそう、実は洋一さん形式で腹を満たせばそのエネルギーとやらが回復するって聞いたことがあったんで実践してみたんだけど、これがまたなんの反応も示さなくて」


「はい、おじ様。殿下の造られるお料理はヨーダ様と比べるべくもなく、最適な火加減、少ない材料からでも満足のいく食事を提供させてもらい感謝の限りでした。このマール、野営であんなにも味が乗って、下を楽しませてもらえる食事を口にできたのは殿下とご一緒した時だけです」


「む、食事で満足はさせていましたか。要らぬ疑いをかけてすみませんでした殿下」


 険が少し取れ、普段の物静かなティルネが顔を出す。


「師匠の教えはいつ何時でも守ってますよ。レディファーストの精神は忘れません。それ以前に料理人として、お客様を満足させられないようなことがあれば一大事ですから」


「実際殿下の女子力はなかなかですよ! ヨーダ様にも見習って欲しいくらいです」


「なんでそこでオレ?」


 自分の話題が上がったと思って話に参加したら、繰り広げられる話題の半分以上は悪口であった。

 たとえ身に覚えがありすぎてどれのことかわからなくても、嫌な気分になるには十分だ。


「あ、ヨーダ様。相も変わらず太々しいヨーダ様」


「それ褒めてんの? 貶してんの? 喧嘩なら買うぞ?」


「寂しい思いをする中、ムリしてテンションをぶっ壊してるんだ。俺も少し気落ちしかけてた時に彼女のテンションの高さに救われたよ」


「あーやっぱりバレてましたか?」


「らしくないじゃんよ。普段のお前と別人かと思ったわ」


「ひどいです、殿下」


「ふーん。だから前より距離感近いのか、お前ら。納得。うまいことやったじゃんマール。式には呼べよ?」


「式ですか、一体なんの式なんですかねぇ、シルファス殿下。そこのお話詳しく聞かせてもらっても?」


 一度丸みを帯びたティルネの頭部から、再び角がニョキニョキ生える感覚が周囲を覆う。

 預かってる大事な姪っ子の体に傷がついたとあらば叔父として看過できない。

 相手がどんな高位貴族であろうと死地に赴く覚悟ができている。

 それくらいマールとはティルネにとっての生きる全てだった。


 本人が幸せならそれで良いとしてるが、本音は誰かに取られるのが寂しくて仕方ないと言う独身男性のサガでもあった。

 もっと「おじ様、おじ様」と構って欲しかったのである。


 その怒りを真男であるシルファスで晴らして収めるティルネを止める存在はここにはいない。

 ここにいる男どもは全員が独身。

 洋一はかろうじて彼女持ちであるが、相手に苦労ばかりかけている体現者であるため、ティルネの気持ちもわかるのだ。

 ほどほどにしてやってくださいよ、と声をかけるだけで、引き留めまではしない。

 

「それで、マール。探索の方は進んでいるのか?」


「はい、今地図を開きますね」


 場所を洋一のレストランに移し、その厨房の中で羊皮紙を開く。

 未だ地図の前葉は掴めぬが、水場とその源泉と思える場所、湖などはつかんでいるあたり抜け目がない。


 その上で人の住んでいる形式は見られず、マップは一直線に伸びて、途中で枝分かれするように分岐している。

 地図にしてはずいぶんと大雑把なつくりであるなとヨーダが指摘する。


「精巧なマップづくりができるお前にしては珍しいつくりじゃないか」


「ああ、これ。殿下の聖剣の力で一直線に道が開けるんです。物理的に」


 振りかぶって、地面に振り下ろすだけでこの地図のように雑に雑巾林が切り払われたという。MPの枯渇で異空間ジャンプこそできないが、一度鏡の中に刀身を沈め、再度引き抜けばMPが全開になる裏技を発見。

 以降道はこのように切り開くのが常套手段となっていた。

 もしこの攻撃で重要なイベントが見落とすことになれば大問題であるが、払うのは木々だけで川や山までは砕けないのだとマールは語る。


「あのゴーレムを切り払う技か。え、こんなに飛距離が出るのか?」


「魔法生物はとことん相性が良いみたいですよ、聖剣」


「つまりこの木々は魔法によって生成されてるってことか」


「ええ、そのようです。一日目の探索は先ほどの通りなんですけど、2日目はこれですね」


「道が消えてる?」


 先ほどのマップとの違いは、一日目に切り払った道がすべて消えていたことに起因する。これは人を呼び込むこともできなければ、目印も役に立たないだろう。


「さすがエンドコンテンツってわけね」


「そのエンドコンテンツっていうのはなんだ?」


 ゲーム知識どころかゲームそのものに興味がない洋一は当然聞かないフレーズだ。


「やり込み要素しかなくて、飽きさせない作り、倒せるかわからないモンスターの配置。要は何回もトライしてクリアするタイプの無理難題ってところだ」


「聖剣の力を使ってのズルは禁止させるってことか?」


「そのズルを見越した上でのやりがい要素ってことだよ」


「物理的にマップを埋め尽くす木々が相手の答えということでしょうか」


 質疑応答の間にマールが真意をついた発言をする。


「そうか、ここはラストダンジョンでもあると言ってたな」


「ダンジョンがあるってことは当然コアもいる。そのコアは人を寄せ付けないように命令を受けている?」


「その可能性は高そうですよ」


 エルファン、忘れられた大陸の歓迎は人類に対しての挑戦状のように思えた。

 今までのように無策で突っ込めばひどい目に遭うかもしれない。

 攻略の鍵は、このゲームを直に遊んだシルファスくらいだろう。

 そのシルファスはティルネからの『詳しい話』でずいぶんくたびれている。


「ウヘェ、ひどい目にあった」


「お疲れ様です、シルファスさん。早速で悪いですけど、この場所の攻略法について聞きたいのですが」


「ああ、それか。どうもここ、俺の知ってるエルファンと違う気がするんだよ」


「つまり、どういうことですかな?」


「ああ、よく聞いてくれ。ゲーム世界ではここにエルフが住んでいて、ダンジョンを守る種族として人間に接触してくるんだ。けど、その接触は今のところ見られてない」


「だからゲームと違うと?」


「あからさまにこちらに対して敵意を感じるのに?」


「もしそのエルフとやらがこちらに対して攻撃的な姿勢を崩さぬようであれば、こちらとしても対処するほかありませんね」


 ティルネが何やら物騒なことを言い始める。


「師匠、一体何をする気だ?」


「もし私の考えが正解なら今に分かりますよ。私の得意技は対人戦術。そして粘膜に訴える。もしこれが人間と近しい魔法生物だとしたら、私の魔法は効果抜群のはずです。楽しみですね!」


 ティルネは愉快そうに「今から少し篭ります」と言って研究所に引っ込んだ。

 その笑顔はとても悪いものであった。

 シルファスから話を聞けば、被害者はシルファス当人で、なんだったらマールの一人勝ちと聞いて怒りを沈めたティルネ。

 それよりも探索に苦心したことを話せば、ティルネは怒りの矛先をそのマップにいるエルフに向けたわけである。


 それを不安がりながらも、洋一といえば。


「あんなに楽しそうなティルネさんは久しぶりだ。ここは彼に任せよう。さ、料理の続きだ。何が食いたい?」


「じゃあ俺鍋」


「私は久しぶりに水餃子が食べたいです」


「なら水餃子鍋がいいかな。ヨッちゃん、水。ヨルダは野菜を」


「はいよ」


「任せて」


 洋一の手により、魔法みたいな速度であっという間に料理が出来上がる。

 

「相変わらずの手際に惚れ惚れするな。それに尾行をくすぐるこの香り! ごま油か? 辣油か? ずいぶんと親しんでこなかった味だ。俺の猫舌でも飲めるといいが」


「もー、殿下は私とお鍋のどっちが好きなんですか?」


「お前、存外面倒臭いタイプだよな。どっちもじゃダメか?」


「許します。少しでも他の料理に浮気したら逐一追求していきますからね」


「他の女じゃなくて料理なのか」


「殿下は女性に興味がおありで?」


「今はないな。料理がメイン」


「でしょー。だから一緒に食べますよ。それで私にその料理の魅力を教えてくださいな」


「そう言うことかよ。まぁ、自分の好きなものを発表するのはやぶさかでもないしな。いいぞ」


「やった」


 洋一は目の前でいちゃつき始める2人を見ながら、元の世界に置いてきてしまった恋人のことを思い出していた。






『エルク様、客人と思しき種族が参られました』


『そうか、特徴は?』


『獣の耳を宿した獣人種と、黄金を溶かした髪を持つ碧眼のヒューマンでございます』


『姉上の言い伝え通りであるか。相わかった』


 念話を打ち切り、エルクと呼ばれた妖精女王は数百年ぶりに羽を伸ばした。

 今まで島の運営は眷属であるエルフに任せていたが、客人が来たならば丁重にもてなさねばなるまい。そう考えている。


 姉から託された言伝は、島に関係者以外入れるな。それともう一つは母の旅立ちを邪魔させるな、の二つ。

 母はもうずいぶんと前に旅立たれた。

 契約者を探す。そのようにエルクに残して。

 その契約者がここに現れた場合、即座に連絡をよこす伝言係も頼まれている。


 そんな役割を担うエルクは、管轄島の現状を見て『なんじゃこりゃあ』と驚いた。

 すぐさまに近くの連絡係のエルフに話を聞く。


「何が起きていますか」


「ああ、エルク様。それがどうやら正当な手段を用いて入ってきた『勇者』が相当に暴れん坊なようでして」


「暴れん坊?」


 それで世界樹ダンジョンがこうも荒れるものなのか?

 まるでよく切れるバリカンで素人が生垣を伐採したかのようなお粗末さである。

 真っ当な人材が来る予定のダンジョンがこうも荒れるのはあまりにも想定外だった。


「それは本当に勇者様だろうか?」


「ええ、ですが特徴は一致しております」


 特徴だけで本物と断じていいものだろうか?

 そもそも姉からの言伝もだいぶ曖昧だ。

 あれから数百年。これからダンジョンを運営していく上で役割を与えられたエルク。

 今まで誰もこの島に辿り着けてこれなかったのは、ひとえにその役割のおかげであった。

 生まれたてのダンジョン。

 その管轄を任された五番目のコア・エルク。


「お姉さまにご相談してみます。仕事中にすまなかったな」


「いえ、エルク様はこの島の中枢です。どんな相手であれ、こちらはもてなし方を変えるつもりはありませんよ」


 もてなし、歓迎。それはダンジョン特有の方法である。

 試練という名の歓迎。

 この試練を乗り越えられないようであれば、資格なしの判断をするまでだ。


 しかし今回は予想の斜め上のやり方で対応してきた。

 こんな話は聞いていない。

 400年の間、こんな人物は来ていないからだ。


「お姉様、お姉様! だめだ、念話が届かない」


 ここ400年、管轄外の念話が成功した試しはない。

 なぜ今なら通じると思ったのか?

 それくらい緊急事態であったからだ。


「ああ、もう! 世界樹リンク、オンライン! こうなったら徹底的にやってやりますよ!」


 エルクはヤケクソになった。

 迷いの森はものすごい速さで回復することで攻略を不可能としたのだ。


 が、次は全く違うアプローチで苦しめられることになる。


「衛生兵! 衛生兵!」


「だめだ、一体どうしてこんなことに!」


 エルフの里に警戒中のエルフが何人も負傷して運ばれてくる。

 あるものは目を、鼻を、口元を抑えて悶絶していた。

 何が一体どうなっているのかエルクの頭脳をもってしてもわからない。


「森の状態はどうなっています?」


 世界樹に問いかける。

 しかし帰ってくる反応は全て『異常なし(オールグリーン)』。

 エルクにとっては何が起きてるかわからないでいた。

 これだったらまだ雑な伐採で来られた方がマシである。

 それを力技で解決したエルクがそう思っても今更遅い。



 その頃洋一たちは。


「匂い作戦はうまく行ったようですな」


「そんじゃあ次は俺たちの番だな。いくぞ、マール」


「ええ」


 聖剣を掲げるシルファスに、鏡を掲げるマール。


 鏡に聖剣を差し込み、引き抜くことで萎びて色褪せていた聖剣がキラキラと輝いた。

 それを真上に構え、袈裟斬りに斜めの威払うことで前方に道ができていた。


「おお、すごいなこれは」


「師匠もやろうと思えばやれるじゃん」


 シルファスの聖剣の力を目の当たりにして洋一は驚きの声をあげる。

 しかしそれをみたヨルダは訝しんだ。

 魔の森で見た洋一の出鱈目な伐採力はこれに勝るとも思えない威力を有しているのだ。


「俺のは目が疲れるから嫌だ」


「目の疲れだけで連射できるのは頭おかしいよ」


「そんなこと言ったらシルファスさんだって鏡を鞘にすれば連射できるだろ?」


「あ、それなんですが」


「できないぞ。マールのエネルギーを魔力に変換してるだけだから連射はできない。ただし一度の行使で数キロメートルは稼げる」


 マールが小さく手をあげ、シルファスが補足を付け加える。


「やっぱりそうだったじゃん」


「俺は別にそんなので張り合うつもりはないけどな」


 得意がるヨルダに、洋一は危機に瀕してない限り力でマウントを取るつもりはないとした。

 それを受けて、ヨルダも師匠らしいや納得する。


「で、おっちゃん。オレはいつまでこの匂いを周囲に振り撒けばいいんだ?」


 ここで魔法うちわ担当のヨーダが、この無駄な作業の辞め時を発案者のティルねに訪ねていた。


「え? 向こうがこちらに対して敵対しなくなるまでですが」


 つまり終わりはない。そう言われてがっくりするヨーダ。


「まぁまぁヨッちゃん。片手でつまめるおつまみ用意するから」


「アルコールは出しませんよ。手元が狂って風向きがこっちに来てはかまいませんからね」


 自分の魔法の危険性をよく理解しているティルネの言葉には重みがあった。

 今回は対魔法生物用に調合した劇物の組み合わせ。

 正直言って調合中に鼻がやられた。涙腺が死んだ。舌が痺れて味覚を感じなくなった。それも少量を摂取しただけでそうなった。

 風で煽られた粉末を、大量に浴びせられたらそれではすまない。

 本当ならこのような大事な担い手にヨーダを選びたくなかったが、ヨルダは魔力量は大きいが、出力もまた大きい。

 

 責任者のティルネは風の魔法が苦手。マールは聖剣の鞘担当。シルファスも魔法が使えない。洋一も同様。

 つまりは消去法だった。


「んなことしねぇよぉ!」


 だから飲ませろとせがむヨーダに、マールは以前飲ませてもらった甘酒で手を打ってはどうかと発案する。


「まぁ、喉の潤いができりゃなんでもいいけどさ」


「キュウン(乗り心地はどう?)」


「ベア吉もサンキューな」


「乗り心地はどうかって聞いてるな」

 

「バッチリだぞ」


「キュウン(よかった)」


 洋一たちは今、ベア吉の引く一軒家の中から状況を見守っている。

 一軒家といっても結構広い庭に石垣付きの煙突が生えた一軒家である。

 これを引くという発想は普通生まれないのだが、腐ってもベア吉は伝説の魔獣!

 500万馬力の活かしどころがここであった。


 側から見れば家がちょっと浮いて移動してるようにしか見えない違和感。

 文字通りベア吉は背中に家を乗っけて運んでいた。

 前が見えないので、御者は心の声が聞こえる洋一が観測主のヨルダの声に従って指示出ししている。


 その御者席に座りにきたヨーダが、甘酒片手にベア吉の背中を摩って声かけをした形だ。

 庭先ではマールとシルファスが道を切り開き、煙突につながる暖炉ではティルネが怪しげな実験を繰り返す。

 おかげでその部屋だけは厳重な密封空間になっていた。

 入る際には防塵マスクに防塵スーツ着用は当たり前。

 故に中でどんな実験がされてるかわからない。


 ティルネ曰く、今までの実験の集大成と息巻いていたが、何も信用できないのだ。

 何せ張り付けた笑みが悪い顔に染まりきっていたからである。


「おっちゃんもよくやるよな」


「マールさんをそれだけ可愛がっているということだろう」


「実際にオレの近くにこういう人がいなかったからわからないけど、少し過剰じゃねーかなって」


「正直、困ってます」


「うわ、絶対本人の前で言うなよそれ」


 ヨーダの話にマールが乗ってくる。

 シルファスは素直にそれを口外するなと言いたげに苦笑した。


 しかしそれでも森の復活速度は変わらない。

 シルファスは休憩を挟んだ後、再度庭先に赴き観測主のヨルダから聖剣ブッパをする方角を決めて、振り切った。

 庭先に広がる森はそれだけで地平線の向こうまで丸裸になった。

 恐ろしい破壊力である。


 目的の村の手がかりはまだ掴めていない。

 エルファンの守り手の被害だけを増やしていった。






「どうしましょう、エルク様。被害は出る一方です。このままでは……」


 防衛已む無く突破される。連絡係のエルフは涙目であった。

 今も念話の向こう側から被害報告と同胞の悲鳴が聞こえてくるのだろう。

 どこか顔を青くさせ、身を震わせている。


「やむを得ません、これ以上の被害を出すのであれば、世界樹システムを切りましょう」


「ですがそれを解けばこの島への要らぬ来客も……」


 防衛を解くと言うのは、島全体の不可視のバリアの解除を解かざるを得ない。

 そうすれば当然、長年発見されてこなかった島を見つけられ海路を開拓されかねない。

 今ここで降伏すると言うことは、本来想定しない形での露出を意味した。

 当然これは本来のシナリオにはないものだ。

 勇者にはここに赴くまでも修行とし、ここへは勇者と聖女が揃わねば辿り着けない。

 そう言う設定だった。

 けど、今回の被害は想定外である。

 特にエルクは長い間の島のコントロールをエルフに一任していたと言うのもあり、怪我人が続出すれば世界樹システムだけで回すのは不可能だからと知っている。


 世界樹システムは万能ではないのだ。

 自ら設計し、制作、運用してその穴が見えたのだ。

 その補佐役にエルフを作ったまである。

 

 エルクにとって、世界樹システムとエルフはセットで一人前であった。


「今回は完全に私たちの敗北です。それにお前たちを失っては世界樹システムを満足に起動できません、ここは涙を飲むとしましょう。此度の勇者はもしかしたら、待ち望んだ探し他人の可能性もあります。そのようになさい」


「はっ」


 連絡係のエルフはすぐに持ち場を離れて避難するように通達した。

 世界樹システムはエルフの逃げ道を用意し、全員が撤退してから動力を落とす。

 あれほどこの島を覆っていた緑は潰え、今では草原と見違うほどに地平線ができていた。


「世界樹システム、ダウン!」


「ご苦労様でした、勇者様の出迎えは私が行います。皆はしばし休息なさい」


「ですが、里への案内は私どもの任務です」


「そのように体調を悪くした状態で接客などできないでしょう?」


「確かに、ですが……」


「それに、相手はその首謀者です。仲間をそのように合わせた相手に心からの接客などできないでしょう?」


「はい……そうですね」


 連絡係のエルフからどこか意趣返ししてやろうと言う気概が覗く。

 シナリオをそのような形で台無しにされるわけにはいかない。

 エルクはなんとしてでもエルフを引っ込めることで話を終わらせた。


「でしょう? ここから先は私が対応します。他のものは私の許可なく接触しないように」


「わかりました。ではしばらく休息いたします」


「そうなさい」


 エルクは自分の手を離れて自由意志を持ち始めたエルフに危機意識を向けていた。


(統率が取れにくくなっていますね。コアの支配権が弱くなってきている。どうしてでしょう?)


 エルクはわからない。

 コミュニケーションをとらず、ずっと部下任せの上司に信頼など生まれるわけないのだが、そもそも人間ではないエルクはそんな考えなど持たない生命体である。


(お姉様に聞こうにも、念話は届きませんし。ここからは私の独断で進めなければいけません)

 

(まぁいいでしょう。相手は姉様たちの手のひら。私は支持された通りの案内を務めればいいはずです)


 それだけであるはずだった。

 なのにエルクの胸の内に去来するのは何か忘れてないかと言う不安だけ。

 オリンとの連絡係であるエルクは。オリンへ念話を送ると言う機能をすっかり忘れている。

 島へ1人残して行った母よりも、その都度面倒を見てくれた姉に懐いてしまうのは仕方のないことではあるが……




「師匠、森の脅威は完全に消えたみたいだよ」


「こっちでも確認した。ティルネさんに実験をやめてもらうように連絡入れて」


「オッケー」


「いやはや、年甲斐もなくはしゃいでしまいましたよ」


 防護服を脱ぎながら、ティルネは茶目っ気たっぷりの笑顔でそんな言葉を吐く。

 これは途中から楽しくなって後に弾けなくなったやつだぞ。

 洋一は察しながらも自分にも覚えがあるので深くは追求しないでおく。


「お、もうバリア解いていい感じ?」


「バリアはまだ解かない感じで。どっちかといえば周囲に循環させてくれ。そのまま相手が襲いかかってくることも警戒してさ」


「えー。その時は普通に倒すからさー、ちょびっとくらい飲ませてくれたっていいじゃんよー」


「お楽しみタイムの前に、イベントをこなそう」


 洋一はいい加減アルコールを飲ませろよとグダるヨーダを嗜める。

 今回は聖剣イベントをこなすのが大前提である。

 飲み食いなんていつでもできるんだから、その時まで我慢しててくれと思っていた。


「今、最後の一撃終わりましたー」


 ヨーダを宥めたと同時にマールが元気よく玄関から入ってきた。

 そこにシルファスの姿はない。


「お疲れ様。シルファスさんは?」


「ちょっとトイレに篭るそうです」


「?」


 なんで?

 まぁ生理現象をどうこう突っ込む気はないけれど。

 洋一はどうしてシルファスだけトイレに篭る羽目になったのかの理由を明後日に投げ、マールを迎え入れた。


「何やったんだよマール。お前1人だけツヤツヤしてんぞ顔」


「内緒です」


「ヨッちゃんはなんか勘付いたっぽいな」


「ポンちゃんには刺激の強い話だから内緒」


「そこでハシゴを外すなよ」


「うぃーーひでー目にあった」


 トーレからはやたらげっそりとしたシルファス。

 腹でも下したかのような顔色だ。

 こう言う時は無駄に油っぽいものより水分多めのやつの方がいいんだよな。


「水でも飲むかい、シルファスさん」


「助かる。くぁーー! この一杯のために生きてる!」


「水一杯で大袈裟なやっちゃな。もしかして水じゃない?」


 何かを察するヨーダ。

 シルファスのコップを奪い取り、そのままちびちび飲み進める。

 そのお味は……


「水じゃん」


「だから水だって言ってるんだよなぁ」


「今の俺には水が一番ありがたいってだけだぞ。ヨーダはなんでそんなにアルコールばっかり摂取したがるんだ? アル中ってわけでもないんだろ?」


「ふっふっふ。それを聞いてしまうかね? 実はオレの魔力はアルコールに依存してるんだ!」


「何ぃ、そんなことが?」


「それはないと思うけどねー」


 全く魔法が使えない洋一やシルファスは信用しかけたが、望遠魔法で周囲を警戒していたヨルダが何かを見つけたのか天井裏から降りてくる。


「何か見つけたか?」


「うん、遺跡みたいなのと、それとダンジョンの入り口。本命はそこかなーってシルファスの姉ちゃんに確認しにきた」


「遺跡? なら確かに覚えはあるな。目視の範囲内か?」


 庭先で確認できるか


「あー、どうだろ。見晴らし良くなった影響もあって、結構遠くに感じたな」


「じゃあ、ここで一旦休憩して、食事にしよう」


「ねーえー、オレもうバリア解いていい?」


「だーめ」


「はーい、ヨーダさんには特製甘酒をご用意しましたよー」


 ぼやくヨーダにはどこから仕入れてきたのかマールが給仕姿で甘酒を持ってくる。


「いや、そんなにそれ好きじゃないんだけど。いや、飲むけどさぁ。ポンちゃん、オレぼんじり串食べたい。タレね」


「はいはい、みんなはどうする? ずいぶん長いことベア吉に歩かせてたからみんなまとめて注文よろしく」


「脱水中にガッツリしたもんは食えねぇなぁ。なんかスープ系。あ、水餃子とかいいな」


「水餃子すきー。小籠包とか一度食べてみたいですねー」


 ジーパで洋一達が施したメニューの噂を聞いたか、やたら食べたがるマール。

 シルファスは前世知識でどう言うものか知ってるので、それが猫舌の自分と相性最悪なことも知っている。


「俺は遠慮する。マールだけ食べたらいいよ。洋一さん、なるべく冷たい系統のスープあるかな?」


「冷製スープか。濃いめと薄め、具あり、具なし。どれがいい?」


「薄め、具なしで」


「はいよ」


 洋一は即座に何かを作り始める。

 それを横目にマールは今のやり取りでシルファスの望み通りのしなが出来上がるものなのかとまじまじと調理工程を覗き見ていた。

 先ほど乙女を崩壊させた手前、対処法をいくつか知っておきたいと言うマールの気遣いもあった。


「きゅうりとアサリの冷製パスタだ。麺はもっちりめだが、歯で噛み切れる程度の柔らかさに抑えてある。固形物は無しと言ったが、腹は空いてるだろう? 少しでも腹に入れておいた方がいい」


「まぁ、麺なら」


「洋一さん、私にも同じものを一つ、よろしいですか?」


「え、お前さっきあれほど小籠包推しだったじゃん。そっち食べろって。俺に気を使わなくたっていいから」


「いえ、なんかみてたら食べたくなってきましたので」


「俺のちょっと食うか?」


「ちょっとで済みそうにないので注文したんですよー」


 なんだそれ、と言う顔。

 女心はよくわからんとシルファスは冷製パスタを啜った。

 アサリの出汁が薄くスライスされたきゅうりとよく合う。

 胡麻の風味を活かしたソースがアサリにもきゅうりともよくマッチしていた。

 太めでもちもちの麺はそれがよく合い、食べる手が止まらないでいる。


「洋一さん、おかわりもらえるかい」


 すっかり完食し切ったシルファスは、さっきの少し分ける話はどうなったのかと横合いからマールに詰められている。

 それだけうまかったのだろうことはマールにも明らか。


 先に運ばれたマールの皿をうらめしそうにしながら、続いて運ばれた自分のさらにがっついた。


「あーこれ、疲れた肝臓に効きますね」


「ミンドレイ人はよくあんな脂っこいもんばっかり連日食べられるよなぁ。不思議で仕方がない」


「えー、私からしてみたら生食の方が信じられませんよー」


 同じ食事をしながら、お国柄の悪口が口をついて出る。


「でもまぁ」


「はい」


「全く違う食文化の生まれでも、この皿のうまさだけは共感できる」


「はい。これを思いつきでパッパと作れてしまう洋一さんは神ですね!」


「そんな大したもんじゃないけどな。野菜はヨルダが愛情込めて作ってくれたからだし、ソースはティルネさんがヨルダと協力して生み出したものだよ。俺はそれを少し手を加えてアレンジしただけに過ぎないんだ」


「いやいやいや。この皿を生み出す手間を考えたら俺はそれ相当の技術と経験がいると思うんだよ!」


 やおら力説するシルファスに、アル中ヨーダが絡んでくる。

 否、アルコールは飲んでない。シラフで酔っ払える才能を持つことができるだけである。


「なんの話?」


「お疲れ気味のシルファスさんに冷製パスタを出したらさ」


「あー、あれレストランでポンちゃんの十八番のやつじゃん。なんだっけ、先輩から教わったって言ってた。隠し味に梅干しと青じそ使うやつ」


「それそれ。よく覚えてるなぁ」


 前世での記憶をあーだこーだ言いながら話を盛り上げる。


「あの風味は梅干しか!」


 ずいぶんと久しく食べてない味の正体を掴んだとシルファス。


「梅干し、ってなんですか?」


「マールには馴染みがないものか。和の食材でな。そういえばこれどこから仕入れたんだ? ザイオンやミンドレイにはなかったろ?」


「ジーパで作ってたんだよ。ほら、そこは米が主食だから」


「あぁ、全然行ったことないからわからなかった」


 シルファスにとっての盲点。

 前回ジャンプした時の記憶がなくなったわけではないが、市場をのんびり眺める機会などあろうはずもない。

 

「梅かぁ」


「一品思い浮かんだって顔だ。厨房入るなら開けるよ」


「いや、まだ何かこれって確定したわけじゃないんだけどさ」


「病み上がりで平気なんです?」


「料理人って連中はどいつもこいつも自分の体調は後回しなのさ。ポンちゃん、さっきの冷製パスタ、オレにもちょーだい」


「はいよ」


「私もおかわりお願いします」


 それは構わないが、今ここで生み出される新作は食べないでいいのかと洋一は苦笑する。

 先ほどまでしにそうな顔をしていたシルファスは、厨房に入ってエプロンを巻いたら別人のような顔になった。


 メニューは変わらず粉物でいくらしい。

 消化促進の紅生姜の代わりに梅を置き換えるなんてjことは誰もが思いつくことだろう。

 しかし突発的にやったところで形にならない。

 今ここでシルファスは勇者としてより、お好み焼き屋の対象として真剣身を帯びた表情を見せていた。


 そこで何かを思いついたのか、シルファスは梅を粗刻みにして生地に混ぜ込む。

 それでは味が濃くなり過ぎてしまうぞ!

 洋一はその手元を注意深く見守る。


 いや、そうきたか。

 洋一はすぐ横でソース焼きそばを作り始めるシルファスを見て、この生地はあくまでそれを包み込むための器に過ぎないと見抜いた。

 モッチモチの皮で、焼きそばを包むのはオム焼きそばに他ならない。


「今の俺が考える形がここだ。洋一さんに比べたら天と地ほどの差があるけどさ」


「この世界に生まれてすぐの、それも人種と味覚の異なるあなたが、一つの成果を出したことが何よりも喜ばしいですよ」


「そう言われるとちょっと照れるな。俺の味覚基準になっちまってるけど」


 食ってくれよ。そう言われて洋一は四等分してシルファス、ヨーダ、マールと仲良く食べる。

 最初のインパクトは梅の香りだった。

 生地に全体的にまぶされた刻み梅が食欲をそそる。


「ああ、ここに紫蘇が来た。ごま、それに青のり。この手の粉物に胡麻は珍しいな」


 普段なら鰹節だろう。しかし胡麻を入れたのは、梅の強すぎる香りを中和するため。もしクワプチプチとした食感で全体のバランスを保つためか。

 刻んだ紫蘇の香ばしさも相まって飽きなく食べ進められる。

 そこでもちもち麺のソース焼きそばだ。

 味が濃すぎるが故に、シンプルな味わいの生地が尊ばれるのだが。


「梅の風味が焼きそばの濃さを打ち消してくれますね」


 マールが味わいながら感嘆を漏らす。


「やばいなこれ。ビールが欲しくなる」


「出しませんよ?」


「ちぇー」


 いつの間にか厨房に立っていたティルネが先手を打つようにヨーダに被せた。

 シルファスは新メニューを確立させつつ、新たなお好み焼きの考案に胸を躍らせた。

 翌日からはもっと小ぶりに、片手で食べられるサイズダウンを狙う。

 そのあと朝食に出したらおかわりをせがまれるほどの人気を博したからだった。

 特に外回りの多い夜だから喜ばれた。

 濃い味付けはミンドレイ国民には大好評だった。


「キュウン(美味しいね)」


 ベア吉もこれには太鼓判を押す。

 当初の予定では数時間の休息タイムのはずだったが、気づけば3日が過ぎていた。

 完全に目的をお好み焼きに乗っ取られてしまったシルファスは、やり切った気持ちで朝を迎えた。


 そこで、怒り心頭の妖精が顔の前に飛んでいるのを黙認する。


『一体、いつまでそこで宴会してるんですかーーーーーーーーーーーーーー!』


 耳をつんざく怒号がシルファスの鼓膜を破った。



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