42話 ポンちゃん、ダンジョンを構える
<久しぶりで訳わかんなくなってる人向けの人物表>
本宝治洋一(38)男
:主人公。料理の技術が世界水準で逸脱しているおじさん。
森の中でヨーダとティルネ、ベア吉を拾い、世話していくうちに貴族のしがらみに巻き込まれる。自由を求めて異世界を放浪中。
ついに元の世界に帰るための手がかりを見つけ、エルファンへと向かう途中。
ヨルダ・ヒュージモーデン(18)女
:元公爵令嬢で農家、魔道具技術も齧ってる洋一の一番弟子。
魔法使いとして落ちこぼれだが、今や一流魔法使いの仲間入りを果たす。今更家に戻るつもりはないので、洋一と共に旅をしている。
ティルネ・ハーゲン(32)男
:元男爵家四男坊で錬金術師。甘味の外にアルコール醸造も手がける。洋一の二番弟子。音を使った魔法構築技術で、効果範囲にデバフを撒く名人。老獪な思考で周囲を翻弄する対人戦の名手。
己の技術の研鑽のため、洋一とともに過ごす。
ベア吉(?)メス
:ゲーム世界の強すぎる通常ボス。
洋一と出会い、餌付けされて荷物持ちをやる可愛いマスコットとなった。
なお、近隣諸国では伝説級の魔獣として恐れられている。
シルファス・ザイオン(20)女
:ザイオン国第三王子。王位継承権をかけて前世知識で無双中、前世知識が一切通用しない洋一に出会い、前世でやりきれなかったお好み焼き屋の夢を叶えるべく洋一に弟子入りした三番弟子。
生食文化の栄えるザイオン国で、獣人にも食べやすいお好み焼き屋を目指す。
今回は前世知識で自分の役割と洋一の役割が合致したため、ラストダンジョン解放イベントに立ち会うべくエルファンへと同行する。
男装の令嬢。
ヨーダ(前世:藤本要)(18)女
:家出中のヨルダの代わりにあてがわれた見た目だけが似ている食い逃げ犯。
前世で洋一の相棒だった記憶を思い出し、それから合流するために王立学園で暴れに暴れて国から絶賛囲われ中。
こりゃまずい、とマールと結託し国外逃亡を果たした。
洋一と再会するなりいつも通りに振る舞うが、あまりにも変貌した姿に若干戸惑いを隠せないでいる。
そのせいもあって、普段から男装を心がけている。
マール・ハーゲン(18)女
:ティルネの姪っ子。ハーゲン男爵家の跡取りであるが、錬金術の腕前で実家より爵位を上げる実績を残す才女。
乙女ゲームのヒロインという繋がりでシルファスに狙われるが、ストーリーをヨーダにぶち壊されて本来のストーリーを辿らなかったゆえに絶賛困惑中。
恩義ある叔父ティルネと行動するために、今回はヨーダの話に乗って一緒に国外逃亡を果たした。
玉藻(???)性別不詳。九尾を持つ狐の姿をしている。
:ジーパ国の真の支配者にしてダンジョンコア。
生みの親から託された伝言を伝えるため、洋一を1000年、モの間待ち続けていた。洋一の料理にすっかり魅了され、用もないのに顔を出すくらいには常連になっている。
ベア吉と契約しており、週に一度新作を送り届けることで無限に入るアイテムストレージを利用できるようにした。
※女キャラは多いですが、特にハーレムというわけでもないです。
「ヨシ、なんとか押し付けることに成功したな!」
ワハハ、見たか弟の間抜けづら! と、シルファスがドッキリ大成功とばかりにはしゃいでいる。
「兄ちゃん、めっちゃ驚いてたな」
ヨルダも、そのことを思い出してニヤニヤする。
なんだかんだとこういうサプライズは好きだったりするのだ。
周囲に仕掛ける相手がいないってだけで。
そういう意味では、ヨーダとマールが来てくれて良かったのかもしれないね、と洋一は思う。
「ゼスターさんには悪いことをしちゃったかな?」
唯一洋一だけが今後のことを心配していた。
今回の仕掛けは、シルファスによるものである。
曰く、弟は優柔不断が過ぎて手を伸ばせばすぐに届くだろう距離まで来てもの菓子続き的たのだそうだ。
特に上の兄二人がやらかす。
今回は選ばせるまでもなく、押し付けて全部手中に収めた。
邪魔してくる兄もいない。
今頃手中に収めたものを噛み締めていることだろう、と姉らしいことをしたつもりでいる。
「でも、やる気はあったんだろ? なら使いこなして見せなきゃよ。気持ちだけデカくたって王様にゃなれんぜ?」
ヨーダが理想論を述べる。
「ははは。彼にとっては他人から寄越された力に頼ることなく、自分で掴み取りたかったんでしょうな。男の子はそういうところがありますから」
それに対し、ティルネが男の子とはそういうもんです、と昔を懐かしんだ。
自分にもそういう時期があった。
今はすっかりやさぐれてしまった。
もし自分にもそんな待遇があれば、どう思っていただろうかと。
過ぎ去った過去の殆どは思い返すのも苛立たしいことばかりである。
なんなら楽しい思い出は、洋一と出会ってからの方が多かった。
そこからは苦労の連続であったが、不思議と苦ではなかった。
なんだったら、苦労して覚えた知識は今に生きている。
過去に学んだ時とは何処か心構えが違っていた。
その場しのぎではない、次に活かすための知識の研鑽。
最初は洋一を真似ていただけ。
けれどいつの間にか、自分の新しい生きがいとなっていた。
苦労して覚えた知識は、今も自分の中で生きている。
次は何を覚えようか。
それを考えるのも楽しくなってきたティルネであった。
「ああ、わかります。借り物の力って恐縮しちゃうんですよね。俺も先輩に教えてもらった技術をもて余したもんだ」
洋一も共感した。
自分で育てた技術や育んだ知識ではない。
他人から与えられた技術。
それは果たして自分の力なのか?
修行時代の思い出。
教えてもらった技術は、上手くできてもまだ自分のものではなかった。
それでも自分の中に落とし込んで、他人に食べてもらって自分のものとした。
それを飲み込むまでの期間が短すぎるとしっくりこないものなのだ。
「私だったら、ありがたく使わせてもらいますけどね」
マールはそんな感傷に浸らず、もらえるもんはなんでももらうといった。
努力をして得られるものも必要だが、貧乏男爵家生まれの彼女は自分の地位が向上するんならなんでも飲み込んできた。
そんなメンタルや生まれが考え方の違いを生ませるのだという。
「俺も」
マールの考えに理解を示したのは男の心を持ちたいと言いながらも、メンタルは女子のままのシルファスだった。
せっかくくれたものをどう扱うかは本人次第。
力は力でしかないんだから、それに萎縮するのは違うという考え方だった。
「それより、ここはどこだ?」
改めて周囲を見渡す。
シルファスにとっては見慣れぬ景色。
しかしヨルダやティルネ、洋一にとっては見覚えのある、懐かしい風景だった。
「ジーパか」
「久しいな、契約者殿。そちらの方は初顔か」
そこへ姿を現したのは華だった。
すっかり激情を潜めてお淑やかさを身につけている。
「鬼人、ていうことは紀伊様のご親戚?」
「あら、うちの紀伊を知っていますの? もしかしてご学友の方かしら? マール様?」
「あ、はい」
「オレはヨーダです。まぁ、この通り男装してるんですが一応女っす」
マールが挙手し、ヨーダは自白した。
両人とも男装しているが、マールの男装は男物の服を見に纏っただけの違和感がある。ヨーダくらいになると年季の入り方が違い、一見して女だとは見破られないから自白したのである。
「あぁ、ヨーダ様! お噂は伺ってますよ。なんでもフィジカルで鬼神と張り合うのだとか?」
「紀伊様は手を抜かれておりましたよ。本気を出したら殺してしまうだろうというて心をかけてくださったんでしょう」
「ふふふ、嫌だわ。あの子は仙術を用いた上で圧倒されたと言っておりました。その力、ぜひ私の前でも見せていただけます?」
「勘弁してください」
お互いに笑顔のままで腹の探り合いをしている。
「ま、まぁ積もる話もあることでしょうが。少しご相談があって参ったのです」
「ジーパの恩人である洋一殿のお頼みならいくらでも聞きましょう」
「恩人って?」
話をうまいことまとめた洋一に、ヨーダが聞き返す。
「何、大したことないさ。ちょっと過保護が過ぎた華様がジーパごと心中しようとしてたのをうっかり止めてしまっただけさ」
「あれをうっかりと言ってしまっていいのかもわからんがの」
華の肩から小狐がぴょんと降り、軽く一回転して玉藻が姿を現した。
「お久しぶりです、玉藻様」
「うぬ、分体から貴殿の活躍を見ておったぞ」
「まるで活動してなかったように思いますが?」
洋一はアンドールでもザイオンでも、全く動いていなかったことを示した。
たまーに声をかけたり、管理者同士で内緒話をしていたことは知っているが、
「流石にザイオンでの過去のやらかしがあるからの」
「やらかし?」
ザイオンと聞いて耳をパタパタさせるシルファス。
「300年前、国を滅ぼしかけた金毛九尾というのがこの玉藻様らしいんだ」
「は? 御伽話の逸話じゃないんかあれ!」
「そこの獣人にとっては御伽話か」
「一応俺、王族なんだけど。ほら、聖剣」
シルファスは玉藻に聖剣を突き出した。
「ほう、これが姉上が施したイベントというやつか。ほれ、封印を一つ解いてやったぞ?」
『玉藻様、そういうネタバレは』
『ぬ? だめじゃったか?』
『オリンだったら気を利かせて何も言わないもんです』
『母上どのには至らぬか』
「え、封印? マジじゃん。封印解けてら。もしかして玉藻様って?」
『ここはダンジョンに封印されてた妖精だと言って誤魔化してください』
『そういう設定か、任せれよ』
玉藻は陽一と内緒話をしながら、飛び上がってくるりと一回転。
するとその場に小さな妖精の姿で姿を現す。
ダンジョンモンスターのフェアリーだ。
なぜか狐の耳を生やし、尻尾が羽の代わりになっている造形の甘さだ。
「よくぞ我をダンジョンから解き放ってくれたの、勇者よ。我も其方に力を貸そうぞ!」
ピカっと光り、聖剣の中に吸い込まれていった。
そう見えるだけで、玉藻様はそこにいる。
ちょっと目に見えないだけだ。
「こんなイベント知らない。え? これで解放? あっけなさ過ぎんだろ」
「まぁ、使用回数が増えたんならよかったじゃないですか」
「納得はいかないが……そうか、弟が受け取りたがらなかった力の譲渡はこういう類か……これは確かに、考えさせられるな」
玉藻に会うまでは、なんでも受け取ると言って見せたシルファスも、こういう強引なやり方は納得がいかなかったみたいだ。
なんだかんだ似たもの同士なようだ。
◆
ここに来るのにエネルギーを消費した。
失ったら貯めればいい。
それができてしまう洋一達は、ジーパで再度歓迎会を開いた。
とはいえ、ボートに乗り付けずにそのままジャンプしてきたものだから、鬼人たちの前に顔を出すのは忍びない。
方法を尋ねられてもうまくはぐらかす術を持たぬと判断した洋一達は、華と玉藻を対象に宴会を開くことにした。
娘である紀伊の学園生活を聞いてご満悦の華様。
ここはヨッちゃんとマールに任せて自分達は料理を作ろうとそれぞれが動き出す。
暇を持て余した玉藻が、支度中の洋一たちの様子を見て回った。
「そういえば玉藻様」
「なんじゃ」
「ほとんど様子見で全然顔を出してくれなかったじゃないですか」
「ああ、そのことか。ちぃとジーパで面倒なことが起きてての」
「面倒なこと?」
それが忙しくてほとんどこっちに連絡が行かなかったらしい。
料理の手は止めず、しかし続きが気になる洋一は促す。
「今回ミンドレイとの国交樹立でミンドレイに留学生が渡ることになったであろ?」
「俺はそこら辺よく知らないんですが」
世情に疎い洋一である。
そこへ情報を付け足したのが藤本要、ヨーダだ。
「実は紀伊様がポンちゃんと直接料理をやりとりしたのが起因して、ロイド様がなんとしても手に入れたいと婚約を結びつけたのが始まりでな」
「ああ、あったね」
「そこでロイド様が本気を見せた結果、ミンドレイ貴族の侯爵相当に鬼人を置くことになってさ」
「爵位とか全くわからん」
「まぁ、ポンちゃんはそうだな。わかりやすくいうなら、お店的にいえば、今までオーナーの元で腕を振るってきたスタッフのチーフがもう一人増えた感じだ。その店のことは何も知らないし、しかも文化も食事事情も大きく異なるチーフだ。まぁ厨房は混乱するわな」
「すごくわかりやすい」
やっぱり教える才能がずば抜けている。
洋一という存在がどのような人物かを熟知した上でわかりやすい見方を説明できるのが藤本要という人物だった。
「ま、付き合いが長いからな。んで、問題はそれだけじゃなくてな。その店にどんどんそっちの文化圏の料理スタッフが入ってきた。店のパニックは想定を超えたってわけだ」
「そんな状態じゃオープンもままならないだろ」
「ああ。しかし困ってるのはお店だけじゃなく、移転してきたスタッフたちもってことでな」
「そのお店以外も?」
「突然移籍が決まったんだ。中にはそっちの店一本でやって行くって決めてた連中がだよ? 突然上司からの通告で店を併合することになったから、翌日からそっち行けってなったらポンちゃんならどう思う?」
「難しいな。店には思い入れがあるし、できればそこで世話になりたいとは思う」
「まぁ、そういうこと。鬼人がジーパ以外で暮らすって考えがなかったんだよ。心の故郷はいつだってジーパで、外に出たいと願っても、それは心の故郷があってこその冒険だった」
「出て行きたくないって人が増えたのですか?」
「そうじゃな。妾と華はそれにかかりきりよ。せめて怪生も共にあったら話は違うんだがの」
「全く違う文化が同居するのは難しいですからね」
「料理みたいにもっと軽率に迎合しちゃえばいいのにさ」
シルファスは面倒なやっちゃな、とぼやいた。
全くもってその通りである。
洋一も話を聞いた限りではジーパ人に同情したが、食事で文化破壊をしてきた洋一だからこそ思うこともあった。
「簡単にいうなよ、新入り。根はもっと深い問題じゃ」
シルファスの軽口に、玉藻が憤る。
「たとえばザイオンは生肉食の文化がある。あんたらジーパ人もそうだろ? それをぶっ壊して回ったのが洋一さんだ。あんたたちもそうだったんじゃないか? 最初こそはジーパの食文化を汚された! と思ったかもしれない。しかし受け入れたら受け入れたで、一歩前進できたんじゃないか?」
「うっ」
玉藻とて覚えはあった。
それは中華料理という柔らかい、つるんとした皮に魚介を挟んだ料理であった。
小籠包と呼ばれるものである。
生食文化。特に魚介類を好んで食すジーパ人とも非常に相性が良いというのも幸いした。文化圏の違う食事を受け入れた。
だったら文化も受け入れられるのではないか?
シルファスはそう言いたいみたいだ。
「たとえば今作ってるたこ焼き。これも魚介をふんだんに使う」
「だが、見てる限り胸焼けしそうなほどの油分量じゃ!」
「ああ、これは表面をカリカリにするための施しだからな。それにこの熱気、すぐに弾けてしまうよ。いうほど油分はないと言っておこう。そして仕上げたこいつにかけるのはソース、マヨネーズ、青のり、鰹節。最後に紅生姜だ」
シルファスは慣れた手つきで舟形に押し込み、玉藻に食ってみろと手渡した。
事前に爪楊枝をさして、自分で食べ方を教えている。
つまみ食いという形だ。
お互いに猫舌なので涙目になりながら口の中で転がした後、ゆっくりと味の感想を述べた。
「猫舌が恨めしい」
「だの……じゃが」
「こいつが食文化の迎合だ。ジーパの生魚食文化に、今度新しくザイオンの名物になる粉物文化。どうだい? こいつは受け入れられないかい?」
「これならば受け入れられる」
「食はな、意外とこだわりがあるからなかなか捨てられないんだ。けど、こうしてお互いにすり寄ることで認め合える。文化だってそうじゃないのか? ミンドレイはとんでもないくらいに今までの横暴さを捨て去って、受け入れ体制を整えてくれている。そこになんか気に食わないから合流したくないはただのわがままってもんだろ?」
真剣にたこ焼きを作りながら、シルファスは自分なりの回答を玉藻に示した。
国家の繋がり。統一国家といえどいいことばかりじゃない。
民族同士のぶつかり合いがそこにあった。
元々、人種差別をしてきた国との迎合だ。
疑う気持ちも大いにわかる。
けれどそれを受け入れてまで、勝ち取ったのは洋一の食事優先権だった。
国と国のすり合わせなんかより優先したのは安定した食事だった。
「はいよー小籠包お待ち」
シルファスの話なんて丸っと無視して、洋一が奥から渾身の一品を持ち出した。
蒸し籠のなかは熱気が溢れており、見ただけでうまそうな匂いが顔中にかかった。
「おー、これじゃこれじゃ」
いつぞや食べて、味覚を刺激されたよその文化の集大成。
それに手を伸ばし、先ほど呪った猫舌を再度呪いながら玉藻は味わうことを再開した。
口の中に溢れる旨味の洪水。
これを定期的に摂取できるんなら、多少のわがままでも許せる気になった。
「今回の小籠包派ですね、実はミンドレイ式でお肉がたっぷり使われております」
「む、これがミンドレイでの小籠包なのか?」
「悪くないでしょう?」
今までの魚介を一切使わず、それでもジーパの野菜、香辛料を肉と合わせて使えばジーパ式となる。不思議なものだ。
味わいこそ違うのに、どこか懐かしいと玉藻は思ってしまった。
「むしろ今まで毛嫌いしてきたのがバカらしくなる思いだな」
「そうなんですよ。結局は食わず嫌いの思い過ごしなんてことはよくあります。文化圏の違いは、そう言った思い込みでいつまでも味わうことができないまま時間が経過してしまう。俺はそれをもったいないなと思ってしまうんです」
「洋一殿はそう思うか」
「ええ。結局俺は作るのもそうですが食うのも好きなんですよ。いろんな地域に行って、その地域の食事を堪能する。ついでに思いついたオリジナルレシピを公開して、現地人に振る舞う。最初こそみんな食いつかないんです。俺たちがそうであったようにね。知らない文化圏の食事なんて、毒じゃないのかって疑っちゃう気持ちもわかります。けどね、一歩進んだからこそ見える景色もあるわけで」
「それこそが文化圏の迎合というわけか?」
「別に全てに身を委ねる必要はないと思います。心構えはジーパのままで。まずは食事から慣れてみたり、歩み寄ったりしませんか? 一緒に食べて飲んで馬鹿騒ぎして、ん仲良く慣れたら友達だ。俺たちはそうやって有効の輪を広げてきました。文化の違いがなんだっていうんですか。そんなもん、美味い飯の前では気にならなくなる。俺はね、自分の飯を食って喜んでくれる人が一人でもいたら勝ち! くらいの気概で料理人をやってますよ」
「国も、ワシらもそうあれと?」
「別に無理強いはしませんがね」
「いや、妾たちは少しどころかかなり頑固じゃからの。そういう思いを先行しがちじゃった。しかし、そうよの。そういう考えもあるか」
「ま、美味いもん食えればなんでもいんじゃね?」
藤本要は、そう締めくくる。
人の皿の上の小籠包を勝手に平らげ、あっけらかんと述べた。
「貴様、人のものを食うなと親に教わらなかったのか?」
「なんだ、チミっ子? 飯は早いもん勝ちだってルールを知らねーのか?」
「ほう、貴様。命がいらないと見える」
「やるか? 腹ごしらえのウォーミングアップにちょうどいい、こい! ミンドレイ式の格闘術を叩き込んでくれる!」
「妾の仙術でコテンパンにしてくれるわ!」
「あーあ」
うだうだ言ってる玉藻に、藤本要は喧嘩をふっかけた。
気に入ってる料理を横から掻っ攫われるのは最上級の喧嘩の売り方である。
そこから先は戦争だぞ?
お互いに話がまとまりかけた時のこれである。
「ま、ああいうのは言葉でどうこう言ってもわからんだろ。だからあれでいいと思うぞ?」
「そうかなぁ?」
「ジーパってのは生粋の戦闘民族だろ? ザイオンもそうだからな」
だから小難しい話は後回しですぐ喧嘩に走るんだよ、とシルファス。
なんだかなぁ、と思う一方で喧嘩を通じてしかお互いを認められない厄介な人たちなのだなぁ、と勝負の行方を見守りながら料理に向かう洋一だった。
◆
「な、なかなかやるようだの」
「そっちこそ。口だけの腕自慢ってだけじゃなさそうじゃん」
突然取っ組み合いの喧嘩を始めたバカが二人。
口元を拭いながらお互いを認め合うようなセリフを吐いている。
「ほらそこー、急に喧嘩始めて周囲に迷惑かけるなよ。それはそうと腹減ったろ。飯できてるから仲良く食べるんだぞー」
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
発端は単純だ。
煮え切らない玉藻に対して、ヨッちゃんが仕掛けた。
ただそれだけなんだが、お互いに『お前やるじゃん』みたいな空気を醸し出している。
たった一度の殴り合いで、こうも打ち解けられるもんなのか?
女の子同士なのに。
生まれてくる世界間違えてねーかなぁなんて思う洋一である。
「いつからバトルスタイルが拳になったんだよヨッちゃん。ほら、焼き鳥ならまだ食えるだろ?」
「お、わかってるねぇ。こいつだこいつ」
「焼き鳥とはなんじゃ? 鶏の肉を小さく切り分けたのはわかるが」
玉藻にとっては初めて見る料理だったのか。
ヨッちゃんがうまそうに頬張るそれを気付かぬうちに目で追っていた。
「お、食いたいか? ちびっこ」
「妾は玉藻! こう見えてお前なんかより何百年も長生きしておる。見た目で年齢を決めるでないわ」
言いながら、ヨッちゃんの手から櫛を奪い、そのまま頬張った。
今までは手や口が汚れないような食事しか出すてなかったのもあり、タレで口の周りをベッタベタにして食べる『焼き鳥』なる食べ物は食べづらさと味の強みですぐには口に合わなかった。
「味が濃すぎるのう」
「ポンちゃん、ご飯ある? このちびっこに美味い飯を食わしてやりたい。可能であれば生卵にネギ、塩、胡麻もあれば」
「お? あれをやる気だな。いいぞ、すぐ用意する」
「何をする気じゃ? どんなに手を尽くそうと、食べ慣れぬものは食べ慣れぬぞ? それよりも小籠包をの、もらえぬか?」
「まぁまぁ」
用意されたものを前に。
ヨッちゃんはニコニコ顔で準備を始める。
椀に盛り付けられたご飯の上に串から抜いた焼き鳥をまぶす。
そこにネギ、胡麻、塩をふりかけ、最後に生の卵を落として完成だ。
「こいつはなぁ、こうやって混ぜて食うんだ。ポンちゃん、玉藻にも作ってやってよ」
そう言いながら、自分だけ混ぜてから口にかっこんでいく。
結局見せびらかすだけ見せびらかせて、完成品は自分の腹の中だった。
「妾のために作ってくれたのではなかったのか?」
「実はな、最初はそのつもりだったが。普通にうまそうでお前に食わせるよりまず自分で味見したいと思った」
自分に正直な女である。
あんまりな開き直り具合に、さすがの玉藻も目を丸くした。
「このぉ! このぉ!」
「悪い、ポンちゃん! 大至急作ってくれ!」
大暴れする玉藻に、自分の分を死守するヨッちゃん。
こういうところは本当、昔のままだなと笑う洋一。
「お待ちどう! みんなの分も要したのでどうです? お箸の使い方は分かりますか?」
「紀伊から聞いています。あの子も随分と皆様に感化されたようで。あら、意外といけるわね」
華が玉藻の言葉を聞いて、味が濃いのは少し……と思いながら意を決してご飯と共に口の中へ。
数回の咀嚼の後、うっとりと表情を綻ばせて。
甘辛いタレに卵は昔から鉄板だよなと頷く洋一。
「本当、これ美味しい! ヨーダ様、ミンドレイにいる時にどうして教えてくださらなかったんです?」
「単純に忘れてただけなんだよなぁ」
「今の今までです?」
「こうやって実際に実物を見て、急に食べたくなったんだよ」
「焼き鳥は居酒屋の定番メニューだからな。ということで一杯どうだい?」
洋一の手にはジョッキ。そこにはキンキンに冷えたビールがなみなみと注がれていた。
「さすが相棒。オレのことわかってんじゃん」
「何年の付き合いだと思ってんだよ。おかわりもあるぞ」
「あー、こうやって飲んでるとようやく学園も終わったんだなーって清々するわ」
「学園はそんなに窮屈だったのか?」
屋台のカウンター越しに、一息ついての近況報告。
ヨッちゃん達が洋一と合流する理由こそ聞いたが、学園で暮らしている時の情報までは聞いてなかったもんな、と話を促した。
「どこから話すべきかな」
どこか昔を懐かしむように、語り出す。
長いようで短い。
あらゆるイベントを力技で解決してきた、黒歴史がそこにあった。
横で聞いてたマールがなんか可哀想な人を見るような目で悲しんでいる。
「ヨッちゃん、友達作らなかったのか?」
「ポンちゃんと合流する前提だったしな。そういうポンちゃんは?」
「俺はヨルダを弟子にしちゃったからな。でも同年代のティルネさんがいてくれたので、気は楽だったな」
「ずりぃ」
唇を尖らせるヨッちゃんに、洋一は困ったような笑みを見せる。
「そうはいうがよっちゃんも大活躍だったじゃないか。もしヨッちゃんが学園に行ってなかったら、もしヨルダの代わりにヒュージモーデン家に向かってなかったら。ヨルダもティルネさんも帰る家を失ったままだったんだぞ? だからよっちゃんのやったことは何も無駄じゃなかった。俺はそう思うけどな」
「そ、そうか? だったらオレも学園行った甲斐があったな」
「ですよー。紀伊様とだってお友達になれたのは、間にヨーダ様がいたからです」
「何気にファインプレーなんだよな、ねーちゃん」
「ええ。よかったですね、マール。すごい方とご縁が持てて」
「はい、おじ様」
「なになに、じゃあ彼女が聖女に覚醒しなかった原因の一端って」
いよいよ持ってシルファスが気がついた。
「ヨッちゃんだろうなぁ」「ヨーダ様です」
洋一とマールが頷きながら答える。
「そもそもにして、覚醒イベントがなんなのかも知らないんだよね、オレ。アソビィも教えてくれないし」
「あー、私も聞き逃してますね。聞いてきますか?」
「頼めるか?」
そう言って、その場に魔法陣を残して消えるマール。
突然の出来事に洋一達は騒然とした。
「ヨッちゃん、マールさんはどちらに?」
「ん? 実はな。俺たちはダンジョンと契約してるじゃん?」
「ああ」
「おい、契約ってなんだ? ダンジョンは人類の敵、魔王の先兵って話じゃないのか?」
「シルファス様、黙ってて」
「はい」
ヨッちゃんに一睨みされおしだまるシルファス。
そして少しして魔法陣からマールと、学園で別れたはずのアソビィ嬢がやってきた。
「お待たせいたしました」
「お、いらっしゃい。ビールでいいか?」
「両手がないのでストローで飲める物があれば」
「オッケー、おっちゃん。ジュースとかある?」
振り向きざまに、ドリンク系統ならティルねだろうと話を振る。
「いいえ、ジュースならヨルダ殿ですね」
「おっと、出せるかい?」
「いいよ。どういう系? みかんとかりんご、イチゴとかもあるぞ」
「合わせたミックスジュースとかは?」
「できなくもない。ちょっと待ってろ」
ヨルダはベア吉に頼んで以前作ったジューサーの魔道具を引っ張り出した。
程なくして、オリジナルミックスジュースが完成。
アソビィの前まで運ばれた。
「こんな感じで大丈夫か?」
車椅子の少女アソビィ。
その車両にセットできるように金具を取り付けて、口元にストローが当たるように一まで調整してみせた。
「すごいわ、ここまで望んでないのに。よくこういうのが欲しいとわかったわね」
「もし自分がそういう状態だったらどういうのが欲しいかなって考えればすぐわかんだろ。オレもさ、師匠を見て成長してるんだよ。そこでただ作って出すだけじゃダメだって気づいたんだよね」
「すごいわ。向こうの世界も知らないのに」
雑談に花が咲いてあっという間に話が流れた。
話を元に戻して。
本来ならマールがたどるべきゲームのストーリーをアソビィの口から聞いた一同。
それは家を出た学者の叔父の訃報を聞いて、がむしゃらに学者の道を目指したマールが対立貴族のサル家令嬢からいじめられてるシーンで覚醒するということだった。
マールはそこで助けてくれたロイド王子などの攻略キャラに惹かれて学園生活を充実させていくとかなんとか。
「なるほど、じゃあ原因はオレである以前にポンちゃんじゃないか?」
「ティルネさんを拾ったからマールさんがたどるべきイベントが発生しなかった?」
「どっちがよかったなんて、今は比べるまでもないですが」
と、マール。
でも、そんな物語に左右されるよりも、今が断然最高です、とマールは感謝の言葉を洋一に述べた。
叔父であるティルネの生還。
その上で腐ることもなく、新たな道を歩み始めた。
ずっと伸び悩んでいた叔父のそんな姿を見れて、マールは感謝しきれないのだという。
「なるほどねー。じゃあ、俺か、原因は」
「ようやく認めたな、諸悪の根源め」
ウリウリ、と藤本要が肘打ちをしながらじゃれついてくる。
「うーん、つまりイベントはそれで不発になったというわけか。まぁゲームに似てるってだけでまんま一緒だなんて思っちゃいなかったが」
シルファスは踏ん切りがついたようなつかないような顔で納得した。
どちらにせよ、もう自分も勇者ではない。
王位を継承する手段をなくし、なんなら弟に全てを託した身であった。
「そんなことよりヨッちゃん」
「うん?」
「どうやってマールさんはこの一瞬で学園と行ったり来たりできたんだ?」
「あー、そこ聞いちゃうかー」
「そりゃ気になるからな。エネルギーの発生を感じなかった。何か裏技でもあるのか? だとしたら知りたいって思うもんだろ」
「そうだな。元々オレたちはそれで直接ジャンプできなかったのもあるんだよ」
「合流に足を使った理由がそれなのか」
「そうそう」
「で、その方法は?」
「ダンジョンだよ」
「ダンジョン?」
憎たらしい笑みで、藤本要は洋一にそう述べた。
◆
「ダンジョン?」
脳内をクエスチョンマークで埋める洋一に、ヨーダはそうだと頷いた。
頷くだけで全く説明の体をなさぬヨーダ。
これでは話が一方通行すぎると察したマールが慌てて補足を入れた。
「私たちは学園でダンジョンを獲得する術を持ちました。本当だったら転移に必要なエネルギーは揃っていたのですが、その特別なダンジョンを入手するのに根こそぎ使ってしまい」
「なるほど。だから徒歩での旅路でザイオンを巡っていたと?」
「はい」
どうやって探し当てたかは聞かない。
シルファス関連で作っていた魔道具が決め手だが、あれは移動しまくる洋一たちを探し当てるのには苦労の連続だっただろう。
特に土地勘のない場所での人探しには向かなすぎた。
今回は洋一たちが聖剣の力でジャンプしたからことなきを得たが、治安が悪いザイオンを女二人で旅をするというのは相当に過酷な旅路であっただろう。
「つまりどういうことだ?」
ヨルダが全く理解ができないとばかりに洋一に尋ねる。
ダンジョン関係者ならではの問題を、弟子になんと伝えようかと洋一は頭を捻った。
「つまり、恩師殿は預けていた金銭に準ずるものを無計画に使われて困っていると、そう言いたいのですよ」
「なるほ、ど?」
ティルネの説明にわかったようなわからないようなと納得の姿勢を見せるヨルダ。
こと農業と食い物のこと以外で働かせる頭は持ち合わせちゃいなかった。
そのシンプルさこそがヨルダの持ち味である。
話が明後日の方向にずれ始めるのを察して、腹ごしらえを終えたヨーダは、満を持して洋一にこう伝えた。
「と、いうことでだ。ポンちゃん、いっちょダンジョンを構えてみないか?」
論ずるヨーダに、洋一は「何言ってんだこいつ」という視線を投げかける。
自らがそのダンジョンを構える旨みを何も語っていないことをわかっていながらのその態度に呆れてものが言えない状態だ。
「なるほど、それを構えることで今後恩師殿に直接介入できる何かが結べるのですね。ですから強引にでも作ってもらいたいとヨーダ殿は考えている。違いますか、マールさん」
しかしティルネは大体察しがついているようにマールへ問いかけた。
「さすがおじ様ですわ。こちらの企みなど全てお見通しですのね」
「全てとは言いませんよ。ただ、随分と話を急かしていると感じました。しかしあれですね、私たちはご覧の通り、好きなことをやるためなら時間を惜しまない集まりです、急にそのような話を持ち込まれても困ってしまいます」
どうしましょうか? と尋ねるティルネに、洋一はヨーダはいつもこんな感じだから、と諦める姿勢で話だけでもと耳を傾けた。
洋一がそうすると言ったら弟子たちは何も反論できない。
ヨーダは得意げに持論を展開した。
ダンジョンとは他のダンジョンとを繋ぐ連絡通路である、と。
得意気に語る割にはなんら利点が見えてこないのはいつものことである。
だが、これに対して食いついたのは元王族であるシルファスだ。
「距離を問わぬ連絡通路だって? そんなことをされたら国を取り放題じゃないか!」
「やっぱ、そう考える奴はいるよな」
してやったり、という顔のヨーダ。
が、洋一は自分達との契約を差し置いてまで作ったダンジョンというものに疑問を拭いきれずにいる。
「果たしてそううまくいくかな?」
「いや、洋一さんほどの腕前でも、簡単に懐に入られたらまずいぞ」
「いえ、シルファス殿。恩師殿は全く違う思惑を掴んでいるみたいですよ」
「思惑だって?」
「ああ、単純にその出入り。なんの代価も払わずに何度も行えるのかなって」
「あ! MP的な供物が必要ってことか?」
シルファスはようやく合点がいったとばかりに手を叩く。
ゲーム脳な彼女ならではの視点だ。
政権と全く同じ構造を持つダンジョン。
聖剣ですら莫大なMPが必要だった。
それが移動毎に支払えるか? そう思えば得心できる。
「まぁな。それとダンジョンを作るにはコアとの契約が不可欠だ。ここにいる全員はダンジョンについてどこまで知っている?」
「俺とベア吉は契約者だ。あとはそこの玉藻かな。他の弟子は何も契約してないな」
「待ってくれ洋一さん、さっきからなんの話をしてるんだ?」
「うん、いつまでも隠しておけないから言ってしまうけど、多分シルファスさんの語ってるゲーム知識、まんまダンジョンから流用されたものなんじゃないかって思ってる。聖剣の覚醒イベントとか、妖精の契約イベント含めて全部」
話についてこれないシルファスは、自分の知識が全てダンジョン由来と聞いて絶句した。
乙女ゲーム世界のラスボスはダンジョンだった?
そう言われたら一般人はちんぷんかんぷんになっても仕方あるまい。
「説明するのはすごく難しいので、一旦オレのダンジョンに来てくれ」
「武器は?」
「いらねぇよ。ダンジョンといってもプライベートルームみたいなもんだしな。それに連絡通路といっても一方的に出入りできない。両方からの許可が必要だ」
「盗みがあったら事だからか?」
「内緒話とかもできるしさ、作っとけば便利だし」
「なるほど」
「それと、トイレに行きたいときとかも便利ですよ」
「ああ、距離を問わない利点はそういう時便利か」
完全に状況に飲まれかけるシルファス。
ヨーダによって案内された空間はダンジョンというよりは煉瓦造りの家屋のようだった。
マールからの説明通り、そこには浴室の他にトイレや洗面所なども備え付けてあった。
調理器具や食器の類が見当たらないあたり、相変わらず自炊とは縁遠い生活を送っているようである。
室内は散乱としており、ベッドの他に男装用の衣服があちこちに放り出されていた。
これが年頃の女の部屋か?
洋一は訝しんだ。
「私どもは自らその場所に空間を作ってしまいますからね、備え付けの利便性はわかりますが、どうも凝り性な私たちにはこの空間への改善点ばかりが見えてきてしまいますね」
「だね。オレは土台を。おっちゃんは水回りなんかを工面してくれるから、作る度に発見と改善点が見つかるんだよ。今のオレだったら、これを水洗にする魔道具とかつけるかも」
「ははは、ヨルダ殿は改善案に余念がありませんな。私ならば逆に水洗の音量を抑える構造に苦心します。夜は獣が多く、その音で誘き寄せてしまう可能性も高まりますからね」
「それなー。倒すのは苦でもないが、寝起きは勘弁だし。あいつら夜だと群れて行動するし、純粋に面倒。おっちゃんのアイディアにはいつも驚かされるよ」
「ははは。利便性は追求してこそですよ」
利便性を問うヨーダ・マール組に真っ向から対抗するのは路上生活スペシャリストのヨルダ・ティルネ組だった。
ないなら作ればいいじゃんの精神で今までやってきているからこその面構えである。
学園での暮らしが忘れられない二人に対し、随分と深く刺してくる物言いに洋一やシルファスは苦笑する他ない。
「あ、えーと。ヨーダ様の室内は、あまり参考にはなりませんが。一度ダンジョンを構えてしまえばですね、許可をとった方達と距離を問わずに顔を合わせることができますので」
マールが扉を開いた先にいたのは、
「お久しぶりでございます、洋一様」
「紀伊様?」
ジーパ国の姫、此山紀伊王妃殿下だった。
当時のどこかつっけんどんとした雰囲気は、度重なる王妃教育で随分と丸みを帯びていた。
「洋一様、あたしもおりますわ」
「悪いな、アソビィ。連れてくるまでに大冒険の連続だった」
だから予定を超過したと言い訳がましいヨーダに、いったいどれほどの苦労かは想像もできないアソビィ。
何せ上級ダンジョンモンスターを秒殺する女だ。
その女が苦労という言葉を知っていたことに目を丸くしているまである。
「あはは、大冒険では効かないことをいっぱいしてきたよね」
マールの補足説明に、アソビィは気が遠くなる思いである。
対してアソビィに対しての記憶は随分と薄れてしまった洋一。
しかしその欠損した肉体、車椅子での生活を強いられてる状況から大体察した。
確かアンドール国のダンジョン経営関係者で、ヨーダにとっちめられて丸くなったという女子生徒だったかなと料理以外では全く働かない頭を総動員させて答えを導き出す。
ヨーダの冒険譚は、だいぶ端折られて洋一に伝わっているが、マールの気落ちした発言から察するに相当苦労をさせられたようだった。
ティルネの無言の労りが、ようやくマールに安らぎを与える程で。見ていて申し訳なさでいっぱいになる洋一だった。
「さて、今回出向いていただいたのには理由がございます」
「出向く? 俺たちはヨッちゃんにダンジョンを構えてみないかって誘われただけで」
「そのことに関してのお願いですわ。どうかこのことをあまり外に漏らさないでほしいのです」
「ヨッちゃん……」
そんな重大な話を、部外者の前でペラペラ話した下手人を咎めるように、洋一はヨーダに呆れたような視線を送った。
「んだよ、一応話す場所は精査したじゃんよ」
「そういう問題じゃないです、ヨーダ様」
会議の席は散らかってるヨーダの室内では行わず、整理整頓が行き届いてるマールの部屋で行われる。
そこで洋一たちは腰を据えて、今後の活動内容を精査した。
部屋の端ではつまらなそうにベア吉と玉藻が戯れていた。
◆
「さて、注意勧告もこれくらいにして本題に入りましょう。わたくし達ミンドレイ王国は洋一様達を迎え入れる準備をしております」
紀伊は再三にわたる勧誘攻撃を繰り広げる。
「それは以前、新レシピを開発したのち送り届けるという件で解決したはずです」
「ですわね。良いお返事が聞けないことはわかっております。ですので、わたくしのダンジョンで、料理を振る舞ってくれないかと言うご案内に切り替えようとの企みです」
「なるほど、どうしてヨッちゃんがこんな回りくどい話を持ってきたかわかった気がします。最初からあなた方は彼女すら手放す気はないと?」
「名誉貴族をどうして手放せましょうか? とはいえ、それは一部貴族の思惑です。今のわたくしは婚姻前。大した権力を持ち合わせておりません。該当貴族を黙らせられないのならばと、そちらに預けておりますのよ」
「なかなか大してお話のわかる方だと思いますよ、紀伊様は」
「ティルネさんはそう思うか」
いい話だ、話がわかる人だ、と言う意見を上位貴族ならではの特権に思えてならない洋一は答えを出しあぐねる。
逆に言えば、それは絶対命令権をいつでも切り出せるという話である。
洋一としては約束を交わした以上は対等に取り扱って欲しいと言う気持ちがあったが、この国の権力者とその傘下はそうは思ってくれないようだ。
「別にオレ達の自由は奪わず、可能な時の調理で構わないってことでしょ? 受けてもいいんじゃないかと思うよ師匠」
弟子のうち二名が賛成してきた。
権力嫌いなティルネと、貴族の慣わしが大嫌いなヨルダ。
この二人が引き受けてもいいって思えるほどの判断材料がどこにあったかわからないが、これはあまりわがまま言ってる場合じゃないな、と洋一は重い腰を上げる。
「わかりました。その話、引き受けましょう。ただし、俺はダンジョンの利便性についてよくわかりません。こちらの準備ができ次第のご招待ということでよろしいでしょうか?」
「もちろん、それで構いませんわ。これでやっと温かいご飯を口にできます。王族は過度の毒味で量が少なく、暖かさも感じられない食事ばかりでしたの! ありがとうございますわ、洋一様」
「そういうことか。こちらから秘密裏に渡してるのにも関わらず、毒味役を立てるなんて無粋な真似をするんですね」
「わたくし達王族はヨーダ様みたいに強靭な胃袋を有しておりません。そして我々鬼人はミンドレイの脂っこい食事も不慣れで、対してミンドレイ国家もさっぱりした味覚を味気ないと断ずるばかりで婚姻前からかなりギスギスしております」
「こんなこと、ここにいる人たちの前で言っちゃっていいのか?」
「信に熱いもの達しかおりませんので。シルファス殿下はもう王位を棄却していると聞きました。国交に関しては崩れることはありません」
「ちゃっかりしてんのさ、紀伊様は」
「ヨーダ様、紀伊様の御前でございます!」
お付きのアソビィが表情を青くする。
「オレと紀伊様はズッ友だから」
「そうですわよ、アソビィ。ここは王宮ではないのですから、もっと普段通りで構いませんわ」
「紀伊様はすっかり王宮教育が行き届いてんのな」
「もう癖になっちゃったわよ」
あ、素が出た。
アソビィを除く全員がそのことに気が付きながら、スルーする。
当人だけが顔を青くする。
「早速ご馳走を、と言いたいところですが。まずはダンジョン組み立ての手解きと参りましょうか。アソビィさん、準備を」
「わかりました」
準備はすでに整っていた。
ようやくダンジョン技術の一端が見える、と洋一はその技術を吸収した。
自身の中で蓄えたエネルギーを抽出して再構築する。
魔法使いだからこその発想。
魔法を使えない洋一は、エネルギーを貯めるばかりでそれを使うという考えを持たないでいた。
いつもエネルギーの使い方はオリンが決めていた。
そのオリンとも、もう久しく顔を合わせていない。
「こうか?」
「なんて膨大なエネルギー! これはヨーダ様以上ですよ!」
「流石、ヨーダ様も認める御仁」
「ヨッちゃんのエネルギーってそんなすごかったんだ?」
そう言えば室内だけならやたら広かったように思う。
掃除をサボってごちゃごちゃしてるイメージばかりが先行していたが、清潔で落ち着きのある室内のマールダンジョンは明らかに、ヨーダの部屋に比べて狭かった。
これが内包エネルギーの差なのだろう。
第一印象って大切なんだなと思う洋一。
では自分ならどうするか。
イメージはすでに固まっていた。
それはレストランだ。
和洋中。そこにミンドレイ、ジーパ、アンドール、ザイオンも含めた料理を一手に担う構築をする。
思い描いた景色がすぐに形作られた。
王宮の食卓よりさらに豪奢に、ゆとりのある空間。
それでいて居酒屋のような客室を別に内包する。
カウンターも設置して、ヨルダやティルネの居場所も作った。
ここでは甘味やアルコール類の注文を受けられるスペースになっている。
ヨルダには思いのままに野菜や魔道具を作ってもらおう。
そうなると専用の畑も必要だ。
考えが広がれば広がるほどにサイズは大きくなっていった。
その過程で、ベア吉が全力を出しても壊れない遊び場も作る。
本来なら自分だけのスペースを作るだけで精一杯だが、洋一の場合は溜め込んだエネルギーがミンドレイ国民の一生をかけても溜めきれないほどのものだったが故に、膨大すぎて使いきれなかった。
じゃあ、みんなの場所も作ろうとなる。
当然カウンターは屋台形式。
ここでシルファスにお好み焼きを焼いてもらおうかと思案する。
洋一と弟子全員がのびのび暮らせる空間。
それが次第に形になった。
「やるなぁ、ポンちゃん。全ての料理を網羅するってか?」
「そこまでじゃないけどさ。来る人によっては懐かしみを覚えてもらいたいと思った。紀伊様がどのような客層を思い浮かべてるかまでは想像の範疇を超えない場合もある。それに、これから一緒にジーパとミンドレイがやっていくときいた。ならばそれぞれの料理のいいとこ取りをした料理が出てきたっておかしくはないだろ?」
「まぁな」
「当然そこには俺たちの故郷の料理も加わってくる」
「ヨーダ様の魂の故郷ですか。一度行ってみたくはあります」
「マールさん、抜け駆けはいけませんよ。それは我々弟子一同も思っていることなのです」
「ふふふ、そうでしたわね。ですがそれ以上にヨーダ様の語るお料理がどれも美味しそうだったもので」
誰とも言わずに笑い出す。
洋一は思ってもみなかったことだ。
現実に帰るというのが困難を極めるほど、余計にこの土地を離れられなくなることに。
今となってはもうここで暮らしても構わないんじゃないかと思ってる。
それとは別に帰って謝りたい人もいた。
ダンジョン。
これさえあればいつでも帰って来れるなら、作っておいても損ではないかと思えた。
「それでは早速」
「お作りする前に、少し時間をくれませんか?」
紀伊の言葉を、洋一は遮る。
今まで通りに作ったら即送っていた生活も、立派な店を作った後ではお粗末に思えてしまったからだ。
店を持つと心構えも変わってくる。
今その場で思いついた料理は、この店にふさわしいか?
そう思えてならないのだ。
これは作り手の性分である。
「あら、まだご用意が足りてませんでしたか?」
「そちらはなんでも構わないとおっしゃるでしょうが、こうして店を構えた以上、下手なものは出せませんから」
「んじゃ、その仲介はオレがするよ。紀伊様には後日ダンジョン経由でお伝えしにいくから」
「なるべく早くお願いしますよ?」
間にヨーダが入ってくれて、ホッとする洋一。
紀伊は引き下がり、アソビィの車椅子を押してマールのダンジョンから退室した。
扉の一枚向こうはミンドレイの王宮に繋がっているというのだから不思議だ。
「まずはこの広いレストランの改造からだな。一回使ってみないと、こういうのはわからんものだ」
「間取りばっか広くて迷路みたいなもんだしな」
「俺も広くしすぎたと思ってるよ」
率直なツッコミが入り、洋一は苦笑する。
「いっそ円形に作り直してみては如何です?」
「その心は?」
マールが率直に感想を述べ、親友特権でヨーダが質問を重ねる。
「丸くしておけば、その空間のみの様相を変えるだけでよく、配膳もまた容易ではないかと思ったんです。料理する空間は同じで、客席に向けた出口を作ってやればいいと思いました」
「流石、レストラン勤務。客席を横に広げるよりも、厨房からの入り口一つで距離を縮める算段か」
「でもその場合、お客さん側が混乱しねぇ?」
そこへヨルダがすかさずツッコミを入れる。
中華料理屋に入ったと思ったら、すぐ隣が日本料理の店で出てきたのが日本料理だった。そういう場合の懸念である。
敷居がないと人は落ち着かない空間に長居できない。
店としては愚の骨頂であるという指摘だ。
「そういう場合もあるでしょう。なのでその時はそのルーム以外の扉は閉じてしまうというのはどうでしょう?」
「なるほどな、そういうのもあるのか」
ダンジョンというのはマスターの権限によって様々な形に形態を変化できる。
人の命を奪う仕掛けもあれば、人を歓迎する仕掛けもあるかと思案する。
マールはダンジョンなんてマスターの気持ち一つで捻じ曲げられると暗にそう言っていた。
「でしたらこういう案はどうでしょう。以前アンドールで遭遇したダンジョンのように、エリアごと改装を分け、厨房がホール上の階層に移動するというのは」
「エレベーター形式か。それだと客の注文に鏖殺されそう」
「もちろん、解放するエリアをその都度選び、客層に応じて厨房が移動すればいいのですよ」
「まぁ、それが一番妥当かな。店構えは変えられないし」
「でも、師匠の独創的な料理がその店構えに合うかもわからないぞ?」
「あぁーー」
全員が深いため息をつく。
結局意見出しを募ったが、これといった案がまとまらないでいる。
「だから、俺はこのままでいいと思うんだよ」
「改良をするといっておいてか?」
「使いながら考えればいいと思ったってことさ。どうしたってこの形に落ち着くんなら、もういっそこれでいいんじゃないかって思ってる。一見してどの地域にも属さない料理だから、最初の数品はその客に合わせた地域の料理を出す。そして味を気に入ってくれたらオリジナルを出すでいいんじゃないかと思う。店ってのはお客さんがこうしたほうがいいって意見を取り入れて成長していくもんだからさ」
「あぁー、そういう一面もあるな。すっかり王宮暮らしの高級志向に慣れきって忘れてた。ポンちゃんはそういう庶民向けの店が向いてるって」
「はは、思い出してくれて助かるよ。俺も色々齧ってきたが、なんだかんだちびちび酒を飲みながら料理するのが好きなんだ。なので客層も飲兵衛が集まる想定でやっていきたい。変に驕り高ぶった客層を相手にするのって、疲れるじゃないか」
「ミンドレイ王族は苦手ということですか?」
「たまになら引き受けてもいいかなってことさ」
「それは内心面倒臭いといってるようなもんなんだよなぁ」
それは思ってても口に出すもんじゃないぞ、とヨーダを叱り洋一は適当に食事を作り始める。
ここにはエネルギーが充満していてほしいと願えばなんでも出てきた。
流石に皿や調理器具などはティルネに任せるが、ちょっとした便利なものはエネルギー任せにダンジョンに頼る。
洋一の思い描く香辛料は、この世界にあるようでないものばかりだったから。
その横でシルファスも触発されて新作のお好み焼きを作っていた。
カウンター形式だから客の顔がよく見える。
出身や生まれ、暮らしは服装でわかるものだ。
味付けを変え、そこに驚きの一品を加える。
出身に合わせたアクセントを入れて、あとは火入れを怠らない。
接客面で不安のあるシルファスだったが、店のスタッフとして働く分には文句はない。
配膳はヨルダが行った。
食べる担当はヨーダとマールだ。
この二人も配膳はできるが、今はお腹が空いている。
先ほど焼き鳥を口に入れた以外は、生食ばかりであまり空腹を満たせたとは言い難い状態だったからだ。
「へいおまち。ザイオン産恐竜のテイルスープだ」
「うまそー」
「香りもなんだか懐かしく思えてきます。初めて食べる料理なのに不思議ですね」
ただ尻尾を輪切りにして焼いただけ。それがスープに浸ってる。
一見して単純な料理。
単純だからこそ、技術が見え隠れするのだ。
そして洋一が出す料理がただの料理であるはずがないとヨーダは知っていた。
「大変です、ヨーダ様。このお肉、フォークで持ち上げられません!」
すぐ横で、マールが驚嘆していた。
やはりその手合いか。ヨーダは意を決してフォークとナイフで攻略を始めた。
が、すぐにスプーンに切り替える。
そのテイルが、あまりにも持ち上げるのが不可能なくらいに柔らかかったからだ。
洋一はこのどでかい固形物すらも、スープの一部として食ってくれと暗に促していたのだ。




