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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
野生と蛮勇の国『ザイオン』

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41話 ポンちゃん、ザイオンをテコ入れする

「いや、悪かったよ。俺たちが間違ってた!」


 そう言って、二つの派閥のパーティメンバーが頭を下げた。

 まだ周回そのものは5周もしてないというのにだ。

 ゼスターだったらまだ足りないと追加でもう5周したが、この人たちはそこまでがめつくはないようだった。


「料理はね、その地域で培った技術の集大成なんだよ。好き嫌いがあるのは仕方ない。でも俺からしたら、食べず嫌いはもったいないことなんだ。ザイオンにだって、食べるための知恵とかあるでしょ? 生食文化をどうこういうつもりはない。そこにはその地域ならではの思想が宿ってるからね」


「残念だが、そんな思想はあってないようなものなんだよな」


 ゼスターが、洋一の意見を否定した。


「と、いうと?」


「もともとこの国の王族が、国民の食事に口を出したのが始まりだ。親父の代になるまでは、ミンドレイと似たような食事体系だったそうだよ。実際に、爺さん世代では野菜も魚も食べていた。他国みたいに料理にそこまで執着はなかったがな」


「どうしてまたそんなことに?」


「王政だよ。今の国王、親父だが。その親父と兄弟、叔父さんたちが食事事情にまでつっこんで国を滅茶苦茶にした」


「肉を食わない奴は戦士の名折れか、そういう風にか?」


「そんな感じだな。国と覇王が統治するからこそまとまりが生まれる。そして強き戦士こそが群れのボスとなる。ザイオンにとっての政治っていうのは、最終的に力任せだな。そういう意味では親父は歴代最強だった。そんな親父の愛した食事が肉料理だった。それも血の滴るほどのレアだ。親父が王位を継いだその日から、国民食に生肉が追加された。今じゃ国民の誰もがそれを食すのを当たり前にしてる。オレも、国を出るまではそれが当たり前だって信じてたよ。何せ食卓にそればかり並ぶんだ。兄貴もそうだろ?」


「ああ。だから俺はこの世界の食事事情を改善すべく立ち上がった。まぁ王位継承権は失っちまったがね」


「あんたは、ただのお好み焼きの焼き手じゃなかったのか?」


「今はそうだ。だが、一応生まれは王家だな。そこの弟とは一時期王位継承権で争ってた仲だ。今は退いたが、上の二人の兄貴を応援するより、オレとしてはまだこいつに王位を取ってもらったほうがマシかな、と思ってる」


 しかし推そうにもこいつは上二人の兄に技量が足りてないと付け足した。


「だから中立なのか」


「ああ、オレ事態は誰が王位を継ごうと関係ないからな。ただ、同じザイオン人として、生肉しか食事を知らない同胞を残念に思う。お好み焼きはそのスタートにすぎないのさ。まぁ、洋一さんの料理を知った後に、生肉だけの生活に戻れるかは知らんが」


 シルファスは、派閥争い中のパーティに向けてニッと笑って見せた。

 そうだ、もうこの飯を知ってしまったザイオン人は、前のパッとしない食事に歓喜を覚えられなくなった。


「まぁ、道中の世話くらいするさ。その代わり、食材の調達は頼むぜ?」


「良いのかい、王位継承権で真っ向から争ってる相手に手を貸すような真似をして」


 メンバーの一人が洋一に問うた。

 洋一は屋台の鈴を見せびらかしながら言った。


「今更だろ。この鈴を見てみろ。どこかの派閥に寄り添った品揃えだと思うか?」


「いや、確かにそうだが」


「それで良いんだよ。俺は料理人で、腹をすかしてる客に飯を食わせた。それ以上でもそれ以下でもない」


「はは、大きいなぁ。あんたみたいに器の大きなやつがトップになってくれたら、たみは安心するんだが」


「やめてくれよ、そういうのは性分じゃない。俺は好き勝手に料理を作り、それを食べて喜ぶ顔が見たいだけの男だよ。どこかの国に留まるつもりはないんだ」


「国にゃ収まりきらん器か」


「そうだね、師匠はすでにミンドレイ、ジーパ、アンドールからのお願いを蹴ってるから。もちろん国のお抱えの料理人としての願いだぞ? 今更そこにザイオンが加わったとして、後ろ髪引かれるもんかよ」


「ほんとなぁ、どういう胆力してたら国からのお誘い断れるんだって話だよ」


「やめてくれ、本当にそんなんじゃないんだ。俺はもっと自由でいたいのさ。あちこちでその地域で培われた食事を体験、自分のものにしながらアレンジを加える。それで十分なのさ。もう誰かのために腕を振るう年でもないしな」


「あんた、若く見えるが、違うのか?」


「もう38だ。年寄りの仲間入りだよ」


「見えないでしょう? 恩師殿は私より年上なんです。本人曰く、幾つになってもやりたいことが尽きないと言っておられる方です。私なんかはすっかり守りに入ってしまったというのに、この方にはそれがない。いつまでの前向きで前のめりです。だからなんでしょうなぁ、生き生きしておられる。私も見習って、いろいろ勉強しているところです」


「オレもおっちゃんも、師匠に拾われる前までは人生の落伍者だったからな。あんたらほどキラキラした生活を送っちゃいなかった。それでも、オレたちの弱さに向き合ってくれた。放任主義だったが、やりたい仕事があったら応援してくれた。俺たちはその反応が嬉しくて、一緒に行動してんだ」


 ティルネに続き、ヨルダまでもが意思表明をする。

 モンスターの始末や調理への手並みは見事なものだった。

 ただし洋一はそれを圧倒するほどの腕前で、師匠が師匠なら弟子も弟子だと派閥争いをしていた獣人が苦笑した。


「改めて名乗らせてもらおう。俺は第一王子派のパーティ『獣王の牙』のリーダーをさせてもらってるスラッシュだ」


「俺は第二王子派のパーティ『蓬莱の薬』のリーダーをしているユークリッドという。道中の食事、世話になる」


「改めまして、旅の料理人をやらせてもらってる本宝治洋一だ。あんたたちが腹一杯、元気いっぱいになって何をしようとしてるかに興味はない。ダンジョン踏破まではお付き合いさせてもらうよ」


 三人で手を組んで、道中の愉快な仲間ができた。

 酒を飲み、うまい食事を食べれば、上司への愚痴も自然と出てきた。


「うちの王子様はなぁ、非常に脳筋なんだ。何でもかんでも力で解決するし、暴力で対応する。民の心なんてまるでわかっちゃいないんだよ。それでもまぁ強いから付き従っちゃいるが」


第一王子派のパーティリーダーが、こんな言葉は口にすることじゃないが、と前置きを入れながら言った。


 第一王子アーサー=レオル=ザイオン。

 実際に兄弟として育ったシルファス、ゼスターが頷きながら同意する。

 脳みそから思想まで筋肉で埋まっているのかと思うほどの傑物だ。強いが、人の上に立てるかと聞かれたら首を傾げる人物だった。現王と同じく生肉至上主義で、王位を継承したら、今と変わらない食生活が続くことを意味した。


「そっちはパワハラで済むが、こっちの王子様はモラハラが酷い。部下を実験動物か何かだと思ってる節があるし、なんだったら同僚も何人か実験道具にされた。次の実験にされるのが怖いから従ってるが、俺たちはもう限界だ」


 第二王子マーリン=スネイル=ザイオン。

 第一王子とは違い、呪いや毒を使って相手に呪いを付与するタイプの王子。部下どころか家族に対しても「面白い実験結果が出たんだ」と称して毒物を仕込んだ菓子などを配って回る根っからの狂人である。

 何度もその洗礼を受けてきたシルファスとゼスターは満場一致でマーリンを王にさせたらダメだと結託している。


 だったら自分が王になったほうがマシだとシルファスが動き。

 それとは別に今まで放蕩息子としてやる気のなかったゼスターが参戦したことで後継者争いは激化した。


 それを聞いた洋一達は、他人事みたいに笑っていた。

 結局誰が王になったって、ザイオンという国は残るのだ。

 民を思うか思わないか。それだけのことである。


 洋一たちにとって、どっちが都合がいいかと言われたら、非常に悩ましいところだが。

 別に現王の生肉至上主義でも自分は自分の思うがままやっている時点で、何も変わらないのでは? と思っていた。






 大穴を抜けた先で一緒になったゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』、スラッシュ率いる『獣王の牙』、ユークリッド率いる『蓬莱の薬』と共に。

 洋一たちはザイオンダンジョンの最深層である15層へと向かう。


 道中でのトラブルは全て料理で解決してしまう洋一に、周囲は謎の安心感を覚えていた。


「何も俺は、生食文化を悪く言うつもりはないんだ。とある地域では刺身などのように生食を讃える国もある。生であることにこだわりを持つのなら、当然食い方にもレパートリーを持ってほしいというのが俺の見解かな? 生であればあるほどいいというのなら、その根拠も示してほしいと言ったところだ」


 生食論には色々言いたいことがある洋一。

 日本人である以上、刺身や生卵などに慣れ親しんできた。

 生野菜も普通に食べるし、ユッケなどの生肉も当然扱う。


 が、ザイオンの生食文化は肉を生で食い以外の努力が見当たらなかったのだ。

 解体直後の肉にかぶりつく派と干し肉にかぶりつく派。

 本当にこの二つの派閥以外にいないくらい、レパートリーに乏しい。


 ので、洋一ならではのアドバイスをした。


「ティルネさん、ごま油と塩を。ヨルダは大葉、生姜、ネギを」


「わかりました」


「オッケー」


「キュウン?(僕は?)」


「ベア吉はテーブルを出してくれ」


「キュン(はーい)」


「何をするんだ?」


 ユークリッドの訝しげな視線に、洋一は朗らかに答えた。


「料理だよ。生肉を生のまま、美味しくいただくための下拵えをする。使うのは包丁一本、それと調味料が少々。それであんたらも満足いく飯を食わせてやる」


 洋一は肉とほんの少しの調味料があれば食べられる知恵を分け与えた。


「今回はそこで倒したジャイアントセンチピードを置き換えた肉を使う。みんなにも味見をしてもらった後、方向性を決める。それでいいか?」


「構わない。基本的に生食なので備蓄は現地庁たちだし、干し肉を作る以外の調味料は持ち歩かないからな」


 スラッシュからの発言を聞き、実は生食文化の背景にあるのは、修行の一環ではないかと思い至る洋一。


 強者を打ち倒し、その肉をいただくこそがザイオンの求める野生。そのあり方が先祖代々根付いているのかもしれない。


 それはそれとして、洋一は腕を振るった。


「まずは生のままで」


「食えなくはないけど、大味」


 ユークリッドのパーティメンバーである呪術師が食べ慣れた味だ、とぼやく。


「塩を振れば少し変わりそうですね」


 そこにティルネが味変を思いついた顔でこぼした。


「意外とうまいな、あのムカデ」


 スラッシュは普段倒してもゴミにしかならないムカデ肉の意外な旨さに気がついたと表情を明るくしている。


「バカ、ムカデに肉はないよ。これはそこのヨウイチさんの技能だ」


 それをパーティメンバーに訂正され、恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。


「そうだった。いや、普段の獣肉に比べて臭みはなく、非常に食べやすい肉だと思ってな」


「でしたら塩を振って揉み込んで臭みを消すのも一興。臭みが気になる時はこの大葉で包んでいただいてみてください」


「さっきの紫蘇とかじゃダメなのかい?」


 ユークリッドはチーズの紫蘇揚げをいたく気に入っていたようだ。大葉よりもそっちの方がいいのでは? と提案する。


「紫蘇は現状ヨルダしか扱えないジーパ由来の植物なので、ザイオンで仕入れるのは無理でしょう。なお、この気候での育成も適しません。店として売り物にはなりますが、取り扱いが難しいのです」


「なるほど」


「代わりにこの大葉ならザイオンの市場にも流通してます。紫蘇ほど強烈な酸味は持ち合わせておりませんが、肉の臭み消しには十分。ごま油は肉に揉み込むことで足りない油分と胡麻の風味を落とし込みます。フライなんかが懐かしく感じた場合はこれらを付け足すことでより深い旨みに近づけます。最後にネギ。こいつは香味野菜の中では独特な存在でして、これ自体が臭い消しにもなるし、形状の変化のしやすさから荷物のどの部分に入れても持ち運びしやすい。そしてこうやって刻むことで辛さが増し、香辛料の代わりにもなる。生肉のお供にもってこいの食事あなんです」


 散々口頭で説明した後、塩を揉み込んだミンチ肉をその場にいる全員(ジーパ組にも)提供する。


「これはうまいな。先ほど感じた水っぽさも消えてる」


「一度ミンチにすることで硬い筋に、赤みと柔らかすぎる脂身が混ざり合って面白い食感になってるわね」


「こいつを大葉で挟んでつまんで食ってみ? 飛ぶぞ?」


 スラッシュが驚きの声をあげてる横で、ヨルダの持ち込み食材の大葉が複数枚渡される。

 ヨルダ自らが大葉の上に適量のミンチ肉を乗せてくるんで口に放り込んだ。

 ザイオン人はそんなまどろっこしい真似はせず、大葉を手の上に広げてからミンチ肉を直接つまんで口に放り込む。


「ほう、この辛味もさることながら、鮮やかなる香味。癖になりそうだ。生肉といってもこれほどまでに食べ方に自由度があったのか?」


「今までの食事は一体なんだと言うのか」


「単純に今まで食べられてた焼き、煮、茹で、揚げ、炒めなどの作業を全撤廃されて施行が停止していただけじゃないかと思う。元々脂っこいのも大丈夫だと言うことが判明したし、特にこいつ、大葉は刻んでミンチに混ぜ込んでもいい。こいつをつまみにジーパ酒なんかも最高に合う」


「ジーパ酒か。お目にかかれたことはないな」


「持ち運びに非常に繊細な心遣いを要するからね。輸送に向かないんだ。なので、ティルネさん」


「こちらに」


「手製で悪いが、味わってくれ」


「ビールの開拓者である貴殿の手製、これは味わうほかあるまい!」


 ビールをえらく気に入ったザイオン人は、お猪口に少量しか入れないことを訝しむ。


「これだけか?」


 これではなんの足しにもならないぞ、とスラッシュ。


「ビールより酒精が強いため、こいつはちびちびいただくのが正解ですよ。酩酊状態はビールの5倍だ」


「む、エール以上だと言うのか? ならば心してかからねばなるまい」


 大葉でミンチ肉をつまんで、ジーパ酒をクイっといただく。

 含む量がだいぶ多かったのか、盛大にむせいていた。

 が、吐き出すような真似はしない。

 酒精が強いだけのエールとは違い、繊細な旨みがあった。


 大味なミンチ肉に塩を振り、ごま油を垂らしてもなお際立つ滋味。


「うまい!」


「そりゃよかった」


「気のせいか、体のウチが熱を帯びるな。たった一杯でこれか?」


「飲み過ぎれば毒となるが、適量では薬だ。こいつはたまに飲む程度にして、普段はビールにするといい」


「祝杯の席にはもってこいというわけか」


「俺たちはダンジョン攻略後もザイオンに在留するつもりでいるんで、何か入り用がアレなわけますよ。もちろん、お金はいただきますが」


「その時はぜひ寄らせていただこう!」


「あ、ずるいぞ! こっちの分も残しておけよな」


 喧嘩を始める二つのグループ。

 それに比べてゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』の面々は、すっかりジーパ酒に酔いしれていた。


「旦那、ありがとな」


「え、何が?」


ただ料理を振る舞っただけなのに、ゼスターは覚悟を決めたような顔でパーティメンバーのカエデと紅葉を見た。


「正直、今の俺に兄貴二人に勝てるビジョンは一切見えてこなかった。あの時は勢いのままにザイオンの王位を継承して見せるっていったけど、けど俺が王位になったとして、すぐに食生活まで変えることはできない。その時にカエデたちには苦労をかけると思っていた」


「ああ、そういうことか」


「でもジーパ酒と合わせれば生肉にもこれほどまでに食べやすく、それでいてジーパの風景を思い出させるものになる」


「そこまでは考えてなかったが、覚悟が決まったんなら何より。三人の未来は三人で決めるものだ。部外者があれこれは言わないよ。ただ、俺の料理がその糧になったんなら嬉しい限りだ」


「はは、旦那ならそ言ってくれると思った」


 ゼスターは憂いが晴れたような表情になり。

 そしてザイオンダンジョンの最下層で。


 洋一は思考に介入する存在を知覚した。


『よくぞここまで来た。母君の探し人よ。全ては牡丹姉より聞いておる。そこの悪戯娘だけでは信憑性はもてなんだが、母君に会いに行くのだろう? ならばこれが役に立つはずだ』


 ザイオンダンジョンの管理者か?

 洋一の首に、鏡を模したペンダントが現れる。

 これが一体なんだと言うのか?


『左様。ワシは【八咫】ここ、ザイオンの迷宮管理者を務める存在じゃ。此度は一番迷宮管理者【大和】と共に企んだ母君帰還イベントに巻き込む形になってしまって大変ご苦労をかけた』


 母君帰還イベント?

 それってこの世界がゲームに酷似してて、勇者伝説が御伽話のように伝承されていることと何か関係があるのか?


『そこまで理解しているならば話が早い。ダンジョンを魔王に見立て、勇者と聖女を選別。各ダンジョンからエネルギーの増幅権限を獲得して、最後に消息をたった五番目の迷宮管理者に認められたら、母君のいる世界にジャンプできる権限を得る、そう言う仕掛けじゃ。無論、勇者や聖女となるものには母君が飛んだ世界の住人が抜擢されるようになっておる』


 結構大掛かりな仕掛けなんだ。

 っていうか、そこでシルファスが選ばれたと言うことは、オリンは元の世界に帰れていないと言うことにならないか?


 洋一が話を聞いた限り、シルファスのいた世界にダンジョンの類はなかった。


『忘れたか? この世界にダンジョンを生み出したのが誰であったかを』


 オリンか。

 このまま放っておけばシルファスの元いた世界がダンジョンだらけになってしまう! 急いで連れ帰らないといけないな。


 それはそれとして、このペンダントってなんですか?

 洋一は率直な疑問を八咫に問うた。


『それは八咫の姿見(輝くトラペゾヘドロン)と言ってな。凝視することで遠くの風景が見れるのじゃよ。精密には、リンクを張った相手の風景が観れると言うわけじゃ。それを聖女の未来透視という形で落とし込む、マジックアイテムじゃ。今回聖女は生まれんかったがの。と、いうわけでお前さんに託す。無事母君を救出してほしい』


 え、じゃあ剣の方は?

 エクスカリバーだ。アレだけただの強い剣でしたってことはないだろう。


『アレは銀の鍵。多次元にアクセスするための鍵じゃ。八咫の姿見(輝くトラペゾヘドロン)を媒介に、リンクを張った相手の元に直接ジャンプできる優れものじゃ。無論、相応のエネルギーは持っていかれるがの』


 そういう仕掛けか!

 道理でセットで運用したがるわけだ。

 

 あれ? じゃあ直接その時代にジャンプできるんだったら、エネルギーの総量を増やす必要ってないんじゃ?


 洋一はアイディアロールに成功!

 GMの八咫は残念そうな声色で呟いた。


『一度に消費するエネルギーは30億。全てのダンジョンを巡って、総量を上げんことにはどうにもなるまい』


 それまではただの強い剣だし、知り合いの景色が見えるだけの鏡でしかないと言われてしまった。


 洋一はザイオンダンジョンの管理者と契約し、エネルギーの総量を上昇。

 無事最後のダンジョン『エルファン』の入場資格を得るに至った。






「お前か、シルファス派を名乗る商人というのは!」


「なんすか? 突然」


 それは突然起こった。

 周囲では噂話をするように、声を顰める獣人が複数。

 それを聴きながら、荒くれ者のような男たちがあっという間にヨーダとマールを取り囲んだ。


 質問はシンプルに。

 第三王子派かどうか。

 それに頷けば、あとは手早かった。


「どうやら間違いないようだな。アーサー様に楯突く不埒ものだ、即刻捕らえよ!」


「ハッ!」


 魔法の道具でも使ったのか、瞬く間にヨーダとマールの体を捕縛し、転がされる。

 ここで逃げ出してもいいが、どうやら敵はこの獣人たちだけではないようだ。

 すぐに捕捉されるのは目に見えていた。


 今日商売をした客の中に、他の派閥の支援者がいたようだ。

 ヨーダは素早く周囲に目配せをして、逃げ出すための算段を働かせた。

 実行するなら、ここは少し場所が悪い。


「くそっ、詐欺を働いていたのがバレたか? どれだ?」


 牢に繋がれるなり、ヨーダは鬱憤を晴らすように壁を叩いた。

 捕まった理由は、身に覚えがありすぎて絞りきれない。

 それくらい獣人を騙して金品を掠め取った覚えがあった。

 この女、最悪である。


 否、最悪なのはこの国の承認も同じ。

 先にやられたのでやり返した。

 それだけだ。


「違うと思うよ?」


 しかしマールはヨーダの罪状を否定する。

 付き合いの長さゆえ、何を考えているのか手に取るようにわかるからこそ、投獄されたのは犯罪じゃないと口にする。


「マールは何か心当たりが?」


「向こうはアーサー様って言ってたよね。それって確か第一王子の名前だよ。今ザイオンでは王位継承戦の真っ最中だって話だし、それぞれの派閥が率先して他の派閥の足を引っ張ってるんじゃないかな?」


「しょーもな」


 ヨーダの感想は尤もだ。

 実力を示すのなら、大勢の前で正々堂々とすればいいのに。

 それがザイオンという国のやり方だと。

 この大陸に割ったってからこれでもかと見てきた。


「多分私たちは他派閥への牽制、見せしめにされたんだと思うんだよね。今からアーサー陣営に鞍替えしたら釈放するとか、そういうお話があるんじゃないの?」


「でも第一王子派って生肉万歳運営だよな?」


「うん、私はちょっと苦手かな」


「オレも。歯磨きしても匂いが取れないのがな」


 そこだ。生は非常に上手いが反面、臭み消しが必要なほど独特な匂いが口の中に染みつく。

 よそ行きの時に口臭チェックを気にするミンドレイ貴族において、少しどころではない不快感が常にまとわりつくのは年頃の令嬢にとっては致命的だった。


「で、マールの開発してくれたこれが、非常に売れたと」


 ヨーダはポケットから取り出したボトルを手に取る。


「ヨーダ様に言われた通りに配合しただけなんですけどね。思いの外、ザイオン人も口臭問題を気にしていてびっくりでした」


 洗口液である。

 これが売れたのを皮切りに、ヨーダたちは商売を始めた。

 とはいえ後ろ盾もいない状況じゃ販路を開けない。


 そこでシルファスの名前を出して、今こうしてシルファス派閥の名前が広がったというわけだ。

 広がりすぎて目をつけられて投獄されるまでがセットで。


「で、穏便にここを出るにはどうしたらいいと思う?」


 ヨーダが告げる。

 ちなみに穏便じゃない方法なら片手で数えきれないくらいある。


「このまま脱獄すると、シルファス殿下にご迷惑かけそうですね」


「あー」

 

 すでにこれ以上なく迷惑をかけているのに、まだ迷惑をかけるとなるとヨーダも少し戸惑ったようだ。

 そこへ、


「出ろ。アーサー様がお前たちにお話があるそうだ」


 屈強な兵士が釈放を促す声がけをしてきた。

 ヨーダたちはそれに従って、話を聞くことにした。


「お前か、シルファスの名前を語る不届き者は」


「不届きものとはどういう?」


「返事を許可した覚えはない。教養のない人間なのか?」


 チッ。

 内心で舌打ちし、ヨーダは黙りこくった。


「まぁいい。あの愚弟は王位継承権を自ら辞退した。だからどれだけシルファスはを名乗ったところで無駄なのだ。誰に騙されて、担がれたか知らんが、無駄な努力ご苦労だったな」


 アーサーと名乗るライオンの獣人は、嘲笑しながらヨーダたちを見下ろす。

 返事の許可はとってない。

 ありがたいお話というのはどうやら一方的にされる話を聞けということなのだろう。


「だが、王族の名前を騙った罪は重い。本当ならその命をオレに捧げるのだが、お前たちの強さは十分に理解した。俺の戸外を随分と痛めつけてくれたそうじゃないか。そこでだ、特別に俺の軍門に降れば、この罪を帳消しにしてやる。どうだ? 悪い話じゃないだろう」


 ヨーダは軽く挙手をする。


「返事をする許可をやろう」


 許可をもらったと同時に、ヨーダは唾を吐き捨てた。


「あいにくと、オレは自分より弱い相手に下る趣味は持ち合わせてないんだわ」


「ほう、どうやら命が惜しくないと見える。おい!」


 周囲の獣人たちが、ヨーダ達を囲う。

 どうやらここで集団リンチでも始めるつもりのようだ。


 ヨーダ達は今男装しており、そして頭にはネズミのつけ耳をしている。

 ザイオンの中では珍しいネズミ人。

 その数は少ないが、雑食に負ける肉食じゃないとアーサーは余裕顔だ。


「バカな小鼠だ。獅子様のお話を飲み込んでいれば良いものを」


「マール!」


「はい」


 パチン。

 それは手を合わせるだけで響く、最低限の音。

 しかし今はそれだけで十分。


 紡がれるは幾重にも展開された魔法陣。

 それが熱を帯びて渦を巻く。


「魔法! 貴様……ザイオン人じゃないな?」


 飛びかかってくるザイオンの民にいつの間にか開錠した足枷で回し蹴りを決めるヨーダ。その表情は三日月を描くほどに歪められ、魔法の炎がついにヨーダの手枷にも及んだ。

 誰よりも自由を望んだ獣が、今完全に解き放たれた。


「戦争か。いいだろう、かかってこいよ肉食獣。雑食の底力を見せてやる」


 ぱんっ。

 両手を合わせる。

 ヨーダを中心に展開される数百、数千の炎の魔法【火焔槍】。

 

 ぐりっ。

 手のひらが捻られ、魔法に回転が加わった。


 ぐっ。

 両手を左右に広げ、さらに拳を握り込んだ。

 その場にとどめられた魔法が、待機状態だった魔法が一斉に解き放たれた。


 ヒュカカカカ!

 服が、体が壁に縫い止められる。

 一瞬にして取り囲んでいた獣人は鎮圧された。

 ヨーダはまだ止まらない。

 体を逸らせて、相手のガードのさらに下から抉るようなアッパーを叩き込む。


 もちろん、ただの攻撃ではない。


「ふっとべ!」


 そこに初級魔法の【風】と中級魔法の【炎】、上級魔法の【嵐】を混ぜた爆発を生み出した。

 ネズミ獣人ならではの背格好から繰り出されるものとは思えない膂力で、アーサーは壁に激突するだけでは威力を殺しきれず、壁もろとも建物の外に吹っ飛ばされた。


「さぁ、喧嘩だ喧嘩。シルファス派はアーサー王に喧嘩をふっかけた! 耳あるものよ聞け! 我々シルファス派閥は生肉食文化に終わりを告げる派閥である! 今の食生活に悩みあるものよ集え! オレが、シルファス様がその望みを叶えてやる!」


 民衆が、アーサーに力で真っ向から喧嘩を仕掛けて吹っ飛ばしたヨーダに降りそそぐ。恐怖政治の到来を晴らす、嵐のような存在の到来を、どこか待ち望んでいたように賞賛した。


「ヨーダ様。ここまでことを大きくしたら後に引き返せませんよ?」


「えー? オレは売られたケンカを買っただけだぜ?」


 むしろ後のことはシルファスが責任を負ってくれる。

 あとは適当に追っ手を撒けばいいんじゃね? くらいにヨーダは答えた。


「うーんいいのかなぁ?」


「それより、反抗分子は全滅した。あとはそうだな、何かつまめるものが欲しい」


「だったらお昼ご飯にしましょうか」


「いいね、マールの餃子好き」


「まだまだ、ゴールデンロードの店長ほどじゃないけど」


「オレは料理できないからなー」


「一緒に覚えましょうよ。できないわけじゃないんでしょ?」


「やーだー。オレは一生味見係をしたいのー」


「なんでこの人、やればできることを他人任せにするんだろう。まぁ、美味しく食べてくれるからいいけど。今日は焼きと蒸し、どっちにします?」


「焼いて、もう半分を水餃子で」


「わかりました。じゃあ調理台の生成、お願いしますね」


「まかしてまかして。あ、お肉はたっぷり目でね?」


「キャベツ多めに入れちゃいます」


「やーだー」


 その二人は見ようによっては仲のいい姉妹のようにも見える。

 だからその周囲に倒れ伏す、第一王子派の子飼い兵士たちと関係がないように思えた。

 しかし、その街の住民はしっかりとアーサーの拠点に連れて行かれて宣戦布告しているところを目の当たりにしている。


 言ってはなんだが、そうやって無邪気な姿を見せられても困る。

 というのが全員の総意だった。


 それはそれとして、見慣れぬ餃子なる植物は非常に美味しそうで。

 興味を持つ者は少なくなかった。







「師匠、さっきまでぼーっとしてたけど何かあった?」


「うん、ああ? 少しな」


 片付け中、ヨルダに話しかけられて洋一はことの経緯を語ることにした。


 ダンジョンの最下層に至り、ボスは不在だったためにその場で宴会を始めた。

 その時に自分の身に何が起こったのかの説明をヨルダに行う。


 八咫という管理者からの呼びかけ。

 エネルギーの総量が増えたという感覚と共に託されたペンダント。

 それは不規則的な六面帯で、宝石を中央に吊るした形状をしている外装の合わせ鏡だった。


「何それ、キモッ」


「そう言ってやるなよ。どうもこれは八咫烏の姿見(輝くトラペゾヘドロン)と呼ばれるもので、凝視すると過去に縁を繋いだもの達の景色が見える代物らしいんだ。そう悪いことばかりじゃないさ」


「え、じゃあヨーダ姉ちゃんが今どこにいるかわかるの?」


「そういうことだ。見た目は確かにグロテスクだが、要は扱う人の気持ち一つだろ。包丁もそうだ、調理に使えば美味しい料理が。人を害するのに使えば凶器になる。これも正しく使ってやればいい」


「だね」


 ヨルダは自分で気持ち悪いといっておきながら、すっかりその見た目で嫌悪感を抱いていた自分を恥じた。

 師匠である洋一が、見た目では誤魔化されないよう心がけてるのに、自分が惑わされてはダメだろうと悟ったのだ。


「で、これをうまく使えば、合流も容易い。これで目標も立てやすくなる」


 自分で言うのもなんだが、ヨーダはひとつ所にじっとしているタイプの女性ではない。攫われても自力で抜け出てくる、アグレッシブさを併せ持つ。

 いつの間にか学園を卒業し、そしてザイオンに向かった。


 同じザイオン大陸にいるとはいえ、ダンジョンの中では外と異なる時間が流れる。

 どこかですれ違ったら、あっという間に見失う予感があった。


 そんな時、こいつが役に立つと洋一は確信していた。

 そこへ、シルファスが血相を変えてやってくる。


「今八咫烏の姿見(輝くトラペゾヘドロン)って言わなかったか?」


 すっかり第一王子派閥や第二王子派閥の愚痴り合いに参加して気を良くしてきたシルファスだったが、ゲームで得た知識だろう。

 どうしてその名前がここで出てくるのかって顔をしていた。


「ああ、その様子だと例のゲームで?」


「ああ、本来ならこの聖剣と同様に選ばれた存在にのみにしか反応しない特殊アイテムで、要はシナリオ進行に必要なものなんだ。今回聖女が覚醒しなかったから、そのアイテムの出番はないものかと思っていた。だからここで名前を聞いて、驚いたんだよ」


「え、これ聖女用のアイテムなの?」


 どうして自分が?

 聖女とはかけ離れた存在であると言う自覚しかない洋一。


「俺の知っている鏡と見た目が違うが、名前は一緒だ。もしかしてこれはダンジョンに封印されていた妖精からの贈り物だったりしないか?」


「声が聞こえたんだ」


 洋一は八咫との邂逅をそれっぽく伝えた。

 本当は迷宮管理者とのやりとりだったが、シルファスはそれで納得してくれた。


「なるほど。ストーリーとは違う要素がこの世界にもあるかもしれないですね。ここはゲームと同じ世界じゃない。洋一さんはどこかでフラグを立ててそうだし、それ関連かもしれないな」


 フラグという意味では心当たりしかない洋一である。

 むしろ魔王と聖剣、聖女とか何それ? とさえ思っている。


「で、それの本質は姿が見えるだけじゃなく、俺の聖剣と呼応してその場所にジャンプすることができるんだ」


「え、すごくね!?」


 話を聞いていたヨルダが驚く。

 そこまでは八咫から聞いていた通りか。

 しかし、発動条件はこれまたイベント進行でのみと言うものであり、その時に必要となる『エネルギー』なる要素に心当たりがないとのことだ。


 そのエネルギーにめっちゃ心当たりがある洋一。

 なんなら元の世界で一番世話になった要素である。

 なので、謎のエネルギーどころかもっと身近にある要素であると説明した。


「そのエネルギーなら、俺が加工した飯を食うだけで溜まるけど?」


「えっ」


「だからもう十分貯まってるんじゃないかって前提で話を進めてたけど、シルファスさん的には何かまだ懸念案件があったり?」


「あ、えーと。本当にそれだけで貯まるのか?」


「試してみる?」


 鏡と聖剣。

 それは二つ揃って初めて一つの神具となる。

 縁を繋いだ相手の場所にテレポートする。

 必要となるエネルギーは一度に10万。


 どこかで聞いたことのある数字である。

 あ、これは……いや、言うまい。


 アンドールダンジョンで交わした仮契約。

 それを洋一の屋台に結んだ。

 全く同じものをこのアイテムひとつで無作為に行えることを考えたら、とても有用ではあるが、こんなものを使わなくったって飛べる手段があると知ったら凹みそうだ。


 だがしかし、現状向こうから飛んで来る気配はない。

 そう言う意味ではこれに頼るのがいちばんの近道だった。


「じゃあ、飛ぶぞ」


「いつでもいいよ」


「ワクワクしますね」


「みんな呑気だなぁ」


「キュウン!」

 

 片付けを終え、全員にダンジョンの外に出る用意を済ませたか確認してから洋一達は全員揃って目的地まで飛ぶ。

 しかしそこで合流したヨーダ達は、こちらを探しているどころか、何か大きな野望に巻き込まれていた。


 いや、巻き込まれていたと言うより……正しくは周囲を巻き込んでいた。

 内訳を聞いてみれば、


「ええ!? アーサー王子に喧嘩をふっかけてシルファス派閥を王位継承争いの神輿に乗せただって!?」


 それだけでなく、今までに二つの町を縄張りに収めて、その二つは第一王子派、第二王子派の一等地だというのだから驚きだ。

 要は真正面から喧嘩を売り、勝ち越したのである。


「悪かったって。まさかシルファス様が舞台から降りてるっておもわねぇじゃん」


 悪びれる様子もなく、起こってしまったことだと開き直るヨーダ。

 いつも通りと言えばその通りだが、あまりにも突飛に過ぎた。


「確かにミンドレイにいる時までは王位継承争い真っ只中で、継ぐ気ではいたがな」


 まだザイオンに渡る前だ。

 ヨーダ達も学生で、それから情報を更新していなければ、そう思ってしまっても仕方ないだろう。

 そこで親切なヨルダがシルファスが正式に王位継承権を放棄したる通を述べた。


「実は兄ちゃんな、本当は姉ちゃんだったらしくて……ザイオンの王家は女性に権利がない国らしくてさ。で、真実を知った兄ちゃんは王位を諦めて俺たちと一緒に活動することになったんだよ」


「はへぇ」


「まぁ、ヨッちゃんのことだから横暴な態度でこられて反抗したんだろ?」


「バレた?」


「そりゃ。何年の付き合いだと思ってんのさ」


「へへ。ポンちゃんには敵わねえや」


 鼻の下を人差し指で擦るヨーダ。

 全く反省の色は見えないが。

 何か悪いことをした意識がないので仕方がないともいえた。


 彼女はいつも巻き込まれる側なのだ。

 自分から喧嘩をふっかける時は、それなりに鬱憤を溜めて体と知っている洋一である。


 その横で、ティルネが久しぶりの姪っ子を労っている。

 旅の仲間がヨーダで気苦労が絶えなかっただろうと心配していた。


「本当に、トラブル続きだったようだね、マール」


「いいえおじ様。ヨーダ様が破天荒なのは今に始まったことじゃないですから」


「おいこら、それはどういうことだ!」


 マールに対して怒ってみせるが、そこまで怒りをともしていない。

 これが彼女なりのコミュニケーションなのだ。

 口下手っぽい彼女が、貴族コミュニティの中でヨーダの手助けを受けて今までやってきた。


 洋一もまた、ヨーダに助けられてきた記憶がある。

 なのでマールの気持ちもわかるのだ。

 見た目こそ破天荒だが、その人の嫌がることはしない人であると。


「こうやって、男気を振り翳してくれるので、私は私で動きやすかったですしね」


「はは、さすがは私の姪っ子だ」


 この叔父にしてこの姪あり。

 ティルネが暗躍を生業とするように、表で暴れるヨーダの裏でマールもまた情報を収集していたようだ。


 そのデータを鑑みて、ヨーダは再び洋一に向けて提案をする。


「今、オレ達の傘下にアーサー王子がいる。シルファス殿下、もしあんたにその木があるんだったら、王位取れるぞ?」


 その提案に、シルファスはたっぷり悩んだ末に口を開いた。







 シルファスは、はっきりとした口調で述べた。


「ありがたい提案だが、今俺は自分がやりたかったことがはっきり見えてきてるんだ。むかーしぼんやりと抱いてた王様の席に興味はないね。そして国に縛られるってことは新しい夢を手放すってことにもつながる。誰がそんな勿体無い真似するかよ」


「そっか」


 ヨーダはあっさり引き下がる。


「じゃあ、どうするんだ?」


「今王様になりたがってて、とても血気盛んにザイオンを根本から変えたがっている奴になら心当たりがあるな。そいつに任せてみるってのはどうだ?」


 シルファスは即座に代替え案を持ち出した。

 ゼスターのことだろう。

 実力は伴わないが、今ザイオンの中で最も王位に近いアーサー王子を手駒につければ勢いは増すはず。


「そいつに頼めば万事解決?」


「さてな。俺は国の運営にとんと関心がない」


「ポンちゃんらしいっちゃらしいけどさー」


「それでもなんとかしちゃうのが師匠だからな!」


 ザイオンがこれからどうするべきかなんて振られても困ると洋一。

 しかしヨルダはそんなそぶりでアンドールを変えてしまったのを実際に見てきた。


「ええ、上手い方に転がるでしょう、今回も」


 ティルネも同様に。

 洋一の食事の腕でザイオンの食事事情を根本から変えることを疑ってない。


「おじ様にそこまで言わせるほどですか?」


「マール。恩師殿をそこら辺の一般人と比べてはいけないよ。彼の方は神様が我ら一般貧民に遣わしてくれた神の化身と受け取っても過言ではない」


「そこまでなんですね! おじ様共々よろしくお願いします!」


「やめてくれ」


 過言だろう。洋一は身内がとんでもないことを口にして、即座に訂正した。

 マールがすっかり信じ込んでしまったじゃないか。


「いよ、現人神」


「ヨッちゃんだって似たようなもんだろ? 学園でも大暴れしたんじゃないか?」


「オレは可愛いもんだよ」


「あれを可愛いで済ませられる時点でどっちもどっちですけどね。普通、一般生徒があそこまで王族の中心部に入り込み、王宮魔導士の地位に立ち、ルード王子の護衛役まで引き受けられますか?」


「オレだったら無理」


 マールの質問にヨルダが即答する。

 マールは学園のことしか話さないが、ヨルダは実家でどのような仕打ちを受けていたかまで知っている。

 そこを乗り越えた上で尚、学園行きの片道チケットを手に入れることに成功したのだ。


「そういえば、ヨルダ様が本物のヒュージモーデン家の令嬢でしたわね」


「うん。そっちが偽物なんだよね。で、オレはそんな家が嫌で出ていって、そんでもって現実はもっと厳しいんだって身に染みてる口」


「出て行かれるほど家族関係が冷え込んでいたと?」


 マールはヨーダとヒルダが仲良しすぎて理解が追いつかないと言う顔をした。


「貴族社会で【蓄積】の加護持ちがどんな扱いを受けるか知ってるでしょ? オレは、そこで義母の連れ子だったヒルダに服もアクセサリーも家督も奪われて迫害されて生きてきたんだよ。その状況からひっくり返したそこの姉ちゃんは端的に言って化け物だと思うんだよね。主にメンタルが」


「まぁ」


「はっはっは。言われてるぞヨッちゃん」


「いや、食事制限はともかく、おしゃれなんかしたことねーし。魔法関連は努力の賜物っしょ。実際、オレだってポンちゃんと出会う前まではただの魔法使いに過ぎなかったんだぜ?」


「そうやって最終的に俺をヨイショする流れを作るのやめないか?」


「え? 振りかと思って」


「ないない」


「洋一様はヨーダ様もヨルダ様も救ってしまわれていたんですね!」


 話を鵜呑みにしたマールの瞳がキラキラと輝き出す。


「言わんこっちゃない。マールさんが誤解してしまったぞ?」


「はっはっは。誤解ということもないでしょう。恩師殿と一緒に行動すれば、学びが非常に多い。そこで何かを学ぶことで我々は成長してきた。マールは何を掴み取るんだろうね。私はそれを非常に楽しみにしてるよ」


「オレは?」


 ティルネとマールが二人きりの空間に入り込んでしまった。

 そこに、成長し切ったヨーダが誰か自分の伸び代も見出してと甘えてくる。


「ヨッちゃんは勝手に成長した第一人者みたいなもんじゃないか」


「ま、好き勝手生きてきた覚えならある」


 と、いうことで話はまとまり。

 一同は酒場で歓談中のゼスターに突撃した。

 無論、距離が離れているので再び銀の鍵を使ったのである。


 これらのアイテムは鍵と鏡。

 双方からエネルギーが10万持ち出されるのもあり、鏡に対して鍵のエネルギー総量が低すぎることが浮上した。


 洋一の総量が高過ぎて、まだまだ余裕があるのに対しシルファスの鍵は妖精の加護という名のダンジョン契約回数が甘いために起こる弊害があった。

 そうポンポン使わせないぞ、というお約束なのかもしれない。

 ゲーム設定には明るくない洋一だった。



「お、随分と大所帯でオレに何か用か?」


「うん、ここでする話じゃないから食事を終えたらでいいかな?」


「なんだろ? 酒場で気軽にできない話?」


「まさか、ザイオンをうまくまとめる案が出てきた、とか?」


「ははは、ないない。上の兄貴達が国を諦めない限り、オレに権利が回ってくることはないよ。それよりティルネさん」


「何かな?」


「オレの腹はすっかりエールよりあれに夢中になっちまってる」


「あれ?」


 ゼスターのあれという言葉に、ヨーダが食いついた。

 エールの代わりになるものと言ったらノンアルコール飲料ではないだろう。

 酒のはうるさい女だ。


「ビールだよ。キンッキンに冷やした」


「ビールがあんのか! さすがだな!」


「ははは。私など大したものではありませんよ。むしろ率先して学びに行く恩師殿を見て、私もこのままではいけないと感化された結果です」


「ジーパ酒も作っちまうよな、おっちゃん」


「ジーパ酒って?」


「日本酒みたいなものだよ。濁り酒、酸味を抑えた濁酒かな?」


「まじか! それまであるのか。おっさんは和菓子の人だとばっかり思ってたぜ」


 距離を詰めながら、ヨーダは手ぐすねを引いた。

 ここまで遜る姿は初めてみる。

 相当気に入られてしまったようだと悟りながら、ティルねは「恐縮です」と締め括った。


「それと旦那、今ここにいる連中にチーズの紫蘇揚げを食わせてやりたい。魚とごま油、塩、ネギを叩いた生肉をたっぷり乗せてな」


「俺は構わないが、店の許可は取るべきだろう」


「オバちゃーん、これから飯を振る舞いたいんだけど、そのメニューは一般に出回ってないんだ! この人なら作れるんだけど調理場貸してくれるー?」


「なんだいあんた。うちの料理が口に合わないってのかい!」


 酒場の店主が顔を真っ赤にして出てきた。

 酔っているというわけではなく、怒りで真っ赤になっているのだろう。


「ちげーんだよ、オバちゃん。この人は世界各国を巡って各地の料理を覚えて回る料理人なの。ダンジョンで一緒になった時にその料理を振る舞ってもらったんだけどさ、こいつが美味いのなんの。オバちゃんも真似できるし、この酒場も盛り上がるからさ! どう? 材料費諸々はオレが受け持つし」


「まずかったら承知しないよ?」


「それは絶対にない。生肉大好きなアーサー王子派が絶賛してたからな」


「第二王子派の方も絶賛してましたよね」


「本当かい?」


 店主は目を丸くした。

 第一王子と第二王子では食の好みが逆方向に違う。

 メニューを考えるのが面倒で仕方ないと思うのはこの酒場に限らないようだ。

 そこかしこで味についていちゃもんをつけては喧嘩が勃発するからだ。


 ザイオンはそこかしこで喧嘩が起きるが、特に起こる原因は食事にあった。

 絶対生肉主義派の第一王子。

 肉は加工すべきであるという第二王子。

 この二人の派閥が顔を合わせるたびにいちゃもん合戦が始まるという。


「で、調理場を借りてもいいかい?」


「味については誰よりもうるさいよ?」


「大丈夫さ。各国のお墨付きをもらった上で囲い込みを全部蹴っ飛ばした人だぜ?」


「なんだい、それは」


「ははは。なんでしょうね」


 ゼスターの煽てに洋一は乾いた笑いを浮かべながら厨房へ。

 必要な材料を揃えて調理を開始した。


 すぐ横で見ていた店主が「そんなモノで本当にうなりをあげるのかい?」と疑わしげな目で見ている。


 まずは最初に第二王子派が好みそうな揚げ物が振るわれる。

 しかしそこには肝心の肉が入っていない。


「肉を入れなきゃ、第二王子派は納得しないよ?」


「こいつはね、器なんです。食べてみます? 調理に携わっているのなら、これの役割がわかるはずだ」


 洋一は試食を勧めた。

 店主は眉を顰めながら口に入れる。


「へぇ、これ自体が一つの料理になってるね。ザクザク、ガリガリと非常にか見応えがある。肉との食感も心地いいね。それと中に入っているのはチーズだ。こんな高級品、うちみたいな安飯を扱ってる酒場じゃ扱えないよ?」


「だからこのサイズなんです。これはチーズを味わう料理じゃありません。あくまでも風味づけ。肉にアクセントをつけるための工夫です」


「なるほどね。齧った時にちょっと味気ないと困るからね」


「ええ、そして器の熱が冷めたら、これを乗せます」


 洋一は合わせた調味料に漬け込んでいた生肉と生魚のミンチをそこに和えた。


「肉の他に魚も? これで第一王子派は納得しないんじゃないのかい?」


「これは実際に食べてもらえれば」


「じゃあ、いただくよ」


 店主は恐る恐ると手に取って、まずは和えた肉のミンチを口に含む。


「あれ、いうほど生臭くないね。ごまの風味がニオイを消したのかい?」


「はい。つけ合わせた醤油という調味料も相乗効果を生み出してます。そして器も食べ勧めてみてください」


「言われなくたって」


 口の中で旨みが凝縮した肉が暴れ出した。

 そこにザクザクとした揚げ物が入り込み。

 それぞれが異なる食感を生み出して、咀嚼するたびに新たなる味が生まれた。


「おいしいね! これは正直この料理に対する偏見を持っていた私の目を覚まさせるのにふさわしい逸品だよ!」


「ちなみにこれ、生をトッピングすることで第一王子派。器に包んで一緒にあげるのを第二王子派と分けて扱います」


「材料は一緒かい?」


「はい。器だけ揚げるか、器と一緒にあげるかでの違いしかありません」


「いいね、気に入った。あんた、手伝いな」


 洋一は見事味覚で合格をいただき、その日は酒場での新メニューを振る舞う手伝いをした。


 ヨルダは特定の野菜。

 ティルネは合わせ調味料。

 シルファスは合間にお好み焼き屋たこ焼きを販売し。

 ヨーダはビールやジーパ酒を適温で配膳。

 マールはゴールデンロードで培った配膳技術でテーブルへ料理を運んだ。


 洋一の発案したメニューは瞬く間にザイオン全土に広がった。

 食の好みが激しいザイオン人も唸るほどの味の融合は、今までちょっとしたことで諍いあっていた両陣営に深刻なダメージを与えることになっていた。




「それで、ゼスターさんに頼みなんだけど」


「え? 今更」


 確かに今更だろう。

 何せ料理を振る舞ってから一ヶ月ほど、ゼスター陣営として行動を共にした洋一からの提案だ。

 すっかり第四王子派として定着した頃への呼びかけである。


「実はうちのヨーダさんが、アーサー王子を軍門に入れたけど、本人はシルファス殿下を担ぎ上げるつもりでいたんだよ」


「え、兄貴は王位継承権捨てたんじゃなかったっけ?」


「捨てたよ」


「じゃあ、どうして?」


「それはオレが捨てていることを把握してなかったからだな」


「ヨーダさんはとても思い込みが激しく、口を出すより先に行動するタイプでね。話を通す前にもう行動してた」


「うーん。なんという行き違い」


「褒めんなよ、照れる」


 褒めてはいない。しかしこれくらいのポジティブさだからこそ、成し遂げてきた功績が山のように積み上がるのだ。

 

「で、オレにアーサー兄貴の手伝いをしろって?」


「いや、よかったら軍門をそのままあげるから采配してみないかって。すっかり内で支給してる飯に夢中だし、いい機会かなと思って」


「うーん、話が急すぎるんだよな」


「ちなみに、第二王子派も懐柔済みです」


「え、いつの間に?」


 洋一は屋台にぶら下げてる鈴を取り出した。


「これこれ、こうで」


「うわぁ」


 そこにはシルファス風にいうと相当に入手条件の厳しいレアアイテムの宝庫で。


 洋一が気に入られた人物は先代国王時代からザイオンを見守り続けてきた偉人ばかりなのであった。もうそれを持っているだけで勝ち確。

 王位は目前といったところである。


 けれどゼスターは、首を横に振って鈴を洋一に突き返した。


「こんなん貰えないよ。むしろせっかく旦那を信じて分け与えた鈴を他人に簡単に渡しすぎだってば。こういうのは自分で勝ち取らなきゃ意味がない。ザイオンは武力や礼儀を何よりも重んじるからな」


「礼儀に関しては思うところがあるが?」


「それは……」


 今のザイオンはどこかおかしくなった。

 昔はこうじゃなかったと弁明するゼスター。

 兎にも角にも、洋一達は向かう場所ができたからと鈴と第一王子の軍門をゼスターに押し付けて、逃げるようにザイオンを後にした。

 八咫烏の姿見(輝くトラペゾヘドロン)で。


 一瞬の出来事である。

 瞬く間に姿が消えたと思ったら、王位が目前まで転がり込んできた形だ。


「こんなの貰ってどうしろってんだよ」


「洋一さんはリーダーを後押ししてくれたんですよ」


「いい加減、自分がたらしであることを認めるべき」


「そんなの初めて聞いたってばよ」


 ゼスターは一人項垂れる。

 誰よりも野望は大きいと自負していた。

 しかし道半ばという自覚と、己の無力さをこれでもかというほど嘆いた。


 今の自分が王になったとて、たみはついてきてくれるのか?

 そんな不安が胸中より溢れ落ちるのだ。


「まぁ、なるようにしかならないんじゃないですか?」


「そう、ダメで元々」


「そうだな、せっかく信用してもらえたんだ。やるだけやってみっか」


 仲間から応援され、ゼスターは前を向く。

 ザイオンの歴史上、最も優しい王様誕生の瞬間であった。

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