40話 ポンちゃん、ダンジョンを巡る
あれからいくつかの街を巡り、住民をパワーアップさせてきた洋一達は。
派閥のパワーバランスを崩すことに成功していた。
むしろ王族の権力すらも瓦解するほどの獣人パワーアップ具合に「やりすぎてしまったかな?」など思っている。
尚、他のメンバーが「今更か?」なんて思っているのまで含めて平常運転だった。
「そろそろダンジョンが見える頃かね」
「ああ。それまでの準備
洋一の声かけに、シルファスが頷いた。
今までの活動は、すべて顔と名前をうるための行為だった。
ザイオンでは名声を高めるのがとにかく重要で、ミンドレイやアンドールみたいに金を積めばなんとかなる国民性ではなかった。
ジーパのように強さを認めさせる必要があるのだ。
そのために行うのが『ナワバリ』であり、その抜け道的なのが『鈴集め』だった。
この鈴というのがナワバリボスから認められた証であり、通行手形の代わりとなる。
洋一達は屋台を引っ張ったままの移動を続けた。
店先に鈴を複数つけているのは客寄せ効果もあったのだ。
客の味覚に合わせて商品の提供をしており。
まずは生肉から試食させ、そのうち徐々に火入れしてから本格的に商売を始めるというやり方で資金稼ぎと情報を手に入れていた。
「ダンジョンの入り口はこっちだ」
「手慣れているね」
洋一がやはりシルファスを仲間に引き入れて正解だったと微笑む。
「最初にクリアしたのがここだしな」
にべもない。と言った感じで受付で淡々と手続きを進めるシルファス。
「だったら顔パス行けたんじゃねぇの?」
シルファスの顔で通れたんじゃねぇのか? とヨルダが尋ねるが、シルファスは首を横に振って否定してみせた。
「俺は良くても、お前らがダメな奴なんだよ」
「あー、そう言う」
ザイオンという国は実力至上主義者の集まりらしい。
トップが認められていても、連れが無条件で危険地帯に入れる許可は降りないらしい。
この国では冒険者的な存在意義がとても薄く、ギルドで斡旋される仕事はその場しのぎのような、日銭でしかない。
大きく稼ぐんだったらナワバリボスの手下になるか、それなりに顔を売るしかなかった。
「手続き終わったぜ。やっぱこの鈴の効果がでかいな」
「鈴だけでわかるもんなのか?」
「ダンジョンの受付は地域ごとのボスがどういう傾向なのか大体把握してるんだよ。この鈴なんかは力を認められないと、まずもらえられないもんだ。こっちなんかは力だけでもダメで、神器を通してようやく得られるやつだ。盃を交わしたろ?」
「あの酒は美味かった。親分も話のわかる人でよかったな」
「あれを平然とやり過ごせる洋一さんがおかしいんだよ。本来はもっと緊張するもんだぜ?」
森林の街トマホークの次に渡った街でのことだ。
そこ、ハルバードではヤクザの多親分のようなナワバリボスがいて、商売の許可を通すのに飯で唸らせる必要があったのだ。
面通しはアンカー、トマホークの鈴をつけていたことで実力を認められて、いくつか約束事を取り付けた。
そのうちの一つが、最近色が細くなった多親分の食事を洋一達が受け持つことだった。それに成功してから乱取り稽古で武を示し、改めて客人として認められた形だ。
シルファス曰く、隠しキャラとしても登場するが、仲間に入れるためのイベントが非常に複雑で、全てを網羅した攻略情報が出たのが発売から3年ごと言われた。
それまではスポット参戦タイプのNPCで、病気で離脱するまではずっと一軍キャラだったそうだ。
単体で十数匹のモンスターを魅了し、配下に置くことで己のステータスを上昇させる文字通りのチートキャラだとか。
単体でも弱いことはないが、病弱ステータスであまり長いこと戦場にいられないのがネックとなっていたらしい。
「で、この鈴だが。鳴らすと将軍をその場に呼び出すことができるものなんだ」
「それはゲームのシステムでは、だろ?」
「いや、実際に使えるぞ。まぁ、病み上がりの将軍を酷使しようというつもりはないよ。ここはゲームの世界じゃないからな」
「本当に使えるんだ、その鈴」
「ダンジョンでモンスター操れるって強すぎない?」
「操れるモンスターは獣タイプに限るので、ダンジョンでは戦力ダウンするな」
「ああ、ダンジョンによって出てくるモンスターは結構差があるもんな」
「そうそう。ザイオンは獣タイプより虫が多いかな? ムカデとか、蜘蛛とか。ヨルダはそういうの平気な子?」
「忘れましたか? ヨルダ殿は単独でサンドワームを撃退してます」
ああ、あれも虫か。納得するシルファス。
「では、出店予定も取り付けましょうか。シルファスさん、お願いします」
「はいよ。洋一さんはテイマーとしていくんだっけか?」
「ベア吉やおたま、牡丹なんかがそれに該当するな」
「ベア吉以外活動してないように見えるが」
「この子達はグータラでな。シルファスさんの精霊なんかもそうだよね」
「これは剣の妖精だから。武器を使わない限り出てこないよ。たまーに、喋りかけてくるけど」
「うちのもそんな感じ。ベア吉だけが働き者なんだ」
「キュウン(なになに? なんのお話?)」
「ベア吉は働き者だなーって話ていたのさ」
洋一はしゃがんでベア吉の頭を撫でた。
くすぐったそうにベア吉はされるがままで受け入れている。
それを見ながら、シルファスはここまで懐くものなのか? と疑問符を浮かべていた。
「懐いてるよな。すっごい」
「師匠とベア吉は親子みたいなもんだからな」
シルファスの疑問にヨルダが答える。
「うちの妖精もこれくらい懐いてくれたら良いんだが」
ミンドレイで解放した。されていた妖精。
剣の封印を解放した時以外、特に喋りかけてこないことを暴露する。
「ゲーム的にはどうされていたんですか?」
ティルネがシルファスの知識にはあったのか尋ねた。
「ゲームの節目節目で出てきてアドバイスをくれるな」
「それ以外は?」
「そういえば、日常での出番はなかったな。所詮はゲームの脇役程度に考えてたが。確かにおかしいな。一緒にいるのに戦闘以外でしか接点がないなんて」
シルファスはここにきて妖精とやらの存在に疑いを持った。
ゲームのパッケージでは常にシルファスのそばにいたはずなのに、ストーリーに一切絡んでこないことに違和感を覚えたのだ。
「まぁ、うちの子同様面倒くさがりなんでしょう。出番が来るまで気長に待っているとしましょう。それよりも何を出します?」
屋台の話をする。
ダンジョンという環境で屋台を出すのは普通なら正気ではない。
しかし洋一の技量があれば問題ないのだ。
肉の提供はいつでもできる。
それを生で提供するか、茹でるか焼くか。
その方向性を考えた。
「その時々で変えたい、っていうのはダメかな?」
「ダンジョン側がそれで納得してくれたらいいが」
「そういえばこっちのダンジョン踏破時に、妖精の解放なんかは?」
「解放したのはこいつなんだ」
シルファスは聖剣のエクスカリバーを取り出した。
「それ自体が鍵だったんですか」
「鍵というより、これの入手がラストダンジョンに入るための鍵なんだ。まぁ、キーアイテムって意味だけどな。これを抜ける条件が王族で、それなりにステータスが満たせてないとダメなんだよ。俺はその必要ステータスを知ってたからな。隠密マントと浮遊靴、転移の指輪で敵の目を掻い潜りながら低レベルで入手したんだ。特に守護者とかいなかったからな。あとはこいつの力でバッタバッタ倒してレベル上げしたんだよな」
「剣の力に頼ったんですか」
「マジで非力だったんだよ、この体」
「女の体はマジで筋肉つかないよな。オレもダメだった」
「素質がなかっただけですね。私も痩せた状態を維持するのが恐ろしく難しかった」
ティルネがおどけるように言った。
それは素質云々の話ではなく、単に食べるのが好きで運動が嫌いだっただけではないか?
ヨルダは訝しんだ。
「俺は逆にそういうの気にしたことないぞ? 自分の向き不向きなんか、考える暇もなかっただけというか。俺はこんな性格だからな。まぁなるようになるかと考えてたらここにいた感じさ。だからみんなにこうなってほしいとか、そういう理想はないな。逆にみんなは俺にこうなってほしいとか理想ってあるか?」
洋一の問いに、皆は黙認した。
自分の理想像を上げるのは簡単だが、他人にまでそれを強要するほど自分は強欲ではないと考えてしまったのだ。
「特にないな。師匠は師匠でしかないし、そこまで理想を押し付けたりとかもできないよ。まぁもう少しデリカシー欲しいと思ったことはあるけどな」
「それは正直すまんかった」
ミンドレイの禁忌の森での出来事だ。
藤本要に接するようにヨルダに接したこともあり、そこで恥ずかしい思いをしたことに苦言を呈したのだ。
こればかりは洋一にも思い当たることがあったので謝罪をした。
しかし終わったことなので、それ以上は追求せずに、もう直して欲しいことはないと言い切る。
あの頃はまだ、女を捨てきれなかったぜ、とヨルダは未熟さを自覚した。
今はもうそんな不覚は取らないぜ。
藤本要との出会いがヨルダを大きく成長させたと自ら公言してるほどだ。
「じゃ、ダンジョン内の案内を頼むね」
「おうよ! ここは俺の庭みたいなもんだからな」
◆
盟約の鈴を揺らしながら、洋一達はダンジョンの中で屋台を引いた。
最初こそ物珍しげな視線から、因縁をつけてくるタイプの獣人もで多種多様。
なんなら最初から強盗目的で喧嘩をふっかけてくる輩もいた。
秒で始末したのはティルネである。
「いやはや、ダンジョン内は誰の管轄でもないでしょうに。困った賊がいるものです。さぁさ、賊は懲らしめました。営業再開です、順番に列を作ってお並びくださいね」
パンパンと手を払いながら、荒くれどもを始末し、お客さんへ笑顔を振り撒く。
一見温厚そうなティルネだが、対人戦で恐るべき戦果を挙げている。
これは手を出したらまずいと遠巻きに見ていた荒くれたちにアピールするいい機会となった。
「注文、お好み焼き(半生)3、たこ焼き(トロ生)3! 紅生姜たっぷり目で!」
「生やき3、トロタコ3! お待ち」
中でも人気なのが生の風味を極限まで活かした焼き物だ。
ほぼ生だが、表面をカリッと焼き上げた上で紙で包んでいるので液漏れせず、食べたら口の中で新鮮な生肉が広がる不思議な味が好評のようだ。
ダンジョンにはザイオン中の強者が集まっているという場所もあり、食文化が千差万別。
シルファスも武者修行にもってこいと息巻いている。
「こいつがうめぇんだ」
「あ、ずり。リーダーの俺が5個だろ?」
「金出したのは俺だから一個多くもらえる権利があるんだ」
たこ焼きに至っては9個入りというのが災いして、二人で食べるとどうしても一個余る。そういう時にリーダーにわけ与えるか、金を出した側がもらうかで度々喧嘩を起こしていた。
たった一個といえど、死活問題かのようである。
「喧嘩なさらずとも、もう一つ買えばいいじゃないですか」
たこ焼きをひっくり返しながら、洋一が問いかける。
「この列を前に複数買うなんて恐ろしいことできるわけねぇじゃねぇか。あちこちの縄張りの右腕がそこかしこでメンチを聴かせてるんだぜ? 流石にそんなおっかねぇ真似できねぇよ」
とのこと。
仲間内では喧嘩できるのに、相手が格上だとそれは流石に怖いそうだ。
営業妨害になるのは気にしないくせに、自分勝手なことだけは一丁前に主張するのはおかしなものだなと思わずにはいられなかった。
たこ焼きとお好み焼きは順調に売れている。
その横では新鮮な野菜や、乾物を売りに出してるヨルダの姿もあるが、ザイオン人は野菜より肉派が多く、あまり重要視してないようだった。
扱う野菜のほとんどはたこ焼きやお好み焼きに使用してるものなのだが、自らそれを作らず、買えばいいと思うのはどうやら国民性のようだ。
「ヨルダ殿、いずれ真の価値をわかってくれるお客も現れますよ」
「おっちゃんの団子も売れてないようだけど?」
「これは我々の非常食ですからね。価値がわからない人にはそれでいいと割り切ってますよ」
「トマホークの街じゃあんなに飛びつくほどの絶賛だったのにな」
「ええ、ですから所変われば品変わると言ったところでしょう。ここでは見向きされずとも、私どもの扱う商品を求めている層は絶対いますから」
「そだね。オレも手抜きしないように気をつけなきゃだ」
「その意気です。と、言ってる側から注文が来ましたね」
洋一から、注文書が送られてくる。
自分の扱う料理のほかに、ヨルダ由来の作物や、ティルネの菓子が欲しい時にその紙が回される。
「学園のお嬢様たちから? 今度はなんだろ」
「いつも通りのジーパ菓子……と、どうも向こうでは3年生は卒業し、それぞれの進路についたようです」
「え、早くない?」
「ダンジョンの中は外の世界と異なる時間が流れるものですからね。私たちの基準ではそんなに立っておらずとも、向こうはそうではないと言ったところでしょう」
「そっかー、偽物姉ちゃんもとうとう卒業か。こっちにはいつ頃合流できるって?」
「エネルギーを節約するために、直接ザイオンに渡るそうですよ。どうもエネルギーを他のことに使って全部使い切ってしまったようで」
「バカなのかな?」
ヨルダは言い切る。そういうのは合流してからでもできることじゃないのか?
そう思わずにはいられないヨルダだった。
「さて、私どもには明かせないサプライズがあるのかもしれませんぞ?」
「それ、師匠に隠してまでやることなのかな?」
ヨルダとティルネ派どうでもいいことであーだこーだ言いながら、必要な作業を済ませた。
ジーパ菓子とジーパさんの穀物。それにジーパ由来の調味料を紀伊向けに送る。
洋一側でもたこ焼きの他に幾つか肉まんや餃子などを添えて送っていたようだ。
「これでミッションコンプリート、かな?」
「代わりに手紙も送って来ましたね。どうも旅に出たのはヨーダさんとうちのマールだそうで。二人旅のようです」
「女二人旅、INザイオンか。初手暴徒に襲われそうで不安しかない」
なんならザイオンに渡る前のマッシュアンクで一悶着ありそうだとヨルダは予想する。
「ヨーダ殿は正直学園内で動きづらそうにしてましたからね。むしろザイオンの方が暴れられるくらいに思ってるかもしれませんよ?」
「あー……、まぁそうだね。でもマールさんは?」
「あの子もなんだかんだ、私の姪っ子ですからね。誰に似たのか行き着いた魔法力学も音と、似通った部分も多かったのです。ザイオンで音は効果覿面ですからね」
ティルネは自身の魔法力学で実際に獣人相手に無双している。
対人最強の名を恣にしているのは、相手が目でものを見て、耳で音を聞き、鼻で匂いを感じ取り、舌で味を感じ取れる構成要素が全て揃っているからだった。
だがこれには致命的な弱点もあって、効果範囲内にいれば自分にも害が及ぶ無差別攻撃であるということか。
何度も誤爆しているヨルダは、絶対にティルネだけは敵に回したくないという顔をする。
「音、と言っても流石に味覚や嗅覚までは攻撃してこないよね?」
「あの子は音の伝達する場所なら、どこでも魔法陣を設置できるという離れ技をやってのけますよ。詠唱を必要としない簡単な魔法に限りますが、相手が見えずとも対応ができるので、実は私より強い可能性まで出て来ています」
「あー、加護は【放射】なんだっけ?」
「はい【蓄積】とは異なるエリートの血筋ですからね。兄上は今頃嘆いておられる頃ですな」
ティルネはわっはっは、と大笑い。
心のどこかで兄に対する鬱憤が晴れた心地で、姪を称賛している。
悪い叔父だ。
「おっちゃんの兄ちゃんかわいそ」
「はっはっは。実際兄上より偉くなりましたからね、マールは。何も言わせませんよ。私の時は庇ってくれた兄でしたが、それは家柄を守るためのものでした。同様に優秀なあの子まで男爵家の敷居の中に閉じ込めようとした。その反動が今になって来たんです」
貴族にとっては爵位が周囲に示すステータス。
その分責任は重くなるが、だからこそ周囲には場を聴かせられるというものだ。
そういう意味では男爵位というのは立場の弱い存在だった。
「ぶっちゃけ、偽物姉ちゃんに出会ってなかったらそこまでの地位向上はしてなかったんじゃね? オレの代わりに入ったとして、オレが学園に行けた可能性って低いし」
「そこなんですよねぇ。今度合流した時に、彼の方がした功績に私は頭が上がらないのです」
「オレもなんだかんだ妹との仲を取り持ってもらってるしな」
「彼の方、一見飄々としてるくせに隙は一切見せないんですよね」
「流石師匠の元相棒ってところか。油断できねぇな」
「ええ、恩師殿の弟子として相応に奮いましょうか。後から弟子入りしたら、生前の順序なんて通用しないと言っておけばいいのです」
「そだね。ありがと、おっちゃんの言葉でちょっと気分が楽になった」
ティルネとヨーダが口裏合わせをしている先で、洋一とシルファスは店じまいの支度を終えていた。
材料が尽きたので、ここでの営業はおしまいということらしい。
「随分と二人で盛り上がっていたが、なんの話してたんだ?」
「これ」
「ああ、ヨッちゃん無事卒業したんだ?」
「え? 早くない?」
驚いたのはシルファスだ。
どうやらダンジョン内で過ごすデメリットをあまり知らないみたいだ。
中途半端なゲーム脳が、現実とのわずかな差を見抜けずにいたみたいである。
◆
「こっからこっちが最短ルートだ。まぁ見ての通り足場が一切ないので近道にできるかどうかはその人次第ってわけだ」
シルファスが道のない行き止まりで、そんなことを述べた。
これもゲーム的知識なのだろう。
自分だけならいけるが、魔法のアイテムを人数分揃えるのは至難の業だという。
そもそも国の宝物庫から勝手に拝借して来た代物だ。
似たようなものがそこら辺にあるわけもなし。
「いけそうかな、ティルネさん?」
洋一は建築と音魔法の使い手であるティルネに任せた。
「ここはヨルダ殿の方が得意でしょう」
自分の分野はあくまでも下ごしらえだと宣言する。
ものがそこにあって初めて作用するものだという。
対してヨルダは創造系。
無から有を作り出す。そのためのリソースを魔力から変換するための方法を知っている。その入り口が仙術だとティルネは語った。
「なるほど。俺には魔法のあれこれがわからないからな。ヨルダ、いけそうか?」
「降霊術ありきならワンチャン。ただ、砂が少ないから姉ちゃん呼ぶのに少し難しい感じだな」
「キュウン?(砂で作ったゴーレムならあるよね?)」
「どしたー? ベア吉。お腹すいたか」
突然鳴き出したベア吉の首をさすりながらヨルダはポシェットから加工済みのベーコンを取り出した。
「ああ、違う違う。ベア吉はさ、異次元バッグに砂で作ったゴーレムがあったはずだから、それを媒介にして召喚したら良いんじゃないかって提案をしてくれたんだよ。な?」
「キュウン!」
ベア吉はその通りだと吠えた。
それはそれとしてベーコンも食べた。
せっかく取り出してくれたのに、食べないのも悪いと思ったのかもしれない。
「なんだ。じゃあそう言ってよ」
「ベア吉は喋れない分愛想がいいからな」
声は聞こえるが、厳密には喋れないのと同義だろう。
洋一はベア吉をあやしながらもう一本取り出したベーコンを食べさせる。
小腹でもすいてたんだろうかという悔いっぷりでペロリと平らげた。
「まぁなぁ。ベア吉はベア吉だもんな」
ウリウリと相手をしてやりながら、陽一の言葉を思い出す。
「そういえば、居たね。砂ゴーレム」
「砂ゴーレムがどうした?」
「ジーパの仙術の真髄が見れるぞ」
シルファスが尋ねる。洋一がよくわからないけどと付け加えながら答えた。
「姉ちゃん! お久」
「ふむ、久しぶりの顕現だ。元気にしていたか?」
「アンドールの時ぶりだね」
「一年と少しぶりか。と、見慣れぬ顔がいるな」
「ああ、新しく一緒に行動することになったんだ」
「シルファスという。本当にスクナビコナ様を仲間に引き入れているとは思わなかった」
「ぬ? 名乗っておらぬのに私の素性を看破した?」
お砂が少しばかり警戒を強めた。
「看破っつーか、オレが話した?」
「そうか。私はお前のお姉ちゃんだからな。ついつい姉自慢をしてしまうのも仕方のないことだろうて」
「オレもそろそろ一丁前だと思うんだけどね。でもまだまだだなって思うところもあるわけだよ」
「そうだろう、そうだろう。して、その問題点とはなんだ?」
ヨルダはお砂に見渡す限りの水平線を指差した。
「これがどうした?」
「実はこの奥に近道があるらしくて、でもオレたちは海の中に適性があるわけでもなく、空も飛べない。なんとかしてほしいなって」
「ふむ。ならば簡単じゃ。水そのものに意識を乗せて、そこを踏んでもすり抜けないように道を作れば良いぞ。畑にとって水は友達じゃ。制御もお手のものじゃろう?」
「なるほどなぁ。ちょっとやってみる」
コツを掴み、ヨルダが降霊術の媒介先を水に向けて放ってみた。
砂はお砂を召喚するために必要なものであり、別に砂を操るのが本質というわけでもない。
「なぁ、あのキャラって仕事を任せるために呼んだんじゃないのか?」
「うーん、これは説明するのが難しいことなんだが」
シルファスの質問に、洋一は腕を組んで首を傾げた。
「ヨルダとお砂さんは姉弟の関係なんだよ。何でもかんでも頼るんじゃなくて、教えを乞うのが順序として先なんだ」
「なるほど。ザイオンの鈴としての役割じゃなく、教えを乞い、その上でやってみるのか。技術の伝承みたいなものかな?」
「当人にその意思はないけどね。ただ、頼るだけで自分で何もしないのが嫌だってだけの話さ」
「そうか」
「俺もシルファスさんも、誰かの下につくタイプじゃないだろ?」
「全くだ。そう思えば、いい関係なのかな?」
「いい師匠だよね。俺はヨルダになんにも教えてやれてないから、みてて心配になることがある」
お砂とヨルダの関係性は、師弟の理想だ。
自分にはそれができているのか、たまにわからなくなるとぼやいた。
「何言ってんだ。誰がどうみても慕われてるじゃねぇか。物を教えるかどうかじゃねぇよ」
「そうかな?」
「洋一さんはさ、なんでそんなに自分に自信がないんだ?」
こんなに強いのに。
そこまで言いかけて、洋一は口を噤む。
「さぁな。俺は最初からこんなに強かったわけじゃないよ。俺一人じゃ、そこまででも無かった」
「信じられないな」
「この話をした後かな? ヨルダは自分と同じだって、自分の生き方を見直したように思う。ティルネさんもそうだ。最初から皆特別だったわけじゃない。自分の可能性を勝手に決めて自分で壁を作っていた。他人から言われただけですぐにその世界は開けないかもしれない。俺にはきっかけになってくれる人がいた」
それが藤本要、ヨッちゃんという存在だ。
本宝治洋一にとっての藤本要は、その場で引きこもってる洋一を外の世界に導いてくれる。そんな存在だった。
自分の小さな世界しか知らないからこそ、卑下するんだ。
ならば外の世界を見せて、自分と同じそんzアイデ仲間を作ればいいと、気楽に言ってのけた。
そんな出会い、横のつながり、腐れ縁が今の洋一を支えている。
「そっか、出会いか」
「そうそう。俺は自分とは異なる、自分を必要としてくれるその人と出会って、一緒に過ごすうちに自分はそうやって生きてもいいんだ、と道がひらけた。その結果が今に至るのさ」
「俺も、洋一さんと出会ってなかったらずっとお好み焼きで天下取るって夢は諦めてたからな。そういう出会いの積み重ねで、人は成長するか」
「そうだな、俺はそうだった。シルファスさんもそうであってくれたら嬉しい」
「そんな洋一さんだからあの二人はついていこうと思ったのか」
「だといいなって話さ」
「と、終わったようだな」
自分語りを終えたところで、ちょうど水の橋が向こう岸までかかるのを確認した。
どうやらヨルダがやり遂げたらしい。
「ヨルダ、ものにできそうか?」
「まだ難しいけど、コツは掴めた。回数を繰り返して、ようやくかな?」
「1を教えて8を知る。妹だからこそ教え甲斐がある。お姉ちゃんは鼻が高いぞ!」
お砂は上機嫌だった。
10まで理解されてしまうと教え甲斐がないので、教える余地を残すのが師匠としてのあり方なのだろうか?
それともまだ自分も8しか知らないか。
洋一には知り得るはずもない。
「師匠! あまり長く持たないから早く!」
「今行く。ベア吉、荷車を出してくれ。すぐ出発するぞ」
「キュウン!(任せて)」
荷車に全員を乗せて、ベア吉は水の橋を素早く駆け抜けた。
不思議な感覚だった。
まるで空を浮かぶような心地だ。
「風情だな。カメラがあったら写真に残したいくらいだ」
「似たような魔道具ならあるぞ?」
「へぇ、今手持ちに?」
「相変わらず国宝だ。宝物庫に忍び込む必要がある」
「そりゃ残念」
今ここにないなら意味がない。
だからこそ、強く記憶に留めておこうと思う洋一だった。
◆
シルファスからの情報を得て、水上を乗り越えた洋一達を待ち受けていたのは、南宋も突き抜けたような大穴だった。
「これは近道っていうより、ただの穴じゃねぇの?」
ヨルダが穴の裾から光も通さぬ奥底を見通しながらぼやく。
光の魔法で奥を照らそうとも、どこかで途切れてしまうのだ。
屈折が全くない壁七日、それともまた別の原因か。
ヨルダにはさっぱりわからないし、理解しようとも思えなかった。
別にダンジョンそのものに興味はないからだ。
「はっはっは。アンドールを思い出しますな」
アンドールで領主を追い詰めた時、みんなまとめて大穴に落とされた記憶を思い出したとティルネ。
あったなぁ、そんなこと。
あの時はヨーダ率いるマールやヒルダといった魔法使いが複数いたことで急場を凌いだ。ベア吉の巨大化でことなきを得たが、みんなの一致団結で結んだ結果を当たり前のようにできると思われるのは少し違うなと思う洋一である。
「シルファスさん、もしかしてゲーム知識に頼りすぎて一般人が通れるかどうかの考慮を忘れてたりなんかは?」
「いや、洋一さん達ならなんとかできると思ってさ」
「うん、まぁなんとかはするけどさ。ヨルダ、どれくらいの高さがありそうだ?」
「お先は真っ暗なんだよね」
「じゃあ、前回と同じようにベア吉に無理してもらうか。出来そうか?」
「キュウン(任せてよ!)」
ベア吉は少し体を振るうと、体を大きくさせた。
ちょうど両手両足を左右に広げて穴に引っかかるくらいのサイズだ。
洋一達は荷物をベア吉の影にしまって、穴を降りることにした。
「この子、すごいなぁ。さすが神話級だよ。えらいえらい」
「キュウン?(僕は僕だよ?)」
「すごいのはベア吉の普段の頑張りだからで、神話級とかそういう括りで見るのは失礼だと思うんだよな」
洋一がベア吉の背中を撫でながらシルファスへ向き直る。
ベア吉がこうやって洋一達と一緒に行動してるのは、一緒にいて楽というだけではなく、自分から仕事をしたいという姿勢があったからだと述べる。
それが生まれがすごいからと努力を蔑ろにされたらものだから、少し反抗を見せてしまう。
「その、ごめん。俺も王族と一括りにされたら少しむかつくのに、この子にも同じ目を向けてた。そうだよな。お前は肩書きで恐れられるやわな存在じゃない」
「いや、いいさ。ゲーム的にもすごいんだろう? そのミソロジーってやつは」
「ラスボスが霞むくらいの強さでな。出会ったら逃げろが鉄則みたいな存在だよ。ハードモードでしかまずお目にかからないんだけどさ」
「キュウン!(パパ、お腹が床についたみたい)」
「と、到着したみたいだ。案外底は浅かったのかな?」
「いや、結構距離はあった感じだけど。こうやってそこを見ないで降りるから、早く感じるのかもな」
魔法具があった時は、いつまで経っても底が見えなくて怖かったらしい。
それでもゲームの情報通りに10層に繋がったのでホッとしたとかなんとか。
今回は特に壁に両手脚を引っ掛けてズザザザザザーと降りて行ったのもあって割と早く下まで着いた感じだ。
「助かったぞーベア吉。あとでいっぱい野菜あげるからな!」
「よかったですね、ベア吉。ヨルダ殿のお野菜は栄養満点で病気知らずですよ」
「キュウン!(僕ヨルダお姉ちゃんのお野菜好きー)」
ベア吉は小さくなりながらヨルダの顔をベロベロと舐めた。
「さて、ここから先は徒歩でいいのかな?」
またゾロ足場がない場所はやめてくれよ、とシルファスに釘を刺す。
「ああ、守護獣を討伐したら休憩しよう」
「守護獣というのは?」
「ダンジョンボスというか、中ボスなんだけど。基本誰かが相手をしてたら通り抜けるのは容易だ。リポップするまでのロスタイムに通れる感じだな」
「なんか人だかりができてるけど?」
ヨルダが道の向こうを指差す。
それを見てシルファスが顔に手を置いた。
どうやらその利ポップ期間はとうに過ぎてしまったようだ。
「どうする?」
「倒せるなら倒してしまうのが手っ取り早いが、問題があるとするなら」
シルファスがチラリと前方を見やる。
そこにいたのは第一王子派閥と、第二王子派閥。それと新派閥のゼスター一派の姿だった。
「あ、ゼスターの兄ちゃんじゃん!」
「ん? 旦那達か! ちょうどいいところに!」
意気揚々と、ゼスターが手を上げてこちらに駆け寄ってきた。
少し離れてもみじとか絵でも同行している。
「やぁ、ゼスターさん。何か困りごと?」
「実はこの先にいる守護獣がさ、ガーゴイルなんだけど。俺はジーパで似たようなもんを食って大変に美味かったという話をしたんだ。したらあいつらに指差して笑われた。自分は間違ってねぇって証明したい、頼む、あいつらに世界の広さを見せてやってほしい!」
どうやら調理法で揉めているみたいだ。
「ああ、なんだそんなことなら別に。ちょうど腹ごしらえしたいと思ってました。でも向こうさんは少し目的が違うようですが?」
「ああ、向こうはいつもの小競り合いだな。どっちが先に倒すとかどうかの啀み合いだよ。俺たちは倒した後のことを考えてるのに、あいつらは目先の話しかしないんだよ」
話が通じなくて参るぜ、とゼスター。
洋一は仕方ないな、とベア吉に頼んで屋台を引き出した。
ただ屋台を出したというよりは、鈴を見せるのが目的だ。
どちらの派閥にも顔の利く相手からの縄張りボスの信頼の証である。
それを見た全員が、表情を緩ませる。
「さて、お話をしましょう。あなた達の今後の話です。どちらの派閥がトップになったとて、あなた達の暮らしはそう変わらない。そうですね?」
「なんだ、あんた? 叔父貴の鈴を持ってる時点で敵対関係を選ぶとまずいと理解できる。だが、派閥に首を突っ込むってんなら」
指の関節をゴキゴキと鳴らす虎獣人。
見るからに喧嘩っ早そうな顔立ちである。
「待ってくれ、こっちとしてはそっちとやり合うつもりはないんだよ。見ての通り俺は料理人でな。もしよかったら、食事を振る舞うのもやぶさかではない」
しかし、と続け。食材が尽きていることを明かした。
調味料はあるが、何か肉の代わりになるものはあるだろうかと提案する。
「あんた、このダンジョンは初めてか? ここに出てくるモンスターは虫系か岩系だ。倒したって食糧にはならねぇよ」
「ああ、だから干し肉を持ち込むのは当たり前だよ。それがこの階層で食材を尽きるなんて、二流だな」
ダンジョンの暗黙のルールを突かれ、洋一は照れ笑いする。
こういう時、派閥の諍いは自然と消えるものだなと気がつく。
「それは失礼しました。普段はモンスターを捌いて食べてるもので」
「それはまた、珍しい。食い出があるモンスターがない時はどうしてるんだ?」
「こうするんです。ゼスターさん、何か仕留めたモンスターなどはありますか?」
「おう、持ち帰りの品に……あった」
取り出されたのは、黄金に輝くゴーレムの頭部だった。
どう考えても食う場所がないそれを受け取り、洋一はニコリと微笑む。
「全部使ってしまっても?」
「その代わり絶品料理を頼むぜ?」
「その点についてはご安心ください。ヨルダ、油の準備を」
「天ぷらか?」
「エビチリにするんなら、ドレッシングも必要でしょう。ヨルダ殿、テーブルは必要ですか?」
「おっちゃん、頼む!」
「俺は、何かするか?」
次々と仕事を割り当てられていく中、手持ち無沙汰のシルファスは尋ねる。
「とっておきのお好み焼きを頼む。ジーパの人は肉なしでも食べるだろう?」
洋一は、ザイオン人以外のメンバーにご馳走してやれと促した。
その視線の先にはもみじとカエデの姿がある。
一度一緒になった時、シーフード入りのお好み焼きを褒めてもらった記憶が蘇る。
「それぐらいなら任せてくれ」
「キュオン!」
「お、ベア吉も手伝ってくれるか。じゃあ、野菜の選別を任せようかな。お前の鼻は利くからなぁ」
「キュウン!」
シルファスはすっかりベア吉と打ち解けていた。
そして洋一は、ゴールデンゴーレムヘッドをミンサーでミンチ肉に変えるとそれを腸詰でソーセージに仕上げる。
粉多めの分厚い衣を纏わせて高温で一気に揚げた。
内側にしっかり火入れをする心配はない。
火入れするのは肉の無駄な水分を消すための仕込みだ。
カラッと揚げたソーセージを解き、それを事前に合わせたチリソースに合わせて水で解いた片栗粉をかけ入れてとろみがつくまで加熱した。
皿に盛り付け、実食していただく。
「これこれ! 塗り壁じゃないから風味は違うが、食感はそっくりだ!」
ゼスターが勢いよく食べ進める。
しかしふと何かが物足りないと気がついた。
「旦那、俺はどうもすっかりジーパの味覚になっちまったようだ。一度味わった米の味が忘れられないみたいだ。白米は残ってるかい?」
「米ならヨルダだな」
「食う機会がめっきり減ってるからあるにはあるぞ。けど古米だ。最近使わないから育ててねーんだよな。姉ちゃんに怒られちまうぜ」
「古米だと何か問題があるのか?」
「新米に比べて風味がな。だが、裏技もある」
炊くときに植物油と塩を入れるというものだ。
これによりこ目にツヤとシャッキリ感が戻ってくる。
この世界のコメにも通用するかはわからないが、何もしないよりはマシだろうと実行する。
「洋一さん、その具材余ってたらこっちにも回せるか?」
シルファスが声を上げる。
どうやらお好み焼きの具に欲しいらしい。
洋一は素早く揚げて衣を剥き、シルファスに手渡した。
一口味見し、味の構成を思い浮かべる。
「これで一回火入れしたってマジか? 生じゃん」
「そう思うだろ? しかし生で食うと少しべっちょりしてるんだ」
「ああ、そのネッチョリ感を消すための加工か。さすがだな」
「兄貴はどんな技術を見せてくれるんだ?」
「まぁ、見てろ」
シルファスが鉄板の上でお好み焼きを仕上げた。
その中にはエビを思わせるソーセージを入れたが、こちらは火入れは完璧とは言えない仕上がりだった。
ジーパ向けではない。むしろザイオン人向けの仕上げで。
「あんた達も食うだろ? さっきからこっちに恨めしそうな顔を向けてるぜ?」
シルファスが皿を差し出したのは、洋一達を遠巻きに恨めしそうに干し肉を齧る獣人達にだった。
「火入れした肉は食わない主義なんだよ、俺たちは」
「ああ、食ったら力が入らなくなる気がしてな」
派閥争い中のザイオン人は口々に言い訳を並べる。
「それは誤解だぜ、兄さん達。現に俺はジーパに行き、ジーパの飯を食った。ミンドレイの脂っこい飯を食べたが、力が落ちた気がしなかった。それはただの思い込みだったんだよ! 食べることで弱くなる、他国に流れて行かないための政策だと言っても過言ではない!」
ゼスターがはっきりと述べる。
その思い込みがザイオンが今まさに仲違いしている原因になっていると。
◆
食べてみろ。
ゼスターから言われた食わず嫌いが原因で、派閥が分裂しようとしている事実を突きつけられた男達はそこまで火入れがされていないお好み焼きを口にした。
今まで食べてきた肉のどれとも違う。
焦げた感じもなく、肉独特の臭みもない。
今までの血の滴る肉は、確かにワイルドではあったが、食べた後の口臭も気になった。それがこれはどうだ。
肉はほとんどと言っていいほど使われていないのに。
なんとも口に合う味わいをしている。
そして、食べ終わった後の満足感は、生肉を食べたときにも感じたものだった。
「これを食べた後で、守護獣を倒してもらう。もちろん、それぞれの派閥から選ばれた戦士であるあんた達なら余裕でこなせるだろう?」
「そりゃあな」
「もちろん、倒せなくったって問題ない。普段肉なんてほとんど食べてない俺が倒してやるからな。そして肉がなくても、飢えは満たせる、力がみなぎる料理を作れるのが他でもない、こっちの旦那なんだ」
ゼスターは身振り手振りで洋一を紹介した。
金属を先ほど肉っぽい何かに置き換えた料理人だ。
先ほど食べたお好み焼きの作り手は、同じザイオン人。
だから好みがわかるのだが、ミンドレイ人のこの男に任せて平気なのか?
男達の疑いの視線が洋一に降りかかった。
「その紹介の仕方はどうなんだ? まぁ、さっきみたいなので良ければいくらでも調達してやれるよ。生の料理がいいってんならそれも用意できる。ただ、食材はそっち持ちになるがいいかい? あくまでもこっちは持ってきた食材に対して料理を行うだけだ。なんでもは出せない」
男達は顔を見合わせる。
ゼスターの言い分は徹頭徹尾、食に関することだった。
生肉至上主義のザイオン人に、火入れした肉も美味いんだってことを証明するための活動を、ナマ肉の入手が困難なここダンジョン十層で行おうとしているのである。
「確かにこの満足度なら」
「ああ、熱いとどうしても舌が拒否反応を起こすんだが、これならば食べるのに問題ないな」
今まで熱の入った料理を食べてこなかった最大の理由は、極度の猫舌だからと判明する。
料理人に言ってくれたら、いくらでも対処するのに、戦士のプライドが邪魔をしたのか素直に言い出せなかったみたいだ。
「なら、俺たちはここに休息所を作る。ボスの部屋は閉じ込められる感じか?」
「普通はな。ゲームじゃそういうタイプだった。全部倒さないと、次の階層に降りる階段、もしくは転移陣が出てこないんだ」
「なるほどな。もし出入りが自由にできる空間を開けると言ったらあなた達はどうする?」
「師匠、何するの?」
「旦那、まさかジーパと同じことをここでも?」
以前体験したことのあるゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』が勘づいた。
「ああ、やってやれないこともないだろう。もしあれが可能ならば、存分に力を振るってもらえるし、ボス復活まで時間を取らせることもないと思う。それに……ダンジョンへのエネルギー供給にも繋がることだしな」
「エネルギーがなんなのかは知らないけど、それはそれで美味しいな」
「ゼスター、洋一さんは何をやろうとしてるんだ?」
「兄貴風にいうなら、リスポーンキルだ。ボスが沸くタイミングでボスを誘拐、ダンジョン内に出入り口を作れる旦那ならではの技能だよ。俺はそこでおおよそ一週間、基礎鍛錬を積んだ。ボスを傷つけず、いかに気絶させて持ち帰るかの研鑽を積んだんだ。無事に傷なく持ち帰ると旦那がご馳走を振舞ってくれたからな」
「なんて?」
シルファスが理解の及ばない、という顔をした。
意見を求めるようにヨルダに説明を求める。
当の本人は頭の後ろに腕を回して、当時を振り返った。
「ジーパのダンジョンはあいにくとオレたちは連れてってもらえなかったからな。ね、おっちゃん?」
「ええ。あの時の私たちは非常に無力な存在でしたからね」
まだミンドレイの土地での暮らししか知らなかった二人は、懐かしむようにジーパに渡った時のことを思い出す。
初手、ジーパの守り神を葬ってそれで水餃子を作って食べた。
懐かしい思い出であるからだ。
同時に、あ、この人には勝てないと本気で思い至ったこともあった。
「キュウン?(そうなの?)」
ベア吉にとって、二人は洋一の次に頼れる人間種だ。
だから何をそんなに謙っているのかわからない。
置いてかれないように必死に縋り付いているのはベア吉もまた同じだった。
「なんかわかんねぇけど、洋一さんはダンジョンすら自分の思い通りに手を入れちまえるということか?」
「正直、実際に見るまで信用できなかったけどな」
「お前が見違えるように強くなった時点で疑っちゃいないさ。でも、ゲームにそんなトリックはなかったからな」
ゼスターの言い分にシルファスは疑いの目をかける。
ゼスターが見違えるほどに強くなった原因が、洋一の料理だけではなく、そんな特殊な訓練法を用いてのことだったのは今聞いたばかりである。
洋一と一緒に行動してきたシルファスであるが、流石にダンジョン内を自由に切り開いて移動できるなんて見たことも聞いたこともないので、素直に信じていいものかと迷っていた。
「まぁ、実際に見てもらった方が早いからな」
洋一は包丁を取り出し、円を描くようにボス部屋の扉に大穴を開けた。
奥が見通せない不思議な空間だ。
「中を覗いてみてください。そのまま入って、出てきてもらって構いません」
「本当に入って、出てこれた?」
「信じられん」
「これで好きなタイミングで戻ってこれるようになりましたね。ダンジョンはボス部屋の開放、施錠がリポップ時間に大きく影響することは周知の事実だからね。倒し損ねたダンジョンボスが、二度目の挑戦で全回復していたことなんてのはよくある事例だろ? あれはさ、ボスの複製体が入れ替わって起きる現象なんだよ。その分のリソースをエネルギーで賄ってる感じかな? ダンジョン側も、あんまり踏破されたくないので必死なんだよ。と、まぁこれはオレの持論でしかないんだけど」
ダンジョンとの契約者としての見解を、契約者でもない人たちに説くのはルール違反という前に野暮だ。
なので事前に自分の見識として発表した。
これも多くのダンジョンを踏破してきた実績がなせるものだった。
「そういえば、そういうことも多いな。あれは複製体を使ってたのか」
「なお、こうやって出入りはできるが、扉が閉まってる状態だと、ダメージを与えてもすぐ復活するからなるべくダメージを与えずに失神させるのが得策だ」
ゼスターはジーパでのダンジョンボスを思い出し、語った。
牛頭と馬頭。
牛肉と馬肉。刺身にしてもうまかったが、ステーキにしても絶品だった。
肉が非常にたくさん取れたのもあり、洋一もあらゆるレパートリーを閃いた。
「ここのボス、鳥の石像、ガーゴイルなんだが?」
魔法で動く存在に、生け捕りは可能なのか?
そんな質問に、じゃあお手本を見せようかと洋一が立ち上がる。
「ヨルダ、ベア吉、お手伝いしてくれるか?」
「私は必要ありませんか?」
「力仕事だからね。その代わり調味料関連でお世話になるから」
「その言葉を聞けただけで十分です。いってらっしゃいませ」
先頭において、力不足を痛感するティルネ。
自分でもわかっている。これは相性の問題であると。
「うん、すぐ戻ってくるよ」
洋一はそう言って、ヨルダもお砂と同時に降霊術の準備を整えた。
ベア吉は、いつでもシャドウストレージに入れられるように影を伸ばしている。
「【活け締め】」
洋一がガーゴイルの動きを止めた。
「よい、しょぉおおおお!」
ヨルダが水が一切ない場所での大量の【水球】を発現。
ガーゴイルに窒息攻撃は効かない。
が、目的はそこではない。
「お姉ちゃん!」
「任された! スクナビコナ名において命ず。其はなんぞ?」
『我は水流! 意思ある水流! 神の意思が宿りし水の化身なり!』
降霊術の上位版、神を下す術式で、水に神経が宿った。
その水を、ヨルダが操る!
ガーゴイルは水中に閉じ込められ、そして即座に氷漬けにされた。
これでは動くこともままならないだろう。
「ベア吉!」
「キュウン!(いつでもいいよ)」
広げていた影に、氷結したガーゴイルがすっぽりとおさまる。
「と、まぁこんな感じかな? 俺たちが出ていくと同時にリポップするので、戦いたい人はここに残ってれば大丈夫だから」
皆が洋一達の手際にポカンとする。
確かに魔法を使っての攻撃は徒手空拳を生業とするザイオン人からしてみればずるく見える。
しかし何度もこの階層を突破したことのあるザイオン人ならば、それがいかに効率の良い仕事か理解する頭もあった。
今は顔を見合わせて、ただただ調理に映る洋一達を眺めてみている。
ただの料理人だって?
馬鹿も休み休み言え。
あれではイキっていた自分達がそれ以上できて当たり前だと態度で示さなければいけないではないか。
「あ、料理の方はもう少しお待ちくださいね。その前に準備運動でもしてきてはいかがです?」
洋一が穴の向こうを指す。
そこには完全復活したガーゴイルが、次の挑戦者を待ち受ける姿があった。
そこの階層を通い慣れている各派閥の獣人たちでさえも、軽い運動感覚でそのボスを倒せたことなど、ただの一度もなかったというのに。
◆
まずは最初に、第一王子派閥が力を見せつけるとボス部屋に乗り込んでいく。
観戦するものたちは一定数いたが、それ以外の荷物持ちのほとんどはガーがいるが一体どんな量に化けるのか、興味を示すものたちで溢れた。
「まずこいつは、そのままでは食えないだろう。干し肉への加工が推奨される以前に、討伐部位以外での提供もないように思うが、普段は倒したらどうやってるんだ?」
洋一は近くに集まってきた獣人たちに問いかけた。
獣人の多くは戦士だが、全員が全員戦士を生業としているわけでもない。
荷物持ちや、解体に長けたものもいる。
そんなメンバーに、チームごとの特色を聞いたのだ。
「基本的にそれらを持って帰ることはない。持っていくのはここら辺だ」
洋一が解体した後に、一際目立つ色合いの石に指を差す。
「これがゴーレムの心臓だ。ガーゴイルなどの石像なんかの核だな。こいつが残ってるとまた動き出すからな。これ単独では悪さはしてこない。討伐の要もこれをいち早く特定して、壊すのが定石だ。こんな綺麗な状態でお目に描かれたことはない。奇跡みたいなもんだ」
「そうなのか?」
「ああ。綺麗に切り取れる技術も確立していないからな。殺せば砕けた真核か、あるいは綺麗な状態の真核が手に入る。しかしそこまで綺麗な状態はお目にかかったことがない」
「その魔核以外は?」
「基本消えちまう部分だしな。持っていかないよ」
「ボス部屋の守護獣は消えるからね。納得だ」
ならば、こう。
洋一はその部位以外をミンチ肉に置き換える。
半分をミンチ肉に、もう半分をソーセージに変えた。
「何が起きた!? ただの石塊が突然肉に!」
「このままでも食べれそうなほどの血の滴る肉だ。恐ろしい技術だな」
サポートチームが洋一の技術に舌を巻く。
料理人という肩書き以外に、この技能ならそれはもてはやされるのもわかると頷きあっている。
「もちろん、このまま食べても良いでしょう。皆さんのチームにこれを均等に分けます。それでですね、俺たちと料理勝負をしてほしいのです」
「料理勝負だって?」
「ええ。本当に生肉以外で力が出ないのか? それを知りたい。ゼスターさんの言っていた言葉の真意を知りたい。俺たちはね、結構自分勝手な存在意義を行動理念にしています。それが料理なんです。自分達が美味しいと思うものをみんなにも広く普及したい。それが根底にある。しかしそれを邪魔するものがある。それが食べず嫌いという概念だ。ザイオンに渡ってから、それに非常に困らせられた。だからもし、それがただの食べず嫌いだったのなら、これを機に新しい料理にも興味を示してほしいんだ」
あなたたちはナタたちの料理のままで。
何度でもリポップするボスで力を試しながら。
ゆくゆくは全く違う、食べつけない料理にチャレンジしてもらいたいと述べた。
「わかった。一応呼びかけてみる。しかし進めるにしたって味の説明をするためにも実際に食べてみないことにはな」
「それは確かにそうだ」
「ならば食べやすいやつから少しづついきましょうか」
生っぽい。しかし調理工程に焼く、炒める、煮る、茹でるなどの加工を施すことを約束させた。
戦闘班がバトル明け暮れている頃、サポート班は洋一の屋台でチーズと紫蘇の揚げビールをアテに楽しんでいた。
確かに、猫舌という弱点こそはあるが、それは食べていけば慣れていくものだった。
「へい、野菜スティックお待ち。師匠直伝うまみ熟成の干し野菜だ。肉と一緒につまんでくれ」
ヨルダが洋一の熟成乾燥を用いた野菜スティックを差し入れに出した。
ビールで気分を良くしたサポート班は、すっかり洋一の料理に胃袋を掴まれていた。
その洋一を師と仰ぐ弟子が取り出した野菜を干した逸品。
それを口に入れて、少し眉を顰めた。
不味くはない。しかし肉ほどの旨味は感じなかった。
先ほどのチーズの紫蘇揚げは美味かった。
肉と同じ風味を感じた。紫蘇という野菜が口の中をさっぱりさせた。
「まぁ、食べ慣れないうちはそんなものですよ。しかしこれの当てに食べてみてください」
洋一はそう言って新しい料理を出した。
それが唐揚げである。
ソーセージを丸く仕上げ、衣をつけて揚げた。
鳥とは異なる薄味。
味をつけた衣が、油と共に一つの味にまとめ上げる。
それは獣人が口にするには油っぽく、そして熱かった。
うまさは先ほどのチーズの紫蘇揚げの比ではない。
だが、そればかり食べてれば、口の中はあっという間にギトギトになった。
「そこで、こいつですよ」
先ほどの野菜スティックが差し出される。
「単独で食べたときは、その薄味に困惑したが」
「ああ、だが今は……この薄さが恋しくなる。これに慣れたとき、またこの唐揚げを恋しく思うようになるのかな?」
「その合間に流し込むこいつが至高なんだよ」
そう言って、ティルネが用意した樽からビールをジョッキに注いだ。
すっかり気に入られたようだ。
「お前ら、俺たちが必死こいて戦ってる間になんて有様だ」
「あ……」
すっかりここがダンジョンの中であることすら忘れ、宴会を楽しんでいた第一王子派閥のサポートチームは、バトルチームの帰還に出迎え一つ寄越さず夢中になっていた。
「味は最高ですよ。肉じゃなくたって、こうも力がみなぎってきまっさぁ!」
サポートチームの一人が、腕を捲って力拳を作る。
「あほ、非力なお前の力がみなぎったてってどうしようもないんだよ。今は腹が減っている。なんでも良いから食わせてくれ」
「今すぐに」
そこでサポートチームは、すぐに洋一の食事を食べさせるべきか迷っていた。
今教えなければ、自分たちで独り占めできるという考えが数瞬過ぎったのも嘘ではない。
だが、力の源は肉にあると信じて疑わないザイオン人に、いきなりそれはハードルが高いだろうと考えた末に、徐々に混ぜる方針にした。
最初は分けてもらったミンチ肉でユッケを提供。
普段ならそこに塩水を越したスープを添えるが、今回はこれがある。
ティルネ特製のビールだ。
ビールを一度口に入れてから、なま肉だけではどうにも足りなくなる。
その体験を通じて、ビールを注いで回った。
「おい、まだこれからダンジョンに潜るんだぞ? 酒は早い」
「これ事態は非常にアルコールは薄いんでさぁ。ただ、非常に気分は高まる。料理のアテにうってつけなんで、分けてもらいまいしたんでさ」
「ふん、ならば良いがな。ああ、良いなこれは。口の中がさっぱりする。飲んだことのないタイプの酒だ。確かに酩酊状態にはなってないか。ではいつものをいただこう。素材がガーゴイルという時点で不安しかないが」
肉の出所がガーゴイルと聞けば、普通は疑って当然であった。
「うん? 悪くないな」
軽く手掴みでつまんで、舐めとるように口に入れる。
恐る恐ると言った行動も、警戒する必要がないと分かれば食いつきは早かった。
「お次はこいつになります」
用意したのはユッケよりも火の入ったチーズの紫蘇揚げである。
「おい、これは肉じゃないだろう? こういうのはいらん」
「このエールにすごく合うんでさ。ユッケの合間におすすめです」
「ふん、どうだかな」
ザイオン人は訝しみながらそれを口に運び、しかしすぐにユッケを口に入れる。
まるでユッケで口直しをしているみたいだった。
生肉至上主義の意識を変えるのは難しい。
「む? 肉の臭みが消えている。それになんだ、ビールとは異なるさっぱり感がある」
咀嚼を続けるパーティリーダーが、普段と違う感触に違和感を覚えた。
今まで露骨になま肉以外に何かを合わせたことがなかった。
だがここにきて、新しい解釈が生まれた。
「それがこいつなんでさ。これ単品でも美味いんですが、肉は入ってないんで、に置くが恋しくなるんでさ」
「確かにな、肉のアテに良い。そこは認めてやる」
言いながら、皿が空になっているのに気がついた。
文句を言いながらも、つまんでいたら消えていたのだ。
「おい、おかわりをもってこい」
「ユッケですか?」
「さっきの紫蘇揚げもつけてくれ。あれを知ったら、ユッケだけじゃ満足できない腹になった」
どうしてくれる!
少し恨みがましそうに、パーティリーダーはサポート役に投げかけた。
「へい、ただいま」
それを受けて、これは唐揚げと野菜スティックの魅惑の組み合わせもいけるなと内心でほくそ笑んだ。
すっかり第一王子派の胃袋をつかんだ洋一達。
それを横目に見ていた第二王子はメンバーは。
「おい、うちらも終了後あの飯が食えるのか?」
「さて。食材はあれきりだと言っておりましたし。ユッケ分の確保ならこちらにも少しは蓄えがあります」
すっかり第一王子派閥を丸め込んだ洋一の影響は、すぐに第二王子派閥を巻き込むだろう予感は読み取れていた。
「やっぱり、ただの食べず嫌いなんじゃないか」
「だからそう言ってるじゃん。俺がそうであったように、食わず嫌いが多いんだよ、ザイオンって」
洋一の言葉に、ゼスターが続く。
どこか得意そうなゼスターの言葉に、これで国全体が仲良くなってくれたら良いなと願う洋一だった。




