39話 ヨッちゃん、学園を卒業する
「と、いうわけでだ。ポンちゃん、じゃなかった洋一さんからいっぱいもらったエネルギーでダンジョン改造すんぞー」
「ええ。しかし生徒を殺してしまっては危険視されます。何か構造案などありまして?」
男装姿のヨーダの声かけに、アソビィが疑問を投げかける。
「え? そんなんオレに言われたって困る。こういうのはみんなで考えていくもんだぜ。というわけでマール、何か案ある?」
「いきなりですね。まぁヨーダ様らしいといえばらしいですが。でしたら私から一つ提案がございます」
付き合いの長いマールは、言葉のやり取りは無用とばかりに諦めの顔で自論を語る。エネルギーの回収効率の悪さ。なのでむやみやたらにエネルギーを消費するのは得策ではないこと。なんだったら少ないエネルギーで最初は回せないかという無難な提案だ。
それを聞いたヨーダは、不満そうに腕を組んで、長いため息をついた。
「そんなダンジョン、何が面白いんだ?」
部屋があり、モンスターは雑魚。
危険なトラップもないし、仲良しこよしでゴールまで一直線。
スリルもなく、だからこそ感動も薄い。
そんなダンジョンに誰が足繁く通うのだろうか?
楽に入手できるアイテムや武器に、人は執着しない。
危険を犯し、入手が困難だからこそ価値がつく。
その価値をうまいことやりくりして稼ぐ奴がいる。
一攫千金を狙うものが出てくる。
そこに需要が生まれるのだ。
ヨーダはできるなら自分も楽しめるダンジョンがいいとわがままを言い出す。
いつものことだ。
「私たちはダンジョンについて詳しくありませんからね。これでヨーダ様もご自身が無茶振りをなされているという自覚を持ってもらえれば何よりです。その上で私たちのダンジョン経験の浅さ。これが大きいです」
「アンドールでは散々だったもんな」
思い出のダンジョンは最下層まで一直線で落ちた。
歓迎もなんもない。本当に自分にとって都合の悪い存在を閉じ込め、殺すための措置。楽しめないという意味ではマールの提案以上のものだった。
「それでしたらお姉様、一度自分で確かめながら設置をしてみてはどうでしょう。実際に部屋にモンスターを置いて、どの程度の強さなら満足いただけるかのテストもして……」
「それ、採用。やっぱ部屋の中で頭こねくり回してるだけってのはダメだわ。アソビィ、そっちで調整しながら一回遊ぶってのはできる?」
「できなくはありませんが、先輩の実力に見合うモンスターですと、一般生徒が危険な目に遭うと思うのですが」
「まぁ、そこは力をセーブするし。オレはお守りで基本はマールとヒルダ、紀伊様に頑張ってもらう方向で」
「それでしたらあまりエネルギーを使わなくてもよさそうですわね」
と、いうことで一同は一旦ダンジョンの中へ。
表向きは次のブランドの新商品開発という会議というのをすっかり忘れてるメンバーだった。
「やぁアソビィ嬢。今日はヨーダはこちらに来ていないかい?」
なので当然、オメガが様子を見にくるハプニングも当然慣れっこだ。
両手を失ってから、特にこういうハプニングに対する引き出しを多く持つアソビィ。腕を失ったからこそ、自由に動けないという自分の境遇をフル活用して、王子ロイドとお近づきになれたのも大きく彼女を成長させる礎となっていた。
「あ、オメガ様。ヨーダ様でしたらみなさんをお連れして買い出しに。なんでも新しい香水の売り出しを思いついたとかで」
「そうか。香水のこととなると流石の僕も口出しできないな。いや、すまなかった」
「いつもご足労いただきましてありがとうございます。オメガ様も大変ですね」
「なんのことかな?」
「ヨーダ様、奔放ですし」
「別に僕はあのバカのことを心配などしたことはない。ただ、一緒の任務をする上で、情報のすり合わせをしたかっただけだ」
「ふふ、そういうことにしておきます」
「全く、勘弁してくれ。本当に、彼女とはそういう関係ではない。居ないのならそれでいい。失礼した」
「はい。オメガ様がいらっしゃったことはヨーダ様にお伝えいたしますか?」
「いや、いい。あいつは僕が世話を焼こうとするとすぐに逃げるからな」
「ああ、その姿が目に浮かぶようです」
「君も、あいつにいいように扱われ過ぎたらこちらに陳情を出して構わないから」
「ええ、その時は是非に。今は手がありませんが、陳情ならたくさんありますので」
「本当に、うちのバカがすまん」
ヨーダで相当に苦労しているのだろう。
それがオメガの態度でよくわかる。
これで本人はまるでオメガを気にもしていないのだから、見ていて滑稽でもあった。
それはアソビィにも当てはめることができる。
アソビィがロイドにむけている矢印もまた、ロイドに届いていないのだ。
そういう意味ではロイドとアソビィは似たもの同士だった。
苦労人という意味でも。
『アソビィ、どったー?』
ヨーダからの念話。
『いいえ、少し部室に来客があったもので』
『誰?』
『一般生徒ですよ。それで、ダンジョンの方はどうでしょうか?』
『うーん、平凡』
『少しモンスターの量を増やしますか?』
『量よりも質かな? あとホールはもっと広い方がいい。狭いとせっかくの長所を消しかねない。生徒もモンスターも両方だな』
よく見ている。
アソビィは設置したモンスターの特質を見抜かれたことを内心で驚いている。
なぜそんな真似をしたか?
普通に生徒への危害を抑える方針であった。
『紀伊様、今からモンスターの質を上げます。ヨーダ様からエリアの拡張の提案をいただきました。大丈夫でしょうか?』
『少し物足りぬところであった。妾の術は広い場所で真価を発揮する。広くなるのならこちらは助かるな』
『こちらマール。私たちとヒルダ様は特に問題ないよ。多少の暗さも想定外だね』
さすがはAクラスと言ったところか。
学者と聞いた時はどこか頭脳だけで実力はないと思っていたが、それは訂正しないといけないだろう。
アソビィにはダンジョンのマップと、設置したモンスターの名前と強さしか見えない。
そのマップの中に身内の名前と強さが見えるのだ。
その中でもマールが飛び抜けて弱いのだが、ヨーダや紀伊に勝らずとも、ヒルダとためを張れている時点で、異端だ。
だからこそ、スクリーンが欲しいところだった。
ちょっと多めにあるエネルギー、使っちゃおうかな? と思うアソビィだった。
たった100万エネルギー。
数千万のうちの100万。
今はエネルギーの消費を抑えたいところだが、これからダンジョンで事業をしていこうというときに、こんなコストをケチっているようではだめだ。
使った。
使ってしまった。
しかし、これで他のみんなが感じている細かなことに気がつける。
自由に出歩くことも、魔法も満足に扱えない体だからこそ、共感が難しい今だからこそ。使わない選択肢はなかった。
そして感じた。
マール=ハーゲンという術師の恐ろしさ。
能力だけでは見えてこない、厄介さ。
その戦闘ではまず最初にマールが動いた。
役割は足止め、意識を逸らすなどのヘイトコントロール。
ゲームとしての役割で言えばタンクに近い。
しかし彼女は重い鎧も、力強い肉体も併せ持っていない。
本当に吹けば飛ぶような少女であった。
すぐに位置を変わるようにヒルダが初級攻撃魔法で意識を逸らす。
倒すためというよりも、意識を自分に向けるための魔法。
恐るべきは、その精度。
しかし現代魔法特有の詠唱が彼女の動き出しを遅くする。
その隙を埋めるのがマールだった。
しかし詠唱が完成して仕舞えば、そこから先はヒルダの独壇場。
これでまだ一年というのだから恐ろしい。
もう大人とためを張れるほどの練度を感じさせた。
一発の撃ち漏らしもなく、全てが攻撃されたら嫌な、いやらしい場所に撃ち込まれ、モンスターをその場に縫い付けた。
最後に紀伊の大技で仕留める。
この流れができていた。
ジーパの降霊術。
その特徴はミンドレイ以上の詠唱の長さ。
しかし、一度降ろしてしまえば、再度返すまでその場に居続ける。
仙術の恐ろしいところはその継戦時間の長さである。
ミンドレイが詠唱を早め、威力を高めることに研鑽を積むように。
ジーパは一度に込める魔力が特大なのだ。
一撃必殺の魔法を、その場にとどめ続ける技術。
それが戦術という存在だった。
できる限り、ダンジョンにとどめておきたくない存在でもある。
動き出しが遅いという唯一にして最大のデメリットを除けば、最強のキャラである。ゲームでのスポット参戦はあったが、扱えないタイプのNPCだったなと今更思い出したアソビィである。
そして見えたからこその提案もできた。
「紀伊様、降霊術を3つまでにとどめてもらえませんか?」
戦闘前に大量に出されたら、ダンジョンの定義が壊れる。
ここから先は蹂躙だ。そう言われてるようなものだった。
「つれぬのう」
「メタ張っちゃった?」
「メタってなんですの、お姉様」
「アソビィさん、こちらが見えているような的確な指示ですね」
「少しエネルギーを使ってそちらの場面を臨場感たっぷりに見えるようにしました」
「いくつ?」
「少しです」
ヨーダがニコニコと、画面の向こうからでも圧が乗っているのを感じ取りながら、怖気付くことなく言い返す。
少しだ。アソビィにとってはとんでもない量のエネルギーを、自分のために使った。本当のことを話せるわけもなかった。
ダンジョンのエネルギーとは、共同資産そのものであるにもかかわらずだ。
「わかった。少しな? それでこっちの状況がよく見えるんなら大丈夫。軽い経費さ。な?」
「ええ。これから回収するための少ない投資です」
お互いにうふふ、あははと笑いながら。
ダンジョンの内部を再構築する。
ほんの少しだけ、アソビィは自身の成長を噛み締めた。
ヨーダ相手に臆することなく自分の意見を述べられる。
それはヨーダに負けて以来、一度もないことだった。
◆
「ヨシ、通しはこんなもんだな。オレの出番は一切なかったが、みんなは入ってみてどう思った?」
「少しヒヤッとした部分はいくつかありましたが、基礎を押さえていれば特段問題のない部類でしたわね。アンドールのあのダンジョンよりかは幾分か真っ当でした」
ヒルダは100点満点の回答をしようと心がけるあまり、つまらない回答を述べる。
「私からしたら、一般の生徒には少し難度が高いように思えました」
続いてマールが申し訳なさそうに挙手をする。
「どんなところが?」
「私のように詠唱が必要ない、その分火力を抑えた人がいないと現代の詠唱を極力省略した火力特化の魔法使いは立ち回れないと思います。生徒主体で入る際、どうしたって前衛が必要となるでしょう? 対してここは魔法を主体として学園となっています」
「確かにそうですわね。今回はマール様がいてくれたから私でも上手く立ち回れましたわ。そこに懸念を抱かない私がダメでしたわね」
「いや、そこに気付けないからと自分を卑下することはないぞ、ヒルダ。お前だって【蓄積】の加護があれば多少は対処できた。【放射】であそこまで模倣できたのは大したものだと思う。ただ、自分でとどめを刺そうと思って気を逸らせすぎたな? いつもの冷静さが消えていたように思う。そこだけ反省するように」
「はぁい」
その結果、とどめを差しきれずに紀伊に譲った場面は幾度ともなくあった。
故に今回のダンジョンはこの三人であるからこそクリアできたと言うのもあるのだ。
「と言うわけでアソビィ、モンスターの質を一段落として、その代わりにトラップを仕込もう。基本的には魔法抵抗トラップの作動。なんでもバカスカ魔法を打てば解決するっていう甘い考えを捨てさせるんだ。それを事前に見極められる奴が前に進める仕掛けを作る。できるか?」
『結構お高いですわよ?』
「いくらだ?」
『おひとつ200エネルギーとなります』
「誤差だな。これから先、魔法の効かない相手に当たった時、ここでの訓練がきっと役に立つ時がある。魔法使い相手に丸腰で襲ってくるバカはそうそういないからな」
「それは確かにそうだね。私は学者で通してるけど、ミンドレイ出身という理由で魔法を警戒されてるし」
「オレは魔法師団長だから当然魔法を使うって警戒されたな」
「妾は仙術使いと名乗っても誰も警戒してこぬぞ?」
「紀伊様はフィジカルが鬼だから近接で仕掛けてくるバカはいないと思うよ」
「鬼人族に鬼は褒め言葉じゃぞ?」
「褒めてるんだよ。腕力勝負で勝てない相手に近接戦闘仕掛けるバカはいないだろ?」
「一理ある」
「そんで、距離を離したら仙術が飛んでくる。場所が広ければ広いほど威力が上がるやつだ。手を出そうという方がどうかしてる。オレもやろうと思えばできなくもないが、非常に疲れるからやりたくねぇ」
「なんじゃ、妾に勝つつもりでいるのか?」
「やろうと思えば勝てるが、今の状態で一番戦いたくないってだけ」
「へぇ。いつか手合わせしたいもんじゃのう」
「ポンちゃんがいる時な。今のミンドレイ飯で本気は出せねーもん」
「洋一殿か。確かに彼の方の作る飯はうまい」
「およ、紀伊様はティルネさんのジーパ菓子にゾッコンじゃなかった?」
「懐かしんでただけじゃ。いや、新しい境地を得られたのもある。しかしミンドレイ料理嫌いの妾の好むミンドレイ風料理は大変気に入っていた。他のミンドレイ料理を食べた後に、そのことに気がついたほどの微差ではあったがな」
「お姉様、話が脱線していますわ」
「おっといけね」
本宝治洋一の話になるとどうにも話が飯の方にシフトしてしまう要であった。
そしてマジック向こうトラップの設置で、再びダンジョンアタック。
一巡してそれぞれ感想を出し合う。
「さっきよりずいぶんと手強くなったな」
「魔法陣の色で見極める必要が出てきましたわね」
「魔法そのものは弾くけど、魔法を触媒にして自然に働きかける術は効いちゃうのが逆にネックだよね?」
今回は逆にマールの独壇場だった。
発動術式を音に乗せて遠くに飛ばせるというのは学者ならではの理解力があってようやくだという。
その真似をしようにも理解の及ばないヒルダには難しいことである。
「魔法が効かなくなった分、本体の体力が脆弱になっては意味がないぞ?」
紀伊の指摘は確かに、と思うこともある。
しかしアソビィ的には、今回のダンジョンは鬼人向けではない弁明した。
その回答にたいしてキノは眉を顰める。
「なぜじゃ? 妾は未来の国母であるぞ。なぜ鬼人を除け者にするのじゃ。これから共に歩む隣人であるぞ?」
アソビィは確かにそうだと謝罪した。
今の彼女にとって、今回のダンジョン制作は急場凌ぎの拵えで国を騙すという意味合いが強かった。
しかし少ない時間をダンジョン制作に費やす紀伊にとっては当然異なる。
彼女が参加できるのは少なくとも今学期まで。三年になれば王妃教育に専念しなければならず、今を逃せば用聞きも難しくなる。
今こうやってフレンドリーに接していられるうちに聞かないでどうするのか。
そして鬼人が生徒としてやってきた時に、このダンジョンの惰弱性を突かれてミンドレイ生とジーパ生で格差が生まれてしまったらどうするか? ダンジョン伯としてのアソビィの今後に関わってくる案件でもあった。
『申し訳ありません、考えが不足しておりました。魔法が封じられたミンドレイ人にはこれくらいの難易度が妥当であると心のどこかで決めつけておりました』
「カカカ。素直さは美徳じゃ。じゃが、そればかり上手になって他がおざなりでは話にならんぞ、ダンジョン伯。なんならジーパの怪生にも人肌脱いでもらおうか? あやつらの厄介さは我々ジーパの民が一番肌身に染みている。あやつらを一体置くだけでジーパの民を身を引き締めるだろうよ。ここがただの人間向けダンジョンか、それともジーパ人を楽しませる用意があるか。そこで決定的な差が生まれる」
『よろしいのですか? モンスターの貸し借りなど』
そんなことが可能なのか? アソビィは戦慄する。
「妾のオリンが可能であると申しておる。受け入れる器はすでに整っておる。こちらは少しばかりエネルギーを貰い受けるだけじゃ。無論、ただというわけじゃない。こちらからもエネルギーの元を進呈するぞ? どうじゃ?」
『願ってもないことです。お願いいたします』
「ヨシ、成立じゃな。これでロイド殿に申し開きなく洋一殿にご飯を請求できるようになったぞ」
「へ?」
「紀伊様さー」
やり遂げてやったぞとガッツポーズを取る気のに、ヨーダの呆れた声。
「何やら便宜を図ってたと思ったら、そういうことだったんだ。紀伊様ってば策士〜」
「フハハ、二人とも、煽てても茶菓子しか出せぬぞ?」
『え、え?』
アンドール組だけが知っている事実。
洋一のご飯を自由にやりとりできる紀伊が、アソビィを使って何を企てていたか。
それが洋一、ヨルダ、ティルネのご飯を自由に注文できる権利だった。
しかしそれを表沙汰にできない理由の幾つかに、王太子ロイドとの婚約があった。
それは国のため以外ではみだりに使ってはならないという制約。
それが守られているうちはジーパ国民の安税制は守られるというもので、自分が欲しいからという理由で洋一に好きなタイミングで注文できないというものであった。
しかし、ダンジョン同士で盟約を交わせばまた話が変わってくる。
前回は洋一のおたまとの契約に対しての契約。
こっちをみだりに使うのは国家反逆に値するが、今回は遠回しに別の契約をわざわざ用意することで秘密裏に甘味にありつけるのだ。
これでエネルギーを必要に応じて確保する術ができたと三人は微笑む。
一人だけついていけないアソビィに、同級生のヒルダがこっそり教えた。
洋一のご飯が紀伊経由でこのダンジョンに届く。
それらをこっそりこっちに回して欲しいという案件だ。
ダンジョン内で食べればエネルギーが蓄えられるので、ダンジョン運営者のアソビィにも悪い話ではないという事情を語る。
『そんな夢のようなことがおありですの?』
「実際に見たではないですか。ダンジョンの敷地内で食事会を開いただけでエネルギーとやらが増えましたでしょう?」
『はい。ですがそれはその場で作った料理に対しての効果だと思っておりました』
「それがどうも違うようなのです。洋一様のお料理は、食べた場所に影響を催すのだとか」
「いっそ、こっちで販売してダンジョンの中で生徒に食べさせるのもありだよな。流石にそれだけの仕事を回すのは酷だから数量限定にするけど」
「確かほとんどバフ料理なんだよね?」
「ダンジョン攻略に拍車がかかりますね」
「その分、エネルギーはたんまりもらえるわけだ。やらないてはないぞ?」
アソビィは自分の知らないところで濡れ手に粟のウハウハ計画が展開されようとしていることに、そこはかとなくいいしれぬ不安感を拭いきれずにいた。
◆
あの日からヨーダ率いる五人組はコソコソとダンジョンに潜っては早弁よろしく洋一の料理を堪能した。
あれこれ食べたいものを注文する、というよりは、今作ってるものをお裾分けしてもらうという方が正しいか。
そのおかげでどんなものが来るかわからないというワクワク感がある。
その土地土地でしか食べられないものだったり、それでも日本で食べられてるようなものが来たり。その説明役にヨーダが抜擢された感じである。
「今日は、たこ焼きかぁ」
舟形に加工された何かの植物の葉っぱに、たこ焼きが8つ乗っかっている。
上にはたっぷり塗られたソースにマヨネーズ、青のり、鰹節、刻んだ紅生姜まで乗せられた完璧な再現料理だった。
それが5つ。爪楊枝までついてる徹底ぶりだ。
「これはどうやって食べますの?」
まさか手掴みではないですわよね? と食べ方を知らないヒルダがオロオロしている。そりゃ初見さんにはわからないか。
爪楊枝はこの異世界には馴染みのないアイテムだろうし。
ヨーダは妹に実演してみせた。
「この爪楊枝をこうやってさして、このまま頬張るんだ。手を汚したくない人向けにたこ焼きっていうのは一口サイズになってるんだ。紀伊様には少し冷やしたほうがいいかも。熱々だからさ」
「熱っ」
言ってる側から見様見真似で頬張る紀伊。
熱い方が美味いが、猫舌の人にとっては鬼門もいいところだった。
「だから言ったじゃん。まぁ少し冷ましてやるから、それから食えよ」
ヨーダは本当なら熱々で食べた方が美味いと言いながら、猫舌の鬼人のためにたこ焼きの粗熱をとってからその口に放り込む。
流石に息を吹きかけて覚ますのは失礼に当たるので、魔法を使って冷やした。
ヨーダにとってはジョッキのグラスを冷やすのが当たり前のように、たこ焼き一個を冷やすのはお手のものだ。
冷ましすぎると硬くなるし、見栄えも悪くなるので本当なら熱いうちに食べて欲しいが、流石にそれを無理強いできる相手ではないのでここは従う形だ。
「ほう、魚介の香りが程よいのう。麦とこれは……」
「卵かな? あとは天ぷらのカスとか」
「ほう、熱にさえ気をつければこれはずいぶんとジーパよりの味覚だの」
美味し、美味しとヨーダが程よい温度に冷やしたたこ焼きを食べ進める紀伊。
「これ作ったのシルファス殿下らしいけどね。うん、うまい」
「お好み焼きという粉物は見事だった。タコ、というのは存じ上げんがこちらも侮れぬな」
「ほんと、粉物なんてどこでも食べれるって気でいたけど、あれはなんだかんだで前世の知識の集大成な気がする。アソビィ様はどう?」
「美味しいわ。家族と一緒にお祭りに行った記憶が蘇ります」
「お姉様、これはそんなに特別なものなんですか? 味わいからはミンドレイ的なものと推測できますが」
脂っこさとかは本当にミンドレイ寄りの味だ。
濃いめのソースにマヨネーズ、見栄えの青のり、風味付の鰹節。
根に生姜は脂っこい口の中をさっぱりとしてくれる。
「味とカロリーからすればそうだけどな。でも根本が脂っこいのとは対極にあり、薄味でありながら濃厚なのはこのソースをかけているからなんだ。たこ焼き本体はそこまで濃いめの味じゃないしな。作るのだって技術がいるんだぜ。オレにゃこんな芸当無理だよ」
「お姉様でも無理ですのね」
「できなくはないけど、これ作るためだけに4つは工程挟むし、消費カロリーの割に合わないんだよ」
「確かにあれは名人芸ですものね」
「なー」
ヨーダがアソビィに食べさせてやりながら、その様子をヒルダが自分もして欲しそうな視線で睨みつけている。
アソビィの両手を奪ったのが他ならぬヨーダであるからこその介護ではあるが、元を正せば実力の差を知らずに特攻したアソビィの自業自得ではある。
しかしヨーダとアソビィはそれだけの関係ではなく、前世という強い絆で結ばれており、その中に割って入れる知識を持ち得ぬヒルダはただ嫉妬の視線を飛ばすだけであった。
「おいしー、これって小さいからついつい食べちゃって困るわー。太っちゃいそう」
椅子の上で足をパタパタさせながら、一口食べるたびに嬉しさを体全体で表すマール。
見ている全員がその気持ちを共感するほどだった。
あっという間に自分たちの分を完食してしまうほどの食べっぷりを見せる。
「ここに焼きそばがあったら危なかったな」
「私はそれがなくて助かりました」
「ああ、手がないとうまく食べられないしな」
「そこが不便なんですのよね、この体」
前世の食に関しては、アソビィもどうせなら自分の手でがっつきたいところである。しかし今はそれができない。
魔法で念動力のようなものでも扱えるようにならない限り難しいだろう。
残念なことにアソビィはそこまで魔法の腕が良くない。
なのでこうして表向きは周囲の世話になりながら、一人の時間にダンジョンの設営をしているのだ。ダンジョンの設営に関しては、ロイド達公認なので、よく様子を観にくるのだ。
それをヨーダは鬱陶しがっているようである。
「そういえば、紀伊様」
「なんじゃ」
「ロイド様とはあれからどうです?」
「どうとは?」
「男と女、思い合っていれば恋の花が咲くと申すものではありませんか」
「ああ、色恋の話か。向こうは釣った魚に餌をやらないタイプでな、今は放っておいてくれているよ。一度頷けば、あとはミンドレイのもの! と完全に油断し切っておる。哀れな男よの」
「なんか思ってたのとちがーう」
アソビィは極上の甘々生活が待っている。そこに自分を置いて悦に浸ろうとした。
しかし帰ってきた返事はあまりにも残酷な現実だった。
「妾とて思うところはあるが、貴様はあの男の猟犬の如く追いかけまわしぶりを知らぬからそう言えるのじゃ。見た目こそ割とタイプではあったが、その妄執ぶりときたら妾とて引くほどのものであったぞ?』
「え、私のために時間を割いて会いにきてくださったの! って嬉しくならないんですか?」
「彼の方が欲しているのは妾ではなく、こっちじゃと知っておるからの」
紀伊がまた洋一から送られてきた料理を披露し、一堂が妙に納得する。
それと手紙が添えられており、それをヨーダが奪い取ってそのまま読み上げた。
「今俺たちはミンドレイから西にある在御国に立ち寄っている。あそこは肉の生食文化が激しく、シルファス殿下はここでお好み焼き文明を開拓するのだと逸っておられる。しかし生っぽいお好み焼きしか受け入れられず、俺たちもそれに準じたそこまで美味しくない料理で手を打って、なんとか受け入れられるように工夫をしている、という話だな。たこ焼きは独特の生っぽさが受けて好評なようだ」
「あれを生っぽいと捉えるんですか。面白いですね」
「へぇ、そんな経緯が。では現地に赴くのは難しそうですわね」
難しそう、というよりは乗り込んでもこちらに旨みがないというものでの見解だ。
「完全に敵対視されるから、よっぽどの実力を伴ってないと厳しいって。為替で一悶着あったって書いてあって笑った。それで商売成り立つのかよって暗いいちゃもんつけられるらしい。アンドールが可愛く思えるほどって書いてあるな」
「なんじゃ、ジーパのような国じゃな」
「ジーパがどういうところか知らないんだけど?」
ヨーダにとってジーパとは洋一やキノから聞いた話のみとなっている。
そんな話から国民性を見出すのは不可能と言っていいだろう。
何せ両人ともニュアンスでしか語らないからだ。
「ジーパは国民全員が妾みたいな性格をしておるの。疑わずは殺せ、全ての物事は相撲で決着をつけよ。近接戦闘のプロフェッショナルとなれ。仙術は、そうさのう。男に力及ばぬ女が扱うものじゃと言われておる。お男より女に使い手が多いのはそういうことじゃ。男は女よりフィジカルに長けておるからのう」
「力の鬼人、スピードの獣人て感じか」
「手合わせしたことないからしらぬがな。そう伝え聞いておるぞ」
「そういえばヨーダ様、オメガ様とは進んでおりますの?」
これは自分の想像している話は期待できない。
アソビィはすぐさま話題を変更して、先ほどオメガがヨーダを探しにきたことを切り出した。
この二人は「早く付き合っちゃえよ」というタイプの二人であることを言及するのだ。
「え、オレ? オレとオメガはただの護衛仲間だぞ? そんな色恋の関係なわけないじゃん。むしろ毎日殴られてるよ」
「ヨーダ殿がバカばっかりやっているからじゃの。此奴、何かにつけて任務だと言い訳しながら方々の女生徒に声かけたりナンパしておるからの。本当に護衛しとるのか、わかったもんじゃないという意味では心配なのじゃろ」
「ヨーダ様ってそういうところあるよねー」
自分もその毒牙にかかった、と小さく挙手をしているのは他ならぬマールだ。
「そういえば、根回しがお上手でしたわね」
アソビィもまた、その女性との噂づたえで計画が破綻したと自供する。
「なんだよみんなしてー。オレはロイド様が円滑な学園生活をしていただくために身を粉にして働いているっていうのにさー」
「それと女生徒と仲良くしていることに何か理由がありますの?」
妹にまで詰め寄られ、ヨーダは降参とばかりに両手を上げる。
「これはオレの持論だが、男でロイド様に直接不満を持つ相手ってのは多いいんだよ。婚約者の視線を奪ったとか、気持ちを奪われたっとか。そういう奴ね」
「まぁ、そこは仕方ありませんよね。顔も良くて性格も良くて、権力もありますから」
「だからフリーの時はどこに敵がいるかもわからなかった。そこのアソビィ嬢が単独で凸してくるくらいには危険だったわけだ。ロイド様も嘆いておられたよ」
「う゛」
突如話題が地震に飛び火して大ダメージを受けるアソビィ。
両腕があったら胸を押さえるなどのアクションを起こしていることだろう。
「男子生徒は、煮湯を飲まされるが、しかし表立ってことを起こすことはできない。涙を飲んで辞退する。だからそこまで脅威ではない。怖いのは女の嫉妬の方だ。そこのアソビィ嬢みたいにな」
「う゛っ」
つい最近、騒動を起こしたばかりのアソビィに二度も飛び火して、心底苦しそうな表情をしている。
今では同じ仲間ではあるが、過去の罪は消えないとばかりに今となっても自分の身を焼いてくる。その度に芋虫みたいに身を捩らせている。
「本人は身に覚えがありすぎて、もう喋れない様だが、オレとしては一介の女生徒がロイド様の周りの女性にこれぐらいの危害を加えてくると想定して動いてるわけだよ。その時にオレという存在が防衛装置として働くって寸法だ。女性とは噂が好きだろ? なんなら男子よりも情報通だ。女として接触するより、ロイド様の護衛として接触する方が口が軽くなりやすいっていう目論見もあったんだ」
「まぁ、顔は良かったですからねぇ、ヨーダ様」
「顔はいいんじゃよなぁ、本当に」
「お姉様は元のお姿でもお綺麗でしてよ」
「女の敵は女を行動で示す方はそうそうおられませんことよ」
「おいおい、そんな褒めるなよ。まぁ、前世でも中性的な顔立ちだとは言われてたけどな。今じゃすっかり男装がデフォだ」
「もうそんな姿をしなくとも良くなったのにですか?」
「外に出る時、霊場よりもこっちの方が警戒をしなくていいんだよ。オレが暴れると、人的被害よりも街の被害がでかいからさ。だったら魔法以外で処理するとなる。徒手空拳などがそうだな。その時にフリフリのドレスより、こっちの方が制御が楽」
男装してる意味合いは、徹頭徹尾防寒鎮圧にあるといった。
最初から礼状としての道は捨ててると言い放つ。
「と、まぁオレはこっちの姿が楽だからそうしてるわけ。オメガはこんなオレに対して一つや二つ言いたいことがあるんだろうな。決して恋とかそういうのじゃないよ。マジ」
「いやぁ、私の恋愛センサーから見たらあれは片思いしている男子の顔でしたけどねー」
「お前のセンサーきっと自分の都合のいいように動きすいなんじゃね?」
「そうかもしれませんわね」
その日は恋ばなに脱線しながらダンジョンのルール決めを少しした。
少しで済んだのは最終調整に入っていたからだ。
主に配置する宝箱の位置と、中身の選別方法。
宝箱のグレードギメと、中身の選出方法である。
基本は回復などの薬品をメインに、最上位グレードの箱からは武具などを出す方向にした。今はエネルギーが溢れるくらいにあるので、薬品よりも武器が大量に出る仕組みだ。撮り尽くされたら、薬品ばかり出る仕様になる。
エネルギーが尽きる前に、また洋一から食べ物を取り寄せて食べる会を開こう。
というよりは毎日ここで集まって食べれば良くね? という段取りでその日は解散した。
◆
「あ、そうだオメガ。これやるよ」
朝方、学園で。
ヨーダは朝一からクラスに出席していたオメガにとある箱を贈呈した。
丁寧にリボンまで施してあり、ちょっとしたプレゼントのようにも思えた。
オメガは何かの嫌がらせではないかと邪推しながら受け取り、中身を検める。
「ん? なんだ。君からプレゼントとか、明日槍の雨でも降るのか?」
「そうかもな。とりあえず婚約者避けになる奴だからつけとけよ。紀伊様からロイド様に同様のもの渡す予定だからさ。こいつは二つ揃って効果を発揮するものなんだよ」
「この宝石がか?」
宝石がついたブローチをジロジロ見るオメガ。
「ただの宝石じゃねーんだな。うちの新商品だから。これ単品じゃただの綺麗な石だが、同種の石を持っているときらりと輝いて特定のニオイを放つ。まぁ香水みたいなものだよ」
「ああ、そういえば君のブランドで香水を作っていると聞いていたな。そうか。宝石の形をした香水か。それで、この宝石の対となる大将は誰が持ってるんだ?」
「ああ、オレだよ」
「君か」
オメガはいつになく不満そうな顔。
「露骨に嫌な顔するのやめてくれますー?」
「男装中の君とお揃いになっても、いい思いはしないということだ」
二つでセットになるというのに、もう片方を男がつけているということは、周囲からそうみられてしまう可能性があった。つまりオメガが男色家であることを意味する。
噂に聡い生徒には、ヨーダが女子生徒であることは判明しているが、それ以外にはまだ男子生徒だと思われているからだ。
「職務中なんだから仕方ねーだろ? まぁ、お前に意中の相手がいるってんならこれはお前に渡すさ。オレなんかが持ってるより断然いいだろ?」
ヨーダは自分の胸元につけていた宝石のブローチを外してオメガに渡す。
「別にそんな相手いない。君がしてるというのならそれでいい」
「なんだよそれ。まぁオレもこの匂い気に入ってるからいいけど」
「だったら常に僕の近くにいるようにするのだな。そうすればお気に入りの匂いが嗅げるぞ?」
「それなんだよなー。まぁそういう狙いもあって恋人が意中の相手に送るっていうコンセプトで販売するんだよ。男から女に送ってもいいし、女性から贈りやすくもあるんだよ。まぁ婚約者以外に送るのはお勧めしないけどな」
ヨーダは自分の胸元に付け直し、オメガの近くによってはそのニオイを堪能した。
オメガはそんなヨーダに対して悪い気はしなかった。むしろ満更でもない顔で微笑みを浮かべていた。
「やぁ、二人とも。随分と機嫌が良さそうだな」
教室にて、ロイドと紀伊が揃ってやってくる。
胸元にはお揃いのブローチが添えられている。
流石に教室で不躾に送ったりはしなかったのだろう。
それに比べてヨーダときたら、まるで茶菓子を手渡す手軽さでプレゼントを寄越してきた。
そこに恋愛感情などあるはずもないのは明白だ。
「おや、オメガ様もそちらをおつけになられているのですね」
「先ほどヨーダからな。余ったからやると」
「まぁ。自分の分くらい自分で決められると持っていったのにですか?」
「え?」
「おい、マール。余計なこと言うな。オメガが誤解しちゃうだろ。あいつ単純なんだから」
「あらあらー」
どこか恥ずかしげなヨーダ。
マールは笑みを抑えるように口元を隠し、その肩を揺らす様は、オメガに対して思うところが少しあるのでは? そんな感情をオメガに与えた。
この男、ヨーダの言う通り単純な思考をしていた。
「ま、まぁともかくとして。これは今のところどれだけの量出回っているんだ?」
オメガがチラチラと胸元を気にしながらヨーダに聞いた。
「まだ試作品だからな。でもまぁ、マールがやる気出してるから三学期中には出回ると思うぞ」
「二学年の残りを全部使って完成か。まぁ、それも仕方ないか」
ヨーダが学園に入学して、すでに2年が経過しようとしている。
時が過ぎ去るのは思った以上に早いものだ。
そしてあと一年と少しで、この学園ともおさらばだ。
おさらばするための準備も着々と進んでいる。
しかしオメガに嫌われる計画はことごとく失敗し、なんなら周囲に好印象すら残して、最後の学年を迎えようとしている。
このラストスパート、絶対に嫌われるように振るまわねばならないと、ヨーダは決死の覚悟で挑むのだった。
「それとロイド様」
「ああ、そうだった」
紀伊が切り出し、ロイドが続きを語る。
「ダンジョン授業を三学期から定期的に始めることになった。オメガ、ダンジョン授業中の護衛任務を解くこととする」
「なぜですか?」
理解が及ばないというオメガ。
王命とは絶対である。四六時中、トイレまでご一緒して。
授業であろうと危険が迫れば身を挺するのが護衛の務めだった。
それを授業中に飲み外されるのは納得がいかない。
それも一番危険なダンジョンの中でなんて。
「正直、今は自分の力不足を痛感している。少し武者修行をしたいのだ」
「僕が一緒でもできるでしょう?」
縋るオメガを、一蹴するロイド。
「いいや、これは時期国王になるためにもやり遂げなければいけないことなのだ。わかってくれ、オメガ」
それを横目で見ながら扇子で口元を隠す紀伊。
どこか嬉しそうに見えるのはきっと気のせいではない。
ロイドがやる気を見せているのは、どうせ紀伊からダンジョンぐらい一人でクリアできなければジーパ人をまとめることも難しいとか言われたのだろう。
ロイドの瞳には炎が渦巻いていた。
「突然暇ができてしまった」
暇、というほどの暇でもない。授業中、手持ち無沙汰になった程度だ。
それでも途方に暮れているオメガに、ヨーダは提案をしてみる。
「だったらお前もさ、ダンジョンをソロ踏破とかしてみたら? ロイド様が護衛より強くなったらお前の立場無くなると思うし」
肩ポンするヨーダの手を片手で払い、オメガはキッとヨーダを見つめた。
「君に言われるまでもない。それ以前に、君だってダンジョンくらい……」
「オレ? ポッケに両手を突っ込みながら踏破したけど?」
「なんて?」
「いや、だから両手を塞いだ状態で」
「本当か?」
理解が及ばないという顔パート2。
まさかここでも梯子を外されるとは思ってなかったという顔をするオメガ。
ロイドから突然ハシゴを外され、じゃあ護衛同士傷でも舐め合うかとした時のこの物言いである。
「ええ、ヨーダ様しかできませんよ、あんな芸当。魔法が一切通用しないモンスターが出てきても、関係なしに始末してました」
「本当か?」
マールの回答を聞かなかったことにして、今度は一緒に行動している紀伊に聞いているオメガである。
「この中で一番強いのはオメガ殿であるぞ? 妾と仙術なしで戦っても互角。そして魔法ありでなら妾も苦戦するほどであった」
「紀伊様の仙術込みで敵わないとは……僕は彼女の能力を低く身すぎていたのか?」
「あやつは能力を隠すのが上手いのだ。妾も騙されたほどだ。よもや魔法でも近接戦闘でもなく、空間魔法の使い手であるとは思わなかった。あやつに距離は関係ない。あっという間に懐に潜り込まれ、容易くノックダウンを取られてしもうたわ」
「紀伊様ー、あっさりオレの秘密バラさないでくれますー?」
「おっと、すまんついうっかりな」
「なんと、ヨーダはそんな特殊技能を使えたのか?」
「使い所がないから黙ってただけ。まぁ紀伊様と戦った時はそれを使うところまで追い込まれたんだけどさ。仙術ってマジでなんでもありなんだよ。狡さでいえば仙術の方が百倍狡いと思うんだけどなー」
「仙術の強さは授業で何度も見ているが、実際のところ魔法でも同じことができるだろう?」
紀伊が仙術自慢をしている時に、オメガが大したことないだろうと否定をする。
まだ仙術の本質を理解していない男の戯言だ。
ダンジョンという狭い戦場において、面制圧するというのがいかに強大なのかの理解ができていないのである。
「オメガ、それ以上は不敬だぞ」
これから国母となられる相手の言動を堕とす発言を続けるオメガ。
ヨーダは紀伊の護衛としての仕事を発揮する。
所属はミンドレイではあるが、ジーパの護衛も兼ねているヨーダ。
紀伊を落とされたら黙っていられない。
「しかし。ミンドレイの魔法技術がジーパの仙術に劣ることを認めることは!」
この男は生まれた時からの魔法優遇論者。
他国の技術を下に見ることはあったが、それを口に出してしまうほどに追い込まれていたとは思いもしなかったヨーダである。
「やめろ、オメガ。どちらが上か下かと言う話じゃない。ダンジョンという場において、魔法生物の存在がその場に残り続けるというのがどれだけ厄介かを理解できないわけじゃないよな?」
「その場に残り続ける? すぐに消えるんじゃ?」
「あれは邪魔だから消しとるだけじゃよ。普通の仙術は一度召喚すれば消すまで妾の傍におるぞ。セーフゾーンで数を増やせば面制圧も容易い」
「それで出禁になったもんな、紀伊様」
「ダンジョン伯の奴め、妾に対して仙術の使用は3回までと取り決めおったのだ。けしからん、非常にけしからんぞ! ジーパ人いじめじゃ」
「そりゃソロで踏破されたら、他の生徒たちへの示しがつかないからしゃーないよ」
「そんなの聞いてないぞ! だったら魔法の尊厳が!」
「だから、ロイド様は再来年から編入してくるジーパ人に示しをつけるようにダンジョンでソロ踏破してみせるって意気込んでんだよ。お前も頑張れって」
「その、お前がついてきてくれるってことは?」
「あいにくと暇がないんだよ。化粧品から貴金属まで、紀伊様の思い出作りにご一緒してるからな。逆にお前はロイド様から解放されたんだし、一人の時間とやらを満喫してみたらどうだ? 女子生徒に言い寄られても、そのブローチが守ってくれるさ」
「まぁ、な。君が一緒にいてくれたら尚いいんだが」
「流石に毎日一緒にゃ要らんねーよ。授業で顔突き合わせるんだし、それで勘弁してくれ」
「仕方ないか」
「オメガもダンジョンに潜ろう! 男の尊厳を取り戻すんだ」
「え、ええ」
女子側から突き放されたオメガに、ロイドが優しく声をかける。
今は男子の尊厳を取り戻すことが優先事項だ。
「そういえば、マール嬢はダンジョンへのアタックはしたのですか?」
居場所をなくした子犬のような顔をしながら、オメガはクラス中を見回した。
そういえば、一人だけ魔法技術以外の要素で編入してきた生徒がいる。
それがマールだった。地獄で仏を見つけたような笑顔で、話題を振ってみる。
「私ですか? 私はヨーダ様の妹のヒルダさんと、紀伊様とパーティを組んで進んでますよ。流石に一人じゃ無理ですから」
「そうでしょう、そうでしょう。マール嬢は学者だから大変ではないですか?」
「オメガ殿。何を勘違いしているのかは知らぬが、マールは我がパーティの要であるぞ? マールが前衛を務めていてくれるから我がパーティは回るのだ」
「前衛?」
オメガはこれ見よがしにギョッとする。
学者というのは非力な存在だからだ。
貴族の生まれだから魔法を使えるが、それで成り上がってないので中の下程度。
だからさぞかし苦労しているだろうと話題を振ったらまさかの前衛で心底驚いた。
「前衛というのも少し異なりますが。私は魔法の詠唱をしてない分、初動が早いんです。ヒルダさんは威力重視。さらにそれでも仕留めきれなかった場合に紀伊様が控えてくれています。私の役目は集団で襲いかかってくるモンスターを行動不能にする程度ですね」
「こやつは自身の役割をこの程度と言っておるがな、それがいかに重要な役割かは誰もが思い知ることじゃろう。こと、ミンドレイの魔法使いにおいて、詠唱中の隙というのは明確に存在する弱点じゃ。魔法の威力を上げてくる練習しかしてこなかった生徒たちは実践を経験することで、詠唱を待ってくれないモンスターという存在を知ることになる。それは一種の試練じゃな。オメガ殿はさぞ魔法の詠唱速度に自信があるようじゃが、流石に無詠唱というわけにもいかぬじゃろう?」
「それは確かに。魔導士が盾を持つわけにも行きますまい」
「無理じゃろう、貴殿らは杖より重いものを持つことを嫌う種族じゃからな。荷物持ちや傭兵でも雇う方が得策じゃろう」
「学園の授業で外部の人間を入れると?」
「それを想定した授業内容じゃからの。明確に命の危険はあるが、難度はそこまででもない。それに、ジーパでは当たり前の風習じゃ。成人するためにも、ダンジョンはソロで踏破できなくては外の世界に出してもらえん。それができなきゃ成人できんともいう。妾も、それ以外のジーパ人も、この学園に通うためにはダンジョンのソロ攻略は必要不可欠じゃて」
「オメガ、そういう物なんだと諦めよう。しかし外部の者に一切手伝ってもらわなくても可能だと、そういうことだよね?」
「ああ、妾たち三人でも踏破できる程度じゃからな」
三人でも、というのは語弊がある。
二学年のエリート二名と、一学年のエリート一名だ。
どちらも成績を上から数えた方が早く、これを野良で組めるかと言われたら大金をはたいても無理からぬことだろう。
パーティメンバーを集めることも生徒のコミュニケーション能力を図るのに一役買うことだろう。
それを呼びかけによって集めるか、権力を傘にして集めるかは、生徒次第。
ダンジョン最速踏破者を名簿に出し、それを超える、または近づくことを学年ごとの最終目標とした。
尚、上位十名はAクラスのメンバーで固まっていたという絶望を、クラス分けされた生徒たちは知ることになる。
トップのヨーダのタイムだけは、誰一人抜けぬまま学園の伝説になることを、当人はまだ知らないでいる。
こうして学園の新たな授業にダンジョンアタックが加わり、ダンジョン事業も大きな展望を迎えた。
◆
季節は巡って春。
ヨーダ達は三学年になり、残り少ない学園生活を進路に向けて邁進する。
ロイドは国王としての貫禄付けに忙しなく、紀伊も三年に上がってからクラスに顔を出す機会を失っていた。王妃教育が本格的にスタートしたのだという。
元々それがあるから、に学年の時にいろいろ思い出作を推していたのだ。
今やその時に作った品々が紀伊の心の拠り所になっている。と思う。多分。
ヨーダが思ってる以上の効果は多分ないだろう。だったらいいな的な見解である。
オメガも同様にノコノサートからの指導に忙しくしていた。
相変わらずバカ真面目なので、護衛の仕事は最優先任務でこなしている。
しかしそれに次いで魔法師団長の引き継ぎ訓練というので忙しいらしい。
授業が終わり次第、瞬間移動でもしたんじゃないかってくらいに素早く教室から消え去るのだ。
ヨーダはこの時すでに魔法師団長の肩書をもらっているので「大変そうだね」と他人事のように見ていた。
オメガはヨーダの発言一つ一つに丁寧な嫌味の返礼をしている。
何かについて癪に触るそうだ。
これに対してヨーダはしめしめという顔で微笑んでいる。
嫌われ計画がここにきて成功したと内心ほくそ笑んでいたのだ。
とことん性格の悪い女である。
「マールは他の奴に比べて暇そうじゃん」
そんなクラスの日常で、暇そうに本を読んでいる少女に気がつくヨーダ。
「私のはブランドそのものが研究材料として国に提供できるからね。ヨーダ様が私を誘ってくれてラッキーでした」
その少女は朗らかな笑みを湛えながらも強かさの体現者だった。
漁夫の利もここまでくれば潔い。いや、それくらい出なければ生き馬の目を抜くこの業界でやっていけないのだろう。
「そういえば学者伯は一年毎に国の役に立つアイテムを一個贈呈しなきゃなんだっけ?」
「うん。もう10年分くらい先行して渡しちゃったし、ぶっちゃけ暇なんだよねー」
「10年か。もう数年分行っとかない?」
「流石にそれは……いや、後腐れなくするのにも必要かも?」
「だろ? アソビィ誘ってなんかしようぜ」
「ヒルダさんはお誘いしないの?」
「ヒルダはなー、オレの進退縛ってくるからちょっと距離置いてるんだよね」
「進退と言いますと?」
「あいつは一応名義上オレの妹ってことになってるんだよ」
「事実上、赤の他人ですよね?」
本人はそれを知っている。
知っていて尚、引き止めてくるんだとヨーダは赤裸々に語った。
家族を巻き込んで外堀を囲んでくるといいたげに。
ほとんどが自業自得なので、マールはそれについて言及しなかった。
内心で「あれだけ活躍したら手放したくなくなるのも仕方ないのでは?」と思ってたりもした。
「ああ、本当は実家から修行という名目で追放されてるんだけどさ、あいつが学園でことあるごとにオレの活躍を話すもんだから、親父が連れ戻す気満々で、顔を合わせるたびに『いつ家に戻ってくるんですのー』攻撃を受けちゃってさ」
「では脱出が難しくなるから距離を置いてると?」
「まぁ、そんなとこ。黙って消えるのは流石に悪いし、かといってあいつを旅に連れてくのもヒュージモーデン家の立場を失わせるんだよ。帰る家を無くすほどオレも鬼になれないしで。いっそあいつにもダンジョン持って貰って、その中で自由に移動できるようになればいいかなって思ってるんだけど」
「あー……、アソビィさんみたいにです?」
「そうそう。一応オレ達ダンジョンの契約者じゃん? アソビィにどうやってダンジョンをその場に作るか聞いてさ」
「教えてくれますかね?」
「脅してでも」
「ヨーダ様、悪いい顔してます」
「オレってば悪い女なのよね」
「知ってます」
「ひひひ」
ということになった。
そうと決まれば有言実行。ヨーダはマールを連れてアソビィの教室に特攻。
ダンジョン授業のハイランカーの降臨に、クラス中から羨望の眼差しを受けるがそれを片手で払いながらアソビィをクラスから奪還、部室に連れ込んだ。
「え? ダンジョンですか。念じれば出ません? こう、ヒュンと捻ってギュオン、ポンッと」
「なんて?」
しかしアソビィは説明が下手くそな、擬音使いの民であった。
ヨーダには擬音使いの独特な感覚がわからぬ。
しかしそれで挫けてられない理由もあった。
「まぁ、ダンジョンを欲した理由はヒルダさんを悲しませたくない、からですか?」
「そうなんだよー。オレの中であの家は出て行くことが確定してるのに、変に好かれちゃってさー。それでダンジョンを作って、自由に行き来するようになればオレを無理にでも引き止めないんじゃないかと思って」
「原作知識があるわけでもないのに、暴れてらしたものね。モブが悪役令嬢をたらし込んでいるのを見て、すわ、原作崩壊か!? と感じたのも今や懐かしい思い出ですわ」
「そもそも、この世界がどんなゲームの内容かも知らないからね、オレ。ヒルダが悪役令嬢とか言われてもさ。どこが? って感じで」
出会った当初は、そこまでするかって思ったけど、そんなことなどすっかり忘れているヨーダである。何なら魔法世界でクソガキならそれくらいするか、ぐらいに思っていた。自分がその年齢でその力を手にしていたら、使わない手はないと思っていたからだ。故に環境による弊害、そうとしか思ってなかった。
「以前お話ししました通り、ここは女性が主役のタクティクスバトルゲーム。薔薇と銀のロザリオの世界。俗にいう乙女ゲーム世界ですわ。少し戦闘スタイルがこだわってまして、斜め見下ろし型の箱庭世界にキャラクターを設置。モンスターとステータスで殴り合う世界観になっていますの。敵は弱めに設定されてますが、盗賊にもイケメンやイケおじはおりまして、戦闘中も非常に眼福でございましたわ」
アソビィが会話を進める度に気持ち悪い笑みを浮かべた。
ぐふふ。と笑いながら涎を垂らしている。
腕があったらそれを手の甲で拭い去っていることだろう。
無いので溢れっぱなしだ。
ヨーダは即座にハンカチをアソビィの口元に当てた。
一瞬でぐしょぐしょになった。
「お前がどうしてそんな短慮を決めたのかようやく見えてきたな。周りがイケメンハーレムだから、手っ取り早く最高権力者の嫁に落ち着いて、イケメン世界を堪能しようと思ったな?」
「てへ!」
てへぺろである。
ヨーダも好んでよく使うが、他社にやられると非常にムカつく仕草であった。
そして、転生者という知識を総動員して自分の気持ちを優先させた人物はもう一人いたことを思い出す。
「しかしシルファス殿下は何狙いでこの国に来たんだ?」
「普通に彼の方はゲームシステムに惚れ込んでではなくて?」
「ゲームシステム?」
「はい。薔薇と銀のロザリオは乙女ゲーとしても高水準でしたが、戦闘部分でも非常に戦略性の高いタクティクスアールピーギーでしたの。シナリオを読み進めたい方はイージーモードで雰囲気を堪能できますが、熟練者ほどハードモードをやりたがりますのよ。なので殿下はそちら側のプレーヤーだったのではないかと推測しております」
「そういえば勇者だの何だの言ってたな。妖精がどうとか」
「完全にゲームクリア優先の攻略ですわね。ですねで私とは相反するお考えの方ですわ」
「そうなんだ? お前もある意味でゲームを堪能してたんじゃないのか?」
「堪能とクリアは違いますわよ。私の場合は停滞。この世界に浸るというものですわ。ですがシルファス殿下はクリア、終わらせるために動いてますの。見ている場所が違いますわ。今か、未来化の先ですの。現状に満足できていないものの考えですわね」
「お前も現状に満足いかなくてロイド様に合わせろって襲ってきたじゃん」
「そうでしたっけ?」
だめだこいつ。自分でしたこと覚えてねーわ。
アソビィーはそんな昔のこと覚えてないと言い放った。
いや、覚えていてわざと誤魔化したのだ。
そっちに脱線すれば色々思い出したくもない過去の記憶をほじくり返すことになる。早いうちにしらばっくれておくことが重要だと。
知っていてしらばっくれている。
「私が聖女と言われても全然ピンと来ませんでしたものね」
「私もそれが予想外でしたの。聖女と悪役令嬢が仲良くお茶をしているところを目撃して、シナリオはどうなっていますのって頭を抱えましたわ」
「多分、ヨーダ様が間に入ってくれたからじゃないかと思うんだよね」
「え、オレ?」
「まぁ、確かに。原作にヨーダ様はおりませんでしたものね。行動を洗い直してみるだけで、いくつかストーリーを勝手に上書きして、まるでモブが勝手にヒロインの辿るルートを複数同時にこなしていますもの。だから私の知ってるストーリーがいつまでたっても発生しなかったんですわ! ヨーダ様が先に起こしちゃってたから!」
「てへ!」
ヨーダはここで渾身のてへぺろを決めた。
周囲の視線が痛くなる。
先ほどの意趣返しだというのに、ヨーダに向ける二人の視線は急激によくないものへと変化した。
「これですよ、自分は関係ないって顔。オレ何かやっちゃいましたー? みたいな顔で平然とすごいことやってのけるんです」
「ビビりますわよ。これで原作知識ゼロというんですから。知識持ち転生シャンも私の立場がありませんわ」
こそこそと、マールとアソビィが内緒話をする。
「と、まぁそれでさ。俺たちもダンジョンを作っておきたいんだよね。それでダンジョンを通じてたまに会うって感じでどう?」
「それはありがたいですね。ダンジョンはどうしたって、契約者のいる場所に発生しますから。なので人を呼びたい場合は、その場にと止まらねばなりません。お父様もアンドールからずっと帰ってこなかったのも、そういうことなのかも知れませんわね」
「ふーん。じゃあ旅に出たら、ダンジョンもずっと契約者についてくる感じなんだ?」
「休憩用の自室みたいな感じなのかな?」
「コアルームなんかをそう使われている契約者は多そうですわね。現に私も自室を設けていますわ。エネルギーを使って、内装を模様替えもできますのよ」
「いいじゃん、オレも人を呼ぶ時用の自室作りたい!」
「私は研究室とかですね。いつでも研究できる場所が欲しかったんです。旅ってどうしても機材が揃わない時があるじゃないですか。ですが自室設定できるなら、すぐさま研究できるよね?」
「と、いうわけで練習しますか」
「賛成」
「絶対モノにしてみますよ!」
これが卒業するまでのノルマとなった。
遠い地で離れ離れになるかも知れない。そんなヒルダへの説得材料になればと思って、疎遠気味だったヒルダにも情報の提供をした。
「ヒルダ、少し時間いいか?」
「お姉様。私がお嫌いになったんじゃありませんでしたの?」
涙声。なんども瞳を晴らした顔だった。
「お前を嫌いになんかならないよ。ちょっと家族を巻き込んで面倒な手段を用いてそうだから距離を置いてたんだ。このまま監獄に閉じ込められる気がしてな」
「やっぱりお見通しだったのですね」
「抜け出るのは簡単だ。けど、それをしたらお前は悲しむだろう?」
「当たり前です。私はお姉さまから教わりたいことがまだまだたくさんありますのに、お姉さまは私から離れる道を選択した。私はまだ納得がいってません」
「そこでお前が納得してくれるかも知れない条件を持ってきたんだ」
「条件、ですの?」
「ああ、ダンジョンを作らないか?」
「ダンジョン?」
ヒルダはなぜそんなに突拍子な話が出てきたのか理解ができないという顔だった。
ヨーダはダンジョンを作り上げた後にできるであろう事柄を並べ立てた。
「もしダンジョンが作れたら、部屋を繋げようぜ。そうしたら遠い地にいてもいつでも会える。扉は一応つけさせてもらうけど、合鍵を渡しておく。その代わりそっちの部屋には一応お伺いを立てる。どうだ?」
「そんな、そんなことが可能ですの?」
「アソビィから聞いたんだ。ダンジョンの契約者にはエネルギーを利用してそういうことができるもんだと。だからそれが実現したら、遠い地に赴いてもすぐに顔を合わせることができる。寂しくなったらいつでも会いに行ける。ただし取得難易度は非常に高い。姉ちゃんはな、残りの一年をこれの取得に費やすつもりだ。もしよければお前も取得してみないか?」
「是非に」
「よかった。お前もずっと仲間はずれにしていたことが心残りだったんだ。アソビィも少し思っていたところがあったみたいだ。うちのブランドはお前の財力を当てにしていたところがあったからな」
「お姉様の方が稼いでいるではないですか」
「今はな。でもオレもマールもこの国を出る人間だ。資金は永遠には続かないよ。アソビィはダンジョン伯となるが、この国で得られるエネルギーはそこまででもないだろう。たまにポンちゃんの料理をお裾分けして、エネルギーを賄うつもりだ。それで数年もてばいいが、資金の方はそうはいかない」
そこでヒュージモーデン家に没落されては困るとヨーダは告げた。
自分は出ていくというのに、非常に虫のいい話ではある。
が、それが縁としてつながっている限り、ヨーダはそこに何度でも顔を出す。
そのことを示してやれば、ヒルダは頷くざるを得なかった。
そこから半年かけて、ヨーダ、マール、紀伊、ヒルダはそれぞれのダンジョンを持ち、遠い場所に離れても定期的に連絡を取り合う場を持てるようになった。
紀伊は愛も変わらずミンドレイ国に対しての不満をぶちまけていたが、それでも半年後にジーパ人受け入れをしてくれる約束を守らせるために必死に王妃としての役割を果たすつもりでいると気概を見せていた。
皆が進路を見出している。
自分はどうすべきか。
洋一と一緒に行く。
それ以外の道を考えてもいなかったヨーダ。
この身はすでに生まれ変わっていて、それでも尚前世に縛られたままでいいのか。
皆が自分の幸せを追い求めて邁進する中。
それだけがヨーダの胸に引っかかり続けた。
ロイドは、紀伊飛ぶ時にゴールイン。
これはめでたいことだ。
オメガとは腐れ縁だが、それ以上でもそれ以下でもない。
何なら自分と離れてせいせいしていることだろう。
いつも顔を合わせるたびに喧嘩していたしな。
そして、マールは共に行くと誓ってくれた。
ヒルダはアソビィとともにブランドショップを支えてくれる。
ヨーダの帰りをいつでも支えてくれるために、ミンドレイに居残ると決めていた。
それから半年後。
ヨーダとマールは卒業とともに行方知れずとなった。
魔法師団長が忽然といなくなるのは前代未聞として捜索願が出されたが、その姿は依然として見つからず。迷宮入りとなった。
「ヨーダ様、うまくいきましたね」
「この姿の時はヨウって呼んでくれ。マル」
兵士が町中を捜索するその上空で、ネズミを足に引っ掛けた鷹が空を旋回しながら飛び立っている。
鳥に変身したヨーダである。足に引っかかってるのはマールがネズミに変身した姿だった。
そのまま翼を羽ばたかせて、森の中に降り立つ。
変身を解き、変装を施した。
「次に向かう街は獣人の国ザイオンだ。つけ耳つけとこう」
「これ一つでどうにかなるの?」
「下手ないちゃもんつけられるよりはマシだろう?」
「まぁ確かに」
「このまま下山するぞ。荷物は」
「ダンジョンの中に」
「ヨシ、突撃!」
「おー」
能天気な声が、山間に響く。
二人はミンドレイのマッシュアンクの港から、ザイオン国のアンカーに向けて出発した。
<ミンドレイ学園編・完>




