38話 ポンちゃん、味覚革命を起こす
「はい、そこまで」
ケンカは早々に終わった。
結局勢いだけで息巻いてきた為替の親父は手足を洋一の【活け締め】、ティルネのステッキを介して放たれた【音魔法】、そしてヨルダの徒手空拳による仕込み仙術の前に敗れた。
シルファスによって決を取られ、またも自分たちの活躍の機会は得られなんだとゼスター、カエデ、もみじの三人がぼやいていた。
「これで、この金貨はこちらの赤の魔石に取り替えてくれるだろう?」
「ちくしょう!持ってけドロボー」
「適正価格で泥棒扱いとは、どうやら常勝不敗だったようだ」
シルファスはこんな家業が長年にわたって正当化されていることを嘆く。
「こっちにゃ親分がついてるんだぜぃ!」
為替の親父は随分と威勢がいい。
そして奥の控え室から大柄な男が現れた。
「仕事かい、親父さん」
「おお、あんた! 舐めた奴が商売の邪魔をするんでさぁ。いっちょ懲らしめてやっちゃくれませんかい?」
「兄さん方、真っ当な商売にズルをしちゃあいけねぇな、む?」
出てきたのはゴリラを彷彿させるような大男で、ついさっきマッシュアンクでゼスターと戦った獣人とに頼った顔立ちをしていた。
「次はおっさんが相手? それとズルってのは言いがかりもいいとこだぜおっさん。こっちは適正料金で為替を行ったんだ。一回負けた程度で商売の邪魔だなんて、まさか言わねぇよな?」
「威勢のいい嬢ちゃんだ。俺様がこの街一帯のナワバリのボス、バルバトスだと知っての喧嘩かい?」
「どこの誰だかわからねーけど、喧嘩だったら買うぜ?」
ヨルダは血気盛んに前に出る。
ここで引くという選択肢は持ち合わせてはいないようだ。
「待ってくれ!」
そこに割って入ったのはゼスターだ。
「なんだ、兄ちゃん。あんたも獣人だったらわかるだろ? 一度始めた喧嘩は納めらんねぇってよ」
「ああ、だが俺たちには少し話に行き違いがあるようだ」
「ないね。俺がここのナワバリのボスで、そのナワバリを荒らそうとしてる輩を懲らしめる。それが仕事なんだ。ナワバリのボスはな、舐められたらしまいなんだよ」
「そうかい。じゃあ、ザルバックにはクソみたいなボスがいたことを話さなけりゃいけないようだ」
「どうしてここで俺の弟の名前が出てくるかはわからねぇが、その話、詳しく聞かせてもらうぞ?」
バルバトスが構える。
意識をゼスターに向けて。
「おい、オレの喧嘩なんだけど?」
相手を横取りされたヨルダが少しだけ唇を尖らせた。
「悪いな、こればかりは王としての勤めを果たせてもらう。ザイオンの連中ってのは面倒臭い自分ルールを貸してるもんなんだよ」
「まぁ、いいけど。早く終わらせてね?」
「そりゃあ、無理な願いだ。こいつ、強いぜ?」
ミンドレイではそれなりに高ランクを維持していた『エメラルドスプラッシュ』のゼスター。彼をしてもザイオンのナワバリボスには手こずると言って見せる。
「シルファスさん」
「なんだ?」
「ザイオンって面倒な人が多いですね」
洋一が率直な感想を述べる。
「バカな男が多いのは事実だな」
シルファスは実の弟と、ナワバリボスとを見比べてため息をついた。
手強いというだけあり、決着がつくまでに掛かった時間は数時間にも及んだ。
まだザイオンに着いたばかりでほとんど出歩いてないというのにだ。
しかし住人は慣れっ子のようで、集まるなり仕事を放棄してはトトカルチョを始めてしまった。
それに倣って洋一達は屋台を開く。
商魂たくましい、というよりは思いの外時間がかかって小腹が空いたので食事をしていたら一つ欲しいと言い出す野次馬が増えたためだった。
中にはミンドレイから商人もいたのか、顔見知りの顔もあった。
「やぁ、あの時の。ザイオンにも出張してくれたんだね。どんなものがあるんだろう」
アンスタットで村長代理をしていた時に、よく顔を出してくれた商人に、洋一はおすすめですよと生焼けではないお好み焼き(焼きそば入り)をお勧めした。
「いいねぇ、アンドールの時の食事も良かったが。これもまた抜群にうまい。仲間にも持たせたいので幾つか包んでもらえるかい」
「毎度」
商人が大枚を叩いていくのを見て、獣人が胡散臭そうに店に集まる。
ここに置いているのはいつもの人間向けではないのか?
そんな視線が焼き手のシルファスに向かう。
獣人のくせに、人間に尻尾を降る負け犬。そんな目だ。
まだ理解者であるザイオンは喧嘩に耽っている。
ここから先はシルファスが解決するしかない。
「んだぁ、テメェ客じゃねーなら帰んな」
そんなことを考えてる矢先、焼き代から顔を上げたシルファスが不機嫌そうな顔で客に喧嘩を売った。
いや、客ではない。ただの野次馬相手に喧嘩を売ったのだ。
本当に喧嘩っ早い種族である。
「は? 買うかどうかが客の特権なんですけど? よくわかんねぇ肉をしっかり焼いたもんに金なんか払えねぇってことだよ、雑魚」
「は? なんでオレの魂込めたお好み焼きが、お前みたいなクソ雑魚に馬鹿にされないといけねぇんだ? 今焼いてやるから食ってみろ! それでまずかったら金はいらねぇ!」
「おう、俺様が直々に味見してやるよ、クソ雑魚」
なんだかんだで、衆人環視に自分の力量を見せつける場所を作ってみせた。
取り出されたのは、血も滴る新鮮な肉。
もうそれにかぶりつきたいというような声が方々から上がる。
しかしそれはぶつ切りにされ、もう一方は糸が引くほどのミンチにされた。
たったそれだけの作業で、周囲からブーイングが聞こえるほどだった。
そして見たこともない衣が鉄板の上に撒かれ、それを綺麗に楕円に仕上げていくシルファス。
薄く焼き上げたそれに先ほどミンチにした肉と角切りにした肉を挟み、臭み消しの葉っぱ、胡麻をあえて醤油を垂らして差し出した。
「さぁ、食ってみろ」
「肉に火は通さねぇのかい?」
「は? そりゃミンドレイ人向けのメニューだ。なんでザイオン人のオレが、ザイオン人に同じメニュー出すと思ってんだ? そんな無粋な真似するわきゃねーだろ」
「ま、それもそうだな」
野次馬の男は、うまそうな肉を皮で包んだものを一口いただく。
皮は薄く、咀嚼する際に肉の旨みを阻害しない。
これはいいな。
そしてゴロッとした肉の弾力は、獲物に生でかぶりついた時の食感を思わせた。
滴る血肉。そこにツンと鼻腔に刺すような刺激があった。
それがまたなま肉の食欲をそそらせる。
随分とか見応えのある肉だ。
うまいにはうまいが、すっかり顎が弱くなっていた男にはこればかりでは大変だという感想を抱かせる。
そこにとろっとしたミンチ肉が入り込む。
これはいいな。かぶりついた時の旨みは角切り肉で感じながら、ミンチで顎が疲れない。醤油の香ばしさが肉をもっと食いたいという気持ちにさせ、気がつけば手元の包み紙には何も残ってない。
見事な完食っぷりである。
「評価は聞かなくったってわかるな。お代わりはいるかい?」
「いくらだ?」
「黄魔石小3個でどうだ?」
「安い! これは黄魔石中を2個取れる味だぞ!」
「ならあんたからはそれでいただくとしよう」
「く、だがこの味なら惜しくねぇか」
あれほど喧嘩腰だった男とシルファスは、お好み焼き(もどき)を通じてすっかり意気投合した。
火の通った肉を好ましく思ってないザイオン人を唸らせる見たこともないメニューは、すっかり関心を惹くものとなった。
為替でお金を両替してもらいに来たのに、両替以上に元出0で稼げてしまうのは嬉しい誤算というかなんというか。
「ザイオンへの味覚改変旅行の第一歩としては成功でいいか」
「お好み焼きの形を知ってもらう上では大成功だろ」
その後ゼスターと喧嘩していたバルバトスもお好み焼き談義に花を咲かせた。
ゼスターは新しくこの港町のナワバリボスとして認められるようになったらしい。
どうもこのナワバリシステムが、王になる上で必要なのだとか。よくわからないけど、自分たちには関係ないなと洋一は宿に戻って数日の間ザイオンの色を研究した。
生食文化は相当に根深く、やっぱり最初は生で攻めるべきかなと考えるのだった。
◆
「本当にいいのかよ、旦那? 俺たちとはここで別れて」
「それがお互いのためだと思っているよ。ゼスターさんだって俺たちに構ってばかりもいられない理由があるだろ?」
「でもよぉ」
ゼスターが納得がいかないと言うようにぼやく。
なぜ仲良しこよしでやってきた洋一達がこのようなことになっているかといえば、単純にやりたいことの方向性の違いが明確にあった。
洋一達はのんびり旅をしながら、最終的にはダンジョンに赴き、伝説の剣とやらの解放をする。
そのついでにエネルギーの上限を上げて、元の世界に戻って、またこっちに戻るためのパスをつなげると言うものだ。
対してゼスター達は兄達と後継者争いをする。
そのためにも多くの縄張りのボスとして君臨し、王になってからはジーパに赴き2人の鬼人を娶る。
洋一達に付き合っていては、どちらも達成できなくなる。
だからここで別行動をしようということになった。
「オレがいるから平気だ。それともお前何か? オレが女だと分かった途端心配をしてくれるのか?」
シルファスが煽る。ゼスターはすぐに噛みついた。
「んなわけあるかよクソ兄貴!」
「ははは。それならば良い。ここから先はオレに任せておけ。次会う時までにお互いに成長の証を見せ合うとしよう。自慢の弟よ」
「ま、まぁそこまで言うんなら俺も引いてやらぁ。だが兄貴、次会う時までに成長してなかったら、指差して笑うからな」
「言ってろ、愚弟め。次は空いた口が塞がらん新作を用意する!」
なんだかんだ、息ぴったりの兄弟のようだ。
「じゃあ、俺たちはここで! またな、旦那! お好み焼きの宣伝もしとくから!」
「ありがとう! 次会うときはお互いに立場が違ってるかもな!」
「そうなってるように願ってるよ」
以前、ジーパに向かう時の洋一は、ブラックカード持ちとはいえ冒険者としてペーペーもいいところだ。
しかし再び会ったときはアンドールの領主代理と飛躍的に活躍を見せていてない新気が気じゃないゼスター達であった。
負けられないぜ! と熱意を燃やす若者達は、元気一杯に目標に向かってかけていった。
そんな彼らを見守りながら、洋一は後方腕組みおじさんと化した。
「青春してるなぁ」
「洋一さんはそう言う青春とはご縁なかったの?」
「ないない。俺とヨッちゃんは世捨て人みたいな暮らしだったしな。シルファスさんには?」
「聞かないでくれ、仕事辞めて店を出しても味で客をつかめなかった時点で暗い青春を送ってたよ。手伝ってくれた友達も全員結婚しちゃったし、裏切り者めー」
ちょっと面倒くさい感じになったシルファスを捨て置き、洋一は改めてザイオンの気候と食についてティルネやヨルダと話し合った。
そして今、港町アンカーから馬車を出して鬱蒼としていた森を渡っていた。
「兄さん達、この辺初めてかい? ここら辺は野盗が多いいんだ。気をつけなよ? あんた達みたいな武装をしてない奴はカモに思われちまうからね。ヒッヒッヒ」
だなんて御者に言われる洋一だったが、既にティルネとヨルダが動いていた。
「だなぁ、既に100人には囲まれてら。どうする、師匠?」
「とりあえず様子見で。ティルネさん対処の程は?」
「運良く風上にいます。一網打尽にして見せましょう」
「こう言う時、御者のおっさんもグルの可能性が高いんだよ。イベントスチルで見た」
シルファスの言動は全てゲームによるものだ。
そこでみたことがあるのなら、
「へ、へへ旦那。悪い冗談はよしてくだせぇ」
冗談、と受け取りながらも御者の男は冷や汗をかいていた。
そして馬車に揺られること二時間。
何事もなく次の街トマホークに辿り着く。
緑に囲まれた大自然溢るる街だった。
日当たりが悪いのか、どこか苔むしていて蒸し暑い。
「噂は噂で済んで助かったよ。おじさん、これ賃料ね」
「へい、またの機会を」
御者の男はそそくさとその場を去った。
「恩師殿、数名こちらを見張る視線があります。いかがなさいますか?」
「何か仕掛けてきそうな感じ?」
「きっと山賊だよ。身包み剥がし損ねた逆恨みとか?」
「バカはどこにでもいるからな。喧嘩売る相手を間違えてる」
ヨルダが餌を奪い損ねた泥棒はしつこいぞと言及する。
その上でシルファスをじっと見た。
「姉ちゃんをカモだと思ってる可能性もある」
ヨルダがにニヒヒと笑みを強めた。
シルファスは取り合う気はないと片手で払う。
「オレが? ないない。唯一武装してる奴を狙うほどあいつらはバカじゃねぇよ」
「流石この国の国民だけあって熟知してるな」
「まぁな、クソッタレな場所だよ。国民も王政も」
「でも王族から抜け出したくなくて、勇者伝説を追っかけた経緯があったじゃないですか?」
洋一からの指摘に、ムッとしたのはシルファスだ。
「その話だけど、あれはオレの性別が女だと判明した時点で無しになった。この国は男尊女卑が激しいからな。女の身で王族になるのはどこぞの国に嫁がせられるだけの贈り物に変わる。無理して帰る必要が潰えた。ならばオレはオレの道を行くまでよ!」
「え、ザイオンって女性をとことん認めない国なのか。強ければある性別の壁は越えられると思ってたけど違うんだ?」
「オレの知ってるゲーム知識のザイオンはそうでもなかったけど、暮らしてわかったザイオンは女性権利まるでないぞ? だから対岸の火事を見つめるように女性は可哀想だなって思ってた。王になり、その妻になる分にはいいが、国政次第では完全に詰む」
「つまり一番影響があるのが王政で、それ次第で女性権利は実質なくなると?」
「ああ、なので弟には是が非でも王になってほしい。あいつはまだ女性に対して経緯があるからな。上2人は残念ながら、道具としか見ていない。というか、自分を引き立てるための道具なんだよ。自分以外の全てが」
「自分が世界の中心だと思っちゃってるパターンか。そんなのが2人もいるとか終わってんじゃん」
目も当てられない、とヨルダがその状況をアリアリと想像する。
「だからこそ、オレが勇者になって地位を奪取しようと思ってたんだが……」
それが潰えた、という顔でげんなりしていた。
シルファスはぱっと見では男にしか見えないんだが、性別でそこまで引っ張られるもんなのかと洋一は難儀だなぁと腕を組んで首を傾げる。
「まぁ、王位継承が潰えたとはいえだ、シルファスさんには新たな目標ができた。今はそれでいいんじゃないか? 俺たちも当てのない旅だ。いや、明確な目標はあるけど急ぎじゃない。聖剣の解放だって今すぐにやらなきゃ世界が滅亡するってもんじゃないんだろ?」
「それは、まぁ」
ならいいじゃないか、と話を打ち切り宿を取る。
宿の中でこの街の名物を聞いたり、酒場に流れて飲み食いした。
一見子供っぽいヨルダも、今じゃ普通にお酒を飲むので洋一は酒や料理に舌鼓を打っていた。
「ここの食事ってそんなに生じゃないのはなんでだろ?」
「そりゃ、ここの湿度じゃすぐに腐っちまうからよ」
ヨルダの疑問に答えてくれたのは、すぐ後ろの席で飲み食いをしていた現地の人からだった。
「なるほど。一度干し肉に加工してる分、新鮮さが落ちるのですか」
「本当はガッと生肉を苦いてぇんだけどよ。そいつを保存するためのシステムがこの街にゃねぇのよ。そんで苦肉の策が一度茹でて塩に漬ける茹で干しだ」
「茹でてから干すのですか?」
「珍しいだろ? ここは森の中だが、程近くに湖があるんだ。それが塩が異様に取れる場所でさ、塩が有り余ってんだよ。だからほとんどの食事に塩気がついて回るのさ」
「そうなんですね、良いことを聞きました。おばちゃーん、この人にお酒とおつまみ頼むよ。お題は俺が払うから」
「良いのかい、兄さん?」
「良いの良いの。俺は流れの料理人をしててさ、アンカーでは生食信仰が強くてどうにもならなかったけど、ここでならなんとかなりそうだなって、そういう情報を得られたんだ。その情報量で奢るくらいするさ」
「へぇ、俺はここでは結構顔が効くんだけどよ。よかったらあと数名におごっちゃくれねぇかい?」
「構いませんが、奢れるのはここの酒場に限りますよ? 見ての通り流れの旅人なんであまり手持ちを持ってませんので」
「はっはっは、俺が物取りか何かに見えるのかよ? ただ稼ぎが低くて飲み食いできねぇ同胞を食わしてやりたいと思ってるだけよ。こんな味気ない飯でも、生きてく上での糧だからな。特にここ、トマホークは弱いってだけで迫害される場所だ。俺に奢ればとりあえず後ろ盾にはなれるぜ? どうだい?」
「わかりました。こちらとしても情報はあるに越したことはありません。ついでに貧民層の暮らしなんかも教えてくれたら、定期的にこちらで食事の提供もしますよ? もちろん、加工する肉は持ち込みという形ですが」
「願ってもねぇ申し出だ! ちょっと待ってくんな。今呼んで来らぁ。あ、俺はガウロってんだ。兄さん方は?」
「俺は洋一だ。他にはティルネ、ヨルダ、そしてシルファスだよ」
「助かる」
そう言って、ロウガは店の外に出て行った。
「外がこちらを警戒していた視線がこぞってこちらにやってきます」
「なんかタイミングがいいと思った」
「彼らが山賊? そうは見えなかったけど」
「こっちを騙そうとしてくる奴は、総じて人のいいふりをしてくるのさ。そしてロウが、この名はゲームでも聞いたことがある賞金首の名前だな」
「シルファスさんはゲーム知識に流されすぎなところない?」
「知識に頼るくらいはいいじゃないか。まぁ、知識は知識、実際に見ることで認識を改めていくつもりではいるよ」
「まぁ、それもそうなんだけどさ。さて、お相手は何を要求してくるのやら」
なんだかんだ言いつつ、ワクワクとした気持ちで対応に臨む洋一たちだった。
◆
少しして、ロウガが複数の少年たちを連れてきた。
みんな年若い。中には痩せこけているものまでいる。
食うに困っていると言うのは本当のようだ。
「よう、旦那」
「彼らが?」
食事を奢ってもらいたい相手か?
そう伺えばロウガは頷く。
「そう言うこった」
「あなたが僕たちにご飯を奢ってくれると言うのは本当ですか?」
小柄だが、瞳の奥に光を宿す少年が告げた。
本当に食事を奢ってくれるのか? と。
「もちろんだ。しかしただというわけではない」
「お金ならありません」
「ああ、違う違う。欲しいのは情報だ。さっきそこの人にも話したが、俺は流れで料理人をしていてね。見ての通り君たちとは種族も異なる。ここで食べられているポピュラーな料理と、今君たちが最も欲してる食事。あとは俺たちが色々アレンジしたのを食べて評価してくれるんなら、今後の食事の面倒も見るよってお話さ」
「そんなに美味しい話があるんですか?」
子供達からの疑いの視線。
洋一は説明が難しかったかなと愛想笑いを浮かべた。
「だからタダじゃねぇのよ。オレたちは現地に住むあんたらの意見が聞きたい。それを受けてくれるっていうんなら、ここでの飯を奢るって話だ。別にその後の食事の世話の件は断ってくれてもいいんだ」
そこへ年恰好のにてるヨルダが割って入る。
ここでの奢りと、食事の世話は話して考えてくれていいとわかりやすく解説した。
「そういうことなら。今は小さい子に栄養を取らせてやりたい」
「もちろんさ。おかみさん、この子達にお腹いっぱいになれる食事を!」
「酒は?」
うちは酒場なんだけどねぇ、と催促してくる。
洋一たちはすっかり瓶を空にしており、ロウガもおかわりもらえるんだよな? という顔だったので五人分頼んだ。
「美味しい!」
「俺、こんなに温かいご飯食べたの初めてだ」
「ほらほら、ゆっくり食べな。飯は逃げやしないからよ」
「うん」
「ここで食い溜めしないと」
年長のこの方が職に関してしっかりしているようだ。
一番下の子は後先考えずに食べ勧めてしまっていた。
真ん中くらいの子は、この先のことまで考えて食べ分けている。可能な限りお腹に詰め込む方針だろう。
「彼らは普段あまり食事にありつけないのですか?」
「ここは見ての通り大自然に囲まれちまってるだろ?」
ロウガはそんなことを言うが、洋一はゼスターやシルファスなどの獣人がこの程度の自然に屈する姿が想像できなかった。
「獰猛な魔獣が出るとかですか?」
「うんにゃ」
「じゃあ縄張りの利権問題です?」
「それもあるっちゃあるが」
ロウガはどうにもに言い淀む。
チラチラと周囲を見回しては惚けるのだ。
つまり縄張り関連で口を滑らせたら今後が危ういと言うことだろう。ただでさえ、顔が広いと言っていた。
立場が危うくなるだけでは済まないのかもしれない、それこそ子供を抱えている以上、彼も動きが慎重になっているように思う。
「うまいかー? 坊主。たんと食えよー?」
ヨルダが子どもたちの食事を見守りながら、自分の皿からお裾分けをしている。
塩胡椒がしっかりきいたウィンナーなどだ。
生肉主義のアンカーと違い、ここはややしょっぱめの味付けが好まれてるのか、子どもたちは最初こそよそよそしくしながらも、一度食い付いてからは躊躇うことはなかった。
「うめっ、うめっ」
「はっはっは、元気な子どもは見ているだけでこちらも元気をもらえるものですね」
「全くな」
ティルネの言葉にシルファスもその光景を眩しそうに見つめた。今まで自分のことで精一杯だった彼女だが、ようやく他人に目を向ける余裕ができたのは大きな成長だと思う。
出会った当初はあまりにも強烈だったからね。
子供達が満腹になってから、ロウガは「少しいいか?」と店の外に出るように促し、洋一たちもそれに続いた。
そして人通りのはけた裏通りにて、言葉を投げかけられる。
「あんた、第四王子派か? それ次第によっちゃ、俺たちはあんたにもらった恩を仇で返すことになる」
「縄張りどころか。王政派閥だったか。そうだね、ゼスターさんとは個人的な付き合いがあって、応援はしてるけど、国のことにまで首を突っ込むつもりはないよ」
「王子になることまでは望んじゃいねぇってことか?」
ロウガの瞳が洋一を射抜く。
「俺はただの料理人だぜ? たまたま客として出会った人の夢を応援まではするが、その結果までは関われない。でも、そう思ってない人たちがいるってことでいいか?」
「どこから気がついていた?」
「アンカーの街を出てからですね。こちらを伺う気配があると、彼から」
ティルネが帽子を少し上に傾けてロウガを見やる。
「チッ、気づいていたのかよ。ガキを使って取り入ろうとしてたのも?」
「バレバレだぞ。まぁ腹を空かせていた相手がどんなやつだろうと洋一さんは飯を食わせるために動くけどな」
シルファスが洋一に笑いかけ、洋一もまたロウガに笑いかけた。
「性分なんだ。腹をすかしてるやつに飯を奢るのが」
「それで、あんたの目的は?」
「第二王子派の邪魔をするんなら消せ。それが上からのお達しだ」
「第二王子とは、そんなに心が狭いやつなのか?」
「おいバカ、陰口一つでこの町では……」
「クソ野郎だよ。自分の思い通りにならないと暴力で言うことを聞かせるタイプ」
あーーー!! こいつ言い切りやがった!
もうしらねぇぞ! みたいな顔のロウガ。
「マジかよ、この世の終わりみたいなのが兄貴だと最悪な気分になるな?」
「待て、兄? まさかそちらにおられるお方は……」
「オレか? シルファス=エナ=ザイオン。名目上は第三王子だ。この聖剣が目に入らぬか!」
「ヒェ! 第三王子様であらせられましたか!」
「なんてな。オレはもう継承権争いからは降りたよ。今じゃ趣味のお好み焼き屋をやってる。でだ、これからオレはお好み焼きで天下を取るつもりなんだ。ザイオンどころか世界中にその名を轟かせてやるぜ! てな」
「お好み焼き? よくわからねぇが、第二王子に楯突く気はないと?」
「争う権利を無くしたのさ。そしておれは王族から降りることにした。権利の放棄どころか、王族じゃないから敬わなくていいぞ?」
「いきなりそう言われてもよ」
「まぁ、彼は俺と志を同じくした料理人だから。聖剣の使い手ではあるが、料理のことしか考えてないよ。と言ってもすぐには信じてもらえなさそうだね」
「そりゃ、無理って話だろ」
「ならば、君たちの抱える問題を片付けながら、こちらの事情を語ろうか」
「それは第二王子派につくってことか?」
「悪いがどちらかの派閥につくことはない。第一王子派が食うのに困っていたら、俺たちは迷わず手を差し伸べるだろう。それはあなたが敵対視している第四王子にも同等にです。俺はただの旅人ですよ? ザイオンの人々は旅人にすら派閥を強要するのですか?」
「そう言うわけじゃねぇよ。ただ、お前たちがあちこちで第四王子の宣伝をするんなら、ってことだ」
「まぁ、彼らなら俺たちがどうこうせずとも勝手にすごくなっていることでしょう」
「随分と買ってるじゃねぇか」
「一緒にジーパダンジョンを攻略した仲ですからね。あ、勘違いしてほしくないのですが、俺は料理しかしてません。ダンジョンのボスをリスキルしてたのは彼らですね」
「リスキルがなんなのかはわからんが、まぁいいや。俺たちの敵には何ねぇなら、それでいい。いや、よくはねぇけどなんだ? お前たちと一緒にいると調子狂うな」
「それで、さっきの話ですが」
「あん?」
もう話は終わりだと立ち去ろうとしていたロウガだが、ここで洋一に呼び止められるとは思いもしなかったのか驚いた顔を見せる。
「あなたたちの食事事情、それの改善。俺たちにお手伝いさせてもらえませんか?」
「第二王子派でもなんでもないあんたを仲間に合わせろって?」
「俺たちは食事の評価が欲しい。あなたたちは食事そのものに困ってる。ならば、お互いの利害が一致しているように思いますが」
「俺たちを元気にしたって、あんたの応援してる第四王子をコテンパンにしちまうかもしれないのにか?」
「それでコテンパンになる相手ならそれまでってことですよ」
「あんた、変わってるなぁ」
「よく言われます。それで、どうします?」
「俺たちにとっちゃ向かい風以外のなんでもねぇ。断る方がどうかしてらぁ。こっちだ。着いてきな」
洋一達はロウガについていき、そこで先ほどの少年たちと再開した。
そこでは少年でも関係なく、仕事に従事している姿が見えた。
新たな境遇での食事に、さてどんな食事を食べさせようかと洋一は頭を悩ませるのだった。
◆
「どうだー、美味いかー?」
「美味しい、美味しい!」
洋一達は第二王子派の溜まり場にて食事を披露した。
子供の数は多すぎることもなく、少なすぎることもない。
どうやら任務中に命を落とす数が計り知れないようだ。
そして食事を得たら仕事の始まりである。
「よーし、お前ら腹一杯になって元気はあるな? 畑の時間だー!」
「畑?」
「畑ってなんだ?」
「お前ら野菜とかはどうやって手に入れてるんだよ。お店から買ってるようには見えないけどさ」
「野菜は他の派閥の畑から盗んでくるんだよ。これも立派な仕事さ!」
畑そのものは知っているようだ。
しかしそれらを自分たちで作るって頭は最初から持ってないように聞こえた。
むしろ盗むことに美徳さえ感じているようだ。
どこか得意げに語る子供たち。
備蓄への強襲も仕事とは、せこい仕事を受け持つものだ。
ヨルダは畑の収穫物を奪い去るやつは人間じゃねぇ! ぐらいの勢いで怒っている。
今や畑はヨルダの生業だからだ。
「馬鹿野郎が! 他人から奪う仕事しかしてこない奴が、真っ当に生きていけるかよ! 今はバッグに第二王子様がついてくれてるから無法が許されるが、その王子様が王様になったらお前たちはどうなると思う?」
「どうって? 俺たちは第二王子派だぜ? そりゃたいそうなご褒美が……」
「こりゃあ、ダメだぜ師匠。今の自分たちがどう言う状況か、まるで見えてねぇ」
「そうだねぇ」
ヨルダの質問に、洋一は答えかねる。
今の彼らは大きなバッグがついている。
だからそれが唯一の生きる希望で、ことをなしたら莫大な報酬が得られる。
そう言い聞かされて扱き使われているのだろう。
「まぁなんだ。仕事のない日は暇だろう? 盗みに行って、他の派閥とばったり出くわして収穫ゼロなんてことも少なくはないはずだ」
「そりゃそうだけどよ」
身に覚えがあったのだろう。どこか強気には出れない少年達。
「やっぱりな。じゃあ畑は覚えておいて損はないぜ?」
「でも作ってるって他の派閥の奴らにバレたら、盗みにくるぜ?」
「バカだな、簡単に盗まれる畑作りなんかするわけねーだろ! まずは仙術から教えてやるよ。防衛機能付きの畑だ。今からゴーレムの作り方を教えてやる!」
「仙術だぁ?」
先ほどまで様子を見ていたロウガがチンピラの如く絡んでくる。
「ああ、ジーパの技術だ。降霊術を使って土地に精霊や神様を下ろす技術だな。ヨルダはミンドレイ国民でありながら、ジーパ国の技術やアンドール国の技術も扱えるんだ。そしてここ、ザイオンの技術も学ぶつもりでいる」
「俺たちは暴力でしかことを為せない種族だぜ?」
「それは聞き捨てならないな」
開き直るロウガに、食ってかかるシルファス。
他でもない、自信がお好み焼きという技術を提げて変わろうとしている矢先の出来事だからだ。
「おいおい、ここはザイオンだぜ? 他国の流儀が通用するかよ」
「力を示せと?」
「そういうこった。腹が膨れた後の運動といえばこいつだろう」
飛び出す握られた拳。
それを避けるまでもないと足を払って対処するシルファス。
「手を出す相手を間違えてるぞ、第二王子派。最初から腹さえ満たせばあとは用無しという段取りだったか?」
「くそ!」
後ろ手を取られ、観念するロウガ。
「残念だったな、オレたちはしつこいぞ? これからも俺たちの飯を食ってもらう。そして腹ごしらえの後の運動は畑だ。収穫の喜びを知れ! 体術はそのあとでみっちり叩き込んでやらぁ!」
「そういうことだ。真っ当になれ、とまでは言わないが、奪うことなく生きていくようになってもらう。誰かに言われてそれに従ってるなんて自ら奴隷になりにいくようなもんだ。そんなのは見ていられないからな」
「こいつらは手強いぞ? 俺ですら手に負えない野蛮人だ」
「文化的な対話者ですよ、シルファス殿下。野蛮人だなんてとんでもない」
ティルネの言い分に、懐疑的な視線を送るシルファス。
どこの誰が文化的な対話者だって?
しかしそれを言葉に出せば、また痛い目に遭うのは自分だと従順な態度を見せた。
「だ、そうだぞ? この人がこの中で怒らせたら一番ダメな人だからな?」
「一見人の良さそうなおっさんがか?」
ロウガは理解が及ばないという顔。
この中のよう注意人物はシルファスしかいない予想が完全に外れた形だ。
「いやはや、私なんかは恩師殿の足元にも及びませんよ。皆さんはジーパ国の聖獣ミズチやアンドール国の災害獣サンドワームをご存知で?」
「聞いたことくらいならある。どっちも島を丸呑みにする水でできた蛇と、街を丸呑みにするミミズのバケモンだろ? それがどうした?」
「ミズチは恩師殿が、サンドワームはヨルダ殿が。単独で仕留めてます」
「「「「は?」」」」
「あなた達はそんな方々に喧嘩を売ろうとしている。温厚な私は引き留めねばならない」
「え、洋一さん達、そんなやべーことしてんの? どれもSSS級のモンスターなんだけど」
「いや、普通に倒せたぞ?」
事もなげに言う。なんなら目撃以前に倒して、洪水を起こしたものだ。
「そういやチート持ちだったな。道理で最難関ダンジョンが無血開城でヨプ生の開放をしてくれたわけだ」
「サンドワームは的だったな。デカイだけの的」
「スクナビコナ様のお力を得られたのが大きかったですな」
「ねーちゃんは厳しいけどいい先生だったな」
「スwクwナwビwコwナw」
シルファスは笑いのツボに入ったように呼吸困難に陥った。
「大丈夫か、にーちゃん?」
「ごめん、その規模だとは思わなかった。まじで土地神様で草」
「ああ、ねーちゃんは寸前まで正体隠してたからな。オレもビビッタよ」
「ジーパの人はユニークな怪生が多かったよね」
「キュッ(なんじゃ、呼んだか?)」
洋一のフードの中からおたまがウェイクアップする。
ジーパの話題が聞こえて休眠状態を解除したのだろう。
本当に自由だな、この狐。
「私の和菓子の使用は烏天狗でしたしね」
「もしかしてその天狗ってロクさん?」
「よくご存知で」
「そりゃ、攻略の最重要キャラの一人だし。その人がスクナビコナと知り合いで、ジーパのダンジョンに挑めるようになるんだよ」
「ジーパのダンジョンの中に華様のおられる屋敷があるんだよね?」
「ああ、だがジーパを牛耳ってるのは華様じゃなく……」
「キュッ(妾であるな)」
「洋一さん、さっきからその狐の自己顕示欲が高くないですか?」
「この子、玉藻様の分体なんだよね。ジーパの話で盛り上がってたから、出てきたみたいだ」
「あっ(察し)」
「おい、さっきからなんの話だ」
すっかりロウガを無視してジーパ談義で盛り上がってしまった。
要は本来ならシルファスが起こすイベントを、全くゲームを知らない洋一達があらかた起こしてしまった後だったと言う事実が判明した形だ。
その際、ミズチやサンドワームは絶対に倒せない災害として出てくるのだそうだけど、それを倒したと言う話を聞いて『バランスブレイカーだわこりゃ』と言う見解に至る。
「要するに、お前達は買われるきっかけを得たってだけだ。運が良かったな、お前ら。俺たちには心強い神様や精霊様がついていてくださる。第二王子派の向かい風となるぞ!」
「「「おおお」」」
ロウガ以外の子供達が盛り上がる。
やはり獣人を突き動かすには風習を知っているシルファスに任せるに限るな。
どれだけうまい料理を作れても、よそ者である洋一達に人を動かす力なんてないのだ。
「と、言うわけで一回ゴーレム作るから、その起動方法と防衛時の動かし方を覚えるように。畑だが、防衛装置となるゴーレムなんてそうそうないんだぞ?」
ヨルダが、畑とは収穫物との対話だと述べる。
土と語らい、水と語らい、虫と語らう。
そして収穫後も油断ならない。
収穫物だけを狙う盗人や害獣との戦いの日々が待っているのだ。
「畑作りは体作りに通づるものがある! お前らは武術が得意だろ? 鋭い月を繰り出すのに、畑を耕すのは適任だ。余計な力入れるな、力を抜き、必要な分だけ土を掘るんだ。よーし、いい調子だ!」
畑作りを鍛錬に組み替え、鍛錬と休息を繰り返し、いっぱいに腹を空かせた子供達に飯を振舞った。
「今までと違って、お好み焼きに食いつく勢いがすごいな!」
シルファスがうれしい悲鳴をあげている。
「これも修行だぞ、シルファスさん。お客の顔を見て、望んでる一品を提供する。それはこうやって数をこなすことで得られるものだ」
「いいね、面白い! どんどん来い! お前らの最適解を見つけてやるぜ!」
熱を当てられてやる気を見せるシルファスに、負けられないなとたこ焼きを作り始める洋一。
「甘いものはこちらにありますよー」
「「「「わーーー」」」」
そこに第三勢力のティルネが現れた。
猫舌である獣人にとって、冷たくて弾力のあるお菓子は食事よりも菓子に興味を抱く子供が多い。
味覚革命は一朝一夕にしてならず。
獣人は自分の食べやすいものに飛びつきやすいのだ。
「くそ、甘味に流れる勢いがすごい!」
「ティルネさん、ほどほどに!」
「残念、今日のお菓子はこれでおしまいです。また明日、おいでなさい」
「「「えーー」」」
「もうお腹もいっぱいな子も多いでしょう。美味しいからと、食べ過ぎは困ります。これはまだ食べ足りないこの分です」
「「「じゃあ、お腹すかしてきたらいいの?」」」
「はい。お腹をいっぱい空かせてきたら、優先的に食べさせてあげますよ。まだ食べ足りない子はお好み焼き屋たこ焼きなんかも美味しいので食べに行ってください。きっとこのお団子みたいにホッパげ落ちると思います」
半信半疑な子供達。
お好み焼きはまだ食べ慣れた味だったが、たこ焼きは見た目から不気味なものに思えて食べつけなかったのだ。
しかしあんなにうまい菓子を作るティルネが言うんだったら、食べてみる価値はあるかと思う子供達。
「おい、これ食ってみろよ! すげー美味いぞ」
「ほんとか?」
「騙されたと思って食ってみろよ!」
「お前そう言って本当に騙す事もあるからって……うめぇ!」
「だろぉ?」
「俺、こんな美味いやつ初めて食ったかも」
「でも、肉とか一切入ってないのにどうして美味いんだ?」
「何言ってんだ、菓子だって肉なんて入ってないぞ?」
「もしかして僕たち、肉以外は栄養にならないって思い込まされていたのかも?」
「そんなことあるわけ……実際にこんなので腹が膨れるかよ」
そう言って、子供達はたこ焼きを食べまくった。
しかし一つ食べても軽いと思ったものも、数十個食べれば胃の限界がやってくる。
これが粉物の脅威だ。
粉、油、たんぱく質の暴力が、子供達の胃腸に留まり続ける!
「俺、もうこれ以上食えねー」
「俺も」
「僕も、お腹いっぱいー」
「だったら、腹ごなしが必要だな? 午後からは水汲みだ。水場の案内を頼む! いっぱい食ったらいっぱい働かなきゃな!」
「「「「うへぇ」」」」
早速農作業へと誘おうとするヨルダに、子供達は早速嫌そうな顔をした。
しかし、その表情はどこか楽しげで、嫌々ながらも農作業、と言うよりもお腹をすかせる作業をどこか楽しみにしているようだった。
◆
森林の町、トマホークに滞在すること一ヶ月。
洋一達はすっかりこの街を顔パスできるくらいの存在に上り詰めていた。
派閥のどちらにも介入し、もしお役御免をいただいても問題なく生き残れるように修行と畑と餌付けを念入りに行った結果である。
「もう言ってしまうのか? 俺たちにはまだまだあんたが必要だってのに」
結果、呼び止める声がほとんどだった。
「もともと俺は旅人ですよ。あなた達の派閥の一員じゃあない。あなた達が始めた物語の登場人物でもない。街から街へ流れていく行商人だ。なんでそこまで付き合わなくちゃならないんです?」
「そりゃそうなんだが、中途半端に手を入れられて、こっちは迷惑していると言ったら?」
「そりゃ悪かった。けど、俺たちからみてこの街の住民はもう飢えてない。自分たちで食料を調達できるし、なんなら仕事も多くある。まだ俺たちが滞在する理由があるようには思えない」
「まぁ、そうだな。あんた達にはガキの面倒を見てもらって助かった。言葉通り、たらふく食わしてもらった。でもだ、このままよその町にいかれたら困るんだよ」
ロウガが指を鳴らす。
そこには世話をしてきた子供達が、敵対したくないけど、仕方ないという顔で一斉に集まってきていた。
「それも上からの命令かい?」
「ああ、恩人のあんたらにこういうことはしたくなかったが、他の街に元気になられたら困るとうちの大将がね!」
なんとも心が狭い人が対象にいるもんだ。
洋一は残念に思いながら弟子の一人に呼びかけた。
「なら仕方ない。ティルネさん」
「わかりました」
出て行こうとする洋一達。
シルファスが相手にするなと言ったティルネが前に立つ。
しかしSSS級モンスターの討伐経験のある洋一やヨルダではない分、引き留めやすいであろうと考えるロウガだった。
ロウガがシルファスに遅れをとったのは空腹による目眩が原因だった。
今は元気いっぱいで、めまいもない。
シルファスには勝てる。その上で鍛えてもらった子供達。
完全に京成はこちらに有利。ロウガはそう考えていた。
「全員で来てください。ミンドレイの魔導士がどういう存在か教えてあげましょう」
「抜かせ! お前達! あのおっさんを抑えろ!」
「おじさん! お団子美味しかった! まだまだ僕たちに食べさせて!」
子供の一人が感情を思いっきりぶつけてティルネに飛びかかる。
そこにあるのは敵意ではない。
純粋な食欲。
しかしながら旅立たねばならないティルネは子供に厳しく立ち向かう。
「はっはっは。もらうばかりではダメですよ。あなたはすでに分け与える喜びに気がついている。でしょう? フリオ君」
神速の突きはあっさりと交わされ、お返しとばかりにステッキでいなされる。
この男、体術も相当にやる。
普段は人の良さそうな顔で、どこか鈍臭さを感じる男だが、それが演技であったかのような軽やかな動きであった。
「まだまだ僕一人じゃ無理だよぉ!」
「そのために冊子を残しておきました。今はひとりでしょうが、そのうちお団子欲しさに多くの子供達がやってきます。その時はまだあなた一人でしょうが、それではすぐに限界が来てしまう。そこで簡単な仕事でもいいのでお手伝いを雇うといい。そうやって自分の仕事を誰かに委ねて、育む教育がある。私のように」
団子屋見習いの兎の獣人フリオが悔しげにノックダウンした。
ただの対話に見えたが、その合間に目に見えない速度の拳の応酬があった。
全てをいなし、ステッキによる衝撃波によってフリオはダウン。
これは知るファスのいうこともあながち嘘じゃないとロウガは兜の緒を締め直すのだった。
「あんた、何者だ?」
「私はティルネ。ティルネ=ハーゲン。ミンドレイ王国のハーゲン男爵家の末弟にして学者。そして【蓄積】の加護を受けた魔導士。恩師殿の二番弟子にして大天狗ロクの教え子、ドワーフの長老オーミッツの弟子にして、稀代の錬金術師です。以後お見知り置きを」
どれもこれも、聞くものが聞けば大したものではないように思う。
しかしゲームに精通しているシルファスが聞けば、とんでもないバグみたいな存在であることが理解できた。
なんだ、それはと思ってしまう。
生まれガチャは貴族という点でRもいいところ。
しかし加護が大外れの【蓄積】。
普通ならば弱者の烙印を押されてのたれ死んでいる。
表舞台に立つことすら許されず、裏でひっそり死んでいる存在。
それがミンドレイにおける【蓄積】のか後の存在だった。
そんな大外れでありながら、ロクの教えを受け、相当後のストーリーで発見されるイベント種族ドワーフからの教えを受けて、化け物みたいな成長を遂げていた。
自ら師と仰いだ存在は、自分の物差しでは測れない超人だったのだとシルファスは痛感する。
いや、違う。
ティルネは拾われたと言っていた。
本来なら死んでいる彼は、洋一によって救われたのだ。
ヨルダも同様、物語の表舞台に出ることなく死んでいた。
それがジーパ国で仙術を学び、アンドールで魔道具技術を学んだ。
全て洋一が関わっての変化であった。
そして、そんな肩書きが全てブラフであるかのような体捌きを見せていく。
子供であろうとも獣人の戦士だ。
もう大人顔負けの戦力であるにも関わらず、未だ汗ひとつ書かずに対応する人間、魔法使い。
今まで距離を積めれば勝てると踏んでいた魔導士が、いまだに魔法ひとつ使わずにあしらわれている事実はロウガには認められない事実であった。
「ほらほら、どうしました? 普段の修行を怠けていた結果ですかな?」
「くそ、こっちの攻撃をいなしながら高説垂れやがる!」
ロウガでさえも、後一歩が届かない。
踏み込みが足りない、というのか?
「ではフィニッシュです」
パンッ
手を叩く。その音を聴いたすべての獣人が、顔を押さえて倒れ込んだ。
舌の先に苦味と辛味。鼻に汚物の匂い。耳の中を高音が轟き、目から涙が止まらない。
一瞬で、元気いっぱいだった獣人達が地に伏した。
「何をやった?」
少し距離をとっていたロウガのみが無事だった。
取り押さえようとティルネを囲んでいた子供達は全員、戦闘不能になった。
「魔法ですよ。私の魔法は音を介して広がる伝達魔法。本当ならいつでも行使できたのですが、それでは卑怯者になってしまいます。彼らにはもっと研鑽を積んでほしいと思いまして、実力で負けたと思っていただきたかった」
「これだ、これが師匠の怖いところだ。俺はこれで数時間身動きを取れなくなった」
「あんたでさえ負けたというのか?」
「政権を抜く暇すら与えてくれなかったよ。本当なら、対峙する間もなく鎮圧できる。けどそれをしなかったのはなんでだと思う?」
「わからねぇ、俺たちを見下してたってことか?」
「違うな。上には上がいるということを教えたかったんだ。あんたはあの子達の行く末を理解した上で飼い慣らしている。そうだな?」
「ああ」
ロウガはこの国ではそういう行為はそこかしこである。逆らったって、自分が酷い目に遭うだけだとその表情が物語っている。
「力とは正義だ。ザイオンではこう教えている。強くなれ、と。王は強きものが選ばれる。王族である必要はない。でもお前達はうちの兄貴に従った。兄貴は強いが、優しくはない。釣った魚に餌をやらないタイプだ。お前はそれを知っていて、あの子供達の将来を不意にしようとしている」
「だって、仕方ねぇだろ! あのお方は、凶暴で残忍で!」
「でも強くはない。卑怯で、汚いやり方で人心を掌握する。金で、権力で、人の心を弄ぶ。いい加減気がついているんだろう? この国政治はおかしいと。たとえあんたが貢いでいる第二王子が王になっても、あんたの暮らしは変わらないと」
「何が言いたい?」
「シルファス殿下、そこらへんで」
「いや、しかし師匠」
「これ以上踏み込めば、私たちは中立でいられなくなる。あなたは王位を降りたのでしょう? この国あり方を問う資格はないはずだ」
「そうですね、すいません」
「よろしい。では弟子に代わって私の見解を述べます」
「ああ」
「単純な話、私はこの子達に伸び代しか感じていません。上がどんなに悪辣で、どんなに理不尽を敷こうと彼らはこの地で生きていかなくちゃならない」
「そうだな。上なんかいるでも変わる。俺だって、いつまでガキどもの面倒を見てられるかわからない。任務が失敗したら報復を受ける。これは絶対だ」
「だが、彼らはもう上からの命令に従わなくたって生きていけるのではないですか?」
「そうだな。だが、生きる場所をもらってるわけじゃねぇんだ。あのお方は、俺らの生殺与奪を握ってる。生きるも殺すも自在なんだよ。凄腕のハンターを何人も雇ってる。俺たちなんか瞬殺だ!」
「そうですか。ちなみに、その生殺与奪ですが……そのハンターは冒険者としてどれくらいの位置にいますか?」
「え? そりゃAランクとか、雲の上の存在だよ」
ティルネは心底ホッとしたような顔で述べる。
「なら、問題ありませんね。この街はこれからもやっていけるでしょう」
「人ごとみたいにいうじゃねぇか! ザイオンの冒険者を舐めてるんじゃねぇだろうな!」
「舐めていませんよ。ただ、そのハンターとやらは毎日自分の体重の10倍はあるサイズの錘を持って10km以上のジョギングを矯正されたり、半分くらい空を飛ぶような高さからのジャンプを矯正されたり、10メートル下の崖下からジャンプして飛び降りたり、崖を這い上がったりできる人たちですか?」
「いや、そりゃどんな修行だよ」
「できませんよね?」
「相当な覚悟を要するやつだぞ?」
「でもこの子達、ヨルダ殿のもとでそれに近しいことを毎日やってるんですよね。美味しいもの食いたさで。子供の食欲を舐めてはダメですよ? それところは今の話とは関係ないんですが……実は恩師殿の料理には身体機能を向上させる効果があるんですよね。私のお菓子に気を取られた子供より、粉物をたくさん食べた子の方が成長が早いのはそういう理屈です」
「へ?」
「これ以上、わたしたちが止まるとですね、多分その第二王子を打ち負かすほどの化け物が誕生してしまう恐れがあるので、私たちはここらへんで身を引くと申し出ています。ロウガさん、あなたの心配もわかります。しかし子供達はあなたの何倍ものスピードで成長していますよ。あなたが嫉妬してしまうほどのスピードで」
「いや、冗談だろ?」
「冗談ではないですよ。恩師殿と一緒に行動していた私たちは、出会うまでここの子供達に劣る落ちこぼれだったんです。ですが一緒に行動し、美味しい食事をいただくだけでこれほどの成長をしてみせた。恩師殿はひとつ所に長居しないのはそういう事情です。その街だけで国を作り上げるほどの規模の戦力が集中するのを恐れた」
「まじか。ただ美味しいだけじゃないのか、あの人の料理は」
「なんだったら、他の街で冒険者として何人か連れてってみてください。農作業よりはマシと言い出しますよ」
「信じられないが、そうしてみる。そして今こうやって転がってるガキ達はいつ復帰する予定だ?」
「後数分もすれば。子供の耳に入れたくない大人の話もありましたし、そしてわたしたちが穏便に出ていくためには仕方のない犠牲でした。事情説明は任せます」
「では行くぞ、ベア吉」
「キュウン(はーい)」
「また遊びに来る!」
「次来る時までに、どれだけ成長してるかチェックすると子供達にお伝えください」
「兄貴の圧政に負けんなよ」
洋一達はいつの間にやら出していた荷馬車の上に乗って、口々に別れの言葉を並べてトマホークの街を旅だった。
本当二十数分もすれば、子供達は復活して、旅だったことを理解して最初の頃は泣きじゃくっていた。
「にーちゃん、おじさん達は?」
「もうずっと向こうに旅立っちまったよ」
「そっか」
「でも泣いてばっかもいらんねぇぞ? 次来る時までにどれだけ成長してるかチェックしに来るって言ってたからな!」
「わー、大変だ!」
「そうだ、大変だ。俺もこれから大変だ」
「にーちゃんも?」
「ああ、この街の行く末を見届けなくちゃいけねぇからな」
「よくわかんない」
「今はわかんなくていいよ。ほら、まだ寝てる年少組を起こしてこい」
「うん」
たった一ヶ月、料理人が居候した。
本当だったらそれだけでしかないのに。
ロウガはとんでもない人物を招き入れちまったな、と苦笑した。




