36話 ポンちゃん、依頼を受ける
アンドールにきて一年が経った。
もうそんな経つ?
ほとんどがダンジョンの中にいたので実感の湧かない洋一達だが、ジーパの時と違って今は国民のほとんどが洋一達の存在を、認めていた。
「なぁ、本当に行くのか? 今やこの国はあんたたちあってのものだ。本当に他人に委ねて出ていくのか?」
ギルドマスターの言葉に、洋一は頷いた。
「そういう約束ですからね。元々俺たちはアンドールには旅人として遊びにきただけです。なぜか国の復興に駆り出されましたが、本来はそこまでするつもりはなかったんですよ」
「それこそ偶然が重なって、か?」
「ええ」
どこまでが偶然で必然か。ギルドマスターはそれを今ここで考えたところで目の前の男はここに止まらないであろうことを理解した。
「では、後のことは任せます。一応こっちではSランクなので、今後はそれで対応してくれるとありがたいですね」
提示したライセンスは商人ギルドのものだ。
わざわざ冒険者ギルドにきて、それを提示するのか? という顔。
「あんたなら冒険者ランクでもSで通用するだろ? 聞いたぜ、100階層まで突破したんだって?」
「偶然ですよ」
「そこまで偶然は続かねーんだよ。そして一度も外と連絡をせずに篭りっぱなしで踏破は後にも先にも聞いたことはない」
「それでも、俺のメインはこっちです」
洋一は腕っぷしを前面に押し出すことはせず、料理の腕だけで勝負したいと告げた。
「そっか。あんたの飯が食えなくなるのは寂しくなるな」
「レストランの味も俺に近づいてきてますよ。そしてゆくゆくはこの国の名物となる。俺はその礎となれただけでも嬉しい。あとはこの国の人々が血肉に変えるだけだ。それは俺でなくてもいい」
「過去の負の遺産を全部ぶっ壊して、あんたが一から作った国だ。あんたがそう思ったって、恩義を感じてる人は多い」
「この街に来る人は過去にどんなことがあったなんて興味は持ちませんよ。ここはダンジョンと飯の街、アンドールだ。今後ずっとそうなる。冒険をして、ダンジョンで稼いで、うまい飯を食う。そこに国民の皆さんと商人、そしてあなた方冒険者ギルドがお互いを尊重して国が歴史を作っていく」
それ以上でもそれ以下でもない。
ギルドマスターに告げる。
「ああ、そうだ、これからもそれを続けていく。いつでも帰ってこい。国民全員で歓迎するぜ?」
「ははは、次顔見せる時まで覚えてくれていたらありがたいですね」
ギルドマスターとはそれで話を打ち切り、続いてミズネのレストランへと別れを告げにいく。
そこには護衛として雇ってた『一刀両断』のメンバーが従業員として働いていた。
今じゃ即戦力のスタッフとしての自信が表情から読み取れる。
だからこそ少し心配になった。
もう冒険者はやめてしまったのだろうか?
帰りの護衛も頼もうと思っていたのだが、ちょっとだけ声をかけにくい雰囲気だ。
意を決して厨房に声をかける。
「お疲れ様です」
「おお、旦那!」
忙しいのだろう、作業の手を止めずにミズネが顔を出す。
以前はバーなどをやっていたのに、今じゃすっかり中華料理屋のオーナーよろしく鉄鍋を振るっていた。
今の調理を手早く終え、後の作業をスタッフに任せて出てくる。
店内は満席だ。注文待ちをしてる客はメニュー表を見ながら料理の到着を待っていた。その中には住民のみならず冒険者の姿もちらほらある。
すっかり人気店になっていた。
前から人気だけど、それは商人相手の人気だった。
外向けの需要をがっちり掴み取れたのは異国料理にも力を入れたからだろう。
洋一の教えでアンドール料理のみならず、ジーパ料理、ミンドレイ料理にも対応した結果がここにきて評価を受けている感じだ。
「忙しい時間にすいません。俺たちそろそろアンドールを発とうと思いまして。世話になったのも含めて挨拶に来ました」
「世話になったのはこっちだが? 旦那の謙遜は嫌味に聞こえるレベルだな。最初こそは生意気な口を聞く小僧だと思ったが、今じゃ立場が逆転してしまったな。息子のハバカリーも今や立派なスタッフだよ。あいつのこんな姿を生きてるうちに見られるなんてなぁ」
「これからですよ。根は悪い子じゃなかった。環境が彼を追い詰めた。大人である俺たちが正しい道へ導いた。それでいいんじゃないですか?」
「俺たちの教育の仕方も悪かったのかも知れねぇな。おい、ハバカリー!」
「なんだよ親父!」
「洋一さんが国を発つってよ。挨拶してきな。お仲間も連れてさ」
「あぁ!? こんなクソ忙しい時に何言ってんだよ!」
「お前の恩人だろうが! 人生を棒に振るう瞬間を救ってくれたお人だ。口だけの感謝になんの価値もネェんだよ。誠意を見せろ、誠意を!」
「チッ、わーったよ!」
奥の方に引っ込んだミズネが調理スタッフのハバカリーを叱りつけては耳を引っ張って引きずってきた。
そこにあったのはすっかり亡国の王子と親衛隊長のそれではなく。
父親と手のかかる子供のようだった。
「悪いな、親父がうるさくて。それとそんなに急いで出ていかなくったっていいんじゃないか?」
「そう言ってたら気付かぬうちに一年経ったんだよなぁ。本当はもっと早く出ていくつもりだったんだが、これを逃したら、またずるずるといきそうでな。今日決めたんだ。国中に笑顔が戻った。俺はそれで満足してる。あとは国民がなんとかするさ。よそ者は黙って立ち去るさ」
「あー、わかる。オレもなんだかんだ冒険者よりすっかり料理スタッフ一本になった感じだ。そういえば、砂漠の護衛は必要かい?」
「本当はハバカリーに頼もうと思ってたんだがな。忙しそうなら他にあたろうかと」
「いやいやいや、このオレを名指しで頼もうっていう時に、他の奴らはないだろ。親父ー! 数日休みをもらうぜ! ちょいと洋一さんを送り届けてくらぁ!」
「おう、是非そうしろ! その代わり帰ってきたら覚悟しとけ? 休みなしでこき使ってやる!」
「休みはくれよ! このクソ親父!」
「ばーか、商売に休みなんかねーんだよ!」
厨房ではバチバチにやり合っている。
ここで抜けるとか冗談だろ? と数名のスタッフの目が血走った。
今の人数でもギリギリだ。
そこから接客スタッフ二名、裏方一名、調理スタッフ一名が消える。
これの意味するところを考えたらめまいがしそうだった。
準備に数十分。
すっかり冒険衣装に着替えた『一刀両断』のメンバーが居た。
馬の手配もしてきて、すっかり出発の準備も出来上がっていた。
「急かしたようで悪かったね」
「いやぁ、アタイらもすっかりこの街に染まってた。冒険者やってるよりずっと給料良かったからね。その上三食美味い飯がつく。これ以上望んだらバチが当たるよ」
「手癖の悪かったハバカリーもすっかり料理スタッフだ。俺は裏方に徹するしかなかった。それでも冒険者の時より充実した毎日を送れてたな。自分に意外な特技があることにびっくり会いてる」
アストルの特技も気になるが、掘り下げると長くなりそうなので出発してから聞こうかと洋一は馬車に乗り込むのを促した。
整備された馬車道は、余裕を持ってすれ違得るほどの幅を確保できていた。
以前までのアンドールでは考えられない環境の変化だ。
「すっかりこの国も変わったよなぁ」
今まで馬車を扱うのなんてミンドレイからくる商隊くらいだった。
しかし今は砂漠が緑化したおかげで途中でばてることも無くなった。
各街に馬房や休憩所が設けられたことで商隊以外も馬車での運行をするようになったのだ。
「なんにせよ、サンドワームがもう出てこないっていうのが最高だよな」
ハバカリーが自国の破壊神の存在を話題にあげる。
あれがいたからアンドールは壊滅的に追い込まれたのだと過去を思い出していた。
「あいつは料理しがいがあったな。色々作ったが、天ぷらが一番うまいのが驚きだった。
「まず最初にその感想が出てくるのが洋一さんだよな」
普通は恐ろしいとか恐怖の対象でしかないものだが、洋一にかかればたちまち食材に早変わりだ。
「実際うまかったじゃん」
「それな」
御者台ではハバカリーとヨルダがそれぞれ馬とベア吉を並ばせて走らせている。
すっかり馬に気に入られたのか、並走しても怖がられなくなったのは大きいだろう。
荷物はベア吉が持ってくれるので洋一達は軽装で済んでいる。
そして馬車の中では、ヨルダの作った簡易魔道具が早速大活躍していた。
「いやはや、ヨルダ殿の空気調整機は大発明ですな。馬車の中の空気をこうも冷やしてくれるのは老骨にはありがたい限りです」
それはクーラーのように室内の温度を一定にする魔道具だ。
手入れの類は必要なく、特定の魔核を補填するだけで半永久的に動くという代物だ。
他にもいくつか作ったが、用途がすぐに思いつかないもののオンパレード。
自動田植え機とか、自動伐採システムとか、自動水やり機とか。
基本農業に関するものばかり。
しかし農民にとって魔核は手に入れづらいのもあり、運用してくれそうな人たちは現れず、ヨルダも扱いに困っていた。
その中で今でも現役で扱えてるのがこれだった。
魔核クーラーだ。
ダンジョンの中での魔核水道、魔核コンロ、魔核水洗トイレ、魔核シャワー室なんかは好評だったが、ダンジョンの外では有り難みも半減。
以降は魔道具作りに飽きて農業に勤しんだヨルダだった。
「だからって、馬車の中でお茶までするのはお貴族様の特権だと思っていたよ」
「これからはこの魔道具が出回れば一般の馬車でも提供は可能でしょう」
「それができるのはティルネさんだからでは?」
キョウ、ヨリ、アストルがティルネに茶菓子を馳走になりながら頷いている。
護衛とは実際名ばかりで、ほとんど馬車の中でくつろいでるだけだ。
なんならお金を払うほどの待遇を受けていた。
それでも護衛を頼んだのは、久しぶりに近況を報告したいのもあった。
「いやぁ、それはどうでしょうか。あ、お茶のおかわり要ります?」
「せっかくのご厚意です、いただきましょう」
「ティルネさんのお茶菓子はどれも絶品ですからね。ジーパ菓子もさることながらアンドール菓子にミンドレイ菓子。どれをとっても迷ってしまうほどです」
ヨリがお茶のおかわりを待ちきれずに茶菓子に手をつけている。
それを横目にキョウがあんたもすっかり食いしん坊になったねとジト目を送っていた。
「洋一さん、アンスタットにあんなでかい門あったっけ?」
そんな矢先、前方に見つけた異物を報告するように洋一に尋ねる。
アンスタットは洋一の管理先。
ハバカリー達はアンセムに引きこもっていたので一回通った後は全く知らないので知ってそうな人に尋ねていた。
「俺も知らないなぁ」
「あれは私が作ったガゼボですね。その周囲を城壁のように囲ったのかもしれません」
「ああ! やんごとないお方をご招待した時のですね」
「いつの間にそんなことしてたんだよ。それに、やんごとないお方って?」
「ミンドレイの王族? 後はジーパの姫」
「それはまたやんごとないお方のオンパレードだ」
「ティルネさんのジーパ菓子が絶賛されていたんですよね」
「恩師殿のオリジナル料理ほどではありませんが、ジーパのお姫様に美味しいと言っていただけたのは嬉しかったですね。お墨付きをいただいた気分です」
「ティルネさんの真心がこもってますからね。これから食べられなくると思うと寂しいです」
「そう言われると心苦しいですね。しかし、私が手塚らこれから育つ芽を積むことはないでしょう。今は私の指示を受けたせいかスタッフが各レストランに10名ほどいます。今はまだ拙くとも、これから伸びていきますよ。私がしがない学者で、歌詞なんて専門外であったように」
「え、そうだったんですか? てっきりその道のプロのお方かと!」
「そう言ってもらえたら嬉しい限りです」
馬車はアンスタットに近づき、一応積荷の確認と人物の経歴を確認した。
「あれ、ヨウイチさんかい?」
「どうもどうも」
「ヨウイチさんならこの街の大英雄だ。引き止めるなんて失礼なことをしちまった。町長からどやされちまう」
「この人はそんなすごい人なんですか?」
「ばか、この人がいなかったら今のアンドールはないほどの偉人だぞ!」
「それは失礼しました!」
門番の一人に洋一を知ってる顔があったため、お咎めなしで待ちを通れるようになった。新人の門番は先輩門番から話を聞いて頷いた。
一年前までこの国が圧政と劣悪な環境であることを外から来た新人は知りよう筈もない。
そして見知らぬ城壁。
アンスタットはその立地から流れの冒険者がとにかく漂流する。
一攫千金を夢見てアンドールにきたはいいものの、ミンドレイより物価が高いと嘆くものが多かった。
当時に比べれば随分と安定したように思うが、それでも高く感じる人は多かったようだ。
そもそも、この国では銀板以外の価値が相当に低かったものな。
銅板、鉄版など目も当てられないほどだった。
それでも食事はできるし、外貨も使えるようにしてたのだが。
やはり洋一の巻き起こした『暖簾分け』の弊害が新生アンスタットになっても響いていた。
その金額(金貨換算)でやっていた料理を食いたいけど食えない、理不尽だ! と騒ぎ立てる人は少なくなかったという。
一般的な料理は辛すぎるとのことで、商人向けのさっぱりとしたレパートリーが豊富な料理を望む声が多く上がったのだとか。
「人が増えた弊害ですか」
「冒険者ってのは国が認めた山賊みたいなところがあるからな。ダンジョンっても安全に稼げる要素は薄いだろ? 儲けられる奴の上限値が決まっちまってる。そこからあぶれたら後は悪い方に転がっていくだけさ」
「そのためのアンスタットでしょう。働き手はいくらでも欲しい。違いますか?」
「働く気がない奴はお断りなんだよ」
「それは災難でしたね」
どこにでも困った連中というのはいるものだ。
楽をしたい。その上で自分だけいい思いをしたい。
どこかのお貴族様みたいな考えだ。
と、いうより十中八九そうなのかもしれない。
その山賊、元領主の雇っていた傭兵では?
領主が逮捕されて行き場を失い、奪うことで生計を立てようとした。
けどアンスタットの住民が逞しくなりすぎて、返り討ちにあった。
だから商隊を襲って生計を立てているんだろうけど、いい迷惑という話のように思えた。
「それでは、俺たちは一度この国を出ます。また遊びにきますので、その時はまたよろしくしてくださいね」
「なんか寂しくなるが、またきた時は歓迎するぜ」
「いつでもお越しください!」
「はい!」
洋一達はアンスタットでは休憩をとらず、そのままミンドレイに向けて出発した。
長居すれば別れるのが惜しくなるからだ。
「そういえば、この馬車まるで浮いてるかのように揺れがありませんよね?」
お尻が痛くならなくていい! とヨリが嬉しそうに言った。
「これはヨルダ殿の魔法ですな。お茶菓子を出したいと要望を出したら『ゆれちゃまずいでしょ、俺が魔法でなんとかするよ』と」
「魔法ってなんでもありなんだな」
キョウが感心したように言う。
「なんでもはできないよ? できることだけ」
「そのできることの範囲がでかいって話だよ、嬢ちゃん」
「馬も軽くてびっくりしちゃってたけど、ちょうどいい重さのベア吉を引っ張ってもらってるから」
「並走してるように見えたが?」
「そりゃ目の錯覚だよ。実際は馬にベア吉を引っ張ってもらってる。ベア吉が宙に浮いてる荷台を引っ張ってるので重さはチャラだな」
「魔法ってなんでもありなんだな」
今度はハバカリーが驚かされる番だった。
◆
馬車に乗って数日。
ようやく目的地に着いた一向。
すっかり馬車暮らしを満喫した『一刀両断』のメンツは洋一達との別れをめちゃめちゃ惜しんでいた。
「ヨウイチさん、やっぱりアンドールに帰りません?」
「一回あんなの知っちゃったら、アレなしでは満足できない体に!」
キョウが誤解を招くようなことを言って身をくねらせた。
やめてほしいな、周囲からの視線が厳しくなるじゃないか。
「ほらほら、さっさとギルドに報告して。役目でしょ」
「以前までなら真っ先に報告しに行ってたんだけどなぁ?」
「報酬が良すぎるからね。でも、それ以上の待遇を受けた後の今となっちゃ……」
「なんだかこれをギルドに渡したら、縁が切れる気がしてなぁ」
冒険者を離れて久しいのもあり、縁の切れ目を殊更惜しむような一同にmそんな大層なもんじゃないでしょうなんて言って訊かせた。
たかが依頼。それが終わったら他人になるわけでもあるまいに。
「ないない。俺たちはいろんな場所を回る都合上、一つ所に長居はしない主義なんだよ。なんだかんだでジーパにも一年居たし。アンドールも長居しすぎたし。あれ以上留まれば、みんなが俺に依存しすぎちゃうしさ」
「それはあるなぁ」
「身に覚えがありすぎますな」
洋一の回答に、ヨルダとティルネもうんうんと同意する。
何故か? 師である洋一と同様に国民や冒険者から依存されすぎていたからだ。
ヨルダは砂漠を緑地化した女神の使いとして。
なんあらダンジョン内での魔道具を販売しないかと言う声を商人からしつこく言い寄られていたという。
ティルネに至っては酒と菓子。
ほぼワンオペでの販売なのですぐに消費され、生産を急げとせかされるばかり。
不本意ながらも専用の工場を作り、指導なんかもした。
二人ともその責任から逃げられる、と安心しきっている。
その責任を背負わせられる場所への蜻蛉返りなどもっての他である。
洋一も同様の理由でアンドールに居着くことを強要されたが、そこはまた愛想笑いで流してきている。
「まぁ、頼りきっていたのは事実だ」
「そうだね、子供はいつまでも親に甘えてられないか。これからは自立もしなければ」
「でもでも!」
「あーはいはい。身内の負債は俺らが引き受けますんで」
そこまで言われてもティルネの菓子との別れを惜しむヨリを、アストルが引きずっていく。
「長い間お世話になりました。実家の親父とも喧嘩別れしたままで、もう一生このままだと思ってたオレの人生、なんとかなりそうです!」
「うん、そうなってくれたら俺も嬉しいよ。またアンドールに寄った時、世話してくれ。冒険者をやってたら護衛もな」
「それなんだけどさ」
ハバカリーや『一刀両断』の面々は、今日限りで冒険者はやめると告白した。
「そうか、レストラン一本でやっていくか」
「ああ! 次来る時までに料理の腕もあげとく。だからその時は直接アンドールに顔出してくれよな!」
「ああ」
洋一は拳をグッと出し、ハバカリーはそれに拳を合わせた。
それきり『一刀両断』とは別れた。
ギルドを後にし、洋一達は懐かしのミンドレイの街を歩く。
「気のいい連中だった」
「ただの護衛でしかなかったはずなのになぁ」
「恩師殿の手にかかれば、明日を臨むことも難しい御仁もたちまち歴史に名を残す偉人に早変わりですな。以前ジーパで出会った『エメラルドスプラッシュ』と同様に、今回も彼らを導けました」
「彼らは元気にやってるかなぁ?」
ゼスターは王位継承権に参加すると息巻いていたからなぁ。
「さぁ? 元気だったらそのうち会うんじゃない? それよりオレ腹減っちゃった」
「ならば久しぶりにミンドレイ料理と洒落込もうか」
「だなぁ、アンドール料理は辛いばっかで、たまにはミンドレイのジャンクな感じが懐かしいや」
「良い思い出はなくとも、故郷の味というのは懐かしく感じるものですな」
「そうそう、そう言えばヨルダ」
「何?」
「お前、あの魔道具を売り込むつもりはないか?」
「え? 別にないけど」
「じゃあレシピを販売するつもりは?」
「うーん、それくらいなら。突然どうしたのさ。師匠らしくないよ?」
「そういえばアンドールでこんなものを手に入れたのを思い出してな」
商人ギルドのライセンスを取り出す。
飯だけじゃ外に出た時に実績が少ないと感じた洋一は、登録だけしてみないか? とヨルダを誘ったのだ。
「正直、魔核クーラー以外は取り扱いに困るものばっかりだよ?」
「自分たちじゃ気づかないところに商機を見つけるのが商人なのさ。登録したら、後は向こうが勝手に考えてくれる。そう思えば、こっちは作りたい放題だ」
「責任取らなくていいのなら、まぁ」
「こういうのはレシピの権利だけ主張しとけばいいんだよ、欲をかいて生産まで一手に引き受けると売れた時首が回らなくなるもんさ」
「じゃあ、やる」
「ティルネさんも何か売り込みます? 登録だけでいいんで」
「では私も新作の菓子のレシピなんかを登録しておきましょうかね。後は真似なりなんなりしてもらって構いません。一度登録さえして仕舞えば、そのレシピを買った方から一定の額が商人ギルドに入ってくるのでしょう?」
「良く知ってるね。俺もそれで料理のレシピとか登録しとこうと思ってさ。ほら、俺って作るのは好きだけど、商売人には向いてないから」
「ははは。恩師殿は欲がありませんからな。私も今回のアンドール旅行で痛い目を見ました。欲はほどほどでいい。身に余る欲は毒となりますから」
「本当にな。求める欲は際限がない。俺もそういうのには懲りてるんだ」
「師匠も見た目にゃ出さないけど苦労してるんだなー」
「そりゃそれなりに長く生きてるからな」
と、腹ごしらえの前にそんなやりとりをした三人と三匹は商人ギルドに足を向けた。
「すいませーん」
「ようこそ商人ギルド・ミンドレイ支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「実は他の町で商人をしてまして。こちらへは顔出しに。これ、ライセンスです」
「左様ですか、ライセンスを承りま……Sランク!?」
「ここでは珍しいですか?」
「見ないことはないですが、新顔でSの提示者は珍しいですね。以前まではどこへ?」
「アンドールという国です」
「最近はあちらへ出向かれる商人は以前にも増して多くなったと聞きます。ではあなた様も成功者のお一人ということですね。なるほどです」
「自慢できるものではありませんが、話が早くて助かります。それでですね、我々は一つのところに長くとどまることができない都合上、レシピの公開をしたいと思ってここまでやってきました」
「レシピ登録ですね。伺いましょう」
レシピ登録は珍しくもないのか、受付のお姉さんはすんなりと洋一の提案を飲み。
次から次に出てくる道のレシピに舌を巻いた。
まずは料理、その加工法が凄まじい。
モンスターの毒抜きから旨みの抽出技術。本当に商人なのか疑わしくなるほどだ。
続いてヨルダの魔道具なんかも目新しいものだ。
見たこともない魔術系統。
最後にティルネのポーション各種、各国の再現菓子、再現アルコール類など。
三人含めて登録レシピが100を超えたと聞けば、その異様さも窺えるだろう。
「こ、こんなに大量に公開してしまってもよろしいのですか? レシピの買取は法律上できませんが、非公開にすることで利益は見込めるでしょう?」
「正直、三人で手が回らないほどの生産を求められたので。欲しい人は後で自分で頑張ってくれというのが本音ですね。出来上がる過程に興味はあれど、そこから先活かすのに俺たちは向かない性分のようです」
「オレたち、根っからの商人というよりはクリエイター側なんだよね」
「アイディアを出すのは得意なのですが、一度作り上げたものを継続的に提供するのにあまりにも向かないと気がつきまして」
「なるほど、理解しました。こちらとしても登録してくれる商品が多いほど利益が上がりますのでありがたい限りです。売れたレシピはこちらのライセンスに入金する形でよろしいでしょうか?」
「うん、そうしてくれるとありがたいな。それと、アンドールから来たばかりで為替がまだでね、ついでにお願い」
「かしこまりました」
金板や銀板はストレートに金貨や銀貨に変えられる。
やっぱりアンドールの為替が異常だったのだ。
今後あんなことはないと思うが、お金は多めに持っておくに限るなと教訓になった。
「さて、これで落ち着いて旅行ができるな」
「こういう意図があったのね。貯めたレシピをそのまんま放出して気分さっpリって感じか」
「私も少し肩の荷が降りた気分ですよ。後はまた溜め込むだけですね」
「うん、ギルドに回せばあとはどこの国でも閲覧できるだろうからさ。それぞれの国が求めてるものは違うだろうし、何かあるたびに俺たちが出向くのも違う。そういう時にレシピを後悔しておけば、後は現場の連中が何かしてくれるさ」
「でも自分で作れないから、作ってくれーって頼んできたらどうするの?」
「連絡が届かない場所に逃げるのさ」
良いことを言ってるようでクズの発言である。
責任放棄とでもいうか。
「都合よくダンジョンに入ってる時であれば良いですね」
「だなぁ、どっちみちダンジョンには寄る必要があるから、最寄りのダンジョンを知ってる人を雇うか」
「その前に腹ごしらえが先かな?」
「そうだった。じゃあ酒場に行こうか」
「飯屋じゃないのが師匠らしいな」
「ヨルダの手前、ずっと我慢してたからな」
「その節はおせわになりました」
だなんて言いながら酒場で情報と食事をいただいた。
味は淡白で、やたらと脂っ気の多い、まさにジャンク! と言った料理を懐かしむ三人。
そこで最寄りのダンジョン情報を見聞した。
「ダンジョンなら、ここらじゃジーパとザイオンが有名だな。最近じゃアンドールも熱いらしいぜ」
「ザイオンかぁ。情報ありがとう。さぁ。パッとやってくれ今日は俺の奢りだ」
「うへへ、兄ちゃんオレらのことをわかってるね」
情報の代価は食事と酒。
それだけで気分良く話してくれるんだから安い出費だ。
腹一杯になるまでジャンクを詰め込んで、そのままザイオン行きの馬車を探す。
手っ取り早いのは冒険者ギルドか。
もう『一刀両断』の姿は見当たらなかった。
パーティ解体も含めて早速アンドールに蜻蛉返りしたのだろう。
休暇分はまるまる移動で消費するのはかわいそうだが、自分で決めた道だ。
洋一が口を挟むことではないだろう。
新たな旅立ちを見守るだけにとどめた。
受付で依頼を発注し、すぐさま奥の部屋からギルドマスターが出てくる。
「やぁ、あんた。連絡もないからとっくにくたばっちまったかと思ったが生きてたのかい」
「勝手に殺さないでくださいよ。ザイオン行きの馬車の手配をお願いします。ついでにその護衛も」
「あんたは本当にいろんな場所に行くな。だがタイミングが悪かったなザイオン行きはいま運行休止中だ」
「何か問題が?」
「それが色々あるのさ」
あまり表沙汰にできない話らしい。
マスタールームに赴き、事情を聞いた。
「魔王の復活、ですか?」
「ああ、その予兆の一つがザイオンの国宝に現れたのだそうだ」
その国宝は剣の形をしていて、封印が解けるたびに力を取り戻すのだとか。
ミンドレイにも国宝はあるが、それは鏡の形をしているらしい。
「で、立ったそれだけの事情で運行が休止になるほどのものなんですか?」
「上の連中が慌ててるだけ、ってのが現場の見解だ。しかし王族がこぞってそれを見過ごせないと一つのパーティを結託した」
「それが、ザイオンの勇者パーティーだと?」
「ああ。代々あの国は勇敢な戦士を生み出している。その特徴を持つ存在が王族の一人に現れた。そして聖女の印を持ったものがミンドレイにいると」
「そのパーティーの目的は?」
「かつて封印されたミンドレイのダンジョン跡地、近畿の森に赴き封印が解けていないかを調べるためだそうだ」
「それが無事に遂行されるまでは運行が封鎖される?」
「と、いうよりは王子が御帰還されるまでだ。しかしこれには一つ問題があってな」
「問題と言いますと?」
「求める護衛の基準がやたら高いのだ。既存のAランク、Sランクにそれらの条件を満たせる人物は該当せず。その上で少数精鋭でのご希望だ。多くて三人。ミンドレイの地理に詳しく、腕っぷしが強く、その上で王族を唸らせる料理が出てくる旅路をご希望ということだ」
なんだ、その限定的なメンバー募集は。
まるで洋一達を狙い撃ちにしてるような構成だった。
「その依頼主とは?」
「ヨーダ=タッケ。あんたが持ち込んだ家宝の家柄だ。知っているな?」
尋ねるというより、確信を持って聞いてきた。
やはり藤本要が一枚噛んでたようだ。
「ええ。それで、依頼が張り出されたのはいつごろです?」
「つい先週だ。うちとしてもザイオンと行き来できなくなるのは嬉しくない。早急に片付けたい案件なのだが、該当者が今の今まで見つからずにな」
まるで今見つかったみたいにいう。
これでは引き受けなければ話が進まないようではないか。
「向こうの指名が俺たちなら、引き受けないわけにもいかないな。ヨルダ、ティルネさん少しっと周りになりそうだがいいかな?」
「オレは全然オッケー」
「姪っ子の顔を久しぶりに拝むのも良いでしょう」
「ならば引き受けましょう。用意するものは何がありますか? 見ての通りパーティに赴くドレスコードとは縁遠い生活を送っておりまして」
「必要ない。向こうの要望は望んだ人物の斡旋だ。あんた達以外にゃいないから今日出会えてよかった。前金でこいつを預かってる。集合場所でそれを見せれば向こうも気づく。まぁ、依頼主とは知り合いだろうから近づけばわかるだろ」
適当だなぁ、と思いつつ引き受ける洋一。
受け取ったのは指輪だ。人差し指にはめることで、相手に位置情報を教えるのだそうだ。
引き受けた時点で、向こうも気づく。
よくできた前金だ。これ自体の価値も結構あるだろうし。
売り払うという考えのない洋一だが、高価な品であるということはわかった。
それを見たヨルダが、何かしらメモを走り書きしている。
「とりあえず構造は理解した。面白いな、ドワーフの技術が使われてるぞ、これ」
「へぇ、あんたはこれの構築がわかるのかい」
「まぁ、聞き齧っただけだけどね。ちょっと時間を貰えば作れるよ」
「やって見せてくれるか?」
「いいけど、オレの仕事は安くねーぜ?」
ベア吉の影から金属を取り出し、ついでにテーブルも引き出した。
チャッチャとやると言いつつも、凝り性なヨルダらしい作業着への着替え。
藤本要からならった早着替えの魔法で、早速作業に取り掛かる。
大体十数分で一つの魔道具を作り上げた。
「はいこれ。こっちがマップで、こっちが位置を知らせるコマ」
「どう使うんだ?」
「このコマに登録した人にリングを渡して、その人がどこを移動してるかをマップで把握することができる。これはタダでやるけど、コマとリングは別料金だ。リングは師匠に渡しとけばいいか?」
「それで構わない。本当に簡単に作るな」
「慣れたもんだからね。それでどう? 追加発注は帰ってきてからになるけど」
「それで構わない」
「毎度ありー」
勝手に相手の下方を模倣して商売を始めるヨルダ。
大丈夫? 国際問題に発展したりしない?
そんなわけで、目的の場所へと向かった。
ギルドマスターが言っていた通り、前金の指輪でこちらの位置がわかっているので行き違いはなく無事合流できた。
「ポンちゃん、こっちこっち!」
「ヨッちゃん! アンドール以来か? 随分と女性らしい格好をするようになった」
「いろいろ事情があるんだよ」
事情については触れない方がよさそうなオーラを身に纏わせるヨーダ。
他のメンツが何も言ってこない時点であらかたバレているのだろう。
「おじ様、お久しぶりです」
「姉様、少しは腕を上げたかしら?」
続いてマール、ヒルダが挨拶を交わした。
洋一にではなく同行していたティルネとヨルダにだ。
「お久しぶりでございます、洋一殿」
「紀伊姫様。お久しぶりです」
締めに紀伊。ジーパのお姫様だ。
以前よりも随分と表情が柔らかくなったように思う。
ヨッちゃんに振り回された結果かな?
「これがお前らが絶賛するハンターか? 思ってたより随分と細いな」
紀伊との挨拶に割って入ってきた声は、どこか殺気を孕んでいた。
男一人に女三人を侍らすハーレムパーティだ。
まるで恋人をとられたかのような嫉妬が洋一へ向けられる。
「あなた様が今回の依頼主様ですね。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「シルファスだ。一応ザイオンの王子をしている。本来なら平民にこのような依頼は任せぬのだが、ヨーダ嬢がどうしてもとうるさくてな」
満更でもない顔だ。
一体どんな色仕掛けをしたらここまで表情が緩むのだろうか?
シルファスの表情はだらしなく蕩けていた。
「そうですか、これはご挨拶が遅れました。改めまして、アンドールの領主代理をしている本宝治洋一と申します。以後お見知り置きを」
「何!? アンドールの領主だと? そんな御仁がなぜハンターなど!」
明らかに目の色を変えて狼狽えるシルファス。
平民でいて欲しかったのか、特権階級でいて欲しいのか、判断基準がわからぬ相手だ。
「あくまで代理です。生まれは平民ですので、そう言ったマナーなどを求められても困ります。そこはご留意くださいませ」
「シルファス殿下、洋一さんの料理はなんでも美味しいので、期待してくださいまし」
ヨーダが令嬢モードで話しかける。
シルファスは気をよくしたように自分の意見を述べた。
鼻の下が随分と伸びきっている。
他のレイ状態は一歩距離を置いてその光景を眺めるにとどめていた。
なんというか、関係性が見えてきたぞ?
これ、ヨーダはシルファスが帰るまで身を挺して他の令嬢達を守ってるのだろう。
自分が身を呈さなくったっていいのにさ。
それとも誰にも頼めなくて、やってるか。
相変わらず貧乏くじばかり引く子だ。
「料理の腕ばかり良くてもな。目的はギルドに通達したと思うが、片道どれくらいで着く? 俺には時間がない。いち早く実績を上げて国に戻らねば王位が告げなくなってしまうのだ。よりにもよって王位継承に興味のない弟が参加するなど思ってもみなかった。完全に裏を描かれた形だ。急ぎたい!」
どうやら帰国したゼスターが頑張ってるらしい。
その皺寄せをミンドレイの貴族が被ったのか。
なんともはや、どこでどんな因果が動いてるかわからないものだなと洋一は思った。
◆
「早速出立ということでよろしかったですか?」
「ああ、それで頼む。今は一刻でも猶予が惜しい」
「でしたら数分お待ちください。今貴族馬車を錬成いたします」
「オレは空調とかかな?」
「おい、今行くという話だぞ? 馬車の用意は済ませておくべきではないのか?」
「そうなんですが、俺たちも今日帰国して、この話を聞いたもので。急ぎだというのでそのまま急行してきました。腹ごしらえぐらいはしましたが、今日の今日でそこまで采配できませんよ。なので急拵えです。手配していては時間がかかるでしょうが、今ここで作ってしまえばそこまででもありません」
「そこまで無理を言ったつもりはなかったが」
シルファスはそういうが、あれを個人かつ少数規模でできる人材がそうそういないというだけの話だ。
王族であるが故に見落としがちなのかもしれないが。
普通は準備に数週間、それを無視していく場合粗末なものを飲み込まなければならないが、それも我慢ならないというので全ての人がお手上げ。
その上でこの依頼が解決しない限りザイオン国へのルートが封鎖されるという事態に陥っていた。
要はとんでもないわがまま坊やなのだ、このシルファスという男は。
その上でメンバーが全員女性(?)の時点で自分以外の男を良しとしないハーレム思考。ちょっと事が上手くいかないだけで他人に八つ当たりしそうな他責思考。
こんなのが国のトップになっていいのか? と思わなくもないが、他国のことまで考えてる暇もない。
アンドールと違ってダンジョンは一般解放されてるみたいなのでそこは一安心だ。
「できました」
言ってる側からもう完成である。
「何、もうか?」
「急ぎという話でしたので。ですが箱物は用意できても引く馬までは用意できません。その代わりと言ってはなんですが、うちの可愛いペットのベア吉を起用しようと思います。馬より早く、禁忌の森を熟知している。湯うってつけでしょう」
「キュウン(頑張るよ)」
「この小さな子グマが? まぁいいだろう。ヨーダ嬢、中へ入ろう」
「ええ。皆様も」
シルファスはヨーダだけをエスコートし、それ以外はヨーダの後にゾロゾロと続く。
中の構造は円。
上座の周りを縁の形で席が並びその中央にショーケースが並んだ。
まるで宝石展に足を踏み入れたような雰囲気。
シルファスは自分の横にヨーダを置き。
連れを一望できる場所に置いた。
「すごいなこれは。外の景色まで一望できるのか」
「それだけではありませんよ。このケース、内側がほんのりと冷えています。ミンドレイの技術ではこれを製造できません」
口を出したのはヒルダだ。公爵令嬢の彼女がいうのなら本当なのだろう。
「そうなのか?」
「え、これって冷蔵ケースか? 中にワインも。ウヒョー」
「ヨーダ嬢?」
「ああ、いえ。ちょっとテンションが上がってはしゃいでしまいました」
ワインを前に演技を忘れる女が一人。
元々演技できてたかも怪しいが、シルファスは細かいことを気にしないのか、それを良しとした。
「お気にいただけましたようで何より。突貫作業でしたので、後々不満点などあればカスタマイズしていきます。乗り心地などにつきましては御者のヨルダ殿のお申し付けください」
「ヨルダというと外にいたちびっこか?」
ちびっ子とか言えるほど小さくはないが、シルファスは自分に靡かない女は貶してかまわないとでも思ってるのだろうか?
「あまりそのようなことをいうものではありません。彼女はこの貴族馬車の安全面の管理者です。一人だけやたら揺れる、蒸し暑いなど意図して引き起こせます。口は災いの元と申します。滅多なことはもうされませんよう」
「こちらは依頼主なのだが?」
「ええ。ですのでこれは警告ではなくお願いです。そしてこちらはあなたの依頼を受けなくてもよかった。急いだのはシルファス殿下の都合。違いありませんね?」
あまりにもわがままを通そうとするシルファスに、姉弟子を悪く言われてティルネも我慢を堪えるのが大変だった。
ちびっ子と言われただけでなく、平民と侮ったことも大きい。
姪っ子のマールの前であるというのにこめかみに青筋を立てるほどだった。
「不敬だぞ、貴様」
「そうですか。でしたら今回はご縁がなかったということで、ここでお別れ致しましょうか」
「な!?」
「私たちはあなたに従う立場にありません。ザイオン? どこの田舎国かは知りませんが、獣風情が、人間様に偉そうな口を聞くなど100年早いですよ。マール、なぜこんなのに従っているんです? 実力で勝負をつけましたか? つけてない? ならば私が躾けてあげますよ」
「ちょっ、ティルネさん。一体どうしたというんですか?」
「この男の性根を叩き直してあげようというんです、止めてくださるな。恩師殿。このティルネ、老骨とはいえ、この程度の獣混ざりに遅れをとるつもりはありません!」
「実力だと? それこそヒューマンごと気が思い上がるな。いいだろう、決着をつけてやる」
「よろしいのですか?」
焚き付けられたシルファスを止めるヨーダ。
「ああ、売られたケンカは全て買う。打ち勝つことで我らザイオンは成り上がってきたのだ。心配してくれるな。あの無礼な男の首を手土産にしてくるさ」
いや、そんなことは微塵も思ってない。
むしろ勝負に乗ったら負けるぞ? あれは対人のスペシャリストだ。
何せ扱う魔術が音。聴覚、嗅覚、視覚などの粘膜に影響する。
獣人が得意とする全てにメタを張ってくる存在だ。
ヨーダでも相手にしたくない、嫌な成長を果たした魔術師。
それがティルネに下した評価だった。
強者を嗅ぎ取る嗅覚が鈍ってるシルファス。
そして案の定、五分もせずにわからされた。
「あがががががが……」
「どうしました? 獣混ざり。まさかこれでおしまいというわけではないでしょう? 私の気はまだまだすみませんよ!?」
「おじ様! やりすぎです!」
「しかしマール。他国に来たというのに自分の国であるかのような傍若無人ぷり、とても看過できません。私だって多少の配慮はします。しかし相手は簡単に一線を超えてきた」
「今のおじさまは平民でしょう? この方は王宮以外の世界を知らないのです! 冒険者になる勇気も持てず、そして勇者としての使命も半ばやり投げ! 今急いでるのもこのままだと女性とイチャイチャできなくなるからという理由だけのクズのろくでなしなんです!」
「マール嬢。言い過ぎ、言い過ぎ」
「この叔父と姪、根本がそっくりだわ」
「耳が聞こえてないのをいいことに言い過ぎですよ二人とも。いいぞ、もっとやれ」
嗜めてるのか、焚き付けてるのかどっちなのか。
ヨーダは今まで散々セクハラのかぎりを続けてきたシルファスがみっともなく地面の上で転がる様を見て溜飲を下した。
「で、なんでこの人と一緒に行動してるんだ?」
それでまたなんで女装してるのかとヨーダに告げる洋一。
ヨーダは事の経緯を語る。
「実はーー」
「え、マールさんが聖女? そうなんですか、ティルネさん」
「そんな話、聞いたこともありません。マール、その話は本当ですか?」
「シルファス様曰く、勇者にはお供が必ずついてくるそうで。そのうちの一人がミンドレイにいると。そして聖剣が共鳴したのが私だったそうで。でもシルファス様は誰でもよかったのか、私じゃなくその日偶然ドレス姿だったヨーダ様に目をつけまして」
「オレが、みんなと一緒ならいいよって言った」
「妾たちはこの男がさっさと母国に帰るように手を組んだというわけじゃ」
「お姉様を連れ去られたままでは、新事業も進みませんからね」
「新事業というのは?」
「紀伊姫さまがジーパになかなか帰れないから思い出作りとして学園にいる間にコスメ関係の会社を作った。その傍ら、ダンジョンを学園に設置してエネルギー稼ぎをな」
「ごめん、なんて?」
思い出作りまではいい。
しかしなんでそこでエネルギーの話が出てくるのか。
これがさっぱりわからなかった洋一。
そこでヨーダから学園にダンジョンが発生した事件を聞いた。
犯人はアンドール国の元領主であるクーネル家のご息女。
前領主から契約を引き継いで、ダンジョンの外にモンスターを生み出したのだそうだ。
結構な私欲を王子様でアルロイドにぶつけようとしたのでそれを止めに入ったヨーダに恨みを抱いていたそうだ。
「何してるのさ、ヨッちゃん」
「オレは護衛の使命を全うしただけだってーの。そこで以前マールに言われた前世持ちの転生者ってのが絡んできた。件のアソビィがその転生者で、ここが過去に遊んだゲームの世界にそっくりだったって話を聞いた」
「そのお話では私が主人公で、ロイド様と結ばれなかった後に始まるルート? でそこのシルファス様に見初められるという物語が始まるそうなんです。それで私が聖女という事実が判明するとかなんとかで」
「つまり?」
「そのルートを有耶無耶にするためにオレたちは行動してるんだよね」
「興味ないっていうんじゃダメなの?」
ヨーダの回答に、ヨルダがみんなが口にしない言葉をあえて突っ込んだ。
「どうも物語の強制力というのが働いているようで。突然話を聞かなくなるんです。シルファス様のキャラクターが俺様系? とかで。正直興味も湧きませんが、しつこく付き纏ってくるので……」
「オレが身代わりをしてるのさ。聖女はオレだーって」
「あれ? さっき聞いた話と違う。さっきはそこのシルファス様が見初めたのがヨッちゃんだって。あれ?」
「向こうがミンドレイにいる聖女が誰かより、自分が気に入った女が聖女の方が都合がいいって頭なんだよ。何せ向こうの目的が成果を上げることで、勇者として魔王を倒すことじゃねーからな。飛んだ腑抜けだよ」
魔王がいるかどうかもわからないのに、勇者として名乗りを上げるのはそれなりに勇気のある行動だと思うが、その動機が不順なので擁護しようもない。
「うーん。まぁそこはわかった。それで? その勇者は何をどうしてそんな場所に向かうんだ? 一応引き受けたけど目的がわからないんじゃ如何ともし難いぞ?」
「場所についてから目的が二転三転する指示だしは現場が苦労するんだよね」
ヨルダが昔騎士団にいた時のわがまま学者だったティルネの采配を思い出しながら言った。
「耳が痛い話ですな」
昔、自分はそういうことをやっていたことを思い出す。
だからこそ、シルファスの態度が目に余った。
過去の自分を思い出すからだ。
ようやく自分がなぜ喧嘩をふっかけたのかを知る。
同じ穴の狢である彼を、更生させるのは自分しかいないのだと、正義の心に目覚めたからではない。
過去の自分を周囲に晒すのを恥じたからであった。
「まぁ、昔の話だよ。今のおっちゃんは自慢できるお菓子の伝道師だから。こんなのと同一視しないから大丈夫だって」
「それもこれも恩師殿に出会えたからこそですな」
「オレも、師匠に出会えてなかったら今頃ここにいねーし」
「そうなんですの?」
ヨルダの自白に、ヒルダが瞬きをする。
ヨーダに比べて劣るとはいえ、それでも自分よりも強い相手が死を覚悟する場所。
ミンドレイないにそんな場所があるのかと今になって知るヒルダ。
「うん、普通に死んでたと思う。それぐらい、今から行く場所は地獄だよ。腕に覚えがある程度では生き残れない。オレとおっちゃんがミンドレイにたどり着いた時でようやく一人前だったから」
「そこらへんに伝説級が跋扈してるからな。あいつらすばしっこい上に仲間を呼ぶから厄介なんだ」
「え、今なんて?」
「伝説級?」
「誇張表現ではなくて?」
「うん、うちのベア吉は多分神話級だし。まだ子供だけどな」
「キュウン(そうなの? よくわかんない)」
「え゛?!」
固まるヒルダ、そしてマール。
紀伊はダンジョン関係者、とりわけ玉藻のようなドールはそのくくりにいるということを知っていた。
「たいしたことではない。ダンジョンが関わっているのなら、守護者はその域にいてもおかしくはない。そうか、ここが最古のダンジョン、一番迷宮管理者が眠る地か」
「え、禁忌の森が!?」
驚く洋一。
むしろそこで目が覚めたのは何か運命だったのかもしれない。
あいにくとそう言った感は一切は足らなかったが。
そう考えれば、なんとなく居心地が良かった説明はついた。
「ポンちゃん、知らなかったのか?」
「だって見るからにそういう構造じゃなかったし、ヨルダも知らないって」
「ダンジョンそのものは。だってここは魔王の居住跡地だって噂だし」
「反応した聖剣。そして魔王か」
「もしかして魔王ってダンジョン管理者のことを言ってるのか?」
洋一達は顔を見合わせる。
一人だけだったら知り得ぬ情報も、仲間が増えて見えてくることがある。
「その可能性は高いんだよな。かつてのミンドレイ国民が封印した場所。まさかこんなところに手掛かりが転がってるなんてな」
いい話をして、最初こそ行くつもりはなかった禁忌の森同伴も、今じゃその事実を確かめるべく向かうことになった。
そして躾を完了させたシルファス王子といえば……
「すいません、すいません、もう生言いません。モブだとかNPCだとか言いませんので許してください! 生まれガチャでSSR引いて調子に乗ってましたー!」
自分が転生者であることを自白していた。
「その転生者というのが何かはわかりませんが、目上の方相手に少しは配慮を覚えたほうがいいですよ。私も年甲斐もなく暑くなりすぎました。これからはいいパートナーとなれるようにお互いを尊重し合いましょう、シルファス殿下?」
「はい、師匠!」
「おや、私なんかを師匠と呼ぶだなんて酔狂な方ですね」
「俺、ずっと勘違いしてたんです。みんな俺のいうことは聞くし、誰も刃向かわなかったので。それが当たり前だと思ってて。でもそれが通じてたのは国内だけで、俺が王族だったからなんですね? 師匠の愛ある拳、しかとこの身に受け止めました!」
「そうですか。身の回りの環境からくる勘違いでしたか」
「俺、本当は勇者になる資格なんて持ってないんです、ビビリで、ずっと隠れて過ごしてて。でも俺、王族の一員から転げ落ちたくなくて、それで!」
「勇者伝説を利用して成果を焦ったと?」
「おっしゃるとおりです!」
いつの間に立ち上がったと思ったシルファスは、その場で土下座を始めた。
「わかりました、あなたのビビり癖、私が構成して見せましょう。恩師殿、少しお時間をいただけますか?」
「いいですよ。好きなようにしてください」
「では最初の修行内容をお伝えします。紳士たるものレディには常に気を配ること! たとえ自分より年下、くらいが違うとて侮ってはいけません。現に私は娘くらいの子を姉弟子と呼び慕っています。ヨルダ殿は私にできないことをいくつもやっておいでだ。見た目だけで相手を判断することをやめるのです、いいですか?」
「はい、わかりました」
「ヨシ、では馬車に乗りなさい」
「皆さん、恥ずかしい姿を見せてしまって申し訳ありません。すぐにお寛ぎいただけるようにご配慮いたします。先に席におつきください」
「おじ様、かっこよかったです」
「ははは」
姪にかっこ良いと言われて満更でもないティルネ。
それから禁忌の森に向かうまでの時間はシルファスとティルネによる女性陣へのもてなしタイムが始まった。
それを御者台に並んだヨルダと洋一が眺めながら見守る。
「あの人、人生ぶっ壊れなきゃいいけど」
「ティルネさんも少しおかしいところあるからな」
「全部師匠の受け売りだけどね」
「え?」
「キュウン(このまま真っ直ぐでいいの?)」
全く御者の仕事をしないヨルダにベア吉が問いかけてくる。
声が聞こえてる洋一だけがそれに反応する。
「まずは移動が大切だ。ヨルダ、軌道修正頼む」
「オッケー」
こうして馬車は動き出す。禁忌の森に隠された秘密を暴きに。
◆
すっかり師匠と弟子の立場になったザイオン王子とティルネを見守りつつ、一行は禁忌の森へと再びたどり着いた。
「以前より、蒸し暑さ上がってるかな?」
御者台から降りた洋一が肌でその蒸し暑さを感じ取って述べた。
「カラッと晴れたアンドールに長居していたせいもあるでしょう。しかし我々はあの時より一層腕を磨いてきた」
「負ける気はしないが、油断はならねぇ場所だよ」
ここで暮らした三人が気合を入れ直す。
「師匠、ここはそんなに危険な場所なのですか?」
「危険、可動かは実際に目で見てみないとわからないことだ。シルファス殿下、貴殿の情報、転生者特有の知識がありますでしょう? それを説明してみてください」
「そうですね。推奨レベル80以上、パーティ6人。しかしとある武器を持ってる時は低レベルでも攻略可能。その武器こそがこの聖剣、エクスカリバーなんです。これを持ってるだけでランダムエンカウントが撤廃、無傷でダンジョン前まで到着可能。ただしダンジョン内はモンスターが無限ポップする関係上、指示に従ってもらえればって感じです、ハイ」
曰く、道中はこの武器の有無で難易度が果てしなく上がるんだそうだ。
ランダムエンカウントというのがよくわからないが、要はそのゲーム? の中でのモンスターは突然現れるのだそうだ。
姿が見えずにいきなり戦闘に入る。
ダンジョン内では姿が見えるのでそれをみて対処、がセオリーらしい。
その説明を受けて理解しているのは一人もいない点を除けば、何も間違ったことは言ってないのかもしれない。
「ごめんなさい、何を言ってるのかさっぱりわかりませんわ」
「お姉様の謎言語もさっぱりですが、こちらの方の言語はそれ以上ですわね」
「要点を言いなさいな、要点を」
「なんだかすごそうな武器ってことはわかりましたー」
「師匠、今の説明で何かわかった?」
「あいにくとゲームはさっぱりなんだよ。俺は料理一本で生きてきたからな。ヨッちゃんも知らないとなるとお手上げだ」
「とのことです、シルファス殿下。あなたはまさか自国でもこのように自分が知ってるからと説明を省いてませんでしたか?」
ティルネの圧が強まった。これはお仕置き確定の合図だ。
「あ、いや……NPCは理解が足りないなーとか思ってました。すんません」
「まぁまぁ、ティルネさん。彼も反省してることですし、そこまで責め立てることでもないでしょう。彼がパーティにいる間はモンスターが襲ってこない。それだけわかれば十分ですよ。シルファス殿下、ダンジョンまでのマップはご存知ですか? 我々はこの森で普通に迷ってたので、正直マッピングとかそういうのは不得意でして」
「土地勘のある冒険者を依頼したはずなんだが……」
「シルファス殿下、あいにくとこの地はミンドレイにおいて立ち入り禁止地区。一度入って帰ってきたもののあまりの少なさから禁忌の森と呼ばれております。マッピングが進むほどの安全地帯などありませぬ。包囲磁石すら狂う大自然の迷路でもあります」
「あー、あったなそんな設定。ゲーム内だとただのフレーバーで普通にマッピングできたから忘れてた」
「あーじゃあ、今作るわ」
みんながお手上げ状態の中、あっけらかんと言い退けたのがヨルダである。
「作るってマッピング装置を?」
「うん、まぁ歩いたところを記すだけのもんだけど」
「ああ、さっきギルドで作ってたあれか」
「うん」
「あれってなんですの?」
令嬢モードのヨッちゃんが訪ねてくる。
シルファス殿下の手前、演技は最後まで貫き通すようだ。
「ああ、前金でいただいたこの指輪、ヨルダが模倣できるって言って。冒険者ギルドのマスターにその場で作って渡してた」
「は? あれ一応家宝クラスのアイテムなんだけど」
「ドワーフの技術使ってるんなら、ドワーフに弟子入りしたオレに真似できねぇわけがねぇ! できたぞ!」
その場で座り込んで何かを叩いていたと思ったら、言ってるそばから出来上がったようだ。
「それはどうやって使うんだ?」
「これはねぇ、スタート地点にこの楔を差し込む。そんでそれを起点に歩いた場所を記憶。それがこの板の上を縦横無尽に駆け巡る。行って戻った際に廃棄止まりとして記され、勝手に歩いた場所が示される。以前アンドールダンジョンの80階層で迷った時に、こういうのあれば便利だよねーって思ってて、発想はあったんだけどさ」
「発想があっても作れねぇよ! チートじゃねぇか! お前みたいなチートキャラ知らないぞ!」
「シルファス殿下!」
「ひゃいい!」
「ヨルダ殿は私よりも出来がいい魔導士だと言いましたよね? あなたが知らないから自分より見劣りすると考えるのはおやめなさいとさっき言ったばかりですよ?」
「だってよぉ、こんなキャラいたら攻略楽勝じゃん」
「あなたの知ってるゲームと似ている世界だからと、まんまそっくりの人が配置されてるわけではないということです。それに、ヨルダ殿は純粋な努力でここまでの仕上がりました。あなたは彼女の努力をよくわからない言語で貶しました。私はそれが許せません」
「すいませんでした。あまりにも羨ましい能力だったもので」
「別に気にしちゃいねーよ。オレが不出来なのは誰よりも自分が知ってるから。さて。埋め込むにしたってほじくり返されても困るから……師匠、隠し包丁で開いた場所で埋め込みたい。その時は力貸してくれる?」
「それくらいならOKだ」
「じゃ、オレの出番はおしまい。先いこうぜ」
その微笑ましいやりとりを見ながら、ティルネがシルファスに促す。
「良いですか、殿下。あれが本来の師匠と弟子の姿です。師匠は弟子の成長を見守り、やりたいことをやらせ、そして頼られたら惜しみなく力を貸す。私はあなたにそれを学んでほしい。自分がわからないからと投げ出さず、見て、聞いて自分なりに考えて答えを出す。もちろんわからないなら私を頼ってください。でも、一度やると決めたことを途中で投げ出すのはやめてください」
「ハイ」
もう一つの師弟が、あるべき形に進むのを目指しながら。
「青春、ですね」
「青春なんですの?」
その光景をマールが眩しそうに眺め、紀伊が毒づく。
「誰にでも間違うことはあります。勘違いから酷い過ちをおかしてしまうことも。ですわよね、お姉様?」
「それ、私に対して加護でマウントをとっていた過去を言っているのかしら? 舐めた真似をした仕返しに魔法を封じてわからせてあげたんですわよね? 魔法が使えないってわかった途端に家のものものから酷い手のひら返しをされたのを思い出しましたか?」
「お姉様、それは……」
「あ、あんた。どこかで見たことあると思ったら」
突然、シルファスがヒルダに向かって指を刺す。
「わ、私ですの?」
「あんたあれだろ? ロイド王子の婚約者。確かヒルダ=ヒュージモーデン。そういやいたなぁって思い出した」
「「は?」」
ヒルダと同時に疑わしげな威圧を発したのは紀伊である。
「それは本当ですの? ヒルダさんが本来の婚約者であると! ではどうして妾は選ばれたのです!! どうして!?」
鬼人の力で襟を掴み、ガクガクと揺らす様はそんなルートがあったのか事実確認をしたそうだった。
「オレからしてみたらどうしてジーパのお姫様がその位置にいるのか本当に理解できないんだよ。仲間になるのはずっと後のはずなのに」
「仲間も何も、普通に同じクラスだからですわよ」
「ヨーダ嬢のような方も見かけなかった。やっぱりこの世界は似ているだけでオレの知ってる世界ではないのかもしれないな」
「まず間違いなく、ヨッちゃんが暴れたからだと思う」
それに対して、洋一は彼女ならやるだろうと場を引っ掻き回して嘲笑う姿を幻視していた。
「あー、オレだったらまずやらないことをやりそうだもんな」
「なんのお話です?」
「こっちの話。それよか先いこうぜ。あんたの知識がミンドレイの今と違っても、その剣があればこの森では安全なんだろ?」
「ああ、そればかりは任せてくれ。ザイオンが王子シルファスの名に於いて命ず。聖剣よ、我に力を示したまえ!」
シルファスが聖剣を掲げる。
すると体にまとわりついているような茹だるような熱気が消えた。
「この熱気、というか瘴気がダンジョン、つまりは魔王に敵の位置を教えてるようなもんでね。それに向かって守護者、モンスターを送り込むんだよ。ランダムエンカウントの仕掛けみたいなものかな?」
「そうなのか。襲いかかってくるモンスターは処分して肉に加工して食ってたが、そんな裏技みたいなものがあったとはな」
「待って、倒してる? 一応ここに出てくるモンスターはレベル80超えてるんだけど。おっさん、レベルいくつだよ」
「レベルってなんだ?」
シルファスのゲーム知識がまた発揮した。
しかし洋一は理解が及ばない顔で聞き返した。
「そこからなのかよ。おっさん、ハンターだってんなら冒険者カードあるだろ? それかしてくれ。ランクでレベルが見える仕組みだ。なんならステータスも見える。オレはそのシステム権限が使えるからな」
「うん、じゃあこれ」
「ブラックカード? いや、そこはともかくなんだこれは」
真っ黒な冒険者ライセンスには輝くGの文字が記されている。
「なんだ、と言われてもご要望のライセンスを提示しただけだが?」
「なんでGランクでこの依頼を受けたんだって話だよ! 最低ランクじゃないか!」
「シルファス殿下!」
「わひゃい! すいませんでした!」
またも言葉が強くなってきたシルファスに、再度お小言モードのティルネが迫る。
「いいよ別にこれくらいは。ただ、俺の場合はギルドでステータスエラーを引いちまってさ。メインジョブが料理人だから、そっちで食ってくのに後ろ盾が欲しかった。ちなみにギルドで判定する前に禁忌の森で暮らしてた。俺の自己紹介はこれくらいでいいかい?」
「ステータスエラー? それって数値カンストしてるってことか? いや、あり得なくはないがやり込んだデータでもエラーすることは滅多にない。チートでステータス改竄コードを使った時にたまに現れるんだが」
「そのチートがよくわからないんだが」
「チートってのはズルだな。自分に都合のいいコードを打ち込んで、所持金マックススタートとか、敵の攻撃を一切受け付けない無敵スタートとか、そういうの」
「なるほど。俺の能力のどれかがこの世界においてチート認定されてるというわけか」
「この世界? つまりあんたも?」
「ああ、俺の場合は転生じゃなく転移の方だ。元の世界から能力を引き継いだ形でここに来ている。帰る目処も立ったんだが、限りなく長い道のりが確定した。それにはダンジョンの踏破が必要不可欠でな。ザイオンに立ち寄ろうと思ったが、成り行きでこの依頼を受けたんだ」
「あー、俺がこのクエスト中だからか。それにしても異世界転移ねー、そっちの方では役に立てそうもないけど。でも帰る手段が見つかってんなら何よりだ。あ、じゃあもしかして俺の世界の食べ物とか再現できる?」
「うーん、世界が一緒である可能性が極めて低いが、料理が趣味といったように要望は幾つでもしてほしい。俺の研鑽にもなるし、あんたは懐かしい味に浸れる。win-winだ」
「その発言ができるんならパーフェクトだ。生まれは日本、違うか?」
「あってる。でもダンジョンがそこら辺にある」
「あー、じゃあ違う世界戦だな。俺の生きてた世界はダンジョンはなかった」
シルファスは先程までの高圧的な態度を引っ込め、故郷が同じという共通点で洋一に秒で懐いた。
この身代わりの速さは美徳かもしれないとティルネは何かを言い出そうとして飲み込むことにした。
「また師匠、たらしこんでる」
「ポンちゃんはコミュ力ないけど再現料理で胃袋掴む系だから」
「「わかります」」
ヨルダが解説し、ヨーダが捕捉する。
それに対して頷いたのがヒルダとマールだった。
紀伊だけが、話についていけなかった。
「さ、そういうわけで先に進もうか。アンドールは揚げ物、ジーパは煮物、アンドールはスパイスが効いた食品が多かった。ザイオンはどういうのが主流なんだ?」
ここから先は歩きながら。
ベア吉の影に貴族馬車を入れ……それぞれが歩き出そうとするところでツッコミが入った。
「待ってくれ、今、何を?」
「キュウン?(どうしたの?)」
シルファスが理解が及ばないと言わん顔でベア吉を見た。
ベア吉はいつも通り荷物を持ったくらいでどこかおかしいところがあったか疑問顔だ。
「ベア吉は馬車を引っ張るだけ以外にも、荷物持ちとしても大活躍してくれるんだ!」
「馬車は馬が引っ張るから馬車と言うんだ。クマが引っ張ったら熊車になると思うんだが?」
「そんな細かいこと突っ込んでたら、このメンツとやってけないぜ?」
「ぐぬぬ。いや、便利だなと思っただけだ。そう言うのは最難関ダンジョンのエルファンの120層で取れるアーティファクトくらいだと思ってた」
「エルファン?」
「ああ、ゲームのやり込み要素で、クリア後に解放されるエンドコンテンツで無限迷宮と呼ばれてるところだよ。300層以上からなるダンジョンで、途中セーブ不可能、一度戻るとマッピングし直し、出没モンスターのレベルが150以上というキャラを強くしたけど、遊ぶ場所が無くなった人向けの場所なんだ。今だと閉ざされているけど、確認されてるダンジョンを全踏破すると解放されるはずだ」
シルファス曰く、そのダンジョンが解放されるには幾つかの条件を満たす必要があるのだとか。
レベル上限解放、ダンジョン全踏破、ストーリークリア、全エンディング解放、全ヒロインとのストーリー解放。などなど、聞いても何が何だかわからない。
しかしそれによって見えてきたことがいくつか。
「つまりそこに行くためにはシルファス殿下の頑張りが必要と」
「おっさんはそこに行きたいのか?」
「俺が前の世界に帰る条件が特定のダンジョンをクリアすることなんだ。クリアすることで特殊なステータスが増幅する。そのステータスがネックでな。最大30億必要なんだ。今はなんとか10億分はある。あと20億。こいつを集めたい」
「数値がデカすぎて笑う」
「君のいうステータスはもっと低いのかい?」
「ああ、レベル100でも到達ステータスは999だな。上限突破で1000を超える。上限9999になるけど、そこからはストーリーもなんもないから、ただただ敵を倒して、レベルを上げてのハックアンドスラッシュだな」
「ふぅむ。あまりよくわからないが、俺の能力はモンスターを肉に置き換えるというものだ。これは死んでても死んでなくても関係なくだ」
「何それ、強すぎね?」
「うむ。だからその能力はステータスという概念に対してなんらかのチートにあたるのだろう。ちなみに俺のスキルは手の届く範囲どころか目視の範囲で実行可能だ」
「あ、はい。そりゃ無敵ですわ」
「師匠のおっかねぇところはそれで終わりじゃねぇんだ」
洋一の語りに、ヨルダが蘊蓄を重ねる。
「まだあるのか?」
自分の知らない知識に対して、食い気味に迫るシルファス。
「ああ、そのモンスター肉、なんと強ければ強いほど旨味が増すんだ。そこに師匠の調理スキルが相まって、最強になる! 飯がうまい! モンスターは瞬殺! しかしそれ以上に力がみなぎる! 自然と自分で倒してきて、師匠がどんなふうに仕上げるのか楽しみになる連鎖が始まる」
「ゴクリ」
ヨルダの発言に、シルファスは喉を鳴らす。
「あんた、運がいいぜ。ここで師匠に出会えたのは。師匠はな、出会った相手をめちゃくちゃ強化する能力を持ってる。それはな、本人の強さだけに限らねぇ。周りのみんなも強くなるんだ。あんた、ダンジョンを出た後はビッグになるぜ。それまでに器がついてくるか、見ものだなぁ?」
「そんなバフが得られるのか?」
「それこそあんたのいうチート。それは師匠本人じゃなく、師匠の振る舞う料理に宿る。本来なら大金を積んでも食べられない。それをダンジョンに一緒に入っただけで食べられる権利だ。あんたはどのような成長を辿るかな? 楽しみだ」
「すごいのだな、おっさ、いや、あなたは」
「洋一だよ。本宝治洋一だ」
「洋一さんか。懐かしい名前だ。俺は、弱い自分を乗り越えたい。何をすればいいかわかりもしないが……これから世話になる」
「君がどのようにしたいかは自分が決めればいいことだ。俺は俺のやりたいように料理を作る。君は自分が進みたい道に進めばいい。王位を継いでもいいし、継がなくてもいい。君は自由だ。ゲームの進行に付き纏われる人生が窮屈でないのなら、それもまたいいだろう」
「ああ、そうだな。俺はゲームの知識だけで第二の人生を歩もうとしていた。それが間違いとまでは言わないが、それだけに縛られる理由もないか」
何かを決意したような顔を見せるシルファス。
「でもまずは、ダンジョンをクリアしないとだ。みんな、手を貸してくれ。俺はあいにくと低レベルで来てしまっている。聖剣の力だよりのダメな俺を支えてくれないか?」
全員が言葉を発さず、ただ頷いて首肯する。
ようやく一つのまとまりができた。
一致団結、には程遠いが。
ここにくる前の蟠りは解消しているように思えた。
◆
禁忌の森攻略前に大分揉めたが、攻略スタートになったら順調に進み始める。
蟠りが解けたのがとにかく大きく、話がスムーズに進んだ。
「まず、この森はダンジョンの一部だと思ってくれていい。基本的にダンジョンは地上に出ずに別空間に留まるのだが、ここは地上に介入、つまりダンジョンブレイクした一例として取り上げられた場所だ。ダンジョンがある世界に生まれた洋一さんにならわかるだろうが、国が滅びるレベルの災害だよ。それをなんとか制御されたのが禁忌の森、つまりここってわけだ」
入り口から内側に入るためにはとあるアイテムが必要不可欠だと聞かされた。
それが『霊視ベリー』と『迷宮茸』。
霊視ベリーを見つけなければ迷宮茸は見つからず、その迷宮茸はダンジョンの入り口を封印しているのだそうだ。
「ああ、あった。みんな、これを口に含んでくれ。一度口に含めば問題ない。これが迷宮茸を目視する条件なんだ。酸味が強く、食べつけない味だがダンジョンに侵入するにはこれが必要不可欠で」
そう説明を繰り返すシルファスの横で、ヨルダが懐かしそうに口に放り込む。
「あ、味変ベリーじゃん! これうまいんだよねー」
ひょいぱく、と特に危険視せずにもぐもぐする。
シルファスはまるで見慣れた果実であるかのような態度に驚きながら尋ねる。
「知って、いるのか?」
「味変ベリーでしょ? 知ってる知ってる。肉の味付けに塩も胡椒もない時にこれを塗ったくって食べてたんだ。口の中がさっぱりするから、結構重要だったんだぜ。ね、師匠?」
「ああ。料理人として肉オンリーじゃ、どうにもいけない。何かハーブの代わりになるものはないか? そう考えて行き着いたのがこれだ。仕留めたジェミニウルフの肉を干し肉にする際の味付けの一部として使った。目が覚めるような酸味は臭み消しに最適だった」
「そうか……じゃあ迷宮茸もどこかで見ているのかもな」
なんか納得しきれないという顔で迷宮茸を探すシルファス。
「あった、これがその迷宮茸だ。見覚えは?」
この森で暮らしていた、という洋一達に尋ねる。
「めちゃくちゃある。というか、七輪茸だろ? こうやって内側を【隠し包丁】で刻んでからこうやって表面を叩くと燃えるんだ。ヨルダと出会う前はこいつで火起こししてたんだよ。懐かしいなー」
「懐かしいのか。これはダンジョンの封印が解けて、周囲にダンジョンモンスターが溢れる仕組みの一部なんだ。それを解いた時、洋一さんの近くにモンスターが現れたりしなかったかい?」
「ああ、あったな。めちゃくちゃでかいクマ。ヨルダから聞いた話だと、悪魔の部下であるデーモングリズリーと言ったかな?」
「よりにもよってレベル100のモンスターにエンカウントしたんか。そいつ強かったでしょ?」
「うん? まぁ虹色狼。ヨルダがいうにはジェミニウルフよりは少し手がかかったが、基本【熟成乾燥】でワンパンだったからな。大した苦労もないよ。悔しかったのは【熟成乾燥】を強くかけすぎて熊節にしちゃったことかな。普通に倒して熊鍋にしたいと思ってたんだが、なかなか出会わなくてなー、いつしか狼肉の味変要因の一つになってたよ。そっか、レアな個体だったのか、あれ」
「レア、というかレベル100でも逃げる敵ですね。あれはダンジョンが生み出した守護者、いわゆるゲートキーパーです。階層主と言った方が良いでしょうか。そいつを正攻法で倒すと鍵がドロップしましてね」
「鍵?」
「ええ、魔核です。それがダンジョンの攻略の一部になるんです。やり込み要素の一つですね。レベルオーバーモンスターの討伐。これをクリアすればダンジョンに赴かなくても攻略したことになる。謎解きよりもバトルが好きな人向けの要素となります」
「核ってこれですか?」
「うんうん、そういう色合いの……って、なんで持ってるんですか!?」
「そういえばもう一匹と出会ったなと。弟子の卒業記念に討伐したのでその時のですよ。俺は一切手を出してないので、ヨルダとティルネさんの勝利の証です。卒業証書みたいな?」
「卒業証書……ゲーム内最強の一角ですけど? 最強のノーマルモンスター、七つ星、悪魔を冠する名、ダンジョンの守護獣……いろいろ呼び名はありますが、なんの用意もなく出会えば即ゲームオーバーの負けイベの象徴なんですよ。なんで普通に倒してるんですか?」
「ほら、俺の能力って君のゲーム換算でチート扱い受けてるから。それでかな?」
「まさかデーモングリズリーをワンパンしてるレベルだとは思わんでしょう。まぁいいです。これで強さの指標が測れました。洋一さんがいればダンジョンクリアも目前です。どうしよう、俺、ここにきてから何の役にも立ってないぞ?」
「何言ってるんですか、俺には新発見ばかりですよ。当時は特に何も考えずにここで暮らしてましたが、生活の一部にそんな仕掛けがあっただなんて思っても見なかった。そしてザイオンに赴く前にザイオンの味を知れた。俺にとってはこれ以上ない収穫だよ。君にとってそう感じない程度のものでもね」
「そっか、俺にとっての普通は洋一さんにとっては未知なのか。じゃあ、少しは役に立てたのかな?」
「そうそう。まさか、ザイオンが大阪系の粉物文化が主流だなんて思いもしなかったよ」
「単純に俺が好んで食べてるだけだけどな。うちらは獣混ざりだと師匠が仰ったように肉の味が最適化された料理を好むんだ。何なら生肉なんかも好き。ユッケみたいなのなんか最高。けど、俺にはどうも受け付けなくてさ……で、粉物ばかり口につけてる。ザイオンの恥さらしだ、なんて言われてるし」
「それは粉物の魅力をまだ知らないだけでしょう。俺がザイオンに赴いた際に宣伝してあげますよ。肉を生のまま食べるのは肉への冒涜、だとね」
「洋一さんのたこ焼き、めちゃうまだったから楽しみだな」
「ザイオンにたこ焼きは?」
「生食だけど魚は食わないんだよ、うちら。そういうのは軟弱モンが食うもんだと」
「は、舐めてるのかそ奴等。くびり殺すぞ?」
あまりこちらの話に首を突っ込まずに、黙ってついてきた紀伊姫が、ザイオンの食事事情を聞いた途端キレ散らかした。
ジーパは煮物文化、特に肉より魚を食すからな。
「わっ、別にジーパに喧嘩売ってるわけじゃねーよ。遠い異国の食事文化を知らなかっただけの話さ。俺たちザイオンは他国に興味を持たねぇからな」
「なおさら不快じゃ。どちらが格上か証明するか?」
「落ち着いて、二人とも。ジーパは粉物の魅力を、ザイオンは煮魚の魅力をお互いに知らないだけだよ。俺がそれを今から証明する。お互いに食べ慣れない味だから最初こそは困惑するだろうが、そこは我慢してほしい」
食文化の違いで喧嘩するのは如何ともし難い。
攻略の間に食事を挟むことで諍いを解消していくのも洋一の仕事だ。
早速お互いのお国料理を粉物、フライを作り上げる。
衣で包んで油で揚げるシンプルな料理だ。
一部崩れやすい部位は熟成乾燥で凝固、それを串に刺して揚げる。
俗にいう串揚げというやつだ。
今回フライをわざわざ取り上げたのは、ミンドレイ出身者もこの場にいたからである。山国に木を使える料理を作れるのはこの場では洋一だけだったためだ。
「あ、これお店で食べたことがあります。確か串揚げでしたよね?」
「野菜を油に浸す料理は数あれど、衣に包む工程を挟むだけでエールが進むんだよ」
「それのザイオンバージョンとジーパバージョンもお見せするよ。まずはミンドレイバージョンでお上がりください。『ソース』『醤油』『味噌ダレ』『マヨネーズ』『ケチャップ』『マスタード』お好みで味変してみてください。シンオウルに塩でも美味しいですよ。ヨルダ、揚げ場が足りない、増設を。ティルネさんは油の準備をお願いします」
「オレも揚げるぜ!」
「私も参加いたしましょう。恩師殿は食材の加工を」
弟子たちが名乗り出て洋一のサポートに回る。
五人の王族関係者は、それぞれの国民食を食べ比べしては舌鼓を打った。
「ああ、これ! カレー風味がついてる。魚をこうアレンジしたか!」
「ザイオンは魚の臭みを嫌うと聞いたことがあります。ジーパの方からしたら邪道に取られると思いますが、旨みを凝縮する仕事の一つだと思っていただければ」
「ポンちゃん、白飯はある? 串から外してご飯の上に並べてかっ込みたい」
「ヨーダ嬢?」
ヨーダの貴族の淑女らしからぬ発言に、思わずシルファスも目を剥いて驚く。
「ああ、彼女はオレの知り合いがこちらの世界に転生した存在でね。身分上は素を出せないから、今まで演技してたんだよ。こっちが素」
「うふふ、ごめんなさい。私ったら故郷の料理を目前にすると自制が効かなくなってしまって」
だとしたって限度があるだろう。しかしシルファスにも覚えがあった。
家族の前ではそのように振る舞わなければ舐められる。
最低限のマナー。それを演じているというのは筋違いだと。
だとしても相当に猫をかぶっていたことになる。
一目惚れだと思っていたが、今では己の節穴具合に嫌気がさしそうだった。
「ご飯ならヨルダの畑のストックにあるな」
「いよ! スクナビコナ様!」
「簡単に妾の土地神様を名乗りあげないでくださいまし!」
紀伊の訴えに、とんでもない名前なのだなと窺い知るシルファス。
そんな関係と親しいヨルダに改めて敬意を示した。
「すまない、俺にも白米はいただけるか? 大阪人にとって粉物はおかずなんだ」
「ええ、そう伺ってます。茶碗か丼。どちらになさいます?」
「まずは茶碗で。箸もあるか?」
「もちろん」
これだけ会話がスムーズに進むのは何とも心地がいい。
ザイオンでこの会話を成立させるだけでいくつかの説明が必要となる。
欲しいと思えるものがすぐに形を伴って出て来るのは、涙が出てくるほどのありがたかった。
久しぶり。否、この地に生まれて初めて口にした白米は、想像していた通りの味だった。最初こそ自分の猫舌っぷりを憎んだシルファス。
フーフーと息を吹きかけて熱気を飛ばし、前世でのように食べ進める。
ご飯、揚げ物、ご飯味変した揚げ物、ご飯。
すっかりサイクルが出来上がってしまったようだ。
「漬物もありますよ。揚げ物だけだと脂っこさがしつこくなってしまうでしょう」
「あー、最高! この柴漬けが最高に白飯と合う!」
夏野菜を赤梅酢で漬け込んだもの。
「シルファス殿下は通でございますわね。実は前世では結構お年を召していらした?」
「三十を少し越えたくらいですね」
「あら、同世代」
「どうりで。同年代特有の落ち着きが見られました」
前世トークを弾ませる二人。
そんな二人の前に洋一はさらなるサプライズを披露した。
「へい、豚玉お待ち」
自分で鉄板を囲んで作るスタイルのお好み焼きだ。
それをシルファスに作って見せろと用意したのだ。
今までは用意されたものを食べる側だった。
用意された鉄板に、鉄ベラ、油引き。
大阪人の血が騒いだのか、シルファスは俺は結構うるさい方ですよ? と今まで落ち込んでいたのが嘘のように活気に満ちていくのがわかった。
シルファスにとって粉物は作ってもらうのではなく、自分で作るもの。
だから、自分ならこうしたのに、どうしてしてくれないんだ?
みたいな葛藤が表情に現れた。
洋一は結構要望に近いのを提示してくれた。
しかしシルファスの好みはもっと繊細で。
腕をまくり、当時の血を目覚めさせるような繊細なタッチで、たちまちのうちにお好み焼きを焼き上げた。
「今の俺の全力を尽くした一品だ。まずは洋一さん、あなたに食べていただきたい」
「いただこう。君が俺に何を求めているのかを知るために」
前世ではあまりいい思い出がないシルファスだったが、それでもこれだけは負けないと言う自負があった。
しかし社会はそれだけでは認めてくれない。
脱サラしてお好み焼き屋を開いた。
やたらと客にあれこれを求めるスタイルだったために、客離れが酷くなって閉店に追い込まれた。
それ以降の記憶は曖昧だ。
とあるゲームをやりこんだ。その世界の王子に生まれ変わった記憶のみが知るd=ファスの中に残り続けた。
「ああ、これか。君が俺の串揚げに見出しきれなかったこだわりは。カリ、フワッとは異なるもっちり感。全く同じレシピでも至れない領域」
「食べただけでわかるのか?」
「同じ料理人であるからこそ、それを知ったら興味は尽きない」
「!」
初めて出会った。初めて自分の味を認めてもらえた。
もし死ぬ前に洋一に出会っていたら、ここまで落ちぶれてはいなかっただろう感覚がシルファスの中で駆け巡る。
「もしよければご教授願えないか? 俺はこいつの仕組みを解明したくて仕方ない。いや、俺がでしゃばるのは違うか。あなたの見極めた真髄、あなたがやるべきだ。他の誰でもない、あなたの見出した味なのだから」
「でも俺の料理は独りよがりで、店を回すのに不向きだ」
「だからこそ、商人ギルドのレシピ登録というシステムがある。正直、俺も料理を組み上げるのは楽しいが商売に向いちゃいない性格をしているんだ。だから登録した。あとは他の国の人たちが勝手に使い回してくれる。もし旅先でそのレシピの模倣に出会った時買った気になれる。だからレシピ作りはやめられないんだ。あなたもそれをやったらいい」
「そうか。それは盲点だった。それなら何かをやりながらでも同時にできる」
「ええ、今はまだ何も答えは出ていない。しかしこの一歩が必ずあなたの支えになる。趣味が見つかった。そこからどう繋げていくかはあなた自身で決めればいい」
「ありがとう、洋一さん。前世で諦めかけてた夢を、この世界で追求することもできるんだと知れた。もう無理だと心のどこかで諦めかけていた。でも、諦める必要はないのだと、そう言ってくれるんだな?」
「むしろどこに諦める必要があるのか俺には全くもってわからない。自分が好きでその道をあゆんだのでしょう? なら前身あるのみだ。俺はそうしてきたし、これからもそうするつもりでいる」
「ははは、悩み通していた自分が馬鹿みたいだ。そうだな、そうだ。自分の道を他人に、ゲームのストーリに委ねたところで納得などできるはずもない。決めた! 俺はこの世界でお好み焼きの伝道師として生きる!」
「その道は深く険しい道のりだとしても?」
「だからこそやりがいがある!」
ただお好み焼きを振る舞っただけで、シルファスと洋一は分かり合い、ガッチリと固い握手を結んだ。
「なーなー、二人だけでわかり合ってないでオレたちにも食べさせてくれない?」
ヨルダが洋一の認めた味がどんなものか気になり始めて要望を出した。
洋一は目配せをする。材料は揃える、必要なものがあるなら言ってくれ、と。
シルファスは頷き、まずは前掛けを要望した。
前世で成し遂げられなかった夢の一つを、ゲーム知識とは全く関係ないところで活かすのだ。そしてそれを滅多に集まることのない各国の重要人物の前で披露する。
「これはザイオンの王子としての初めての仕事だ。忌憚なき意見を聞かせていただきたい」
シルファスはそう告げてからさらに取り分けたお好み焼きを配膳した。
ソースを塗り、かつぶしをふりかけ、青のりを塗す。
細切りにした紅生姜を乗せて、箸で食べるように促した。
「あ、あーこれはエールが恋しくなる!」
「ふわ! モッチモチでシュワシュワしてます。でも生ではなく、具材の味もいきいき! 軽いのでいくらでも食べられちゃいますね!」
「これがザイオンの真髄だと? こんな小手先の技で妾の味覚を掻い潜れるなどと……何じゃこれは! 知らぬ味じゃ。悔しいがこれは負けを認めねばならぬ。魚介の風味をここまで繊細に引き出し、なおかつ味にまとまりがある。お好み焼きと言ったか、これは評価を改める必要がありそうじゃの」
「お姉様! これお箸でないと食べてはいけませんの?」
「ナイフとフォークでもいいぞ。むしろ切り分けて食べるのだったらそっちの方が食べやすいまである」
とある偽者姉妹はそんなやりとり。
「師匠、これ美味しいね」
「ええ、これはポップエールに合う味わいですな」
「ポップエールって何? 聞いたことない」
エールと聞いて呼び寄せられたのはヨーダである。
酒には目がないため、吸い寄せられたのだ。
「ティルネさんがアンドールで開発させたキンキンに冷えた微炭酸エール、つまりはビールだよ」
「それ、くれ!」
秒だった。秒で演技が崩れた。
そして全員に注がれる。
ジョッキ、コップ、シャンパングラス。様々な形態のグラスを通じてそれが口に注がれた。
そして皆がお好み焼きに視線を落とす。
あとはもう飲み食いするだけのマシーンとなった。
「ああ、これ。この味わい。前世で出会いたかった」
「あいにくと私はここにしかおりませんよ。だからこそ、殿下と出会えた今を喜びましょう。この味は語り継がれるべき味だと。そう評します」
「師匠!」
シルファスとティルネがガッチリ握手を交わす。
ようやく分かり合えた師弟。
そして意気投合した後は迫り来るモンスターをバッタバッタと投げ飛ばし、快進撃。
順調にダンジョンの最奥にまで進み、それと邂逅した。
『ようこそこの地の災いを退けてくれました勇者よ。さぁ、聖剣の力を解放いたしましょう。聖剣を前に』
「え、え?」
まだ、ダンジョン内で何もしてない。
なのにイベントが進んでいることに違和感を覚えた。
確かにシルファスの知るシナリオ通り。
が、前提であるダンジョンのクリアもボス討伐も行っていないのだ。
「じゃあ、はい」
『あれ? この聖剣には討伐情報が記載されてませんね』
「もしかしてこれが必要か?」
洋一が取り出したのは、デーモングリズリーの魔核である。
『はい、はい! これですこれ。これを剣に飲み込ませてください。はい、切ればいいです。そう真っ二つに。これでよし』
少しのトラブルの後、シルファスの聖剣が魔核を吸収し、妖精と名乗る存在がシルファスの肩に乗った。
『行きましょう、勇者よ。魔王の封印は解かれました。他のダンジョンに封じられた悪魔を討伐し、再び世界に平穏を取り戻すのです!』
「あ、俺のエネルギー上限も増えてる。なんで?」
妖精の解放。なぜかエネルギー上限も解放されている謎。
もしかしてこの妖精、ダンジョン管理者だったりしないか?
何でまた人間を使ってそんな戦に投じるような真似をしてるか謎であるが、そういえば過去にオリンから聞いていた事象と合致した。
『ダンジョンとは、力を授けた相手と守護者をぶつかり合わせてエネルギーを産ませるものだ』と。
かつてダンジョンの侵食してきた世界での出来事を思い出す。
つまりこれはダンジョン側が仕掛けたマッチポンプ。
聖剣の担い手はダンジョン契約者の継承権を得る? だったら色々と辻褄の合う話だった。
しかし洋一のエネルギー獲得量も上がったのは不思議なことである。
『……こえますか……聞こえますか』
洋一にのみ聞こえる声で、シルファスの肩の上の存在、妖精が呼びかけてくる。
『俺ですか?』
『ええ、懐かしき気配を宿すお方。もしかしてあなた様は母君の探し人ではあられますか?』
案の定、オリンの関係者、ドールだった。
最古のダンジョン、ミンドレイが生まれるずっと前にこの地に降り立ったオリンが作り、そして使命を与えられた一番最初のドール『武蔵』
伝説の武人のようでいて性別のないその存在は、洋一の生まれ故郷を彷彿とさせた。
『そうです。俺はここで意識を覚まし、迷っていました。もうここにオリンがいないと知りながらも、居心地が良くて』
『そうでしたか。今やるべき使命は理解されておりますか?』
『エネルギーの全解放。そのためには勇者伝説を準える必要がある?』
『左様でございます。遠い地へ旅立ってしまった母君があなた様に最後に残した一節にこうあります。もしすれ違っていたのなら、勇者と共に道を開け、と。この伝承はきっとあなた様の役に立つだろうと』
妖精、武蔵からの伝言を受け取った洋一はどうしたものかと考え込む。
勇者としての使命を全うするシルファスよりも、同じ職人として歩むシルファスを応援したい気持ちでいっぱいであるからこその迷いだ。




