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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
野生と蛮勇の国『ザイオン』

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35話 ヨッちゃん、フラグを折りまくる!

 洋一がダンジョンに向かった頃まで時は巻き戻る。


 ミンドレイではすっかりロイドと紀伊の婚約話で盛り上がっていた。

 妹の囲い込みアタックが功を奏したか。

 はたまた泣きついた先の実家からむしろ乗り気で婚姻の返事が届いたからか。


 ここ最近の紀伊はやることなすこと空回り気味。

 気持ちは分からんでもない。

 婚約相手はこちらが選ぶ側、そう言う気持ちでいたのにロイドからの婚姻話でその優位性が消し飛んだ。

 

 ヨーダからもすでに好きな相手でもいた? なんて下世話な話を振ったが、特にそういう訳ではないらしい。

 単純に自分の世界というか、ルールがすり替わって困惑しているというのが彼女の本心だろう。


 そして婚姻が決まったというのに、ロイドの妹アタックは続いた。

 ロイドは良かれと思って妹との時間を紀伊に使うが、紀伊はそれを嫌がってる様だ。


 話を聞く限りでは、しつこいくらいに兄の自慢話をするそうだ。

 少しも紀伊の話に興味を向けない。

 紀伊がどういう性格をしてるか、どんなものが好きか。

 結婚した時にどんなことをしたいか。

 まるで興味がないそうだ。


 そこで察したそうだ。

 欲しいのは紀伊の能力で、紀伊ではないと。

 ある程度察していたが、ここまでか!

 王族に嫁ぐというのはここまで自由が縛られるものなのか。


 それに気づいてからは紀伊は自暴自棄になっていた。

 ほとんど眠れていないのだろう。目の下肉っきりとしたクマが浮かび上がり、焦点も合わずに虚空を見上げてっぶつぶつ言い始めた。

 明らかに限界だった。


 そのことでヨーダからロイドに相談をしたことがある。

 少しだけでいいから、紀伊に自由時間をやってくれと。

 しかしロイドはこれを否定した。


「彼女の気持ちもわからないではない。でも僕は彼女を手放す気はないぞ? 他の国に渡すつもりもないんだ」


「そういう話じゃないんですよ。もう婚姻は決まりました。けれど妹君が紀伊様に洗脳まがいの暗示をかけていくそうです」


「洗脳だなんて聞き捨てならないな。あの子は病弱で、少し私に甘えてくるところはあるが」


 こいつ本気でわかってねー。

 女は生まれた時から女で、女を使うことに長けている。

 お前へのアピールも妹という立場を最大限アピールしてのことだよ。

 そして紀伊はこのままだと潰れる。


 だから休暇をやってくれと、そう嘆願した。


「だが、あまり目を話すのは芳しくないない。彼女は国賓だ。身柄を拐かす輩だって多い」


「オレがさせないと言ったら?」


「それでも心配だ」


「なぁオメガ。ロイド様はなんでこんなに心配性なんだ?」


「国の将来がかかっているからに決まっているだろう、馬鹿者め」


 相変わらずこの男も堅物だな。

 ヨーダは呆れを通り越して悲しくなった。


「だとしても病的だ。紀伊様はあまりにも余裕がなさすぎて今にも過労死しそうだぞ?」


 それを聞いたロイドとオメガがギョッとする。

 なぜ? という顔を揃えて並べていた。


「ど、どういうことだ? 彼女には不自由なくなんでも与えてやっているが?」


「わかりません。ミンドレイ国民なら泣いて喜ぶ境遇のはずです」


「だろう?」


 この馬鹿どもは本気でわかってないみたいだ。

 生まれの違いをあまりにも軽視しすぎている。


「ロイド様、失礼を承知で言わせてもらいますね?」


「ヨーダ、君は原因が何かわかるのかい?」


「ええ」


「さすがだな、ヨーダ。ぜひ我々に教えて欲しい。紀伊様は一体何に悩んでおいでなのか」


「それはあまりにも不自由であることにです」


「?」


「今不自由にはさせてないと申したはずだが?」


「ええ、それはあくまでもミンドレイの尺度です。ですが少しでも彼女の意見を聞きましたか? 善意を押し売りしていませんか? ミンドレイのしきたりを押し付けていやしませんか?」


「あ」


「うむ。そう言われてみれば」


「でしょう? 結局は自分のやり方はなんら間違っていないと信じ切って、これから一緒に国を取り締まっていこうという相手をお人形の様に扱った。彼女は人間です。鬼人という、人よりも随分かは頑強でしょう、しかし心は繊細だ。特に姫という立場であるなら、妹君と同じ様に繊細に扱わなくてはならない。ロイド様は一度でも紀伊様のご機嫌を伺いましたか?」


「あ……いや、そうだ。私は、なんてことを……彼女はそれで私に対して呆れを感じているのだろうか?」


「呆れ、と言うよりは理解のなさに、愛想を尽かしていますね」


「どうすれば、彼女の心は私の元に戻るだろうか?」


 ロイドは深刻そうな顔で、ヨーダに尋ねる。


 そもそも紀伊がロイドに向けるラブ度は0から微動だにしてない。


 だというのに勝手に舞い上がって、不自由のなさを押し付けているのだ。

 好きでもない相手から勝手に婚約を取り付けられるというのがどれほど不本意か、王子様にはわからないか、とヨーダはため息をついた。


「ここは一度オレに預けてみませんか?」


「君なら彼女をどうにかできるのか?」


「あなた方よりかはよっぽど」


「おい、君。それは流石に失礼だろう!」


「いや、大丈夫だオメガ。私の落ち度は認めよう。それで君に預けて、どれくらいの期間で彼女は私に気持ちを寄せるだろうか?」


「わかりません」


 ヨーダはあくまでもその回答は未知数だと言い切る。


「ヨーダ、そんな不確かな回答なんて君らしくもない」


「わからないんですよ。鬼人の、それもお姫様の求めてるものが。オメガにはわかるのか? 彼女が何を求めているのか。ロイド様もわからないでしょう? それを少し預かった程度で0のものを100にするのは不可能と言っていい」


「ぐ……」


「だが、オレなら0のものを30から40に上げることはできる。今彼女が求めているのは思い出作りです。右も左もわからぬミンドレイ王国。さぞかし心細かったことでしょう。もし将来の伴侶だというのなら、もう少し彼女との思い出を作ってあげてください。言ってはなんですが、ロイド様はあまりにも過保護がすぎる。彼女を一回でも外に連れ出したことはありますか? オレが企画した外へのお食事会とバカンス以外で、です」


「それは……」


「ないですよね? オレが知る限りで紀伊様からロイド様とどこかへ出かけただなんて話は聞きません。懐かしそうに語る思い出は、いつだってオレたちが一緒にいたあの2回の外出だけでした」


「ヨーダ、流石にそれは言い過ぎだ」


「オメガ、それでもオレは言うぜ。このままではロイド様のためにならない。紀伊様が少しでもミンドレイにいい思い出を持ってもらうためにも、そして学園以外の居場所を作らなければ彼女は王妃という立場を持って、そこから一歩も外へ出かけられなくなる。あまりにも彼女はこの国のことを知らなすぎる。ロイド様がどこにも連れて行かないからだ」


「なら、頼めるか?」


「僕も行こう」


 オメガが当たり前みたいな顔でついてきそうだったので寸前で追い払う。


「いや、お前はロイド様の護衛任務があるからだめだ。オレたちは二人で護衛の任務を受けている。オレは紀伊様を見張る。お前はロイド様を見張っていて欲しい」


「私からも頼む。ここはヨーダのような女性のキビに聡いものにしか任せられないことだ。悔しいが、私たちでは彼女の心のドアを開くことはできないようだ」


「くれぐれも失礼のない様にな」


 そう言って、ヨーダは自由を手に入れた。

 早速仲間を集めて何をするかの作戦を立てた。



「本当に、あの妹は突撃してこぬのだな?」


「当分は引き剥がせた。しっかしあれは相当に厄介なやつだよなぁ」


「そんなにひどいんですか?」


 作戦、というよりは集会の様。

 集まった人員はヨーダに紀伊、そしてマールという気心の知れた三人組に、ヨーダの妹のヒルダを+1した旅行組のメンツである。


「あまり表に出てこないというだけで、外面は完璧の様ですね」


 ヒルダも王妹の噂はほとんど聞かないと会話をつなげた。

 しかし本性を知ってる紀伊だけはその本性を吐き捨てるように言う。


「あれは悪魔よ。兄の陰に隠れて好き勝手やってるタイプ」


「あー、ありそう」


「それで、このメンツで何をするんですか?」


「うーん、それなんだけど。何やりたい?」


「何も決めてないんでありんすか?」


「とりあえず預かるって前提でもぎ取った自由だからな。報告をする都合上、やるのは決めるが、今は妹の突撃を交わしただけで感謝してくれ」


「私たちはまだそこまで良くはわかってないんですが、簡単なものだと、皇女様も混ぜてくれと言ってきそうですね」


「なら専門的なもの?」


「病弱なだけで、魔法が扱えないわけじゃないって聞いたぞ」


「ならば、調薬とかどうでしょう? これなら専門分野ですし、手に職つきますよ」


「女子だけでやるのはキツくない? 危険だと判断されたらすぐにこの会が御破算になるんだけど」


「ヨーダ様は男子ではございませんか」


「あー、言ってなかったか。実はオレ」


 ヨーダは他に誰もいないことを確認して、指を弾いた。


「あれ、ヨルダ様?」


「うん」


「ヨーダ様は?」


「私が男装した姿ですわね」


「お姉様は男装がお上手なのですわ」


「男装というか、本性が男の子っぽいんだよねー」


 ヒルダの言葉にマールが捕捉する。


「うるせーやい」


 ヨルダの姿で、いつものヨーダの軽口をこぼす。

 紀伊は頭の上でクエスチョンマークを並べた。


「つまりヨーダ様は、ヨルダ様ってことかしら?」


「うん、だから女子会。そもそも俺はロイド様のすぐ横に女がいるのは問題ってことで男装してるだけだから」


「びっくりだよねー、私も正体知った時は驚いたもん」


「お姉様は博識でいらっしゃるのよ?」


「あれは博識で括れるものじゃないと思うなー? どうりで女心に機敏なわけだよって」


「つまり、今回妾の気持ちを察してくれたのは?」


「オレだったら、クソ喰らえって思ったから、見てらんなくて」


「まぁ、お姉様ったらお口が悪いですわよ?」


「いけね。今のオフレコね? あの二人には内緒で」


「ヨルダ様はたまによくわからないことをおっしゃいますよね」


「人間長く生きてると、余計なもんを覚えるんだよ」


「お姉様はまだ16歳ではありませんか」


「それでも多くを見たんだよ。ってーことで、女子らしく何か科学的にやりたい。みんな、なんかネタ出せ」


 最終的には脅迫だった。


「うーん、宝石加工とかどうです? お姉様は得意でしたわよね?」


 ヒルダの発言に、皆が視線を集中させる。

 ヨーダは唇に人差し指を当て、それは内緒だとヒルダにジェスチャーを送った。


 今ここで犯罪まがいの手管を暴露されるのは、心象が悪いもんなんてもんじゃない。

 ここは残当に化粧品でも作って捌くかーということになった。


 ここには未来の学者様もいる。

 そして揃いも揃って女子。

 外出するときに匂いも気になるお年頃である。


「香水ですの?」


「それも一部ではあるが、肌がツヤツヤになったり滑滑になったりするの。化粧するとさ、外出したくねーじゃん?」


「まぁ、普通はわざわざ外に出歩こうとは思いませんわね。商人は呼べばいいわけですし」


「が、それが可能になればどうだ? 外に行きたくなる! お出かけ用UVローションだ」


「ゆーぶい、なんですか?」


「日光から肌荒れを守るエキスみたいなもん?」


「そんなのがあるんですか!?」


「あったらいいなー、的な」


「ああ、てっきり。ヨーダ様のことですからレシピを知ってて提案なされてるのかと」


「んなわけないじゃん」


 そんないつものメンバーのやり取り。

 しかし紀伊は姿がヨルダなのに、トークがずっとヨーダなのに違和感を拭えなくて会話が全く入ってこなかった。


「紀伊様、大丈夫?」


「ええ……少し驚きが多く起きすぎて」


「あんまり無理しなくていいからさ…こういうのは無理に成功させる方がめんどいし、肩の力抜いてやろうぜ」


「そう、ですわね」


 それはそれで無駄遣いではないのか?

 思い出を作るために散財するのは本末転倒ではないのか? 紀伊はヨーダのあまりにも行き当たりばったりぶりに目眩がした。







「と、いうわけでオレ達は思い出作りのために化粧品作りをすることとなったわけです」


 話がまとまったので、上司に報告。

 ロイドはずっと俯いたままでその報告を聞いている。

 オメガは「なんでそうなった?」という顔だ。


「買い与えるだけではダメなのか?」


 話を聞いた上で、出てきた答えがそれである。


「それで言い方なら最初からこんなに溝はできないですよ」


「むぅ、つくづくミンドレイ国民と違うのだな」


「ええ。彼女はジーパという国の代表としてきています。ロイド様がミンドレイ国の代表であるように。そんな彼女へミンドレイ流のおもてなしをした結果が今回の現状を招いています。ロイド様は婚約をする際、こうおっしゃいました。互いに手を取り合い、国を築こうと。しかし物を与えるばかりで紀伊様のご意見は聞かずじまいときている。これではロイド様は口だけの男だと思われてしまいますよ?」


「そんなつもりはない」


「ええ、ですので今まで通りミンドレイ流のやり方では通じない相手が紀伊様だと思ってください」


「私がすべきことはなんだと思う? どうかご教授願いたい」


「彼女からのわがままを全て聞き入れてあげてください。欲しいと願ってない物を買い与えるだけじゃダメです。貴方にとっての紀伊様は、今後一緒に国政を任せるお方。買い与えて満足している分には彼女は心は開かないと思われます」


「なるほどな、一理ある。私からもっと歩み寄らねばダメということか。しかし私にも時間の限りがある」


「その隙間のお時間を縫うのが今回のオレの勤めですよ。殿下の分までアフターケアもバッチリいたします。つきましては少しお願い事が」


 こしょこしょと耳打ち。

 オメガに聞かれたら普通に怒鳴られてるのが目に見えるからな。


「なるほどな。私の小遣いの範疇でなら許可する。あまり高い買い物はしてくれるなよ?」


「おい、僕に内緒で何を相談した!」


「たいしたことではない。研究資金の融通だ。彼女が新たなる国母としてこの国で受けいられるための活動資金を提供するという形だった。その支援に流石にこっこは開けぬだろう?」


「ええ、確かに」


「それについ先ほど買い与えるのはダメと聞かされたばかりだ。ならば本来与えるはずだった金額内でなら、融通を利かせるのも悪くないと思ったまでさ。そう目くじら立てるほどのことではない」


「そうですか。またこいつが変な入れ知恵をしてるのかと焦りましたが、本来ロイド様が与えるものの形が変わっただけというのなら多くは言いません」


「それが懸命だぞ、オメガ」


「なぜ君に上から命令されているのか本当に理解できない」


 そんな些細なことばかりに注目するからお前はダメなんだよ!

 もっと視野を広く持つんだな。

 ヨーダはそう忠告するも、オメガは一切聞く耳を持っちゃいなかった。


 未来の国王の右腕がこんなので本当に大丈夫なんだろうか?

 ヨーダはちょっとだけ心配した。




「と、いうことで! 研究資金をもぎ取ってきましたー」


 集会場にて、ヨーダは早速メンバーに吉報を届ける。


「わー!」


 パチパチパチパチ!

 一番喜んでいるのはマールだ。

 爵位で悩んでいた時、自分のお小遣いではどうしても材料を集めるのに限界があった。

 あの時はヨーダが融資をしなければ頓挫していたレシピはいくつもあったのだ。


 頼るべきは潤沢な資金。

 研究とは失敗の連続である。

 素材を集めて、ただ調合するだけではない。


 そういうのはレシピを完成させてからの話なのである。

 まずは根本的に王国内の化粧品を集め、ブランド独自の解釈を作らねば競合してしまう。


 この競合というのが厄介で、下手な売り方をすると同業者から陳情が届くのだ。

 「ママゴトなら国民に迷惑をかけない範疇でやれ」「これから王妃となられる方が国民の弊害となられるとは嘆かわしい!」とそのような声が届く。


「オレは化粧にあんまり詳しくないけど、ブランドものならどんなのがあるんだ?」


「基本的には白粉(おしろい)(べに)、香水などでしょうか?」


 やはり公爵令嬢。されて当たり前の出来事をつらつらと並べ立てる。

 ヨーダはされたことがないのでさっぱりなので、本当に助かると拍手した。


「なんでヨーダ様が知らないのよ」


「ちょっとした家庭の事情でね。生まれつき落ちこぼれだと家族から愛情を注いでもらえないんだ」


「当時は本当に失礼な真似を働いておりました」


 紀伊への説明をあっさり話し、それに対して平謝りするヒルダ。

 すっかり当時の関係は解消したとその対応だけで理解する。

 

 そもそも、ヨーダが公爵家の落ちこぼれというのが全く理解できない紀伊である。

 そんな家庭の事情はさておき、本題に入ろうと一旦ヨーダは手を叩いて注目を集めた。


「なら、オレたちがそれに類するもので対抗するのはナシだな」


「やはり老舗を相手にするのは難しいですか?」


 マールからの質問に、ヨーダはそれとなく頷く。

 しかし本音は違うところにあった。

 難しい、というよりはブランドイメージを決めかねていると言ったところか。


「何かにつけて類似品と揶揄されがちな昨今。今後国を担う国母となられる紀伊様が在籍するブランドチームがおいそれとそれに着手するようではイメージが悪いと考えたからだよ」


「ならばどういたしますの?」


「買ってもらう先を限定する。ヒルダ、マール。化粧の専属メイドから化粧を拭き取った後の苦労話をいくつか見繕ってこい」


「そこに秘策があるんだね?」


「私の専属メイドにも聞いてまいりましょうか?」


「それも頼む。結局、買う本人より、扱う側が一番に情報を持ってるもんだ。お母様とか、ブランドのバイヤーに言われるがままに買ってるだけで、使い心地とかしらねぇだろ?」


「確かにそうかもしれません」


「そういうことですわね。私も化粧の良し悪しまでは存じ上げませんもの」


 ここに集まってるのが気心の知れたお嬢様で助かった。

 もしプライドばかりが高いお嬢様だったら言い合いで一日を浪費してるところだろう。

 早速メンバーに手配して、週会場にはヨーダと紀伊の二人が残った。


「妾には聞かなくてよろしいの?」


「紀伊様はされる側だろ? そもそも白粉とか塗ってねぇじゃん」


「ふふふ。流石はヨーダ様。バレてしまわれるのですね」


 紀伊の白さは化粧によるものじゃない。

 ジーパ人の病的な白さは種族によるものだ。

 白装束に、白い顔。そして頭部から伸びる真っ赤な角。

 鬼人の特徴。


「オレも意識的に肌をいじってるからわかるよ。綺麗にというより、男子っぽく荒くしてるんだ。もちろん意識してるからすぐに戻したりできる」


「あら、それを妾に教えてくれたりなんかは?」


「いいぞ。けどミンドレイ式の魔法構築が大前提だ」


「妾はジーパの姫ですよ。そんな構築、符に認めてみせますわ」


 やれるもんならやってみろ! と言わんばかりにヨーダは変身の魔法を披露した。

 その圧倒的な複雑怪奇さに、紀伊は数分聞いただけで目眩を起こした。



 

 翌日。話をまとめてきた二人のメンバーから、案の定拭き取りに時間を要することを聞かされた。


「ここ最近随分とアロマを炊く時間が多いと思っていましたの。化粧を落とすだけで数時間コースですわ」


「いつも購入させていただいてるお化粧はとにかく肌を白くさせるのに特化させたものらしいですが、従来の化粧落としでは効果が薄いと言われてるほどでした。私たちが着目するのはそこでしょうか?」


「そうだな。その前に、オレが実際に施した術式があるんだが見てくれるか?」


 ヨーダの提案は、早着替えによる術式だった。

 男装からお嬢様に変わる時、一瞬で化粧まで変わっているのを不思議に思っていた皆は注目する。


「そんな物を使っておられましたの?」


 それは透明な薄い膜。それを顔に一時的に付着させた後、引き剥がすことでメイクが即座に完了するというものだ。

 なお、メイクを落とす時も同様にメイク時の顔に押し付けて、引き剥がすことですっぴんになる。


「これが肌を傷つけずに素早くメイクするコツだ。大半が魔法構築に頼ってるから魔法使い以外には無理だけど」


「肌を傷つける、ですか?」


 ヨーダの説明に、素早くメイクをオンオフする機能以外に目をつけたのはマールだった。


 それ以外の二人はメイクのオンオフがこんなに楽ならば、自分もぜひ使いたいという感情が先走る。

 が、やはり学者となれば着眼点が異なるものだ。

 説明の手間が省けたと、マールへの説明を兼ねて新しい事業への話を始めた。


「ああ、化粧ってのはどうしても肌荒れを引き起こす。女はただでさえ肌が荒れやすい。だからこそ化粧で肌の悪さを隠すもんだろ?」


「ええ、そうですわね」


「本来その白粉だって、肌のノリが良ければ化粧落としもそこまで効きが悪くないはずだ。オレのこれは化粧メーカー全体に喧嘩を売る物だし、メイドの仕事も奪っちまう。緊急を要する時以外、ましてや商売にするもんじゃない」


「確かに、それは考えておりませんでした」


「メイドの仕事を奪ったら、その界隈から恨まれちゃいますからねー」


「ああ、だからメイドの仕事が楽になる、肌ケア用の化粧品を作る。ちょうどここに肌の荒れやすい年頃の生徒が四人集まってる。格好の実験材料じゃないか? それと話を聞いたメイドも巻き込んで、その界隈に売り込んでみてはどうだ? 化粧ノリが良くなれば、他のブランドものの購買意欲が増すし、化粧落ちが良くなれば化粧落としのメーカーの顔も立つ。実際、このメーカーにとっては、今は苦境だろう。そこにポッと出の新規メーカーが仕事を全部掻っ攫っていったら、死を覚悟して襲いかかってくると思う。そんなのは本末転倒だ。オレたちの目指したい場所じゃない」


「ヨーダ様っていちいち考えが物騒だよね」


「経験則ってやつさ」


「本当にあなた、公爵令嬢なの? 妾の知ってる令嬢とあまりに踏んでる場数が違うわ」


「お姉様はお姉様ですわよ。深く考えるだけ無駄です」


 失礼な物言いだが、諦めが肝心だと皆に教えられたのでヨシ!

 四人は早速肌荒れをケアする基礎化粧水の開発に着手した。






 基礎化粧品の開発からあっという間に一ヶ月が過ぎ去る。

 最初こそはたったの四人のメンバーで着手したこの研究も、今では多くの女生徒を巻き込んでの一大事業になった。


 実はとっくに肌を改善する効果は出てるのだが、ヨーダの悪い癖でさらにそこから毛穴ケアへ舵取りを始めたのである。

 化粧のクレンジングが甘い結果、毛穴に大量の白粉が付着。

 それが黒ずみとなって肌色を悪くさせていることに着目し、ようやくその効果の一端が見えてきていた。


「ヨーダ様、こちらの試供品(テスター)とても反響がいいみたいですよ? 肌荒れの原因となっていたニキビ除去の効果も高いとかで生徒から絶大な信頼を得ています」


「在来メーカーの方々からの反応は?」


「今まで買い控えていた層からの購入見込みが増えて、こちらの商品開発に新たな融資を申し込んできました」


「そうか、新規ブランドだからって飲み込まれるなよ? 向こうは老舗ブランドだ。なんなら販路を傘に乗っ取りも考えてるかもしれない」


「ええ、実際にそのような提案はいただいてます。しかしヨーダ様が支援を募った第一候補がロイド様だと明かせば、それ以上の口出しはしてきませんでした。バックに大手貴族がついていたのでしょうが、こちらの方が格が高かったので手を引いた模様です」


「どこかで紀伊様を下に見てる連中は多いからな。まだ王国から正式な発表は出てないんだっけか?」


「そろそろ出る頃ですね」


「じゃあそろそろ鬼人向けの血化粧ブランドも立ち上げるか」


「あれって自分の血を混ぜないと効果がないんじゃなかったでしたっけ?」


「うん。けど事前に垂らしておけばいいんじゃないかなって。流石に民衆の前で流血沙汰は御法度だろうからさ」


「まぁ、今後一緒に歩くと言っても基盤はミンドレイですからねぇ」


 ヨーダは研究室でマールと話しながら、今後のミンドレイ国の懸念を語った。

 卒業後は二人して出ていくのもあり、無責任に任せるのもどうかと思っている。


「一番厄介なのは今まで散々甘い蜜吸ってきた貴族連中だろうよ。これからはジーパ国民が上流貴族と同格になるんだろ? 平民でも伯爵以上だっけか? 荒れるぞぉ」


「表向きは国力増強を謳ってますからね。それに皆が紀伊様より一歩劣る程度で戦力は上々なのでしょう? 私たち魔法使いに武力が備わってる状態の人々を顎で使ったらどうなるかわかるでしょうに」


 想像力が足りていれば、殴り返されるのは明白。

 しかし権力を傘に生きてきて、戦場を知らない魔法使いは見たくないものから必死に目を逸らす傾向にあった。


「残念なことに現実が見えてないおっさん連中が多いんだよ、貴族の中には。流石に侯爵クラスになれば物分かりはいいんだけどさ」


「ヨーダ様のご実家では歓迎されてるんですか?」


「めっちゃ頭掻きむしってたってヒルダから聞いた。マールのところの毛生え薬のお世話になってるらしくて、うちのブランドには文句言えなくなってるらしいな」


「あはは。私はただ在籍してるだけなんですけどね」


「何言ってるんだよ、研究部長。お前が作らなかったらこのレシピは世に出てないぜ?」


「作るだけなら私じゃなくてもできますよ、開発部長。研究は何においても資金の確保と物資搬入の安定化が第一条件。私が本領を発揮できるほどの環境が整ってたら、文句なんて言えませんよ」


「ま、本人がそう思ってるんならいいけどさ」


「お互いに思うところは同じでしょう。あなたの元で研究できることを喜ぶ学者は多いと思いますよ?」


「そりゃ良かったぜ。でも私服を肥やすことを第一にしてる学者は嫌いなんだよね。マールじゃなきゃ誘わなかったって」


「ヨーダ様にみそめられて私はとっても光栄ですね」


「そういうおべっかはやめろよ。なんか照れ臭いじゃん」


 二人でお互いにjほめあっている矢先である。

 突然研究室の扉がノックもなしに開け放たれ、ヒルダが血相を変えて入ってきた。


「大変、お姉様!」


「どうした、ヒルダ。そんなに血相を変えて」


「一部の貴族が武力行使に出ましたの!」


「化粧の件でか?」


「いえ、どうやらお姉様に計画を邪魔されたとか訳のわからない言い分の方々が、お姉さまを出せと私たちの販売スタッフに危害を加えてるようでして」


「ん? それは本当に化粧の件とは関係ないのか?」


 販売スタッフは一般の生徒で構成されている。

 上位貴族から、下位貴族まで様々だ。

 肌荒れで困ってるが高くて高級化粧品が扱えなかった下位貴族がそれを試したところ、劇的に変わったのを上位貴族に見咎められ、その噂が上位貴族に瞬く間に触れ回り、今ではヒルダを介して上位貴族からももてはやされている。


 ブランドとしては上々の立ち上がりだが、反対派閥も少なくない。

 その事業で飯を食ってる連中からはとにかく批判的な中傷を受けていた。


「いいえ、どうもSクラスに介入しようとしたのを咎められたとかで抗議している模様です」


「いや、どう考えても生徒の立場でロイド様に近づく輩は排除するだろ。オレは護衛の仕事を全うしただけだぞ?」


「ご本人が生徒として振舞っておられるのを勘違いして接触を図り、自分の進退を良くしようなどと浅はかな考えを持つ者が少なくないようでしたわ。先導しているのはお姉様に直接排除された御令嬢のようでした」


「最初から話が通じない奴らか」


「ええ。お姉様が出向かなければ実力行使に出ると」


 もう十分に手を出しているのに、まだ下手に出てると思ってる奴っているよね?

 ヨーダはうんざりとしたように肩をすくめた。


「わかった。なぜオレだけでオメガが出てこないのかさっぱりわからないが、一応行くとしよう。マールの護衛は任せていいか?」


「引き受けましたわ」


 実際のところ、ヨーダがマールに付き従っていたのはこういう反対派からの襲撃に備えてのことだった。

 学園内で襲撃を仕掛けてくるタイプは、何よりも爵位を傘にいうことを聞かせようとしてくる。


 ロイドやオメガには無力。時点で紀伊。ここらは王族と、その忠臣という関係性から手出し無用なのか、単独でいても襲われるようなことはなかった。


 しかしマールはその限りではない。

 今回の事業の中心人物ということもあり、矛先が一番向かいやすいのだ。

 

 ヒルダは侯爵令嬢だからそもそもは向かうこともない。

 で、自分が狙われる理由は正直思い当たる節が多すぎた。


 なぜかと言えば生徒間の介入に一番貢献したのがヨルダだったからだ。



 待ち合わせの場所に赴くと、声高らかに宣戦布告の言葉を投げかけられた。


「お待ちしておりましたわ、偽物貴族! お前がタッケ家に忍び込んでロイド様の護衛の任務をまんまとせしめた罪状は上がっておりますのよ!」


 ヨーダはなんで知ってるんだ? という顔。

 宣戦布告者のアソビィはそれを見てニンマリと笑みを強める。


 周囲の生徒もヨーダの存在を疑わしげに見つめた。


「確かにオレはタッケ家に拾われた存在だ。だが、それでも容姿に拾ってくれたのは、実力があるからだよ。貴族は実力至上主義だ。手腕を買われ、この地位にいる。自分の仕事は真っ当している。あんたたちの要求はそれだけか? オレの過去を詳らかにし、悦に浸るだけならよそでやってくれないか?」


「自分で罪を認めたようね! あなたは貴族の生まれでないのだから、私たちに本来は首を垂れてひざまづく存在よ! なぜ堂々と頭を上げていられるのか不思議でならないわ!」


「そうだそうだ! 平民は貴族様に首をたれろ!」


「俺たちの活動の邪魔をするな!」


「私たちのオメガ様を解放しなさい!」


「そうよ、皆様! あなたに囚われてる攻略対象を直ちに解放すること。これが私たちの望みです!」


「はぁ? お前ら自分たちが何を言ってるのか理解できてるか?」


 ヨーダはあまりにも身勝手な請求に耳を傾けず、胡乱げな瞳で集団を見やる。


「オレの生まれを(つまび)らかにしろ。そう言ったのならしてやってもいい。生まれがそんなに気になるんなら、明かしてやるよ。オレの家名はヒュージモーデン。ヨルダ=ヒュージモーデンが本名だ。いつも妹がお世話になっております」


 パチン。

 ヨーダが指を弾くと、男装スタイルから一瞬にして令嬢モードへと切り替わった。


「何を……え? ヒュージモーデン家? 平民、じゃないの?」


「おい、ヒュージモーデン家が出てくるなんて話が違うぞ!」


「男装をしていたというの?」


「嘘だ、嘘だ、嘘だーーー!!」


 平民だと思い込んでいた貴族連中が、ヨーダの正体を知って内部崩壊する。

 ひっきりなしに頭を掻きむしるもの、生まれを知って血相を変えるものなどが多い。


「いかにも。わたくしはヒュージモーデン家を廃嫡された身です。しかし実力をタッケ様に買われ、名を変え、生まれを変え、姿さえも偽って……ロイド様に近づく輩を排除している次第です」


 もう一度、指を鳴らして男装スタイルに戻る。

 そのトリックを見抜いた生徒はおらず、実は中身が女だと知ってちょっとだけ残念そうにしている女性なども散見した。


 いつかはバラすはずだった正体。

 随分前倒しになってしまったが、ヨーダはこのタイミングで開かせたことをちょうどいいとさえ思っていた。


「確かに私は一度平民に落ちた身。しかし生まれてこの方爵位を傘に着たことは一度もありません。加護の件で妹との確執もありました。お父様からはタッケ様のところで実力を証明してくるように言われております。そして、第四魔法師団長の実績を打ち立てました。生まれは公爵家、一度平民に落ちましたが、そこから実力で伯爵の地位を得ております。何かご無礼があったというのなら、改めて頭を垂れましょう」


 爵位による、加護による選民思想は別に今に始まったことじゃない。

 一度平民に落ちたからこそ、下位貴族の気持ちがわかり。

 公爵家の生まれだからこそ礼儀作法も完璧。

 実力もあり、第二魔法師団長から信頼もされ。

 ロイドの護衛として高い評価を受けた。


 紛れもない実力者である。


「おい、これ非があるどころかとんでもない爆弾が明るみにされたんじゃないか?」


 どこかの誰かが囁いた。

 ポッと出の平民生まれの養子が王族の護衛に抜擢されただなんて噂は、瞬く間に払拭された。

 確かな生まれの、少しだけ劣るカゴを授かった令嬢が、努力を重ねて実力でもぎ取った地位を誰が貶せようものか。


「さて、アソビィ=クーネル嬢。今回の騒ぎについての申し開きがあるようでしたら聞姫ましょうか」


「ぐぬぬぬぬ……」


 顔を紅潮させ、何も言えずに口をへの字にする令嬢を忍びなく思うヨーダ。

 仲間だと思っていた連中はヨーダの正体を知って尻尾を巻いて逃げ出した。

 ただ一人、未だヨーダを睨みつける存在を差し置いて。


「そこまで! ここから先は私が預かる!」


 膠着状態のヨーダとアソビィに割って入ったのはロイドとその従者のオメガだった。


「ロイド様!」


 アソビィは自分を助けにきてくれたのかと勘違いした様子で見上げる。

 しかしアソビィを見やる視線はとても厳しいものだ。


「あー、なんかすいませんね、随分と騒ぎにしてしまったようで」


「本当に、君ばかりに迷惑をかけてしまってすまないね。皆、私の前でだけは勤勉ないい生徒なのに。席を外した瞬間からこうもタガが外れる行動をとるとは思わなかった」


 対してヨーダに向ける視線は随分と穏やかだ。

 自分に向けていた視線は何かの間違いじゃないかと思うほどに、衝撃が大きい。

 悔しい! という感情がアソビィに宿る。

 そこは私の場所だぞ。お前がいていい場所ではない! 

 邪な感情がアソビィの体を中心に肥大化していった。


「ロイド様、お下がりを」


 次第にアソビィの様子がおかしくなるのを察知したヨーダがロイドを抱えてその場を離れた。


「ヨーダ、あれは一体なんだ?」


 アソビィを媒体に、闇が形成されていく。


<エネルギーの発生を確認。996、997、998……以後増大中>


 頭の中に突如流れ込んできた情報。

 それはアンドールで牡丹というダンジョン管理者と契約を結んだから流れてきた情報であることを理解できないでいるヨーダ。


「そんなの知るわきゃねーっての!」


<臨界点突破! ダンジョンが発生します>


 地中が競り上がり、大きな穴が校舎裏に現れた。


<アンドールの一部管理者権限がフトル=クーネルからアソビィ=クーネルに譲渡されました>


「憎い憎い憎い憎い! 殺せ、あいつの存在を許すな!」


<管理者権限が発動しました!>


<エネルギーが消費されるまでダンジョンからモンスターが排出され続けます>

 残りエネルギー:1000


 ヌッとそれは穴から顔を覗かせた。

 丸太を片手で掴んで振り回せそうなほどの巨体。

 小さな穴から這い出てくるのは無理があるほどの存在が、平和な学園に突如現れた。



<消費エネルギー50>


<ダンジョンからオークジェネラルが排出されました>

 残りエネルギー:950



「ヒ、ヒィ!」


 圧倒的威圧感。こんなものがエネルギー消費50だって?

 冗談じゃない。こんなものが最低後19体排出されてみろ。

 学園どころか、この国がめちゃくちゃになっちまうだろ!


 蜘蛛の子を散らすように生徒が逃げていく。


「オメガ! 緊急要請だ、タッケ様に救援を求めろ! ロイド様を頼む。オレはここに止まって逃げ遅れた生徒を救出する」


「ダメだ、お前も引け!」


「お前はこの国を背負う大事な臣下だ。ここで散ることは許さないぞ!」


 オメガとロイドから文句を言われるが、ヨーダは聞く耳を持たない。

 だってヨーダにはもう一つの声が聞こえているから。


<緊急支援! 一部管理権限が藤本要に委譲されました>


<発生モンスターを討伐後、エネルギーを吸収することができます>


<発動しますか?>


「もちろんイエスで!」


 ダンジョン内で、モンスターが倒されると、そのエネルギーの一部はダンジョンに帰っていくのが前の世界での法則。

 最低でもあれが二十体。倒されたら際限ないくらいに出てくるのは非常に困る。

 しかしだ、それをダンジョンに帰せないで自分が据えることになるのはでかい。


 洋一の元に飛ぶのには自分でエネルギーを貯める必要があったのだ。

 そのため方も分からずじまいだったが、こういったことでも回収できるのは、ありがたい限りだった。


「かかってこいよ、ど三品。格の違いってものを教えてやるぜ」


 藤本要もといヨーダはその日、学園中にその実力の一端を見せつけることになる。






「さぁて、お前らにはこれからオレの魔法の餌食になってもらおうか」


 とりあえずエネルギーは全部もらうつもりでいるヨーダ。

 なので周囲に宣伝しながら、相手どった。

 ここ、ミンドレイではとにかくダンジョンに対しての知識が無さすぎると言うのもある。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 もはやまともな会話をすることすらままならなくなったアソビィ。

 中途半端な知識を私怨で使うと碌なことにならないという典型だ。


 オークが巨腕を振るう。地面を軽々と抉り、それはミンドレイ国民にとっては衝撃的な一場面となった。

 何せ気軽にはなった動作で中級魔法クラスの威力がある。


 格式と伝統を重んじるお貴族様の魔法は、詠唱というネックがあって、ようやくそれと同等の奇蹟を行使できる。

 しかしモンスターは素のスペックでそれをやってのけるのだ。


「ヨーダ様、これは何事かの?」


 そこへ現れたのが、ダンジョンには慣れっこのジーパの姫君だ。


<ダンジョン管理者反応を確認! これより討伐リソースの奪い合いが始まります>


 なるほど、紀伊にもこの声が聞こえてるわけか。

 じゃあ、回収しにくるよなと内心で思う。


「ああ、うちの問題児がどうやら粗相をしてしまったらしい。少し手が足りないと思っていたところだ。背中は頼めるかい?」


「相手にとって不足なし。学園ではお披露目することなんてないと思っておったがの。これは鬼人としての面目躍如かもしれぬ」


 結局、暴れたりないとその顔には映っていて。

 鬼人はどこまで言っても鬼人か、と内心でロイドに哀れみを覚えるヨーダ。


 生徒たちは逃げ惑いながらもその戦いを胸に刻んでいく。

 中には自分の出世を阻んだ憎い奴。


 ヨーダをそう見る生徒も少なくない。

 しかし命辛々助けられ、脱出経路を導いてくれた相手に対してそこまで憎しみを抱くことは叶わない。


 よもやヨーダと紀伊が別の目的で動いてるとは考えられず、そのノブリスオブリージュを讃え、この人の下につきたいと心振るわせるきっかけとなっていく。

 こうしてヨーダと紀伊は自分たちの知らないところでファンクラブができるほどの活躍をしていくわけだが、それを快く思わない人物もいた。


 それがアソビィだ。


「何で何で何で何で何で!」


 自分の発言に賛同してくれた人たちまで、どうしてそんな奴を称賛するのか!

 仲間じゃなかったのか! 裏切られた、悔しい! 殺してやる!

 憎しみの連鎖がアソビィの中で増大していく。

 寿命を消費してのエネルギー増幅。


 それはクーネル家が長井時間をかけて純粋培養してきたエネルギー増幅方法だった。それをフトルの研究室から盗み取ったアソビィは、闇の研究に対して魅入られ、だったら学園ごと葬り去ってやる! と自暴自棄になっていた。


 手駒のオークが易々と倒された。ならばもっと強靭で勇ましく、裏切った生徒を巻き込む形の破壊の権化を望んだ。

 

 <ダンジョンよりドラゴンが生成されます>

 消費エネルギー:150


 さっきのオークの三倍のエネルギー請求量。

 数ではなく質で攻めてきた。

 空を飛び、炎のブレスを吐き、その上で人を丸呑みするほどの巨躯。

 オークさん当分では到底足らない圧倒的存在の生成。

 代償はエネルギーの他にアソビィの片腕まで奪った。

 望みに対してリソースが足りなかったのだろう。


「いやぁあああああああああ!」


 自分が無傷のままで、寿命を対価に物事を成す研究のはずだった。

 なのに、どうして自分の腕がもがれ、痛みを感じているのか?

 まだ正式にダンジョン契約者になったわけではないアソビィは知らなかったのだ。


 ドラゴンなどの災害級(ディザスター)を呼ぶ場合、エネルギー以外の対価が必要になることを。

 それを媒介にモンスターはダンジョンと契約を結ぶ。

 主人の体の一部。むしろ腕だけで済んだのは僥倖であるが、それを予定外と感じ取ったアソビィはこの世で一番自分が不幸であると嘆き悲しんだ。


 その怒りの矛先は、当然ヨーダに向かった。

 自分が迎えるはずだった『前世知識のハーレムエンド』その邪魔をしてくれたヨーダには痛い目に遭ってもらわなければならない。


「全部お前のせいだ!」


 ドラゴンが鎌首をもたげる。ブレスの構えだ。


「責任転嫁がお上手なことで」


「そこ、煽らない!」


 否。むしろ自身に注目を寄せているのだ。

 被害が他に向かないように。

 ドラゴンがアソビィの命令に忠実か、はたまた自由意志で動くかの見極めをヨーダはしていた。


「その女を殺せ! ブレスだ!」


 アソビィの宣言に従い、ドラゴンはブレスをヨーダに向けて放出した。

 ヨーダは何もしてない。直撃コースだ。


「ヨーダ様!」


 紀伊の叫びが校舎裏に響いた。

 勝った! あれだけの炎を体全体で覆えば流石に死んだだろう。

 そんな予感を覚えるアソビィ。

 そして一人葬れば二人も三人も同じ。


 学園にはいられなくなるが、こんなふざけた学園認められるはずがない!

 自分がヒロインになれないのなら! こんな学園消えてなくなればいい!

 あまりに自己的な判断で多くの生徒の人生を棒に振ろうと考えるアソビィだったが、ブレスの着弾点にヨーダの死体が転がってないことに気がついた。


「遅すぎてあくびが出てしまいますわ」


 男装姿のヨーダを脱ぎ捨て、そこに現れたのはヨルダ、いや藤本要である。


 ドラゴンの認識はヨーダのまま。

 それが消失したら見分けがつかないのだ。


「ヨーダ様、生きていらしたのね」


「初級魔法二個で突破したオレを褒めてくれてもいいのよ?」


「あれを初級魔法二つで?」


「守る以外にも手段はたくさんあるのよ? そもそも炎の弱点って何だと思う?」


 そんなものあるわけがない!

 ブレスは校舎裏を焼き、庭園を焼いた!

 空に逃げたわけでもない。

 ならどうやって逃げ仰せたのか?


 藤本要は服についた土を払う。


「答えを教えてやろうか? 【土塊】を二回だ」


 理屈が通らない!

 それは初級魔法どころか生活魔法の類ではないか!

 アソビィは悶絶した。

 しかし状況は変わってない。

 こちらの手札にはドラゴンが……アソビィがドラゴンの存在に目をやったところ、ようやく自分が無防備になていることに気がついた。


「私のドラゴンをどこにやりましたの?」


「オレが土の中に隠れてやり過ごしたように、今地面の中でおねんねしてもらってる。知ってるかい、お嬢様。魔法に限界はねぇんだぜ? 特に【蓄積】の加護持ちはお前ら【放射】を上回る。まぁ、ちぃとばかし頭は使うけどな」


「こい! ドラゴン!」


 さらに片腕を代価にドラゴン生成を決意するアソビィ。

 目の前の女に、ドラゴン一匹じゃ心許ない。

 正解だ。

 だが同時に不正解でもある。


「懲りない奴だな。回復魔法で部位欠損は治らねぇぜ?」


 藤本要の動き出しが見えなかった。

 足音を感じなかった。

 気配を感じなかった。

 そして、紀伊の存在すら目で追うことができない。


 同時生成の弊害を、アソビィは甘くみすぎていた。

 まだ存在している対象を使役しながらの複数生成。

 それは自由意思を許可してしまう。


 ダンジョン契約者が、ダンジョン外で使役できる魔物は一体のみ。

 同格を二つ生成したのならば、一つは自由意志によって行動する。

 ゲーム的に言えばAI操作のようなものか。NPCかもしれない。

 能力を限定されない。完全な破壊な権化が、契約者の被害も考えずに暴れることをまだ頭の中で理解できずにいるアソビィ。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオン!!」


 初手、眷属召喚。

 本体に比べたら小さな、馬車サイズの亜竜が。

 人を糧にしてそうな獰猛な存在が、生成されたドラゴンの足元から無辺沸きしてくる。


 いや、無限ではない。

 アソビィの保有エネルギーがみるみる減っていく。


「ちょっと、やめなさいよ! 私がマスターよ!」


 ぎろり。ドラゴンの眼光がアソビィを射抜く。

 マスターならば命令を聞く。そう教わったアソビィは理解が及ばない。

 ダンジョンの外に出たモンスターが、ダンジョン管理者とその責任者を守ってくれる保証などないということに。


 あくまでもダンジョン内での全権委譲。

 それが管理者と契約者の間に交わされたやり取りだ。

 実際に契約してないアソビィはそれを知らなかったし、フトルもすっかり頭の中から抜け落ちていた。


 今、このダンジョン生成組の中で一番力を持っているのはこのドラゴンなのだ。

 エネルギーが切れれば、生成者がダウンする。

 そうすれば自分がこの世界の王となる。

 このドラゴン、決して頭は悪くない。


「早速王を裏切るとか、あんた、家臣失格だぜ?」


 が、自分より同格を簡単に無力化してみせた存在を前に。

 それはあまりにも隙が大きすぎるパフォーマンスだった。


 矮小な存在と見下していた存在の声。

 自分の大きな顎で噛み砕いてやろうと、ドラゴンは存在を確かめてその場所へ尻尾を振るう。

 弾き飛ばし、握り締め、食う。

 必勝パターンだ。

 硬くて食えない場合はブレスで温めて食えばいい。


 しかしその程度だ。

 相手が地中を掘り進み、さらに見えない地中からの攻撃を繰り出してくる存在であることを認知できないまま、ドラゴンの二匹目が地中で身動きを取れずままに過ごす羽目になる時「あ、これ勝負を挑んじゃいけない相手だった」と理解する。


 気がつけば体全体が冷え込んでいくのを感じた。

 まるで檻に閉じ込められたような感覚。

 封印のような生やさしいものではない、もっと根源の奥底から冒涜するような破壊者に覗き込まれているような心地だった。


「おし、いっちょ完了。やっぱデカブツは地中に埋めて冷して殺すに限るな」


 これ以上安全な策はない。自慢するように言い放つ藤本要に、信じられないものを見るアソビィ。

 先ほどまでの潤沢なエネルギーは、大して活躍しないくせに勝手に死んだドラゴンに使い込まれてしまった。

 残りエネルギーは30と少し。

 オークを生成しても秒殺されるのは目に見えている。


「さて、お嬢様。両腕を失い、これ以上惨めを晒す前に降参して欲しいのですがね?」


「私はあなたが気に食わない」


「そりゃどうも。前世を過信しすぎた哀れなお嬢さん。世の中は不条理だ。生まれガチャでSSRを引いても、クソみたいな加護で人生を台無しにされることもある。あんたは自分で自分の価値を決められる立場にいた。自らそれを台無しにしたんだ。オレから比べたらあんたの方が羨ましいよ」


「あなた……まさかあなたも?」


 転生者なのか?

 アソビィの質問に、藤本要は「ご想像にお任せするぜ」とだけ答えた。


「そう、私は頼るべき相手に自ら刃を向けてしまったのね。事情も知らずにごめんなさい」


「ま、罪を償うことから始めるこった。しでかした過去は消えないが、償おうとする者にまで石を投げつけるとこまで落ちたら、そんときは庇ってやるぜ?」


 内心でエネルギーをたんまり獲得してホクホクの藤本要。

 普段ならもっと厳しめに接するのだが、嬉しさが天元突破してニコニコだ。


 アソビィはそれを同じ転生者の自分に向ける優しさと勘違いしてしまった。


 クーネル家はまだ伯爵家という身分だけは残るも、アンドール国での代行領主の地位を失い、ドワーフの武器防具の売上も失った。

 国内では下の下の生活をする羽目になったが、命までは取られなかった。


 それというのも災害の規模の割に負傷者も死傷者も出なかったからだ。

 ロイドにヨーダが掛け合ってくれたのだろうことはアソビィにもわかった。

 そして自分のしでかした罪の大きさを。


 一体自分はどれほど周りに迷惑をかけていたのか。

 周囲から恐れられるような目を向けられて自覚した。




「それで、ヨーダ様はどうしてあの罪人に救いを与えたのです?」


 咎人に容赦をしないお国柄のジーパ人は、ヨーダの其方に物申していた。


「いや、さぁ。確かに問題行動をしたのはあった。けどあれは起こるべくして起きたものだよ」


「起こるべくして?」


「ああ、このミンドレイって土地はあまりにもモンスター、この国基準で言えば魔獣か? それに対する認識が甘すぎる。基本的にこの国の魔法っておままごとみたいなもんだろ?」


「それを公爵家のあなたがいうの?」


「オレから言った方が説得力が増すだろう? 実際にこの国でえらぶってたやつはオレ以外にたくさんいた。しかし実戦で勇敢に立ち向かった貴族は何人いた?」


「皆無と言っていいかもの」


「だろ? 基本的にこの国の魔法は一発放ったらおしまいなんだ。多くたって5発。それを正確な場所に当てて、さらに威力も上げるとなると生徒には荷が重い」


「それで偉ぶっているというのなら目も当てらぬの」


「それが蔓延してしてしまった。しかし、それが通用しない世界があることを知った。国外に出たら当たり前のことなんだがな、その想像力があまりにも欠如しすぎていた。紀伊様が嫁入りする前に判明して良かったな」


「ゾッとせぬことじゃが、一緒に住む存在がこうも腰抜けじゃと、妾への責任追及が、免れんの」


「ま、そこらへんも含めてさ。貴族連中に少し冷や水を浴びてもらうって意味ではクーネル家のやったことは大きい実績だよ。もしその状態のままジーパと統合したらその矛先がまんま国民に向くわけじゃないか?」


「まぁ、鬼人が一方的に殴られ続ける姿は想像できぬしの」


「で、この話はおしまいでいいか?」


「まだじゃ。隠していることがもっとあるじゃろう? 契約者殿?」


「なんのことかなー? ははは……」


 ヨーダは白々しく嘘をついたが、紀伊に追求されてアンドール国のダンジョン契約者であることを自白させられた。

 以降は同じダンジョン契約者同士、仲良くしていこうと妙に親身に接してきた。


 ますます逃げ場を失うことになるヨーダだった。






「と、いうわけで。今日からオレ達のメンバーになっていただくアソビィ=クーネルさんだ。彼女は没落した家の復興を望んでいるが、土地も財産も失って困り果てていたところをオレがヘッドハンティングしたってわけ!」


 ヨーダがこれみよがしに紹介した。

 「両腕を失った原因はお前ですわ!」と睨みつけてくるアソビィ。

 彼女の中で未だ怒りは消えていない。

 たとえ陛下に取り入って国家滅亡の担い手として死刑になるのを免れたとしても。

 たとえダンジョンの存在を明るみにして、ダンジョン伯の肩書をいただいたとしても。

 今までと同様の贅沢はできなくなってしまった!

 その上両腕も戻ってこないのだ!

 自分がしでかしたことを鑑みてもこれはやりすぎじゃないのかと思っていた。


 しかし紹介されたメンツは「同じ契約者仲間が増えた!」とメンバー全員が拍手をしながら賛同した。アソビィの噂こそは聞くが、今はそこに注目はしていない。

 自分の預かった力の活かし先をアソビィを盾にしながら体験できることを喜んでいた。

 

「ようこそお越しいただきました。私はここの学者を務めさせていただいてます、マールと申します。生まれこそ男爵と低い身分ですが、今は一代限りの学者伯の身分をいただいております。以後お見知り置きを」


「ようきたの。妾のことは知っておると思うがジーパ国から留学しにきた此山紀伊じゃ。この国的にいえば国賓。ロイド殿に見初められた王妃候補じゃの。よろしく頼む」


「私はヒルダ=ヒュージモーデン。お姉様からすでにお聞きになられていると思いますが、ヒュージモーデン家の正当後継者にございます。ゆくゆくはお父様より第一魔法師団長の座を譲りいただく手筈になっております」


 同一もこいつも格上ばかり。

 唯一威張れる相手は『生まれ』の括りでマールくらいだろう。

 が、このメンツの中で一番信頼されてるのも彼女なので、下っ端の自分が威張れる存在がいないことに気がついた。


 同級生であるヒルダが格上。

 それ以外は上級生なのだ。


「まぁ、ここにいるのはお前より立場は上だが、わかんないことがあったら聞きな」


「先ほどご紹介に預かりました。アソビィ=クーネルと申し上げます。今は両手がないためカーテシーを行えないご無礼をお許しください」


「その程度のことを無礼と思う方はここにはおりませんよ。もっと無礼な方がおりますので」


 マールがニコニコしながらもヨーダをジトっと見やる。

 紀伊とヒルダまでもがそれに賛同した。


「誰が無礼だ。オレのこれは演技だってーの」


 どこからどこまで演技なのか?

 そっちが素であることはすでに全員に露呈しているだろうに。


「ふふ、なにそれ」


 牙をもがれ、反骨精神をもがれ、爵位を失ってようやくアソビィは自分に素直になれた。


「ようやく笑ったな。さ、ということで今後のことを話していこう。アソビィさん。説明をしていただけるか?」


「そうね。まずは学園ないにダンジョンの設営をするという話だけど。これに関してはエネルギーという特殊な物質が必要なの。私たちクーネル家は人の怒りや憎しみを増築することでそれを供給する術を得たのだけど……先日の件を見ていただいた通りよ。あんな目に遭うだなんて思っても見なかったわ」


「はい、お姉様」


「どうした、ヒルダ」


「ダンジョンについて詳しくはないのですが、ダンジョン契約者というのはそこまでのことができるのですか?」


 ただ、ダンジョンからダンジョンに飛ぶだけではなく?

 聞いていた話と大きく異なります! と不満顔のヒルダ。


「それについてはオレも詳しく知らん。長く、ミンドレイではダンジョンの存在を秘匿していたように思う。誰かが口止めしていたか、それとも全く知らなかったか。そこのところもついでに追求していこうと思う。アソビィさん、ダンジョン内で特定の素材を採取することはできるか?」


「できる、とお父様はおっしゃっていましたわ。お父様の支配地であったアンドールではドワーフを生み出し、そして鉱脈を生み出したと聞きます」


「待ってください、人種も生み出したというのですか?」


「詳しくは聞いていませんが、アンドール由来の種族はエネルギーを集めてダンジョンなにで作ったと言われました。自身の手足となる種族を作る権利もあると聞きますわ」


 それを聞き、ヨーダ達は深く頷いた。

 藪を突いたら蛇どころかドラゴンが飛び出したが、聞かなかったことにした。

 欲しい情報はそこではないからだ。


「なら、陛下からの申し出はクリアできそうだな」


「あの、陛下は私になにをさせるつもりなんですの?」


「実は此度の件でダンジョンの脅威を低く見積もっていたことが判明した。それを持って学園内でダンジョンを運営し、授業の一環にするつもりのようなんだ。これからは爵位やステータスだけではなく、ソロで何階層まで潜れるか、パーティとしてどれだけ貢献できたかが肩書きに乗っかることになる。俺たちはその運営を任されたんだ。表向きは化粧品会社と偽りながらな。あ、ここにいる全員が契約者だからそこは安心してくれよな」


「へ?」


「オレとマール、ヒルダはアンドールで仮契約してる。紀伊様はジーパダンジョンの直径契約者だ。あ、エネルギーを返してくれっつっても返さねーからな? お前にはこれからダンジョン運営ノウハウを話してもらう。実際に運営するのはオレらだ」


「は?」


「表向きはあなたの名前を使わせていただくということよ。こちらへの反骨心が潰えるまではね」


「私を矢面に立たせたまま、実権は握るということですの!?」


「うん」


「うん、じゃありませんわ!」


 もしアソビィに両腕があったのなら、ここでテーブルを叩きつけているだろう。

 しかし今は立ち上がることも自分一人ではできない。

 誰かに支えてもらわなければならないのだ。


「怒るなよー。まだ陛下もお前をそこまで許しちゃいないってこった。クレーム受付はお前にしてもらう。両腕のないお前にそこまで突っかかってきたりはしないだろう。それに、お前のバッグにはロイド様がついてる。お前、ロイド様とお近づきになりたかったんだろ? これはチャンスだぜ?」


 ヨーダはそういうが、アソビィにとってもうそういう時期はとっくに過ぎ去っている。

 婚約したくても相手にはすでに心に決めた人がいて、実家は没落し、あの手この手で策を弄しても自身に権力がない。従ってくれる取り巻きはとっくにアソビィを見限った。金で作った友達は、金が切れたらそれまでなのだ。


「それで借りを作った気になられても困りますわ」


「なーに言ってんだ。五体満足だったらその姿を目に入れることも普通は禁止するんだぞ?」


「え?」


「当たり前だろう。紀伊様という婚約者がいるんだ。未婚の女性を側に近づけることは紀伊様に良からぬ考えを持たれてしまうだろう?」


「確かに」


「今回は妾が許可を出した。妾が出先にいる際、ロイド殿の気を引きつける役は頼むぞ? オメガ殿も一緒にいてくれる。中にはお主に恨みを抱く生徒もいるかも知れぬ。何かがあっては取り返しがつかなくなるからの」


 ヨーダに続き、紀伊が申し出る。

 つまり、ダンジョンのクレーム対応には王族が一緒に護衛についてくれるのだそうだ。よく考えなくとも役得じゃないか?


「今のお前になってようやく許可が出たんだよ。以前の五体満足で家に湧き出るほどの金があって、ダンジョンを操れる可能性があったお前じゃダメだった」


「その時にお近づきになりたかったですわ」


「残念ながらここはお前の知るゲーム世界じゃないってこった。主人公じゃなかったんだよ」


「ゲーム世界、ですの?」


 ヨーダがアソビィを諭している時。

 横愛からヒルダが質問を重ねる。


「そ。こいつ、オレと同じ転生者かも知れないんだ。前世の記憶とやらに引っ張られすぎててさ。人生棒に振ってて見てらんなかったんだよね」


「だから引き取って手元においたと?」


「いや、それだけじゃなくて前世トークがしたかった。もしこいつが転生者だったら、前世の記憶とやらがここより栄えた文明だったら。オレより化粧品の知識が豊富な可能性がある」


 オレのは所詮付け焼き刃だと答えるヨーダ。

 今までのおかしな言動のいくつかは前世知識によるものだと暴露した。


「まぁ、それなりには。この世界にはクレンジングも基礎化粧もUVケアもマツエクもネイルもパックもなくて憤っておりましたもの」


「知らない言語の文字列ですわ」


「な? こいつを引き入れて正解だったろ?」


「他の転生者の方々ではダメだった理由はなんですの?」


「え? こいつが女だったから。オレは正直前の世界でも女捨ててたからな。真っ当に女子やってたんなら、そっちの知識は豊富だろうからな。なお、知識だけなら両腕も実家のコネも必要ないだろ?」


 そこまで見越してやっていたのか、とゲンナリする。

 確かに実家のコネがあったら聞く耳を持たなかっただろう。

 

「むしろ金がある時になんでそれらを充実させようとしなかったのか、さっぱりわかんない。女子なら普通するだろう?」


「それよりも先にロイド様を射止めるのが先だったんですの」


「ゾッコンですのね」


「前世では推しでしたの!」


 ロイドのことを語るアソビィはマシンガントークを繰り広げた。

 前世で知ったストーリーを聞いた面々は、皆一様に「あの王子にそんな面があったか?」と首を傾げた。


「やっぱりここ、お前の知ってる世界じゃねーって。ロイド様にそんな暗い過去があるなんて聞いたことねーぞ?」


「普通はしゃべりませんわよ。一緒になって行動して、弱音を吐いてくれて、そこで知るんですわ! ああ、私がこの人を支えてあげたいってなるんじゃないんですの!」


 ロイドに捧げる愛の重さは本物だろう。

 ただ、だったらどうしてあそこまでヤケクソになっていたのかがわからない。


「だって、イベントのタイミングがいつまで経っても現れないんですもの」


「そりゃ、ゲームの世界じゃねーからな。そもそも、お前はメインヒロインなのかよ? そういう乙女ゲー? のパターンはあまりよくしらねぇけど」


「いいえ、ヒロインは別にいますわ」


 アソビィはじっとマールを見据えた。


「え、私ですか?」


「ええ、マール=ハーゲン。ハーゲン男爵家のあなたが、いじめに遭ってる場面を助けてくれるのがロイド様でしたの」


「え?」


 実際に助けたのはヨーダで、それからヨーダと一緒にいるマールは主人公が自分だと聞いて驚いている。主人公がなんのことか迄は理解していないようだが。


「実際助けたのはオレだな」


「ええ。ヨーダ様に助けられて資金援助をしてくれて、そして学者伯までいただき今ここにおります。本来ならそれをロイド様がしてくれたと?」


 実感が湧かないマール。

 そんな分岐点があったとして、今同じクラスにいるロイドをそのような目では見られない。気のおける友人でしかない。

 何度同じ世界を渡ったとしても、ロイドとは友達以上になれる気はないなとマールは思っていた。


「あなた、聖女の才を持っておりますのよ」


「全くもって身に覚えがありませんが」


「聖女だとか勇者だとか、魔王だとか。ゲームってそういう設定好きだよな?」


「そういう方が恋は燃え上がりますのよ。吊り橋効果ってやつですわ」


 それからもアソビィの前世トークは白熱し。

 その中でも見過ごせない設定があった。


「そういえば、そろそろ勇者様が編入される時期ですわね。ロイド様ルートを選ばなかったプレイヤーはそこで新たな出会いを迎えるのですわ」


 それが獣人国家ザイオン王国の第三王子。アース=ザイオンその人だと。


「確かちょうどダンジョンが学園に現れて、その調査に来るという筋書きでしたわね」


「そのダンジョンの担い手って、お前じゃね?」


「……タイミングは合いますわね」


 ッスーー

 浅い深呼吸を繰り返し、アソビィは冷や汗を垂らした。


「で、その王子はミンドレイに何をもたらす?」


「魔王復活の兆しを。かつて禁忌の地に封印された魔王が世に放たれたことを。封印の一つが解除され、自分はその役割を果たしにきたと学園で仲間を募ってその場所に赴くストーリーですわ」


「で、その魔王って実際にいんの?」


「詳しくはわかりませんわ。血生臭いのは受けないとわかっているので一緒に旅をして倒したというスチルを見たくらいですもの」


 手抜きだなぁ、とヨーダは思う。

 そして、相棒の本宝治洋一は確か禁忌の森から出てきたなと思い返した。

 まさかあいつ、あの森で余計なことしてないよな?

 そんな思いだけがやけに胸中に浮かび上がる。


「ま、ゲームの話だ。実際に起きるわけじゃないだろ。ロイド様も紀伊様とご婚約なさるし、マールだって別に聖女の才能? とかもないし。オレたちはオレたちのやりたいようにダンジョンを運営するだけだしな!」


 パン、と手を叩きこれからの話を詰めていく。

 表向きは化粧品のブランドとしての販路の獲得。

 裏でダンジョンの内部構造を話し合った。


 なお、開発中の基礎化粧品はアソビィに絶賛された。

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