32話 ポンちゃん、過去と向き合う
ノコノサート達を見送ってから、街の案内がてら拠点にしている場所へとお嬢様方の案内をする。
ヨルダが男所帯に慣れすぎているのもあり、随分と粗野な作りをしてるが、生活面では十分快適な方だと思っている。
「随分と質素な暮らしなのですわね」
ヒルダが室内を回し見て感想を述べる。
「お貴族様の暮らしと比べたら、そりゃ質素ですよ。必要なものしか置いてませんからね」
「こら、ヒルダ。失礼ですよ?」
「ごめんなさい、お姉様。平民の暮らしを見るのは久しぶりで」
「久しぶりなんですね」
ヒルダの回答に、洋一が相槌を打った。
「ええ、お母様に連れて来られる前までは平民の暮らしをしていましたが、それでもここまではひどくなかったので」
過去の情報を淡々と語ってくれる。
そんな酷いか? 洋一はヨルダに顔を向ける。
ヨルダは蝶よ花よと育てられてきたからなって顔で例の妹を見据えていた。その視線はとても物悲しい。
「それはきっとお母様がご苦労したのでしょう。ヒルダ様に苦労を見せないというのは、表には出さない母親の強さの表れなんですよ」
若い時分に同様の苦労をしたティルネだからこその苦しみの理解をする。言われた方は、理解が及ばずに、他人に何がわかるのかという顔。
「ヒルダさん、おじ様は男爵の生まれ。その上で四男坊でしたので、家督は継げずに研究職に没頭していましたの。実家は頼れず、それはご苦労されたと聞きます。お父様からは、不出来な弟だと聞き及んではいましたけど、実際に会ってそれが間違いだと理解したのは、出来上がった成果が素人の私から見ても素晴らしい出来だったからですわ」
「まぁ! 王家御用達の研究をされていると噂に名高いマール様をして、そう呼ばせるだけのお方でしたのね。私ったら、それすらも知らずにごめんなさい」
ヒルダは本当に反省をしているのだろう、深刻そうな面持ちで謝罪の意を示した。それについてはマールも許してやってもいいぞって顔をする。
「マール、あまり過大に功績を評価されると恥ずかしいんだが」
それについて、ティルネから言及があった。
「おじ様は自己評価が低すぎるのです。紀伊様だってジーパに戻れば姫様。その姫様が手放しで褒め称える技術の持ち主が、実家の姪に褒め称えられるくらいなんです!?」
「わたくしも公爵家の一員とはいえ、まだ家督も告げていない子供に過ぎません。どうか家や肩書きで判断せずに、接していただければと思います」
マールに続き、ヨーダがそれに追い打ちをかける。
正統後継者を退いたとはいえ、王家の血筋を引く姉がそう訴えるのだ。
次期公爵とはいえ、ここでヒルダが強気に出るのは愚策だと捉えて続くことにした。
「私も、お姉さまの前ではただの小娘にすぎませんわね。公爵令嬢としての評価を下したこと、申し訳ありませんでした」
「良いのですよ。私はもう苦労はしておりません。ここよりも酷い環境で暮らしたら、こんな場所でさえ楽園に思えてくる。そんな暮らしをお嬢様方にしろだなんていえませんから」
ははは、と渇いた笑みを漏らすティルネ。
「と、まぁ。この会話でわかるように、俺たちにはお互いの情報が欠如していると思うんだ」
洋一が音頭を取り、全員を見回した。
「改めて自己紹介をする、ということでよろしいかしら?」
ヨーダが、はいはいわかってますよと言わんばかりに乗ってくる。
この中で一番謎な立ち位置なのだからだろう、半ば降参している風に立ち上がる。
「わたくしの名はヨルダ。ヨルダ=ヒュージモーデンとは世を偲ぶ仮の姿でして」
「お姉様?」
妹のヒルダが不審そうな顔をする。
家での姉の顔の他に、学園での優男。
それ以外の顔があるのかという疑いの顔だ。
そんな心配を掲げる妹へのアンサーは、魔法講師による早着替えによって実現される。
「良いのよ、ヒルダ。そこのお兄さん達にはいずれ看破されていました。だったら自分で明かしたほうが幾分かスマートでしょう?」
立ち上がり、指を弾く。
瞬間、先ほどまでドレス姿だったヨーダが、学園で男装している時のスタイルに切り替わった。
「ヨーダ様!?」
驚きに目を丸めたのはマールだった。
「悪いね、マールちゃん。実はオレ、いいとこのお嬢様だったのよ。訳あって王子様の護衛をすることになっちゃってね。普段はあんな感じなんだけど、精一杯演技しているんだ」
どこまでが演技であるかはわからない。
しかし内面が女性であることや、たまの休日に妹とスキンシップを取れる人物であることが分かっただけでも収穫はあった。
「いいえ、ヨーダ様。もったいないお言葉にございます。あの日、あの時。私にぶつけられた言いがかりへの仲裁に入っていただけなければ、私は今ここにいられませんでしたから」
「マール、学園で何かあったのかい? まさかいじめられてたなんて」
心配顔のティルネ。
可愛い姪っ子が学園内でいじめられていたかもしれないという不安から、覚悟を決めるような表情が見て取れる。
自分がしてきた苦労を、まだ家督も継いでない、令嬢がするのは当たり前だ。ただでさえ男爵家の生まれというだけで、世間からは低く見られるものだから。
「叔父さんに任せなさい。お前をいじめた相手は二度と口を聞けないように……」
物騒なことを口走ろうとするティルネを制したのは当人のマールだった。
「違うんですの、私が難癖をつけられたのはおじ様の研究をめぐってのことでしたわ」
「なんだって! 原因は私!? これでは兄上に顔向けできない。やっぱり死のう」
魔法で括り縄を生成して、突然首を括ろうとするティルネを必死に止めたのは洋一とヨルダである。
姪のことになると突然情緒が不安定になるのはどうにかしてほしいものだ。
「待って、早まらないで! おっちゃん!」
「ティルネさんに今死なれたら困るのは俺たちです。ロクさんとの約束はどうされるのですか? 鬱になって自殺したなんて俺に説明させる気ですか?」
「は!」
突然正気に戻り、居住まいを整えるティルネ。
普段は誰よりも頼りになるのに、たまにこういう不安定さが出てくるのが過去の重さを窺わせた。
「みっともない姿を見せてしまいましたね。普段はこんなことはないのですが……しかし私が原因とは」
「実はウバイ=サル家から因縁をつけられていまして」
「あの家ですか。確かに私とは怨念がありますが、それを家族に向けるのは筋違いなのではないですか?」
「坊主にくければ袈裟まで憎いのと同じだろうな」
ヨーダが、異世界の諺を出す。
「ボウ……なんですのお姉様?」
「圧政で民から貪り取る教会の教皇様に恨みを抱く貧民は、きているものにまで敵意を向けられるってことだな」
「衣服には罪はないでしょうに」
「被害者心理というのは、普通に生きていたらわからないものさ」
「被害者というよりは加害者なんですよね、その家は。私に仕事は持ってきてくれるのですが、費用は中抜き、成果は横取り。それを十数年続けていくうちに、私はあの人から都合のいい存在として見られてきました。資金繰りに困っていた私は、端金でも飛びつく他なかったのですよ」
「やはり、そうでしたのね」
「酷いですわ。人は爵位でそこまで愚かになれるものですの?」
「以前までのお前も一緒の思考してたぞ?」
ヨーダからの言葉に、ヒルダはそこまで酷かったです? と疑問顔。
「いじめてる側は無意識だからな。だから反撃されることを想定してない。やってくれて当たり前。する側はそう思ってる。反撃されたらそれはもう驚くものさ。それを裏切られたと思って、その責任をその家族に償ってもらおうとしたんだろう。爵位を傘にしてる連中の思想なこった」
「あなたはお詳しいのですわね」
ヒルダの視線が初めてヨルダに向けられた。
従業員の一人ではなく、一人の人間としての興味。
姉や家族以外に向ける、他人への初めての興味だった。
「オレも相当に苦労してるって言ったら聞いてくれる?」
「是非に」
うまいこと二人づつで会話ができる体制が整った。
それはそうと自己紹介の途中だ。
「俺は洋一。今更説明するのもアレだが、一応料理が特技の一つにある。あとはモンスターを食材に見立てたら、基本的に敵はいないな」
「師匠が頭おかしすぎるだけだよ。オレはヨルダ。そこのお姉さんと同姓同名で驚いてるよ。一応性別は女で元貴族とだけは言っておくな? それと畑のことならなんでも聞け! 最近田んぼも始めたぞ」
「私はティルネ。マールから話された通り、ハーゲン家の四男で爵位は継いでおりません。今や恩師殿と共に、研究や新しい趣味の研鑽に努めていますね」
「キュウン(僕はベア吉って言います)」
洋一、ヨルダ、ティルネに続いてベア吉が挨拶する。
「キュッ(妾は玉藻じゃ。おたまちゃんと呼んでくれていいぞ?)」
案の定、声は洋一にしか届いてないので、新しいメンバーの紹介は総スルーされた。
ここに紀伊がいれば、話は違ったかもしれない。
「ではこちらも。私はマール。ティルネおじ様の姪にして、学者伯の肩書をいただいておりますわ。一代限りではございますが、伯爵と同等の地位がありますのよ」
「おお、それは本当かい?」
「おじ様の研究のおかげですわ! 私はそれを成し遂げただけに過ぎません」
「それでも一から仕上げたら、君の努力を褒め称えないわけにはいかないさ」
叔父と姪は、自己紹介に割り込んでまで話の風呂敷を広めていく。
そこに咳払いを一つして、最後の紹介を始めたのはヒルダだった。
「お初にお目にかかりますわ、皆様方。ヒュージモーデン家が息女、ヒルダにございます。まだ若輩の身ではありますが、皆様の異形に追いつくように日々研鑽を続けておりますわ」
カーテシーの後、見上げた先にはヨーダの顔。
追いかけるべき背中はそこにしかない。
それ以外は全て踏み台だ。そんな表情で、挨拶を締め括った。
◆
「ポンちゃん、ポンちゃん」
「はいはい、どうしたどうした」
二人きりの空間に入るなり、ヨーダは咄嗟に洋一に甘えてくる。
もはや正体を明かすこともなく、阿吽の呼吸である。
「さっきじっと見つめた時、少し照れてたでしょ」
「あーあれか。なんかやたら見てくるなぁとは思ってたね。ヨッちゃんだなと気づいたのは食べ方でようやく」
「ふへへ、つまり食べるまでは気づかなかったってことじゃん?」
ちょっと嬉しそうに「オレの演技力も捨てたもんじゃないな」と満足そうに頷いた。
「まぁ、そうなるな。見事に騙されたよ」
「オレもなんだかんだ女として暮らせてるってことよ」
「妹と張り合う時だけ本性が見えてるのは果たして変装のプロと言えるのか?」
「そ、それは。いーじゃんよ! スキンシップだよ、スキンシップ」
図星を突けば、途端に膨れてみせる。
そういうところは昔から変わらないな。
「まぁ、いいけどさ。それでまた、どうして大所帯でこんな何もない場所へ? 運よく俺と出会えたのはラッキーだったとはいえ」
「それがラッキーでもなんでもないのだ。ジャジャーン! 見よ、この素敵装置を!」
取り出したのはミンドレイを中央に置いた大陸地図だ。
その少し上にある大陸に、赤い印が点灯している。
「不思議な地図だね。それで、これで何がわかるんだ?」
「実はこれ、家宝である指輪に反応して光る仕組みなんだ。一時期ジーパに居たろ? で、今はここだ。これがあればいつでも場所が把握できる」
「おー、異世界GPS機能」
「まぁな。でもさ、ポンちゃん全く手紙くれないからオレはずっと心配してたんだぞ? ちょっとは連絡くれるとかさー」
少ないやり取りで、相当に心配させてしまったことを告げるヨーダ、元い藤本要。洋一は謝罪に努めた。
「悪かったよ。そもそも手紙くれ以前に、俺が手紙を書ける前提で話を進めるヨッちゃんも悪い。俺が手紙の書き方なんて知ってると思うか? この大陸の言語も読めないのにさ」
そもそも生まれてこの方手紙を扱ったことはないと言い切る。
「え、マジで?」
「マジマジ。ティルネさんに翻訳を頼んで、代筆してもらうレベルだぞ。そもそも、どこでその専用の用紙やらペンやら買うんだ?」
「あー、そのレベルなのか」
藤本要は完全に想定外だという顔。
洋一は環境の違いを強く訴えた。
方や貴族としての生活、もう一方は平民以下の極限サバイバル。
字を書く必要もなく、コミュニケーションを取る相手もいない。
モンスターは襲ってくるし、文明などあってないような森暮らしだぞ、とツッコむ。
それでも生活できたのはダンジョン探索者時代に度胸を鍛えたおかげでもあった。
「そのレベルだなぁ。そもそも俺にコミュニケーション能力を求めてくれるな、交渉係。今まではヨッちゃんが引っ張り上げてくれたからこそ、俺は表舞台で腕を振るうことができたんだぞ? 一人で何でもかんでもできると思わないでくれ」
「そういやそうだった。いや、でもさぁ、少しくらいは対応できたじゃん」
「その経験があって、今こうして弟子を取れてるよ」
「それでも森を出るに至らなかったのかー」
「出る必要性を考えてなかったな」
「根っからの引きこもりじゃん、外の空気吸おうぜ!」
「これ以上なく吸ってたよ。大自然の空気だ」
「本当お前そういうとこだぜ? 少しはオレの心配しなかったのかよ」
恋人みたいな距離感で、脇腹を肘で突く。
勘違いしてしまいそうな程の気安さ。
これは義理の姉弟だからできる距離でもあった。
なお、自称のため完全に屁理屈からくる関係である。
「俺よりひどくはないから、まるでそっちの心配はしてなかったな。それよりもオリンの消失が堪えた」
「オリンは便利すぎたからなぁ」
そこはオレも同じくらい心配しろよ、とツッコミが相次ぐ。
しかしオリンの存在を持ち出されたら、少し弱い。
そこから、お互いにどんな生活を送ってきたかの近況報告。
一度顔を合わせた時もあったが、あの時はお互いに事情があって詳しい話はできずじまいだった。
洋一は弟子二人が貴族だったことや、雇用主として森に赴いたこと、その代金の支払いをするために森から出てきたことを語る。
つまりミンドレイに寄ったのは代金支払いの為の本の数週間だけのことだった。そのタイミングで出会えたのは相当にラッキーと言っていいだろう。
何せ手紙の書き方も知らない野蛮人である。
「へぇ、あのおっちゃんはポンちゃんにとってそこまで重要な存在だったのか」
「まぁな。あの人の専門分野は薬学だ。俺の知識と合わせて調味料やドレッシングを作ってくれたりさ。面白いのがそれを魔法に転用する知識で」
「へぇ、そりゃ面白いな。魔法で下味をつけるのか。オレにはない発想だ」
「ヨッちゃんの得意分野は天変地異だもんな」
「誰が破壊の体現者だこら」
強く否定する。
もっと他にいっぱいあるだろ、と催促まで入れて。
「いやいや、悪い。ヨッちゃんの下位互換ではあるけども、ヨルダと出会ってから、本当に魔法に世話になりっぱなしでさ。これは俺の悪い癖だけど、ついついヨッちゃんと比べてしまうことがあったなぁ」
「まぁ、それだけオレが心に住み着いててくれたんならヨシとするよ」
「俺にとっちゃ半身もいいところだ。勝手にいなくなるなよな、相棒」
「オレからしたらポンちゃんがいきなり消えたんだぜ?」
「まぁそこはお互い様ってことで一つ」
「なるかっつーの!」
今度は藤本要が街の中で一人きりサバイバル生活を送ったことを話した。レストランでかいつまんだ話を聞いたことはあったが、こちらの世界では魔法の概念が空腹に直結するという仕様の変更で、相当に苦労したらしいことを訴えられる。
「回数制限じゃなくなったのか」
「そういうこと。すぐにひもじい思いして、捕まったよね」
「その時捕まった騎士団にお貴族様の家で娘に扮して養ってもらえって提案があったのか」
「そうそう」
それはそれで大冒険だったなぁと評する。
もし自分だったら、その提案は即座に却下してしまうだろう。
本当に、遭難した場所が逆じゃなくて本当に良かった。
いや、よくはないけど今は良いということにした。
「そこで、身代わり生活をしてたんだけど、まぁそこでの暮らしが酷いのなんの」
そりゃ家出も決め込むわ、と藤本要よりヨルダがどんな思いで家を出たのか詳しく説明を聞いた。
「そんなことが?」
レストランでは語られなかった、貴族社会の闇。
家柄を守るために切り捨てられる子供の運命。
実の子より優れた他人の子を引き込み、家を継がせるのが罷り通る社会。
ヨルダは出来の良い妾の子に居場所を奪われ、迫害して育ったらしいことを聞いた。
「よく我慢できたなぁ」
「え、してないけど?」
「え?」
「え」
藤本要の性格上、まず我慢ならない相手だ。
それが今や上手いこと言ってるのは我慢の産物だろうと話を進める洋一に、しかし藤本要はなんら遠慮はしてないと語った。
「それが功を奏して、食いっぱぐれなくなったんだけど、学園入りが決まってさー」
「今に至るってことか」
「いやいや、それまでにも聞くも涙、語るも涙な壮大なエピソーダがあったんだぜ?」
やや誇張するような表現と身振り手振りで、その魔法を生かした護衛として王族の近辺を守護する任務を司るエピソードを雄弁に語る。
世話になったタッケ家に名目上養子入り。
その時に男としての、身分を手に入れたのだろう。
「堅苦しいお嬢様の生活は土台にオレには無理だったんだよ。いつボロが出るかヒヤヒヤしたぜ?」
「まぁ、ヨッちゃんの素を知ってる俺から見ても違和感しかないしな」
「そこはもっと褒めてもいいんだぜ?」
「はいはい、お嬢様はお美しいですね。こんな感じか?」
「もう一声」
この二人、どこまで行っても関係性は酒飲み仲間から外れることはなかった。
話が弾めば喉も渇く。
早速お酒持ってない? アピールを開始する藤本要。
後のことなど明日の自分に任せる腹づもりだ。
あるにはあるが、自分は持ってない。洋一はベア吉のシャドウストレージにしまい込んであると言った。
「シャドウ、何?」
「シャドウストレージ。ベア吉はさ、こっちの世界のダンジョン管理者と契約した個体なんだよ。要はオリンの下位互換みたいなことができるんだな」
「なんでそんな重要な話題すっ飛ばした? お前、オレというものを差し置いて勝手にオリンと会ってたのかよ!」
「いや、これはジーパに行った後の話でさ。これから話そうと思ってて」
「まぁいいや。そこは飲んで話そうぜ。それで、ベア吉ってあの熊公でいいんだよな?」
ヨルダのことを家出娘と称した藤本要は、今度はベア吉を熊公と呼んだ。それに対して少しだけムッとする洋一。
「ヨッちゃん、あんまりうちの身内を適当に呼ぶのはやめてくれないか? 名前にもちゃんとした意味があるんだ」
「悪かったよ、そんなマジな顔になるなよ。ちょっとした言葉の絢じゃんよ」
とても深い意味があるとは思え無さそうだが、洋一が嫌がるなら無理に意地を通す必要もない。即座に謝罪し、関係性の修復を図る。
なお、名前の理由は子グマで、元気いっぱいだから『ベア吉』と名付けたそうだ。
後で判明したのだが、メスだったらしい。
そういう迂闊なところ、実にポンちゃんらしいなと思う藤本要であった。
ベア吉を探しに部屋を出る洋一達は外で首を括ろうとしているティルネと遭遇した。
この男、あまりにもメンタルが脆弱する。
油断するとすぐ自殺を図ろうとするのは、洋一と接してきた中でも今までになかった行動だった。
「おじ様、大丈夫、もう終わったことですから!」
「いいえ、止めないでくださいマール。私は家に泥を塗ったような最低な男です。そんな男が恥を晒して生き続けることなんてできません、死んで詫びさせてもらいます!」
「ティルネさん! さっきからおかしいですよ!」
「恩師殿! 止めてくれるな! 私は貴族の一員として!」
「もう貴族はやめたでしょう? 今更何を取り繕うつもりです!」
「ハッ!」
どうやら貴族を辞めたことを思い出したらしい。
あれだけ王族に啖呵を切ったティルネは、何かにつけて貴族の矜持を思い出すようになった。
姪のマールと出会ってから、それは顕著になったように思う。
「まったく、こんな街の往来で首を括るなんてバカな真似はやめてくださいよ。この街やミンドレイにはあなたの作るジーパ菓子を心待ちにしている方々がいるんですよ?」
「そうでした。私はもう、あの時の貧乏男爵の末っ子科学者じゃない……」
「すいません、おじ様が去った後の家の状況を説明していたら、急に首を括ろうとして……」
「今度からそのお話はNGで」
「はい」
シュンとするマールに、藤本要がヨーダとして接する。
こういう切り替えの速さが彼女の処世術の一つだ。
洋一は到底真似できそうもないスキルである。
「どんだけストレス溜めてたんだ? マールの叔父さん」
「常に資金繰りに困っているというお話は聞いていましたが、ここまでとは」
「過去の思い出話がすっかりトラウマになっているみたいですね」
「そんなことよりベア吉知らない?」
「そんなこと!?」と先ほどまでのやりとりをどうでも良いことみたいに一蹴する藤本要に、ティルネは大層驚いて見せる。
どれだけ図太い神経をしてたら、今の話をスルーできるのだ、と心底冷えた視線を送るが、それすらもスルーされた。
最初から相手にされてなくて寂しい気持ちになるティルネだった。
「今の子供は本当にわからない」と一人で悩んでいるが、藤本要の実年齢は洋一と同じ。つまりは年上であることを彼はまだ知らなかった。
「ベア吉ちゃんでしたら……」
マールからさっきモフり倒して厩舎で寝てるという情報を得た洋一達。
しかし厩舎に行くともぬけの殻で。
「あれー、ここにも居ない」
どこ行っちゃったんだろうと洋一は不安になった。
すると藤本要の魔力察知に僅かな魔力反応が読み取れて。
「向こうで、妹とヨルダがバトってるな。空間結界を張ってるっぽいので、うまいこと読み取れないが、こっちだ」
「なんでまたそんなことに?」
「その審判役にベア吉が抜擢されたんだろう」
「あの子にそんな器用なことができるわけ……」
「お前の家族だろう? それとダンジョン管理者の契約者だ。お前が信じてやらなくてどうする、ポンちゃん」
「オリンほど賢くはないぞ?」
「それでも信じてやるのが家族ってものさ。いたぞ!」
結界を強引に一部解いて中に入る。
その中ではキャットファイトのような取っ組み合いの喧嘩に発展するヨルダとヒルダの姿があった。
そしてその横では困ったようなベア吉の姿が映った。
◆
「どうしたどうした、二人して」
「やめてくれ、どうしてそんな取っ組み合いの喧嘩なんて!」
ヨルダとヒルダがキャットファイトをし始めた理由は……
「全部、全部この方に聞きましたわ! 目の前のこの人が私の本当のお姉様で、あなた様が偽物なのだと!」
「! お前、話したのか?」
藤本要が、ヨルダに尋ねる。
それはお互いの立場を悪くする行為だと。
「ああ、話した。その上でお前はその立場にいるのか、と問うた。オレにとって、あんたは乗り越えるべき壁だ。けど、そいつは本当にそれをおさわる資格があるのか? だからオレが試験管として立ちはだかった。結果は明白。すぐに殴りかかってきた。魔法で勝てない相手にはすぐ暴力を振るうんだ。態度こそ改めても、なにも変わってないよ、こいつ」
「だからって喧嘩なんかしなくても」
「これは喧嘩ではありませんわ、貴族としての、最後のけじめですの」
逆に拳で殴り返されたヒルダが、ボロボロの体を起こしながらヨルダを強く睨み返す。
きっと、こんな姿、見られたくなくて結界を張ったんだろう。
「あなたこそ、ただ逃げ回るばかりでしたのに、随分と賢く立ち回る術を覚えましたのね」
「良い師匠に出会えたんでな。お前はどうだ?」
「最高の師に出会えました」
「ならこの話はお互いの胸にしまっておこうか。師匠たちが見てる。オレは師匠にこんな姿見せたくなくて結界を張ったんだがなぁ、どこかの誰かは随分と無粋なようだ」
ヨルダが藤本要をじっと見据えた。
この中のメンツで、降霊術による結界を破壊して、ましてや侵入するなんて規格外、そう多くない。
結界を見抜いて、破壊できる人物に絞れば、行き着く先はたったの一人だ。
「あれ、オレなんかやっちゃいました?」
「わざとらしいぞ、ヨッちゃん」
「てへぺろー」
お互いがお互いを見つめる。
ヒルダは自分が姉だと信じ込んでいた存在が、実は赤の他人で、本来の居場所に戻って生き生きとしている姿を見ながら苦笑した。
対してヨルダも、本来はあまり見せない完全に油断し切った態度を垣間見せる洋一を眺め、やはり自分はあの人の立場を奪っただけなんだと思い知る。
お互いが立場を交換して生まれた奇跡。
しかしそれを知りながらも、その行いを咎めることはしない。
何せ自分で打ち出した実績があるからだ。
殴り合って、格の差を見せつけた上で認め合う。
「わたくし、もっと強くなりたいですわ」
「そこは精進あるのみだよ。肉ばっか食ってないで、ちゃんと野菜も食え。今度オレの育てた野菜やるよ」
「あまり苦いのはちょっと……」
「言ったな? そのわがままがオレとお前の明確な差だ。師匠、ちょっとこの勘違い女に最高の料理を振る舞ってあげてよ」
「野菜中心のメニューか。ならあれかな?」
「なんか作るんなら、オレ手伝うよ?」
そこには、かつて相棒として世界を席巻した藤本要が名乗り出る。
下位互換のヨルダでは相当に苦労しただろうと、見せつけるように。
「それはオレの仕事なんだよねー」
だが、ヨルダがわざわざ自分の立場を悪くするような発言を見逃すはずもなく……
「ほう? 言ったな娘っこ。じゃあどっちが上手くポンちゃんをサポートできるか勝負と行くか?」
「望むところだ!」
こっちもこっちで新たなるライバルとして意識し始める。
今までは立場を奪ってきたという負目があったヨルダ。
しかし過去と向き合い、乗り越えた。
今度はその高すぎる壁に挑戦する権利を得たのだ。
「さっきからなんのお話です?」
「さぁ?」
「キュウン!(僕もよくわからないんだよね。寝てるところを叩き起こされて)」
しかし三人(内一匹)ほど話についていけてない者たちがいる。
詳しく話せば、貴族間の取り替え事件というトンデモ内容が露見するのもあり、主語は話さずに親外の解釈にとどめた故の配慮の成果でもあった。
「ひとまず運動の後には飯を食おうぜってことになった」
「今日はレストランへ向かう予定日でしたが、すっかり話し込んでしまいましたからな」
「それはオレから連絡しといたから心配しないで。おじさん達も、そういう事情ならって快諾してくれたし」
「レストラン?」
「おじさん達?」
またもや聞きなれないワードの数々。
藤本要やヒルダ、マール達はてっきり洋一達はこの街で世話になっているとばかり思っていたのだが。
蓋を開けたら住民どころか領主という事実が浮上する。
そう、代表なのだ。
他国の貴族が偉そうにできる相手ではなく、重ねて失礼をはたらいている事実を知って絶句するマールにヒルダ。
藤本要だけは出世したなーと褒めている。
「え、この街の領主様だったんですか!」
「仮のな? 金で買った地位だよ。どうもこの国は、市民に対して不当な圧力をおっかぶせていたみたいなんだ。オレはそれが見過ごせなくてな、土地を購入したんだが、当然そこでも妨害があってな」
「この国の貴族か?」
「いや、ミンドレイの貴族なんだけど、クーネル家って知ってる?」
「あ! あー。一件心当たりがあるな」
藤本要がヨーダとして動いている時に、ロイドに近づこうとしてきた対象に確かその家のご令嬢が存在した。
「本当ですの、お姉様?」
ヒルダが、卒業するまでは姉でいてくれると之みよがしに妹アピールしてくる。今この場にマールがいるので、今更違うよとも言えずに頷いてみせる。
「お前の同期にアソビィ=クーネル令嬢がいるだろう?」
藤本要の指摘に、ヒルダは首を傾げてみせた。
「この様子だと、多分同学年に自分に見合う存在はいないと切り捨てて考えてるな」
散々いじめられてきた過去を持つヨルダの的確な分析力が、ヒルダの深層心理を見透かした。
藤本要という「偉大すぎる存在が眩しすぎたせいで、それ以外の微弱な光が読み取れないだけですわ」とヒルダはこれに反論。
結局同学年にめぼしい存在を切り捨てているという根拠は揺るがない物であった。
そこで生きてくるのが、長年その社会でトラウマを抱えてきた貧乏男爵の末っ子の見解だ。
ヨルダもヒルダも、親ガチャSSRを引いたからこそ、他家に全く興味を湧かないままここにきているのだ。
「確か、クーネル家といえば100年前に王国に莫大な鉱脈を献上したとかで成り上がった家ですな。あの家の人達は特に自分より爵位が下の者に横柄に振る舞っていた記憶があります。資金繰りに頭を下げに行った時は酷い目に遭いましたよ」
嫌な記憶でも蘇ったか、ティルネは無言でロープを編み始める。
察してそれを奪い取るマール。
側から見たらコメディのようだが、それを見逃してしまったがために先ほど大変な目に合ったばかりだ。
「莫大な鉱脈か。確かアンドールも鉱山を保有していると聞くね。そこに関わってくるクーネル家か」
「十中八九、この国がその鉱脈でしょ。ミンドール王国はそれを知って自由にさせてるのかね?」
国なんか作らせてさ。
藤本要のそんな指摘にヒルダやマールも確かにおかしいと気がついた。
鉱脈を献上。そう聞けばここはミンドレイ国の分譲地だ。
他の国名をかざすわけがない。
しかし実際にはここはドワーフが支配下にいるという情報だけが入ってきてる。それが本当なのか定かではない。
「そういえば、使途不明金が大量にこの国に流れてるって話を小耳に挟んだんだよ」
「それってミンドレイのですか?」
「ああ、流れの傭兵も随分と集結してると聞く。近い将来この国が王国に下剋上を果たすんじゃないかって考えてもおかしくはないわな」
だってここはミンドレイの分譲地ではなく他国なんだから。
王族にドワーフを置いて、しかしそれを裏で操る存在がいる。
それがミンドレイに籍を置くクーネル家ではないか? という考察を述べた藤本要に、集まった面々は大層頭を悩ませた。
「戦争を仕掛けると言っても、この国はそれほど人口が多そうには見えませんが」
ヒルダの尤もな意見。しかしそれでも可能性があると指摘する。
「ああ、人口は少ないな。だが、金はたんまり持っている。そして腕のいい鍛治師も数百人単位で抱えてる。鉱脈があり、職人がいて、そして世界中に武器の流通をさせて成り上がったのがこのアンドールという国だ。確かできたのも100年前だって話だな」
「よくそんな情報知ってるね」
洋一の言葉に藤本要は薄い胸を張ってドヤる。
「調べたんだよ。護衛ってのは護衛対象を守るだけじゃ務まんねーんだわ。未然に起きる戦争の火種も摘み取るのも仕事なのさ」
「それをうちの護衛にも聞かせてやりたいね」
今頃レストランの従業員としてはたらいている護衛達を思い返して洋一は苦笑した。
「そういえばポンちゃん達ってなんでこの国に?」
ふとした疑問。
なんでこんな何もない場所とわかっていながらこようと思ったのか。
藤本要にとって、砂漠と洋一に何の関連性も見つけられなかった。
その理由はジーパで出会ったダンジョン管理者の話にまつわるので、無関係な王国貴族の前で話すことはできないので、この場は「内緒」とした。
表向きこそ、いろんな世界の料理を知り、自分のものにしているという名目であるが、本来はオリンを見つけて元の世界に帰るためであった。
「実はジーパでさ」
オリンの眷属と出会い。オリンの状況と、ジーパ国の成り立ちをかいつまんで話す。それがダンジョンの上に成り立った社会であること。
そしてその歴史は200年とそれなりに長いこと。
オリンらしき存在は話を聞く限り300年以上はこの世界に存在していることを、主語を抜いて藤本要にだけ伝わるように話した。
この世界には宇宙人の存在も、ダンジョンを生み出してエネルギーを集める理由もない。
だというのにダンジョンは存在し、人々に恐怖を与えている。
洋一はオリンを探してそれらをやめさせるべく、ジーパ国の管理人である玉藻からとあるアイテムを頂いた。それが依代と呼ばれる紙で、オリンの位置を指し示すというものだった。
それが向いた位置に、アンドールがあった。
それで今ここにいると説明した。
「一応冒険者ギルドで護衛兼案内人を雇って入国したよ。ほら、オレって文字の読み書きできないから。ティルネさんもミンドレイ以外の知識ないし、そりゃそこに詳しい人物雇うよねって」
「その護衛は?」
「実家のレストランで家事手伝い中」
「何じゃそら」
「どうも護衛の一人がこの国に元々いた王族の生き残りっぽくて」
「急に話がきな臭くなったな。失礼でなければその国の名前を教えてくれるか?」
「確かヌスットヨニって国だったかな? 15年前に滅びたらしいんだけど。ハーフフッドの国らしくてね。ドワーフを毛嫌いしてたんだ」
「聞かないな。それは本当に国だったのか?」
藤本要は洋一のあげた話題をバッサリ切り捨てる
国という規模なら、世界中に触れ回っていてもおかしくはない。
そもそも世界が認知してない国は国ではない。ただの集落だ。
貴族社会で生きてきた藤本要ならではの見解である。
「聞いた話では一応ね。ハーフフットという存在もこの国唯一らしいけど」
「ドワーフも聞かないんだよなぁ」
「世界は広いのですわねぇ」
「いろんな人種がいるんだなぁ」
ヨルダとヒルダは完全諦めモード。
マールやティルネも洋一と藤本要の話題についていけずにいる。
と、いうのもこの世界の人種は最初からヒューマンだけだったという。
ある時を境に、いろんな種族が台頭してきたらしい。
それがおよそ300年前。
この世界にダンジョンが生まれた日を皮切りに、世界には多種族文明が誕生した。
「なぁ、ポンちゃん」
「ああ、ヨッちゃんも同じこと考えてる?」
「やっぱりか。この種族問題──」
──オリンの仕業じゃね?
目で訴える藤本要に、だろうなぁ、と頷く洋一。
魔法のない世界で、ダンジョンが進出してから一気に人々はスキルで魔法や異能を扱えた。
それとこの世界の移り変わりが、あまりにも酷似しすぎていたのである。
◆
「まぁ、机上の空論だな。きっと腹減りすぎて極論しか考えられてないんだろ。それより飯だ飯。みんなは何食いたい?」
パンと手をたたき、食事の準備を始める洋一。
仮に全ての原因がオリンだとして、そもそもその責任を自分たちが取る必要あるのか?
この世界にいつの間にか招待されてた洋一達。
むしろ被害者であるだろう。
何かのついでに巻き込まれたと考えていい。
その何かがオリンを欲した。
なら原因はそれを欲した対象だな。
要は洋一達は巻き込まれたにすぎない。
なので責任は取らなくても大丈夫。
いや、迷惑かけてるなら家族として謝りに行くつもりではあるが、オリンが自分たちに気づいて欲しくてダンジョンを展開してると言われても不思議ではないというのもあった。
ダンジョンとは展開するだけで、それだけ周囲や関わった存在を歪める性質を持つのだ。
過去に洋一達の住んだ環境が激変したように。
だからこの世界に誘致したのがオリンだけで、それに巻き込まれたのが洋一達だとしても、理解者だからこその解決法が頭を悩ませる。
そしてその解決法は、到底穏便に済ませていいものではないため、元の世界に帰るのが難しくなるのだ。
世界にこれだけの人種が誕生した以上、もうダンジョンを潰す前提で動けない。
それは新たに誕生した人種を滅ぼすことに他ならないからだ。
「せっかくこの地に来たんだからアンドールのご飯がいいな。ヒルダやマールはどう?」
洋一の質問にヨーダになりきった藤本要が答える。
過去のやり取りに関しては演技が解けてるため、藤本要を思わせるが、今はすっかりヨーダになっている。
つまり演技スイッチがONの状態だ。
「私も、おじ様たちが普段どんなメニューをこの地で作っているのか興味があります」
「私も、お姉様の気にいるお方のお料理を堪能したいですわ」
それぞれの見解。
「オレはどっちでもいいけど、アンドールは見ての通り灼熱地帯。ここでは普通の食事を取るのも難しいんだ。魔法でもなきゃ、冷たいものとか普通はお出しすることもできないわな」
「ではおじ様の水羊羹なんかは?」
「魔法ありきで存在してる。オレの田んぼなんかも、この地にお姉ちゃんを顕現させなかったら、まず無理」
それくらい厳しい環境なのだ。本来ならば。
それを捻じ曲げてまで置き換える力量が、今のヨルダにはある。
「それが今のあなたの力なのね。どうりで上級魔法も弾くはずだわ。【蓄積】、恐ろしいものね」
「これはオレの努力だっつーの。その加護で見下す姿勢、やめた方がいいぜ? オレ以外におっちゃんもバトルになれば強いぜ? 多分、魔法使いを一番手早く処理できるのはおっちゃんだ。師匠は魔獣専門?」
「へぇ」
ヨルダの解説に、ティルネは照れてみせた。
それに対してヨーダが感心する。
ぜひ一度手合わせしてみたいと獰猛な笑みを向けている。
「おじ様、そんな魔法が?」
「ヨルダ殿は過剰に持ち上げすぎですな。でも、ヨルダ殿ほど動き回らないなら、仕留めるのは楽ではあります。私の扱う魔法はとてもシンプルな術式ですから」
「気になるわね、あとで手合わせしたいところだわ」
ヨーダが示して見せたように、ヒルダが獰猛な笑みを浮かべる。
なぜこんなにも敵対心を燃やすかと思えば、魔法使いにとって、自分はそれなりに強いという自負を持っているからだ。
それを容易に倒せると吹聴されたらたまったものではない。
魔法使いは恐怖されてこそ、優位性を示せる。
簡単に近接されたらたまったものではないのだ。
「おっちゃん、モテモテじゃん」
「いやぁ、はは。恐縮です」
「身内でそんなに殺伐として欲しくはないねー、はい、一品できたよ」
そんな話の中、早速洋一が料理を一品仕上げる。
差し出されたのはアンドールの一般的メニューの串焼きだ。
今回は他国の王族用のものではない。
現地の人が愛してやまないシンプルなメニューである。
なんの肉かはわからない塊肉がごろっと串に刺さって炭火焼きにされたものだ。
そのままかぶりついても良いし、串から肉を外してフォークやナイフでいただいてもいい。
レストランで提供するなら、付け合わせにソースかラスクを提供する。
ワインなんかつけても面白いなと付け足した。
しかし今回はこれだけでいただいてほしいと、敢えて述べる。
「んじゃ、早速」
ヨーダが食べ方を披露する。それに応じて口の周りが大変なことになっているが、無視をした。
あとで拭えばいいとばかりに、後先かまわずに頬張って咀嚼しては飲み込んだ。
「どうかな? この地域ではこういう豪快なメニューが喜ばれてるんだけど」
「味がタンパク。もう少し塩分あった方がいいかな?」
「まぁミンドレイの人はそう言うよね」
「魔法使いはエネルギーをよく使われますから」
ヨーダの品評に、ヨルダとティルネが苦笑する。
「そのエネルギーって表現がもうダンジョン的ニュアンスなんだよな。本当にミンドレイってダンジョン関係してねーのかな?」
そして魔法使いがたびたび口にするエネルギー問題。
ダンジョンが扱い、運用しているのもエネルギーだ。
不思議な相違点に、ヨーダが点と点を紐づけるように結びつける。
「それは俺にはわからないよ。ヨルダは知らないと言ってるし」
「ミンドレイにそう言ったダンジョンがあるという話は聞きませんな」
「そのダンジョンが魔王の居城とされてる禁忌の森の下にあるって話なら御伽噺で聞いたことあるぞ。なぁ?」
ティルネに続き、ヨルダも頷く。
そのついでにヒルダに促した。
今この場で姉妹であることはバラしてないので、なんとなく御伽噺という本での情報を求めた形だ。
「ええ、禁忌の森に現れた魔王は、ミンドレイのおよそ6割を滅ぼし、自分の領土に引き入れた。そこから世界に魔獣が跋扈し、人々は魔獣を撃破した際に魔法を授かった。ミンドレイに古くから伝わる伝承の一節にそうありますわね」
それ、どう考えてもダンジョンがブレイクしちゃってる影響だよな。
だからヨルダはダンジョン跡地から出てきた洋一を魔王と勘違いしたのか。
でもそう考えたら、辻褄は合う。
「ポンちゃん、これどう考えてもダンジョンの影響だよなぁ?」
「だなぁ」
ヨーダの演技はすっかり抜け落ちて、そこにはただの藤本要がいる。
つまり、人類の代表である魔法使いさえも、ダンジョンの影響下にあるという話だ。
ますますダンジョンをこの世界から無くしたら、生きていけなさそうな事実ばかりが掘り起こされた形である。
以前までの世界と同様に共依存関係だ。
ただ、生まれたダンジョンが違うだけで。
次々と悪い予感ばかりが湧いてくる。
洋一は首を強く振り、雑念を払った。
「師匠」
そんな洋一に、ヨルダが質問を投げかける。
ダンジョンにやたら詳しい洋一なら、なんて答えるのだろうと言う興味が尽きない瞳だ。
「なんだ?」
「そのダンジョンってさ、絶対に滅ぼさなきゃいけないやつなの?」
「どうかな? その人たちにとって必要ないと感じたら滅ぼすんじゃないのか? でも大体の問題はダンジョンと契約してる奴が変われば解決するよ」
◆
「ダンジョンと契約してる人間がいる?」
ヨルダの質問に、洋一は頷いた。
ダンジョンとはただの自然現象ではない。
何か目的があって作り出された人工物だ。
「うん、まぁ俺もジーパで玉藻様と契約したからな。念の為に行っておくが別に俺はジーパをどうこうするつもりはないぞ? むしろ向こう側のダンジョンが俺との繋がりを持ちたがってたから交わした契約だし」
ぶっきらぼうに洋一は答える。
自分は望まず、相手から求められたから応えただけと。
「その契約者は、ダンジョンと繋がりを持つことで何ができるようになるんでしょうか?」
マールが疑問に思ったことを聞く。
確かに、メリットでもなければ積極的に関わることもしないだろう。
いい着眼点だ。
「俺の知ってる範囲で良ければ答えるよ」
前の世界で断片的にオリンに教えてもらったことを開示する。
<ダンジョン契約者、およびダンジョンマスターの権利>
・ダンジョンでモンスターから攻撃されなくなる
・ダンジョン構造を思い通りに置き換えられる
・ダンジョン内を自由に行き来できる
・ダンジョンモンスターを任意で創造できる
・ダンジョンに集まったエネルギーを自在に扱う権利が手に入る
・ダンジョン運営に意見が出せる
・ダンジョン内では時間の流れがとても遅いので契約者はやたらと若い
・ダンジョンモンスターに命令できる
「と、まぁこんな感じかな? 俺の時のオリンはそういうのに一切興味を示さない俺をいたく気に入ってくれたようだな。エネルギーが集まりすぎて、逆に俺にパワーアップ案を出してくれたほどだよ」
それがミンサーなどの加工スキルだな、なんて苦笑しながら解説していく洋一に、それを聞いた全員が「こいつ本気か?」みたいな顔をする。
普通なら世界が手に入るのに、調理加工スキルをもらって喜んでいるいい年をした男が一人。
「それは師匠がおかしいだけだよ。なんでそんな力を持ってまだ料理人やってるの?」
「え?」
弟子のヨルダから、一番聞きたくない答えをもらってしまった。
「ええ、そんな力を一般人が持てば、どんな考えに走るか火を見るより明らかですわね。なぜまだ正気を保ってられますの?」
続いてヒルダから罵倒に近い物言い。
支配欲はないのか? まるでない方がおかしいみたいな言い方をされた。
「えぇ……これ、俺がおかしいの?」
藤本要に助けを求めるように視線を送るが、肩をすくめて首を振られてしまった。仲間が、仲間がいない!
「まぁ、だからこその恩師殿なんでしょうな。もし力を手に入れて、世界征服を考えているような人物だったら、多分私は出会えていませんし、出会っていても捨て置かれたでしょう」
「そう考えたらオレもそうじゃん。戦力外だって言われてた可能性もあるの?」
「言わない、言わない」
「いえ、普通は言いますわよ」
じゃあどうすればいいんだよ。
洋一はなんとも言えない顔をした。
「俺に選民思想はないよ。むしろ欲しいとも思わない。俺は料理さえできればそれでいいんだ。俺の料理で笑顔になってくれる人が一人でも増えてくれたらそれでいい。それだけ考えて生きてるよ」
「そう、変わっているのね。でも、だからこそお姉様は変われた。私も変われるかしら?」
「それを俺に求めるのは違うんじゃないか? 俺は貴族様じゃないし、あんたの家族でもない。うちのヨルダをいじめたことは今でも許さないし、できれば顔も見たくはない」
「そう」
「でも、ヨルダが許した相手をいつまでも俺が嫌うのもおかしい気がするからな。だから、飯の世話くらいならしてやる。それ以上を求めてくる場合は相応の覚悟をするんだな。俺は身内には甘いが敵には容赦しない男だ」
「それは助かるわ」
「あの、さっきからずっと気になっているんですけど、そちらのヨルダさんとヒルダ様は……」
「姉妹だぞ? それが何か?」
本人からバラしていくのか。ヨルダはあっけらかんと関係性を暴露した。
ヨーダの学園での立場なんて知ったこっちゃないと言わんばかりだ。
対してヨーダもいつまでも騙れないかと、あっさりと正体をばらすことにした。なんだったらそれを理由に学園逃亡の足がかりにしようとさえ思っている。
マールは驚きつつも受け入れた。
しかし納得できないことは聞いてでも理解したい学者の性分がマールを突き動かした。
「ならヨーダ様は?」
「オレはもともと公爵家の人間じゃないよ。そこのヨルダに背格好が似てるだけでちょうど保護されてた騎士団にうまいこと利用された平民かな?」
「平民……平民は魔法を使えませんよ?」
マールはまっすぐな瞳でヨーダを見据えた。
「実際、俺はここに来るまでの記憶があるんだよ。なぁ、ポンちゃん?」
「ああ。こことは違うダンジョンが地上に侵食した世界で、俺たちは生きていた。気がついたらここにいてな。それぞれが違う場所で目を覚ました。俺は禁忌の森で、そしてヨッちゃんは中央都市ミンドレイに」
「それって……転生者ということでしょうか?」
マールは何かに気がついたように一つの答えを導き出した。
「転生? それって前世の記憶を持って違う肉体に生まれ変わるやつだろ? でもオレたちが意識を持った頃にはこの肉体だったぞ? おかしいじゃないか」
「転生だったら俺の外観が変わってない理由の説明がつかないだろ?」
「それもそうなんですよね。ですが聞いた話によると、記憶が突然蘇って、以前までと全く違うことをし始めるのが転生者の特徴のようです。もしかしたらヨーダ様はその転生者だったのではないかと思っています」
「じゃあ、オレの生まれはミンドレイの貴族だったってことか? それでポンちゃんのことを思い出して合流しようと考えた?」
「そう考えるのが自然でしょう。洋一さんがなぜそのままなのかの説明はつきませんが」
容姿からしてミンドレイ国民から根本的に異なる。
黒髪黒目の長身、それは物語で語られる魔王の姿と瓜二つだった。
それでヨルダに恐れられた経緯を語る洋一。
「なるほど、そういう理由でしたか。もしかしたら、お二人はダンジョンと深い繋がりがあったから、所縁の地で意識を取り戻したのかもしれませんね、今日という日に出会うために」
「所縁の地?」
「はい、禁忌の森はダンジョンの跡地と噂される場所、そしてミンドレイ王国は、きっとダンジョンに打ち勝った者たちが住む地です。その子孫としてヨーダ様が選ばれたんじゃ?」
「うーん、そんな上手い話あるか? オレが元からこの国の国民だとして、誰からも探されてない理由がつかないじゃん」
「だとしたら、素敵じゃないかなって」
全てはマールの憶測である。
だが、憶測とするには合点がいく点がいくつもあった。
何故? という問いには未だ応えられぬが、不思議とそう思えば納得できるのだ。
「うーん、素敵だけで片付けられる問題じゃないと思うが」
「本当にな」
「えー、えー? だめですか?」
マールは不満顔。どちらかといえば妄想がたくましいだけかもしれないが、ヨーダは満更でもないという顔をしている。
「まぁ、全部が全部そうでなくてもいいだろって感じかな? オレはこうしてポンちゃんと出会えたわけだし、そう考えるとそこの家出娘と落ちこぼれ学者のおっさんと出会ったのも何かの縁だろ」
ヨーダはこんな偶然の一致、そうそうねぇぞと喜んでいる。
過去はどうあれ、今が楽しければそれでいいのだ。
「と、まぁ真実はどうあれ。今この地にオリンがいる。それは間違いないな?」
「玉藻様から預かったこの神が、オリンの場所を示してくれている。地図に置いたとき、この紙が強く指し示す反応があるのは今の所アンドール国だけだった」
「なら、さっさとダンジョン攻略しちまえばいいじゃないか。なんでこんなところで立ち往生してるんだよ」
「それには深い事情があるんだよ」
「どんな?」
「この国、何かを発言するにも、何かにつけて金がかかる。俺たちはその金を集めるために商人になったし、ようやく土地の買い付けに着手したんだ。でもそれを表立って邪魔してきた存在がいた」
「それがミンドレイ貴族のクーネル家か」
「うん。実際に何を企んでるかはわからないし、何か大きいことをしようとは思ってるんだろう。けど、俺が安心してこの町で商人をしてる理由はもう一つあってな」
「それって?」
「多分だけど相手の最大戦力……俺が初日に始末しちゃってるんだよね。サンドワームというこの国にとっては厄災の象徴なんだけど、知ってる?」
「もしかしてさっきの肉って?」
疑うヨーダに、洋一はにこりと微笑んで「もちろんサンドワームだぞ」と答えた。




