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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
砂漠と鉱脈の国『アンドール』

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30話 ポンちゃん、商人ランクを上げる

「今日の売り上げはこんな感じでした。ランクを上げるのに必要な金額を教えてください」


 とりあえず、納品という名のお布施でランクを上げる。

 金でランクを買うみたいに聞こえるが、これはライセンスを作ってから稼いだ金額しか反映されないので、実際に売り上げを出さなければランクは上がらない決まりになっていた。


 洋一が稼いだ金額は銅板2000枚に銀版180枚である。

 昨日ライセンスを作った旅行者が出せる売上ではないことは、受付嬢にも明白。案の定疑いの目をかけられてしまった。


「どこからか融資をされたなどではなく、純粋にこの金額を稼いだのですか?」


「ええ、アンドール名物であるサンドワームを用いた肉料理を扱ってます」


 皆がやっている町おこしだ。

 サンドワームを模した、何かだろう。

 受付嬢はすぐに察しがついた顔。

 だからこそ、この金額をどのように稼いだか疑わしく思う。


 皆がやっている商売だからこそ、先が知れているという意味で。


「おかげさまでご好評いただいておりまして、休む暇もなく。これをうれしい悲鳴というのでしょうね」


「いいでしょう。どうせ嘘をついてもすぐに露見します」


 とりつく島もないと言った態度。

 クールだなぁ、と思う反面。人間味のないそっけなさだなと思った。

 商売とは横のつながりも大切にしなければならない。


 ギルドとは商人と国を繋ぎ止めるお役所ではないのか?

 洋一は思いながらも懐から食べ損ねた昼食を取り出した。

 たちまちギルド内にいい匂いが立ち込めた。


「そちらは?」


 訝しむ受付嬢。時間はお昼を少し回ったところか。

 商人が生き馬の目を抜くような顔つきでギルドに通い詰めては、ライバルを蹴落とす算段を立てている。

 いつもこの時間帯はギルドが混む。

 抜け出てお昼を買いに行けるのは決まって昼過ぎ。


 レストランは仕込みに入り、屋台はあまりものばかり。

 お給金はいい仕事だけど、あまりにも時間が取れなすぎた。

 気づけば受付嬢のお腹がぐぎゅうううと鳴った。

 結構な暴れん坊を飼い慣らしているらしい。


「おっと」


「今のは聞かなかったことに」


 少し恥ずかしげな声。しかしその瞳は射殺さんばかりだ。


「もしよければおひとついかがです?」


「賄賂でしょうか?」


 喉元まで、欲しいという感情が訴えているのを飲み込み、受付嬢は自分の立場を思い出す。

 油断したら涎が垂れて姉妹そうなうまそうな匂い。

 空腹に急転直下の落雷を発生させる。

 これはすぐに第二人の腹の虫が鳴らされるぞ。


 受付嬢は息を呑む。


「そういうのではないんですが」


 洋一はいらないんだったらいいか、とその場でサンドワームドッグを頬張った。

 プリプリのソーセージは肉汁が口の中に弾け飛び、その肉汁は酸味の効いたソースと非常にマッチしている。ただ酸っぱいだけじゃなく、葉野菜がシャキシャキとした食感を奏でるたびに、つぎを求めるような食欲を増大させた。

 あっという間に完食。

 

 サンドワームドッグの利点は具がこぼれにくい仕掛けにあった。

 その上でサンドワームソーセージの単品の爆発力。

 下手な素材を組み合わせたら大惨事を起こしかねない。

 しかし柔らかなパン、シャキシャキのレタス、みじん切りの玉ねぎ、酸味のあるソースが一つの味に調和させ、もう一本欲しくなる味に消化させた。


 食べたい、食べたい、という感情が受付嬢の脳裏によぎる。

 しかし新人を前に冷静さを何とか保ち、話を進めた。

 目は完全に血走り、口はこれでもかというほどに噛み締められている。

 洋一は呪われそうだなと思いつつも、話の続きをした。


 さっきからお腹の鳴る音がする。

 それが受付嬢のものか、はたまた別のギルド職員のものかはわからない。


 改めて仕事モードに戻り、ランクアップの説明に戻る。


「改めて。Gランクからのランクアップは銀板50枚からとなっております。そこから上に行くには銀板100枚。こちらの売上でしたら、銀板150枚でEランクに上昇させることができますが、いたしますか?」


 普通ならしない。

 屋台で店を出す上で、仕入れ値の計算をしない奴はすぐに経営を破綻させる。

 しかし洋一はニコニコしながら「それでお願いします」と言った。


「本当に、よろしいので?」


「ええ、これらは仕入れ値を除き、人件費、魔道具使用料を出した上での純利益ですから。それと、銅板を銀板に両替することは可能ですか?」


「生憎と、両替ができる最低通貨が銀板からとなっています」


「では銅板や鉄板は?」


「いくら集めても意味がないものとなっておりますね。ランク制度の最低条件も銀板を集めることとなっておりますので」


 なるほどな、と思う。皆が皆、銀板を集めるわけだ。

 銅板や鉄板は仕入れで使う通貨のようだ。

 商人として成り上がるためにも何としても銀板を集めなければならないのだろう。


「わかりました。ではこちらを使ってランクアップをお願いします」


「少々お待ちください」


 どこかそっけない態度で、受付嬢は席を立つ。

 先ほどより腹の音が大合唱を鳴らしているが、きっと気のせいではない。


 奥の方で何やら話し合っている声が聞こえた。

 さっきのホットドッグがどこのものかの調査をするような掛け合いが始まり、少し興奮したような顔で受付嬢が戻ってくる。


「お待たせしました、こちらが新しいライセンスとなります」


「ありがとうございます」


 洋一は受け取り、胸ポケットへそれらをしまい込んだ。

 もうここには用はないと踵を返そうとしたところで、呼び止められる。


「あの」


「はい?」


「先ほどの商品はまだ残っていますか?」


「さっきのですか?」


「ええ、数があるなら少しもらえないかと」


「あいにくと、先ほどので最後でした。ごめんなさい。お姉さんは別に欲しくないと突っぱねたので、いらないのかなって」


「あ……」


 ほんの少しのプライドが、永遠に食べられるチャンスを無くしたのだと理解する顔。


「今日はもう店じまいですね。あまり長い時間やって、他のお店のお客さんを取るのも悪いですし。また明日の朝お店を開きますので、その時お越しになってください。《《特別料金》》でお渡ししますよ」


 特別料金。

 実際にいくらで売っているかはわからないが、高級取りで舌の肥えた商人ギルド職員たちが一瞬で腹を鳴らすもの。きっと高価に違いない。

 そんな考えで翌朝買いに行く。


 相変わらずすごい行列ができている。

 並んでいるのはほとんどが同業者。


 まだ新人ではなかったのか?

 受付嬢はそのことにひどく驚いていた。

 不意通では考えられないからである。

 アンドール国、その最初の街であるアンセルではとにかく商売敵は干される傾向にある。

 しかし蓋を開けたら、全員がその味を再現するべく、研究しようと売上を投げ出していた。

 受付嬢の直感は正しかった。

 それほどの味なのだろうと買う前からワクワクしている。


 店頭には小さな女の子が注文を受けて金銭のやり取りをしていた。

 小さいながらに手慣れているのか、一切ミスすることなく注文を裁いていた。


「師匠、10個追加、おっちゃん、ソースは多めでお願い」


「はいよー!」


「わかりました」


 見事なコンビネーション。

 注文を受けてから仕込み、しかし待たせることなく裁いていく。

 とても新人とは思えない動きで、みるみる長蛇の列が流れていった。


 あっという間に受付嬢の順番となる。


「昨日は失礼しました。こんな長蛇の列を生み出すほどの人とは思わなくて」


「あ、昨日のギルド員さん。来てくれたんですね」


「師匠、知ってる人?」


「昨日ランクアップするときに担当してくれた人だ。この人には特別料金で頼むよ」


「特別料金ね、わかった」


 洋一はすぐに焼き場に戻り、ティルネが目を離したのを見計らってヨルダは特別《《高値》》で料金を提示した。


「ありがとうございます、一本銀板15枚になります」


「結構するわね」


「今じゃ早い者勝ちですからね。商人や他国のお貴族様でも例外はありません。うちは数に限りがありますから、王族にだって並んでもらいます。なんと言っても鮮度が命。手渡したらその場で食べて欲しいほどです」


「なるほど、肝に銘じておくわ」


 受付嬢はギルド職員の分も合わせて15本。合計225枚の銀板を手渡す。ヨルダはそれを受け取ってにっこり見送った。


「毎度ありー! さぁさぁ! アンドール名物サンドワーム焼きも残すところあとわずかだよ!」


 ヨルダが、ガンガンと音を鳴らしながら宣伝をかけていく。

 そして瞬く間に捌け、今日の分の販売は終了と相なった。


 受付嬢は買えてよかったと喜び、ギルドに帰る。


「買って来たわよ」


「おかえり、すっかりお腹ぺこぺこだ」


「その前に、お金払ってよね。一人銀板15枚、きっちりもらうわ」


「結構するんだな」


「他国の貴族にも同じ値段とってるらしいわよ。それでも飛ぶほどに売れていたわ。あれはきっと私たちが思い至らないペースで駆け上がっていくと思うわよ」


「そんなにか」


 職員の一人が潔く銀板を支払い、一口かぶりつく。

 途端に目の色を変え、咀嚼しながら全員に食べてみろと促していた。

 噛むたびに楽しい気分になっているのが見て取れる。


「んー! んー!」


 頬張る姿は幸せそうだった。

 次々と支払いが終わり、受付嬢もしっかり味わうつもりで頬張った。

 最初に来るのはしっかりとした赤みの肉の旨み。

 齧り付いたホットドッグの断面を見て「自分が食べたのは本当にソーセージなの?」という気持ちにさせられた。


 それだけじゃない。間に挟まれた刻まれた玉ねぎ、レタスがシャキシャキとした食感と肉の脂っこさを緩和させている。食べ進めるたびに後を引くソース。それを受け止めるふわふわのコッペパン。どれをとっても完璧の一品だった。


「これが銀板15枚は安い」


「もっと買ってこい、倍出すぞ」


「あいにくと売り切れごめんなのよ。午前中だけで仕入れ量が切れるほどなのよ? あの中にいたら、変えない人に後ろから刺されるほどの混乱を生んでたわ」


「それは厄介だな。さっさとランクを上げてレストランの権利をあげるか?」


「それがいいかも。そうすれば食べにいくのも楽になるわ。レストランなら貧乏人は食べに来れないでしょうし」


 だなんて会話がギルドの中で広げられるが、洋一達は特にランクを上げることなく、一週間はその場にとどまり続けた。

 その理由は、類似品が出回り始めたからである。


 元祖はうちだ! そう言い始めた店が少なくない。

 ずっとそうなる展開を待っていたのだ。


 洋一の次なる商売は、加工肉とソースの販売である。

 類似品を作って儲けを出そうとする店に向けての二次販売だった。


 午前中はいつも通り店を開き、午後からは暖簾分けと称して肉と調味料の販売をして店の売上の後押しをする。


 自分も儲かる、周りも儲かるでお互いにとってwin-winの展開に仕向けたかった。

 その理由は……みんなで儲かって幸せになろうぜ! という洋一からのメッセージであった。







「随分と暖簾分け店舗も増えてきたね」


 洋一が気をよくしたように言う。


「やはり皆様はそれが売れる商品だとわかるなり、飛びつくのでしょう。恩師殿は、あえて他の店舗でも真似できるレパートリーにしましたな?」


 ティルネが「その深淵のぞいたり」と言わんばかりに目を光らせる。


「俺はサンドワーム肉を捌きたいだけだったんだけどな。奪われて来た人たちが、それで富を得る。俺一人が儲かったってヘイトを稼ぐだけだろ? だったらノウハウでもなんで売り出して、横のつながりを伸ばした方がいいだろ?」


「商人としては失格でしょうがな」


「俺は商人にはなれないよ。朝起きて、寝る時までどんな料理を作るか考えてるような男だぜ? それに料理を習った師匠にもこう言われたよ」


 お前が店をやるのは諦めた方がいい、と。

 その場に居つかず、その時々で作るメニューを変える。

 そんな奴が店を持ってもうまくいかないと。


「その方は恩師殿をよく理解していらっしゃる」


 ティルネは感心するように頷く。


「それを言われた時、最初こそはナニクソと思ったものさ。でもな、色々と生きてると、店を持てるかもって思える機会が何度もあったんだ」


「それで、店を持ったんですか?」


 洋一は首を横に振った。

 出さなかった、と言うより自分が店を出すことでその他一切から客を奪うことになると言うリスク管理が欠如していたことを思い知った。


「懇意にしていた店からな、俺が店を出すんならその地域からの撤退を考えると言われたことがある」


「なんと!」


 洋一の料理にはどうあっても勝てない。

 経営者としては利益が出ない、強力なライバルが現れた時のリスクマネジデントが考えられないと、信じてついて来た従業員に申し訳がない。

 そう述べて、自身が如何に経営者に向いていないかなどの説明をする洋一。


「それだけ脅威と見られていた?」


「俺としては周囲から教わる気持ちが多くてさ。我流の料理を、そこまで褒められても自分じゃ納得いかないんだよ。そこにお店を出して切磋琢磨していけたらいいなって気持ちで出店を決意したんだ。だから俺が思ってる以上に自分が警戒されてるのを知って、落ち込んだ」


 洋一の瞳には失望というよりは自己評価を低く見積りすぎていたショックの方が大きかった様子が見て取れる。


「俺は経営者としてはあまりにも向いてなさすぎたんだな。料理を作るのだけに特化しすぎて、人の機微に疎い。そんな奴が上に立ったら従業員は可哀想だ。だからこの国を背負って立つ店舗の後押しをしてやることにしたってわけだ。俺はどうせすぐにこの土地から出ていくし、この国のことは、この国の住民に任せるさ」


「それでいいかと思われます」


 ティルネは全てを理解した、とばかりに理解を示す。


「ヨルダだったら、もったいないよぐらいに言うかな?」


「さて、あのお方も金銭に執着はもうないでしょう。何せ金銭を必要としてない代弁者ですし。多少なりとの肥料、見知らぬ植物の種などは欲しがるでしょうが」


「俺たちの趣味に付き合わせすぎてるのが懸念だな。まだ遊び盛りだろうに。あんなに仕事に打ち込んで」


「恩師殿は貴族子女を甘く見すぎていますぞ? あれは自分が好きでやってることです。恩師殿にとっての料理と同様です。趣味とでも言いますか。それを他人からとやかく言われたくはないでしょう?」


 貴族に生まれた以上、子供のような暮らしは諦めている。

 貴族社会とはそう言った過酷な環境なのだと語った。

 洋一は貴族社会については理解する必要もないと思う。

 だから開き直ってこう述べる。


「その通り。俺が貴族について詳しいと思ったら大間違いだ。でもそうか、趣味か。ヨルダがそれを面白いと思ってやってくれてるんなら俺も助かるな。子供のうちから仕事させてる保護者だと思われてないか心配だった」


「ご本人はとても楽しんでおられますよ。今朝も自慢の野菜を見せびらかしにきました。それが恩師殿の手によって化けることを誉に思っています。私めも同じでございますよ」


「ティルネさんも?」


「はい」


 自身の作った調味料をうまく扱える人物は未だかつて洋一のみ。

 以前の環境では何かにつけて爵位が邪魔をした。

 男爵風情が、男爵崩れが。

 誰も一個人としてティルネを見なかった。


 それを洋一はベタ褒めしたのだ。

 ティルネは嬉しくなって、あれこれと学者で培った技術を調味料に注ぎ込んだ。こんな奇天烈な商品、学者時代には誰にも見向きもされなかった。なんの価値もない、ゴミと同じようなもの。


 それが洋一の手によって料理を引き立てるソースに化ける。

 それはティルネにとっての至福のひとときであった。


 もっと喜んでもらいたい。

 その気持ちが発露しすぎて、ジーパ菓子にまで手をつける。

 趣味というもができて、それを褒めてもらえる環境が整う。

 それだけで暗く閉じた世界に光が差し込んだ心地だった。


 何かよくわからないけど、ティルネが嬉しいならヨシ。

 洋一は話を締め括った。


「おーい、旦那」


 そこへ明日の店の準備をするための買い出しを任されたパーティ『一刀両断』の面々が現れる。


「ただいまー」


「買い出し班ってだけなのに、えらい取次の嵐だぜ?」


 ハバカリーが、すっかり顔を覚えられたもんだぜ、と暖簾分けの署名書類を持ち込んできた店舗を仕分けした紙の束を持ってくる。


「仕分けはオレがしといた」


 最近ではすっかりハバカリーとの買い出しに同行するヨルダである。

 見た目は違うのに、仲のいい友達みたいは距離感で話している。


「お疲れ様、みんな。それとベア吉も荷物持ちありがとうな?」


「キュウン(へっちゃらだよ)」


 すっかり街の中を練り歩いても何も言われなくなったベア吉。


「大将の身内ってだけで、アタイみたいなCランク冒険者にも友好的に話しかけてきて笑っちまうよ」


 キョウが笑いを堪えきれないように述べる。

 ミンドレイで暮らしてる時でさえ、金貨はそうそうお目にかかれない代物だった。

 Cランクとはその程度の仕事しか回ってこない。

 だから金貨相当の価値を持つ銀板を大量に持ち歩くのは非常に心臓に悪いと話す。


 アンドールでは大した価値を持たないとはいえ、国の外に出たらそれこそ命を狙われるレベルであるがため。


 皆が皆、銀板での取引を行う。

 それぐらい市場は懐が潤っているのだ。

 最初こそ、サンドワーム焼きは銅板での取引が主流だった。


 しかし皆の懐が潤うにつれ、銅板で買い付けるのは申し訳ないという気持ちから鉄版、銀板へと支払い額が上がっていった。


 無論、払える者のみだ。

 今まで通り銅板での支払いをする住民も多いが、それはそれでいいのだ。

 店舗をやってく上で、高値で売りたい者がいる。

 その人は商売を長く続けるための先行投資として、洋一達に多く支払っていた。


 いつしか暖簾分けにもグレードができた。

 住民が勝手につけたグレードである。


 洋一の料理や味付けに近いほど、貴族に売っても遜色のないものにだけ、高値をつけられる証がつけられると。


 ただの暖簾分け一つでさまざまなことを考えるものだと洋一達は感心する。そんな細かいことまで考えちゃあいないのに。


「なんか想定してないところで大変なことになってない? 店を出す前に仕込みが全部潰えるんだけど」


 基本、仕込みは加工品の販売の後に行われるのだが、その後の仕込みの時間にまで暖簾分けの申請が殺到したためである。

 中には街の一等地に居を構えるレストランまでが署名し始める異例の事態となっていた。


「こりゃ、暖簾分けするタイミングが早すぎたかな?」


「まさかここまで流行になるとは思いますまい」


「中には金板を支払うという方まで出てきてるよ」


「払える人ならいいんだけど、自分の稼ぎを優先してもらいたいものだな」


「師匠のご飯にはそれぐらいの価値があるからね」


「まぁ、街の住民に活気が出たんなら嬉しいよな」


「そういうところ、最高に恩師殿って感じですよね」


 ティルネが理解者が如く頷いた。





──────────────────────────

<洋一の調理による料理バフ効果一覧>


サンドワームのポトフ

 ◯食事後、数日間作業効率アップ、疲労蓄積遅延効果付与(重複可)


サンドワームドッグ

 ◯食事後、数日間全てのステータス上昇、疲労回復速度上昇(重複可)


サンドワームの鉄板焼きそば

 ◯食事後、数日間全ての状態異常無効、思考回転率上昇(重複可)


サンドワームの手捏ねハンバーグ

 ◯食事後、数日間育毛、美肌効果付与。肉体欠損の回復(重複可)


 が、食事のおいしさ以外に付与されます。

 洋一は単独で強いだけではなく、料理バフによる恩恵があるので、味方でいる限り、周囲が超絶パワーアップするんですねー


 <成功例>

 藤本要、ヨルダ、ティルネ




 ◆



 商人ギルドアンセル支部では、最近ランクアップ申請が途絶えぬうれしい悲鳴をあげていた。


 普通であれば、異常事態。

 しかし、ギルドとしてはランクアップはお金が入り込む一大イベント。

 是非もなく大歓迎。

 したのはいいが、すぐに終わると思っていた一大イベントが、一週間すぎても終わる気配を見せずに、疲労を溜め込んでいる形である。


「お疲れ様、タリア。この後休憩でしょ?一緒にランチでもどう?」


「そうね、ご一緒するわ。それより最近ランクアップ申請多くない?」


「いいじゃない、それだけやってればギルドが潤うんだもの。支部長もお給料アップの打診を受理してくれたそうよ」


「忙しすぎてお金を使う時間がないじゃないのよー」


 受付嬢、タリアが地獄の底から這い上がってきた幽鬼の如き呻めき声を上げる。


「まぁ、最近多すぎるけどね。ところで、例の目をかけてた人は今どのランクにいるの?」


 あの目の前で軽食を食べてこちらの空腹指数を爆上げさせた張本人の話か。タリアはすっかり忘れていたとことを述べる。

 忙しすぎてそれどころじゃなかったのもあるが、普通に話を振られるまで思い出せないくらい、顔を合わせてないのである。


「それなんですけど、Eに上げてから全く来てないんですよね」


「え、あれから全然?」


「はい。見た限りではお金には困ってない暮らしをしてると思うんです。多分、私たちと同様にギルドに顔を出す余裕がないんじゃないでしょうか?」


「いつ見ても行列ができてるみたいだものね。あれから何度買いに行っても、金額を釣り上げて全部買い占める商人が出て買い逃すことが多いのよね。すっかり銀板15枚では買えなくなってしまったわ」


「やっぱり、あの値段、安すぎたのよね」


 銀板15枚。

 最初聞いた時は耳を疑ったものだ。

 たかが軽食にその値段。

 あまりにも吹っかけすぎている。


 アンドールの商人はそういう商いを行なっていたのは知っている。

 吹っかけているのは他ならぬ商人ギルドであるからだ。


 だが、その真の価値に気づいてから買い求めてももう遅い。

 その価値に最速で気づいた商人は新たな商売を広げるために味の再現に踏み出した。

 それが金板での買い占めである。


 相手が商人であるのなら、金を稼ぐのが最終目標。

 拒まなかった結果が、そういう一部の金持ちの横行を許した。


 許してきたのが他ならぬアンセルの商人ギルドなのだ。

 どこかの誰かが迷惑する分なら、目を瞑ってきたが。

 よもやそれが自分たちに降り掛かろうとは思いもしなかったと、今こうして嘆いている。

 

「今じゃ、類似品でお腹を満たすだけなのよね。それでも美味しいんだけど」


「美味しいけど、あの時ほどの感動はないのよね、営業努力は認めるけど」


 最近暖簾分けを掲げて、類似品があちこちで出回った。

 商人としてはライバルは頭の痛い存在だ。

 しかも売れるからと全く同じ商品を真似されてはたまったものではないだろう。

 

「案外、その対応に追われて今てんてこ舞いなのかも」


「あー、あり得そう。人が良すぎて騙されてるのかもね」


「所詮駆け出しは熟練にいいように使われるだけよ」


 そうかもね、なんて最近できたばかりのレストランに入る。


「二名で予約を入れてたレイシアよ」


「お待ちしておりました。おかけものをお預かりいたします。席はこちらです。ご案内いたしますね」


 エントランスで手荷物を預け、席に通される。

 しばらくして、料理が運ばれてくる。まだメニューを開いてもいないのにだ。


「あら? これは頼んでいないわよ?」


「アミューズとなります。こちらは席代に含まれていますので、こちらのワインと合わせてお楽しみください」


「ワインまで?」


 レイシアは理解が及ばないという顔をする。

 コース料理についての知識はあるが、そんな対応は前代未聞であったからだ。コースを頼めば、順番に料理が出てくる。

 

 しかしそれは頼んだ後だ。頼む前に来るのはもってのほかだった。


「ねぇ、ここってお高いの?」


 あまりにも奇想天外なメニューの出され方に、タリアが動揺する。


「銀板20枚からというお話よ」


「それは流石に安すぎない?」


 つい最近、たった一つの軽食に近い金額を出してきたタリアにとって、それなりに腹を含ませるために来た場所でのその値段は少し心配になった。


「席料で銀板、頼んだメニュー次第で金板まで行くかどうかみたいなの」


「ああ、そういう」


 だから席に通された時点で銀板を持って行かれるのか。お得なのか、作為的なのかはわからないが、それでも予約なしでは随分と並んでいた。

 それなりの味は期待できそうだとタリアは楽しみにする。


「メニューを見る限りでは普通ね」


「これがおすすめらしいわね」


 メニューにはデカデカと当店のおすすめと描かれている。その誇張のしかたは居酒屋のそれだ。

 この外観のレストランで、それはあまりにも場違いすぎた。


「じゃあ、それで。あとは軽くつまめるオードブルを頼みましょうか」


「なら私はこのランチで」


 席の中央にはベルが置かれ、鳴らせばウェイターが一糸乱れぬ姿勢で歩いてきた。

 まるで浮いて滑ってきたような不自然さである。


「お待たせしました、ご注文は?」


「あら、あなた?」


「はい? 私でしょうか?」


 思わずウェイターを呼び止めたタリア。


「ううん、気にしないで。どこかで見たことあるような気がして」


「すいません、業務中なんでナンパは後ほど」


 ウェイターは苦笑しながらはにかむ。

 

「ちょっとタリア、綺麗な人だからって恥ずかしい真似しないでよ!」


 予約した私が恥ずかしいじゃない! トレイシアが避難してくる。


「すいません、後でこの子はとっちめておきますんで、先にメニューを」


「ええ」


 見た目はスラリとした華奢な男性。

 髪色はハニーブロンドで、瞳は吸い込まれそうなほどのエメラルドグリーン。

 確かに特徴的にはミンドレイの貴族に通ずるものがある。しかし、例の国の貴族は高慢で、目の前にいるウェイターとは比べるまでもない。

 ただ特徴が似てるだけか?

 にしては高貴なマナーが身に備わっている気がしてならない。


 この国に訪れる貴族のほとんどは、こういった態度を示さないので特に印象的に映った。


 注文を受け取ったあと、ウェイターは来た時と同じように、まるで床を滑ってるかのようにスーっと流れていった。


「本当に、見たことあるのよ?」


「もういいから」


 それより最初にアミューズをいただきましょうかということに。


 ワインを注ぎ、香りを楽しむ。


「わ、芳醇な香り。これで銀板は安くない?」


 アンセルではワインは一本空けたらそれなりの金額が飛ぶ。

 特にこういうレストランでは銀板10枚は持って行かれるものだ。席代の半分はこのワインだな? とあたりをつける。


「このアミューズも只事じゃないわよ? 下手すればこれ単品で銀板20枚は下らないかも」


 それは流石にないだろう。

 レイシアの評価に、タリアは失笑する。

 だって薄く焼いたビスケットに、チーズと蜂蜜をかけた程度のもの。


 そんなに価値はない、何なら買ってきて家でもできる代物だった。

 同僚の鈍った舌を正そうと、タリアはすぐに化けの皮を剥がしてやるつもりでそれを口に入れ、衝撃に目を見開く。


 その顔が見たかった、とレイシア。


「すごいでしょう? 私も一瞬、自分の舌が信じられなかったわ。表の行列も納得がいった。だからこそ、メニューが届くのが楽しみだわ」


「そうね」


 タリアは余韻に浸りながらワインを一口飲み、またさらに驚きをあげる。


「待って、これワインとも合うわ」


 食べた直後に飲んでみろ、とばかりに急かすタリア。

 そりゃ、ワインに合わせて作ったんだから合うに決まってるだろう。

 先ほどほどの驚きはもうないと信じて疑わないレイシアだったが……


「あ、これ…一生食べられる」


「なんならこれをお代わりしても良くない?」


「いいわね、持ち帰れるか聞いてみましょうか。これはみんなにもぜひお勧めしたい味だわ」


「賛成!」


 すっかりアミューズだけで満足してしまった二人は、料理が到着した時にもう一度驚くことになった。


「お待たせしました。こちら、ご注文のランチです。こちらのソースをかけてお楽しみください」


「あ!」


「え?」


 そこで料理を運んできた、シェフ姿の洋一と邂逅した。

 さっきの二の舞じゃないだろうな? とレイシアはタリアに厳しい視線を向ける。


 最近来ないと思ったら、レストランで下働きをしていたのか。

 それじゃあさっきのウェイターもやっぱり?

 あの時の注文を受けていた少年だろうとあたりをつけた。


「ねぇレイシア。ここ、明日も来ましょうか?」


 もう屋台では会えないけど、ここでならまたあの味が味わえる。そう思うとワクワクが止まらなかった。


「そうね、予約が取れたらね」


 ちなみに、レイシア曰く予約は一ヶ月待ちという話だった。

 その料理の価値を知った時にはもう遅い。


 嗅覚の鋭い商人は、もうすでに動き出しているのだと身を持って知ることになるのだった。


 気に入った料理は全て権力者や金持ちたちに奪われる。そんな姿勢を作った商人ギルド、そしてそれを良しとしてきたギルド職員たち。


 一体自分が何をしでかしてしまったのか、身をもって知ることになった。






 そこはアンセルではそれなりに維持できていた酒場兼レストランだった。

 しかし洋一がサンドワームの肉を実演販売して、その名をアンセル中に轟かかせた後に働くことで絶大な売り上げを誇ることになる。


「ダッハッハ、まさかうちの店でここまでの売り上げをだせるだなんて、予測不能だった!」


「俺は本当にお手伝い、下拵えしかしてませんよ?」


 洋一は謙遜しながら述べる。

 店主であるミズネは「ただの手伝いでもネームバリューに勝るものはない!」と言った。


 正直ここはレジスタンスの中継地でしかないため、本格的な料理を出すような店構えではなかったのである。


 それが今、料理を待つ人で溢れてる状況。

 期せずして軍資金を得た形だ。これからアンドール国に反旗を翻すのに、足りてない軍資金の調達までできてしまうのが誤算すぎる。

 棚からぼたもち、濡れ手に粟。漁夫の利にも程があった。


「いっそ、商人ランクを上げて上に掛け合えばいいんじゃないですか? それも一種の反乱ではありませんか?」


「まぁ、それも考えたんだが」


 ミズネは深刻そうな顔つきでのべる。


「こうも忙しいと、反乱の意思も潰えそうだなと」


 そこには連日に及ぶ重労働にてくたびれ切った中年男性がいた。

 ハーフフットの見た目は人間と比べれば随分と若い。

 年は二十代後半くらいと聞いた。

 洋一から見れば全然若いだろうに、情けないことだと呆れている。


「だが、この忙しさは病みつきになるな」


 店が客で溢れる。店を構えて以来、初めてのことだ。

 反乱なんて虚しいことはやめて、ここで一生を送ってもいいとさえ思えてくる。

 でも心の内ではずっと燻っているのだと語った。

 こんな一晩で消えてしまう夢に身を任せてもいいのか? とも。


「まずは夢が一歩前進したと考えた方が良さそうですね。俺も最初は自分だけがSランクに上がればいいんじゃないかと思ってました」


 頷くミズネ。それが当初の計画ならば、当然だろうという顔をする。


「でもね、市場の皆さんと付き合っていくうち、この人たちにも儲けさせてあげたいという気持ちが湧いてきた。あんなに美味しい野菜を作る農家さん達、そして屋台の皆さんだって研究熱心だ。昨日の味より着実に美味しさは上昇している。それがこの街では、ランクなんかが存在するせいで夢を見れずにいる。売り上げを上げられない奴は一生その場に止まっていろ、みたいな暴挙が許されてしまっている。全員がライバル、人を抱える余裕もなく、明日もわからない。そんな人たちを救いたいと思った。彼らが前に進むべき道はどこにあるか? その時たどり着いたのが、正攻法のランクシステムを利用しようというものだった」


 洋一は語る。

 自分一人が成り上がったところでこの街の住民は救われないと。

 ならば後押ししてやるしかない。

 まずは自分が有名になり、暖簾分けする。

 素材や調味料の提供だ。

 この街ならではのシステム。

 他の町ではこうもいくまい。


 あとは味の模倣は独自で考えろと突き放した。

 そこから先は料理人としての考え方の差だ。

 何から何まで教えていたら成長する機会まで奪ってしまう。

 それは洋一の本意ではない。

 あくまで手助け、一生面倒を見るつもりはないのだ。


 ランクを上げられずにいる人の、コツを掴む時間を作ってやりたかっただけである。


 その提供だけにとどめることで、お互いに切磋琢磨していくのだ。

 実際にそれで他の屋台人の勢いが増した。

 暖簾分けに変なプライドを持たず、誰が先に洋一の味の模倣をできるか切磋琢磨した。


 お互いの店の味を分析し、買い合う。

 そんなことは今までしたこともなかったのだろう。

 お互いに認め合い、そして更なる成長を生み出すきっかけとなった。


 扱う素材、調味料は一緒。

 他に違うのはなんだ?


 お金に困ってる時は、そんなことを考える余裕もなかった。

 儲かってる今だからこそ、考える余裕と資金が生まれた。

 推し繁く洋一の店に通い、研究をし続ける内、常連と顔見知りになった。その常連のほとんどが別の立地で屋台を開くライバルだった時は心底驚いたものだ。


「知っていますか? 今や暖簾分けした人たちは底辺だったGランクからC、Bランクへ駆け上がっていることを」


「いや」


「だから売り上げを上げているこの店もですね、そこの一員に加わっても誰も文句を言いに来ないということですよ」


「そんなわけ」


「それが実際に起こり得るんですよね。予約は常に一ヶ月待ち。貴族や住民から愛される店に変貌しつつあります。それがいまだに商人ランクGで止まっていると皆さんが知ったら?」


「まぁ、グレードだけ上の連中は面白くないわな。客も、早く上げろとせっついてくるだろう。何よりも店のグレードを気にする連中だし」


「だったら一緒にランクを上げに行きませんか? どうせ外部の人たちは肩書きでしか人や店を見ないなんてことは分かり切っているんでしょう?」


 一緒に上げて、見せつけてやろう。それで堂々と土地の権利を買えばいい。

 新生ヌスットヨニ王国のスタートは洋一のような他人の手に委ねず、忠臣であるミズネが執り行うべきだ。

 洋一はそう述べた。


「確かにその通りだ。祖国を微塵も知らない、構成員でもないあんたに任せたら、俺は一生誰かに頼って生きていかなくちゃならないところだった。まずは軍資金を得る。全てはそこからだったな。すっかり失念していたよ。きっとどこかで無理だろうと諦めていたのかもな」


「ハバカリーくんのためにもやり遂げて見せましょう、父親は強いってことを」


「育ての親でしかないぞ。そんな恐れ多い」


「もう滅んだ、誰も知らない王国です。俺だって両親の顔すら知らずに育った身です。でも、代わりに育ててくれた人がいた。俺の中ではその人が父親だった。あなたもそうなのではないですか?」


「だったらいいんだが、喧嘩別れした仲だしな。きっとどこかで憎まれてるよ」


「彼の行動を見ている限りではそんなに嫌ってませんよ。むしろ、いつまでも小さくまとまっているミズネさんを心苦しく思っていたんでしょうね。やればできるのに、どうしてやらないんだ? ぐらいに思っているのではないですか? ここらで少しすごいことを見せつけてやりましょうよ。大丈夫です、俺もやたら急成長しすぎる弟子から似たようなことを思われてます」


 おんなじですよ、立場は。

 全く同じというわけではないが、それでも共通項はいくつかあった。

 成長していく子供に焦りを感じている。


「わかった。まずはリーダー自らが行動して見せなければな。ついてきてくれたメンバーに示しがつかないところだった」


「その意気です。お供しますよ」


 本音を言えば、洋一も溜まりつつある資金に恐れ慄いていたのである。

 お金の管理はティルネに任せていたとはいえ、日々報告される金額に、「え、そんなに?」と理解がついてこれない顔になっていた。

 ただ加工した肉と調味料を合わせて売っていただけなのに、である。


 ヨルダからも「いつランク上げに行くの?」とせっつかれる日々。

 変に期待される仲、一人で行くのも忍びない。

 そうだ、知り合いを巻き込もうと今ここにきている。

 要は視線の防波堤に使おうという腹づもりだった。


 一人で行くより、二人で行く方が心強い。みたいなものである。


 案の定、人垣に囲まれた。

 奇異の目で見られる、敵意を向けられるのは慣れっこの洋一だったが、絶賛されるというのにいまだに慣れない洋一。ミズネの背中に隠れながら前を進み、いざ、ランクアップ。


「ようこそお越しくださいました。本日のご用はなんでしょうか? 資金の貸し付け、もしくは返済ですか?」


「ランクアップで」


「ライセンスをお預かりいたします」


 差し出したのは洋一のみならず、ミズネも同様に。

 皆がミズネはただの付き添いだと思っていた。

 しかし受付嬢のタリアからの返事で全てが覆される。


「レストランルパンのオーナー様ですね。以前お料理を食べに行ったことがあります、とても美味しかったです。ランクがまだGとは存じ上げませんでした」


 それが今話題沸騰中のレストランであるということに、視線は洋一から半分奪い去る形でミズネに向かう。


「そして元祖サンドワーム焼きのオーナー様。いつくるのかと待ちくたびれてしまってましたよ」


「いやぁ、ハハ。忙しすぎてランクアップするのを忘れてました」


 あの店主ならありうる、という顔がそこかしこで頷きあう。

 仕事に夢中になりすぎるあまり、その他全部を忘れる勢いだ。

 受付にヨルダ、それ以外のサポートをティルネに任せてようやくあの量のメニューを捌き切っていると言われて妙に納得できる。

 それぐらいの仕事を一人で抱えてることも意味した。


 いつもお世話になっています。そんな言葉があちこちで聞こえる。


「Dへのランクアップには銀板200枚、Cへのランクアップには銀板500枚、Bへのランクアップには金板50枚、Aへのランクアップには金板100枚、Sへのランクアップには金板1000枚が必要となっております。いかがなさいますか?」


 AからSへの要求額がいささか過剰に思えたが、国を自由に出入りできる権利はそれぐらいに価値が高いのだろう。


 ミズネはとりあえずAへのランクアップを果たした。

 メニューで自由にコース料理を選べる采配にしたので、一度アミューズで胃袋を掴んだ後は、言わずもがな全部のメニューが飛ぶようにうれ、客員を予約で制限するまでに至ったので、実質金は有り余っていた。


 しかし、外に出る必要はないため、それ以外は軍資金の一部に割り当てるつもりらしい。


 洋一は思い切ってSを選択。

 それぐらいの余裕はあった。と言うよりあり過ぎた。

 全ては優秀な弟子のおかげである。

 これをそのまま受け取っていいのか頭を悩ませた後、懐に入れて今ここで使い果たすつもりだった。


「後それと、アンスタットの街を購入したいのですが、いくらぐらい経費がかかりそうですか?」


「土地の購入ですか? 少々お待ちください」


 タリアは前代未聞のことが起ころうとしていると血相を変え、ギルドマスターに掛け合った。

 新人がたったの一ヶ月で金板1050枚を稼ぐのも異例だし、さらに土地の買い付けまで行うなんて度が過ぎている。


 一人で対応するのは無理だ、とギルドマスターに白旗を振ったのだ。


「お待たせしました。マスタールームでギルドマスターがお待ちです。土地の購入は非常に取り扱いに注意が必要なため、個室で執り行うことになっています」


「分かりました」


「それじゃ旦那、俺はこれで」


 ミズネと別れ、少し心寂しくなりながら、洋一はマスタールームへ踏み込んだ。


「よくきたな。私がこの街で商人ギルドのマスターをしているデブル=クーネルだ。クーネルという家柄に聞き覚えは?」


「いえ、存じ上げません」


 家名をやたら主張する、と言うことはミンドレイ貴族だろうか?

 着席するように促されたので、座り、話を聞く。


「悪いことは言わない。土地購入の話は今すぐ取り消すんだ」


 デブルは鎮痛な面持ちで、口火を切った。




 ◆



「買わない方がいいとは、どういうことですか?」


「ここだけの話、実はこの国は、呪われているのです」


「呪い、ですか?」


 デブルは鎮痛そうな面持ちのまま、話を続けた。

 それは土地を買った商人が次々と不幸な目に遭うという話だった。

 最初はただの噂話だろうと思っていたが、実際に買った土地にだけ不幸が起きた。

 

 地図にあったその街は、不幸のあった翌日から地図上から消えたという。十中八九、サンドワームの仕業であろう。


「しかしおかしいですね、買った土地人だけ不幸があるというのも。元々持っていた土地は一切不幸がなかったように聞こえます。もしかして、不幸を振り払う術をあなた方は知っていて、黙っているんじゃないですか?」


 例えばサンドワームの命令権とか。


「こればかりは私どもにも分かりかねます。なので、土地を買いたいというものが出た時、私どもは引き留めるようにしているのです」


「それはまたどうして?」


「せっかく我がギルドの最上位ランクをなぜみすみす手放せるというのですか?」


 要は金のなる木を手放したくない。その上で呪いと称して土地も売る気はないと言いのだろう。

 欲望に忠実な男だな、と思う。

 ふくよかな体型は、実に苦労とは無縁そうなものだった。


「分かりました」


「わかっていただけましたか!」


 デブルは自分の説得の効果があったか! と席から立ち上がる。


「でもやっぱりせっかくお金を貯めたので買わせてもらいます」


「私の話を聞いていたのですか!?」


「聞いた上で買うと言っています。大丈夫ですよ、サンドワームくらい返り討ちにしてやります。うちの商売道具を知ってますか? サンドワーム肉ですよ。元祖サンドワーム焼き! 俺からすればサンドワームは食材なんですよ」


 だから土地の権利書を出せ。洋一はデブルを脅すように言った。


 それはモノの例えで、本物ではないでしょう!?

 デブルは抗議の声をあげる。

 是が非でも土地を手放したくないらしい。

 その上でサンドワームを動かすのも手間なので、この場でなんとか諦めさせたいようだった。


 これ以上続けていても水掛け論か。

 洋一は加工の魔眼でデブルの足の腱と膝、喉に隠し包丁を入れる。

 何かを喚こうとするも、声が出ず、そして膝と足に力が入らず起き上がることができないでいる。


 しばらくすれば動く事はできるだろうが、今はまだしゃべられたら面倒だなと思う。

 本人がこの様じゃあ、土地の購入はできないまま。

 ならばと手を叩いて、受付嬢をマスタールームへと呼びつけた。


「土地は無事購入できることになりました。ギルドマスターさんは呪いが降りかかる、と震えながら引き留めてくれたんですが……そんな眉唾話に震えてばかりでは商売はできませんから。買うことに決めました。デブルさんはすっかり意気消沈してしまったので、手続きの方を進めてもらって大丈夫ですか?」


「え、ええ。マスターは随分と青い顔をしてらっしゃるようですが、そのまま置いていて平気なのでしょうか?」


「呪いに怯えておいでなのでしょう。でも不幸な目に遭うのは、購入者だけ。俺の安否を心配してらっしゃっているので、あまり心配なさらないでください。俺、こう見えても結構戦えるんですよ?」


 腕をまくって力瘤を作ってみせる洋一。

 細マッチョなので、脱げばそれなりに筋肉が見えている。

 受付嬢タリアは意外な筋肉に、表情を赤くしながら事務室に移った。


「ではギルドマスター、また後ほど」


 何も言い返せないデブルを置き去りに、受付でどこからどこまで購入するかを決める。

 

「では国境の入り口からアンスタット近辺までいただきましょう」


「そこら辺は砂漠ですが?」


 タリアは訝しげに眉を顰める。

 地図を広げ、黄色く塗りつぶされた場所は砂地だ。

 月に一度、報告を聞いてマップを更新しているので、その情報は的確である。

 ただでさえ不毛の大地。確かに安く買えるが、買ったところで使い道がまるでない場所である。


「実は砂漠を大胆に使った新しい調理法を思いついたので、それの実験場として使いたくてですね」


「聞いたこともありませんよ?」


「あれほどの暑さならば、砂の中に下拵えした肉を入れたら低温調理ができると思いまして。そこで加工して、アンセルで売り出す。いい考えじゃありませんか?」


 洋一はナイスアイディア! とばかりに構想を語る。

 料理知識の浅いタリアは、それで本当に美味しい料理ができるのか、信じきれずにいた。


「そのためだけにわざわざ砂漠を買わずとも」


「意外と欲しがる人は少なくありませんよ。俺が成功者になったら、それこそ飛ぶように売れます。むしろ砂漠地帯は買い手が少なくて困っているのではないですか?」


「お察しの通り、この国はほとんどが砂地に覆われた土地柄。捌けるものなら捌きたいというのが現状です」


「ではすぐさま朗報を持ち帰りますよ。次に会うときは新メニューのお披露目の時ぐらいでしょうか?」


「期待しない程度に待ってます」


「では、俺はこれで。次来るときは顔パスでも大丈夫ですよね?」


「ええ、商人ギルド一同でお迎えします」


 タリアは笑顔で洋一を見送った。

 あんな砂漠で囲まれただけの不良債権、白銀板10枚で売れて大満足。

 これはボーナスも期待できそうだと鼻歌を口ずさむほどだった。


 しばらくして、血相を変えたデブルがマスタールームから飛び出てきた。血走ったまなこをぎょろぎょろさせ、洋一の姿を探すが、もうどこにも見当たらない。


「タリア君!」


「はい、どうされましたか?」


「さっきの奴はどれを買ったぁああ!?」


「え?」


「どこを買ったと聞いている! 正確な情報を言え! 今すぐにだ!」


 普段温厚で、怒ることもないデブルがこれほどまでに慌てふためいている事実を理解できずに、タリアは自分の非を探した。

 いくら探しても思い当たる事はなく、直近では土地の販売をしたくらい。


「ギルドマスター、落ち着いてください。彼女も突然のことに驚いているじゃないですか。土地が売れて我々としてはむしろ万々歳じゃないですか?」


「そういう問題ではないのだ! これは我々クーネル家の沽券に関わる非常事態なのだ。急ぎ、兄上にご一報入れなくてはならん! それで、どこからどこまでを買って行った!?」


 タリアは冷静さを取り戻し、洋一の買い付けた土地のおおよその地図を指差した。

 国境からアンスタット近辺という話だ。


「なんでも新たな低温調理法を思いついたとかで。それに何か問題でも?」


「それだけか? アンドール近辺の鉱山は買ってないな?」


「あそこはそもそも売り物ではないではないですか」


 タリアの話に納得しながら、デブルは普段通りの落ち着きを取り戻した。もしその土地まで買われていたら大変だった。

 よもや自分の行動を不能にしてくるとは思いもしなかった。

 本当に油断のならない相手だ。


「わかりました。急にびっくりさせるような物言いをしてすいません。私も気が動転していたんです」


「お気持ちお察しいたします。しばらく休んでいられたらいかがですか?」


 顔が真っ青ですよ、とタリア。


「いいえ、私にはまだやることがあるのです。しばらくギルドを開けます」


「どちらへお出かけになられるのですか?」


「少しアンドールで野暮用ができました。数日中には帰ります」


「わかりました。それまでの業務は我々で引き受けます」


「では行ってきますね」


 デブルは急ぎ馬車を手配し、アンドールへ向かう。

 その頃洋一達は、新しい領主として税金は一切支払わなくていい代わりに、自給自足をしてもらうという政策を立てた。


「本当に、税金払わなくてもいいんですか?」


「俺たちは別に金に困ってない。ただし、これからはみんなにもお金がなくても困らないような生活をしていただく」


「食事は出ますか?」


「食事はだそう。俺は料理人だからな、アンセルで売り出す新商品の試食を毎日2回行う。その時に来てくれれば自由に食べて行っていいぞ。その代わり、皆には畑を担ってもらう。農業が未経験でもどんとこい。うちには農業のプロフェッショナルがいるからな。そしてすでに手に職を持ってる屋台持ちのみんなは、俺と共に新しいメニュー作りに参加してもらう。今日からで悪いが、あなたたちは俺の構えるレストランの従業員になってもらう。もちろん給金は出そう。出来高制で悪いがな」


「そんなに上手い話があるのか? 今まで散々貪り取ってきたくせに!」


 一つ、不満の声が上がった。

 今までの納税は一体何だったのか、と。


「それは申し訳ないことをした。正直、俺はずっとこの国にいるわけではない。一時的な領主なんだ。金で買った地位だからな。だからいうほどこの国や街のことに詳しくない」


「え?」


「この国の住民じゃないの?」


「そんな遊び感覚で俺たちの街を購入したのかよ!」


 反韓が一斉に強まる。


「まぁ落ち着いて。皆さんの不満もわかる。だから、こうしようと思う。みんな、聞いてくれ。この街を欲しいと思った事はないか? 自らの手で運営したいと思った事はないか? 誰かの言いなりになるなんて真っ平だと思うことは?」


 ないと言えば嘘になる。

 欲しいに決まっている。

 でも自分たちは稼ぎがないから、それを叶える立場にない。

 そんな声があちこちから漏れ出る。


「今回の俺の提案はみんなに平等なチャンスを与えるものだ。もし俺が気に入り、一番の働き手だと思ったら、権利書はそっくりそのままその人に与えようと思う」


「え?」


「そんな簡単に手放していいのか?」


「大金を支払ったんじゃないのか?」


「大金は支払った! だが、あいにくと俺は放浪の身。ここだけにとどまるわけにはいかないんだ。でも、せっかく買った土地だ。可能であるなら、気に入った相手に譲りたい。そこでみんなにお願いだ。俺の提案を聞いてくれ。聞いてくれたら、この街の運営権と、アンセルに構えるレストランの権利書もそっくりそのまま融通しよう」


 最初こそは疑ってかかる住民ばかりだった。

 しかし、洋一の提供する食事のグレードの高さに目を剥き、次第に心を開いていく住民たち。

 やがて反感は次第に弱まり、慣れない農業に身をやつす人たちも。

 あの料理に使われるんなら、この頑張りも無駄じゃないなと思うようになっていった。






 その頃、デブルはアンドールの領主館にて、兄フトル=クーネルと面会し、事の経緯を伝えていた。


「何、我々に刃向かう存在が現れたと?」


「ええ、どういたします?」


「サンドワームをけしかけるしかないだろう」


「やっていただけますか?」


「しかしここ最近出動させたばかりだ。連続で動かすとなるとエネルギーが不足してな」


 フトルは如何ともし難いという顔。

 何かいい案はないだろうか?

 サンドワームは何かにつけてエネルギ消費が激しい。

 あと数年は休ませるつもりだったのだが、貴族とは舐められたらおしまいだ。


「わかった、エネルギーの方は俺が何とかしておく。お前はまた何人か贄を見繕っておけ」


「サンドワームのエネルギーの補填にするのですね? わかりました」


「こういう時、ギルドマスターという役職についている弟がいてくれてたすかるよ。そろそろ娘の手土産に何か買ってやりたいものだ」


「確かアソビィが学園に通われたばかりだとか」


「自慢の娘だよ。だからこそ、他者に舐められっぱなしでは面子が成り立たんのだ」


「おっしゃるとおりです」


 デブルは相槌を数回打ったあと、領主館を発った。

 フトルは人の気配が消えた館から地下に向かい、ダンジョンコア牡丹と邂逅する。


『どうされたか、契約者どの』


「少し綺麗にして欲しい土地がある、頼めるか?」


『エネルギーが足らぬな。ダンジョンに人をもっと入れろ。最近ドワーフばかりじゃないか。我のダンジョンは鉱山ではないぞ?』


 牡丹は小さな少女の姿をしている。

 いや、少女というよりは少し面妖だ。

 上半身が人間の幼女。しかし下半身は蛇という魔獣ナーガのそれである。らんらんと光る黄金の瞳に、牡丹色の髪。

 それが牡丹を構成する特色だった。


「街を一つ食うだけで良いのだ。それすらも叶わぬのか?」


『だから言っておろう、それを生み出すエネルギはもうないと』


「生み出す必要はない、ダンジョンボスのサンドワームに任せれば!」


 フトルはいつになく融通の利かない牡丹に食い下がる。

 しかし牡丹はわからぬ奴だのうと取り合わなかった。


『サンドワームなどとっくに消滅しておる! さっきからそう言っておるだろう! その代わりになる存在を生み出すにも、エネルギーがとにかく足らん。だからあれほどダンジョンに人を入れろと言ったじゃろうが!』


「は? サンドワームが消滅した? なんで?」


『倒されたからに決まっておろうが』


「はぁああああああああああああ????????」


 フトルは過去一みっともない顔を牡丹の前に曝け出した。

 今まで30年生きてきて、一番理解できない情報だった。

 無理もないだろう、街を十数の見込み、大規模なサイズまで育ったサンドワームが死んだと聞けば、フトルのように脳がパニックを覚えても仕方のない事であった。


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