29話 ポンちゃん、屋台を始める
「結局この街、全部のものが高いのな」
「ぼったくりのアンスタットってのはアンドールじゃ有名な話だからな」
街を歩いて、買い付けて。
その度に値段に驚かされる。
街の衛兵が商人特化と言っていたのが身に染みる。
「他の街はそうでもないのか?」
「どこも似たようなもんだけど、ここは特にひどい。というのも、この街の成り立ちがなぁ」
サンドワームによって奪われた土地。
その土地から追い出され、住む場所をなくした人達がここで暮らしているのだそう。
「隣国に移っちまえばいいじゃないか」
洋一のなんてことない一言に、ハバカリーはなんとも言えない顔をする。
「旦那は魔法が使えない、腕力も特に高くない亜人をミンドレイ国民が過去にどのように扱ってきたか知ってるかい?
そんな問いかけに、嫌な予感しかしない洋一。
貴族であっても、加護次第であんなめに遭わされる国。
ヨッちゃんはうまいことやってるが、ヨルダは打ちのめされた。
ティルネも同様に、あの国は根本的に賎民意識が強すぎたのだ。
力こそ正義のジーパと違い、徹底的に基準を満たさない存在を疎んだ。
だからこそ思い至る。
ハーフフットの彼がどのような目にあったか。
その顔が苦労を物語っていた。
「ああ。本当にろくな目に遭わない。ならまだアンドールの方がマシって思っちまうのさ。俺はそれでもこんな暮らしが嫌だから国をでたが、正直両親がなんとしても俺を引き止めたのはこういうことだったんだなって」
外に出て思い知った。
外にあるのは楽園ではなく、逃げ出した地元以上の地獄だったと。
「その時にリーダーと出会ったのさ。俺は馬の世話が得意で、リーダーはその手の仕事が苦手だった。雑用でもなんでもして、俺は生きる術を得た」
「苦労したんだなぁ、兄ちゃんも」
「もってことは?」
ハバカリーの言葉に、ヨルダは頷いた。
「オレとおっちゃんは貴族の生まれだが、後継者になれず廃嫡されてるんだよ。あの国では貴族として生まれても【加護】っていうクソッタレなステータスで人生の全てが決まるんだ」
「それでも、俺たちよりはマシだ。違うか?」
「そうだね。でも師匠に出会うまでは、本当にこの世の終わりだと思ってたし、自分が一番不幸な身の上だと思ってた」
「そういえば旦那ってミンドレイ国民じゃないよな? どこ出身の人?」
「俺は記憶喪失なんだよ。生まれた場所も詳しく覚えてなくてさ。森の中で生活してる時に、ヨルダと出会ったんだ」
意外という顔。
しかしその森の情報が明らかになった時、さっきまでの顔ではいられなくなる『一刀両断』メンバー達。
「は? 禁忌の森? 伝説級が跋扈するおっかない場所じゃないか。その場所に住んでた?」
冗談だろう? という顔。
冗談だったらどんなに良いことか。
ヨルダは呆れ、ティルネはだからこそと洋一を持ち上げる。
「特に苦労はしなかったぞ? あ、でも一つだけ困ったことがあったな」
苦労はないと聞いて「そんなわけあるか」と思う中で、一つだけでも人間アピールを始める洋一に「そうだろうそうだろう」と頷く面々。
「それは?」
「火おこしだ。理屈は知ってたんだが、なかなかに苦労してなぁ」
「オレは生活魔法を使えたから、めちゃくちゃ酷使された覚えがあるよ」
魔法使いであったために、受けた苦労。
「別に無理して使えだなんて言ってないんだけどな?」
「師匠はそういうけど、流石にあの水汲み方法は自殺と一緒だって」
「えー? 10メートルの崖下にダイブして崖を登るだけだぞ? ただ、それで水を組むと半分くらいこぼれちゃうのが難点でなぁ」
「もっと、落ちたら死ぬ可能性があることを心配して」
「死ななかったから、特に問題ないだろ」
「師匠はそうでも、オレは死ぬの!」
そんな弟子のやり取りを聞き、そこで暮らしたことを理解して。
ああ、だからサンドワームを前にしても臆することなく飛び込めたのかと納得した。
「と、まぁこんな感じでヨルダと生活しててな。ティルネさんはそこで拾ったんだ」
「そんな、犬猫を拾ったみたいに」
「実際、捨てられましたからねぇ。身に覚えがありすぎた恨みでしたが、その時はしてもらって当然という考えでした」
「当時のおっちゃんは本当にミンドレイ貴族そのものだったからね」
「ははは、お恥ずかしい限りです」
今の紳士然としたティルネが、以前まではコテコテのミンドレイ貴族であると聞いて『一刀両断』の面々がこわばった。
「信じられません。あんなに美味しいジーパ菓子を再現なさる方があの自分勝手の権化なミンドレイ貴族だったなんて!」
ヨリが納得いかないという顔をした。
だが、実際にそうだった。
そうせねば押しつぶされてしまうほどの苦境に置かれた。
その時々によって、人種によって受け取り方は変わるが。
当時のティルネはその生き方が当たり前だと思っていたということを述べた。
ほとんどは理解できないという顔をする。
だからこそ改心するのに時間を要した。
「しかし、恩師殿と出会った。私はその時に、自分の今までしてきたことが浅はかなことであると気がついた。そしてこれは一番の驚きだったんですが」
ティルネは洋一が自分より年上であるということを皆に暴露した。
全員が「え、冗談だろ?」みたいな顔をした。
「おっさんが老け顔すぎるんだよ。師匠も童顔すぎるし。オレは気にしてないよ?」
「クゥン(パパはパパだよ?)」
「ははは、褒めても料理しか出ないぞ?」
気にしないと言ってくれるヨルダと、つぶらなひろみで肯定するベア吉を撫で上げる洋一。
そんな雑談で時間を潰していると、遠くから呼びかける声がした。
馬車を引いたその一団は、先ほど皆を連れて出て行った『サンドワーム焼き』の店主だった。
「あった! あった! 土地があったぞ!」
「本当か? 本当に住めるほどの大地が、砂漠じゃない土地があったというのか?」
「ああ、野菜も実ってて、緑もある。川も流れ込んできてるのを確認した! 俺たちはそこを拠点に再出発するつもりだ!」
それを聞いた、アンスタット住民は、喜び勇んで街を出ていった。
相当に鬱憤が溜まっていたのだろう。
善は急げと兵隊に見つかる前に持ち場を離れて馬車に乗り移った。
まだまだ、これから呼び込みをするつもりだろう。
そこまでの人員が住める場所があるかどうかは知らないが。
締め付けの多すぎるこの町での暮らしと、制限はないが自己責任の外の暮らし。
どちらを取るかは明白だった。
「あ、あんた達。情報は本当だった、助かったよ」
「俺たちはただ事実を述べただけですよ?」
「それでも、俺たちは助かった」
心からの感謝を述べる。
それだけ税が重かったのだろう。
取り立てる税金もそうだが、暮らすのにも物価が高すぎるので生活は安定しないのだそうだ。
それもこれもこの街を統括している領主がミンドレイ貴族並みの陰湿さをもっているからだと説明された。
自分さえ良ければ良い。民は自分を潤わせる変えの効く部品。
それくらいに思ってるからこそ、こんな嫌がらせみたいな税の取り立てができるんだと恨みがましく言っていた。
「それでさ、もしよかったらなんだけど」
「え、この屋台をもらっちゃっていいんですか?」
おじさんはサンドワーム焼きのレシピと在庫ごと洋一に手渡した。
「俺たちは新しい暮らしを始めるからな。正直、今の仕事はそこまで好きではなかったんだ」
「いただくのは構わないんですが、取り立てがオレのところにもきませんか?」
「契約書は今この場で破り捨てていくから大丈夫だ!」
どこにも大丈夫な要素がない。
いっそ、ここまで全てを捨てられるのが怖くなる洋一達。
「なぁ、ハバカリー。ここの住人にとって、こういう態度は普通なのか?」
「わからん。俺がこの国を出たのは三年前だし、その頃はあそこまで緑があったからな」
「まぁ、貰えるもんはもらって有効活用しようか」
「でもそれ、もってると取り立てにきそうじゃない?」
「ベア吉、預かってくれるか?」
「キュウン(はーい)」
譲り受けた屋台は無事ベア吉の影に収まった。
これでヨシ、と。
◆
いやぁ、それにしても。
洋一はさっきの状況を振り返る。
「あんなに大勢で移動するとは思わなかったなぁ」
砂漠を緑化したという情報はあっという間に住民に広まった。
あれよあれよと街全体に広まるなり、衛兵の何人かも職務放棄して街の外に出る始末だ。
洋一も人のことは言えないが「計画性がないなぁ」ぐらいに思っている。
今日の今日、出張ったとしてその場所で暮らせるのはせいぜい10人までだろう。
それくらいの人数の休憩所を想定してヨルダやティルネに作らせたのもあった。
そこに30人も押しかけたら、そりゃパンクする。
だが、生活できる土地があるという感情論が優先してそこまで考えが至らないのかもしれない。
「師匠は悪くないよ」
ヨルダは、先ほどの発言に不備はなかったと言ってくれる。
「そうは言ってもな。そこまで追い詰められてるなんて知らなかったし」
まさかそんなにあっさり街を、生活基盤の一つであった屋台までもを手放すレベルだったとは。
ぼったくりの極地と聞いた時は、何か事情があるんだろうなくらいには思ってた。
その理由は、街の活気から察せられる。
あまりにも儲けてやろうというより、申し訳なさが目立っていたからだ。
つまりは商品に自信があるからの料金ではなく、生活するのも厳しいが故の値上げに苦心していたということだった。
今やアンスタットの街は人口が減少傾向になりつつある。
賑やかさは落ち込んでいる状況。
正直、ライバルが減って安心と言ったところだろう。
それでも出ていくのを優先したのは、本当に生活に困っていたからだろう。
生活が安定しているならば、街を出ていく必要はないのだから。
ただし人数が減れば、納税の皺寄せがくる。
徴税している領主は面白くないだろうなと思いつつ、洋一達は予定通りアンセルの街へと向かう。
「思いの外、時間潰しちゃったな」
「悪いな。首を突っ込みたがりなもんで」
馬を走らせるハバカリーに、洋一は申し訳なさそうに頭を下げた。
ハバカリーも、自分も想像力が足りてなかったとこれを受け入れた。
「こっちは道が綺麗だな。ヨルダ、ベア吉を走らせてみたらどうだ?」
「いいの?」
「門が見えてくるまでならいいぞ」
「やった」
満面の笑み。
ヨルダはベア吉を担いで外へ。
影から簡易荷車を引き出して、ベア吉に引かせていた。
「よーし、俺も乗るぞぉ」
「いいよー」
「アタイたちの護衛対象が自由すぎる件」
「はっはっは。まぁここから先危険はないみたいなもんでしょうし、いいではないですか」
「サンドワームの脅威に比べたらそうなんだろうけどさ」
サンドワーム戦で、全く活躍できなかったことをいまだに引きずっている『一刀両断』メンバーたち。
リーダー、キョウの心的負担は相当なものになっている。
言うなれば「これ、アタイら居る意味ある?」ぐらいなものである。
正直な話。道中の警護で全く役に立っていない自覚があった。
その上で護衛対象が単独でサンドワームに立ち向かっていけるほどの強さを持ち、野営も現役冒険者なんかより全然慣れっこで。なんだったら飯の準備まで任せっきり。
本当に案内役のハバカリー以外が文字通りのお荷物となっていた。
所詮はCランク。しかし、それでもCランクなりの仕事はさせてもらいたいと目で抗議しているが、あいにくとそういう察する力は持ち合わせていないみたいだった。
「イケイケベア吉。兄ちゃんたちに負けるなー」
「キュウン!」
馬車の前をベア吉が頭一つ前に出る。
兵装がいつの間にか競争になっていた。
「おい、あまりスピードを出すな。動物は急に停止できないと教えただろう?」
突如勝負を求めてくるヨルダに、最初こそ動物の扱い方を説くハバカリー。馬は急に止まれない。クマなら尚更だ。
危険は動物だけではなく、自身にも降りかかるぞ。
そんな釘差しである。
「なんだよ、兄ちゃん。負けるのが怖いのか?」
「言ったな?」
しかし、ハバカリー。売られたケンカは買う性分のようで。
いつしか速度で勝負するようになった。
馬車の後部から流れていく速度が早まる。
それにキョウたちが焦り始めた。
「おい、ハバカリー。スピード出しすぎじゃないか? おい!」
すごい勢いで景色が流れていく。
暴走馬車と、暴走クマ車が、道を爆走して、あっという間にアンセルの街に到着した。
「そこの車、止まれ!」
門番に武器を向けられる形での停止。
何やら魔獣の襲撃と勘違いされた形らしい。
未確認の熊型魔獣に馬車が追い込まれているように見えたらしい。
いや、人が乗ってるのが見えたはずなんだがな。
「すいません、うちのメンバーが」
「子供たちが白熱してしまったようで」
「今後二度とこのようなことが起らないようにしてくれ」
門番に再三注意されながら、一行はアンセルの街にたどり着く。
まずは為替で残りの通貨を切り替える。
「え、これっぽっち?」
しかしこれに意を唱えたのはハバカリー。
明らかにレートが操作されていると感じたらしい。
「あんた、この国の人? だったら前王時代の人なんだね。あの頃はまだマシだった。今のアンドールは酷いもんだよ。今じゃどこもこのレートでやってるよ」
むしろ自分達は良心的だとさえ言っている。
国とズブズブの関係の場所なら
「だってこんなの、ミンドレイじゃこいつとこいつが等価だぜ?」
ハバカリーが取り出したのは鉄を叩いた四角い板と、鉄貨。
しかしここではさらにそれより下の石貨と等価だということらしい。
つまりは金貨を持ってきても、この国においては銀貨の価値しかないと言われたのだ。
アンスタットがぼったくりになるわけである。
この国は何よりも国内通貨が高く、外貨のグレードを一つ落として為替を成立させていた。
完全輸出に頼ってる国なのに随分と強気だ。
それだけ武器の出来栄えに自信があるらしい。
「そうは言ってもね。うちだってお上に文句の一つも言いたいよ。けどこの国はこうなってるから。文句を言った同僚が、もう何日も帰ってこない。わかるだろ?」
この国では、苦言の一つも呈することもできない圧政によって成り立っているのだそうだ。
「前王はどこへ?」
「ご病気で亡くなられたようだよ。どこまで本当かわからないが、今代の王は色々ときな臭い噂が絶えないからねぇ」
「悪いな、今のアンドールの情勢も知らずに突っかかって」
「いいさ。うちらもどうにかしたいと思っとる。贔屓にしてる商人もな、もうここと取引するのはやめようかって顔になるんだよ」
ハバカリーは何も言い返せず、為替を後にした。
稼いだはずの金貨は二束三文になった。
そしてこの金を外に持って行っても、アンドールと同様には扱えない。
「本格的に人を外に出させない仕組みですな」
ミンドレイ人のティルネが何かに気がついたように述べる。
「この国もミンドレイと一緒か」
ジーパ人のキョウ、ヨリが頷いた。
どこも住民をオモチャか換えの利く駒だと思っている節があると断言する。
「ジーパも大概だったけどな」
「え、そう?」
アストルのぼやきに、洋一達は本当に理解できないという顔をした。
誰もが苦労をした覚えがないという顔でアストルをじっと見つめている。
「いや、あんな力自慢の民族。一緒にいて疲れませんか?」
「気のいい連中でしたよ?」
「恩師殿は勝負する前に胃袋を掴みましたからな」
原因それじゃん。アストルは諦めたような心地で理解する。
自分にはないもので勝負されても勝負にならないからだ。
そこから先は水掛け論。
それぞれがそれぞれの主張のもと、国の問題点を挙げる。
これに至っては実際にその国に住んだ人々の主観が入るので、
「それよりも、この金額で何日生活できるかだよな」
ハバカリーに換金してもらった金額は二束三文。
ミンドレイではそれなりの稼ぎに思えたが、換金したら子供のお小遣いになれば誰だって困るだろう。
「ごめん、ここじゃ俺の金銭感覚もあんまり役に立たないみたいだ。先に謝っとく」
先にハバカリーが頭を下げる。
アンドールの案内人として、失格だと己を恥じたようだ。
「頭を上げてください。別に私たちは豪遊したいわけではありません。それよりも、これで何ができるかの案内を頼めますか? 私らにはそれすらもわからない。あなたが頼りなんです、ハバカリーさん」
「そういうことだったら……」
ハバカリーが案内してくれたのは冒険者ギルドだった。
要は本当に食うのに困った時に頼る場所であり、ある意味ではストレートにわかりやすい場所でもあった。
◆
「冒険者ギルド?」
「ああ。この金額だと買い物するだけですぐに足がでちまう。今この金額でやれることといえばあれしかないな」
あれ、というのが何か分からない。
ハバカリーは慣れた手つきで受付に行くなりあれこれ書類を用意して欲しいと頼み込む。
洋一は言われた通りにギルドライセンスを渡したり、手数料を支払ったりする。
そんなこんなであっという間に洋一は屋台の経営権を勝ち取っていた。
「これで今日から屋台を引けるぜ」
「バイトとかでよかったんだけどな」
ミンドレイではバイトをしていた。
その説明をするにも、ハバカリーからは全く違う要因でそれは無理だと言い切った。
「この国に人を雇う余裕のある雇用主がいると思うか?」
洋一は何も言い返せない。
アンスタットは酷い有様だった。
アンセルもまた同様であるとハバカリーは言い切った。
なんだったら自分が知ってる頃より経営状態は酷いかもしれない。
それがありありと思い浮かぶといいたげだ。
「でもさ、売り上げを上げたらその分税金で持っていかれるって話だろ?」
先ほど為替で聞いた話だ。
ハバカリーが出て行った後、王政が変わった。
今まで以上に徴税が厳しくなったという。
そこに来て為替があんなに出鱈目じゃあ。
稼ぐだけ無駄になるんじゃないかと洋一は尋ねた。
「それは勘違いだぜ、旦那。税金ていうのは、街に住んでいる国民を対象にとられる。旦那は旅人だ。ずっとこの国にはいないだろ?」
そんな抜け穴があるのか?
いや、旅行しに来てるのにアルバイトを探すくらい貧困にさせられた為替が諸悪の根源なのだが。
「じゃあ稼ぎは全部自分のもの?」
「そこまでうまくはいかないさ」
ハバカリーは説明を重ねる。
ここでの商売はランク制。
冒険者と同様にギルドに売上の何割かを納品するとランク上昇の恩恵に預かれる。
高ランクになれば、アンドール国内でも自由に出入りできるらしい。
「じゃあ冒険者家業が賑わってないのは……」
冒険者ギルド内は、伽藍堂。
これがミンドレイなら今の時間帯、多くの冒険者が賑わっている頃合いである。
「みんな商隊の護衛が道中の魔獣を片付けちゃうからな。商人ランクが上がると雇える護衛のグレードも上げられるんだ。この国じゃ、冒険者よりも商人が幅を利かせてるのさ」
「俺たちは別に護衛は必要ないしなぁ」
自前の戦力がある。
狩猟とかの許可はどうやって取ればいいのか分からないと言いたげな洋一。
「ところがそうもいかない場合も出てくる」
「というと?」
「商人にとっての護衛とは、冒険者にとっての肩書きや武具に相当する。要は見栄えだな。腕のいい護衛を雇えるくらいに儲けてると周囲に見せつける必要がある」
「それはまた面倒くさいな。ひとまず護衛は無しで細々とやっていこうかね」
「それでいいと思うぜ。屋台をやるって言っても、先行投資で最初は何かと金がかかるもんだ。今の資金でなら、多少の買い付けも可能だからこの手段をとった。ここじゃ冒険者ってのは雇われる側の存在で、自由に出歩いていいもんじゃないからな。護衛でのみこの国に入って来れるんだ」
「なんというか、本当に商売のことしか考えてない国なんだな」
「前からそうだったぜ?」
そこら辺は筋金入りらしい。
炭鉱があり、そこにドワーフが住み着いて。
ハーフフットや人間はドワーフの武器を売り捌いて生計を立てた。
それがアンドールという国の成り立ちと聞く。
「先行きは不安だが、とりあえずの方向性は見えたな」
今は手持ちを少しでも増やすべきだろう。ちょうど、食いきれないほどの肉が手元にあるしな。
屋台のポップはそのまま引き継いでしまおうか。
『名物! サンドワーム焼き』
以前まではサンドワームを模した串に刺したドーナツを売り歩いていたが、中身がサンドワームの肉になったところで問題はあるまい。
ちょっと工夫してサンドワームらしさを追加すれば、商売として成り立つというのは把握済みだ。
「旦那、念の為だけど商品の買い付けに入った方がいいかな?」
「何か理由があるのか?」
「挨拶回りも兼ねてな。今度店を始めるので、ご贔屓にっつうのも商売人の在り方だ」
「随分と詳しいんだな」
「うちの両親も商人でね」
「家を継がずに冒険者になったと?」
「そこを突かれると痛いな」
ハバカリーは馬の手入れ以外に商売のやり方にも詳しいらしかった。
ご両親は本当に息子さんを可愛がっていたんだな。
「じゃあ、買い出しついでにご両親のお店を紹介してくれよ」
「え? いいよ、俺の家は」
「ダメだぞハバカリー。あたしらはパーティメンバーとして親御さんに挨拶しておかなきゃならない。鍵開けや哨戒役で何度も世話になっている。その挨拶くらいはさせてくれてもいいだろう?」
キョウがいつになく笑顔でハバカリーの肩をもんだ。
鬼人の膂力からは抜け出せないのか、ハバカリーは全てを諦めた顔で降参した。
そんなこんなで市井で買い付けに回る。
ここで買いに来るのはほとんどが商売人で、国で営業許可をとった大先輩ばかりだという。
「すいません、こちらのお野菜を20個ほど包んでもらえますか?」
「おや、あんた見ない顔だねぇ」
「旅行でこちらに赴いたのですが、為替で手持ちが厳しくなりまして。何かいいバイト先はないかと仲間に尋ねたら商売をしたらいいと案内されましてね」
「あら、ご新規さんかい。こんな時期に旅行だなんて、門番に止められなかったかい?」
野菜売りのおばさんは、商人以外の出入りを固く禁じていると言った。
そんな話はここに来るまで一度たりとも聞いたことがない。
「意外とすんなり通れたので、よもやこんなにレートがおかしいだなんて思いませんでしたよ」
「あんた、若いのに今からそんなんじゃ苦労するよ」
「ははは」
若いと言われてなんとも気恥ずかしくなる。
全然若くないのにな、と思いつつ。
買い付けた野菜をその場で一齧り。
鮮度はないが、それでもたっぷり栄養を吸ってみずみずしさが果実全体に広がっている。
食べてみるまでなんの野菜かわからなかったが、これはニンジンか。
まるで雪の下で寝かせて甘みを増したにんじんのようだった。
グラッセにもってこいの味わいだ。
しかし洋一の突然の行動に、おばさんはびっくりしたような声を上げた。
「あっ」
「ダメでしたか?」
「鮮度がいいのは大商人の連中が買い占めちまうからね。ここで売られてるのは少しだけ古いのさ。生で食べられるかどうかは、運が絡むねぇ」
「とても美味しいですよ?」
多少の虫食いはある。しかし、料理次第では大したハンデにはならない。今この姿勢に並ぶ野菜は規格外か、鮮度落ちの商品がほとんどだという。
まさに新入りの為の市場
商人ランクが上がれば、また別の市場に行けるそうだ。
このおいしさをどう伝えようか。
洋一はすぐさま行動に移す。
「ベア吉、屋台を出してくれ」
「キュウン(うん)」
「ヨルダは水を沸かしてくれ」
「はいよ」
「ティルネさんはバターの用意を」
「何をするんだい?」
「俺はこう見えて料理人でね。この場でこの野菜のポテンシャルを引き出して見せましょう」
洋一はその場で湯を沸かし、葉野菜、ニンジン、玉ねぎ、トマトなどを茹でて、さらにはサンドワームのソーセージを取り出し先端を3回切りつけて*の形にする。
茹で上がるとまるでサンドワームが口を開いたように見える、ちょっとした工夫だ。
時間にして十数分。
市場のど真ん中で突如始まったパフォーマンスは、多くの人垣をその場に作り出す。
周囲に見せつけながら、汁椀いっぱいによそい、それをおばさんに手渡す。
「野菜いっぱいポトフです。この先割れスプーンでお食べください」
ティルネが作った、スープをすすれるし、先端で刺せる。画期的なスプーンらしい。
相変わらず面白い発想をする人だなと洋一も絶賛したほどだ。
「これを売り出すのかい?」
「どうでしょう、その時の気分で色々変えます。メインはこいつですからね」
洋一は鍋の中から先端を*の形に切りつけたソーセージを摘み上げる。
「うちはこれをサンドワームに見立てて商売をします。ぜひご贔屓に」
おばさんは「また無茶な寄せ方したねぇ」と呆れながらもポトフに口をつけ、その味に驚いた。
「こいつはうまい。たまに買いに行くよ。いくらで売るつもりだい?」
「外から来た商人には銀版を頂きますが、お世話になった商人には銅版2枚で販売を予定してます」
「そんなに安くて税金を払えるかい?」
「俺は旅行者なので、そもそも納税義務が発生しないんですよ。ずっとはここにいませんし、ここに住んでませんから」
おばさんがそんなことが可能なのかい? と目を見張る。
「そんなわけでして、短い付き合いになりますが、どうぞご贔屓に」
「じゃあ早速。うちの従業員用に三つ、頂けるかい?」
おばさんは銅板を6枚カウンターに置き、洋一は汁椀を3杯よそった。
そこから先は匂いにつられた自称お得意様が殺到することになる。
顔を売るのはこれぐらいでいいだろうか?
ハバカリーに尋ねると「流石にやりすぎ」と半眼で睨まれるのだった。
◆
市場での買い付けを終えた後、流れでハバカリーの実家へと雪崩れ込む。
「いらっしゃい。けどあいにくと開店前でね。時間を開けてきてくれないかい」
「少し小さくなったか? 親父」
「うん? どちらさんだろう」
そこは少し寂れたレストランだった。
いや、酒場なのかもしれない。バーカウンターの他に、テーブル席も備えている。しかしそこは若干の年季が伺えた。
今やカウンターでしか客を取ってないように思う。
「俺だよ、俺。あんたの一人息子の」
「ああ、どこのバカに顔が似てるかと思ったら。お前かハバカリー。なんだ? 今更家を継ぎたいとか言ってももう遅いぞ? この店は俺と母さん二人の思い出の店だからな。出て行った時、もうお前は息子とは思わない、そう言い渡したはずだ。俺たちに息子はいなかった。話はそれだけだ。帰ってくれ」
自分の息子とわかるなり、態度を一変。
先ほどまでの申し訳なさそうな顔から、憤怒の表情でおいはらう店主。
「ああ、すいません。実は俺から嫌がる彼にお願いしたんです」
「あんたは?」
訝しむ店主に、洋一は自己紹介を行う。
自身が料理人であること。
各国の風土にあった料理を楽しむ趣味を持っていること。
アンドールにはその旅行に来たこと。
ハバカリーは雇った護衛の一員だったこと。
「なるほどねぇ、そこのバカは役に立ってますか?」
「うちの弟子がすっかり懐いてますよ。良い教育をされたようで」
馬の扱い、そして商売のノウハウ。
色々教わったと説明する洋一。
「そいつは物覚えだけは良かったんですよ。けどねぇ、私たちの思いまでは引き継いでくれなかった」
「心中お察しいたします。ですが、子供はそれ以外を求めるものです。今やってることに疑問を覚え、自信過剰になる。親というのはそれを見守り、応援するものですよ」
「あんた、若そうなのに随分と成熟してるねぇ」
「若く見えるだけで、俺は30半ばですよ。皆によく驚かれるんですが」
主人は目を見開いて驚く。
ハーフフットだって見た目年齢だけなら随分と若いだろうに。
自分のことは棚上げだろうか?
「いやぁ。これは失礼した。若造に何がわかると意固地になってしまってねぇ」
「ここは長いんですか?」
勝手にカウンターの椅子を引き、座る。
店主も開店準備を始めながらそれに受け答えした。
二人だけの空間。
気づけばそれ以外の人員は店の外に出ていた。
ハバカリーが近くにいると、素直になれないのを察したのだろう。
どうしてあそこまで家に戻りたくなかったのか。
それを語りから察する。
「なるほど、選民意識が?」
「ああ、今代の王政から特にそれが強いように思いますね」
「実際に息子さんを外に逃したのはあなたですよね?」
「どうしてそう思うんだい?」
「みてればわかりますよ」
洋一は、親子の関係を見て、本当に嫌ってるならあんなふうに脅して距離を置くことはないと語る。
劣化の如く怒り出すのは、まだその人物に思いがあるからだ。
逆に怒りすぎてる場合は無関心になる。
でもそうじゃなかった。
息子を大切に思ってるからこその忠告。
「どうも、息子さんをこの国に残すことの方が問題だったように思って終えて」
「見抜かれてしまいましたか。あの子は実は……」
「ほぅ」
ちょっとした雑談の中で随分と重い話がぶち込まれた。
なんとハバカリーはこの国の王族の一員だったという。
ただし旧王国。
今のアンドールを率いている一族により滅ぼされて、生まれたばかりのハバカリーを民間人として育てたのが、今のご両親だったという。
「私、こう見えて旧王国の親衛隊なんかしてましてね」
「馬の世話とかの技術はその時に培ったものだと?」
「ええ。あの子には世界を見てもらいたかった。過去を知らずに、今の世界を見て。でも、まだそれを知るには若すぎる」
今から15年前。
彼が生まれて間も無く、旧王国は襲撃にあった。
首謀者はドワーフを唆したミンドール王国の冒険者だと言われている。
何やらダンジョンで力を手に入れたとかで、その力を使ってかつての王国の基盤をひっくり返したとか。
「その力が……」
「ええ、サンドワームと呼ばれる伝説級の魔獣です」
合点がいった。
この国の遺物な文明が。
そしてドワーフがハーフフッドに威張り散らしている理由が。
この国はミンドレイ王国の介入を受けて、変貌してしまったのだ。
亡国の王子であるハバカリーを隠すように育て、外の世界に逃した。
それが真実だと伝えられた。
「サンドワームによって、旧王国は滅ぼされ、影響の強い街だけが残された?」
「その通り。しかも元王国はダンジョンの支配域。逆らうものがいればたちまちにサンドワームの餌食となります」
「なるほど」
「あなた方も早くこの国を立ち去りなされ。あの子の元気な姿を見られて良かった。あんたは良い人だ。こんな国のために、時間を無駄にしてはいけないよ」
それは心からの心配。
だからこそ、潮目が変わったことを伝えるべく、洋一は動き出す。
「ところで話は変わりますが」
「ああ」
今の話聞いてなかった? みたいな顔をされる。
「実は俺、料理人をしてまして」
「さっき聞いたねぇ」
「息子さんに為替で稼ぎを二束三文にされて、何かいいバイト先がないかと聞いたらギルドに案内してもらい、新しく商売を始めることになりまして」
「だからすぐに出てはいけない?」
「まぁそういうことです。それでですね、新しい商売が通じるかどうかの評価をして欲しくて」
洋一はニコニコしながら育ての親に一品振る舞う。
先ほど市場で提供したポトフではない。
少しこだわった手捏ねハンバーグ。
それを仕上げて出した。
「お口に合うかはわかりませんが。サンドワームの肉汁たっぷりハンバーグです」
「そう言えば、商売になると学んだか?」
アンスタットの屋台の多くがその商法で売り出している。
まずは味見でもするかと主人がナイフで切り分けて驚く。
びっくりするくらいに肉質が柔らかく、力を入れずともカツンと皿にフォークが当たってしまった。
だからと言ってフォークで刺してすぐにこぼれ落ちるということはない。
口に中で噛み締めれば、しっかりとした歯応え。
そして口内に溢れる肉汁が、野趣を思わせる独特の香りが咀嚼するたびに新しい味の提供をしてくれる。
「ミンドレイで仕入れたワインもあります」
「その国にいい思い入れはないが。酒にまで罪はないものな、頂こう」
「ツンとくる酸味の中に、ほのかな香味。これが抜群にハンバーグと合う」
「でしょう? いくつか味見をした中で、これが抜群に合うと思ったんです。流石に安売りはできませんが」
「でしょうなぁ。それでこのお肉は一体どんな家畜のもので?」
「サンドワームです」
「ははは、冗談を言っちゃいけないよ。あれは旧王国を滅ぼしたダンジョンモンスターだ。そこらの魔獣と比べちゃあいけない」
「冗談でもなんでもなく、こいつ食い出がありそうだなぁと思って、道中で遭遇して討伐しました」
ガチャン。
それはカトラリーを取りこぼす音だった。
二人しかいない密室に静寂が訪れる。
主人が表情を失った顔で洋一を見据える。
「本当に倒したのか?」
「証拠ならありますが、息子さんを室内にお入れしても大丈夫ですか?」
「理由を聞こう」
「討伐風景を見ていますから。護衛に参加した人たちも目撃しておりますね」
「わかった。ことは国を揺るがす大事件だ。あまり表沙汰にはできないな」
「とはいえ、あの図体ですから。肉は余るわけですよ」
「まさかあんた、この国を破壊し尽くしたサンドワームの肉を!」
「安価で切り売りしようかなって」
「安価と言ってもいくらだ?」
「銅板2枚。実質タダでもいいんですが、調味料や野菜の仕入れ分くらいは稼ぎたいなと」
「ダッハッハ。あんた、最高だな!」
店主は見せたことのない顔をしながら過去一笑って見せた。
旧王国の滅亡以来、なくことも笑うことも許されなかった彼は、本来そういう笑い方をするのだなと、驚く洋一だった。
◆
外に出ていたハバカリー達を呼びに行き、そこで実際にサンドワームとどう戦ったのかの意見交換会が行われた。
「あれを戦闘と例えていいのか。まずそれからだよな」
育ての親を前に、大異性を発したのはハバカリーだった。
「戦ってないということか?」
店主の疑問。
それに続くようにキョウが言葉を続ける。
「まず、最初からおかしいんだよね。砂の中にいるサンドワームをどうやって刺激し、誘き出したか。その説明をできる者がこの中に誰一人としていないという点なんだ」
「キョウさんは当事者の俺が説明できるという点を考慮してないんじゃないか?」
洋一は説明できると唇を尖らせたが。
その説明を聴いてどれだけの人物が納得できるかという話だとキョウが捕捉する。
「そもそも、現れたサンドワームをその場に留めるのも謎が多いんだよな」
「それは活け〆で」
「あの図体の相手にか?」
「俺の活け〆は能力だからな。更に加工の魔眼というもので、調理スキルを目視の範囲以内ならどこでも飛ばせる能力で、相手の動きを完全に封じることもできるぞ。そのあと目がめちゃくちゃ疲れるんだが」
「代償が眼精疲労だけで済むのがもう本当におかしい」
「それ、よく言われるんだよ。基本的にワイバーンとかもそれで仕留めたし。森ではジェミニウルフを狩って食べてたからな」
「師匠って見た目はこの通りだけど、普通に常識通用しないから、本気で相手しちゃダメだよ?」
洋一の能力公開。そして今までの生活を鑑みて、ヨルダが補足を付け加える。ぱっと見は好青年。しかし中身は魔獣の投球を無視して食材に置き換えるバーサカーであると。そう述べる。
「ヨルダ、その言い方はあんまりじゃないか」
「いや、オレもだいぶ染まってきてるなって思うけど。師匠は価値観からして違うからさ。気にしないようにしてるけど、気になる人は気になるじゃん?」
「ははは。私も恩師殿ほど破天荒な御仁と遭遇したことはありませんね。何せお付き合いしたことのある人のほとんどが王族。なぜか相手の懐に入ってくるのに躊躇がないんですよ」
王族と聞いてぴくりと耳を傾ける店主。
ハバカリーのことを名指ししているのではないかと内心ドキドキなのだろう。
しかし出てきた名前に更に驚くことになる。
「まずはヨルダ殿」
「オレ?」
「なんで本人が驚いてるんだよ」
驚くヨルダに対し、ハバカリーが半眼になって突っ込む。
「いや、だって。確かにオレは貴族で、いいとこの生まれではあるけど、王族ではねーよ」
ヨルダはハバカリーの追求を払うように顔の前で手を振った。
じゃあどういう意味だよ、とティルネの言葉を持つ。
「加護があんまりだったので、その手の情報が引き継がれなかったのでしょうな。しかし公爵家は王位を継承されなかった親族がなる爵位です。ヨルダ様のお母様が元王女様で、私の代ではそれはもう有名でしたよ」
ティルネの世代が、今やこんなに大きな子供がいるという事実に洋一は泣きそうになる。
何せティルネは洋一の二つ下。
世界が異なると言ってしまえばそれまでだが、もうそれくらいの子供がいてもおかしくない世代になってしまったのだなかと痛感する。
「と、まぁ貴族としての爵位はそういう意味合いも持つというわけです。単純に現国王の従兄妹に当たるんですよ。ヨルダ様は」
「はぇー」
当人のヨルダはバカっぽい返事をした。
今やお嬢様の面影は微塵も感じられない。
農家一筋の野生児という面があまりにも大きすぎた。
「次にジーパの華様、玉藻様とも懇意にしております」
「マジで? 此山城ってダンジョンの深層にあるって話なんだけど」
「いや、サンドワームを屠れる時点で、あのダンジョンくらいは生きて帰ってくるぐらいはおかしいとは思いませんが。修行の場の更に奥、禁足地と呼ばれる領域を生きて帰って来れる人ですか」
「いや、あの時は参ったよね。一週間はこもっていたと思ったら、外では五ヶ月経っててさ」
「むしろ、悪いと思ってて一週間籠るような人だから、師匠は」
「ゼスターさんがやる気を漲らせちゃったからだよ。ボスをリスポーンキルというのかな? 湧く時間を出待ちして、更に仕留めてを一週間繰り返したんだよね」
「意味がわからないよ」
「ボスって倒せば消えるものでしたよね?」
理解が追いつかないというキョウ。
共通認識ですよ、とのべるヨリ。
それを聞いているアストルは、ただ頷くだけの機械と化している。
ハバカリーに至ってはツッコミが追いつかずに、ただ茫然と呆けていた。店主も同様である。
おかしいおかしいと思っていたが、蓋を開けたらもっと酷い事実が判明したのならば仕方がないことだと思う。
「それはコツがるんだよ。気絶させて、ダンジョンを切り拓けば生かしたまま脱出が可能なんだ」
「普通はダンジョンを切り開けませんからね?」
「俺はできた。それだけだよ」
こともなげに言う洋一。
これはどんな説明をしても響かないなと思った洋一以外の全員は、もう洋一はそう言う存在だと思うことにした。
ヨルダがそれ見たことかと呆れ。
ティルネが自分の物差しなんかで測れぬと思わぬことですと誇るように説明を促す。
「更には件のゼスターさん。彼は中央都市でAランク冒険者『エメラルドスプラッシュ』のリーダーさんなのですが。どうも彼、獣人国家ザイオンの第四王子らしくてですね。ジーパで仲間と婚姻するための約束を取り付けたらしいです」
「相手は鬼人なのかい?」
「ええ、カエデさんともみじさんといいます。キョウさんはご存知ですか?」
「え、あの鉄血姉妹か?」
なんかおっかないフレーズが出てきたな。洋一があのポヤポヤした、もみじと、意外と可愛い物好きなカエデを思い出し、失礼な感想を述べている。
「なんと呼ばれているかまでは把握してはいませんが、お兄さんの紅蓮さんや、その同僚の氷河さんとも懇意にされてますし、強者や権力者を惹きつける素質があるんでしょうな」
「俺はただ、好きなことをしてるだけなんだがな」
「そういえば、風の噂で聞きましたが、中央都市でアルバイト中に、王族が来訪したとか」
「ああ、餃子を食べにきた人たちかな? あれは店主のワイルダーさんのツテだって話だから奮発したんだよ」
「ははは、あの男はあんななりしていながらも、意外に横のつながりが広いんですよ。恩師殿には感謝してもし足りないくらいの恩義を感じたでしょうね」
「どうだかなぁ? 料理好き同士が意見を出し合ったら、それこそ世を明かすまで語り合う。そう言う意味では馬があった人だったよ」
もう、サンドワームのことがどうでも良くなるぐらいの人たらしっぷりを聞き。店主は洋一を実力を誇ることなく、ただ愚直に自分の仕事を追求する男だと見定めた。
「話はだいたいわかった」
「すげーな親父。俺はチンプンカンプンだったぜ?」
「アタイたちも、正直どこからどこまで信じていいかわからないが。サンドワームを倒したのは正真正銘この人だよ。魔核も抜いてある。出すところに出せば、それなりの価値はつくだろうね」
「いや、そんなことしたら大騒ぎになるじゃないか。しないよ。なんだったらミンサーでミンチ肉にしてしまおうかと思っているくらいだ」
「その方がいいだろうな。それが表に出たら、アンドールの政治はより一層ひどくなることが確定している。あれが古代兵器である以上、アンドールの上層部には兵器はまだ無事だと思わせておく必要がある」
「親父?」
突然家族に向けるぶっきらぼうな口調から、軍人特有なハキハキとした喋りになり、育ての親の異なる一面を垣間見たハバカリーは不安そうな声を上げた。
「すまなかったなハバカリー。今まで俺はお前を訳あって遠ざけていた。本当はこの国に長く止めるわけにはいかず、外の国に追い出したのだ。今までお前に教えてきたのは、全部外の世界で生きていくための知恵だったんだ」
「なんでそんなこと!」
「聞いたら引き返せなくなるぞ?」
店主、ミズネは反アンドール王国派のレジスタンスの一員であると表明。そしてハバカリーが亡国の王子であることを語った。
「嘘だろ、俺が?」
「今まで黙っててすまないと思っている。が、これを聞いた以上、お前には二つの選択肢がある」
今の話は聞かなかったことにして、この国を立ち去る道。
もう一つは王族として旧王国を建国する。
後者は今まで通りの冒険者としての振る舞いは一切できず、長い時間を国と共に過ごすこととなる。
だから、ここで選択しろ。
国に残るか、国を出て綺麗さっぱり忘れるか。
そんな重い選択肢に、ハバカリーは言葉を失った。
「なぁ、それ。絶対にその二択から選ばなきゃいけねーの?」
長い沈黙を打ち破るように、放たれた言葉。
その人物は全員からの注目を集めた上で、ヨルダはこう述べた。
「オレにいい考えがある。ちょっと耳貸しな」
とても悪い笑みで、話されたその内容は……皆の思い描く国奪りとは、全く異なる想定外の方法だった。
◆
ヨルダのナイスな案を実行するためにも、兎にも角にも商人として成り上がることが必要不可欠となった。
平和的に、それでいて全員が幸せになれるプラン。
それが『アンドール王国からの脱却』である。
どう言うことなのかといえば、話の要点はこうだ。
「結局はお偉いさんがサンドワームを操って、国のあちこちを虫食いみたいに砂漠化。実質土地を奪っている状態でしょ?」
「ああ」
「で、もうサンドワームは師匠が倒しちゃった」
「そうなるな。しかし砂漠化した土地はそう簡単に戻らないぞ? 俺たち住民は半分人質みたいにこの国に囚われている。重い税金、そして無駄に他国からヘイトを取るような為替レート。出て行った後に飢えるような仕組みの給金制度。全てが計算づくで、俺たちを追い込んでいる。実際、奴らは上手いやり方を取ってるんだよ」
「実はその砂漠化現象、もう起きないだけじゃなく緑化もほとんど実現的なラインになっちゃってるんだよね」
「なんだって?」
店主であるミズネは理解できないとヨルダの言葉に耳を疑う。
「どこまで話せばいいかな。あれはオレがジーパで修行中……」
一人の先生と会った。
その先生はジーパの農家で。縁あってお米の育て方を教えてくれた。
最終的には懇意になり、いつでもその力を貸してくれることになった。
その力こそが、砂漠化した土地を緑化させることに成功できると説明した。
「訳がわからんぞ」
「オレだって知らねーよ。あの規模での降霊術の使い手を師として崇めてたのは実際に目の当たりにしてから知ったんだよね。降霊術師である事実は知ってたし、その時は仙人だって名乗ってたし」
「スクナビコナ様はジーパの創造神のお一人で、すごいお方なんですよ。趣味で地上にいると言うお話は伺っておりましたが、よもや農民に紛れていただなんて」
ジーパ出身の符術師であるヨリが補足を付け加える。
ヨルダが師事した農家が、ジーパでは神の一柱に例えられる神話クラスの相手であると。
「なぁ」
「何?」
ハバカリーの率直な疑問。
ヨルダは何か問題でも? みたいな顔で聞き返す。
「お前の師匠が王族と懇意にしてるって言われた時は心底驚いたけどさ」
「うん」
「それを飛び越えて神様と親睦を深めてるお前はなんなの?」
「オレもよくわからん」
「なんだよそれー」
ヨルダの発言に呆れるハバカリー。
先ほどまでの自分は王族だった?
国を再興するために我慢の連続のような生活を送らなくちゃいけないのか? みたいな緊張が一瞬でほぐれてしまう。
「ちなみに一番驚いてるのはオレだったりする。身内が王族とか、お姉ちゃんが神様だとか、全部後出しで聞かされてんだよね」
全くもってその通りでぐうの音も出ない。
「それな。まぁ先に聞かされて納得できるかって話なんだけど」
「兄ちゃんも無理に背負う必要ないよ? オレも知ったこっちゃねーって気持ちでいるし」
「それはそれでどうなんだよ。責任感とかそう言うのはねーの?」
「ないと言ったら嘘にはなるけど、家を追い出された後に言われても、あっそ。ぐらいにしか思わなくない?」
「オレはお前が羨ましいよ」
「よく言われる」
ここに、元王族同士の会話が帰結する。
「つまり、砂漠化はもう起きない。砂漠は緑化することが可能であると?」
「そう。みんなが高い税金に従ってる理由って、単純に土地がないからなんだよね? そしてサンドワームによる被害を恐れている。だったらおじさんたちの目標は、土地の権利をもらえれば済むことにならない? 国を興したり、奪う必要ないじゃん。もう一つ、この大陸にアンドール以外の国を作っちゃえば良くない?」
「あ!」
「オレはこの国のことは詳しく知らない旅人だけど、そんな誰かを貶めたり、力づくで奪った先に築いた平和は奪われた側からの遺恨を残すだけだと思うんだよね」
おじさんたちがそうであったように。
奪われた人たちは過去を知らず、奪われたと言う事実だけを飲み込む。
次は自分たちが奪い返す番だと躍起になる。
そんなの負の連鎖じゃないか。
だから平和的に、一人の犠牲を出すこともなく。
逆に「今砂漠化した土地を買い切れば、この状態から脱却できるんじゃねーの?」とヨルダは自分の考えを漏らした。
「一理あるな。相手はまだサンドワームが倒されたことを知らない。その上で砂漠化した土地を買い切るか。思っても見ないことだった。俺たちはずっと、いつ自分たちの築き上げた土地や資産があの化け物に食い潰されるかと怯えて生きてきた」
「相手の思惑を逆に利用しちゃう感じでさ。でもあからさまに、怖くないぞーって言い出すと何かあるって疑われちゃうよね」
「つまり、無欲なまま、砂漠に街を起こしたいから土地の権利書をくれと言うわけか」
「そうそう。権利書もなく、勝手に緑化させたら、土地を奪いにくるでしょ? その前に自分たちのものにする必要はあるよ」
「難しいな。今の国の情勢での土地の売買は白銀板10枚は降らないだろう」
ミズネからこの国の通貨レートを聞く。
アンドール/ミンドレイ/ジーパ
ーー = 石貨 = ーー
ーー = 銅貨 = 白札
銅板 = 鉄貨 = 黄札
鉄板 = 銀貨 = 青札
銀板 = 金貨 = 赤札
金板 = 白金 = 黒札
白銀板 = ーー = ーー
ジーパでは降霊術に使われる黒札が最高位に挙げられるように。
ミンドレイの王族しか扱わない白金貨が位置するように。
アンドールにも最上級とされる通貨がある。
どの国にも存在しない、十数年に一度発掘される白銀を通貨にした白銀板。
土地の売買をするには、それを得られるまでのグレードをあげる必要があった。
「商人ランクのどこまで目指せば、獲得できる機会がありそうですか?」
「王国お抱えのA、または国内出入り自由のSだろうな」
「目指すんならSだな」
「師匠ならすぐだよ」
だなんてやり取りを思い返しながら、お得意さんになりにきた行列を捌いていく。
本日のメニューはサンドワームドッグ。
ふかふかのコッペパンに分厚いソーセージを網焼きして乗せ、ティルネが作ったマスタードとトマトケチャップを乗せた一品である。
ソースがこぼれないように葉野菜のレタスで抑える工夫も忘れない。
その場でも食えるが、お持ち帰り用に布に包むサービスも喜ばれた。
洋一が肉を焼き、ティルネがソースをかけ、ヨルダがお金の計算をする。と言っても受け取るだけなので、あとは人数分の発注を聞き漏らさずに捌くだけ。
ここはワイルダーの店でウェイターとして働いた経験がいきている。
行列であるにもかかわらず、飛び交う発注を聞き逃さずに捌くと言うのは記憶力もそうだが、高い演算力も求められるのだ。
「やぁ、今日も来たんだね。私と従業員の分を包んでおくれ。代金は昨日と一緒でいいのかい?」
「お世話になってます、昨日買い付けたニンジンもソースに使われておりますよ」
洋一が焼き台から顔をあげ、声かけする。
昨日買い付けた野菜は形こそ不揃いだがどれも絶品だった。
ソースという形で使ってやれば、驚くほどの味を生み出す。
本当ならスープの提供も考えたが、この人混みの中で、テーブル席も用意せずにスープを出すのは暴挙だろうと、今回はホットドッグならぬサンドワームドッグと銘打って販売した。
いつものように先端を*のように切り込みを入れるのを忘れない。
手間ではあるが、相手を「ああ、いつものね」と納得させるための工夫がこれなのだ。
実際にサンドワームの肉が使われているという事実は伏せられたまま、客たちは安価でその肉料理を買い求めた。




