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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
砂漠と鉱脈の国『アンドール』

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28話 ポンちゃん、アンドールへ向かう

 とりあえず、護衛任務を受けてくれることになった冒険者と合流し、洋一は今日にも出発すると伝えたら、護衛冒険者『一刀両断』は数日待ってほしいと言われた。


 どうも今日は顔合わせぐらいだったと思ってたらしく、用意はあまりできてないとのことだった。


「なんかすごい震えてるけど、何て言って募集したんです?」


 洋一がギルドマスターに尋ねる。


「あんたが大層なもんを持ち出すもんだから、命をかけてたとこだよ」


 貴族に逆らったら、爵位を捨てた貴族、平民はことごとく不幸な目にでも遭うというのだろうか?

 ティルネの過去、ヨルダの過去を聞いた上でそう判断する。

 ミンドレイ怖っ。


「ヨッちゃん、なんてものを寄越すんだ……」


「家紋付きリングは家宝ですからね。国の中での越権行為を通すのに使われるものです」


「ティルネさん、知ってたんなら言ってよ」


「そちらの存在を知ったのは今さっきですよ。ですが、恩師殿がそういう人物ではないことを私が証明しましょう」


「頼むね? 俺、そんなつもりでこれを使ったわけじゃないから」


 洋一はティルネに身の潔白を託した。

 ギルドライセンス以外の身元証明がなかったゆえだった。

 口だけでの信用は何もないと言ってるようなものだから。


「わかりました。元貴族の一員として、無事恩師殿の憂いを晴らして見せましょう」


 交渉役にティルネが矢面に立ち、洋一の人物像。その素晴らしさを解く。


「お前かー、師匠の皮袋スったの」


「すいません、すいません」


 その横では、ヨルダがネチネチとハバカリーを詰っていた。


「ま、うまそうなもんに目をつける能力は褒めてやる。お前、見る目あるな!」


「え」


 微妙に話の論点が噛み合ってないことを除けばだが。

 そして説得を開始して十数分後。


「つまりあれか? あんたらは国の重鎮クラスを料理で唸らせたから、その家宝を受け取った。そういうのだな?」


「左様でございます。特に恩師殿は異国の料理に精通しており、脂っこいだけのミンドレイ料理に革命を起こしました。そして一年ほどジーパに滞在していたのもあり、今度はアンドールでその修行をしたいと」


「が、その間全く活動してなかったからライセンスが失効していたと?」


「はい。正直ギルドへは仕事をするというより、身分を証明するぐらいの恩恵しか得ておりません。本職は料理人であるゆえ」


「それはそれでムカつくなぁ」


 ギルドマスターが頬杖をつきながら本音を漏らす。


「が、ここにきてさらに数日待たされるとなれば、その間にアルバイト先の斡旋などをしていただかなければ割に会いません」


「まぁ、それくらいはな。とはいえ料理人の斡旋なら、どこかで免許皆伝をいただいているだろう? それを誇ればよかろう?」


「あいにくと、我流でありますがゆえ。直に食べていただき、そこから紹介状を書いて欲しいと思っております」


「ミンドレイで絶賛された料理が我流?」


 ギルドマスターが疑うような視線を投げかける。


「左様でございまして」


「まぁ、ここで何品か作ればいいのかな? 厨房借りられる?」


 さっきまでのやり取りをまるっと無視するように洋一。


「シータ、案内してやれ」


「了承いたしました。こちらでございます」


 これ以上の押し問答は無駄と察した受付嬢が、洋一を厨房に案内した。


「あ、ここってペットの入場は許可できる?」


「モノによりますが」


「うちのベア吉なんだけど、荷物持たせてるんだよね」


「あの子熊でしたら大丈夫ですよ」


「よかった」


 洋一は外に繋いでるベア吉を連れ、厨房で何品か作った。

 受付嬢に配膳を手伝ってもらい、ギルドマスターの執務室はレストランの装いと相なった。


「さ、食べてくれ。簡単につまめるものをチョイスした」


 洋一が用意したのはミンドレイで愛されるフィッシュ&チップスだ。

 そこに多国籍料理がいくつか混じる。

 そのまま手でつまめるタイプからフォークで刺して食べられるものまで多種多様だ。


「では私めからはこちらを」


 ティルネは同じジーパ人がいるのなら通用するだろうと団子を配膳する。そこに全く異なるタレをディップ方式で提供。


「それってジーパの?」


「左様でございます。ジーパ随一のロクさんの団子屋。そこで私が一年修行して更なる進化をした新作団子にございます」


「ジーパで一年? 正気か?」


 驚きの声を上げたのは鬼人のキョウではなく、ギルドマスターの方だ。


「なお、恩師殿は護衛有りとはいえダンジョンを周回するほどの実力の持ち主ですぞ」


「あれはゼスターさん達が頑張ってくれたからだね。一周目は俺がやったけど、あとは彼らの仕事だよ」


 料理人がソロでダンジョンを踏破する方がおかしいだろって顔でギルドマスターが洋一を凝視する。

 そしてゼスターの名前。

 確かにあのパーティならジーパに出向いても問題なく護衛してみせるだろう。しかしダンジョンにおいては別物と聞く。


「まぁとにかく、食べてみてください。こっちのサラダも美味しいですよ。弟子のヨルダの自家製です」


「へへ、お姉ちゃん直伝のお米も作れるぜ!」


 お姉ちゃんって誰?

 みたいな顔で全員がヨルダを見やる。


「ああ、お砂さんのことですね。ヨルダ殿は彼女の元で一年、農耕技術を叩き込まれています。恩師殿はジーパ料理を、私めはジーパ菓子を、ヨルダ殿はジーパの収穫物をマスターしております」


「それの何がすごいのかはよくわからないが、食べようか」


「まぁ、うむ」


「うまそうな匂い。さっきから腹減ってたんだよね」


 それぞれが料理を手に取り、頬張る。

 咀嚼しながら、目を見開く。


「なんだこれは! これがフィッシュ&チップス!? 既存のものと比べるまでもない! これなら毎日でも食べに行くぞ!」


 声を上げたのはリーダーのキョウ。

 ジーパ人である彼女にとって脂っこい料理は苦手であるようだ。

 洋一はそれを考慮して、しっかりした味をつけてからフライにした。

 余分な油はきり、ザクザクの衣の中からふわっとした魚の旨みが解き放たれる。


「これはすごいです! ジーパ料理とミンドレイ料理の融合のように見えます。お互いの料理のいいところだけを合わせたかのように、体の奥底の郷愁を拭い去ってくれるような!」


 サブリーダーのヨリが感嘆の声を上げる。

 ちょっとホームシックにかかってたみたいな言い回しだな。

 それだけミンドレイは生きづらいか。


「俺、こんなうまいもん食ったことねぇ。これ、全部食べちゃっていいのか?」


「流石に他のみんなに遠慮してくれ。みんながお前と同じようなことを思ってるからな」


 ハバカリーを嗜めるようにキョウが語る。


「まぁ、護衛中は振る舞うつもりなので、今日は別に食べてくれてもいいですよ。早い者勝ちで」


 全員の目がギラギラと光る。


「シータ、この御仁を配属するレストランをピックアップしてくれ」


「!」


 正気か? この団欒から今私を外すのか?

 受付嬢はギルドマスターを親の仇でも見るような目で睨んだ。

 

 今まさに奪い合いをしようとするこの瞬間に、である。


「アストル、ハバカリー、あんたも準備を進めてきな。アタイらはここで方針を決めてくる」


 そして護衛の任務を受けたパーティ『一刀両断』でも同様のことが起きていた。

 頭数を減らして、取り分を多くする。

 誰しも考えることは同じであった。


「ちょ、リーダー冗談ですよね?」


 絶望にくれるアストル。忠実な男ではあるが、流石にこれには裏切られた気持ちでいっぱいになる。


「まさかここで、自分たちだけ楽しむつもりかよ。職権濫用だ!」


 食い下がったのはアストルだけではない。

 ハバカリーも同様に、洋一の料理に感嘆し、まだまだこの料理を口にしたいと思っていた。


 その場からの離席は考えられない。

 このままでは良くないと、洋一は厨房に引っ込んだ。


「ここで仲違いされるのはこっちとしても本末転倒。追加の料理を人数分作りますので、お仕事中にでも食べてください。多少日持ちしますから」


 今から仕事に向かう受付嬢やアストル、ハバキリーの携帯食を用意する洋一。


 それならばと納得する部下数名。

 皆が仕事にやる気を出し、潔く去っていく。


「なんだかんだ、あんたに救われちまったな」


「料理一つでみなさん本気になりすぎですよ」


「それをあんたが言うのか?」


 あれは殺し合いに発展してもおかしくない味だぞ?

 ギルドマスターは、これは王侯貴族が惚れ込むのもわかるような気がした。

 なんなら、リングを受け取ったことによって他国へ流れるのを防ぎたかったのかもしれないと理解する。


 洋一が他国に流れるのを貴族達が何よりも恐れたのは、あの料理を食べた後では納得する他なかったのだ。





「え、数日かかる筈の準備がもう終わった?」


 翌日、宿からギルドから来るように連絡があったので向かったところ、ギルドマスターよりそんなことを言われて固まる洋一。

 てっきりアルバイト先が見つかったと思ったのに肩透かしを食らった気分だった。


「あんたの飯が効いたんだろう、普段以上の効率の良さで爆速で仕事を終わらせていたぞ?」


 いつもそれぐらい前向きに仕事してほしいもんだ、とギルドマスターがぼやく。

 別に普段からサボっていたわけではないだろうに。

 でも、食事のグレードをあげただけでそれだけ効率が上がるんなら今後も美味しいご飯を食べさせればいいのでは?


「まぁ、終わってしまったんなら仕方ありませんが。段取りを前倒しにして日程などは大丈夫なんですか?」


 馬車の手配然り、備蓄の補填など一朝一夕で済む仕事ではない。

 旅は計画を立ててやるものなのだ。

 だから多少時間がかかると言われて納得はしたし、その間にアルバイトをするのもやぶさかではなかった。


 特に食料なんて、良し悪しを見極めずに寄せ集めるなど愚の骨頂である。そんな話を向けると、ギルドマスターは洋一の顔をじっと見ながら目を伏せた。


「食料関係はあんた達に任せるそうだ。うまい飯を振る舞ってくれるんだろう?」


「可能な限りは手配しますが、自分たちの分ぐらいは自分で手配するものでは?」


 洋一は常識を説いた。

 護衛が護衛対象から飯をたかるのはどうなんだ?


「それを踏まえた上で、あんた達に一任するそうだ。その分の経費は安くするらしい」


「まぁ、そう言うことなら従いますけど。ただしオレの料理のスタンスはとりあえずなんでも食べる方針で、魔獣でも途中で捕獲して食べます。それでも良ければですが」


「まぁ、美味けりゃ文句も言わんだろう」


 適当だなぁ、と思いつつ。

 

「とはいえ、馬車の手配などは俺たちはできませんので、そっちに任せます。時間になったら言ってください。荷物をまとめてきますので」


「おう、宿屋に伝えりゃいいか?」


「それでお願いします」


 宿に戻り、ヨルダとティルネに報告、荷をまとめてチェエクアウト。

 洋一はそれを見てるだけだったが、いつかはティルネがいなくてもやらなくちゃと思いつつ、思うだけでやる機会は少なそうだなと思った。


「忘れ物はないか?」


「ばっちし!」


「すべて準備万端でございます」


「なら出発!」


「ベア吉、また背中借りるな?」


「キュウン(いいよ)」


 ベア吉もヨルダの声が聞こえてるかのように、背を叩けば乗りやすいようにしゃがんで見せた。

 すっかり四足歩行での移動がデフォルトになったな。


「すまないね、数日はかかると言ったのに前倒しになっちまって」


 パーティ『一刀両断』のリーダー、キョウが申し訳なさそうに述べた。


「いいえ。そちらの都合で大丈夫ですよ。こちらでお願いしたわけですから。それと、ギルドでは食事はこちらに任せると聞かされましたがそれでよろしかったでしょうか?」


「あぁ、うちらではあんた以上の飯を用意できるツテがない」


「そう、ティルネさんのお菓子はパーフェクト。ミンドレイでは絶対に手に入らない。ジーパのお団子より美味」


 キョウに続き、ヨリが絶賛する。

 胸の前でガッツポーズをとっている。

 ティルネのジーパ菓子が随分と気に入ったようだ。


「お褒めに預かり恐縮です。とはいえ、先ほどのお団子は師であるロクの一品。私はタレに少し手を加えた程度です」


「それでも美味。お店出したら通う」


「ははは、そう言っていただけると幸いです」


 ティルネは気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。

 今までこうやって誰かに褒められることもなかったんだろうな。

 洋一も気持ちはよくわかると、その光景を微笑ましく見守った。


「では、馬車にお乗りください。これからアンドールに向かいます。ハバカリー、御者は頼むよ」


「ガッテン」


 肉を届けてくれた少年が御者を務めるようだ。


「オレも前に乗っていい?」


「いいけど、邪魔はすんなよな」


「しないって。おっちゃん、ベア吉任せるな」


「はい。いっぱい勉強するんですよ」


「おう!」


 勉強か。

 どうやらヨルダは景色が見たいのではなく、御者の仕事に興味を持ったようだった。


 ティルネはベア吉を抱っこしながら馬車に乗り込む。

 洋一の頭の上には起き出したおたまがのそのそと上り出す。

 普段は活動してないので、休止状態になっている。


 玉藻のやる気次第でON/OFFされる哀れな生命体らしい。

 いいのか、それで。

 こっちは手がかかんなくていいけど、一応テイムモンスターなんだから、普段から動かないのはどうにかしてほしいな。


 馬車は緩やかな坂道を登っていく。

 山を登り、大渓谷を越えると、そこから先はアンドール国。

 渓谷を越えたら、そこから先は砂漠が広がっている。


「ここが噂の砂漠か。暑苦しいな」


「いや、ここはまだ緑が残ってた筈なんだけどな。随分と砂漠化が進んでるな。昼のうちは直射日光を避けながら進むんだ」


 地図を捲ったハバカリーが眉を顰めた。


「どこかで休憩入れる感じ?」


「ああ。砂漠の中を突っ切るのは命を捨てる行為だからな。ダンジョンが生きてればそこの入り口で休めたんだけど」


「太陽さえ防げたらこのままいけるの?」


「そんなに簡単だったらいいけどな」


 ヨルダの率直な疑問。

 ハバカリーはそんな単純な問題じゃないという。

 馬は砂漠の上を走れないし、砂漠の上を走るのは車輪じゃ都合が悪いのだそうだ。

 そのための準備も兼ねて休憩を入れると言っていた。


「ここから先は車輪の代わりにソリを履かせる。多少揺れるが、勘弁願いたい」


「車輪だと砂に埋まってしまうからか?」


「それもあるが、音を感知して砂漠の中から上がってくる魔獣がいる」


「へぇ、どんなのだろ」


 そんな会話を前に、洋一は余裕綽々で聞いてきた。

 ヨルダも気になるのか、ハバカリーへ話を促す。


「サンドワームと呼ばれる、この砂漠化の原因みたいな奴だよ。出会ったら最後、砂漠ごえは日を改めるしかない」


 だから音を消すためのソリだという。

 馬にも専用の具足を履かせるらしい。

 水を飲ませる回数も増やすし、休息も増やす。


 もっと別のソリを引かせる魔物もいるらしいが、それはもっと進んだ先の街で借りるのだそうだ。

 ここまで馬車で通る予定だったのは、単純に砂漠化がここまで進んでいると知らなかったからだ。


「そいつを倒せば砂漠化は止まるのかな?」


「止まるだろうが、元には戻らないぞ?」


 ヨルダの思いつきに、そんなにうまくいくと思わない方がいいとハバカリーが遮る。

 一度砂漠化した場所は、もう豊かな土壌に戻らないとあきらめ切った顔をしていた。

 何度も試したのだろう。

 ここもまだ緑があったと述べる少年の顔は、努力が実らなかったことを理解していた。


「ヨルダ、サンドワームが消えたとして、ここに緑は戻ると思うか?」


「うーん、オレ一人の力じゃなんともならないけど、お姉ちゃんと組めばなんとかなるかも?」


 だからそのお姉ちゃんとは誰だ?

 ハバカリーの瞳はヨルダに釘付けだ。


「待て、サンドワームを倒すどころか、砂漠に緑をもたらすだって? そんなことが可能なのか?」


「できるかできないかで言われたら、やってみないことにはわからないってとこだな。サンドワームの方はなんとかなるだろうが、問題はこの砂漠だな」


「できるのなら頼む、俺たちは本当なら炭鉱に引っ込まなくてもよかった。住める場所が刻一刻と狭まって、ソリの合わない連中と一緒に暮らす羽目になってしまったんだ。だから……」


 ハバカリーの悲痛な叫び。

 どんな過去があったかはわからないが、なんとかしてやりたいと思う洋一だった。



 




 ハバカリーからアンドールの状況を伺い、砂漠化した原因及び状況を憂いた一向。

 昔は緑も豊かだったが、突如現れたサンドワーム。

 砂を操り、通った後は砂漠に変える化け物が住み着くようになってから、アンドールの砂漠化は進む一方だそうだ。


 なぜ現れたのか?

 そしてその巨体ゆえに遭遇したら最後とも言われている。


「討伐隊は出されてないのか?」


「出されたよ。けど、誰も帰ってこないんだ」


「出されているが、放置され続けた塩漬け依頼になっている? つまり早い者勝ちってわけか」


「倒す気なの?」


 正気か? と唱えるハバカリー。

 しかし洋一は呑気に応える。


「いや、どんな味がするんだろうって」


「あんた、そんな化け物を食う気かい?」


 キョウは目を剥いて洋一を見た。

 見たことも聞いたこともない、アンドールを侵食し続けている化け物。

 討伐隊を何度も全滅させている。そんな化け物を食うと聞いて心底理解ができない様子だった。


「師匠にあんたらの常識は通用しないぞ? なんなら怪生の塗り壁も食ってるから。傘おばけの手捏ねハンバーグは美味かったなぁ」


 ジーパ出身且つ、ダンジョン踏破組であるキョウ及びヨリが絶句する。

 どれも可食部位がないに等しい存在であるからだ。


「聞いた話では火車や鬼火もいただいたそうです。恩師殿は我々の常識外にいると思って良さそうですな」


「ダンジョンの怪生すらもその餌食になってたわけか」


「伝説に歌われる河童の肉を大事そうに扱うわけだぜ」


「恩師殿は力が強ければ強いほど旨い肉に置き換える能力を持っとりますからな。単純に、でかい、強いはなんの脅威にもならんのでしょう」


「ヨシ、隠し包丁を入れ終わった」


 洋一が砂を見据えて何かをやっていた。


「なんのお話です?」


 ヨリが興味を持って尋ねた。


「うん、多分件のサンドワーム。来るぞ」


 今手を出すなという話をしていなかったか?

 なんで普通に刺激しているんだろうという顔が周囲に並ぶ。


 直後、前方に蟻地獄のような流砂が出来上がる。

 サンドワームの兆候だ。


「全員後退! 蟻地獄に飲まれるぞ!」


 まだ兆候。しかし広がりつつある流砂はあっという間に馬車を飲み込み。それは鎌首をもたげながら攻撃してきた相手を見定めた。


「うわぁああああああああああ!」


 その図体、そして迫力にハバカリーは完全に飲まれてしまった。


「あれは流石に倒せねぇぞ」


 見上げたキョウが、日光を遮るように現れ、自分達に長い影を落とす存在を一瞥しながら言った。

 ただでさえ巨体の上、砂の中は自由に行き来できる化け物だ。

 早々に試合放棄した過去の英雄たちは英断だったと褒めるしかない。


「姿が見えたのなら問題ない。俺が抑える、ヨルダ、耕せるか?」


「あれは目も鼻もなさそうですな。あいにくと私の出番はなさそうです」


「おっちゃんは下がってて。それに被弾するとオレのコントロール狂うから」


「左様で」


「本当に、あれと戦う気なのですか?」


 護衛のヨリが正気か? と尋ねた。

 護衛対象が無茶しすぎると、護衛もたまったもんじゃないという顔だ。

 可能であるなら逃げたい。

 しかし捕捉されてしまった現状、逃げ切るのは難しい。

 見つかった以上、食われるか砂の中に埋まるかの二択だった。


「お姉ちゃん、手伝って」


 ヨルダは首にかけた塗り壁方のネックレスからお砂を召喚。

 砂地という好条件が相まって、召喚はスムーズに行われた。


「どうしたの? ヨルダ」


「実はこの砂地一体の畑ゴーレムを作りたいんだ。でもオレの力だと不十分で。大丈夫そ?」


 お砂はヨルダとそっくりの顔で、はっきりと答えた。


「これだけの砂があれば、余裕!」


「流石!」


「詠唱は私がやる。妹ちゃんは要石の設置をお願い」


「わかった!」


 ヨルダとお砂が早速作業に取り掛かる。

 要石、というのが何かはわからないが、要は【土塊】を加工して石を整形する儀式のようだ。


 準備が終わり次第、お砂が詠唱を始める。

 手元には30数枚はある黒札。


少彦名命(スクナビコナ)の名において命ず、其はなんぞ?』


『我は豊穣、豊かな豊穣。優れた土壌を司る、土地神(なり)!』


「降霊召喚!? それも大規模の!」


 ジーパの符術師が場違いな桁の戦術を前に腰を抜かす。


「ヨシ、土が蘇ったらオレの独壇場だぜ! いくぜ【農耕術式】」


 ヨルダが鍬を振り上げる。

 そして土地神を通じてその勢いをサンドワームに叩き込む。

 その波に乗ってヨルダがサンドワームに肉薄した。


「チェストー!」


 サンドワームに叩き込まれた鍬が、着弾点を中心に内側から突き破るように、縦にサンドワームに傷をつける。

 まるで分厚い肉の塊が、内側から包丁を入れたかのような裂けっぷりである。


「活け〆ヨシ! 解体するぞー。ベア吉、影出してくれ」


「キュウン(はーい)」


 一瞬で、本当に一瞬で倒してしまった。

 それも少彦名命といえばジーパを司る土地神ではないか。

 そんな存在を従えてるヨルダは一体何者なのだ? という関心が尽きないルリ。

 もしかして自分達が護衛しなくても全然やっていけるのでは? くらいに考えている。

 

 解体は本当に一瞬で終わった。

 洋一がまだ半分砂の中に埋まってる部分以外を一瞬で三枚に下ろして、その肉片はペットのベア吉の影に引き摺り込まれていく。


 あの巨体が一瞬にして影の中にスッポリと入ってしまった。


「討伐部位は、どうしようか?」


「頭を持ち歩くのもデカすぎるし、生きてる限り絶対に手に入らない牙、あるいは真核の提示が無難でしょうか?」


 本当に倒しちゃったよ、とハバカリー。


「真核って何?」


「冒険者にとってのお宝ですね。魔道具なんかにも使われてますよ。え、本当に知りません?」


「全然知らない。そもそも、魔道具のお世話になったことないし」


「えー」


「この通り、恩師殿は料理以外には全く精通していないもので」


「いや、でもさっき」


 サンドワームを討伐してたじゃん。喉元まで出かけた声。

 

「あれは三枚おろし。要は料理の下拵えなんですな、恩師殿にとっては」


「規模が違うぜ。最初からバトルにすらなってないとはな」


「なんでそんな腕を持っていながら冒険者になってないんだ?」


「俺は料理人だからな。料理のことを考える以外は苦手なんだ。そして可能な限り、料理で食っていきたい」


「きっと場所によって、我々は引く手数多なんでしょうが、この通り趣味人の集まりでして。恩師殿は料理。私は甘味、または調味料。そして姉弟子のヨルダ殿は農耕関連全般を生業としております」


「もったいない、と思うのは違うんだろうねぇ」


「ええ。その生き方を自ら選んだんです。あなた方が冒険者になったように。ですので他者からの誘いは全てお断りしています」


 決意は固い。だから今後一切この話は出さないでくれ、とティルネは『一刀両断』メンバーに釘を刺した。

 洋一達にとって、力とは厄介ごとを持ってくる災いでしかないのだ。


 その災いに率先して首を突っ込んでいるんじゃないかって?

 

 そこに食材があるなら、そりゃそうするよね。

 洋一たちの考えはそんなものである。


「真核ってこれでいい?」


「でっけぇ」


 砂の下に埋まっていた部分から発掘されたデカい石。

 それは馬車で引きずっていくのも難しいほどの巨体であった。


「これ持ってくのも辛いな。そこの子グマに持ってもらえない?」


 さっき影の中に詰め込んでたの見たぞ、とハバカリー。


「そうだな。荷は軽い方がいい。ベア吉、もう少し入りそうか?」


 すでに街一つ分の肉塊を収めたところだ。結構無理した感覚はある。


「キュウン(大丈夫。まだまだ入るよ)」


 ベア吉の許可がでたので、真核を積み込む。


「さて、ヨルダ」


「何?」


「お砂さんに頼んで可能な限り農地に変えられるか?」


 まだまだ砂漠は広がっている。

 ハバカリーが言ったように、砂漠化は止まっても一度砂漠化した場所は元に戻らない。


「大丈夫だけど、時間かかるよ?」


「なんならここで数日連泊しても大丈夫だ」


「ならいけそう」


「流石にそれは……」


 言い淀むキョウ。

 前倒しした予定が崩れ去るか。

 しかしハバカリーは信じられない気持ちでいっぱいだった。


「どうして、見ず知らずの土地にここまでしてくれるんだ?」


 感謝してもし足りない。その瞳にはそんな感情が詰まっていた。


「いや、砂漠って歩きにくいじゃん。それに太陽光を吸って蒸し暑いし。だったら緑を増やして、少しでも歩きやすくしたほうが良くないか?」


「え? いや、そうなんだけど。え?」


 納得はするけど理解はできない。

 辻褄は合う。

 けどそれで自然を破壊していいわけではないだろう。

 いや、全然ウェルカムだけど、とハバカリー。


 突然の光景に感情が追いつかぬまま、ハバカリーは意識を失った。

 まぁ、無理もない。

 誰もが諦めていたサンドワームの討伐。そして手を尽くしても復活しなかった緑が、周囲に広がれば。



 ◆



「ここもまだ緑が残っていましたか。最近は砂漠化が酷くてねぇ」


「やはりどこもこんな状況なんですか?」


「ええ。私は商売でここを行き来してますが、あまり拡がると困ってしまいますな」


「お気持ちお察しします」


 あれから一週間。

 アンドール国の2/3もあった砂漠は、1/4まで目減りしていた。

 大地が安定するまでは畑を耕したり、道を整備して“最初からここは砂漠化してなかった”状態に寄せた。


 ほぼハバカリーの記憶次第なので、ところどころ曖昧だが。

 それでも以前よりは随分と馬車での行き来はしやすいだろう。


 洋一はここで暮らす上で、馬車道以外の施設を地主に無断で建設し、往来の休憩所として実際に使っていた。


 大体施設が揃ってきたところに、ミンドレイ側から武器の買い付けにきた商人が通りかかり、ここで休憩がてら洋一の振る舞った食事を食べながら話をしていた。

 商売人というだけあって、口は硬いので重要な情報は落としてくれないが。雑談から窺い知れるのは行き来の不便さが良く上がる。


「こんなところに休憩場があるだなんて知らなかったよ。世話になったね。また寄らせてもらうよ」


 商人が立ち上がり、休ませていた馬の様子を見にいく。

 簡易厩舎では、ハバカリーがヨルダに馬の世話の仕方を教えながら、商隊の馬を預かっていた。


「あ、俺たちは別にここに住んでるわけじゃないので。いない時もあります。その時は勝手に使ってください。使い方はミンドレイの文字で記してありますので」


「おや、それは残念だ。だが、それはいいことを聞いた。仲間にここに休憩場があることを宣伝して回るよ」


 ニコニコと笑いながら、商人は帽子をあげて立ち去った。


「師匠、お馬のお世話終わったよー」


 ヨルダがハバカリーと一緒にやってくる。

 勝手にお世話してたけど、特に怒ったりはしなかっただろうか?


「お疲れ様。さっきの人はなんて?」


「ずっとここにいてくれたら助かるのにって」


「あの馬、結構酷使されてたっぽくてさー、蹄鉄とか歪んでんの。兄ちゃんはそれを削って直してたんだよ。オレはすげーって眺めるしかできなかったよ」


「ハーフフッドにとって馬は大事な移動手段だからな。小さいうちから親に教え込まれるんだよ」


 最初こそ馬の合わなかった二人。

 しかし歳が近いからか、ヨルダの方から教わりに行って、ハバカリーはグイグイくるヨルダに根負けして今に至る。


 最初こそは大した仕事じゃない。誰だってできると言っていたが。

 ヨルダにとっては全てが新鮮だったためか、何でもかんでも褒めて回った。最終的にこんなこともできないのかって、お兄ちゃん風を吹かせて親身になって教えて回っているというわけだ。


 ヨルダの聞き上手で、また一人の少年が救われたのだと思えばいいことをしたのだろう。


「串焼きか。サンドワームの?」


「いつもので悪いけどな」


「量だけはいっぱいありますもんね。恩師殿、先程の商隊からこのようなものをいただきましたよ」


 ティルネが先ほどの商人と話し込んでいたのだろう。

 何やら持ってきて洋一に手渡す。

 どうやら腕章のようだ。

 どこかの町で使うと顔パスできるとかだろうか?

 用法が全くわからないので、ティルネに任せることにした。


「おっちゃん、味変用のタレある?」


「何味がいいですか?」


「とりあえず全部で」


「俺も、いいですか?」


「構いませんよ。あなたもすっかり食いしん坊ですね」


「飯に困らない生活って本当に初めてでさ。依頼が少しでも長く続きますようにって、最近そんなことばっかり思ってるよ」


「ははは、育ち盛りですからね。いいでしょう、たくさんお食べください。その代わり、後でどの味が好きだったか教えてくださいね?」


 言って、ティルネはその場で調味液を作り始めた。

 その様子を串焼きを炙りながら眺める二人。


「本当魔法って不思議だよな。何やってるかさっぱりわかんねぇもん」


 ハバカリーにとって、魔法は未知の領域。

 ハーフフッドは魔法適性が低い代わりに、手先が器用なのだろう。


「兄ちゃんには難しいかー。それこそオレたちは子供の頃から教わるけどな」


「ハーフフッドにとっての馬の知識と一緒ってことか」


「そんなところ」


「できました。どれがどれかは自分で食べながら確認してくださいね」


「「はーい」」


 ハバカリーもすっかり謎の調味液の扱いに慣れたもんだ。


「ただいま帰った。森の様子は今の所危険はなさそうだ」


 緑化の勢い余って森ができた場所を、偵察にまわっていた『一刀両断』の面々。


「お疲れ様です。野生動物とか住み着きそうですか?」


「それも含めて様子見ってところだ。木材などが取れれば、ここも発展していくだろう」


「もうちょっと木材欲しいよなー。柵とか作りたい」


「おいおい、村でも作る気か?」


 住むわけでもないのに。

 ハバカリーはそんな指摘をヨルダに向けた。


「畑の作物を守るためなんだよなー。まぁ、出る時に収穫しちゃえばいい話なんだけど」


「キュウン(荷物は僕が持つよ?)」


「ベア吉はいい子だなー。もちろん、可能な限り持ってくけど、収穫に間に合わないのもあるからさ」


「作物も人に合わせて成長はしないからな」


「そこは、割り切ってるよ。野生動物がいないならヨシ。問題は人なんだよね」


「あー、わざわざ休憩場に来て育てる変わり者はいないからな。最悪必要なもんだけもいでそのままはあるな」


「それぐらいはいいけど、わざと荒らすのとかいるじゃん。別に全員が世話までしなくてもいいんだけどさ、みんなで次の人が使うまでに別の作物植えるとかさ、そういうコミュニティが紡げればいいなって思うわけ」


「難しい問題だな」


「まぁ、荒れてたら、それはそれって感じでいいんだけどさ」


 ヨルダはタレに浸して串肉を焼いて食べた。

 みんながみんな、畑が好きなわけではない。

 可能であるなら馬の世話もしたくない。


 専用職の嘆きがそこかしこで聞こえてくるようだ。


「それで、いつ出発いたしますか?」


「うーん、そうだなぁ」


 みんなで囲んで串焼きを焼いて食べる。

 ここでやることは大体やり終えた。

 いい加減街に向かってもいいんじゃないか?


「ヨルダの野菜の収穫に伴って、向かう感じで」


「それでいいよ。オレもこの子達置いてくの忍びないからさ」


 農家にとっては野菜は子供と同じと聞く。

 結局植えた野菜の収穫まで、この場にとどまることになった。


 サンドワームは肉は食料に、それ以外は肥料となって畑の潤いに一役買うこととなった。

 今まで散々食い尽くしたんだし、これからは人々のためになってくれたらなと思う洋一だった。



 ◆



 ハバカリーが操る馬車の横で、ベア吉に荷車を引かせるヨルダの姿があった。

 早速予行演習をするあたり、ただの興味だけじゃないことをハバカリーに見せつけている。

 それを嬉しく思う反面で、すぐに追いつかれそうだと予見したハバカリーは、まだ教えてない交通ルールでマウントを取り始める。


「おい、ヨルダ。並走するのに夢中になり過ぎて道幅を占有するなよ。対向車がきた時すぐ避けられるようにしておけ。さっきクラスの商隊だと道が埋まるぞ」


「道を広くすれば良くね?」


 もっともなことである。だが、一朝一夕でそれができないからこそできたルールでもあった。


「お前は通行しながら道路整備までするつもりか?」


「それはめんどいな」


 できなくはないが、メリットがないと考えるヨルダ。


「だろ? そのためのルール、マナーだよ」


「なるほどなー」


「あまり無理して覚える必要はないんだぞ?」


 荷車に乗った洋一がヨルダを諌める。

 ベア吉に、荷を引くことの重要性を教えるために、一番大切な洋一を載せることで本熊に意識させるためだった。


「キュウン(パパ、乗り心地は大丈夫?)」


「今のところ不備はないな。ヨルダの操縦も、ベア吉の運転も快適だぞ」


「突然どうしたの? 師匠」


 ヨルダはベア吉の声が聞こえないので、突然評価を下した洋一を不思議がった。


「ベア吉が乗り心地はどうだって聞いてきた気がしたからな」


「ベア吉ー、お前はいい熊だなー。俺のことも褒めてくれて。うりゃうりゃ」


 ヨルダも実際にベア吉をわしゃわしゃと撫でた。

 ベア吉も気持ちよさそうに「クゥン」と鳴いて喜んだ。


「なんだか、我々の存在が日数を重ねるごとに希薄になっていくのは気のせいだろうか?」


 ハバカリーの引く馬車から顔を出して呼びかけるキョウ。

 ヨリとアストルなんかはすっかり諦めて馬車の中で旅行気分だ。


 本来はその横で並走しながら馬車の安全を見守る護衛任務が基本事項だと述べる。これではどっちが護衛対象だかわからないと言いたげである。


 今や馬車の中に残っているのはティルネだけ。

 一応名目上の護衛は果たせているが、もちろん相性が悪いだけでティルネも弱い部類ではない。

 事粘膜を持つ存在がいないだけで、こうしてお荷物となっている。


「そろそろ最初の街に着くぞ。リーダー、ライセンスと依頼書の準備を。悪いがヨルダ達はそのおままごとをやめて馬車に戻ってくれ。説明するのが面倒だ」


「ちぇー」


「まぁ、これから研鑽を積めばいいじゃないか。街に入るのにはそれこそしきたりがあるんだ。ベア吉もご苦労様」


「キュウン」


 おままごとのまま、クマが引いた荷車を通してくれるほど防衛意識は低くない。外敵から街を守る衛兵としては当たり前のことであるが。


 ヨルダは荷車をベア吉のシャドウストレージに押し込めて、次の機会を待つことにした。

 先に馬車に乗り込むヨルダに遅れ、ベア吉を抱っこして乗り込む洋一。


 馬車の中からはようやく本来の護衛が果たせるとキョウ達が出てきた。

 ここまでくるのに二週間。

 まるで馬車に乗ってきたかのような身綺麗なままの装いで、本当に護衛してきたのか疑われそうだと頭を悩ませている。

 だからと言ってそのためだけに服を汚すのも勿体無いとした。


「次の者ー」


「これで通れるか?」


「この街には何用で?」


「観光だ」


「どれくらいの期間を予定しているか?」


「そんなものが必要か?」


「一応規則でね。ここの街にわざわざ出向くのは商人が多い。何せ砂漠を越えてくるメリットがそれ以外に何もない街だからだ」


「言ってて悲しくならないか?」


「それでも聞かにゃならんのよ。何せ宿泊施設の類がないからな」


「初めからそのように作られてないから聞くわけか」


 ここ、アンスタットはアンドールに至る中継地点でしかない。

 むしろその中間地点の休憩場としてできた場所に人が集まって街になったのだという。

 ほとんどが商売人向けの卸業で完結していると言う。


「ああ、そもそも商人達はこの街を通り道くらいにしか思っちゃいないからな」


「そこに需要がないから誰もやりたがらないのか」


「そう言うこと。宿泊するんなら、もう少し奥に行ったアンセルで休むといい。ここは本当に商人以外を必要としてない場所だからな」


 逆に居付かれると困ると言うような顔だった。


「それはそれとして、入場は可能か?」


「ああ、入れるのは問題ない。犯罪歴はなさそうだからな。通っていいぞ」


「助かった。ここまでの道は厳しかったからな」


「最近は街食いも大人しくしてくれてるが、またいつ動き出すかわからないからな」


 街食いと言うのはサンドワームのことだろうか?

 国の住民は来るべき自然災害として見ている風潮があるが、もう倒されたと知ったらどう思うだろうか?


 ともあれ、洋一達はアンスタットへの入場を果たした。


「よってらっしゃい見てらっしゃい、サンドワーム焼きが食べれるのはここだけだよ!」


 なぜ自然災害として受け入れられているか。

 それはこの街の名物として町おこしに使われているからだと知った。


 本当に商人への売り込みに特化してる街だなぁと思う。


「おっちゃん、それ8つ」


「あいよ。銀貨8枚ね。ジーパの人なら白札になるけど、それでも平気だよ」


 ミンドレイの通貨が普通に使えるのは、ある意味でここが商売人を相手にしている街として特化しているからであろう。

 為替関係は次の街が本番であるとハバカリーに言われ た通りだった。


「ある意味で、ここで外貨を稼ぐのでしょうね。微に入り細に入り、いろんな手段で通貨を貪り取るのがこの街の目的なのでしょうな」


「タチの悪い強盗みてぇな街だよ」


 ハバカリーがそう述べる。

 的を得ているが、あんまりな言いようだった。


「これ一本で銀貨を求めてくるとはいやはや」


「うまいけど、感動は薄いよな」


 一人一本、ベア吉にも分け与えて味の感想を言い合う。


 オルクハウゼンで食べた綿飴と同じ価値とはとても思えない、シンプルなドーナツを串に刺しただけのものだった。

 特に砂糖が多く使われているわけでもない。

 完全なぼったくりである。


「これって結構売れてるんです?」


 特に味の評価はせず、完全なオリジナル料理であるかのように振る舞う屋台の親父に洋一は聞いた。


「興味本位で買ってくれる商人さんはいるけどね、2回目はないかな」


「商人さんは舌が肥えてますからね」


「単純に価格設定がおかしいからじゃないです?」


「それはよく言われるんだけどさ、これには深い事情があるのよ」


 話に耳を傾ければ、単にこの街は場所代がとにかく高いのだという。

 店を出すのも、この街に滞在するのも、何かとお金が必要らしい。


「ほとんどが砂漠ですからね」


「ああ、無事な場所はそのおかげで土地代が高騰する一方でな」


 どうやら砂漠化現象を利用して、アコギな商売をしている輩が国の中枢に入り込んでいるらしい。


「そうですか。そう言えば、聞きました?」


「なんの話だ?」


 洋一は、今思い出したように自分たちが砂漠を緑化した休憩所の噂を流した。


「あの場所はつい先日街食いに呑まれたと言う情報だぞ? ここにいる多くが街を追われた人たちだ。緑が実ってる? 冗談だろう」


 どうもこの街が切羽詰まってる原因は、サンドワームから街を追われた人々が身を寄せ合って暮らしているからであった。


「実際に通ってきましたから。ここまでの道中はほとんど緑が戻ってきてますよ。中では畑も実っていて、誰かが世話をしていたんでしょうね」


 他でもないヨルダが世話をしていた場所を引き継いでくれる人はいないかと語る。


「その話が本当なら……」


「別にここで無理に商売をする必要は無くなりますね」


 名物!サンドワーム焼きを売る店主の顔がぱっと輝いた。

 すぐに売り上げが落ち続ける店を畳んで、他の屋台の店主に何かを呼びかける姿が映った。


「あんなふうに焚き付けちゃって良かったの? 街を再興するにしたって上からの許可がいるぜ?」


 その上というのは税金を締めつけてる元締めだと述べるハバカリー。

 洋一は肩を竦め「そこから先は彼らの人生さ」とひとごとのように話した。


 最後まで責任は取らない。

 むしろあの場所を管理してくれる人がいるんなら御の字だと語った。

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