27話 ポンちゃん、ジーパを発つ
何事もなく春を迎え、洋一達は約束通りの出発の準備を始める。
「もう行ってしまうのかえ?」
「ええ。十分に楽しみましたので、ここいらでお開きにしようかと」
すっかりジーパが心地よく、居着いてしまった洋一。
なんだかんだと騙そうとする輩がおらず、力を見せれば相手は気持ちよく接してくれた。
「それに、あまり待たせるとオリンも拗ねてしまいますし」
「200年も妾に会いに来ぬ母君がほんの数年で拗ねるかのう?」
「ははは、俺の料理ならいつでも食べれるじゃないか。ベア吉もいるし、この子を通していつでも遊びに来ていいぞ? それに鎖国を解くんだろ? これから忙しくなる。新生ジーパに旅人は必要ないさ」
「左様。あの肩肘張っていた華を改心させるほどの料理の数々。手放すのは惜しいと思っての」
「なんだ、そんなに俺の料理を気に入ってくれたのかい? 残念だが俺の料理は元いた世界の模倣でしかないんだ。本当の料理はもっと美味い。生憎と再現するための調味料が間に合ってなくてな」
「なんと、あの状態からさらに美味くなるじゃと!?」
驚きに目を見開く玉藻。
普段砕けたスタイルで椅子に座っているが、あまりに驚いて椅子から転げ落ちる程だった。
「とても信じられぬお話にございます」
華も、すっかり洋一に胃袋を掴まれた顔で理解を拒んだ。
「事実だよ。元いた世界には俺と似たような能力持ちがいた。怪生を調味料に変化させるもの、怪生を野菜に変えるもの、怪生を酒に変えるもの。これが合わさって、より極上の料理が生まれる」
「貴殿の怪生を肉に変える以外の能力者が!?」
「うん、なので今の俺は本当の味を知っているだけに、そこに至れぬ自分に酷く落胆しているほどなんだ。だからと言って一切手抜きはしていないぞ。辿り着かぬからこその研鑽を積む。そういう意味ではジーパに立ち寄れてよかった。馴染みのある調味料との出会い。そこからの進歩にこの数ヶ月はとても有意義だった」
「頂に達してなお、研鑽を積むか!」
それは驚き。超越者となって、他者をコマに見立ててどのように采配するかでしか見てこなかった華は格の違いを感じた。
果たして自分はこれほどにジーパ国民に対して情熱を注げていたであろうか?
途中で私怨を混ぜ込んでいなかったか?
考えれば考えるほど、自分の今までの行いを恥じた。
「料理に最終形はありません。そして完成に至ったからこそ、それ以上を求める。新しい食材との出会い。新しい調理法との出会い。それらが合わさって、今までの最終形の定義が覆ることはあまりにも多い。俺はただ世界を知らなかった井の中の蛙だった。日々そう思ってますよ」
「これは勝てぬなぁ、華? 引き止める理由がいくら探しても見つからん」
「本当に、母君殿が惚れ込むだけはあります。我々はそれに比べたらさぞ路傍の石ころに見えたことでしょう」
「言うな、恥ずかしくなるじゃろ? たかが三百年生きた程度でこの世の全てを知った気になっておった。そうじゃの、妾も正直今の世界をわたり歩いてはおらん。過去の世界しか歩いておらんしの。ヨシ、決めたぞ華」
「何をでございますか?」
「妾もヨウイチについていく」
「何をおっしゃっているのですか!?」
一人で新生ジーパを回せと言うのか?
裏切られたような顔で華は絶句する。
「案ずるな、本体は残しておく。分体を任せるだけじゃ。妾は金毛妖狐。命が九つあり、まだ一つも消耗しておらん。そこで妾の子をじゃな、ヨウイチに預ける。その目で見たものを、ここにいながら堪能しようと言うわけじゃ」
「まぁ、そのくらいなら全然。ちょうど俺はテイマーのサブジョブを持ってますし」
「あの聖獣を手懐けたヨウイチならばそう言ってくれると思っておったぞ!」
「ところでベア吉ってなんの聖獣なんですか? あの愛くるしい顔立ちからは想像もできないんですが」
「あれは本来なら魔獣側に与していてもおかしくない気性を持っている。妾のモデルとなった金毛妖狐もまた然り。しかしそれらの気性をコントロールして善にいたままで成長した個体を聖獣というのじゃ。そこの子グマは今まで人を害してきたことはあるか?」
「させないよ、そんなこと。すっかり家族だ」
洋一は強い決意とともに家族にそんな真似はさせないと断言する。
「じゃからじゃろうなぁ、ピュアな気持ちでいられるのは。そしてそれを可能としておるのはヨウイチのどんな物理法則を捻じ曲げてでも切断する能力が関与しておる」
「あれ、そんなにやばいことなのか?」
「普通はできん。いや、神に与する存在ならできんことはない。しかし人の身でありながら可能とする存在はヨウイチくらいじゃな」
「ただの隠し包丁なのに」
「目に見えないものまで切れる時点でおかしいのじゃ」
そりゃそうだ。
生まれ付きそういう存在を目の当たりにしてきた。
それを料理に生かしてこの道20年。
すっかり当たり前になりつつある洋一である。
「まぁ、できることしてただけだし、それでベア吉が良い存在なのだとわかってもらえたら御の字だ」
「本当に、底の知れぬおのこよ」
「本当に、その力量を知ったら世界はほっときませんね」
「勘弁してくれ。俺はただの料理バカだよ。色気より食い気の勝る、な」
そう言って、笑い合う。
ダンジョン内の城を後にして、方々に挨拶回り。
特に世話になった人たちを中心に手作りの土産を手渡していった。
「もういいの?」
「うん。挨拶回りは終わったよ。それよりヨルダ達こそいいのか? お世話になった人たちに感謝の言葉を述べてきたか?」
「あんまり湿っぽいのは嫌いなんだよ。手紙だけ置いてきた。だって口で言うと絶対についてくるし。ジーパにお姉ちゃんは絶対に必須だからさ」
「お砂さんはなぁ、すっかりヨルダのお姉さんとして振る舞ってたから」
「ところでその狐何?」
洋一の頭に乗ってる狐に注目するヨルダ。
「ああ、玉藻様がな。世界を見たいから一緒に連れてってくれと」
「本人も来たがってたんじゃない?」
「華さんに止められてたよ。なので分体で手を打った感じだ」
「それ、お姉ちゃんに聞かれたら厄介なことになりそう」
「ワシもついてく! とか言い出しそうだな」
「本当に」
二人で道を歩いてロクの団子屋に向かう道中、突然砂埃が巻き上がってお砂が現れる。
その表情には、いい話を聞かせてもらったと書いてあった。
どこで誰が聞いてるか本当にわからない場所だな。
お砂は玉藻と同様に小さいぬり壁をヨルダに手渡した。
普段はネックレスとして擬態して、緊急時にはそこを通じていつでも助けにこれる采配をしたのだろう。
まんま玉藻の模倣だった。
「お姉ちゃん、大袈裟すぎ。オレがどこかでくたばると思ってんの?」
「仙人の私から見れば人類は短命すぎる。これぐらいの世話でちょうどいいの!」
すっかり口調まで幼くなったヨルダ二号、もといお砂。
見た目はヨルダに寄せているので威厳とかそう言うのは一切感じさせなかった。それでいいのか、仙人。
「まぁ、いいけど」
「危うくなったらいつでも呼ぶんだよ!」
「そんな時が来たらね」
ヨルダは単独でも十分に強くなった。
【蓄積】の加護持ちと言うレッテルを乗り越えての魔法の応用。
その上で仙術を用いての使役。
ただの農家で通すのは無理があると言うものだ。
◆
「本当に、旅立ってしまうのか?」
出立の準備を終えたティルネにロクがまだこの店にはお前が必要だと縋った。
ティルネはなんと答えていいやらと考えあぐね、しかし心を鬼にしてこう答える。
「別れは永遠ではありませんよ、先生。私は恩師殿に会うまではあなた方の大嫌いなミンドレイ貴族の一員でした。しかし出会い、自分が本当に何をやりたかったのを知った。今までは弱気に老後のことばかり考えていました。しかしね、やりたいことを全うするには寿命がいくらあっても足りないことに気づきました。また会いましょう、先生。その時までにさらなる菓子の研鑽を積んでまいります。今以上の菓子をお見せします。一時の別れではありますが、長命種のあなた方からしたらほんの一瞬の出来事ですよ」
ニコリと笑い、説き伏せる。
ロクにとって、ティルネは最初こそは頑固な老人という扱いだった。
しかし一緒の職場で仕事をしているうちに、仕事に真摯に向かう姿に、忘れていた情熱を思い出した。
今までの仕事に、もちろん手は抜いた覚えはない。
だが、さらに研鑽を積もうとしたかと聞かれたら、答えられなかっただろう。
人の一生は短い。
年老いてなおそれが言えるティルネ。
可能であれば、天狗の秘術で寿命を伸ばしてやることも考えた。
しかしすぐに取りやめる。
相手が望んでないことをして、取り返しのつかなくなった実例があまりにもあった。ジーパの歴史は負の歴史だ。
それを気に入ってる相手に向けることを恥じ入った。
「わかった。引き留めてすまなかった。次会う時は新作で度肝を抜かしてやるわい」
「ははは、先生の新作を超えられるように精進しておきます。では仲間が来ましたのでこれにて」
「と、これを持っていけ」
洋一達と合流して、港に向かおうとするティルネに、ロクは開店前に仕込んでいた団子を包んで渡した。
「お店の商品を宜しいのですか?」
「いいんじゃ、弟子の旅立ちに手ぶらなどしとして恥ずかしいわい。行く先々で宣伝してくれたら尚のことよし」
今までは商品を勝手に触れることも自由にすることも許さなかったロク。
最後に見せた優しさを、ティルネは理解して受け取った。
「ではお言葉に甘えて」
ぺこりと頭を下げ、ここに一つの別れが決着した。
「ティルネさん、もっと別れ話とかあったんじゃないんです?」
洋一がまだ話し足りないなら時間を融通するぞと尋ねる。
「そりゃありますとも。でもね、次会うときの楽しみにとっておいたんです。土産話と一緒に語れたらなと」
「ああ、お酒が進むやつだ」
自分にもそんな関係を結んだ相手がいた。
ならばこそその気持ちがわかる。
「はい。ジーパ酒の工程も先生から教わりました。味噌や醤油の工程も頭の中にインプットされております」
「ティルネさんには世話になりっぱなしになると思う」
「オレはー?」
「もちろんヨルダにも。何せ俺たちは一から何も作れやしないんだ。有り合わせのものを選んで作ることしかできない。けどヨルダは畑や田園で第一次産業を築ける。これのあるなしは大きいよ」
「キュウン(僕はー?)」
「ベア吉だって俺たちの運びきれない荷物を持ってくれるからな。今後お世話になるぞ」
やったーと言わんばかりに洋一に顔を擦り付けてくるベア吉。
その光景を見てヨルダとティルネもニッコリした。
「よう、準備できてるぜ」
「ゼスターさん、お待たせしました。それと、追加料金の件ですが」
金貨120枚。それは先に渡したが、出張費用が1年近くになった場合、正直足りないだろうと追加料金を出すべく資金繰りをしていたのである。
「いらねーよ、と言いたいところだが。あれば助かるってのが心情だ」
「ちょっとザイオンでやることが増えたからね」
「装備の新調もありますし」
やはり公開プロポーズが後を引いてるのだろう。
それにしても獣人の住まう場所か。
興味はあるけど、オリンのいる方向とは大きくずれている。
また縁があれば会う機会もあるだろうと、洋一は違う道を歩む彼らにエールを送った。
「じゃあ、ミンドレイにレッツゴー」
ヨルダの音頭取りで、一行は一路ミンドレイの港町へ。
来る時に感じた不穏な影は存在しない。
実に有意義な魔道シップの乗り心地である。
ゆうに数時間は乗っていたというのに、疲れは感じられずに港へ。
「じゃあ、俺たちこっちだから」
「ええ、また機会があれば会いましょう」
「おう! その頃にはもっとビッグになってるからな!」
「こちらも負けませんよ」
ゼスター達『エメラルドスプラッシュ』とは港町で別れ、真っ先に向かった場所は為替の受付だ。
国によって扱うお金の単位が違うこともあり、手持ちを王国通貨に替えた
「持ち金は金貨200枚になりましたか」
「ジーパってあんまりお金使わないもんね」
そんなことはない。
しかしこの三人の常識を当てはめればお金は全く使わないのも道理である。何せ衣食住のほとんどを自力で構築できるからだ。
「意外に稼げてたことにびっくりだ」
なんだかんだで一年近くジーパにいた。
稼ぎのほとんどがティルネの団子屋で稼いだ給金の時点でお察しである。
洋一もヨルダも、一切賃金の発生しない暮らしをしてきたからだ。
「使わない赤札がいい塩梅に捌けましたからね」
赤札はジーパ人の戦闘術式『符術』に使われる札も兼ねている。
これが多く集まった理由は、単純に白札では払いきれない注文をする天狗がいたからだ。
ティルネの作る菓子はジーパ人からも広く受け入れられた証でもあった。
「そりゃよかった」
続いて王国周辺の地図を購入する。
自分の位置と、これからどこに向かうべきかの方針を立てるためだった。
「ここからこの位置ですと、炭鉱国アンドールが該当しますね」
「アンドール? 炭鉱ってことは鍛治が盛んなのかな?」
なんとなくそう言ったものの、ピンとこない洋一。
「ええ、人の他にドワーフやハーフフットなどの手先が器用な国民が多い国となります。武器の輸出の最大手ですね。そんな場所に恩師殿の探し人がいるのですか?」
「まだわからないけど、そうらしい。玉藻様が預けてくれたこの形代でそこを示したからな」
「そこって畑あるかなー?」
ヨルダの素朴な質問。
「宿の数より酒場が多い土地として有名ですな。その原材料となる小麦やブドウなども栄えていると聞きます。しかし輸出をしているとは聞きませんな。おおかた、国内で全て飲み干しているんでしょう」
「ドワーフはお酒好きって聞くもんね」
それを聞いてヨルダは相槌を打つ。
酒場が多い時点で飲んだくれも多い。
言いがかりをつけてくる輩も多いなら男装のジョン日をする必要があるなと思うなどする。
「ジーパと違って、強いお酒が多そうだ。野菜より肉料理が堪能できそうだな」
愛も変わらず洋一の着眼点は料理に向いた。
この男、相変わらずブレない。
「そうなりますと、また恩師殿のアレンジレシピが堪能できますかな?」
「ご飯が必要なら言って。めっちゃ用意したから。ね、ベア吉」
「キュウン(うん)」
ベア吉の背中に乗っかりながら、木の枝を剣のように振り回すヨルダ。
実際荷物を物理的に持たせているし、乗っても安心だと道ゆく人に思わせることに成功していた。
◆
アンドールに向かう一番の難所は砂漠を越える必要があることか。
炭鉱の街だから山の中にポツンと聳えていると思ったが、どうもそうではないらしい。
山を越える程度だったら人は雇わなくても済みそうだと浅い考えを抱いていた洋一達。
急遽ギルドで案内人を募ることにした。
砂漠慣れしてて、アンドールの地理に詳しい。
そんな人材がいないか宛てを探しにギルドに寄る。
しかしここで身分を証明する手立てが途切れていたことを再確認した。
「誠に残念ですが、こちらのライセンスは効力を失効しております」
「えっ」
「最低ランクですので、手早くランクを上げませんと、効力は二ヶ月で失効、再発行となりますと、また銀貨がいくつか発生してしまうのです。発行まえに説明を受けていませんか?」
普段ならこんなこと説明するまでもないのだが、と言いたげな受付嬢。
洋一はしまったなぁ、とたったの一回仕事を受けただけで他は何もやっていないことを思い出した。
たったの銀貨数枚で永久的に身分を証明してくれる上手い商売なんてないのだ。
「あ、じゃあこれとかどうかな? 知り合いから譲渡されたものなんだけど」
そう言って、洋一は相棒の藤本要から預かった指輪を持ち出した。
「確認いたします」
受付嬢は指輪に刻まれた紋章を確認し、それが偽造されたものじゃないかを確認するために奥に引っ込んでしまった。
そして慌てるように奥から数名を率いて戻るなり、頭を下げていくつもの失礼をご容赦くださいと態度を改めた。
ギルドの中は騒然とする。
いくつもの注目が集まる中、受付嬢の采配でギルド室へと案内された。
「あんた、随分なところに後ろ盾になってもらってるそうじゃないか。そんな御仁がライセンス失効とはな。あんたを信じてこれを渡してくれた相手に申し訳が立たないのではないか?」
「お恥ずかしい限りです」
「ギルドマスター、お小言はそれまでに。先に今回の依頼内容から改めて説明をお願いします。これがギルドだけで請け負っていいものなのか、そこの判断を踏まえまして」
「だな。こんなもん持ち出して、一体うちにどんな仕事を手配しようってんだい?」
ギルドマスターがズイと身を乗り出し、圧をかけてくる。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった洋一。
「旅ですよ。俺たちは隣国に己の技術の研鑽を求めに向かいたいんです」
「何かの暗号か? シータ、お前は軍事機密に精通していたな? このような言い回しに聞き覚えは?」
「いいえ、もしかしたら新体制の王子派による新たな暗号の可能性もあります。いかが致しましょう?」
「うぅむ」
洋一の言葉は何かの暗喩ではないか?
全く予想だにしない返答にビビり散らかす。
ただでさえ怪しい風貌。
さらには従者に二名の貴族を率いている。
ワケありの出生なのだろうとこの業界に長いギルドマスターはそう決めつけていた。
何せ持ち出したのが家宝。
これ一つ売るだけで巨万の富を得られるほどのものだ。
ただ気に入ったという理由だけでポンと渡せるものではない。
しかし悲しいことにポンと渡せる存在と知り合いだった。
たったそれだけのことである。
「深くは聞かん。しかし我々にできることであれば何なりとお申し付けしてくれ。できることなら可能なだけ配慮する。それでいいか?」
先ほどまでの疑う態度は払拭され、今は謎に慕われて募集の件は無償で執り行われた。
無論ライセンスの再発行を二度と行わなくていいようにブラックカードも付随させられた。
お金は払うつもりでいたのに、と洋一達はどこか納得できない。
「と、その前に新しい契約魔獣を入手したので登録をお願いします」
「キュッ」
今まで一切の気配を見せていなかった小狐が、洋一のフードから頭を出して一鳴きした。
「かしこまりました。お名前と特技などの記載をお願いします」
そういえば、何ができるか聞いてないな。
早速洋一は念話で対話を試みる。
『玉藻様、この子は何ができるのですか?』
『おお、随分と早い挨拶じゃのう。それで、何用じゃ?』
『預かった小狐の能力などはあるかと獣魔登録に必要だそうで』
『そうじゃのう、嗅覚が鋭く、敵意を持つものの接近を見分けることができるぞ。そしてすばしっこいので水の上を渡ることもできる。ああ、それと妾が入ってる時に限るが、霊体の声を聞くことも可能じゃ』
その要素、うまく説明できる気がしないな。
特に霊体とか普段見えないものの声が聞こえるとか、どこで行かせるというのだろうか?
なお霊体なら洋一も目視できる。
ただ、声を聞くなんて論外なので逆に扱いづらくもあった。
洋一は鬼火の天ぷらやそうめんも気に入っているからだ。
変に悩みとか聞いたら料理しにくくなって敵わないなとすら思っている。
ある意味で扱いに困る能力だった。
そして説明もしにくい。
なので得意分野は敵意察知にとどめた。
「この子はおたま。嗅覚が鋭く、敵意を察知したら鳴いて教えてくれます。以前登録した時のベア吉の分も必要でしょうか?」
再発行、そしてブラックカード。
暫定で最低クラスのGなのもあり、洋一は不安でいっぱいだった。
「そうですね。Gランクとのことですし、失効してしまったのもあります。改めて登録していただいた方がこちらも対処しやすいです」
ならば、と移動用の荷運び、戦闘時の防衛にも向くと説明を細くする。
名前はベア吉。生まれはわからないので雑種とした。
聖獣とかの項目はなかったのでチェックは入れなかった。
『おたまか。妾の玉藻から取ってくれたのかえ?』
『ええ。うちのオリンと同じような名付けで恐縮ですが』
『良い良い、母君と被せてくれたのなら尚のことじゃ』
玉藻は名付けを喜んで受け入れてくれたようだ。
以降、おたまには玉藻が乗り移って一緒に行動する。
仕事はいいのか?
たまには息抜きと言いながら、しょっちゅうサボりにきそうな気配を見せている。
「では依頼の方をよろしくお願いします」
「はい、依頼の募集には数日を要しますが、それまではお宿の確保などはお決まりでしょうか?」
「あー、まだ決めてません。この街にもつい先ほど来たばかりですし」
「でしたらこちらで懇意にしている宿があります。こちらからの報告もしやすいですし、そこでご宿泊していただくというのはどうでしょう?」
「ならばそちらで」
ここで変に断るのも悪いと思い、宿の手配もギルドに任せることになった。その際にベア吉などを預ける獣舎の手配も行う。
「そちらは私がやりましょう」
街での手配の仕方はティルネが一家言あると名乗り出た。
さすが元貴族だ。
ベア吉とおたまのとりあえずの寝所を手配し、洋一達は案内人の手配が済むまで国境手前の街、オルクハウゼンで数日過ごすこととなった。
「さて、急ぐ必要はないとはいえ急に暇ができてしまったな」
「だったらさ、この街の名物を見に行こうよ」
ヨルダが、さっきから気になってたんだよねと名乗り出る。
「私もお供しますよ」
『もちろん妾も一緒じゃ』
「キュウン(僕も一緒にいい?)」
「もちろんさ。全員で行こう」
洋一は皆の意見を汲み取り、街に繰り出す準備を整える。
荷物を宿に預け、チェックアウト。
諸々の管理はティルネに一任した。
街での暮らしは洋一には全くわからないので、本当に助かる。
旅は道連れというが、洋一は知り合いから助けられっぱなしだった。
◆
洋一たちは街を練り歩く。
「ねぇねぇ、師匠! あれ! なんだろう」
ヨルダが指差した先に見えたのは、風変わりな屋台だった。
ここ、オルクハウゼンはミンドレイの最北端に位置する街である。
隣国アンドールからほど近いということもあり、武具などの店が多く賑わっている。
そのためか風変わりな武器を持つ冒険者も多いのだが、それを差し引いても屋台も軒並み変な出立ちのものが多かった。
「あー、あれは」
洋一には見覚えのあるものが多くある。
中でもヨルダが気になった代物は砂糖を熱で溶かして、風の力で上空に浮かしたものを木の棒に纏わり付かせた俗に言う『綿菓子』であった。
「師匠、知ってるの?」
「まぁな。ここでの正式名称は知らんが。俺の前いたところにそっくりのものがある。いくつか見繕おうか?」
「私も気になりますねぇ。後学のために是非買い付けましょう。少し高い出費となりますが」
え、綿菓子だぞ? と洋一。
しかしミンドレイ貴族のティルネが言うのだから間違いはないだろう。
驚きを隠せない洋一には訳がある。
それは単純に字が読めないことであった。
そのため、記載されてる文字のほとんどをヨルダに読んでもらい、ティルネに代筆を頼んでいた。
こう言う時、素養のある知り合いがいるのは大きいなと思った。洋一は料理特化であるため、そこらへんの額が全くないのである。
もしヨルダやティルネがおらず、街に出ていたら完全に詰んでいる形であった。
そして買い付けた綿菓子のようなものは銀貨1枚となっている。
洋一は貨幣の価値が全くわからない。
風味を失わないだけのコルクの蓋が金貨60枚の代物だとは聞いたことがあるが、たかが綿菓子がそれに追いつく値段であることもそうだが、ここら辺一体の物価がそれなりに高いと言うことだけをぼんやり理解した程度だ。
「して、恩師殿。これはどのようにして食べるのが一般的なのですか?」
しかしそんな洋一でも、元の世界の知識を駆使すれば、説明くらいはできる。
「こいつは口の中で溶けるのが特徴な砂糖菓子でな。適量をちぎって食べるんだ。かぶりついてもいいが、団子以上にコツがいるからおすすめはしない」
決して歩き喰いに向いてる代物ではないと説明した。
「ほう、砂糖菓子。これが?」
「どんな味するんだろー?」
「早速食べてみよう。俺の知ってるものとの違いを見たい」
と言うことで実食。うん、まんま綿菓子だった。
変わったフレーバーが使われてるわけでもなし。
しかしその値段で売られていることに、客層からは特に不満もなさそうだ。
「あまーい。けどすぐ溶けちゃって食べた気がしない。なんだこれ?」
ヨルダが率直な感想を言う。
そう言う物だから仕方がない。
洋一がいた国では、白い砂糖に色をつけたカラフルなものが売られていたが、この街では琥珀色をした物で統一されていた。
「あくまで砂糖を熱して液状にした物を風で飛ばして棒に絡めた物だからな。材料は砂糖オンリーだ。甘くて当然だろう」
「砂糖そのものがミンドレイでは高級ですからな。この国では珍しい食べ物なのでしょう。そして腹の足しにならないから、罪悪感が低い。食べ物で銀貨相当なのは、貴族向けの商品なのでしょうな」
「ああ、平民とは違うから屋台でも高価ということか」
「そのようで」
わかったようなよくわからないような。
この街では貴族が口にするものは多少高い方が納得されることがあるようだった。
中央都市では銅貨の方が喜ばれたのは、買い手の個人的な理由もあったのだなぁなど思う洋一である。
その後市場で珍しい食材を仕入れたり、野菜なんかも買い付けた。
買った野菜はヨルダが責任持って育てると息巻いていた。荷物は全てベア吉の【シャドウストレージ】に保管している。
時間があまり、かつお金も余ったが故の決断である。
そしてそんな洋一を遠巻きに見ている存在があった。
気配はなんとなく掴めている。
どのような理由でマークされているかもなんとなくわかった。
敵意はないので玉藻の分体であるおたまも静かにしている。
要は先ほどギルドで変に注目したからであろう。
そしてその存在が仕掛けてきたのは人混みが多くなった頃合いだった。
「おっさん、前見て歩きな」
突如かけてきた少年が、わざとぶつかったようにしながら、洋一の腰から一つの皮袋を盗んでいったのだ。
「すまない」
礼を言うまでもなく、少年は走り去る。
「なんだあいつ、ぶつかっておいて謝罪もなしかよ!」
ヨルダは頬を膨らまして憤慨している。
「いいさ、彼も自分の責任を果たすのに必死なんだろう。急ぎの用事でもあったんじゃないか?」
「だとしたって許されないよ」
「まぁまぁヨルダ殿。恩師殿が気にされてないことを怒らずとも良いでしょう」
「師匠が怒らないから代わりにオレが怒ってんの!」
そう言うものなら仕方がない。
どうもヨルダにとって、洋一はすごい存在のままでいてほしいらしい。
「あれ? ここに吊るしていた皮袋がない。どこかで落としたかな?」
「え、大丈夫?」
「後で宿まで戻ってみよう」
「ははは、恩師殿でもそのようなことをなさることもあるんですなぁ」
三人は終始笑顔で再び街を歩き直した。
◇
「ハッ、ハッ、ハッ」
雑踏の中、少年は走る。
目的地の場所まで走り抜けた後、勝利の余韻に浸るまでが少年にとってのルーティーンだ。
「ははは、とんだカモだぜ、あのおっさん。次もあいつからいただくとしよう」
笑いが堪えられなくなった少年は、息を整え、変装を解く。先ほどまでは身なりの悪い平民だった。
しかし変装を解いた後は駆け出しの冒険者のような装いとなった。
彼、ハバカリー=ヌスットヨニは、隣国アンドール生まれのハーフフットの少年であった。
生存競争で負けた両親は、最低賃金で馬車馬のように働かされ、その息子であるハバカリーもまた同様だった。
昔から手先が器用だったハバカリー。
最初は好奇心からだった。
しかしそれが仕事になり、衛兵から目をつけられ、本国にいられなくなった経緯がある。
拾ってくれた仲間にも、スリで計上をあげていることは秘密であった。
本音で話せる仲間を失いたくない。その上で外国籍を持つハバカリーはミンドレイで満足な職に就けない。
消去法で彼は人から物を盗むのを辞められないでいた。
そのための冒険者という肩書き。
彼は仲間にはアルバイトをしていると話し、それで得た賃金だと嘘をついていた。
「ご機嫌だな、ハバカリー」
「ああ、アストルさん。実は臨時報酬が入りまして」
「ほう、どんなのだ?」
「まだ中は確認してないのでわからないのですが」
「報酬というからには、金目のものだろう? 仕事先ではどう言われてもらってきたんだ?」
アストルは実直な男だ。
ハバカリーがスリで計上をあげていることは知らないし、知られたくない。
「さぁ、いつも臨時報酬だとオレの仕事を気に入ってくれた人から包みをもらうんで」
「よくわからないな。客から直接受け取ることが多いという話じゃないか。いい加減、バイト先を教えてくれよ。俺たちも知りたいんだ。キョウやヨリも気にしているんだぞ?」
それだけは確実に言えない。
真っ当な仕事ではないとバレてしまうからだ。
「そのうちね。さて中身を拝見」
皮袋の中身はねばつく何かの肉がみっちり詰まっていた。
それは今までにない体験。
ハバカリーは生まれてからこれまで一度もあげたことのない絶叫を路地裏に響き渡らせた。
◇
「そう言えば師匠、さっき落としたかもしれない皮袋って何入ってたの?」
「あれかぁ、あれは玉藻様からいただいた珍味、河童の肉をミンサーで砕いた物を詰めていたんだ」
「うわっ、それは残念だね」
河童、食べたかったなーとヨルダ。
傘おばけや塗り壁は美味しかった。きっと河童も美味いだろうという確信がある。
しかし洋一達以外には趣味の悪い詰め物、なんなら呪いの道具か何かに見えていたかもしれない。
◆
結局落とした肉詰めの袋は宿に帰る道中でも見つからなかった。
その間、洋一は挙動不振。
周囲から変な人のように思われていた。
「どこいっちゃったんだろうなぁ、河童の肉」
他の肉と混ざらないように別の皮袋に保管していた肉がどこにも見つからないことがショックすぎて洋一は顔を青くしている。
後でハンバーグにして食べようと玉藻と約束していたのだ。
それが調理前になくなるなど、言語道断だった。
「師匠、河童ならまたジーパ行った時に食べさせてもらえればいいから。オレは気にしないよ? むしろ楽しみが増えた感じ」
「それはわかってるんだけどさ。食い損ねたという感情がずっとついて回ってて。今日はもうダメそうだ」
一人しょんぼりとする洋一。
どうにかして慰められないだろうかとティルネとヨルダは考え込む。
と、そんな時宿の方からティルネたちを見かけた受付から声掛けがあった。
「あ、おかえりになられましたね。ギルドからの案内が来ています。候補者が見つかったとのことで連絡を受けています。どうされますか?」
「え、もう?」
数日は見聞するとして、今日はすっかり遊ぶつもりだった。
しかし肝心のリーダーがこの体たらく。
選ぶにしたって満足いく結果にはならないだろう。
ティルネはなんとなく姉弟子であるヨルダの顔を伺った。
「今日は師匠こんな感じだし、どうしよっか?」
「そうですね」
ティルネは逡巡し「すみません、今日は疲れているので明日出向くとお伝えください」と受付に伝えた。
受付もすぐにギルドに連絡しているようだ。
今は少しでも洋一を回復させることが二人にとっての優先順位だった。
室内に戻り、ベッドの上で足をばたつかせるヨルダ。
洋一は悪夢にうなされているかのような、寝苦しさで唸っている。
それを横目にヨルダも唸った。
「師匠、どうやったら立ち直ってくれるかな?」
「ここは私たちで恩師殿を励ますために料理を作ってはみませんか?」
「え、オレたちで? 師匠を納得させる料理を?」
無理だよ。真っ先にそんな言葉が上がるヨルダ。
「もちろん。恩師殿を納得させるのは至難の業。だが、いつまでも拾われた時のままの私たちではない。私たちならではの成長を恩師殿に見せることはそう難しいことではないと思います。違いますか?」
「違わねぇ。いいね、それやろう。早速準備してこなきゃ。オレ、ベア吉のところ行ってくる」
「では私はそれに合う調味料の生成をしておきましょうか」
「そっちは任せるね」
「はい」
こうして二人の弟子は、珍味を食い損ねて悪夢を見始めた洋一を救うてを考えるのだった。
◇
「はい、わかりました」
冒険者ギルドの受付嬢、シータは通信魔道具からの音声メッセージを受け取り、ギルドマスターの執務室へと向かう。
「どうだった?」
「明日向かうとのことです」
「数日かかるといった側から募集が来るとは思わなかったか?」
「急ぎではないと申していたのと、少しアクシデントが起きたようでした」
「アクシデント?」
「一人本日のうちにお具合を悪くされたそうで」
「誰だ?」
「例の指輪持ちの方でそうです」
「この町で何かがあったとしたら事だぞ? 下手したら俺の首だけじゃ済まん可能性がある」
ただでさえ、家宝の指輪を渡されるような御仁だ。
ギルドマスターは頭を抱えていた。
「存じております。例のパーティにはいかが伝えましょうか?」
依頼に名乗り出たパーティ。
まだランクは低いが、出身者が一人在籍する。
道中に遭遇する魔獣はそこまで強くない。
だが、相手が気に入らない場合がある。
ギルドマスターは慎重に物事を推し進めた。
これ以上相手を不快にさせた場合、果たして責任を取り切れるか。
そんな葛藤が募る。
「ここでは依頼主の方が力関係は上だ。まだまだ募集をかけろ。最終的にその中から選んでもらうつもりだ。この街を通し切るまで気を抜くな?」
「承知いたしました」
受付嬢のシータが退席したのを見送り、ギルドマスターは「せめて無事嵐が過ぎ去ってくれよ」と祈る気持ちでいっぱいだった。
◇
「ぐぅえええええええ、なんっだこれ! 気持ちわり! 気持ちわり!」
げしげしと袋を踏みつける男が一人。
件の盗人ハバカリーであル。
「そこまでにしておけよ、ハバカリー。お前にとっては大した価値のものではないのかもしれないが、臨時報酬をくれた相手にとってはそれなりの価値があったのかもしれないんだぞ?」
アストルからの声掛けで、踏みつけて袋からはみ出た肉が飛び散った惨状を改めて見やる。
価値がある? これが?
ハバカリーには理解ができない。
「まだ中に肉は入っているな。ヨシ、鑑定に持っていこう」
「これに価値があるように見えるのか?」
「お前はそう判断したってだけだよ。それにみろ、この綺麗に油が乗った肉質を。焼いて食えばうまそうだ。お前は料理ができるのか?」
ハバカリーは首を横に振った。
金を出して食う側の人間である反応しかできない。
が、所詮肉塊は肉塊。
鑑定所に持って行ったところで評価が覆ることはなかった。
宝石などの貴金属展に肉を持っていったところで、値がつくわけがないのだ。
「ゴミだね。これっぽっちじゃ価値ないよ。鑑定証とかないの? せめてなんの肉かわからないとこっちも値をつけられないよ」
「ほらー、やっぱりゴミじゃん」
「お前が足蹴にしたからだろう?」
「そりゃ悪かったよ」
ハバカリーはそれ見たことかとアストルを詰った。
二人は拠点にしている宿に帰るなり、他のメンバーと合流を果たす。
今日のバイトは最悪だったとか、武器屋がケチだったとか、そういう情報のやり都営をメインにコミュニケーションを測った。
「お、帰ってきたな? 喜べおまえら、仕事だぞ」
パーティリーダーの鬼人、杏が内側から服を押し上げるようなボリュームタップリの胸を張って二人を出迎えた。
「護衛の仕事です。私たちはアンドールまで送っていくだけで金貨150枚が入り込むかもしれない仕事の抽選権を得たのです」
サブリーダーの妖狐、依がこちらは比べるのも烏滸がましいような薄い胸を張ってキョウの言葉に続いた。
それを聞いたアストルとハバカリーは顔を見合わせた。
ただの護衛で金貨150枚。
それは一体どんなお貴族様からの依頼だ?
そこでヨリの言い回しに違和感を覚えたアストルが挙手をする。
「ヨリさん、権利を得たとは?」
「そこはアタイが説明しよう」
ヨリの代わりにキョウが答える。
「キョウ、とあるワケありの一行がギルドに依頼を出した。その噂を耳にしたことはないか?」
ベッドに腰を置き、キョウは切り出す。
アストルは覚えがないと首を横に振り、ハバカリーは表情を青くさせた。
まさか、とは思う。
自分がこれからカモにしようとしていた相手が依頼主だなんて思わない。
むしろあんな怪しい肉を大事そうに皮袋に詰めてるような奴。
そんな金払いがいいなんてあり得ないと決めつける。
「どうした、ハバカリー。顔色が悪いぞ?」
「リーダー、その依頼胡散臭くないですか? 金貨150枚なんて大金、どこから捻出したんでしょうか?」
「貴族縁の方だという話だ。素性こそ明らかにされていないが、タッケ家の家宝を持ち歩いている。相当に特殊な護衛任務だと話されていた。それだけにミッション難易度は高い」
「ただの護衛よりも相当に神経を使う。そのための報酬だそうですよ」
アストルがハバカリーの肩に手を置く。
「リーダーたちは受ける気満々だ。お前も受け入れろ。それで、依頼の詳しい説明などは?」
「後日依頼主より沙汰が下される。そこで選ばれたら150枚はアタイらのもんってわけだ」
「随分と乗り気ですね。何か選別を勝ち抜く秘訣でもあるんですか?」
「うちにはアンドールの地理に詳しいハバカリーがいるからな。依頼主の要望はアンドールの案内も兼ねてるんだよ」
終わった。
取り巻きの何人かに顔を見られている。
表情を青ざめさせ、今日自分がしでかしたことをことここに至って悔やんだ。
そんなクズが、こんないい人達の足を引っ張り続けるのが心底悔しくてたまらない。
「すいません、俺、今日を持ってこのパーティ、抜けます」
ハバカリーは項垂れながら、これ以上このパーティに迷惑をかけられないと頭を下げることしかできなかった。
◆
「待て、突然どうした。お前に今抜けられたら困るんだ。お金に困ってるのか? なら少し取り分を多くしたって良い。この依頼の成功次第で上のランクに上がれる好条件なんだぞ?」
「そういうことじゃないんです、俺、今まで皆さんに嘘をついてました!」
ハバカリーはどうせここを辞めるんだ、と。
今まで秘密にしてきたことを洗いざらい吐き出した。
自分が祖国では役立たずのコソ泥だったこと。
そして今現在、人種差別でアルバイトにも碌にありつず、スリで生計を立てていること。
今回の依頼主が、今日のターゲットだったかも知れないこと。
全てを告げて、懺悔したつもりになっている。
「そうか。だが、だからこそ、お前はこの依頼を引き受けるべきだ」
厳しい目でキョウがハバカリーを説き伏せた。
「どうして……俺は、このパーティがのし上がる機会を奪って、それで」
見捨てればいい。自分に大した価値なんてない。
そう考え込むハバカリーに、アストルはニッと笑ってこう述べた。
「その時はまた一から始めたらいい。パーティだろ? 少しは俺たちを頼れよ。お前がそんな苦しい目に遭ってるなんて知らなかった。知ろうとも思わなかった」
アストルは述べる。
ミンドレイでも平民出身の自分に、他国の事情に首を突っ込む勇気はなかった。
臆病だったのは自分であったと懺悔する。
リーダーのキョウも、サブリーダーのヨリも。
率先してメンバーの過去を探る真似はしなかった。
それが軋轢を生んだのかと今になって思い知ったと詫びた。
ハバカリーは裏切り者である自分を切り捨てずに、拾い上げてくれたことに感謝し、ギルドにその情報を報告した。
報告を受け取ったギルドマスターのこめかみは破裂しそうなほど、震えていた。
怒りで執務机を叩き壊してしまいそうなほど、拳は強く握られている。
「その話、本当か?」
「嘘偽りありません。罰するのなら彼ではなく、痛みに気づけなかったアタイにしてほしい。リーダーとして、責任を負いたい!」
「そんな、リーダー! 俺がしでかしたことなんです。責任なら、俺にあります!」
たかがCランク冒険者の首一つでどうにかなると本当に思ってる世間知らずっぷりを目の当たりにして、ギルドマスターは思わず呆れ返った。
他国民に、ミンドレイにおける貴族の恐ろしさを説くのもどうかと思うが、何も知らないからこそ呑気なものだなと思った。
「沙汰は追って伝える。今日は休め。明日、依頼主が来る。その時に采配してもらえ。最悪、俺の首一つで間に合わないかもしれん。そこにお前たちの首が並ぶか、はたまたこの街の全員の首が置かれるか、その時にわかるだろう」
「え」
リーダーのキョウのみならず、その場にいた全員が凍りつく。
「何を呆けている。お前が相手取った存在のデカさに今頃怖気付くか? 国の中枢に及ぶ大貴族だ。お前らはこの国の貴族がどんな連中か知らないからそんなに悠長に構えていられるのだ。
キョウは改めて依頼主の底知れぬ存在に恐れ慄いた。
ことは自分の命ひとつですむ問題じゃなくなっていたのだ。
ハバカリーは、自分の手癖の悪さを、今日ほど呪ったことはなかった。
◇
ギルドでそんな空気がひりつく取引が行われてる頃。
洋一達といえば、
「どう、師匠? オレも腕上がったでしょ?」
「これ、ヨルダが作ったのか?」
洋一は弟子達の作った料理を前に、感動していた。
「調味料は私が提供しました。どうです? たまには人の作った料理を食べるのも良いものでしょう」
「うん、うまいよ。ヨルダも腕をあげたなぁ」
「だろ?」
へへ、と鼻の下を人差し指で擦り上げる。
しんみりとした気持ちでお椀に盛られた鰻の煮付けを食べた。
うなぎに似た生物を捌き、骨斬りし、血抜きをおこなった。
丁寧な仕事を思わせる。
白焼きにしたのを醤油ベースのタレで甘く味付けした。
俗にいう蒲焼だ。
それがご飯の上に置かれ、付け合わせの山椒が食欲を増進させる。
かつて開いて焼いただけの料理を、まだ覚えてくれてたんだなぁと感心し、すっかり元気を回復させた。
「私はこの吸い物を作りました。ぜひご賞味ください」
「肝吸いか」
ジーパの郷土料理で、あさりなんかを具にしたスープだ。
ほのかに風味が漂い、鰻の香りを邪魔しない。
食べ合わせも上品で、二人の実力の高さが伺える。
「ご馳走様。悪いな、俺も食材ひとつであんなに落ち込むとは思わなかった。もう大丈夫だ」
「よかった、いつもの師匠だ」
「これでギルドからの募集要項の割り振りもできますな」
ティルネが万事解決ですなと安堵する。
「ん? もうギルドから連絡が来たのか?」
「ええ、今日は疲れてるので後日向かいますと連絡をつけさせてもらいました」
「師匠も疲れることあるんだって驚いたよ」
体力お化けだと思われていたようだ。
しかしメンタルの方は結構脆い洋一。
これ以上弟子に弱みは見せられないと思うのだった。
「それは悪かった。まさか今日の今日で決まるとはな。どんな人達だろう?」
「そこは出会ってからのお楽しみといきましょう」
「そうだな。さて、明日から旅が始まるのなら、今日から仕込みをするか」
洋一は立ち上がり、ベア吉の寝ている厩舎に向かう。
本当に今から仕込みをするつもりのようだ。
夜の帷は随分と落ち込み、星々が夜空を彩っている。
「師匠、病み上がりなんだから寝てなよ」
「え、いや。俺は二人から元気をもらって……」
やっぱり体力お化けじゃんとヨルダ。
「良いから! あとのことはオレとおっちゃんでやっとくから!」
洋一は布団に押し込められ、今日は弟子に甘えても良いかとベッドで眠りにつくのであった。
翌朝、目覚めた洋一はベッドから起き出すなり、まだ朝日が上ってないアルクハウゼンの街の散策を始める。
ジョギングも兼ねて、ベア吉も同行させた。
なんだかんだと昨日はしっかり街を見てられなかった。
今日経つのなら、しっかりと目に焼き付けておきたい気持ちでいっぱいになる。
街をまわり、商業区、農耕区、武器通りを歩くと。
こんな朝方だというのに、工房のいくつかでは働き始める人々の喧騒があった。
「キュウン(パパ、急に立ち止まってどうしたの?)」
「ああ、いや。オレも負けられないと思ってな」
「キュウン(僕もいっぱい頑張るよ)」
「よぉし、宿まで競争だ」
「キュウン(あ、ズルした!)」
よーいどん。のスタートもなく、洋一は走り出す。
自分は戦闘が苦手。動き回るのが苦手と言って回っているが、それでも走るという行為については一家言あるほどだった。
しかしベア吉の本気には勝てず、最終的には同着となる。
どこか勝ち誇った顔のベア吉。
洋一はこうやって全力で運動させたことはなかったなと思い返した。
たまにはこうやって遊んでやろうと考え、獣舎に繋いで借りていた宿に戻る。
朝食を食べ、そしてチェックアウトをしてからギルドに向かった。
何やら街の中が騒がしい。
朝っぱらから暴漢でも暴れてたんだろうか?
噂話を程々に耳に入れてギルドに入る。
「こんにちは、宿の人から募集に応募してくれたパーティがいると聞いてまいりました……って、どうしたんですか、お通夜みたいな雰囲気で」
ギルドの中はこの世の終わりのような顔をしたギルド職員とギルドマスター、そして募集してくれたパーティメンバーが集っていた。
「ああ、今日の采配次第でこの街の命運も終わるのかと、覚悟を決めていたんだ」
大袈裟だなぁ、と思わなくもない。
じゃあ、先に自己紹介でも。
そう思った矢先、一人の少年が前に出てきて、謝罪した。
そこには見慣れた皮袋。中には河童の肉がまだ少し残されていた。
洋一は、訛りがひどくて何を言ってるかわからない小さな少年の頭を撫で上げ、感謝の気持ちを述べた。
「ありがとう、君が見つけてくれたのか。これはな、とても大事なものだったんだ」
「あの、そのお肉って、いったい何のお肉なんだったんですか?」
「君たちはジーパに住まう大妖怪、河童を知っているかな?」
「神話級の聖獣伝説なら聞いたコトがあります、まさかそれが?」
「お姉さんはジーパ出身の人?」
「ええ、アタイは鬼人です」
そう言って、キョウは鉢金を外して額の中心から生える一本角を晒した。
「そっか。これはね、ジーパの当主、華様からの案内で紹介してもらった玉藻様のコレクションの一つ。それを俺の能力で加工したものだったんだ。見つかってよかったよ」
「聖獣!? 神話級!?」
ハバカリーは言葉にならない奇声をあげる。
「もしその実在が明るみになればコレクターは大金を叩いてでも買い付けに来る、そのお肉ですか?」
アストルが恐れ慄きながら尋ねた。
洋一は首を横にふる。
「値段はつかないよ。いや、つけられないと言った方が正しいかな。だって、河童はもうこの世界に存在しない絶滅種だから」
「あっ……あぁ……」
これは、自分の命ひとつでは済まない。
仲間の命を捧げたって許されない。
ギルドマスターの言ってることは何ひとつ間違っちゃいなかった。
ハバカリーが改心したとて、足蹴にされた肉はもう戻ってこない。
何なら野良犬が腹に収めた可能性が非常に高い。
「でもね、手元に帰ってきた。それだけで俺はありがたいと思ってる。そしてそこのお姉さん。君がジーパ出身なら、歓迎だ。ぜひ俺達の依頼を受けて欲しい。実は俺は料理人でね、ジーパで料理を習ったのはいいが、その味見をしてくれる人員を探してた。調味料もたくさん持ってきたから、率直な感想が聞きたいんだ。頼めるかな?」
「天地神明に誓って、この以来やり遂げて見せます!」
リーダーのキョウのみならず、パーティメンバー全員が頭を下げた。
皆がこのミッションに命をかけている。
いや、もっと肩の力抜いてこ?
洋一は一抹の不安を抱きながらも、パーティ『一刀両断』に依頼を任せるのだった。




