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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
怪生と鬼人の国『ジーパ』

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26話 ヨッちゃん、いじめられっ子を助ける

 時は少しだけ巻き戻る。

 洋一がミンドレイを旅立ち、ジーパへと向かった頃。

 藤本要ことヨーダ=タッケは学園内にて情報収集兼偵察を行なっていた。


「ったく、オメガのやつ。何かにつけてロイド様ロイド様って少しは有休をくれってーのっと」


 やや管を巻きつつ、そこで少し放って置けない光景と遭遇した。

 

「やめてください!」


 それは一人の令嬢を取り囲んで、私物を奪うなどのいじめの現行犯だった。


「あんたさぁ、生意気なのよ。あたしの婚約者に色目使ってたでしょ!」


「そんな、身に覚えもないことで」


 パシィン!

 言い終わらぬうちに乾いた音。

 それは平手が言いがかりを向けた少女の頬へ放たれた合図だった。


 と、これ以上は見ていられないな。

 ヨーダはわざとらしく登場し、令嬢達の注目一心に集めた。


「やぁ、お嬢さん。こんなところで揃ってお花摘みかな?」


「何よ、あんた邪魔しないでよ!」


 先ほど平手打ちした令嬢がヨーダに食ってかかる。

 しかしヨーダの存在に気がついた取り巻きが、食ってかかった令嬢を引き留めた。


「ちょっとやめなよ、この人例の……」


「タッケ様よ」


「え、なんでこんな場所にそんな人が……」


 ヨーダのみならず、タッケ家は代々魔導士を輩出している家柄。

 子爵とはいえ、古くから国の防衛を任されている由緒ある家柄。

 ポッとでの男爵令嬢如きが気安く話しかけられる相手ではなかった。


 ヨーダは顔を上げるなり前髪をかきあげ、できるだけ爽やかな声で喋る。


「レディの姦しい声を聞いてやってきたのさ。こんな場所で何をしていたのかと思ってね。みんなは次の移動教室に向かったのに、まだこんなところにいる」


「今、向かうところでしたの。いきましょう、みなさん。マールさんもくれぐれもお気をつけなさいな」


 言って、いじめっ子令嬢達は足早にその場から立ち去った。

 残された令嬢は震えながら散らばった教材を拾い上げていた。


 この学園では爵位によるいじめが横行している。

 ロイドはそれも憂いているが、早々に無くならない要因が蔓延していた。


「手伝おうか?」


「必要ありません」


 どこか意固地になった少女が、教材とは別の三角フラスコなどを取り寄せて、それを目につけたヨーダが話しかける。


「調薬、やってるんだ?」


「え、ええ」


 少しだけ好反応。

 ヨーダは少し畳み掛ける感じで話しかけた。


「オレも少し興味あるな」


「調薬にですか?」


「ああ。オレの加護は【蓄積】だからさ。【放射】の連中の鼻を明かすには今のままではいけないと思っていた。オレは知っての通りロイド様の護衛も兼ねている。いざという時に薬学の知識があれば、もっとお役に立てると思ったんだ。だめかな?」


 ぱぁああ、と表情が明るくなる。

 調薬、というジャンルが好きでたまらないのだろう。

 そして、それを快く思わない連中もいる。


 先ほどの令嬢達は差し詰めその一派と言ったところか。


「そう言ったことでしたら、本業の、それこそ王都の調薬師様に頼めばいいのではないですか?」


「そうだね。でもそこは専門知識が多すぎて、オレの脳みそで吸収できるか怪しい。それと、学園からあまり出られないんだ。オレは、ここで学びたい。そして、君が適任だと思った。初級薬術でも構わない。教えてくれないか?」


「そこまでいうのでしたら……」


 少女はもじもじしながら俯き、自己紹介を始めた。


「私はマール。マール=ハーゲン。ハーゲン男爵家の令嬢をさせていただいております」


 年季の入ったカーテシーをヨーダに披露する。


「マール嬢か。オレの名前は紹介する必要あるかな?」


 ヨーダはすっかり学園でも顔が売れている。

 それでも紹介が必要ならするつもりでいた。


「存じております。タッケ家のヨーダ様ですわよね? 確か新しい魔道師団をお作りになられたとか」


「まだまだ一人団長なんだけどね」


 照れ隠しのように笑い、そして場所を移す。

 移動授業の間はどこかからの視線がとにかく多かったが、ヨーダが一緒にいれば自ずと厄介ごとは発生しなかった。


 それから何日か暇を見つけてはマールと会った。

 オメガには度々、叱責されるが別に護衛任務を放ったらかしにしている訳ではない。


 全ての仕事を終わらせた上で、暇を見つけて何かしているだけ。

 それがマールとの調薬の授業だった。


「なるほどな、こいつとこいつを合わせてポーションができるのか、覚えた」


「ヨーダ様は覚えが早くて教え甲斐があります!」


 マールは同じ調薬仲間ができて嬉しいと喜んでいる。

 最初こそは、ただの興味本位での調薬だろうと、すぐに辞めるかもしれないとヨーダを疑っていた。


 しかしヨーダの凝り性や、わからないままで放っておくのが嫌いな性分が上手いこと働き、次第にマールはいつもの仏頂面以外の表情を見せるようになっていた。


 そして会話をしながらの調薬。

 物覚えが早いヨーダに教えられることはほとんどなくなり、今は一緒に新しい調薬課題に励んでいた。


 次第に話が行き詰まって言ったマールは、なぜあんな嫌がらせをされるようになったのかの原因を語っていく。


 昔は同じ学者同士で家での付き合いもあったとか。

 いじめ相手の家と、マールの家の叔父が上司と部下の関係で、よく世話をしてもらっていたのだとか。


 が、その話が拗れたのがつい最近。

 叔父のティルネが王命を受けた。

 直接引き受けたのは上司で、仕事を斡旋されたのが叔父さんということらしい。


 その叔父さんが納期までに戻らなかった。

 話を受けた上司の面目は丸潰れ。


 それ以降、嫌がらせを受けていると言った形らしい。


「それ、直接的にはマール嬢は関係ないじゃん」


「貴族って家のメンツがなによりだから。ヨーダ様も心当たりない?」


「めっちゃある。でも、ほとんど言いがかりじゃんか。言わせっぱなしでいいのか?」


「よくはないけど、それでもああいう人たちは自分より弱い相手を見つけて叩かなければ気が晴れないのよ。男爵ってそういう意味で格好の的なの」


「爵位叩きは本当に不毛な争いだよなぁ」


「ヨーダ様はそういうの興味ない感じ?」


「いじめしてる暇があったら自己鍛錬するでしょ。明日は我が身だから」


 あぁ【蓄積】の悩みどころ。

 貴族の中での加護差別は、爵位差別以上に根が深いのだ。


「私もー。でもお父様は叔父様の後なんか継がなくていいっていうの」


「やらかした叔父さんだから、家長としては頭痛の種なんだろうね」


「お父様は叔父様の成果を数字でしか見てないから簡単に切り捨てられるんです! 私に調薬を学ぶ機会をくれたのは叔父様だというのに」


「叔父さんはマール嬢の先生な訳か。そりゃ貶されたらいい気はしないわな」


「そうなんだよー。それに、一度帰ってきて、私にこのレシピを渡してくれたんです。叔父様は別のところに行くから、今までのレシピはここに記した。研鑽を詰みなさいと」


「叔父さんはどこに行くって?」


「わかりません。ですが……とても晴れやかな顔をしていました」


「悔いはないってことか。どこかで名前が売れる日も近いか?」


「ええ」


 だからこそ、新しい課題に挑戦し続け、いずれこのレシピを発表してみせるとマールは息巻いた。

 ヨーダも負けじと「どっちが先にものにできるか勝負だな」と仕掛けて笑いかける。


 ちょっとした息抜きのつもりだったが、すっかり調薬にハマるヨーダだった。



 ◆



「君、最近女子生徒と仲良くしてるらしいね?」


 ルームメイトのオメガが、メガネをきらりと光らせながらお小言を放つ。


「なんだ、妬いてんのか?」


 ニヤニヤしながら揶揄うヨーダ。


「別に。仕事をおろそかにしなければ構わない」


 オメガはそっぽを向きながら、フンと鼻を鳴らした。


「そっちは任せとけよ。そういやさ、うちらが入学する前に陛下から王命が下されたって話、お前知ってる?」


「藪から棒になんだ? いや、父上から聞いたことがあるな。でも入学前の話だし、僕には関係のないものなので詳しく調査はしてない。それがどうした?」


「どうもそれ、利権がらみで失脚した貴族がいるらしいんだよね。今懇意にしてる子の親戚が失脚に関わってるらしくて」


「それが原因でその子が何かに巻き込まれてると?」


「どうもその叔父さん関連で謂れもなくいじめられてるっぽい。見てられなくて割って入ったんだが、相当に根が深い話のようだ。オレがいるときは相手は何もしてこないが、いない時が怖くてな」


 ヨーダがいつになく深刻な顔でオメガに相談する。

 ロイドの護衛もそれくらい真剣にやってくれればいいのに。

 オメガは大きなため息をつきながら、本音を語る。


「君が心配するほどの案件なのか? 僕にはそこまで付き合うほどの案件には思えない」


 正論だ。今自分たちに課せられた仕事を放ってまでする案件ではない。

 しかしヨーダはこの案件を放っておいて護衛は務まらないと妙な感を働かせている。

 何か嫌な予感。

 大きな影に隠れて見えない何かが裏で蠢いていると形容した。


「正直いえば気のせいで済ませる話だろう」


「だったら……」


「だがこれを見捨てたら、ロイド様がこの国を継承された時、国に巣食う悪意まで見逃してしまう気がする」


「それほどなのか?」


「利権絡みってのがすごく引っかかってる。いつものことだろう、と見逃されすぎてるこの体制が、ロイド様の代でもついて回るとなったら、お優しいロイド様のことだ。きっと頭を悩ますに違いない」


「一理あるな。わかった、詳しく父上に聞いてみる。お前もくれぐれも早まった真似をするんじゃないぞ?」


「わーってるって」


 ルームメイトに釘を刺されつつ、ヨーダは部屋を出る。

 そしてすぐにこちらを警戒する視線を察知した。


 付けられてるな。

 マールの件はただのイジメではないのか?

 少し泳がせてみるか。


 ヨーダは角を曲がった後、浮遊の魔法で壁に張り付き息を潜める。


 そして角を曲がってきたのは……例のいじめっ子の取り巻きだった。


「あれ、こっちに確かに曲がったはずなのに」


「やぁ、お嬢さん。誰かをお探しかな?」


「ひゃっ」


「おっと。脅かすような真似をして済まないね。それで、オレに何かようかな?」


 驚いて身をすくめる令嬢の腰に手を回し。顎に親指を添えて視線をまじわせた。

 イケメンムーブどころかただのナンパ師の素振りであるが、令嬢はすっかり赤面してしまった。

 ヨーダの整った顔立ちにすっかりメロメロになっているのかもしれない。

 何かの任務中ではなかったのか? と思いつつも相手が落ち着くのを待ってから話を促した。


「あ、えっと。ヨーダ様を見かけたので、どこにお出かけになるのか気になりまして」


「流石にプライベートくらいは見逃して欲しいもんだけどね?」


 そのまま壁にしなだりかかり、壁ドン。

 少しの圧をかけながら、いつでも逃げ出せる空間は開けておく。


「あ、すいません。そういえば、今日はマールさんとはご一緒ではないのですか?」


「おや、なぜオレが彼女と一緒に行動をしていることを知っているのかな?」


「あ、偶然お見かけしまして。今日はご一緒してないのかなーって」


「そうかい」


 黒だな。マールと一緒にいる時は周囲から見えないように配慮していた。つまり外から見られることはないってことだ。


「そういえば今日、いつも懇意にされてる令嬢は何処へ?」


「えっと、どなたのことでしょうか?」


 シラを切るか。

 だが目が泳いでる。嘘をつくのは慣れてないようだな。


 カプリニーク=サル令嬢のことだと耳打ちすれば、目を大きく見開いて震え出した。


「どこでその情報を?」


「どこで聞いたと思う?」


「すぐにお嬢様に知らせなければ!」


 令嬢はドレスの裾を破ると素早く距離を取り、逃走を図った。


「あいにくと、ここはオレの殺傷圏内なんだ」


 パチン。

 ヨーダが指を弾く。それだけで令嬢がぐったりと膝から崩れ落ちた。

 その場に寝かせて、急いでマールのところに駆けつけたが、特に大事ないようだった。


「そんなに慌ててどうしたんです、ヨーダ様」


「ここに、誰かからの使いは来てないかい?」


「そう言えば、お渡ししたいものがあると鞄を置いてかれた方がいましたが」


「今それはどこへ?」


「確か研究室の台の上に」


「研究レシピが危ない!」


 何かを察して駆け出すヨーダ。

 しかし時すでに遅し。研究室は火の海が広がっていた。


「レシピが!」


 マールが必死に叔父さんから受け取ったレシピを探すが、見つけた時にはすでに燃えつきており、膝から崩れ落ちて意気消沈としていた。


 くそ、連中はここまでやるのか。

 マールの叔父さんへの恨みだけでは何かが、背後でうめいている感覚が、いつまでも拭い去れないでいた。





 そんな様子を遠眼鏡で見つめている少女たちがいた。

 首謀者のカプリニーク=サル令嬢である。


「見て、あの顔。いい気味だわ」


「しかしお嬢様、あそこまでやる必要があったんでしょうか?」


「レシピのこと? あれくらいは生ぬるい報復だわ。これは家のメンツの問題なの。あなただって自分の家が平民に舐められていたらこれくらいの報復はするでしょう?」


 あまりにも突出した理論展開。

 だが、それはあまりにも彼女たちの逆鱗に触れるものだった。

 理解ができる言葉というものがある。


 下級貴族だとしても、平民と同じに見られるのは屈辱なのである。

 確かに舐められたらムカつくだろう。

 放火するぐらいなら許可される。


 恐ろしい話だが、メンツというのは貴族にとってそれぐらい大事なものなのだ。


「あの子をこの学園から追い出すわよ。手を貸しなさい。貸さないのならば、次の矛先はあなたに向くわよ?」


 それは脅しである。

 家を通さない、令嬢間でのやり取りでも、爵位を笠にした脅しが蔓延していた。





「全部、燃えちゃいましたね」


「鞄を持ってきた人の特徴は覚えてるか?」


「学園教諭だったので」


「先生が?」


「ええ。家の人から配達物があると」


「マール嬢に一切の連絡も行かずにか?」


「普段お父様からそんな私物の配送なんか受けたことなかったから、知らなかったのよ」


「そっか。それにしても……」


「ええ」


「あいつらオレたちが毎日レシピを手書きで写してるなんて知りもしないのな」


「それは仕方ないわよ。まさかそんな面倒なことを貴族がするなんて思ってもないわ」


 燃えたレシピは原本で、それから自分なりのアレンジを加えたレシピはそれぞれが大事に保管していた。

 これみよがしにレシピを置いていたのは、憧れの叔父の手記を近くに置いておきたいというマールの気持ちの問題だった。


「そして、モノはとっくに出来上がってるということも知りもしないんだろうなぁ」


 ヨルダは懐からティルネの手渡したレシピの完成品を取り出して揺らす。瓶の中では高い透明度を誇りながら、しかし若干濁った液体が入っていた。


「今は品質向上に時間をかけてるものね」


「作って終わりじゃないのが調薬の厄介なところだよな」


「何を言ってるの、一番楽しいところよ?」


 敵わないな。マールの発言にヨーダは肩を竦め、少し時間は外れたが今日の研究に勤しむのだった。


 



「ヨーダ、ようやく事の概要が掴めたよ。陛下は王国に差し迫る未来を憂いておられたようだ。毛根の後退。近い将来陥る、貴族のシンボルの消失。それはあってはならない事だと調薬部門に働きかけていたそうだよ」


 数日ほど開けた後、帰ってきたオメガは鎮痛そうな表情で事の顛末を並べ立てた。


「納期は?」


 ヨーダは至極真っ当な、学者にとっては頭の痛い条件を尋ねる。


「相当ご無理をされたそうだ。無茶な納期を設けた。その分資金は潤沢に出した。できないものは仕方ないとしたが、帰ってこない学者と、それに焦りを覚えて有る事無い事言いふらした学者がいた。後者の学者の過去を洗えば。出るわ出るわ不祥事の数々が。それを疑った大臣のイェス様が沙汰を下したという事らしい」


「なるほどな。ようやく点と点が繋がったぜ」


 ヨーダは何故マールが狙われていたのかはっきりしたという顔で述べる。

 要はそのデータをコピー、ないしは破棄するのを目的として動いたいたようだ。

 爵位を笠に着た搾取。

 それは珍しいことではないが、報酬の着服の他に実績の着服もしていたとなれば……

 

「面白くないな」


「どうした、ヨーダ」


「オメガ、陛下……もしくはイェス様と面会の取り付けを願えないだろうか?」


「個人的な面会はされない方々だぞ? 何をするつもりだ」


 突然のヨーダの申し出。

 オメガは「何を言い出すんだこいつは」という顔で警戒した。


「実はな、そのレシピはもう完成している。納期もそうだが、まだ王国に献上できる品質ではなかった。それが期限になっても顔を出せなかった理由だ。それを託された彼女は、責任を負われて失脚した貴族の娘から虐められた。つい先日ボヤ騒ぎが起きたのを知っているか?」


「ああ、僕が留守中のことだよね。殿下から聞いたよ。紀伊様も不安がっていた」


「そのボヤは件の令嬢を直接狙ったものだった。話を伺った限りでは、学院の教諭も加担している。ことは生徒同士のやり取りではない。貴族家全土に広まる可能性が高い。元々が家同士の利権の問題だ。今はボヤで住んでるが、一度燃え上がったら王国全土が燃え上がるぞ」


 オメガは「まさか」という顔をする。

 学園内では爵位の課せなく生徒として振る舞うことを約束されるが、そのルールを守っている生徒は少ない。

 今学期は王太子であるロイドが入学しているのもあり、特にそういった緩みが厳しいように思える。

 他国の姫君の留学生もいる。


 それが一部の生徒の鬱憤を溜めているという話も聞いていた。

 今までできていたことができなくなった。

 それをうれうのは生徒どころか、教諭にもまわっているのではないか?


 ヨーダはそんな懸念をオメガに伝えた。


「なるほどな。爵位による搾取については僕も聞いたことがある。しかしすでに蔓延しているものを今すぐに振り払うことは難しい。ロイド様は王位を継承されるまでは一生徒に過ぎないからね。今全貴族から恨みを買うような真似はできないよ」


「その通りだ。だから直接国にとって必要だと取り立てできる人物にこの情報を伝える必要がある。ことは王国全土の憂いに繋がっている。しかし、それを男爵の小娘に成果を持っていかれてよく思わない連中もいる。それが同じ学者仲間の、とりわけ爵位が高い生まれの連中だ」


「爵位が人を縛るわけではないというのに、愚かなことだ」


「まったくだよ、それには同意する。だからこそ、これは可及的速やかに行わなければならない」


「要件を伺おう」


「とある生徒のSクラス編入、あるいは実家の陞爵(しょうしゃく)について」


「即座に決定するのは難しいぞ?」


「そこは実際の商品を試してからで結構だ。国に必要ないと思えばバッサリ切り捨てていただいて構わない。だが……」


 ヨーダは少し考えたように間を開ける…


「他国に流れるか?」


「ああ、王国の弱点を知られた状態でだ。爵位によって自由が効かなくなるのなら、いつまでも王国に忠誠を誓えない。爵位が上がらないのなら、搾取されるままなら、この薬品は他国の手札の一つとなる。その可能性を踏まえた上での相談だ」


「まさか脅すのか?」


「脅しと捉えるか、自国の士気を挙げるかの瀬戸際だ。今現在足の引っ張り合いでこの成果が失われようとしている。いや、相手方はうやむやにしたがっているといった方が正しいか。自分より先に成果を出されたくないとご執心だ。後にも先にも家のメンツを立てる。国への貢献は二の次にな」


「悠長にことを構えている間にも、利権がらみの問題は見えないところで起こっている、か」


「ああ、ロイド様の護衛に目を向けている間にもだ。どこの国に渡るかで、政敵を増やすこととなる。今は未然に防げたが、今も王国内で何らかの技術が他国に流れ出かねてないのが現状だ」


「それはなるべく起きてほしくない未来だな」


 悠長なことを述べるオメガに、ヨーダは詰め寄って言及する。


「起こってほしくないって事件は、もう後ちょっとで起こるんだよ。この国はあまりにも他者からの搾取が苛烈だ。爵位による優位性をこれでもかと並べ立てる。家を出たら何もできない奴に限ってその傾向が強い。ロイド様が現実を見たら寝込むんじゃないか?」


「護衛の領分を超えている気もするがな」


「だが、近い将来起こりうることだ。それがロイド様の代か、あるいは今の陛下の代か。護衛としてはそれを知って目を瞑ることはできるのか? 見過ごすにしろ、上への連絡はしておくに越したことはない」


 全くもってその通りであった。護衛とは、国に憂いをもたらす存在を報告する任務も受けているのだ。



 ◆



「わかった。直接のご連絡は僕に権限がないから無理だが、父上を通してなら多少は話が通りやすいだろう。毛根の後退を切実に憂いているのは魔導師団長が顕著なのだ」


「うん? 別にノコノサート様は禿げてないだろ?」


「ヨーダ、次同じことを父上の前で言ったら、タダでは済まさないからな?」


 鬼のような形相で睨まれた。

 とにかくマナーにうるさくて敵わないと、ヨーダはオメガを振り払った。


「わーったよ。でもうちのお父様も特に毛根の後退は……」


「現場では見せないようにしてるだけだよ。とにかく抜け毛がひどいらしい」


「あー」


 今現在で進行中ということか。どこの世界でも抜け毛の悩みは尽きないのかねとヨーダはため息をついた。



 それから数週間後。

 ノコノサートからイェスに直接面会の機会があった。

 その場に当事者こそ来れなかったが、ヨーダが魔道師団長の肩書を使って同席することを許可されたので、そこでそのレシピの熱弁を奮った。


「なるほど、納期には間に合わなかったが、物はできていたと?」


「はい。しかし納期に間に合わなかった理由はそこだけではなく……」


 思わせぶりな態度でヨーダは告げた。

 イェスは息を飲み、直後眉間の皺を揉み込んだ。


「爵位による搾取か。成果だけでなく報酬の中抜きまで行っていたとはな」


「ことは王国全土に広まる禍根の根となります。しかるべき対応をお願いしたく思います」


「しかしな、薬品一つで取り上げるというのも」


 イェスは全ての話を聞きながらも釈然としないという顔をした。


「効果はお墨付きです。私の部下は特に抜け毛が激しく、その件で悩んでいたのです」


 ノコノサートの発言に、従者としてきていた部下の一人が魔導士のフードを脱ぎ去り、陛下の悩みは近い将来こうなることを見せつけた。


 完全に前から中央にかけて禿げ上がっており、残された左右の毛根が妙に力強い。

 今後陛下がそのような頭部になったら威厳もへったくれもないなとイェス想像した。

 今は自分もそこまで乱れていない。

 だが今後はこうなってもおかしくない。

 今王国に蔓延る抜け毛問題は深刻な領域に至っていた。


「これが、その薬品でどこまで回復するのだ?」


「ヨーダ、薬品を」


「はい。こちらを」


 ノコノサートの計らいでヨーダが封を開け、部下がそれを一気に飲み干す。するとみるみるうちに細い毛が頭部を覆い、やがてその細い毛が逞しく太く育つ。

 やや伸び過ぎな気もするが、それくらいの方が髪型を決めやすいだろうと補足をつけた。

 人によって好みの髪型もあるだろうと添えれば、ううむと悩み出す。


「これは、すごいことですよ! この薬品がなければ、私は家での立場がないほどでした。明日から外を歩くのも楽しくなるでしょう。今までは隠れて過ごすような日々でしたが。これさえあれば……」


 陛下に忠誠をより一層誓うことができる。

 そう述べた部下に、イェスはその薬品を預かり、方々で試して回った後、直接陛下に献上して見せた。


「そうか、成し遂げてくれていたか。改めて例をしたい。そのレシピの発案者は?」


「もう店を畳んで国を出ているとのことです。爵位の低さが場所を奪ったと、家を継ぐこともできず、学者としても爵位の差で搾取を受けていた。もう王国にいられないとのことです」


「何ということだ。未来の希望の担い手を、いつの間にか失っていたということか?」


「はい。ですがそれを引き継いで、完成させた学者がいます」


「おお、どこの家の者だ!」


 イェスはハーゲン男爵家のご令嬢、マールがその学者としての頭角を表したことを公表する。しかし身分は学園生。

 家を代表しての成果ではない。


「学生が? これを仕上げたというのか?」


「ええ、未だその悩みに達してない若い芽ではありますが、それを成し遂げることで、国を去った学者の憂いを晴らそうと研鑽を積んだとのことです」


「そうか。ならば国の将来への貢献をしてくれたものに報酬を与えねばな」


「それでしたら」


 イェスは爵位による格差をなくす提案をした。

 学者に生まれは関係ないとした。

 それは家を継いだかどうかではなく、仕上げた成果物で決めるものとした。


 その上で、国の安寧を願う薬品で叙勲を行う体裁をとった。



 その後。

 ハーゲン男爵家はそのままで、マールが学者として叙勲を受けた。

 地位としては伯爵と同等の一代限りの学者爵である。

 そして国の将来に欠かせないとして、急遽Sクラスへの編入を果たした。


 マールの努力の成果が出た形であった。


「改めてよろしく、マール様」


「すべてヨーダ様のおかげです。あなたと出会わなかったら、私はあのまま……」


 いじめの果てに自殺を選択していたかもしれないと綴った。


「何言ってんだ。オレはマール様に師事を乞うただけだぜ?」


 事実だ。しかしそれは優しい嘘でもあった。

 本音を語らぬ男であると、マールは今迄の付き合いでよく理解していた。


「そこ、いちゃいちゃしてないでご紹介してくださる?」


 教室内で、紀伊の視線が新入生と問題児に降りかかる。


「私はロイド。一応王太子だけど、ここでは一介の生徒として暮らしている。よろしくね?」


「は、ははは初めまして。マールと申します。不束な家の出ではありますが、これからも国のために精進いたします!」


 マールは平謝りする機械と化した。


「そんなに気を使わなくたっていいわよ。同じ年齢なんだし。妾のことも呼び捨てで構わないわ」


「こちらは紀伊様。一応ジーパ国の姫様だ」


「ピャッ」


 あ、フリーズした。

 ほぼ平民みたいな男爵から、王族二人を相手にすれば無理もないか。


「ねぇ、僕の紹介は? 一応今回の一番の功労者だと思うんだけど?」


 確かにロイドに直接物申すのは不敬だとオメガを通して陛下へ陳情した形。


「まぁ、復活したらな。ちょっと男爵のご令嬢に王族二人はキャパオーバーだったらしい」


「ここでは爵位の違いなんて大したことないのに」


 当事者のロイドは乾いた笑いを浮かべる。


「肩書を持つものにとっちゃな。ロイド様は王太子ってだけで爵位の低い物は硬くなっちまうんだよ」


「どこぞの養子殿は不敬な態度を振り撒いているように思えるけど?」


 オメガの視線がヨーダを射抜く。


「オレ? オレは特殊個体だと思っとけばいいよ」


「そうですわね、ヨーダ様は国の物差しで測れるお方ではありませんね」


「だろぉ?」


「ははは。ヨーダは面白いな」


「一緒に行動する身としましては、これ以上ない異分子ですよ、こいつは。ことごとく問題行動しか起こさない」


「だが、それで新しい部下を迎え入れられた。護衛としての問題点を補って有り余る有能さだと、私は評価してるよ?」


「ロイド様はお優しすぎますよー」


 あるはれた午後の教室にて。

 オメガの嘆きがこれでもかというほど響き渡った。



 ◆

 


 マールがSクラスに編入して一週間が経過した。

 最初は顔を見るだけで緊張していたが、今では固まりながらも話すぐらいのことはできていた。

 しかしまだまだ人見知りは治りそうもない。


 そこでだ。

 ヨーダはマールに提案をした。


「え、アルバイトですか?」


「うん。今からこんな感じだと、学園を出た後に苦労すると思って」


「そんな、私なんてただの研究員ですよ?」


 その顔には貴族と言っても一代限り。

 羨む人もいないだろうという考えだ。


「世間はそう思っちゃいないんだよなぁ。一代限りの爵位とはいえ、今やもう伯爵様だ。取り成そうと近寄ってくる貴族は多いだろう。そこで、だ」


「アルバイトをして度胸をつけろ、と?」


「うん、まぁ慣れって大事だから。ちょうどうってつけの場所があるんだよ。オレたちも食べに行く酒場なんだけど」


「酒場?」


 私まだ13で、成人してないよ? という顔。


「お昼に軽食を出してるんだ。バイトは昼の時間にすればいい。もちろん、平日は学業を優先してさ」


「うん、まぁそれくらいなら」


 何とかマールを丸めこみ、ヨーダはバイト先を案内した。

 本当ならロイドや紀伊、オメガなんかを連れて行きたかったが、忙しいという理由で断られた。解せぬ。


「ゴールデンロード、叔父様から聞いたことがあります。確か店主さんと懇意にされていると」


「へぇ、意外な共通点。親父さーん。オレ、オレオレ」


 まるで詐欺師のような口頭で、店に入るなり店長を呼べとテーブルを叩くヨーダ。

 すると厨房からあくびを噛み殺した傷だらけの大男が面倒臭い客が来た、という顔で出迎えてくれた。


「坊主。今日は一人か?」


「どこに目をつけてやがるんだ、麗しい乙女も一緒だろうが」


 ヨーダはマールをこれでもかとアピールしてみせる。

 ワイルダーは「そういうことじゃねぇんだけどな」と後頭部を掻きながら厨房に来いと合図を送った。

 それを確認してヨーダがマールを誘い込む。


「中入れって」


「今のやり取りでそこまでわかるの?」


 アイコンタクトとも、ジェスチャーとも取れる短い合図だ。

 マールには到底理解できそうもなかった。


「で、要件は?」


「おっちゃん、ランチタイムのバイト募集してたろ? この子なんてどうかなって思うんだけど」


「募集してるってもなぁ、こっちが欲しいのは経験ありの即戦力だ。そこのお嬢さんが何者かはわかんねーが、ハイそうですかというわけにはいかんのよ」


「まぁまぁ、お試しだけでもいいから」


「まぁ、お試し程度なら」


 何とか許可が出た。

 そして自己紹介をすると、ワイルダーは心底驚いたように脱帽する。


「あんた、ティルネの姪っ子なのかい?」


「店長さんは叔父様を知っているんですか?」


「知ってるも何もあいつとは同期でなぁ。同じ【蓄積】の加護持ち。家もつげないし、これからどうするって語り合った仲さ。そうか、いつも自慢してた姪ってのが君なのか」


「叔父様は私のことを何て?」


「物覚えが良くて、すぐに追い越されそうだと。ただ、少々入り込みすぎるところがあるから、サポートしてくれる奴が現れたら化けると言っていたな」


 ワイルダーがヨーダをみやり、すぐにマールに向き合った。

 こいつは違うな、という切り替えである。


「そこまで買ってくれてたなんて知りませんでした」


「まぁ、あいつは口下手だからな。ただでさえ男爵家は貴族社会で居場所がない。俺も同じ身分だったからな。あいつの苦労もわかるんだ」


「店長も苦労してるんだねー」


「ガキが、知ったふうな口聞くな」


 ごつん。

 ヨーダの頭頂部に大きめなコブができた。

 相手を男と思っているからの情け容赦なさである。


「いでぇ」


「ふふ、ヨーダ様ったら」


「そういや、お前もいいとこのお坊ちゃんなんだったな。態度が近所の悪ガキと一緒だったから、同じ感じでいっちまったぜ」


「別にいいぜ。こっちの方が気安い」


「で、だ。アルバイトの件だが、正直配膳以上のことが求められる。それが客の機微への気付き、客の顔色で何を求めるかの見分け。そしてここからが一番大事なところでな。この店はありがたいことにお忍びでやんごとなきお方が結構な頻度で来たりする。その時に見分けることができるかという審美眼だがな」


「うちらの場合もあるし、陛下が大臣連れてやってくる時もある」


「うわっ。予想以上にハードな仕事だった」


「でもお前、モノ覚えるの早いじゃん。絶対天職だと思うんだけどな」


「そう思うかどうかは私の采配なんだよねー。オメガ様の言葉に乗せられて今の私がいるとはいえ」


「こいつがまた何かやったのかい?」


「いつものことですよ。いつ不敬で訴えられるかわからないチキンレースを日々開催してます」


 ヨーダはワイルダーから「お前なぁ」という顔をされる。

 正直なところ、ヨーダは学園を追放されるように仕向けて動いているのだが、なかなか首にしてくれなくてアクションがだんだん派手になってきているだけである。


 オメガに小言を言われながらも、なぜかロイドや紀伊から高評価を受けるせいでミッションは失敗続きだった。


「まぁ、本採用はともかく、今日一日は試験運転ということでいいか?」


「じゃあ、オレ客やる」


「奢らんぞ?」


「失礼な。自分の分くらいは払うわ」


 そんなやりとりを経て。


「お待たせしました。ご注文のギョーザです」


「お、キタキタ」


「この料理、初めてみるんだけど流行ってるの?」


 お盆を抱えたマールが、ヨーダのテーブルに運ばれた料理に注目する。


「この店だけだな。ちなみに、陛下もお気に入り」


「意外」


「食事中は無言になるから、配膳後は邪魔しないように音もなく消え去るのがコツだ」


「無理だよ」


「まぁ、食ってる方は気にしないさ」


 ヨーダはポン酢にたっぷりの胡椒をふりかけて、ギョーザを潜らせて片口に運ぶ。

 そのあまりにも見た目の豪快さに、マールは「うわっ」という顔をする。


「何?」


「そんないっぱい胡椒をつけて舌が馬鹿にならない?」


「これが一番うまい食い方なんだよ。ここでエールをキューっと」


「ヨーダ様、私と同い年ですよね?」


「いいじゃんよ。ちょっとくらいさ」


「悪いが坊主、酒は昼間に出してないぞ」


「じゃ、夜くる」


「おい、護衛。飲んだくれて護衛対象を死なせる真似なんかするなよ?」


「オレより優秀な護衛がいるからでーじょうぶだよ」


 なんら感情のこもってない瞳。

 ギョーザに柑橘の搾り汁をすうてきたらし、先ほどのタレをちょんとつけてからいただく。

 

「後で私も賄いに頼んでみようかな」


「そうしとけ。ウェイトレスは料理がどんなのか紹介するのも含めて仕事だからな。うまい料理がいっぱいありすぎて迷うほどだ」


「楽しみ」


 こうしてマールは試用期間を無事乗り越え、ゴールデンロードの新しい看板娘となった。


 最初こそは看板娘として。

 しかし王国の発表とともに名前が売れ出し、ついには毛生え薬の世話になった顧客から詰め掛けられるほどになった。


「ヨーダ様。アルバイト先、紹介してくれてありがとね。研究の息抜きぐらいに考えてたけど、今はどっちが本職かわからなくなってるくらいよ」


「そりゃよかった。もう前みたいに他人の顔色見て腰が引けないか?」


「おかげさまで」


 マールは花のような笑みをヨーダに見せた。

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