25話 ポンちゃん、ジーパ人に飯を振る舞う
洋一達がダンジョンを出て直後、なぜか開催されるはずの祭りが打ち切りになった。
忙しないな、なんて思いながら洋一は弟子達にダンジョンで〆てきた怪生を披露する。
本当はその場で料理するつもりだったが、あまりにも大物を仕留めているのを目撃した者たちが大袈裟な態度で触れ回ったため、打ち切られた祭りの代わりに洋一がジーパ国民に向けて料理を振る舞う祭典が開かれた。
「いや、飯をふる舞うだけで大袈裟すぎないか? 玉藻様や華さんまで出張ってきて。俺はヨルダやティルネさんに食わせたかっただけで、そこまで数を用意してきたわけじゃないいんだぞ?」
そこをなんとかと紅蓮や氷河に宥められ、洋一は今ここにいる。
集まったジーパ人は数日しか見かけなかった洋一よりも、すっかりジーパの顔になりつつあるヨルダやティルネが師と仰ぐ相手はどれほどかと興味本位で集まっていた。
『ふふふ。わからぬか?』
「貴殿はもう少し自分の特別な力を理解すべきだ」
意味深に笑う玉藻や、やたら敵視してくる華に見守られ、洋一はその力を料理に集約して込める。
「師匠、火の準備できたよ」
「恩師殿、調味料の貯蓄は潤沢です」
「よし、始めるか!」
洋一はなんだかんだで人数分用意するのは苦手ではない。
今集まったのはざっと1000名ほど。
人相を見る限りでは働き盛りな鬼人から遊び盛りな子供まで老若男女複数といった感じか。
ならばと取り出したのは傘おばけ。
これは<3F>で出会した怪生で、一本足で一つ目の傘のお化けだ。
ダンジョン内で見かけたら厄介な手合いというのは試練を乗り越えてきたものなら誰でもわかる。それを無傷で生け取りする技量にまずは目を見張る。
そして出来上がったのは手捏ねハンバーグだった。
一体何がどうしてこうなった!?
皆が皆、特に傘おばけ相手に手こずった鬼人男性たちは理解が及ばないという顔をしている。
「さぁ、食べてくれ。こいつの肉はさっぱり目でジーパのみなさんでも食べやすいのであえてミンドレイ風の料理で再現してみた。合わせるソースは塩、おろしポン酢、またはすりおろしたわさびなんかがいいかもな。ティルネさん、盛り付けを」
「かしこまりました」
「配膳はヨルダに任せよう」
「まかして!」
久しぶりに洋一から仕事を任せられ、張り切る二人。
対して洋一の料理を食べ慣れた『エメラルドスプラッシュ』の面々は味を知ってるのか、余裕な態度でいる。
「カエデ、こいつは本当に上手いのか?」
配膳された手捏ねハンバーグを前に、食べ慣れないものを出されて困惑気味な紅蓮。カエデは妹の中でも真面目な方なので、あえてこちらに聞いていた。
「ええ、兄さん。ヨウイチさんのお料理は世界が変わる味です。外の世界にはこんな素晴らしい料理が溢れている。私たちはそれを知らずに生きてきた。最初は食べ慣れないかもしれません。ですが……」
「ですが?」
「一口食べれば夢中になり、そして自分の皿から料理が消える。誰だ、自分のものを盗んだのは! これは私のだ! という感情が強まる。誰も奪ってもいないのに、自分が食べてしまったという感覚が追いつかない」
ゴクリ。
唾を飲み込む音がいつもより大きい。
期待してるのだ。
紅蓮は以前、ミンドレイの商人が持ち込んだハンバーグというのを口にしたことがある。
あれは油がギトギトで、あまり体に良くなさそうな味付けだった。
それを思い出してしまい、それ以来見ただけでも受け付けなくなっていた。
しかしミンドレイを歩いて、その国の料理を口にしてきた妹が絶賛した。
食の好みは紅蓮と遜色ない妹が。
香りはとても良い。
これに傘おばけの肉が使われていると知ってもなお、匂いで腹が減る感覚があった。
紅蓮は大きな手でそれを摘み上げ、それぞれ分けた調味に突っ込んでから口にする。
まずはおすすめの塩だ。
「ほう!」
目を見開く。
純粋な旨みの洪水が口の中に奔流した。
続いてさっぱりとした風味。全くクドくない。
なんならあと引く余韻がさらに食を進めさせたくもあった。
妹の言っていたように、気づいたら手の中からハンバーグとやらは消えていた。初めてのことだ。
隣国の料理をこれほど『美味い』と思ったことは。
「お代わりならいくらでもありますよ。いかがですか、兄さん」
「頂こう」
気の利く妹の采配により、お代わりをいただく紅蓮。
次はおろしポン酢でいただいた。
辛味のある大根をすりおろし、これまた酸味のある柑橘をしぼりいれた酢を合わせたものだという。
「む! これはこれは」
自分の口角が上がっていくのがわかる。
最初はその痛烈な辛みに度肝を抜かれた。
しかし咀嚼をしてハンバーグの旨みが合わさっとときに味覚が化けた。
噛めば噛むほどにその痛烈な酸味は肉汁と合わさり、程よい刺激となった。他の鬼人たちも感嘆の声をあげている。
ジーパ人がこれほど他国の料理を誉めそやすことはあまりなかった。
皆が皆、異国の料理人の料理に興味を示していた。
特にハンバーグという柔らかい料理は噛む力が弱くなった老人たちに好評のようだ。
洋一は周囲を見ながら、次はどんなものを作るかワクワクしていた。
ほとんどがレシピなど存在しない怪生を活かした料理である。
「よし、お次はこいつだ」
ベア吉の影から取り出したのは、見上げるほどの肉体を持つ牛頭。
もう一方は馬頭。ともに怪生の棲家のボスを張る一角である。
「おいおい、旦那。それは一体なんの冗談だぁ!?」
苦労して討伐したダンジョンボスが、無傷で生け取りされている事実を知り、紅蓮は今度こそ口角泡を飛ばすのだった。
◆
「お、やっぱりこの食材は目を引くか」
「随分と大物を仕留めましたね」
「ああ、ボスらしい」
「ダンジョンボスですか。それならこの大きさも頷けます」
手伝いを申し出たティルネが素材を見上げながら感心した。
「師匠、これはどうやって食べるの?」
さっきの傘おばけの手捏ねハンバーグが好評だったのもあり、ヨルダも次はどんな調理をするのか興味津々だった。
「今回はシンプルにステーキでいいと思う。牛と馬を食べ比べるのはなかなかないことだぞ? 特にこいつらは煮ても焼いても蒸しても美味い。存在そのものが美味い飯になるために生まれてきたようなもんだな」
「はぇー」
洋一の説明に納得するヨルダ。
しかし紅蓮や氷河はいやいやいやいやと首を横に振った。
どう考えてもそういう存在ではないからだ。
「そういうわけで大きめの鉄板を頼むな? 全員の目の前に焼き台を作り、俺たちはその中央で肉を分ける。それぞれが食べたい分を焼いて口に入れる感じで行こう。二人も好きなタイミングで食べてくれ」
洋一は部位ごとに切り分けて、食べ方の説明した。
牛や馬のホルモンは食あたりを気にしてもつ鍋に加工する。
焼いても美味いだろうが、食べない人のためにわざわざ生で数時間置いておく方が危険と判断したのだ。
「師匠、この馬のお肉うまいな!」
「お、ダジャレか?」
「そんなんじゃないよー。軽く蒸したけど、先に筋を切ってくれてるから口の中で溶けちゃう。そこで薬味の生姜がベストバランスで、いくらでも食べれちゃう。そこにお姉ちゃんのお米! これが凄くあってて、オレジーパに生まれたかったってこれほど思った日はないよ」
「馬の肉は臭みがあるからな。生姜の辛味が臭み消しに合うんだ」
「私は湯を沸かして薄く切ったのをくぐらせて食べました」
「しゃぶしゃぶか。それもうまいよな。ポン酢もいいが、大根をおろしたポン酢に潜らせても面白いぞ」
「早速やってみます。恩師殿の食べ方にハズレはありませんからな」
食べ方はシンプルに肉を焼いたり茹でたりしゃぶしゃぶにして食うだけだったが、全員の満足度は異様に高かった。
さっきのハンバーグは秒で売れたが、今回は自分で好きなだけ食べられるというのがでかい。
ちなみにボスは一度に二体出る上に、一体あたり100人前の図体。
二体で200人前だが、それをリスポーンキルすることで今回の食事会に耐えうる量の確保が可能となっていた。
本当は別の都市で食べる予定だった食材だったのだが、玉藻にも食べさせる約束をしていたので、ここらで放出してしまってもいいかと思い至りこうして解放したわけである。
正直、弟子二人と洋一だけで食べ切れる量ではなかったし、いい機会だと思うことにした。
「なんという旨味だ。ステーキなどは食べ付けなかったが、ご飯にもよく合うな」
紅蓮が豪快におむすびにステーキを鷲掴みにして食べている。
「本当は生で食べる方法もありますが、食あたりを考えて今回はお出ししません。ああいうのは自己責任で食べるものですからね」
「それはどんなのだ?」
「馬刺しなどがそうですね。ユッケという食べ方もあります。生食文化のあるジーパでなら可能でしょうが、あんまり大々的に進められない事情もあります。個人的に食べるのなら引き留めはしませんが」
「どうしてダメなの?」
興味本位で聞いてきた紅蓮に洋一が説明しているところへ、ヨルダが割って入ってくる。
「単純に寄生虫が多いからだな。魚にもいただろう?」
「ああ、あのウネウネね。食べるとお腹痛くなるやつ」
ヨルダは禁忌の森の魚釣りの時のことを思い出したようだ。
洋一の加工スキルは優秀なので今まで食当たりせずにこれたが、生で食うとそれら諸々を考えなくてはいけなくなる。
「お腹痛くなるで済めばいいんだが、最悪それが原因で死亡する可能性も高まる。寄生虫は人の消化液で死なないからな」
「オレ、よく生きてたな」
「だから勧めてないんだ。そういうわけで食うときは自己責任で頼むよ」
「俺ぁ、肉体の丈夫さで売ってるんだ。俺が味見をする。そいつを一つ頼むぜ!」
まるで取り合うつもりはないと紅蓮。
洋一は仕方ないなと馬刺しとユッケを提供した。
本当は鶏卵を上に乗せるのだが、八咫烏の卵を入手できなかったのでただのたたきでの提供だ。
「白いのはタテガミと呼ばれる部位だ。食べるとコリコリとした食感で、ほとんどが脂身なので油分は多い。しかし人の口の中で十分に溶ける脂なのもあり食べやすい。赤身も牛と違ってサシが入っていてうまいと思う。食べ方はニンニク生姜なんかが一般的だな。醤油を垂らしてもうまいと思う」
「こっちのは?」
「ユッケか。これは新鮮な肉を切って提供するものだ。ごまや胡瓜、辛子などを細く切ったのを添えていただくんだ。今回はミンチにしたものを提供した。ご飯と一緒に食べるのも良いし、酒の当てにするのもいいな」
けどあまりにうまいからと過信して食べすぎるなよ、と何度も釘を刺す。
うまいのはうまいのだ。
それを他人に勧めにくいだけで。
「いつもみたいに熟成乾燥しちゃえんばいいんじゃないの?」
「それは思ったが、風味は失われるんだよな。それにせっかくの食感もなぁ」
洋一とて避けられるものなら避けたかったので当然施したのも作った。
しかし生で食う方が圧倒的に美味かったのだ。
美味さとは正義である。
「うまい!」
「そりゃよかった。この男以外にも命知らずの奴がいるんなら申し出てくれ、作るのはやぶさかじゃないからな」
そう言いながらモツ煮の準備も始める洋一。
お腹がいっぱいになればスープでお腹を癒したくなるものだ。
「はー、あったかいスープが体に染みるねぇ」
「このグニグニしたのってなんです?」
ティルネが細切れになったモツを箸で持ち上げて洋一に尋ねた。
「牛や馬の腸だ。よく洗って臭みを念入りに消したので食感を楽しむだけになっているな。臭み消しに味噌や辛子を入れてるので体もあったまるはずだ」
具にはこんにゃくに近しい味わいの塗り壁ソーセージも使ってる。他には大根やにんじん、牛蒡なども薄く切って一緒に煮込んでいた。
「味噌の風味が食欲をそそるねー」
すっかり味噌の味に慣れ親しんだヨルダがモツ煮をおかずにご飯を掻き込んでいた。
ジーパの若者は命知らずが意外と多いのか、ユッケは結構捌けた。
◆
「ね、師匠」
「なんだ?」
「そのユッケってさ、ミンチにするんでしょ?」
「そうだな」
「師匠の【ミンサー】でどうにかならないの?」
ヨルダの質問に、洋一は難しい質問がきたなと腕を組む。
能力の紹介をしたまではいいが、特性を教えてなかったなと思い出したのだ。
「これは残念なお知らせになるんだが」
「うん」
「あの能力を使うと、過去にミンチにした肉と混ざるんだ」
「つまり?」
「100%牛。または馬とは程遠い。最悪傘おばけのお肉も入る。それ込みでいいんなら、安全なユッケを食わせられるが」
「それでもいいから食べてみたいな」
紅蓮やジーパ人が美味しそうに食べるもんだから興味があるヨルダ。
しかし川魚で散々苦労させられた食中毒問題。
どうせなら安全に食べたいという気持ちが勝るようだ。
「うーん、どうしたものか」
洋一は考える。
ダンジョン内でのラインナップにガシャ髑髏、化け狸、塗り壁が入ってることを伝えてないのだ。
「まぁ、食べたいというのなら食べさせてあげたらいいんじゃないですか?」
もみじが能天気な声で割って入ってきた。
「本来のユッケとは別物になるが、まぁ食いたいというのなら食わせてみるか」
洋一はミンサーの中身を絞り出し、更にネギと胡麻などを和えてから皿に持って提供する。
「私ももらっていいですか?」
「いいぞ。ついでだ持っていけ」
「わーい」
男衆が危険を顧みずにユッケに果敢に挑んでる最中、女衆は安全性を考慮したユッケを求めた。
ジーパといえど、女性も脳筋というわけではないらしい。
「なんか、変わった味」
不味くはない。独特な味が混ざり合った不思議な食感だと言いたいのだろう。
「塗り壁やガシャドクロも入ってるからな」
「ごめん、、よくわかんないや」
実際にダンジョンに入ったことのないヨルダは怪生の名前を言われてもわからないと口にした。
そりゃそうだ。
洋一はどう説明したもんかと顎に手を添える。
「うわ、骨と土壁も入ってるのかよ!」
それを聞いた男衆が青ざめた表情で安全性の高いユッケを評した。
ヨルダは中身を聞いてちょっとショックを受けていた。
「お前ら、塗り壁舐めんなよ。旦那、あれを見せてやってください」
そこで、塗り壁を美味しく食べよう推進委員会会長のゼスターがその評価には不服だと物申す。
あれ、というのはダンジョン内で振る舞った天ぷらのことだろう。
ヨルダにも正しい食べ方を知ってもらいたいと同意した洋一は、ダンジョン内で美味しく食べられた塗り壁のメニューを披露するのだった。
「これが、俺たちが見つけた塗り壁の最適解メニューだ」
「これって、天ぷら?」
「ソーセージの天ぷらだな」
周囲からはそんなので塗り壁が美味しくなるわけないって顔をされる。
まぁ食う前はゼスターも似たような反応だったしな。
「よし、できたぞ。これは塩や醤油でいただくといい」
「うん」
ヨルダはさっきのユッケの味を引きずっているのか、少しおっかなびっくりとした態度でつまみ、口の中に入れた。
目を瞑って咀嚼し、飲み込んだら恍惚の表情をする。
「美味しい」
周囲の男衆はバカな、という顔だ。
「お前らも食ってみろ。旦那、俺にもいくつかほしい」
「まぁ、数だけはあるからいくらでもいいぞ。しかしお前らよく食うな」
鬼人の胃袋は人類よりも相当に優れているのだろうか?
「うまいものには礼儀を払うのがジーパ人だ」
ガハハ、とすっかり酒でも入って気持ちよくなってるような態度で未知の天ぷらをくらう男衆。
「海老だ」
「だろぉ?」
「これが塗り壁だって?」
「ちょっと俺塗り壁仕留めてくる」
「あいつら重いだけでなんの役にもたたないと思ってたんだが、手間をかけるだけでこんなに美味くなるのか?」
「これは俺の能力によるものなので、全員が全員この味に辿り着けるわけじゃないな。ミンサーで砕き、腸詰しただけじゃこんにゃくにしかならないんだよ」
「あー」
「でも食えるだけよくね?」
「苦労してこんにゃく作る感じか」
「馬鹿野郎、こんにゃくを作る手間を考えたら楽な方だろ?」
この地方でもこんにゃくは食べられているようだ。
あれは本当によく食おうと思ったよなという工程を挟むからな。
日本人くらいしか食べないと思ったが、やはり日本のような食いしん坊の血筋がいるのだろうか?
「馬鹿野郎め、目の前の飯を放ったらかしにしてダンジョンに向かいやがった」
紅蓮が呆れたように若い衆を諌めた。
「ははは。自分たちでも作ってみたいと試行錯誤するのは大事ですよ。俺もそんな時期があったのでわかります」
「へぇ、あんたもそんな時期が?」
「日々修行ですよ。ジーパの食や人、暮らしに触れて、いろいろ勉強させてもらいました」
「故郷を褒められると嬉しいね。いまだにあんたの作ってくれた小籠包が忘れられねぇ。似たようなもの作ってくれないか?」
紅蓮はニコニコしながら洋一を褒め称えた。
肉まんでもいいぞ、となかなかに気に入ってくれた様子。
ヨルダに頼んで皮を捏ねる台を作ってもらった。
「あれから私も肉まんを作れないか試作を重ねまして」
「へぇ、ティルネさんが?」
「いくつか試してみてもいいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。ヨルダ、台をもう一つ作って」
「それには及びません。私もまた魔法使い。自分に相応しい台は自分がよくわかるというものです」
「うん。今やおっちゃんの方がオレより台作るの上手いよ」
いつの間にやらそんな優劣ができていたなんて。
洋一にとっては一週間やそこいらの別れだが、ダンジョンの外では五ヶ月の期間が過ぎていたのだ。
「ははは、ヨルダ殿にお褒めいただくと少しむず痒くなりますが」
「蒸し籠はいつものでいいよね?」
ヨルダはすっかり細工が上手くなったようで、竹を削っては編み込んで立派な蒸し籠を作り出していた。
洋一は知らぬうちに成長していく弟子に負けじと新しいレシピの考案を忘れない。
注文のあった小籠包のほかに、いくつか新メニューを出す腹積りだ。
「私の方も完成いたしました」
ティルネの用意したものは点心のような工夫がされている。
丈夫で捻りあげる肉まんタイプではなく、大福を包むかのような下部でまとめるものだ。
おかげで上はつるんとしていて、どれがどれかわかるように色の異なるゴマを載せて区別していた。
そして蒸し上がる。
パタパタと手で仰いで余熱を取り、肉まんと小籠包を紅蓮に渡した。
「ご注文の品です」
「そっちのはなんだい?」
「先ほど仕上げた塗り壁の天ぷらをほぐして肉と一緒に混ぜた餡を使用しています」
「それも気になるなぁ」
もぐもぐと肉まんを頬張りながらも、どこか懐かしそうな顔をする紅蓮。
「恩師殿、私のこれもご賞味していただきたく」
「では、一ついただこうか」
ティルネから促され、口にしたそれは……
「ああ、こうきたか」
「何が入ってたの?」
「あんこだ。小豆を甘く煮た、団子にかけてたあんこがな、こいつに仕込まれてた」
「これ、菓子なの?」
「持ち歩けて、日持ちする菓子を目指していたのですが、これがまたどうしてか無性に食べたくなるほど美味しく出来上がりまして」
ちなみに日持ちはしないと言い切っていた。
可能であればその日のうちに食べて欲しいそうだ。
「皮がしっとりしてるから食べやすいね。菓子はどうしても手がベタベタになるものって思い込みがあったけど」
「ええ、それをどうにかできないかと考えていたところで、恩師殿が以前振る舞ってくれた肉まんに辿り着きました。あれを菓子に活かせないか。この五ヶ月でようやくものにできた形です」
「美味しいよ。しかもこの皮、ジーパ酒が含まれてるか?」
「よくぞおわかりで。種にジーパの酒粕を用いて風味を足してます。あんこも甘さを控えめにし、最後まで美味しくいただける工夫を凝らしてみました」
「オレ、これ好き」
ヨルダは喜色満面でティルネのお手製菓子に舌鼓を打っていた。
◆
「いやー、食った食った」
「美味しいお菓子もありがとうね、ティルネさん」
「いえいえ、私も皆さんのお役に立てたのなら嬉しいです」
食事会は終わり、皆が散り散りになる中で、洋一やティルネに頭を下げるジーパに住まう鬼人たち。
料理で皆の胃袋を掴んだ洋一と、甘味の新しい形を見せつけてくれたティルネに頭が上がらないそうだ。
「こんなもので良かったのかい? 玉藻様、華様」
ここらでひと段落、お開きで大丈夫そうか方々に尋ねては許可をとりにいく洋一。
そして急遽こんなイベントを取りたてた玉藻には最後に挨拶に行った。
本当は最初に言ってもいいのだが、お偉い様を後にすることで締めの挨拶をしてもらおうと思ったのだ。
「十分じゃ。今のでもたんまりエネルギーを入手できたぞ。それよりも……」
玉藻はエネルギーよりも大切なことがあると言いたげにジーパに住まう人々を見た。
「怪生なんて食うところがない代表選手みたいなものなのに、よくもこの人数分の料理を用意できたものじゃな」
「俺一人じゃできませんでしたよ。俺には優秀な弟子がいますから。その二人に手伝ってもらってようやくですね」
「やり切った顔をしておるな」
「ジーパでやりたいことはあらかた終わりましたので」
「母君の行方か」
「ええ。もっと明確にわかれば良かったんですが、逆にそれがオリンらしいなと」
「母君は普段其方とどのような付き合い方をしておったのじゃ?」
「基本的に情報の開示はせず、必要ないことは教えない主義でしたね。一緒にいて、最後の最後まで味方かわからないミスリードをする。それが俺の知ってるオリンだ」
「妾の知る母君と印象がだいぶ異なるの」
「そうなのかい?」
「もっと情に溢れていて、尽くすタイプじゃったよ」
それを聞いて、洋一は苦笑した。過去においてそんな対応をされたことは一度もない。いや、一度くらいはあったか?
ヨッちゃん曰く、ツンツンとした性格なのだそうだ。
デレるのはデレるが、素直じゃない性格だと言われてた。
「けど、もう一人の契約者を持ってわかったことがある」
「母君以外にも契約者を?」
「成り行きでね。そいつはオリンとは真逆のタイプでね。あれこれ知らなくていいようなダンジョンの運営法をべらべら喋るタイプだった。何かにつけて逐一媚びるような真似をするやつでな。気苦労が絶えなかったよ」
「まるで想像できぬな。ダンジョンの運営方法を契約者にべらべら話すなど……」
正気か? 玉藻をして以前契約していた存在『ジュリ』に疑問の目が送られた。あれでオリンより格が上だったのが洋一にとっても不思議でならない。
「まぁ、オリンとは対照的すぎるやつでな。その時に初めて知ったよ。オリンは俺をダンジョンの事情に巻き込まないでいてくれたのだと。俺はそういうのを面倒くさがっちゃうタイプだから。好きなことを自分の裁量でしたい。あれこれはできない。そういう意味で、俺はオリンと一緒にいる方が居心地が良かったんだなと思い知ったね」
「ラブラブじゃのう」
今の言葉にラブラブする要素なんかあったか?
「つかず、離れず。それでいて契約者のことを思っている。これをラブと言わずしてなんというのじゃ。母君め、慕っているどころの存在ではないであらぬか。そりゃ妾を置いてでも見つけ出そうとするわけじゃ」
「私は玉藻様に懇切丁寧に教わりましたよ?」
「ダンジョン運営法?」
「はい」
「その割にダンジョンの奥行きは狭いし、階層も全5Fまで。とても玉藻様の話を聞いてダンジョンを運営してるふうには見えなかったけど?」
洋一はダンジョンの構造を思い返して、指摘する。
先ほどまで凛としていた華がみるみるうちに狼狽え始める。
「あ、あれはエネルギーが!」
「妾の教育が間違っていた典型じゃな。こやつ、島を良くしたいという自己犠牲愛が強すぎてダンジョンを試練の場と称し始めおった。島から人を出したくない、なるべく殺したくないの一点張りでな?」
「わーわーわー」
うんざりとした態度の玉藻に、己の内情をあけすけにされた華。
大声を出して玉藻の言葉を流そうとするが、時すでに遅し。
「挙げ句の果てに、守護獣としてミズチをダンジョンの守護者として配置しおっての? 外からのチャレンジャーの往来を物理的に断絶しおったのじゃ。其方が後一歩来るのが遅かったら、ジーパ共々干上がっておった頃じゃ」
「うわっ。ダンジョン運営なんて素人が立ち入るものじゃないのに」
「妾が人恋しくなって関わらせたのがこうなった敗因じゃな。人の心はうつろいやすい。其方のような人物とはついぞ出会わなかった。母君は何かあるたびに其方との暮らしを話されておったぞ?」
「オリンがねぇ。俺は趣味で料理を作ってるだけの男でしかないよ。オリンは俺の力に目をつけて協力してくれただけ。それだけなんだよ」
馴れ初めはそうでも、オリン側の気持ちを一度たりとも聞いたことのない洋一。
あまり他人に興味がない、料理さえできる環境にあればいい。
でも自由に作れない環境はダメだな、と店を出すのを早々に諦めた経緯を持つ。
「じゃが……その料理がジーパを劇的に良くした。見よ、民たちの笑顔を。生きる希望がお主の料理に詰まっている証じゃ。誇るが良い。今からジーパはお主の味方じゃぞ?」
「え、ご飯振る舞っただけで?」
「お主からしたらそうかもしれん。しかしジーパというのは特殊な国でな。ダンジョンができる前から変わり者が多く、敵もまた多かった。今代の華がことさらに敵を増やしたおかげでな、八方塞がりもいいところじゃ」
よくそれで国を維持できてたよな、と思う。
「して、ジーパを発つのはいつ頃じゃ」
「ああ、それに関してですが」
洋一はまだジーパのご飯を食べ切ってないから来春までいることを宣言した。
オリンを探しに行かなくていいのか? という玉藻の声を「今元気ならそれでいい」とお互いにわかり合ってる強い絆を感じ取る。
「妬けるのう」と言葉を漏らし、玉藻はその日から積極的に人の前に出るようになった。
今ではジーパのマスコット的立ち位置を確立している。




