24話 ポンちゃん、ダンジョンと契約を結ぶ
「よう、来た。其方を歓迎しよう」
猫又に案内されて、通された場所はお城。
長い通路を抜けた先、寝そべった狐耳の女性がキセルをふかしながら洋一に向けてウインクする。
やたら着崩した着物が特徴的な人だ。
だが、同時に落胆する。
そこにいたのがオリンではなかったからだ。
「あなたが俺を呼んだ人ですか?」
「さっきまで知り合いかもと言っていたけど違う方だったんですか?」
猫又を拾い上げてモフりながらもみじが洋一に問う。
いやそうに抜け出そうとする猫又。
しかし鬼人の力から抜け出せないのか、もみじの手の中で暴れている。
「うん、思っていた相手ではないようだ」
「さて、本日来ていただいたのは母君のことについてじゃ」
「うむ。妾の母君は随分と前から人の子にご執心での。その特徴を満たしておる相手を招いては試しているのじゃよ」
「試す、ですか?」
「何、ほんの質問じゃ。肩の力を抜いて応えるが良い。タマ、客人をもてなすがよい」
「んにゃー、助けてください玉藻様ー」
「しょうのない従者じゃの。ほれ、鬼の娘、そやつを離してやるが良い」
「え、嫌です」
「何と聞き分けのない小娘か。華、教育がなっておらんのではないか?」
「玉藻様の力を理解していないのでしょう。そこの、玉藻様の御前ですよ、首を垂れなさい」
そばについていた着物姿の女性が、冷酷な視線で紅葉を見据える。
ただそれだけでもみじの体は震えて跪いた。
いや、跪いたというよりは床に縫い付けられてしまったようだ。
「あまり無理なことはしないでいただきたい。もみじさん、大丈夫ですか?」
洋一は【加工の魔眼】で縫い付けてる力の根源を【隠し包丁】でほどきながら救い上げた。
「はい。でも今のは私が悪いので」
「なんと、妾の捕縛術を解くか。玉藻様、やはりこの人間は」
「まだじゃ。母君の探し人なら答えられる質問を答えぬ限りは……」
「その質問とは?」
「そう答えを急かすでない。華、ダンジョンのエネルギー推移はどのようになっておる?」
「異常値を示しております」
「ふむ。さて、待たせたの。質問その一じゃ。お主、迷宮管理者について知っているか?」
「ええ。俺の知り合いがその迷宮管理者でした。もしかしたらあなたのお母様とは?」
「うむ。迷宮管理者だった」
「だった?」
「うむ。今はもう昔のことじゃ。あとのことは頼むと妾を置いてどこぞへと旅立ってしもうたわ。今から200年も前になるかの。それからは妾がこの地を統括しておるのじゃ」
「そうですか」
洋一はわかりやすいくらいに意気消沈する。
手がかりが目の前にあると確信した瞬間に、それは霧のように霧散してしまったからだ。
その上で消息が200年前に途切れている。
振り出しに戻ったどころではない。
存在が潰えてる可能性すらあった。
いや、そもそもどこにいるのかもわからないのは今に始まった事ではないが。
「何をそんなにしょげているのかわからぬが、母君は健在であるぞ? 位置も当然わかる」
「本当か!」
玉藻の言葉に希望を見出す洋一。
「うむ。妾の存在がその証拠よ」
「あなたの存在が?」
「妾は母君の作りしドールであるからの。ドール、この存在を知っておるか? それが質問の二つ目じゃ」
洋一は頷いた。
ドールとはダンジョンの管理を一時的に任せるコアの部下にあたる存在。洋一はここにくる前の世界で多くのドールを見てきた。
そして、オリンもまたドールの一つ。
スライムのボディにコアの意識がリンクして、洋一と一緒についてきたのがオリンだった。
「確定じゃな。華、形代を用意せよ」
「直ちに」
側付きの女性、華と呼ばれた鬼人が奥の部屋に消え、しばらくして鏡餅を乗せるような神器に人の形を模った紙が置かれていた。
「これを其方に渡そう」
「まだ、俺の探し人があなたのお母様だと確定したわけではないでしょうに」
「確定じゃよ。オリン。この名前に心当たりはあるかの?」
「あります。もしかしてその名は?」
「妾の眷属に大々的につけておる。もしその名を聞いた時にジーパに導くように布石を張っておいたのじゃ。そしてそれを頼りに其方は来た。だいぶ遠回りしてきたようじゃがな」
藤本要が学園で出会ったジーパの姫がオリンという名のペットを飼っていた。確証は掴めないが重大な手掛かりとなる。
その予測は的外れではなかったのだ。
「では、ありがたく頂戴いたします」
「うむ。道に迷った時。その紙を投げるが良い。方角を差し示しててくれるぞ」
「明確な位置はわからないのですか?」
「妾も200年顔を突き合わせておらんのだ。たまーにひょっこり顔を出すやもしれんと待ちぼうけしておったら200年が経過していたのじゃぞ?」
つまり、何もわからないのだろう。
「つかぬことをお聞きしますが」
「よかろう、許す」
「あなたはどれほどの権限をお持ちですか?」
「妾の権限とな?」
「うちのベア吉のサイズを自在にできたらなと思いまして」
「そこの子グマかえ?」
玉藻がベア吉を見て首を傾げる。
「玉藻様。恐れながらもそれは神獣の類。普通ならば人に懐かぬ個体にございます」
「ほう、神獣を手懐けたか」
「えっ」
神獣? 華に断言されて洋一もベア吉もキョトン顔を晒す。
お互いにそんな認識がなかったのである。
「なんじゃ、知らないで手懐けたのか?」
「キュウン!」
「おうおう、わんぱくな童じゃ。相当に懐いておるようじゃな」
「餌を与えたら懐かれてしまいまして。以降は荷物持ちやマスコットとして多方面で大活躍ですよ」
「そうかそうか。じゃが、これは本来人が制御できる存在ではない。人の身に余る存在を総じて神獣と呼ぶのじゃ。ちなみに妾も側は神獣じゃぞ?」
ドールである自覚があるため、あえて本人が神獣ではあると公言しないみたいだった。
「サイズの調整はできないと?」
「本来は成長とともに凶暴化するものじゃ。制御できてる時点でおかしいのよ」
「玉藻様も、そうなる可能性があると?」
「貴様、失礼であろう!」
鬼人の側付きが刀に手をかける。すごい殺気だ。
しかし洋一は涼しい顔で無視をした。
斬り掛かられたとしても余裕で対応できるからだ。
それを察して玉藻も止めに入る。
「やめよ、華。妾は気にしておらん」
「は、失礼いたしました」
本来なら一般人が面会できない存在なのだろう。
さっきからピリピリとしたさっきが洋一に向けられている。
下手なことをしたら首を落とされる。
それくらいの凄みを帯びている。
「さて、じゃが何もできないというわけではない。己で調整できるように加護を与えようではないか」
「加護ですか?」
「妾の領域の眷属とする。そうすれば妾の手に入れた情報をそこの子グマを介してお主に伝えることができるようになるぞ」
「それはありがたいですが……」
「別に無理に契約などせん。そこの子グマの気持ち一つじゃ。やるか?」
ベア吉は困ったように洋一に顔を向け、逡巡したのち契約を受け入れることにした。
ベア吉の体が眩く光だす。
そして、鳴き声に合わせて言葉が聞こえるようになった。
「キュウン(パパ、僕の声聞こえる?)」
「!」
「妾は母君のドールじゃ。そして母君の契約者である其方とベア吉は遠縁とはいえリンクが繋がった状態になった。声が聞こえるであろう?」
玉藻の声に頷き、そして聞こえてきた声色に困惑した。
ベア吉、お前女の子だったのか!
洋一は熊の性別の見分け方を知らなかったのだ。
そして項垂れるようにその場に崩れ落ちた。
◆
「さて、華よ。お主には長い間契約者としてと止めてもらったな。褒美を取らせる。何が良い?」
「勿体無いお言葉にございます」
「しかし鬼人族と契約を結び、この国は孤島に縛られたまま。当時はそれが望まれたが、今の代には窮屈であろう?」
「そんなことは……」
玉藻に促され、華は否定するも先ほどもみじに対して罰を下そうとしたことを思い出し、持ち上げた顔を落とした。
「少し考えてみることだな。鬼人も率土の世界に出すべきだと。柔軟な考えが成長を促すのだぞ?」
「しかし、玉藻様」
「今すぐに決めずとも良い。じゃが、妾も少し違う景色を見たいと思う時がある。ダンジョンの拡張でもせぬか? つい最近とびきり活きの良いエネルギーを入手したばかりであろう?」
「確かにそれは……」
なぜか殺気のこもった瞳で睨まれる洋一。
その理由はエネルギーの供給源が洋一の作った料理にあるからだ。
ダンジョンモンスターをダンジョン内で解体、料理、食すことで一般のエネルギーの回収のおおよそ50倍の差を生み出す。
それが洋一の料理の真骨頂であった。
「話が終わったのであれば俺たちはこれで」
洋一達は席を立つ。
あとはお二人でごゆっくりという雰囲気を醸し出しながらの退席である。
しかしそれをよく思わない声。
他ならぬ話の主導権を握っている玉藻が待ったをかけたのだ。
「待て待て。話は終わっとらんぞ。少しそこで待っておれ。そこの獣耳の少年も少しだけ待つのじゃ。其方にも贈り物があるゆえな」
「俺も、ですか?」
完全に風景と一体化していたゼスターとカエデ。
突然声をかけられてびっくりとしていた。
さっきから華の放つ殺気にビビり散らかしていて、城に来てからいい場面を見せた覚えがないためである。
だからこそなんで声をかけられたのかわからないので余計に緊張してしまった。
「ボスにも贈り物?」
「まるで話についていけてないんだぞ?」
「まぁ、何かもらえるならもらっておけばいいじゃないか」
「ぜってぇろくなもんじゃないと思うぞ」
玉藻と華の会話の裏で、ヒソヒソ話。
しばらくして、華が席を立つ。
そばにいるだけで険悪になるのなら必要ないと退席を命じられたからであった。
その上で玉藻からゼスターへの贈り物が渡される。
それは。
ブチィ……
「ほれ、これを持っていくがよい」
「どぇええええ!」
それは玉藻の尻尾。
同じく尻尾を持つゼスターにとってその痛みがどれほどのものか理解できる。自分の尻尾がちぎれたわけでもないのに、痛みを幻視してしまうほどに驚いてみせた。
「なぜお主がそんなに驚いておるんじゃ? こんなのは毛を抜くのとそう変わらん。ほれ、受け取るのじゃ」
「理由を、お聞かせ願えませんか? ただここにきたから分け与えるというわけではないのでしょう?」
ゼスターは務めて冷静に理由を問うた。
「理由か。それならばもちろんあるぞ」
その理由は一言で言えば詫びだった。
かつてオリンと一緒に連れ立って旅をしている時に、ザイオンに立ち寄ったことがある。
そこで散々暴れた上、国が傾いたことを今でも苦心していると玉藻が言った。
そしてザイオンの歴史の裏に隠された真実が白日の元に晒された。
「あーーー! もしかしてあんた! 300年前に国を滅ぼす一歩寸前まで追い込んだ『傾国』か!?」
傾国。国を傾かせるほどの大罪人を指す言葉だ。
当の玉藻は若気の至りじゃと反省をしているようだ。
「その名は好かん」
少し渋い顔をしながら、当時の字を言われて気分を害しているようだった。
「つーか、実在したのかよ。てっきり昔話の都合のいい悪役かと思ってたわ」
「こんなもので妾の罪が消えるわけではないがの。売れば少しは国も立ち直るじゃろうて。もらってくれぬか?」
「いらねーよ」
「そこをなんとかもらってくれぬか? このままでは妾の気がすまぬのじゃ」
扉の向こうでやたらと殺気を振り撒く存在がいる。
華だ。
玉藻のことが気になって仕方がないのであろう。
案の定失礼極まりない態度のゼスターにキレ散らかしているようだ。
まるで貧乏ゆすりのようにガタガタ震える襖の向こうでは悪鬼羅刹の表情の華の顔が見えた気がした。
それほどの濃い殺気を奥の部屋から送ってきている。
物理的に襖を切り裂いて飛び込んできそうな迫力があった。
「いや、だって誰もその話信じちゃいねーぞ? それにザイオンは弱肉強食だ。弱い奴は死んでも仕方ないかった奴が正義。あんたは昔何をしたかは知らないが、勝ったんだろ? なら誰も咎めねーよ」
「そうなのか? 今のザイオンは随分と野蛮になったんだのう」
国を滅ぼしかけた奴には言われたくない、ゼスターはそんな顔で頷いた。
「と、いうことでこちらはお返しします。むしろ持ってるだけでさまざまな厄介ごとが舞い込んできそうで怖い」
ザスターは率直な感想を漏らした。
まだ自分が扱える代物ではない。
いずれ、自分が扱えるようになったら取りにくる。
だがそれは今じゃないという言葉を残した。
「ほう、童子よ大きくでたの。その矮小な生まれで妾の域に至れると?」
「ああ、100年もしないうちに追いついてやるよ。首を洗って待ってな、大先輩」
「くかかかか! 愉快である。獣の混ざり子よ、名を聞こう」
「俺の名はゼスター。ゼスター=ヴィクト=ザイオン。いづれ獣人国家ザイオンを背負って立つ男だ」
ザイオンの名を関する家名。
つまりゼスターは王子様だった?
鬼人の姉妹に知っていたのかと尋ねると、二人とも首を横に振った。
どうも今の今まで隠していたらしい。
若いのに憎い演出をする男だ。
「ほう、面白い。久しぶりに腹の底から笑える相手に出会ったぞ。今日は愉快じゃ。褒美を取らす」
「ならば、鬼人族との婚約を認めて欲しい」
「そんなもの、勝手に契れば良いのではないか?」
ゼスターは勝負を仕掛けた。
足をたたみ、慣れない正座をして、ジーパのしきたりを壊す権利をくれと言った。
鬼人族。お相手は姉妹のどちらかであろう。
だが王族ならば二人とも?
まぁどこまでが本当のことかはわからぬが。
「あんたは知らないのか? 鬼人族は呪いがある。それは子供を成すのに同族以外の血肉は受け入れないというものだ。契ろうと場を設けても、その呪いが相手を殺すらしい」
おっかない呪いがあったものだ。
しかしそうやって鬼人族は守られてきたのだなと理解する。
死ぬ時は戦場で。
呪いには、そんな祈りも含まれているのかもしれない。
「妾は知らぬ。が、許可しよう。華、聞いておったな?」
玉藻の裏の襖がガタンと揺れる。
しかし当人は一切言葉を発さない。
それは否定の合図である。
「聞けませぬ」
「今すぐにじゃない。俺が一人前になり、玉藻様に勝負を挑む。のちに戦ってかったら、その時はそこの姉妹と添い遂げる。それを約束して欲しいだけだ。一族全体をどうにかしろだなんて言ってない」
「愚かなことを」
「知ってるよ。自分の身の程くらいは。だが、だからこそ夢は高く持った方がやりがいがある。ザイオンのオスは独占欲が高いんだ。きっと、過去に国を滅ぼされたのがきっかけだったんだろう」
ここで過去の玉藻のやらかしを持ってきたか。
華は何も言い返せなかった。
しかし襖は開き、ゼスターを頭の先からつま先までまじまじと見た。
刀に手を添える。
必殺の範囲内。
しかし脳内のシミュレーションで何度首を刎ねようと動いても途中で阻止される結果に終わった。
先ほどまでの萎縮していた子供と明らかに変わった。
「いいでしょう。しかし約束を違えることはできませぬよ?」
「当たり前だ。ザイオンの男に二言はない」
ゼスターはここぞとばかりに格好をつけていた。
それよりも俺に要件ってなんだ?
洋一は空気を読まずに心の中でそんなことを考えていた。
◆
ゼスターの身元が割れ、殺気を撒いていた華との和解を済ませた後。
満を持して玉藻から洋一へ提案される。
「其方、妾とも契約を結ぶ気はないかえ?」
「玉藻さんともですか?」
「うむ。母君が見つからぬ今、苦労をされていることじゃろうて。流石に母君ほどの権限は持ち合わせておらぬが、そこの子グマを通じて色々融通してやれるぞ? どうじゃ」
洋一は少し考える。
ベア吉が強化される分には構わないのか? と。
それに今のままだと不便なことも多い。
「内訳を聞いてからでもいいですか?」
「無論じゃ」
今回の不敬において華が飛びかかってきたりはしなかった。
絶賛ゼスターがヘイトを取ってくれているからである。
「次元バッグ、これを渡そう。使えるのはそこの子グマになるが良いか?」
「ベア吉も少しですが使えますよ?」
「む? そうなのかえ、華、知っておったか?」
「文献には載っておりません。もしやオリン様の契約者殿のお力で進化されたのでは?」
「神獣からさらに進化? そんなことが可能なのか?」
玉藻は聞いたことがないと眉を顰める。
「キュウン!(大きい時限定だけどね。パパは僕に荷物持ちを任せてくれるから。僕はもっと頑張りたいって念じてたらできるようになってたんだよ!)」
短い鳴き声に乗せて、結構長めの感情が頭の中に聞こえてきた。
「ほうほう、ならばそれを今のサイズでも使えて、さらに収納数に限界を設けん。これでどうじゃ?」
「限界というのは?」
「我らの領域は影。それを通じて妾の領域で少し受け持つという意味じゃ。よって、子グマそのものに預ける意味ではなくなってしまうがよろしいかえ?」
「キュウン!(パパ、大丈夫そ?)」
ベア吉がそれでも構わないか聞いてくる。
洋一のためになるなら受け入れる所存なのだろう。
しかし洋一からしてみれば濡れ手に粟、棚からぼたもちの状況。
話がうますぎた。
向こうの狙いがオリンの捜索だけにしては、随分と洋一に有利に働きすぎていて気持ち悪い。
「その前に、なんで俺と契約を結びたいかの理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「其方が気に入った……からではダメか?」
「もっと率直にお願いします」
「なら正直に話そう。我らのダンジョンはあまりに人が来ぬため、エネルギーが不足しておる。より強い契約を結ぶことでおこぼれをもらおうと思っておったのじゃ。のう、華?」
華は玉藻に見据えられ、身を縮めた。
理由は単純、島に閉じ込めて人を追い払ったからだ。
ダンジョンの特質上、ダンジョン内で得られるエネルギー供給源はモンスターが人と戦い命を散らすこと。
それはどちらでも構わぬが、エネルギー無くしてダンジョンの運営はできぬというものだ。
洋一は過去にオリンからそう聞かされていたので理解はしている。
しかし玉藻の契約者は保守的で、身内の強化目的にしかダンジョンを使わせなかった。
何せダンジョン内に自分の城を持つような存在だ。
圧倒的地位に酔いしれていたのかもしれない。
それは身内的にはいいが、ダンジョンマスターとしては致命的であった。
短命種ゆえの願望は、自分さえ良ければ良いという短絡的な思考に絡め取られた故である。
「基本的にベア吉に料理を振る舞うだけで良いと?」
「そうなるの。そこの子グマを介して妾にも食べさせてくれるとよりありがたいぞ」
「それぐらいでしたら普段からしてるので良いですよ。では一名分余計に作るようにしましょう。ベア吉に預けておけば届きますか?」
「影にそっと置いてくれるだけで良い。皿などは洗って返す故」
「それでしたら問題ありませんね。作り次第ご用意します」
「では、契約成立じゃな。少しはエネルギー管理で楽ができるぞ」
「キュウン(やったね、パパ)」
ベア吉も大喜びだ。
単純に洋一と意思疎通できることになったことの方が喜びは大きいのかもしれないが。
「ちなみにベア吉の声、みんなには聞こえてないんです?」
洋一は今直面している疑問を皆に聞いて回る。
この愛らしいベア吉の声が聞こえていないか?
それだけが今後の生活の上で困難を極めるぞと思っているのだ。
過去にオリンの声が洋一にしか聞こえない時、通訳をしていた経験が思い浮かんだためである。
「俺には聞こえないぞ」
「私も無理」
「私には聞こえませんね」
「契約をした者にしか基本聞こえぬな。妾にはバッチリ聞こえておるぞ」
玉藻との契約をした為、ベア吉の頃はバッチリ聞こえるとアピールしてきた。
「まぁ、いいんじゃねぇ? 旦那はテイマーとしての一面も持っているんだし。指示出ししやすくなると思えば」
「ベア吉君、可愛いですもんね」
「キュウン(くすぐったいってば)」
もみじにモフられながらも、ベア吉は嫌がってない様子。
声が聞こえるだけでニュアンスって結構変わるもんだな。
猫又のタマはあんなに嫌そうに感じたのに。
そんなこんなで洋一達は無事に玉藻から解放された。
「しっかし驚いたぜ、旦那って相当にすごいやつだったんだなぁ」
ダンジョンとの契約者というのは後にも先にも聞いたことがないようだ。
「俺はどうにも出世欲がないらしい。だからあちこち放浪できるんだ。真面目な人は華さんみたいに力や権力に固執するんだろうな」
「それは仕方ねーよ。兄貴たちも何をそんなに生きしおいでんだって感じだし」
「何言ってんのよボス。それはボスにも言えることでしょう?」
ゼスターの物言いに、公開プロポーズされたカエデは反論する。
もみじも同様に頷いた。
「まぁ、あれはその場の勢いだ。確かに王位継承権はあるが、実際第三王子だからな。継ぐのは兄貴たちだろう。それに俺の下にも弟や妹もたくさんいるんだぜ? なんてったってザイオンは多産だからな!」
「ライバルはたくさんいるってわけね。でもその前に」
「ああ。仇討ちが一番最初だ。付き合ってくれるか?」
「拾ってもらった恩もあるしね。見捨てないわよ」
「正直、仇がスライムって聞いて腰は引けてたけど」
「まぁ、丸呑みにされたら終わるもんな」
頷くもみじに、ゼスターはニカっと笑って見せる。
「そんときは俺の【エレメンタルキラー】でバッサリ叩き切って助けてやるよ!」
「そうならない立ち回りを考えておくわ」
「うん、私も〜」
「ちょ、少しは俺に頼ってくれてもいいんだぜ?」
城を出て一行が向かう先は……くる前と同じダンジョン内である。
先ほどまで明るい場所にいたために、本当の暗闇がそこにあった。
「キュウン(パパ、僕お腹空いちゃった)」
早速ベア吉が空腹の合図。
これは便利だなと思いつつ、1Fに戻って火車を捕まえては影の中に押し込めた。
ベア吉は体毛の中に埋めなくても影の中に収納できるようになったのだ。
「キュウン(これでいつでもお料理できるね!)」
「さぁて、探索のつづきと行きますか」
「やっぱりボスまで倒しに行くのか?」
「いや、ボスも食うぞ」
「冗談だろ?」
ゼスターはすっかり洋一を理解したつもりでいたが、またわからなくなってしまった。
何せダンジョンボスは討伐と同時に消えるのだ。
そしてボス部屋に入り込んだら最後、閉じ込められて元来た道が封じられる。
そこから先は生きるか死ぬかしかない。
倒せば消える相手にどのように食すか?
そんなのは考えるまでもなかった。
生捕りである。
そしてその上でダンジョンの壁を壊してボス部屋から脱獄!
あまりに見事な手際であった。
◆
洋一達がダンジョンでエンジョイしてる間、ヨルダ達は。
「おっちゃーん、頼んでた餅米持ってきたよー」
「ありがとうございますヨルダ殿。恩師殿はまだ?」
「うん。お姉ちゃん曰く、ダンジョンの中は空間が歪んでるからこっちと時間の流れる速度が遅いみたいだよ」
「なるほど。でしたら恩師殿は……」
「きっとダンジョンの中で宴会かな?」
「その様子がありありと思い浮かびますねぇ」
「うん」
二人して、洋一達がどんな暮らしをしているかありありと思い浮かべることができた。
洋一達がダンジョンに入る、と言ってからもう5ヶ月経った。
お米も収穫の時期である。
こんなに待たされるんだったら、一緒に入ったら良かったと思うヨルダである。
そんなヨルダの今一番の楽しみと言ったら、ティルネがロクの団子屋に住み込みで働いているジーパ菓子の新作だった。
「あ、おっちゃん。これ新作?」
それは色とりどりの羊羹亜種。
水饅頭と呼ばれるものだった。
秋も深まり、涼しい時期にしか出せない菓子だ。
熱に弱いので、今の時期がちょうど良いとロクと相談しあってこのたび店に並んだのだ。
中に入れる餡の風味を変えることで見た目と味の変化を楽しむのだと説明する。
「ええ。食べていかれます?」
「いいの?」
「いつも上質な餅米を送り届けてもらってますからね」
「作ったのはお姉ちゃんだけどな」
ヨルダは本当なら自分で作ったお米を使って欲しいと言いたげだが、ティルネから言わせてみれば配達にも気を遣えるヨルダだからこそ、これくらいのサービスはしてやってもいいと思ってる。
たまにロクの部下である天狗兵が持ってきてくれる時もあるが、それはひどいものだ。
どんな運び方をすればこうなるか皆目見当もつかない。
それに比べてヨルダは作り手だ。米をどう運べば割れずに持ち込めるかを熟知している。
そういう点でティルネはヨルダを買っているのだ。
崩れやすい水饅頭を木べらで器用に剥がして木皿に並べる。
そこに気を削った用事をつけて提供した。付け合わせは抹茶だ。
このほろ苦さがジーパ菓子によく合うのだ。
「んまそー」
「よお、ロクさんはいるかい」
テーブルでヨルダが水饅頭を食べている横で、もみじとカエデの兄、紅蓮が店を訪ねてくる。
「ああ、先生でしたら報告があると空の街に向かっていきましたよ。もう三日になりますか」
「龍神奉納祭があるから、それの神主を任せたかったんだが」
「もうそんな時期ですか」
「妹達はどうしている?」
紅蓮の質問に、ティルネは首を横に振ってまだ帰ってきてないことを伝える。
「ある意味でタイミングは良かったのかもな。しかし厄介なことが起きているのだ」
「と、言いますと?」
すっかりジーパ暮らしが長引き、ティルネはロクの正当後継者として顔が知れていた。その上で情報通である。
紅蓮も何度も相談しており、その度にこうしたらいいのではないかという答えを導いていた。
「龍神様が行方知らずのまま帰ってきてないのだ」
ティルネは黙したまま深呼吸をする。
十中八九、ジーパに赴く前に洋一が仕留めた湖の主がその龍神だろうことはいい加減ティルネも勘付いている。
しかしどう説明したものか話せずにいた。
「おっちゃん、ご馳走様ー」
「はい、おそまつ様でした」
紅蓮との話を邪魔しないように出ていくヨルダ。
きちんと皿を返却していくのも忘れない。
「ああ、お使いかい? 若いのに偉いな」
「素材の扱いをわかってるので配達は全て彼女に任せるほどですよ」
「配達なんて、担いで持ってくだけだろう? あんなに小さいのに米俵なんて持てるのかい?」
「知りませんでした? 私も彼女も魔法使いです。ものを宙に浮かせるなど造作もありません。いや、普通の魔法使いはそんな無駄なことしませんね。できるのは私か彼女くらいです」
「ミンドレイじゃ、珍しいのかい?」
「無駄と捉えて使用人にやらせます。しかし、作り手である我々は不器用な使用人になど任せない。それだけですよ」
「つまりは変わりもんだってことだ?」
「ええ、師匠が変わり者なものですから」
本題からズレた談笑ののち、先ほどお砂の元へ帰った筈のヨルダが店の中に駆け込んできた。
「おっちゃん! 師匠が帰ってきたよ!」
「なんと」
「チッ」
喜色満面のヨルダに連れられたように微笑むティルネ。
しかし紅蓮はタイミングが悪いとばかりに舌打ちをする。
「ただいま、ティルネさん。ヨルダも元気してたか? と言っても一週間くらいしか経ってないけどさ」
洋一が長居したことを詫びながら荷物を下ろした。
随分とダンジョンの中で借りを満喫してきたらしい。
紅蓮は向かったダンジョンを聞いたが、あんな真っ暗闇に中でよく一週間も戦えるなと思う。
外の世界では五ヶ月だとしても、体感は一週間だ。
もし自分があの場所に一週間もいたら、狂う自信があるからこその評価だった。
「師匠、こっちは一週間どころか五ヶ月待ったよ!」
プンスコと、頬を膨らませて怒るヨルダ。
そういえば髪が随分と長くなっているなと気がついた。
ティルネは毛生え薬のおかげで髪は適度な長さに保っている。
製造業というのもあるだろう、あまり伸ばしすぎない髪型にしていた。
「そういえば、ダンジョンの中って時間の流れが違うんだったな。失念してたよ」
「あら、兄さん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「そうかい。俺としてはもう少し後に会いたかったよ」
鎮痛な顔をする紅蓮に、経過した期間を思い返して楓はポンと手を打った。
「あ、龍神奉納祭?」
「そのまさかだよ」
「それについては俺に考えがある」
「ほう、ダンジョンの中で自身でもつけたか?」
「ああ、俺は鬼人族と番う男だからな」
「なんだと?」
どこの誰と? とは言わず、すぐに察しがついた。
何せその言葉を聞いて二人の妹が頬を染めているのだから。
妹はジーパで身を固める予定だと思い込んでいる紅蓮は、ゼスターにメンチを切りながら威圧した。
しかしその程度の威圧でビビるゼスターではない。
すでに何度もダンジョンボスをリスキルして度胸をつけた一端の男になっていたのだから。
洋一はそんな二人を見ながら、ベア吉の影から仕入れた食材を取り出していた。
◆
「何、門番のミズチが行方知れずのまま帰ってきていないだと!?」
龍神奉納祭。
言い方を変えれば生贄を見繕って島からジーパ人が出て行かないように施した仕掛けが祭直前で破綻したと言う知らせを受けて華は頭を抱えていた。
玉藻と契約しておおよそ100年。
鬼人としては随分と長い時を生きた華だが、それでも全て自分の思い通り進んだわけではなかった。
若い頃の華は腕自慢で、男に負けないほどの膂力を武器に方々で暴れ回っていた。
そんな彼女も恋をして、番いを作る。
それはミンドレイの貴族であった。
しかし華は子供を産んだら用無しとして捨てられた。
最初から鬼人の力を持つ魔法使いが生まれないかと言う実験の多m、絵の婚姻だったのだ。
華は傷つき、己を責めた。
鬼人が鬼人以外を信じたのがいけなかった。
鬼人は鬼人同士番えばいい。
そうすれば自分のような不幸な目に遭うものはいなくなる。
それは華にとっての希望だった。
しかし老いには勝てない。
短命種の鬼人は、長くても60までしか生きられない。
それゆえの膂力なのだ。
そんな時に玉藻と出会った。
母親と生き別れて悲しんでいると言っていた。
鬼人ではない玉藻だが、同じ境遇なのもあり、話し相手となった。
華は玉藻に己の反省を語った。
貧しい家の三女として生まれた華は、立身出世をするべくジーパを出た。それが間違いだったと気づいたのは子供を産んで捨てられた後だった。
あとはもう死ぬだけの身だ。
最後の話し相手として玉藻と出会って良かった。
そう言って息を引き取る途中で、玉藻は華を気に入り、契約を行った。
初めてのダンジョン運営で心細かったのもある。
この絶望に暮れた老婆に力を与えたら、どのようになるのか。
それを見たくもあった玉藻であった。
華はなかなかお迎えが来ないことに痺れを切らし、起き上がると自分が若返っていることに気がついた。
「起きたか、華。勝手に死なれては困る。妾はお主以外の話し相手がおらぬのだ。生きよ、華。これからは妾のために生きてくれないか?」
それは誘いだった。
魅力的な誘惑だった。
華は新しい人生を歩もう。
最初こそはそう思った。
しかし力を持つにつれ、理想は少しづつ歪んでいった。
『華、正気か? ジーパを他の大陸から切り離すなど!』
ジーパは元々孤島であったが、船で一時間もあれば着く距離にあった。
それを華はダンジョンに新しいモンスターを生み出してさらに強力な防衛を命じた。
ジーパの外に鬼人を出さないための仕掛けだった。
もうこれ以上悲しい思いをさせたくない。
純粋なその願いは、呪いとなり、ジーパ人を束縛していった。
『そうだ、その龍神は大喰らいという設定にしよう。保護すべき女性を秘密裏に保護して、怪生の領域で暮らさせるというのはどうでしょう?』
『それをして、そのものは喜ぶのか?』
『きっと喜ぶと思いますわ』
華は焦点の合ってない目でそれが皆の信じる国づくりだと信じて疑わなかった。
しかし無理に抜け出そうとする若者は後を絶たなかった。
『なんで、どうして!? みんな私のいうことを聞いてくれないの?』
『華、お前はやりすぎたんじゃ。冬眠のことを思うのなら見守る側に立て。お前も子を身ごもり、育てよ。それまでダンジョンに出入りすることを禁ずる』
『そんな玉藻様……私にはこの力が必要なのです!』
華は縋った。
借り物の力で、有頂天になっていた華。
何かにつけて物事がうまく行かなければその力を使って当たり散らした。
『頭を冷やすのじゃ』
その姿を見るたびに、玉藻はあの場で契約したのは失敗したかと考えるようになった。
華は家庭を持ち、日々を忙しく過ごした。
ダンジョンは相変わらず閑古鳥が鳴いているが、それでも修行と称した鬼人が遊びに来た。
大してエネルギーは蓄えられぬが、全く変動しないよりはマシだった。
『では紀伊、無事に役目を果たしてくるのですよ?』
「はい、お母様」
華は母の顔で娘を送った。
玉藻の母であるオリンの契約者である洋一。もしくはその仲間に自分がどこにいるか知らせるための布石をいくつか持たせて。
『して、玉藻様。此度の龍神奉納祭ですが』
『まだやるつもりか』
玉藻は呆れたような顔で花を説き伏せる。
ダンジョンから18年離して、それでも考えは凝り固まったままだった。
一度美味い思いを知ってしまったら、それを忘れることなどできないかのように、ツ用石をその瞳に感じた。
『可愛い娘を持つ親だからこそ、願うのです。鬼人は守られるべき存在であると』
『過保護が過ぎるぞ?』
『それを教え解いたのはどこの誰でしたっけ?』
『妾じゃな。じゃが、子を産み、育んでも答えは変わらなんだか?』
『思いはより一層強くなりましたわ』
これは筋金入りだと思った。
『じゃが、妾の寿命はもう残り少ない。誰かさんが外から人を呼び込まず、エネルギーを使いすぎたせいじゃがの』
『本当に、エネルギーは尽きるのですか? 私を言いくるめるための方言ではなく?』
華はここで潰えるのは想定外だと疑わしげに言う。
『50年前から尽きそうじゃったが、お主と契約してからさらに加速した。何度も言っておるじゃろ? ダンジョンとは、人を呼んでこそなのじゃと』
『そこをなんとかできぬものですか? 後もう少しなのです』
後もう少し。そう言い続けて50年がすぎた。
契約してから50年。
そう言い続けて50年だ。
『その少しはいつになったら終わるのじゃ?』
そんな問答を続けている間だった。
龍神が消息を絶ったのは。
代わりに洋一が現れ、玉藻の不安の種であったエネルギー問題は解決した。
だが、肝心の龍神・ミズチが行方不明のままである。
『先に言っておくが、あの怪生を再度作り上げるのは反対じゃぞ? 今は洋一殿がだいぶ負担してくれるとはいえ、それでもジーパには身に余る存在じゃ。神話級など、人の身で扱う存在じゃなかろうて』
『でも、そうしないと島から人が!』
『出せば良いではないか』
『なんてことをおっしゃるのですか!』
憤怒の表情で、華は玉藻から距離を取った。
臨戦体制だ。
『ほう、妾と敵対するか? そうした場合、契約は破棄するものとする。娘思いのお前が、娘の帰ってくる家を、親としての役目を放棄するのか?』
契約の破棄。
すでに老衰している華はさらにそこから100年の時を生きている。
今契約を切られたら尸になることは明白。
『どうして、こう物事はうまくいかないの……?』
『お主は結局、みんなのためにと言いながら自分のことしか考えておらんかったのよ。娘の紀伊のことも信じられないか?』
『く……』
華は全てを諦めた顔になり、集めた天狗兵に本日より龍神奉納祭は取りやめることをジーパ全土に伝えることにした。
こうしてジーパに平和が訪れたのだった。
そもそも、龍神は洋一の最初の一手で死んでたのでどちらにせよ詰みであったが。




