22話 ポンちゃん、ジーパ料理を堪能する
ゼスターの案内により、ジーパを歩く。
一般人の体力が軒並みずば抜けてるせいなのか、道は踏み均らした程度で、風が吹けば土煙が舞い上がる環境だった。
ミンドレイでは人の醜さが浮き出るが、こっちは本格的に人を人として扱ってくれない。今までの生活を満足にさせてくれない。
「なんというか……本当に国が変わるだけで生活様式まで変わるんだな」
「人種が違うこそなればだ。休憩は必要か?」
「必要ない。もっとひどい場所で暮らしてたからな」
「ジーパよりひどい場所? 知ってるか、カエデ」
「ミンドレイにそんなところあったかしら?」
「なんとかの森ってところだよ。騎士団とはそこで出会った」
洋一が記憶喪失のフリをしながら説明する。
いや、料理以外で記憶力を発揮しないためか、普段からこんな感じではあるか。
「ミンドレイでは『禁忌の森』と呼ばれていますな。私がそこに騎士を引き連れてとある薬草を探しに行ったのです。それからさまざまなことがあって、恩師殿とはそこで知り合いました」
「禁忌の森!? 一度足を踏み入れたら二度と帰ってくることはできないと言われてる魔境じゃないか!」
「師匠はそこで迷子になってたんだよね!」
洋一に変わりティルネが言葉を引き継いだ。
それによりゼスターは顔を引き攣らせ、さらにヨルダが追い打ちをかける。迷子。それはつまり森から出る方法を知らないと言うことだ。
ゼスターに襲いかかるプレッシャーはより強まった。
もし自分がその境遇に立たされたのなら?
普通に全滅を覚悟する。
何せ冒険者でも滅多に近づかない『等級不明魔獣』が跋扈する土地という話題だからだ。
薬草が生えている可能性はあっても、死ぬ覚悟を持っていく場所なのだ。
「よくそれで生きてたな、旦那」
「いやぁ、銀色の毛皮を虹色に光らせる狼? の肉を食べてなんとか過ごしてたよ。その上で記憶喪失だろ? 出口もわかんないし、服は野生動物にとられるしでそこら辺の葉っぱを巻き付けて服にしてたからさ、岸の人たちからじは現地人だと思われてしまったみたいで」
「余裕か!」
ゼスターは思わず突っ込んだ。
突っ込まずにはいられない。
その魔獣に該当する存在を知っているからだ。
「そんな場所で数ヶ月、ほぼ丸裸で放り込まれても生活できてたので、ここが悪い環境とは思わないよ。水路も近く、気候も穏やかだ。山は元気で自然の恵みも多い」
洋一は『禁忌の森』で生活したからこそ、ジーパはいい国だなと賞賛した。
「例えが極端ですが、いい場所でしょう? 毎日がスリルでいっぱいですよ!」
「それが嫌で逃げ出してきた奴がなんか言ってるぜ」
「故郷の自慢ぐらいさせてくださいよー。嫌なのは自然じゃなくてしきたりの方だってば!」
「しきたり?」
ああ、それかとゼスターが思い出す。
聞けば、ジーパには古いしきたりでがんじがらめになってるそうだ。
それがこの島を災害から守る龍神の伝説。
そしてその化身が毎冬、無事に越冬したければ生贄をよこせというものだった。
歳のころは20に見たぬ生娘。
武力を持ち、ツノを持つ。
そんな条件を年々増加傾向。
どんどん考えが変わり、そして生贄の人数も増加していくのだそうだ。
これは本当に守護者なのか?
ただの侵略者ではないか?
でもちっぽけな島国であるジーパが災害により沈まぬのは龍神のおかげであることも事実。
ジーパはそれを受け入れて今まで暮らしてきたのだという。
「うちのメンバーは年齢的に範囲内。だからこんな村から出て行ったんだよ。死ぬために生まれたわけじゃないってな」
「中でもひどいのが、その年齢に達するまでに結婚するのが条件で、村では顔見知り同士で縁を持つのも相まって……年々結婚年齢が引き下がり、同世代ではほぼ行き遅れ状態に……こんな恐ろしい現実受け入れられない!」
これはしきたり云々というより、自分が冒険を楽しんでる間に知り合いが全員結婚してて引っ込みがつかなくなった奴だなぁ。
覚えがある景色に、頷くほかない洋一だった。
「とまぁ、17でこんな状態でな。なら一緒に行くか? と誘って今に至る。故郷を自慢してるが、暮らすのにはさまざまな障害が付きまとう忌み地でもあるんだな、ジーパは」
「龍神ですか。確か体が水でできているミズチというお話でしたよね?」
「ああ、物理も魔法が効きが薄い。纏ってる水を蒸発させても、水場が近くにあればすぐに復活可能。能力よりも、その生存力が厄介でな」
「水場から引き離すことはできないのですか?」
「無理だな。ミズチの支配地はジーパをすっぽりと覆ってる。災害から身を守る守護神とは表の顔で、実際は災害の化身なんだよ、あのみずちって奴は。頭がいいのか暴れない代わりに生贄を取って、楽して力を蓄えてるんだな」
「それって倒しちゃダメなのか?」
「おいおいおい、話聞いてたか? 物理的に討伐できないから厄介だって話だよ」
洋一の話を大袈裟に受け取るゼスター。
しかし湖での水害規模を考えると、これはすでにやってるなと思い至るヨルダとティルネだった。
禁忌の森のデーモングリズリー然り。
最初の一発で事件は解決してしまってる。
本人曰く『デカくて食い出がある』程度の認識で。
もし違ったとしてもなんら問題はないとすら思っていた。
◆
「あそこの山の麓に何かお店がありますね」
「ああ、ロクさんの団子屋だな」
「団子って何?」
ヨルダが知らない知識と邂逅した。
「ミンドレイでは余りポピュラーではないか。米、という穀物を蒸らして練って丸めた菓子だよ。さっき旦那に作ってもらった小籠包というやつに食感は似てるかな?」
全く違うだろう、と判断する洋一。
しかし他に似たような食べ物を食べたことのないゼスターは例えようがないと言いたげだ。
餅も団子もジーパの特産品であるからだ。
思えばミンドレイの食事に似たようなものがないのがいけない。
「少し寄ってくか?」
「ああ、料理に触れるのもこの旅の目的だからな。吸収できるものはんだって吸収してやるさ」
「団子。一体どのような食事でしょうか? 今から楽しみです」
ティルネも最近洋一に感化されたのか、すっかりグルメに夢中になっていた。
「ロクさーん、いるかー?」
「そんな大声ださんでも聞こえとるわい」
厨房の奥からではなく、頭上からバッサバッサと羽ばたいて降りてきたのは天狗面を被ったお爺さんだった。
山伏衣装に身を包んだ、カラスの羽を生やした人間といえばいいか。
こちらはミンドレイの貴族と違い、魔力で若造りする必要がないのか見た目相応の年齢の刻み方をしていた。
「久しぶりだのう、駄犬。もみじちゃんとは上手く行っとるかい?」
「駄犬はやめろっての! ミンドレイじゃAランク冒険者として名前も売れてきたんだぜー?」
ロクさんと呼ばれた天狗に胸を張って見せるザスター。
「して、そこの方々は?」
「客だ。今の護衛対象だな」
「洋一と言います。ここでお団子をいただけると聞きまして、お邪魔しました。初めて見るお料理の数々、しかと堪能させていただきます」
「ほう?」
ロクの値踏みするような目。
そして威圧を涼しい顔で耐えきり、気に入ったと快活に笑う。
初手で威圧をかけてくるのはジーパのお国柄なのかもしれない。
「この御仁の護衛を誰かがする必要があるのか? 儂には甚だ疑問だが」
「ジーパのこと何も知らねーっていうから、案内役だよ。何なら仕事しなさすぎて金取れねぇレベル」
「何を言ってるんです。ゼスターさんがいなければジーパに辿り着くこともできませんでしたよ。魔導シップの運転をできるのはあなただけですよ。それだけでもお金を払った甲斐があった」
「正確に人柄が出てるじゃないか。ツノなしなのが勿体無いほどじゃな」
「だろぉ? 紅蓮のおっさん相手に一歩も引かなかったからな」
「ほぅ、それは興味深いな。今代の赤鬼が興味を示すレベルか」
「そんなことより団子! オレさっきからずっと気になってて」
「ほっほ、先に儂の仕事をお見せせねばならぬかの。ちぃとまっておれ」
立ち話はそこそこに、ロクが厨房に引っ込んでぺったんぺったんという音が聞こえてくる。
この国に魔道具の類はないと聞いていたので人力だろう。
「師匠、これは何の音?」
「きっとお餅をついているのさ」
「お餅?」
「ねぇ、ヨウイチさん。本当にジーパは初めてなの? さっきから詳しすぎる気がするんですけど」
「ジーパのものとは系統が異なる餅を食べたことがあるんです。それは材料にお米を使っていた。お米が生産品として有名なジーパなら、同じ場所に行き着くかなと思ったんですよ。餃子なんかはその地域の名産品でしたからね」
「ああ、あれは美味しかったですね。なるほど、そっちの知識なんですね」
「ほら、言ったろ? なんか似てる地域の出身だって」
出身ではないけど、知ってるというのは説明しにくいので出身であるとしておいた。その記憶すらも曖昧なので、そういうことにしておく。
しばらくして、熱々の団子がやってくる。
まん丸としていて、そして表面に焦げ目がある。
みたらし風味の団子だった。
串に刺さっているので、食べやすくなっている。
「うわぁ!」
「これはどうやって食べるのでしょうか?」
驚くヨルダ。そしてティルネは食べ方を聞いてくる。
「キュウン?」
「ベア吉も食べるか?」
「キュウン!」
肩掛けバッグの中で居眠り中のベア吉が、団子の匂いに釣られて目を覚ました。
「まだ連れがいたのか? 全く気配を感じなかったが」
「ああ、お構いなく。少し眠ってもらってただけですので。ここでは大型の魔獣を放し飼いしても大丈夫な土地柄ですか?」
「サイズにもよるな。流石に見るからに害獣とわかるものは駆除させてもらうが」
「キュウン……」
やはりここでも大きくなれないんだ、みたいな顔のベア吉。
「連れ歩いても問題ないのですね?」
「ここは儂のような怪生が往来しとるからの。一匹に引き連れたところで目くじらは立てんわ」
懐の深いお国柄だ。
洋一は感嘆し、ベア吉のツノを切らないで行動させようと決意する。
「よかったな、ベア吉。ここではお前も本来の大きさで行動していいようだぞ?」
「キュウン!」
「よかったね、ベア吉くん!」
なぜかもみじも喜んでいる。
たまに子守唄を歌って寝かしつけてくれたので情が移ったのかもしれないな。
そして本来のサイズに戻ったベア吉は、なぜか駆け寄った天狗兵に包囲されてしまった。
だろうなと思った洋一は、仕方なくツノを切ってちょうどいい大きさに調整した。
「なんてものを、なんてものを連れて歩いてるんじゃ、あんたは!」
「ちょっと大食いですけど普段は可愛いですよ?」
「キュウン……」
さっきまでは数百名の天狗兵を相手にまるで気後れする様子もなく、蹂躙して見せると言った顔つきをしていたベア吉も、洋一にツノを折られた瞬間におとなしい子グマに変貌した。
このサイズだったら誰にでも可愛がられるだろう、そんな穏やかな顔つきだ。鳴き声もどこか弱々しい。
ツノを持ってる時の気性の荒さは、鬼人族を彷彿させるものがあった。
今は人の形に収まっているが、そのツノを解放させた時の手のつけられなさは鴉天狗のロクをしても制御不可能。
それよりも数倍やばい魔獣を飼い慣らしている洋一。
「言ったろ? やばい人だって」
「こっちの予測を簡単に塗り替えるでない!」
ロクの強めのゲンコツが、ゼスターの頭頂部に落とされた。
◆
一悶着あったが、何とか解決して一行は団子を堪能する。
最初は食べ方に苦労したが、慣れてくるとそのおいしさに夢中になった。
小籠包と違い、中には何も封じられてはいないが、何よりも食感が面白い。もちもちしていて、弾力がすごい。
そして噛むたびに上にかけられたタレが団子にアクセントを与えていく。
最初は甘く、でもどこかほろ苦い。
飽きずに最後まで食べられたのはそのタレのおかげと言ってもいいだろう。
そして最初こそはハイペースで食べていた団子も、6本あたりで急に減速する。
小さく、食べやすいが団子はカロリー爆弾。
すぐにお腹いっぱいになったのだ。
肉を食べたわけじゃないのに不思議な気持ちになるヨルダだった。
でも満足感がすごい。
「美味かった! でも手がベトベトになっちった」
ヨルダが手どころか口元をベトベトにしながら【水球】で手洗いしている。ティルネもそれにならって身だしなみを整えた。
洋一だけが手渡された布巾で手を拭いて、口元を拭い去った。
一人だけジーパのマナーに慣れ親しんでいるので、すっかりジーパ人に見えるほどだった。
「食べ方にコツがいるんだよ。食べにくい時はこうやって一旦串から外して、一個ずつ刺して食うんだ。ミンドレイ式の食い方だな」
「あ、食い切る前に教えてよ師匠!」
「ヨルダ殿、次からはそういただけばいいのです」
「ま、それもそうか。別に今日だけのご馳走ってわけでもないし」
「そして、私が気になったのはつけていたタレです。甘く、でもほんのりとしたコクがあって、団子のもちもち具合に引けを取らなかった。もしよろしければ製造法を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「レシピを教えろって言わないのかい?」
「そんなことはできません、これはあなたの味です。ですが私も研究者。未知の味の開拓、見知らぬ調味料との邂逅には心躍るものがあります。それを奪って他人の功績を我が物になんて恐れ多くてできませんよ。これらは先人の努力の上に出来上がった成果物。その一端に触れるだけでも研究者は喜びに満ち溢れるものなのです」
ティルネの研究に対する意気込みを聞いて、感心するロク。
今のご時世、楽をしたがる奴はジーパにも多い。
ミンドレイは特に顕著というだけで、国柄に大差はないのだ。
そしてミンドレイ国民であるにもかかわらず、ロクの仕事に感銘を受けて、研究させてくださいと頭を下げた男が一人。
「ミンドレイ民にしてはなかなか殊勝な心がけじゃな」
「あの国は人を狂わせるのです。私もかつては狂っていた。恩師殿に出会い、本来の心を取り戻した一人。今はただのヒューマンとして、研鑽あるのみです!」
「ほう!」
「オレは逆にお米って作物が気になるな! もし可能だったら、作ってるところを見てみたい」
「ならば婆さんを紹介しよう。おーい、お砂さん!」
ロクは背中の羽を羽ばたかせて上空まで駆け上がり、遠くに聞こえるほどの大声で吠えた。
すぐに砂埃が巻き上がり、美女が一人現れる。
「婆さんはやめな。こう見えてもピッチピチの1200歳だよ?」
1200歳は普通にご年配だ。
しかし目の前の美女はそれを感じさせない。
砂で作ったボディだからだろうか?
「儂は800歳じゃ。儂より年上なら婆さんだろう?」
「全く、口のへらない坊やだね。それで、わざわざあたしを呼び出すってのはどういう了見だい?」
「こっちのミンドレイ民が、婆さんの餅米をえらく気に入ってるんじゃ。できれば作り方を教えて欲しいと」
「金を出して買う、ではなく?」
お砂は目を瞬かせる。
ミンドレイとは何度かやり取りしてるが、いつも高圧的に大金を積んで買ってやるという態度だった。
しかし目の前の少女は何を思ったのか、米作りをしてみたいと言い出した。
「変わりモンの集まりなのよ」
「みんな早速やりたいことができて何よりだ。俺ももっとジーパのご飯を食べてバージョンアップしたいところだな。ロクさん、ここ以外でもジーパ飯を食べれる場所はあるかい?」
「ほれ」
目を輝かせてジーパ国の食事を勉強したいという洋一。
その姿勢には護衛でやってきているゼスターすらも肩をすくめて呆れていた。
「何とも愉快なものたちよ。この国で商売をするでもなく、教わる姿勢。ツノなしにしては随分と豪胆であるな。気に入った! 特別に妾が指導してやるとしよう」
「本当! やった! 先生、お願いします!」
「うむ、妾のことはお砂お姉ちゃんと呼ぶように。先生では堅苦しいからな」
「お姉ちゃん!」
「うむ、うむ」
年齢のことをずっと引きずっているのか、この中で一番若いヨルダからお姉ちゃんと言われて満更でもない様子のお砂。
「では師匠、我々も早速修行を始めましょうぞ」
「先にこやつらの案内だけでもせんとの」
暑苦しいほどにやる気を見せるティルネに、ロクは休養を思い出したそぶりで洋一に話しかける。
「あ、それは俺たちでやっていけるから。ロクさんはその人頼むな?」
「おい! 小童! 待て、話を聞かぬか!」
「ささ、師匠。我々はゆっくりとタレのさらなる進化を極めましょう」
「進化とな!?」
こいつ、教わると言っておきながらさらに改良を加えるつもりか!?
ここに至ってとんでもない弟子を迎え入れてしまったかと気後れするロク。
こうして洋一達はそれぞれの道を歩んだ。
「そういえば、旦那の力量は知ってるけどヨルダちゃんとかあのおじさんはどれぐらいやるんだ?」
魔法が使える程度の知識はあるザスターが、ミンドレイ国民の代表である貴族の二人の実力を知らないと言ってきた。
もし低いのであれば、今から護衛を分散させる必要があると言いたいのだろう。
「大丈夫だと思う。だってベア吉のお父さんを二人で圧倒したことあるし。ちょっと及第点で、処理が甘かったけど、あとは場数を踏めば俺の領域に土足で入ってくる可能性を秘めてるな」
「ベア吉君のお父さんて?」
「さっき天狗兵に囲まれたベア吉の一回り大きくて、手に炎の爪を纏いブレスを吐く、そんな感じの魔獣だな。俺はその時見学してたが、危なげなく倒してたぞ?」
「マジかよ」
「やっぱり護衛を今からでも辞退した方が?」
「護衛1:案内9で雇ったから平気だよ。お金はちゃんと受け取って欲しいな」
有無を言わせぬ洋一の物言いに護衛の三人組は押し黙るのだった。
◆
あれから一週間は過ぎたか。
洋一は相変わらず料理一辺倒。店に行ってはご馳走になり、そして自分のアレンジを加えながらご馳走する。
そば、天ぷら、おにぎり、漬物。
煮魚、干物、刺身、野菜炒めなど。
日本料理と呼べるもののほとんどがジーパで食べられた。
特に気に入ってるのが醤油や味噌、味醂などの調味料との出会いだ。
「旦那はすっかりジーパ酒がお気に入りなようだな」
「子供がいると飲めないからな。でもこれは、調味料にもなるんだ。一品作ろう」
雑談の間でも、洋一はオリジナルレシピを思いついてはゼスター達に振る舞った。
「普通に店開いた方がいいんじゃねぇか?」
「本当ー、全部美味しくて太っちゃいそうです。ジーパの料理は質素って感じしてるんですけど、ヨウイチさんのは斬新で美味しくて」
「店はなぁ、まだ考えてないよ。どうも俺は作りたいものがその時々で変わるから。だからな、客の期待に応えられそうもないんだ」
「でも現にゴールデンロードでは上手く行ってたじゃねぇか」
「あれは店主のワイルダーさんがやり手だったからだよ。それにメニューのほとんどは賄いで作ったもんだ。酒場のメニューってどうも手抜きになりがちだろう?」
「軽く油で揚げたのがほとんどだな。酔っ払ってるから味なんかわかりゃしねぇって言われてる気がしてムッとするが」
やっぱりそう思われてるのか。
ワイルダーの苦労や手間も実際に伝わってないのはお互いに不干渉であるが故かと思い至る。
「ただ挙げるだけでも手間はかけてるんだぞ? そこらへんの違いをゼスターさん達は知らなすぎるんだ。どれ、もう一品追加しよう。酒もなければ注ぐが?」
「ジーパ酒は強すぎるから、ここいらで甘酒に乗り換えかな」
「根性のない」
洋一は肩をすくめながら久しぶりの酒盛りを楽しむ。
ジーパではコッコなどの家畜はおらず、野生の八咫烏なんかを〆て食すそうだ。
それをただ油で揚げたやつ、下味をつけてから揚げたやつ、下味をつけた上で衣をつけて揚げたやつの三種類用意した。
「さ、同じ揚げ物でもこれぐらい違う。普段自分は何を口に入れてるかを理解するといい」
そう言って、ゼスター達に試食させる。
「あれ? ただ揚げてるだけのって酒飲んでるだけでもこんなだっけかってなるな」
ゼスターが率直な感想を述べる。
水っぽく、味が何もない鶏肉は空腹の時なら食えるが、それ以上でもそれ以下でもない。
「うん、下味をつけてるやつはいつものだー」
カエデがの表情がパッと明るくなる。
何も味付けしてないとの差は一目瞭然だろう。
「衣をつけたやつはゴールデンロードで食べたやつだね。え、これしか差がないの?」
そしてもみじは驚いたような顔つき。
店で食べて感動していたものがどのようなものか理解したためだ。
「いつものやつに衣つけたやつを俺たちはありがたがってただけってのか?」
「まぁ、差を知ったらそうなるだろうが。味付けの工程を知ってからも同じことを言えるかな?」
洋一は料理を知らない、お金を払って食べてるだけの冒険者に料理のイロハを伝える。
まず肉全体から余計な水分を取る。これをしないと揚げても水っぽさが残るためだ。
余計な筋を切り、脂身を落とす。
脂っこくなり過ぎても本来の旨みを味わうことはできないからだ。
そしてスパイスは数種類に及ぶ。
「俺たち、そんな手間なんて知らずに食ってたのか」
「しかもこれ、肉一つ一つに対して行ってるんだ?」
「ワイルダーさんは俺と同様に慣れたもんだから苦にも思っちゃいないが、人が通いたくなる酒場作りをあの人はしてるんだよ。俺だったらそうはいかない。毎日自分が作りたいやつだけ作る」
今みたいにな、と微笑む洋一。
それは確かに「唐揚げが食べたい!」ってなった時に「今日はステーキの気分だから唐揚げはないぞ」と言われて困るやつだと思い至る。
「料理が上手だからと、お店を回せる理由にはならないんですねー」
「俺に商才はないからな。そこはつくづく思い知らされてるよ。あとは稼ごうって気も薄いんだ」
「なんだかんだ、こっちきてから一切金使ってないもんな」
「普通なら考えられないよね? 目的にもよるんだけどさ」
「討伐目的で来た時に宿泊料金だけで黄札数百枚も使ったのがバカみたいに思えてきちゃうね」
「まぁ、俺たちは基本的に野宿慣れしてるからな。食事を楽しむのに白札は使ってるし、全くお金を使ってないわけじゃないぞ?」
なお、白札はジーパ国において最もグレードの低いお札である。
食事関連は概ね白札。
黄札は日用品。または宿泊費なんかがここだ。
武器なんかはさらにグレードが上がって青札。
赤や黒は戦闘に使うのだそうだ。
一般人が持ってても意味はないので、基本的に両替は白、黄、青で事足りるわけである。
ジーパ人にとっては赤も黒も必要なので、相手の懐具合を見て用意する商人も多いそうだ。
単純に洋一達にとっては必要なかっただけである。
「そういえば、ゼスターさん。こっちにダンジョンの類はあるかい?」
「ダンジョンか。ないこともないが、基本寄り付かない場所だぜ?」
「うん、封印の祠って呼ばれる龍神様の寝所なの」
「そこだけしかないのか?」
「あるにはあるが、立地がなぁ」
「ジーパには空の領域と怪生の領域があるの。ジーパ人は影の領域と呼んでいるけどね」
「空というと、ロクさんの?」
「察しがいいな。天狗などの有翼種が住まう土地が空の上にあって、そこに一個」
「もう一つはお砂さん、ヨルダちゃんがお世話になってる場所がちょうど影の領域よ」
「なんだか運よく懐に入り込めちゃった感じか? 頼んだら入らせてくれないかなぁ?」
こんな偶然あるんだろうか?
まさか最初からそれ狙いで教えてくれたのかと勘ぐりたくなるほどの偶然の一致だ。
「ダンジョンなんか行ってどうするんだ? 旦那は料理人だろう。冒険者のランク上げをするわけでもないし」
「単純に魔獣を食ってみたいって気持ちが強いんだよ。さっき絞めた八咫烏もそうだが、俺の料理スキルは強いモンスターの方が深みが出るんだ」
「なんか旦那の強さの秘訣がわかった気がするぜ」
すっかり酔いが覚めたような顔つきで、呆れるぜスター。
「料理人なのにどうしてそんなに強いのかわかった」
カエデも同様だ。
「ヨウイチさん、もしかして今までも似たような理由でダンジョンに?」
正気か? と疑いの目を向けるもみじ。
「気がついたらダンジョンが第二の故郷になってたところはあるな。その前後が不明なんだが」
そりゃ、記憶もなくすわ。
一体どれだけの数視線を乗り越えてきてるんだ。
洋一の話を聴きつつも、護衛三人組は力の根源を理解したのだった。
◆
「へぇ、ダンジョンに入りたいとな?」
ロクは突然そんな話を持ち出す洋一に、新作の団子を振る舞いながら首を傾げた。
早速ティルネがやらかしたのだろう。
みたらしのタレの進化し具合が常識を逸していた。
「あれ? ロクさんのお団子ってこんなに美味しかったっけ?」
幼少期から食べ慣れていたであろう。もみじとカエデの姉妹が失礼な物言いで誉めていた。
「実は団子の製法に少し手間を加えたんです」
「この男、とんでもないぞ? 最初こそはミンドレイの貴族だからと静観していたが、一つ任せてからの変化の仕方がキモかった」
きもい。普通なら傷つく謂れようだが、
「それほどまでに誉めてくれるだなんて。苦労した甲斐がありますね」
ティルネにとっては褒め言葉であるようだ。
「これは味醂ではなく純米酒を使っているのか。随分と単価が跳ね上がったんじゃないか? だがコクは抜群に上がってる。団子もそうだ。もっちりとした食感はそのままに、さらに風味が加わっている。これはなんだろう? タレをかけずとも団子だけで後を引く旨みが出ている」
団子とは餅米を蒸して練って丸めたものだ。
手間はかかるが、安価で食べられるのがメリットの菓子である。
上手くするためなら高価にしていいわけではない。
安いからこそ気軽に食えるものでもあった。
「こやつのこだわりはどうなっとるんじゃ。確かに団子でここまでの高みを目指せたのは初めてのことじゃが、これでは容易に手は出せんものになるぞ?」
「無論、普段使いはできません。しかしお殿様のような目上の方への振る舞いだとしたら?」
「む、確かにこれは献上品に相応しい出来だが」
たかが団子だぞ、正気か?
ロクはこれが献上品になりうるのか? と疑いの目を向けている。
ティルネはまだ出してない商品があると取り出した。
ここからがティルネの真骨頂であるようだった。
「あ、羊羹だ」
「羊羹ですか。餡を寒天で固めたジーパ菓子だよね。お彼岸のお供物にも最適!」
「これをですね、こうしてみました」
「羊羹の中に団子が!?」
つるんとした食感の中にもちっとした団子の食感が楽しいものだ。
だが、それは作りたてに限る。
羊羹の保存性に突き立てのお団子の食感がついてこれないのだ。
「問題は団子は冷めれば硬くなり、羊羹のつるんとした食感と合わなくなる。懸念点はそこだな?」
「流石恩師殿。特性を見極めてまいりますね。なので小さくちぎり、かつ製法にもこだわって見ました」
切り分けた新作羊羹を口にし、ああこれは『求肥』かと理解する。
あれなら冷めても柔らかく、羊羹の食感をそこわない。元々水分量の多い求肥。そこに水分量がそこそこにある羊羹なら。
「これはいいな。日持ちは?」
「14日ほど」
「十分長旅に耐えられるな」
「問題があるとすれば一つ」
「なんだ?」
「小豆の入手がジーパに限られるということです」
素材の問題か。
他にも豆を甘く煮るという料理がジーパ独特のもので、食べ慣れない人はいることか。
どこに行っても通用する料理ではないのでわざわざ作るほどのものか?
という疑問はつきまとうか。
「ヨルダはなんと言っている?」
常にコンタクトをとっている、またはロクとお砂が知り合いなので、そっちの経由で噂話が飛んでくるのだろう。
聞いたら普通に返事が返ってくる。
「種さえあれば育てるのは問題ないと。ただ、お米の製作期間で日数を使いそうなので、満足いく育成ができるまでは二の次になりそうだと」
「お米は期間だけじゃなく、手間がかかるものだからな。そこは自分たちで賄おう。俺も手伝うよ」
「恩師殿の手を煩わせるのは本意ではないのですが……」
「何言ってんだ。俺はティルネさんの能力を高く買ってるんだぞ? 俺ができることはなんでもするよ。それで飯が上手くなるんならそうするに決まってるじゃないか」
「ありがとうございます」
ティルネは頭を下げ、洋一は大袈裟だなぁと困惑した。
「なんかさー、この師弟。見ててこっちが恥ずかしくなるよな」
ゼスターが、なんともなしに洋一達をそう評した。
「え、どんなところが?」
「この師匠にして、この弟子あり! みたいなところ? もし俺の師匠が旦那みたいなタイプだったら、俺も腐らずに最後まで師事できてたのかなって、うっすら思うんだよ」
「ボスは故郷から逃げ出してきたんだっけ?」
カエデが昔話を思い出しながら尋ねた。
「お前らとは違うってーの。俺の師匠は、俺に自慢するために大害獣に挑んで返ってこなかったんだよ。俺が自慢したかったら、大物討伐くらいして見せろって言ったからさ」
その日から姿を見せなくなったか。
死んだか顔を合わせられずに逃げたかは知らないが。
それで別の師弟関係を見る度に羨ましく思ってるわけか。
「それはご苦労なさいましたね。しかし恩師殿ははっきり言ってスパルタですぞ? 私は師事したことをなんら後悔してませんが、今まで培った技術は全て捨てて、ようやく成果を出せたほどです」
「えっ」
なぜか洋一が一番驚いた声を上げる。
「おい、師匠」
「無自覚系師匠だ」
「これは案外おじさんも苦労してるやつだね?」
もみじが同情したようにティルネを見た。
しかしティルネは小さく首を振る。
「隣の芝生は青く見えるものです。私と恩師殿の関係性を羨ましく思われようとも、あなたが私のようになるのは師事する相手を変えただけじゃあどうにもなりません。あなたはその師匠の討伐できなかった相手を今も追っている。違いますか?」
他人を羨ましがってる暇はないのではないか?
ティルネの目はゼスターの心を見透かしているようだった。
そうだ、そのために冒険者ランクを上げて世界各地を渡り歩いている。
ゼスターは未だその時の炎は潰えてないと、拳を握る。
「後学のためにそれがどんな害獣なのか聞いてもいいかい?」
「スライムだよ。見上げるほどにでっけぇスライムだ。俺の故郷、ザイオンに突如できたダンジョンから這い上がってきた。師匠はそれを倒して自慢しようとして……」
「スライムかぁ」
オリンもスライムなんだよな。
まさかジーパは空振りか?
そんなことを考えながらも洋一は話を締め切った。
「スライムはゼリー寄せにして食べた覚えがあるな。寒天とゼリーの中間点というか。果汁を絞って染み込ませて食すんだ」
「おい、旦那。俺の話を聞いてたか?」
ゼスターは大袈裟なほどに身振り手振りで仇のサイズを伝える。
決してゼリー寄せで食べられるサイズではないと伝えた。
そもそもスライムを食べるな! と言いたげである。
「食わず嫌いは良くないぜ? スライムは特殊調理素材だからな。そのまんま食えば水っぽい上に消化袋を破けば大惨事だ。良く水洗いして天日干し。その上で加工するのがベストだな」
「食い方を聞いてるんじゃねーよ!」
ゼスターは怒りから声を荒げてしまう。
「言ったであろう? うちの恩師殿は話をすっ飛ばしてお考えになられる。それまでの過程は、弟子に全て任せる方針だ」
「そりゃ確かに苦労するわ。うちの師匠は口だけで、全然実践で示してくれなかった。でも、本当に苦労したところを教えてくれるから、今俺はここに生きてたっている。周りは師匠を腰抜けと詰った。でも俺にとっては……」
「今でも慕っていると?」
「まぁな」
多くは語らず、しかしそこには確かな絆を感じた。




