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おっさん料理人の異世界グルメ〜行き倒れていた王族や貴族に飯の世話をしていたら慕われすぎて困ってます〜  作者: 双葉鳴|◉〻◉)
魔法と選民思想の国『ミンドレイ』

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20話 ヨッちゃん、場外戦術を繰り広げる

「そういえば聞いた?」


「突然なんの話だ?」


 読書中、ルームメイトのヨーダからの呼びかけにオメガはムッとしたように聞き返す。

 男女でありながら同室というのにも納得がいってないのに、なんら恥ずかしがらない相手。

 本当に公爵令嬢なのか? という疑いは日に日に強まる一方だ。


「いやぁ、Fクラスの女子からこんな話を聞いてさ」


 会話に応じるつもりはないという毅然な態度のオメガに、ヨーダはそんなこと知ったことかと会話を始める。

 いつだって主導権は自分にあると主張する女である。

 今は男の姿であるが。


 それは貴族街の裏通り、ゴールデンロードという名前の店舗の話。

 そこでは貴族に限らず、駐屯騎士や貴族街に働きにきている商人や平民を魅了するランチが提供されているらしい。


「Fクラスといえば外部生か。毎回毎回どこからそんな情報を仕入れてくるんだ?」


「コミュニケーション円滑のおかげかな? ここの貴族は平民だからってまるで道具みたいな扱いじゃん? その干渉役をオレが買って出てるわけ。ただの貴族だったらなんの後ろ盾もないわけだが、ロイド様の護衛役で、Sクラス、そして魔法訓練の噂の影響でモテモテなのよ」


「君は女子だろう?」


「男に言い寄られるより、100倍マシ。いやぁ、女の子の初々しさは見ていて気持ちいいね。かつては自分もこうだったのかと思い出して泣けてくる」


「前から思っていたが、君は精神的な部分が常人を逸しているな」


「お褒めに預かりありがとうよ」


「褒めてない」


 舌戦では一歩及ばぬオメガだった。

 しかし話の内容から察するに、特にこれといった女いうほい腕はなかった。

 どんな相手にも低姿勢で売り込む商売人がいるというだけ。


「それで、その店がどうしたんだ?」


「今度紀伊(キノ)様やロイド様を連れて行かね?」


「唐突だな。先方の予約を無視しておいでだ」


「そこは約束なりなんなりしてさ。オレ、なんか貴族の飯が体質的に合わなくて」


「君は貴族令嬢なのだろう?」


「だが【蓄積】もちだ。お前は貴族社会で今まで【蓄積】持ちがどんな待遇を受けてきたか知らないからそんなことが言えるんだぞ? 一日一食あたりまえ。かびたパンに虫の入ったスープなんてザラだ。そんなご飯でも体に取り込まねば生きていけない環境を考えたことはあるか?」


 今まで飄々としていたヨーダの目に力が込められる。

 オメガは「いや……」と返すので精一杯であった。


「むしろそんな待遇を受けてきて、よく生きてこれたな」


「コツがあるんだよ。おかげでこんな反骨精神旺盛な性格になっちゃった」


 両手をパッと広げてぶりっこのポーズをして見せる。


「可愛く言っても可愛くはならないぞ?」


「なんだよー構えよー」


 自分が女であることを唯一知ってるオメガだからこそ、そういうチャチャを入れてしまう。

 かつての洋一もオメガみたいな朴念仁だったことを思い出す。


 後日、教室にてそんな誘いをしてみた。


「ふぅん、ミンドレイの下町の食事ね。ここの国の食事が妾の口に合うかしら? 屋敷でも振る舞っていただきましたが、口に合わずに苦労していましたのよ。贅を尽くすのは構わないけど、脂や糖があまりにも主張しすぎて、このままではぶくぶくと太り果ててしまうわ」


 紀伊は今の待遇を煩わしいと漏らした。


「わかる。貴族飯って、贅沢品をふんだんに使うのをありがたがれって料理人の心の声が透けて見えるよな?」


「初めてあなた様のことが理解できた気がするわ、ヨーダ様」


「お褒めに預かり光栄に思います。紀伊様」


「そうなのか? オメガ」


「こいつは特殊な生まれですからね」


「父上から聞いている。だが、それでも派閥を作ってみせた。そんな彼の掴んできた情報か。興味はあるな」


 ロイドの興味も引いて、ヨーダ達はまんまと噂のゴールデンロードへ引き寄せられるのだった。






「随分と繁盛しているようだな」


 オメガが店の前にできている行列を見て言った。


「噂通りだな」


 ロイドが感心したように言う。

 噂とは、平民に混ざって騎士や貴族も一緒に食べると言う異色の光景が広がっていると言う意味だ。


「予約はしているんだろう? さっさとテーブルに座ってしまおう」


 オメガが、ヨーダに向けて言い放つ。

 しかし残念ながらと言う顔絵で肩をすくめた。


「あいにくと、ここのランチは予約なしで食えるんだよ」


「正気か?」


 こちらには二名の王族がいるんだぞ? と言う顔。

 よもやこの列に並べと言ってるのか?

 オメガの貴族らしい一面が垣間見えた瞬間だった。


「あら、相席スタイル? ジーパでは見慣れたものよ。流石に妾と同席してくださる方はおりませんでしたけど」


 口元を扇子で隠しながら紀伊がにこりと笑う。

 なお、目は一切笑ってないので怖い。


「おっちゃん、最後尾どこ?」


「おう、ちょうど俺の後ろだ。って、お貴族様が列に並ぶなんて珍しいな」


「そうなのか? やっぱり他の連中は列に並びたくないって駄々を捏ねたり?」


「そのために奥のテーブルが位置も満員なんだよ。予約はしてないにも関わらずな」


「へぇ、そっちはまだ空きそうもない感じ?」


「入ったら入りっぱなしさ。早いもん勝ちだよ。おっと列が動いたぞ。ここからは騎士や貴族様との勝負だ。絶対に列を譲ったらダメだぞ?」


 平民のおっさんはまるでここが死地であるかのような緊迫感を持った姿勢で列に並んでいた。


「面白そうじゃん」


「全然面白くないぞ? すいませんロイド様。こいつはいつもこんな調子で」


「ははは。これも経験さ。紀伊様はどうか? 疲れたのなら場所を変えるが」


「全然、立つのは苦ではありませんの」


「とのことだ」


 このメンツで文句を言ってるのはオメガだけだと理解したようだ。

 そして列の前方でざわつきが起こる。


 早速トラブルが舞い込んだらしい。


「おい! ボク様が食べにきてやったぞ! 道を開けろ、平民!」


 見るからに貴族然とした冒険者風の男が、まるで当然の権利かのように列に割り込んで早く飯を食わせろと威張り散らした。


「早速おいでなすった」


 列のおっさんが慣れた態度で注意を配る。

 すぐに騒ぎに気づいて騎士弾が駆けつけてきた。

 否、店から飛び出してきた。


「騎士団まで常連か」


「貴族が食べにくるほどですものね」


「あの方達は常連であると同時に自発的に警らを申し出たのだ。なんでもここのシェフに恩義があるのだとか」


「へぇ」


 シェフがオンを売るってなんだ?

 ヨーダどころかオメガやロイド、紀伊までも呆れている。


 騎士団が終わってるのか、シェフが凄すぎるのか。

 判別がつかない。


「あんた、また来たのか。懲りないなぁ、お一人でよろしいですか?」


 強面の大男が店の中から出てきた。

 何人も人を殺してきたかのような風格を持っているが、常連は見慣れているのだろう、特に驚くような態度はとってないようだ。


「おう! 奥の座敷を所望する」


「一名様ごあんなーい」


 半ばヤケクソ気味な声。

 それぐらい毎回来るのだろう。


「奥の座席まだ開かないけど入れちゃっていいの?」


 奥からもう一人、店員がやってくる。

 ボーイッシュな姿をしているが、女だろう。

 ヨーダの観察眼は全てを見通すのだ。

 単純に、自分が男装しているから着慣れない感を見通せるだけだったりする。

 顔立ちはどう見たって女子のそれだし、男装初心者と言ったところか。

 口調こそ男性らしさを出してるが、所作は女性のそれだった。


「しょうがねーだろ。一回痛い目見せたほうがいい」


「はーい。じゃあこちらでーす」


「おい、今物騒な言葉が聞こえたが?」


「すごいタイミングできたよね、あんたも」


 同情するような顔。本当に悪いタイミングで来たみたいだった。


「いったいどこの貴族が来たってんだ!」


 しかし横入り貴族は悪びれない。


「この国の大臣と王様が貸し切ってるんだよね」


 なので店員は仕方ないなぁと答え合わせをした。


「急用を思い出した!」


 突如乱入してきた貴族は踵を返す。

 しかしその肩を恐るべき力で鷲掴み、奥の個室の扉を開けた。


「失礼します! お連れのお客様がいらっしゃいました」


 連れ? どこの誰だと言う厳しい視線が横入り貴族に降りかかった。

 なんならお付きの騎士は剣に手を置いてさえいる。


「どこの痴れ者だ。つまみ出せ!」


「ごめんなひゃああい!」


 横入り貴族は無事騎士団によって摘み出された。

 室内では再び歓談の声。

 しばらくして奥の個室は締め切られた。


「陛下……」


「ま、王様が先陣切ってご試食なさったお店だ。味は期待していいんじゃないか?」


 ヨーダはロイドの肩をポンと叩きながら、適当な言葉を並べた。

 あまりにも不敬なヨーダを、オメガは射殺さんばかりに睨みつけていた。




「いよいよ順番か。なんとか4人で纏まれるといいな!」


「いらっしゃいませー。四名様ですね、ちょうど四人がけが空いてますのでご案内しまーす」


 先ほどの男装少女が明るい呼びかけでヨーダ達を案内する。

 通された席はそれなりに整っており、しかしシンプルイズベスト。

 モテなそうと言う気持ちはあるが、お金はあまりかけてられなかったという本音が透けて見える。


 貴族はそこに金をかけるが、騎士や平民は座って食事ができれば他は考えないのでこれでいいのかもしれない。

 貴族は別席にしたのも平民や騎士を威圧しないのでいいかもしれない。


「こちら、メニューになります。メニューが決まったら、こちらのベルでお呼びください。受付に参ります」


 そう言って男装女子が奥に引っ込んだ。

 働き者なのだろう、あっちこっちに引っ張り出されては各テーブルに料理を運んでいた。


「あの子、すごいわね。あれは重力を制御して全てを均等に保ってるわね。ただの従業員と思わないほうが良さそうよ」


 紀伊がウェイター女子の動作を見ながら言った。

 魔法バカの貴族はそんな高度な技術が用いられてるのかと注視しては賞賛した。


「ヨーダにあれはできるか?」


 オメガが問う。

 自分は皆目見当もつかないという顔だ。

 魔導士のほとんどはサポートなんかより詠唱加速と一撃必殺に重きを置く。

 【放出】の加護を持つ貴族のほとんどの思考がそこに落ち着くからだ。


 そういう技術は持たざる者が努力して身につけるものだった。

 【蓄積】が扱う技術という認識だ。

 だから、ヨーダならできるかと問うた。


「すぐには無理だが、まぁ時間は必要。というか他に使い道がないと覚える意味なくない?」


「確かにそうだが……」


「それより何を食べますか? 見てください、このメニューは映像が記されています。これも高度な魔法が使われていますね」


 驚いた。まるで作りたての料理がそこにあるかのような錯覚。

 映像魔法なんてこの国で運用していたのか? とすら思った。

 目で見て楽しむこともできる。

 見ただけで味まで想像することは叶わないが、メニューの多さとバリエーションの多さが興味をそそる。


「どれもこれも脂っこそうだ。王国料理と大差ないように思うが?」


 ロイドがバッサリとメニューを切り捨てる。


「値段が値段だからなぁ。むしろ安価で食べられるからこそ、王国民に親しみのあるメニューが多いんだろう。お、こっちのページはサッパリ系みたいだ」


 メニューをめくってヨーダが声を上げる。


「見ただけでわかるのか?」


「え? うん」


 全員が写真を見ただけではわからないと言う顔。

 ヨーダ、要だからこそこれがサッパリしてるとわかるのだ。

 だってそれは日本の料理だから。


 なんでここに故郷の料理があるのかわからないが、もしかして?

 と言う感覚が湧き上がってくる。


「とりあえず、注文してみようぜ」


 真ん中にあるベルを鳴らすと『チーン』と言う音が響いた。

 すぐにウェイター女子が注文をとりにくる。

 あんなに動き回っていると言うのに、汗ひとつ書いた様子もない。


「お待たせしましたー」


「見事な浮遊術式ですわね」


「あ、わかる? こういう技術は使い続けないと意味ないからね。なんか癖になっちゃってるんだよね。それで注文は?」


「ならこれとこれと、これ」


 ヨーダが中心になってウェイターに話しかけていく。

 そしてメニューの最後に書かれた日本語のメニューの、餃子を頼んだ。

 ウェイターの表情がぴくりと動く。


「お客さん、このサンドワームがのたくり打ってる文字、読める人?」


「シェフはこの文字を扱える人間であってるか? ヨッちゃんが遊びに来たと伝えてくれ」


「必ずや」


 アイコンタクトのようなものでやり取りするヨーダとウェイター。

 ヨッちゃん。かつて洋一からそう呼ばれていた。

 今はヨーダ(ヨルダ)なので呼ばれてもおかしくはない。


 こういう時、似てるような名前も悪くないと思う。


「知ってる方ですの?」


「家出中に助けてくれた人なんだよね」


「家出?」


 そんな情報初めて知ったぞ、とオメガが一人で呆れている。


「いろいろあるんだよ、貴族には」


 この場にいる全員が貴族だ。

 それも上澄もいいところのお嬢ちゃん、お坊ちゃん達である。

 だからこそ底辺で生きてきた人間の感情を理解できないでいた。





「お待たせしました、こちら、サービスのドリンクです。料理とご一緒にお飲みください」


「ありがとう」


 テーブルの上に並べられた一品料理。


 皿には独特の模様。

 どう見てもラーメンどんぶりに描かれてるあのマークだ。


 素人が描いたのがバレるほどのお粗末な出来だが、王国貴族はそれを持ち上げては珍しがっていた。


「これは、見たことのない紋様ですわね。ジーパの符術の紋様にも見えなくもないですが」


「さまざまな大陸の料理に精通しているのでしょうな。早速いただきましょうか」


 オメガが匂いを嗅いで我慢できないという顔。

 並ばなくてもいい列に並び、平民と同じ空間でのテーブル。

 貴族でありながらなぜ自分がこんな目に遭わなければならないのだという顔をしている。


 対して王族のロイドや紀伊は初めての体験とばかりに食事をとった。

 

「お、きたきた」


 少し遅れて餃子がやってくる。間にはメッセージが差し込まれていて、メニューと同様にサンドワームがのたくった文字で描かれていた。

 それを見て微笑むヨーダ。

 オメガは自分の知らない一面を見せるヨーダに「こんな顔もできるのだな」とほんのり嫉妬する。


「そちらはなんというお料理ですの?」


「これはな、ギョーザと言う。食べるには作法があるんだ。ナイフやフォークでは不向きでな。この箸でいただくんだ」


 皆が皆、ナイフやフォークのカトラリーを持っているが、その中で見慣れぬ棒切れを二つ持ってヨーダは扱い方を説明した。


「そんな棒切れ、使ったことないぞ?」


「これはとある民族が扱うカトラリーでな。こうやってつまんで口元に持っていく。ギョーザと言うのは特に破れやすく、中にたっぷり含まれた肉汁を楽しむものである。ナイフやフォークで刺すなんて御法度だ。だからこうやってつまんで口に運ぶ。そのためのサイズだ」


「わざわざそのように食べるためのサイズだと言うのか?」


「そこまで計算され尽くした料理だな。まぁ、無理して食う必要はない。これはオレが一人で楽しむから」


 そう言って、王族の目の前だと言うのに自分の前にだけ持っていって独占するヨーダ。

 並べられた小皿に、用意されたポン酢、胡椒を適用外量ぶちまけて頂く。

 一見して体に悪そうな組み合わせ。


 しかし器用に箸で摘んでは口に入れて咀嚼するヨーダを見て、オメガら三人も真似を始めた。


「難しいぞ?」


「そのために魔法を使うのもやぶさかではありませんわね。日々修行ですわ」


「オメガは不器用だな。日々身体活性魔法を扱う僕には簡単だ。ほら、つまめた」


「ぐぬぬぬぬ」


 ヒョイパク、ヒョイパクとヨーダの皿から餃子が奪われていく。


「あーオレのギョーザがー」


「あらこれは、随分と刺激的な味ですわね。このピリリとした薬味はなんでしょう? 妾の国では扱ってないものよ?」


「ああ、確かに。この肉汁はフォークでこぼすには勿体無い。このつるんと柔らかな皮も中の具と相まって一つのハーモニーを奏でているようだ」


 ロイドが感極まったように口を開く。

 ギョーザ一つに大袈裟だ、と思わなくはないが。

 王国のメニューは何かにつけて油まみれだ。


 伝統料理がオイル煮の時点でお察しだろう。

 香辛料はあくまでもオイルに香りをつける程度のものだ。

 それでも十分に料理たり得ているのが魔法国の成り立ちだ。

 それは何故か?


 魔法は使用者のカロリーを大量消費するがゆえだ。

 故に太りやすい一般人の肉体を考慮しないメニューが貴族の主食となっていた。

 もちろん、体質に合わない貴族がいるのも事実。

 【蓄積】の加護持ちが特にそうだ。

 なのでいつしか『無能』と置き換えられた歴史もあるくらいに。


 そこに香辛料を異なる使い方をするメニューを食べたら?

 こう言う顔にもなるものだ。

 

 ロイドは特に油の摂取しすぎて肝機能が疲労していた。

 ギョーザとて脂っこさはあるものの、普段口にしている食事に比べたらだいぶカロリーの軽いものであった。


「これは陛下がハマるのも無理はない」


 ついにはヨーダの分まで食べて、おかわりをする始末である。


「普通に召し上げれば良いだけではなくて?」


 紀伊が当然の権利であるかのように言った。

 自分ならそうするものだと疑っていない顔だ。


「靡かぬのだろうな。ただでさえ貴族の生まれ。どんな経緯でこの店をもったかもわからぬ。少なからず王国に不信を持っているだろう」


 ロイドは惜しいことをしたなとギョーザを口にしながら述べた。


「それ故に平民にも分け与える心理が生まれたと?」


「人心とはわからぬものだ。常に勉強だよ。今回はここに来れてよかった。執務の息抜きにこの店はちょうど良い」


 ロイドは満足したとばかりに席を立つ。

 料理はどれもうまかったが、特にギョーザが気に入ったとシェフに伝えた。


 そして、出ていく三人を見送って、一人残るヨーダ。


「ヨッちゃん?」


「久しぶりだな、ポンちゃん」


 この世界で飛ばされて、初めての邂逅を果たした。

 




「ヨッちゃん?」


 洋一の、再度呼びかける声。


「だからそうだって」


 言われると思った通りの感想を述べられ、ヨーダ、要は肩をすくめた。


「なんか縮んだ? 髪も金色だぁ。最初は騙りだと思ったけど、餃子を注文するなんてまだ一人もいなかったからなぁ。ヨルダから聞いた限りでは食べ方も熟知していたし、確実に本人だとわかるんだけど……」


 脳が理解を拒む。洋一はそう解した。


「で、そっちの子がヨルダか。まさかぽんちゃんのところに行ってたなんて。どんな偶然だ?」


「まって、師匠。この人が探してた同年代の?」


 どう見ても男じゃん。ヨルダの顔にはそう書いてある。


「そっちの男装の甘いお嬢ちゃんとは年季が違うんだよ。男はな、匂いを誤魔化さないんだ」


「うっ」


「ヨッちゃんの場合は無頓着なだけだろう、うちの弟子をあんまりいじめるような真似は寄せ」


「そうとも言う。まぁ、無事に会えて何よりだ」


「さっきの人たちは? ヨッちゃんのお友達?」


 一緒にいた子供たちは随分と身なりが整っていた。

 今の要も同じだ。友達か、あるいは今の境遇で行動を共にする存在だろうかと洋一は考える。

 変貌してしまった腐れ縁を前に、なんて言葉をかけたものかと言葉を紡げずにいる。


「今学校に行ってるんだよ。学園ってーの? そこのクラスメイトでさ。偶然王族と知り合ったんだ。Sクラスに在籍できたおかげだな」


 ヨーダは笑いながら言う。

 そして護衛の都合上、あまり離れてもいられないとも告げた。

 今ここに長居できないと手短にやり取りを交わす。


「王族? 護衛とは聞いてたけど……大出世だなぁ」


「妹は? 家族とは……その」


 どこか言葉を選ぶような態度のヨルダ。

 表面上では出てきた実家のことなどどうでも良いと言っていたが、内心では不安でいっぱいだったようだ。

 しかしヨーダはどうでもいいことみたいに「あん?」と聞き返し、顎に手を置いて「あー」と何か悪戯を咎められた口調になっていく。


 よくわからないが、何かやらかしたのだろう。

 洋一は付き合いが長いからこそ、一目でその態度を看破する。


「ヨッちゃん、もしかして全員魔法でぶちのめしたりなんかしてないだろうな?」


 洋一の質問に、ヨーダの顔がすっと明後日の方向へ。

 これはやってるな。洋一は確信した。

 ヨーダはヘラヘラ笑いながら弁明する。


「悪い。やられっぱなしは性に合わなくて。つい手が出ちまった。でも天地神明に誓って言うぜ! 妹は仲直りした。継母は懲らしめたが、父親には価値があると認められた。お前はやるやつだって、そう認めさせた。そこは褒めてくれてもいいんだぞ?」


「あのヒルダが? どうやって仲直りを」


 ヨルダはあの性格の悪い妹が改心したと知って信じられないと言う顔をした。


「んー? あいつの体を周囲からオレに見えるように屋敷全体に魔法をはって、あとは放置だ。オレの名演技のなせる技かな? メイドや家族の手のひらの返しっぷりも見事でな。一週間もしないうちに死にそうな顔してたな」


「ヤッベェ」


 ヨルダはそのとんでもない魔法を起こした魔力量と、それを行使できる実力に感嘆する。

 目の前には生きた伝説がいると絶賛した。


「そんで、オレはいいけどポンちゃんはどこにいたんだ? 街じゃ全く見かけなかったが」


「俺はこの国で言うところの禁忌の森というところに飛ばされてな。そこで魔獣? モンスターをしばいて食い繋いでたんだよ。冒険者の服を野生動物に奪われてなぁ、葉っぱを巻き付けて生活してたら、ちょうど居合わせた騎士に原住民だと思われてな」


「ウケる」


 普通であれば、そんな境遇に追いやられたら同情するものだが、ヨーダは一切取り合わなかった。

 むしろ洋一ならそれぐらいできて当たり前であると疑ってない。


「んで、騎士様と一緒にこの街に?」


「いや、騎士の目的は別にあってな。その時の騎士の一人がこのヨルダだ。魔獣が強すぎて相手にならないから囮に選ばれて捨てられたんだよ」


「OH」


 少しだけ同情の視線を送る。

 洋一に対する態度と真逆の感想に、ヨルダは少し居た堪れなくなった。

 

「苦労したんだなー。まぁそれでポンちゃんに出会ったんなら万々歳だ。ポンちゃんの作る飯はうまいからな! あとなんか魔法使用回数も全回復するし、ステータスも微増するし」


「えっえ?」


「なんだ、知らなかったのか? オレも昔は底辺んだったんだ。ぽんちゃんと一緒に5年過ごしてただけでこうなった。だからお前もやる気次第ではオレくらいになれる」


「それはヨッちゃんだからだろ?」


「ほら、こいつは自分がどういう存在なのか理解してねぇんだ」


「うん」


 ヨルダは、同じ悩みを持つもの同士理解する。

 ああ、この人も洋一の無頓着さに苦労したのだと。


「で、ポンちゃんはどれくらいこの街にいるんだ?」


 元の性格を知っているからこそ、出てくる言葉だ。

 こうして表に出てきたということは、目的ができたことを意味する。


「オリンを探しに行こうと思ってな。ダンジョンの情報を探してる」


「そうか。オリンについてだが、さっきいた王族の中にジーパ国の留学生がいる。そいつのペットがな、偶然にもオリンと呼ばれていた」


「それがドールだとしたら?」


 洋一の問いかけに、ヨーダはニット笑って見せた。


「本体はジーパにいる。それとこれを渡そう」


 ヨーダは指にはめていた指輪を取り外して洋一に渡した。


「これは?」


「王国で動くときに使える便利なお守りだ。魔導士団であるタッケ家の紋章が入ってる。オレは新しく魔導士団を立ち上げたから不要でな。くれてやる」


 貴重なものじゃないのか? と洋一は思ったが選別として受け取った。


「これを見せれば手紙のやり取りが円滑だ。冒険者ギルドに限るがな。オレはこの国から出られないし、これからは手紙でのやりとりになる。まぁ、ポンちゃんのことは心配はしてないよ。無事を祈ってる。オリンを見つけたらまた一緒に冒険しようぜ。それまでにオレも近辺を整理しとくわ」


 それだけ言って、ヨーダは店を後にした。

 残された洋一達は、その指輪を懐にしまい、厨房へ引っ込んだ。




「悪い、遅れた」


 随分と長話をしてしまったと自覚をしているからこその謝罪である。

 普通であれば「そうか」で済むが護衛が護衛対象から目を離した場合はそうはいかない。

 オメガはお冠であった。


「護衛が目を離すなんてどう言う了見だ」


「悪かったって。ちょいとばかり世間話をだな」


「あそこの店のご飯は美味しかった。そう目くじら立てることはないだろう、オメガ」


「しかしロイド様。こいつは護衛の自覚があまりにも」


 オメガの言ってることは正論である。

 護衛が護衛対象を見失ってどうすると言う話だ。

 だが、オメガがいるのにヨーダがどうしても必要か? と言う話でもあった。


「ん? そういえばヨーダ様、リングが見当たりませんわね? どこかに紛失されました?」


「あー、あれか。あれはあげた」


「あげた!?」


 洋一に手渡したリングは、ヨーダがノコノサートから授かったものである。

 実父より渡された大事なものを人にあげるなどどう言う了見だとオメガは掴みかかる。

 今回ばかりはヨーダが完全に悪いので仕方がない。


「誰に!」


「さっきの店の度の料理人にだよ。どうもこの街には人探しに来てたみたいでな。あと数日で大陸を渡ると言う話だ。この指輪には位置を把握する機能がついてるだろ? それを地図と連動させて手紙を送る機会を作った。また食べたくなった時に、寄ってくれって理由でな」


「なんと、あの料理は一時的なものだったか。それは確かに惜しいな。そして縁を持ったことで次に繋げたのだな?」


「家宝を渡す以外の道はなかったのか?」


 家宝。そう、あのリングは家宝である。

 オメガが憤慨するだけの理由があったのだ。

 それをポンと渡したヨーダの神経はどうなっているのかオメガは詰問したのである。


「あの人は権力に興味がないみたいだった。だったら先に恩を売っておいて、旅をスムーズにしてもらう。そこで良い思いをしたと感じてくれたら、こっちのお願いも聞いてもらいやすいだろう? 確かにオレの身分を証明してくれるものだが、オレにはこっちの身分証がある」


「そちらは?」


「第四魔法師団長の証。【蓄積】と言う加護だからこそできる魔法構築と解放の妙技。それを高く評価してもらったこの腕輪がな!」


「だからと言って手放していい理由にはならんだろうが」


「まぁまぁ。またあのギョーザというものが食べれるのなら安いものだ」


「妾はハルサメという料理が痛く気に入りました」


「ああ、そういうのでしたら僕はコッコ肉のクロッケが美味しかったな」


「なんだかんだでみんな楽しんでんじゃんよ」


 ヨーダは呆れるようにオメガを見渡し、そして学園寮に帰る。

 不思議と今日は周囲を張り付いてる気配を見かけなかったなと思い返した。


「まったく、君という奴は。よもやロイド様を囮にして下手人を誘い出そうとしていたとはな」


 自室に戻り、どうして今日あんな手段に出たのかと訳を話せば、オメガは額に手を置いて唸った。

 唸りもするだろう。わざわざ危険な状況に身を置いたと聞けば護衛の仕事を舐めているのかと言われても仕方がない。


「しかしな、オメガ。ロイド様のお命を狙ってるやつはやけに用心深い。護衛もオレたちだけ二人。狙いどきだと思ったんだけどなー」


「そんなので実際に襲われてみろ。僕たちは破滅だ」


「えー、実際に襲われなかったんだからいいじゃんよ」







 ヨーダたちがそんな呑気な話をしていたころ。

 反王国派は、街中を魔獣に襲わせる大規模テロを企てていた。

 しかし作戦実行前に予想外のトラブルに見舞われていた。


「何? 召喚した魔獣たちがなんの役にも立たなかっただと?」


「はい、解き放とうとしたら急にぶるっちまいまして。まるで恐ろしい上位存在の気配を嗅ぎ取ったみたいに使い物にならずで」


「だから襲撃は失敗したと?」


「へい」


「だが、他にもごろつきたちを雇っていたはずだろう? そいつらはどうした?」


「全員騎士に捕縛されました」


「なぜだ!? よもや我らの計画が露呈していたわけではあるまい?」


「なぜか厳戒態勢でして、怪しい動きをしたやつは軒並み……」


 部下は両手を合わせてお縄になったとジェスチャーした。


「クソ、悪運の強い奴め!」


 反王国テロリスト集団は、テーブルを強く叩いた。

 テーブルの上にはロイドの他に、紀伊の映像記録も残されていた。

 キルリストである。

 国際問題にして、ミンドレイの立場を悪くしようという企みであった。

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