19話 ポンちゃん、蘊蓄を語る
結局客が捌けたのは朝日がうっすらと街並みを照らす頃合いだった。
「今日はとてもいい日になった。また寄らせてもらうよ、ワイルダー君」
「その時はまた当店でお寛ぎできるよう、腕を磨いておきます」
「うむ」
客が捌けたら静寂が訪れる。
まさか食事を終えたら後に出てきたメニューの素晴らしさを語り合う会が始まった時はどうしようかと思ったが、ようやく一息つけるといった感じか。
「本日はお疲れさん、いやぁ、初日から貸切にしちまってすまないな。賄いにする分まで出させてしまって申し訳ない。完全にあんたの腕に頼った形だ」
「いいですよ。こちらとしても久しぶりに扱える調味料やワインの多さに勘を取り戻すのがやっとでした。それに、余った分はいただいてしまいました」
洋一は瓶を持ち上げて勝手に始めてしまっていたことを詫びた。
ワイルダーは抜け目ないなと肩をすくめる。
そのあとは食器洗いに室内清掃。
こういう時はヨルダの魔法が役に立つ。
「すごいなぁ。確かにどれも生活魔法だが、同時にこうも回せるものなのか?」
「これは少しコツがいるんだよね。例えばさ、一つの魔法をここに用意するじゃん?」
ヨルダは説明しながら魔法を発動させないままにおいていく。
【蓄積】の加護持ちは生まれながらにして魔力総量が多い。
だから中途半端に待機状態にしても何ら問題なく魔法の行使ができるのだ。
だが、実戦では何の役にも立たないとされていたので今まで光を浴びずにきている。
ワイルダーも真似しながら複数置いてみる。
しかしこれがなかなかどうして難しい。
やれトイウェアれてすぐにできる類のものではなかった。
「まぁ、最初はうまくいかないもんだよ。けど、面白いのはここからでさ。お弁当箱におかずを詰め込むみたいにセットするんだ。置き換える位置によってはまったく違う術式が生まれたりするんだよ。そしてこれを、こう!」
【着火】【乾燥】【着火】
【水球】【水球】【水球】
【ーー】【乾燥】【ーー】
三つ並べた【水球】の上左右に【着火】上下に【乾燥】
これで食器を洗いながら【乾燥】させる全自動食器洗い機となる。
この3×3立体式魔法構築はヨルダが発案したもので、ワイルダーは今まで使い手を見たことがないといった。
「すごいな、皿をセットしていくだけでみるみる綺麗になっていくぞ!」
「問題は、受け取り手がいないと次々皿が床に落ちる点かな?」
「キュウン!」
「今はベア吉が支えてくれるからいいけどさ」
洗い終わった皿が、餌を食べて大きくなったベア吉の背中に流れていく。
皿が背中に乗るたびに、ベア吉が歌う様に鳴いた。
大した重さではないだろうが、お手伝いできてるのが嬉しいみたいだ。
「改善策が必要なわけか」
「そこはお皿を縦に置く食器棚を用意するかかな? オレだったら自作しちゃう」
ヨルダはそういうが、専門外のワイルダーは乾いた笑いを受けべる他なかった。
「お次は室内清掃だが、初級魔術との合わせ技で面白いことができる。見てて」
ヨルダはまた魔法を組み込んだ。
今度は縦に三つ並べる形で連結していく。
【ーー】【乾燥】【ーー】
【ーー】【風刃】【ーー】
【ーー】【乾燥】【ーー】
魔法式を発動すると、頭上に一気に室内のゴミがかき集められていく。
集まったゴミを【水球】でまとめてから裏庭に捨てた。
中途半端に井戸に流せばつまりの原因だ。
しかし土に返せば分解されていくのを利用したのだ。
「すごいな、これは。まずは待機状態の維持をできるようにするのが先決か」
「俺にはできないことだからな、魔法使いっていうのはみんなこんなことができるんだろ? すごいよなぁ」
「いや、普通はできない。だからこそ冷遇されるんだ」
「できたところで実践で使えるか? っていってくるのが【放射】もちの連中だな」
「本当にな。あいつらは魔法バカだから。自分の地位が揺らぐ存在に対して厳しいんだ」
「じゃあヨルダがこれだけ使えるって知られないほうがいいのか?」
「別に知られてもいいよ。向こうのお得意の妄想でなかった事になるだけだし」
どうも毎回のことのようだった。
「さて、本日の仕事に対しての評価を欲しいね。色は期待してもいいんだろうか?」
「満点だバカやろー」
ワイルダーは上機嫌で洋一の背を叩いた。
「だからこそ数日しか雇えないのが惜しい。持っといてくれてもいいんだぞ? なんだったら正規で雇うし」
洋一は嬉しい誘いだと理解しながらも首を振った。
オリンを探しに行かなければならないからだ。
ヨッちゃんの目処は立った。
向こうへの接触を図るには面倒な貴族との
「探してる人がいるんです。腰を落ち着けるのは、その後ですね。その時にまたよったらお世話になっていいですか?」
「いつでも来い。あんたぐらいの腕前なら、どこでも引っ張りだこだろ。だからこそ手放すのも惜しいんだ」
「まぁ、まだ一日目ですし。期間内でよければテクニックなんかを教えますよ? 今日のような上客は早々来ないんでしょう?」
「そうだなぁ、普段は酒場で、ああいった貸切の時にコース料理なんかを出す。仕入れが大変なんだが、それが揃った時はこっちから声をかけるのさ。何かと秘密裏の話し合いをしたい貴族は多いもんだ」
「先ほどのお客様も?」
「国のお偉いさんだからな。何かと頭を悩ます相談事が多い。その時に、うまい飯を食べて疲れを癒すのがウチ流だ」
ワイルダーが胸に親指を指して自慢気に言った。
ティルネに比べてこちらは真っ当に生きてきたのだろう。
貴族の街の端っこで、店を構えられてるだけはある。
「そんな大事な場でオレの料理なんて出しちゃってよかったんです?」
「謙遜すんなよ、あんたのだから場を整えたんだ」
再度背を叩かれる。
どうやら相当気に入られたようだ。
まだまだ会話は続けたいところだが、両者の腹が悲鳴を上げる。
流石にぶっ続けで働きすぎだ。
深夜テンションのまま翌日を過ごすには腹ごしらえが必要だった。
「その前に朝飯ですかね?」
掃除をして、仕込みをする前に朝ごはんを食べることになった。
昨日の使ったスープは売り切れたので、また一から作り直しだ。
ヨルダは庭の畑を魔法で改造して行っている。
昨日出されたサラダはヨルダの持ち込みだった。
その分の代金も請求したら喜んで支払ってくれた。
ここでは金よりも何よりも上位貴族から覚えが良くなることを優先するのだそうだ。
「肉は切れてましたので、こちらを使わせていただきますね」
洋一が用意したのはジャガイモ、干し肉、そして卵にパンだ。
「何ができるか皆目見当もつかないな」
「もしかしてコロッケ?」
「コロッケというのは、芋を揚げたあれか?」
ワイルダーもモノそのものは知ってるようだ。
しかし製法は洋一のものと異なるそうで、それには片栗粉を使うそう。
片栗を塗した芋を素揚げするみたいだ。
しかも芋は皮をつけたままでやってしまうとういう。
それはそれでうまそうだと思いつつ、お馴染みのコロッケを作った。
「芋を茹でて、皮を剥くのか。茹でるとそんなにつるんと剥けるのは知らなかった。それをほぐす? 面倒じゃないか? いや、噛む必要を極力抑えるためか。干し肉を……え、そこで芋に挟む? それを卵に浸してパンを粉にしてまぶす? 意味がわからんぞ」
ワイルダーはメモをとりながら完成形が見えないと嘆いた。
なので出来上がるまではじっと見て、出来上がったものを口に入れて理解する。
「信じられない! これが干し肉の味なのか!」
干し肉だけではない、飛び出た肉汁を芋に吸わせることで味わえるコロッケだ。
「あー、このタイプのコロッケは初めてかも」
ワイルダーは絶賛し、ヨルダは手が止まらないと次々と口にする。
今回は小さめに作ったのでいっぱい食べても大丈夫にした。
大きく作るとあげるのに時間がかかってしまうからだ。
「メンチカツではなく、干し肉をメインに使ったコロッケだ。肉の旨みを芋が吸って、芋そのものも上手くしちゃうんだ」
「これはうまいな。うちでも真似していいか?」
「どうぞどうぞ。その代わり、俺にもワイルダーさんの料理を教えてもらえますか? 俺、中央都市の料理に疎くて」
「俺なんかのでよけりゃあ、いくらでも教えてやるぜ」
そこから昼食まで料理の作り合いが始まる。
地域や風土ごとの料理の発展は目を見張るものがある。
先ほどのコロッケ、地域によってはフリットと呼ばれる揚げ物だが、この世界ではクロッケという名前で好まれているらしい。
「いや、初めて食べたが、これはワインが進むな」
「そうだろう? むしろワインと合わせるために発明されたと言われてる。こっちの地域の芋は品種改良されて小ぶりだからな。だからこそだ」
「もしろクロッケ用の品種になったか」
「おかげで、クロッケに合わない規格のは安く買い叩かれちまうんだよ」
「そういうのをコロッケに使えばいいじゃないか」
「食ってうまいとは思ったが、手間がなぁ」
確かに手間暇はかかる。
変に人気になっても人手が足りなくなる。
対してクロッケは片栗粉を塗してあげるだけ。
シンプルだからこそ、提供速度も安易だという。
「こういう揚げ物は酒場の定番になりやすい。手間は省くものだ。上客でもなければな」
「だからこそ、俺に店は合わないんだ」
「腕はいいんだがなぁ」
「料理が好きなだけで、好きなように作りたいんだよ。客のニーズにに合わせては苦手だ」
「面倒なやつだな」
ワイルダーは洋一をそう嗜めた。
だからこそ、発想が自由だとも褒める。
ある意味で自由な料理だ。
形式にはまらない料理を口にして、世界の広さを感じ取るワイルダーだった。
「本当に、今日はいい経験がつめた」
「こちらこそ。この国でどんなものが流行って、そうなった歴史を知れた。それは料理人にとって蓄積すべき知識だよ。何せすぐに用意できる。前までの俺はどこの地域だからと自分の知識の総動員でなんとかしてやろうと思ってたからな」
「オレは師匠の料理でも美味しかったよ?」
「それでもさ。幼い頃に食べた母親の味ってのは誰の心にもあるものさ。おいしくはないのに、無性に食いたくなる時がある」
「ああ、俺もあるなぁ」
ワイルダーは洋一の話に相槌を打ちながら懐かしんだ。
その当時の思い出を語りながら、夜の開店に向けて仕込みをした。
合間に魔法の練習なんかをして。
ワイルダーの日常は少しずつ変貌を遂げていく
◆
「ギルドマスター、お話が」
「何かわかったか?」
受付嬢のセセリアに調べさせていた図鑑の件について、報告があった。
「実は該当するモンスターが、どこにも存在しなくてですね」
「やはりか。既存の野生動物のどれにも該当しない、だろう?」
「知っていたんですか?」
「ああ。外れて欲しいと思っていたが、まさか当たるとはな」
「ベア吉君は一体どんな生物なんですか?」
「俺の予測では……」
神話級。
禁忌の森に封印されている存在の可能性を持ち上げる。
「まさか!」
「もしあれが禁忌の森から出てきた存在だとしたら、この国は終わるかもしれない」
「あんなにもふもふで可愛らしいベア吉君が?」
セセリアは信じられないという顔をする。
「俺の右目をやったのと同一存在だとしたら、だ」
そこには深々と切り付けられた傷跡があった。
未だの死の傷は生々しく、ほとんどは眼帯で各dされているが、未だ傷はいえることがない。
「ヨウイチさんには随分と懐いてるように思いましたが?」
「飼い慣らした存在が料理人の顔をしてこの街にやってきた。俺はどう扱っていいかわからん」
「でもヨウイチさんのお料理、すごく美味しかったですよ?」
つい昨日のことを思い出しながらセセリアは語る。
「お前はあの肉をなんだと思った?」
ギルドマスターは顔面を両手で覆い、机に突っ伏している。
どんな肉か?
確かに食べたことのない味わいであった。
「えーとオーク肉よりは随分と硬く、ミノタウロスよりは柔らかい。うーん、想像できませんね」
「俺の味覚が正しければ、あれはワイバーンだ。騎士団時代に
「えっ」
「昨日駆け込んできたお貴族様の獲物を横取りしたのがその新人である可能性が浮上している」
「あー……、ベア吉君が懐いていて、ついでとばかりにワイバーンも狩っている?」
「問題はその方法だ。見たところ、獲物の類が見当たらないんだよ、あの新人は」
「あ、確かに。でもお連れ様が魔法使いでしたし?」
「ワイバーンがなんて異名で呼ばれてるか知らないのか?」
「魔法使い殺し、でしたっけ」
「ああ、山のような巨体。上級魔法以外は受け付けず、基本空の上だから魔法の射程外。その上向こうからは攻撃し放題と来ている。騎士が囮になって惹きつけ、その隙を魔法師団が狙い撃ちする。三個師団が集まってようやくだ」
「じゃあ、あのお貴族様パーティだけではどっち道倒せなかったのでは?」
「当たり前だ。だが、実力が足りないと言って諦めさせることができると思うか?」
「無理そうですねぇ」
ただでさえ貴族という存在は、わがままだ。
自分が目立つためならなんでもするし、平民がいくら死んでも自分には関係ない。むしろ自分が目立つための礎になったんだから感謝しろと平然と言ってのけるのである。
「知らないとはいえ、横取りした相手だ。憎からず思っていることだろう」
「ヨウイチさん、大丈夫でしょうか?」
「ゴールデンロードに通ってる限りでは安心だろう」
「確かあの店のオーナーさんは?」
「元Sランク冒険者だ。その上で貴族であらせられる」
「どちらにせよ、彼らでは相手になりませんね」
「だからこそだ、タダで食べ損ねた。その料理を食べたくて仕方なくなってる頃合い。いつケチをつけられるかわからんだろう?」
「でも、ワイバーンを狩れる存在なんですよね?」
「ああ、どんな手段を使ったかわからんが。だからこそ衝突させたくない。もう俺たちの責任で背負いきれない案件になっている」
「まだ来て一日目ですよ?」
「きっと、不幸な星の元に生まれたんだろう」
「私たちで何かしてあげられないでしょうか?」
「接触しないように仕事を斡旋するくらいしかできないな。せめて貴族のツテがあれば変わるんだが」
「難しいですね」
そうだよなぁ、とギルドマスターは机に状態を突っ伏したのだった。
◆
「それでは、こちらをお納めします」
「確かにいただきました」
ずしりと重い皮袋には成功報酬よりだいぶ多めの金貨が詰め込まれていた。アトハは中身を見ながら、その黄金に心を躍らせ懐に収める。
「これでワシも肩の荷がおりました」
「まさか廃業するとは思いませんでした」
そう、金を捻出するためにティルネは研究所の資材の一切合財を売り払ってしまったのだ。もう心残りはないと、片付ける際も大切なもののように扱って梱包していた。
まさかそこまでするとは思いもしなかったアトハ。
お貴族様は死ぬまで頑固でわがままだと思っていたからこそ、その変貌具合に目を剥いた。
「ワシには出過ぎた居場所でした。正直、センスがないことは随分と前から気づいていました。でも、自分はこんなもんじゃないと諦めきれず、ずっと意固地になっていたのですな」
我ながらバカだったと当時を振り返るティルネ。
「団長が聞いたらきっと驚かれます」
「貴族が廃業を選んだことをかね?」
平民から奪うことしか知らなかった貴族が、騎士のために廃業を選ぶ。
それは天地がひっくり返っても起きないことである。
「それもですが、あの御仁にそこまでの魅力があるのか、にです」
アトハのノベル人物とは洋一のことだ。
洋一と出会い、一緒に暮らしただけで堅物貴族が丸くなった。
長年、辛酸を舐めさせられ続けた相手だからこそわかる。
その性根の腐りっぷり。
それが変わったと言われても表面的なものだろう、と疑ってかかっている。
だが、廃業を選ぶというのは想定外だった。
色をつけるにしたって足しすぎだし、貴族が自分のものを売り払うというのはあり得ないことだった。
「ああ、恩師殿は見ただけでは分かりませんですからな」
石頭の貴族が、こうも変わる。
平民の、騎士であるアトハにも丁寧語を崩さない。
ネタキリーから聞かされていた学者貴族であるティルネと、今のティルネは別人ではないかと疑ってしまうのも仕方がない変貌ぶりである。
「さて、ワシはそろそろ恩師殿と合流いたします。騎士様は詰所に戻られるので?」
「はい。ヨウイチ殿にもよろしくお伝えください」
「それくらいならいくらでも」
ティルネは頭を下げ、アトハの前から立ち去った。
「人は変われば変わるものだ。この国もいづれは変わるのだろうか?」
遠くを見つめ、アトハは変わらない情勢に苛立ちを覚え、石畳の通りを歩いていく。
表通りでは相変わらず貴族が幅を利かせていて、裏通りに入れば騎士たちが平民に鬱憤をぶつけていた。
平民は貴族や騎士に怯えながら暮らしている。
自分の仕事は果たして正義か?
見つからない答えを探すたびに疲れながらも、もう引き返せない道の上にいるのだと己を律して歩むしかないのだ。
そこで、例の料理人が働いている酒場の前を通る。
「よう、空いてるかい?」
「まだ営業時間前だ、ばかやろー!」
強面の店主が客を追い払う。
夕方開店なのに昼には行列ができてる酒場。
それぐらい美味いつまみが出るのだろう。
そこでは貴族や騎士、平民すらも普段のやり取りは忘れて食事に舌鼓を打つ風景が構築されていた。
信じられないことだが、それがその人物の生み出す世界。
ティルネが変貌した理由の一端をなんとなく理解するアトハだった。
開店前だというのに、店にゾロゾロ客が入っていく。
「ゴールデンロード、昼の部開店でーす! お酒は出ませんがゆっくりご寛ぎくださーい! 持ち帰りもやってまーす」
噂の人物が店先にやってくる。
パッとしない男なのだが、その男の呼びかけで客の顔がパッと明るくなった。
「押さないでください! まだ在庫はあるので一列づつ並んで入店してくださーい」
「ありがとうございましたー」
酒場に入っていく客は、小さな袋につまみを入れて帰っていく。
酒は出していないという宣言通り、本当にちょっとしたつまみを売っているようだ。
信じられないことに貴族の少女が接客をしている。
「本当になんなのだ、あの御仁は」
アトハは真相を確かめるためにも、その店に吸い込まれるように入っていった。
◆
そこでは席のほとんどが埋め尽くされ、テーブルの上には見たこともない単純な料理が並べられていた。
「あ、騎士様も来たんですね。お一人ですか?」
「あ、ああ。夕方からのオープンだと聞いていたが、昼からもやっているのだな」
「ええ。昼に色々試作を作っていたらですね、自分たちで食べきれないのでみんなにも色々意見を聞きたくて開けて食べてもらってるんです。材料はタダじゃないので、少しいただいてますが」
「へぇ、どんなものがある?」
「今メニュー出しますね。コース料理みたいのはなく、単品ものとなりますが」
「それで構わない」
「お、騎士の人も来たんだ。これメニューね」
貴族の少女、ヨルダが男装して配膳していた。
そして配られたメニュー表の量を見てびっくりする。
その量の多さにである。
そして価格帯もまた嬉しい。
にこ、三個と選んで持ち帰るのに適していた。
「今は警邏中なので仲間にも食べさせたい。これとこれを三人分、持ち帰りで」
「今ご用意しますねー」
男が一瞬顔を出し、何かをしたと思ったらすぐに出てくる。
ヨルダが包みに入れて、それをアトハに手渡した。
「毎度ありー」
元気いっぱいの笑顔で見送られて、アトハは心地よい気分で詰所に帰った。そこで休憩中の仲間に差し入れを渡す。
「買ってきたんだが一緒にどうだ?」
「お、あとはからの差し入れなんて珍しいね。明日は槍でも降るのかな?」
同僚のロイが早速一つの揚げ物に手を伸ばした。
クロッケのような物体だ。
「あ、これ美味しい。どこで買ったの?」
「ゴールデンロードという酒場だ」
「酒場?」
酒場なのにこんな昼間っからやっているのか?
という顔で見られた。
やっていおるのだから仕方ないだろう。
「団長の護衛をした御仁が働いているお店だ。料理人というのは本当らしい」
「これ、いくら?」
「銅貨3枚だな」
「やっす」
「ついつい購入してしまった。一人じゃ食べきれないから助っ人を頼む」
「そういうことなら任せてよ!」
ロイはヒョイパク、ヒョイパクと差し入れを食べ進めた。
「こら、私の分まで食べるな!」
そのおかげで、自分が食べたいと思っていたものまで食べられてしまっていた。
当分は通いかな?
食べられなかった食べ物の味が気になるというのもあったが、あのメニューを制覇するのはいつになることやら。
鬱屈とした生活に、ほんの少しだけ楽しい出会いがあったと感じる。
しかし翌日には売り切れていたり、踏んだり蹴ったりな日々が続いた。
「ロイのせいだ、あのクロッケのようなやつ、どんな味かすごい気になるのに!」
「あれはチキンだよ。チキンのクロッケだ」
「チキンというとコカトリスとか?」
「そういう高級食材じゃなく、多分コッコのような家畜だよ。それを片栗でまぶして、揚げたんじゃないかな? でもあれは今までのクロッケの常識を変えたと思うよ」
「お前、作るの手伝え」
「えー、僕は食べるの専門なのにー」
「どこかの誰かさんが私の分まで食べてしまったせいだろ?」
「差し入れだって渡したアトハにも責任はあると思うよ?」
「むー!」
「なんの騒だ、お前たち」
「あ、団長」
「お疲れ様です、団長。実は……」
アトハは綺麗に敬礼し、ネタキリーはプライベートな時間までする必要はないと制した。
「今話題のゴールデンロードのお昼メニューですね。ほら、森で出会った料理人の」
「ヨウイチ殿か。確かに干し肉一つで病みつきになる味わいだった」
「一口サイズとはいえ、それを銅貨3枚で切り売りしてるのは流石にやりすぎだと思うんです」
「貴族だけではなく、騎士や平民にもチャンスをくれてやっているか。あの人らしい」
ネタキリーは今度みんなで酒場に顔を出そうかと提案した。
さっきまで喧嘩していた部下の表情はパッと明るくなり、午後のケイラ元どこ降りなく進んだ。
酒場を奢るだけで機嫌が良くなってくれるなら安いものだ。
ネタキリーはそんなことを思いながら訓練所に足を向けた。




