18話 ポンちゃん、本領を発揮する
料理描写書いてたらちょっと長くなった(反省)
ワイルダーと一度別れた洋一達は、一度ギルドに赴くことにした。
冒険者というのは何につけても仕事を継続するのが重要と聞く。
寝る場所と食べる場所は別に困ってなかったが、何につけても信用がない。
今はまだ騎士団長の顔見知りということで通用してるが、間に貴族が入ってきたらあっという間にそれらは潰える。
この国で騎士団という組織は貴族に頭が上がらないものなのだ。
魔法使いの地位が高く評価されているから、力任せな騎士の立場は弱いとかなんとか。
「すいません、この依頼をお願いしたいのですが」
「はい、受け付けます。少しお待ちください」
「はい」
「お待たせしました。酒場のスタッフとしての依頼ですね。ギルドカードの提示をお願いします」
「はい」
洋一とヨルダの二人分提示する。
受付嬢は料理人兼テイマーと農家兼魔法使いというジョブを見て目を瞬かせる。
「あの、どうされました?」
「いえ、珍しい経歴だったので」
「この子がですか? それとも俺?」
「どちらもです。ですがGランクでしたら特に問題ありませんね。依頼は初めてですか? 期間内の仕事は依頼主からの裁量で報酬に色がつく場合があります。期間中の寝泊まりする場所はございますか?」
「そちらはアテがありますので」
「あらそうでしたか。新規冒険者向けのサービスプランもご用意してたんですが」
そんなサービスがあるんだ。知ってたか? とヨルダに問うも、首を横に振られた。そりゃ知るわけないかと納得する。冒険者じゃなく騎士団に入隊してるのだ。
こっちの事情に詳しいわけないもんな。
「すいません、先立つものも少ないので、そちらのサービスはある程度蓄えてからにしたいと思います」
「だね。お金を稼ぐために依頼受けるのに、先に使っちゃったら意味ないもん」
「………」
受付嬢が何かを見定めるように洋一達を見つめた。
「あの、まだ何か?」
「ああ。いえ。そちらのお嬢様の口調が気になったものですから」
「え、オレ? ああ、この髪を気にしてんのか? とっくに廃嫡済みだから気にしなくていいよ。生まれは確かにそうだけどさ」
「失礼いたしました。貴族の方に何かご迷惑をおかけしようものなら、私だけでは責任を取れませんので。お連れの方もどこか信頼に欠けたので、不躾ながらサービスと申し上げましたが……」
「実はそんなサービスもとよりなかったと?」
「用意するのが平民の仕事、と過去に言われて罷り通ったのが現状でございますね。何かにつけて我々への損害は大きなものです」
「まぁ、貴族って特にわがままなやつ多いしな」
オレは違うよ? とヨルダ。
洋一は知ってるよ、と得意げな弟子の頭をわしゃわしゃした。
そんな二人を見比べて、改めて不思議な関係だなと受付嬢が目を見開く。
そんなことをしたらぶっ殺されても仕方ないのだ。
だが貴族の少女はくすぐったそうにしながらも受け入れている。
受付嬢にとっては衝撃的な映像だった。
「キュウン」
「おっと、出てきちゃダメだぞベア吉」
洋一の肩掛けバッグの中からくぐもった声。
そういえばテイマーだったなと受付嬢は思い出し、外に出しても大丈夫ですよと声掛けした。
ならばと少し失礼しながらカバンの中から取り出した。
一抱えぐらいの子グマがひょっこり顔を覗かせる。
つぶらな瞳が愛らしいと思った。
「まぁ、綺麗な毛並みですね。どんな種族なんですか?」
洋一が抱えながらソーセージを食べさせている。
頭を撫でさせてもらいながら受付嬢は世間話をした。
「さぁ? 森で拾ったからよくわからん。飯を与えたら懐かれてな。以来こうして一緒に暮らしてる。家族みたいなものかな?」
「あの、テイマーというお話じゃ?」
疑問が確信に変わる。
「師匠は料理人がメイン技能で、それでモンスターを餌付けできるだけなんだよね」
「えぇ……」
困惑の受付嬢。
テイマーというのは昔から動物の声が理解できる、意思疎通できる存在に与えられるジョブだ。
それだけで馬の世話をしたり、家畜の面倒を一任できる町においては喉から手が出る人材。
「だからメインが料理人なんだよ。ベア吉の食事のついでだ、ついでに何か作るよ」
ここじゃ手狭だから少し開けた場所はあるか?と聞く。
受付嬢からは裏庭に修練場があるとのこと。
洋一達はそこを少し借りることにした。
「なんだなんだ?」
「しらねぇ奴がなんかやってる」
見物客がゾロゾロと現れる。
洋一は食事の参加者は多いほうがいいだろうとみんなに声掛けした。
「皆さーん、今から僭越ながら炊き出しをします。小腹が空いてる方、お金がない方。ちょっと興味をそそられた方。よければ味見してってください」
「おう、セセリア、こりゃ一体何事だ」
「あ、ギルドマスター。新人の冒険者さんがテイムモンスターの餌をあげるついでに炊き出しをすると言い出しまして」
「へぇ、金回りがいいようには見えないがな」
髭面の大男が受付嬢の背後から現れる。
どうもギルドマスターのようだ。
洋一達が何者なのかの確認を行なっているようだ。
「まだGランクですし、仕事も街の中でのものなんですよ。ですがお連れ様に貴族様がいらっしゃいますので」
「それでお前が目をかけたか。だが、実際は違った?」
「はい。お貴族様も砕けた感じで、あっちの男性を信用してるようでした」
「問題は振る舞うメニューだな。依頼はどんなのを扱ってきたんだ?」
「完全新規で、次に向かうのはワイルダーさんの酒場の『ゴールデンロード』です」
「初っ端からそこ? 皿洗いってわけじゃねぇんだろ?」
「ジョブは料理人兼テイマーという不思議なお方で」
「メインがテイマーじゃねぇのか?」
「なんでも、餌を与えたら勝手に懐いたとかなんとか」
モンスターが人間の振る舞った餌に懐く?
聞いたことのない話だとギルドマスターは首を傾げた。
「まずはお手並み拝見だな」
そんなギルドマスターが注目していくうち、飯時に帰ってきた冒険者たちがゾロゾロと洋一達の奇行に注目し始めた。
「まずは鉄板のステーキだな」
「匂いで釣るのか。お肉は?」
「ワイバーンのでいいだろ。程よく熟成していて頃合いだ」
「じゃあ解体する土台を作るね」
ヨルダが魔法を連続で行使。
【土塊】【水球】【着火】【乾燥】の四つの魔法を器用に扱いながら瞬く間に土台は完成する。
「は? 魔法を四つ同時に扱う? 冗談でしょ」
「生活魔法も含んでるし、できる人はできるでしょ」
「そういう問題じゃないのよ!」
ヨルダの魔法を見て、貴族上がりの冒険者らしい少女が息巻いている。
加護がどうこう言ってたし、冒険者として働いてる時点でヨルダと同じ。
でも、その運用法は聞いたことがないと凝視している。
そんな声を聞いてヨルダはちょっと誇らしげだった。
「ベア吉、荷物を出してくれ」
「キュウン!」
ベア吉はご飯を食べて大きくなるなり、毛皮をゴゾゴゾ弄って、隠していた荷物を取り出した。
要件を終えたらツノを切ってサイズを元に戻すのは忘れない。
そのあと何事もなかったように解体していく。
「なんか一瞬、あの熊デカくならなかった?」
「気のせいでしょ、サイズが変わるクマなんて見たことないわよ」
「あの毛色、間違いない!」
ただ、それを見たギルドマスターだけが震えていた。
目に向けて振り下ろされたような爪痕をさする。
かつて騎士団長をしていた時に、禁忌の森で遭遇したデーモングリズリーを思い出した。
「ギルドマスター? どうされました?」
「いや、気のせいだ。あれが神話級のわけないもんな。少し疲れが出たらしい」
「なんのお話です?」
いきなり等級を出されて疑問符を並べる受付嬢。
ギルドマスターはますます洋一から目を離せなくなった。
「兄さん、こんな大層な獲物、どこで捕まえたんだい?」
一人の若者が肉のサイズに驚き声をかけた。
「こいつはな。町に来る道中で見かけたんだ。長旅になるだろうから、なるべく食い出がある奴がいいだろうなと捕まえて加工したんだよ。今ステーキにして出してやるから、待っててくれよ」
「このサイズのモンスターをステーキで出すのか。少し味が淡白になりすぎないか?」
「お、兄さんわかる口だね? そうさ、そのまま食えば少し淡白だ。だから仕事をするんだ。俺は料理人だからな」
観衆に見守られながらの一枚目。
十分に火が入った石の板の上、ティルネが作ったラードをぶちまけ、その上に白身が多い肉を置く。
ジュワーッ パチパチ!
最初に少し乾燥させているので、肉汁は閉じ込められているが、それでも内側から膨らんで油が弾けた。
「師匠、お鍋の準備できたよ」
「ありがとう、ヨルダ。肉ばかりじゃあ、消化に悪いだろうと思ってな。今日はスープも用意した。野菜たっぷりのスープだ。うちの弟子は農家のジョブも持っていてな。彼女の作る野菜は格別だ。生で食っても美味いものを用意させている。そっちも期待しててくれ」
洋一はスープの味見をしながら肉をひっくり返した。
焼き焦げた表面からは独特の肉の香りが広がっている。
もう匂いだけでうまそうだ。
味付けはシンプルに塩と胡椒。
一緒になんらかの葉っぱが添えられて、切り分けられて陶器の上に盛られていく。
「さて、お待たせしたな。俺からの奢りだ。味見は先着順で頼む」
ワッ!
人垣があっという間に集まって、皿に手を伸ばした。
「なんだこれ、うめぇ!」
「こっちのスープも体に染み渡るわ」
「おい、これを奢れるっていったいどんだけの金持ちなんだよ」
冒険者たちは称賛を並べ立てる。
ただの食事がこの町ではどれだけ珍しいことかは考えるまでもない。
「ギルドマスター、美味しいですね」
「あ、ああ」
この味、もしかしなくてもワイバーンか?
一度騎士団時代に上司から尻尾の肉を食べさせてもらったことがある。
受付嬢や平民の冒険者はまず手が出せないレベルの高級品。
それを無償で? どうかしている。
しかし洋一はどこからどう見ても金を持っているようには思えない。
じゃあどうやってその肉を仕入れたか?
まず間違いなく単独で仕留めている。
もしあれがミソロジーのデーモングリズリーであったのなら、それも可能かと思い至った。
考えれば考えるほどに、味がわからなくなる
口の中はうまいと感じているのに、ギルドマスターの胸中では悪い予感がむくむく湧き上がっていった。
「すいません、今日はこれで終いです」
そうこうしているうちに、食事会は材料がなくなったという理由でお開きになる。
一度食べ始めた冒険者たちは金を払うからもっと食べさせてくれと声を上げた。
その言葉を待っていたかのように、洋一は声をあげる。
「俺たちは今晩から裏通りの『ゴールデンロード』に短期スタッフとして働きます。もしよろしければ、そちらにてご堪能いただければ幸いです」
「ゴールデンロードか。少し高いが、これが食えるってんなら、迷うなぁ」
「新人は味わって食っとけよ? これは多分タダで貰っちゃいけない奴だ。兄さん、あんたも人が悪いぜ?」
「俺だってこんなに集まってくるだなんて思っちゃいなかったのさ。ただ、信用のないGランク。パフォーマンスでもなんでもして見せて、勝ち取れたら儲けもんだろ? 実際肉がない時点でお開きだよ」
「そりゃそうだ。肉の持ち込みをすれば料金割引をしてくれたりは?」
「そこはオーナー次第かなぁ? 俺がオーナーなら席料ぐらいは頂くが、それじゃあ店は回せないからな」
洋一は自分が店を回せる人間ではないと理解している。
だからこそ、安請け合いはしないのだ。
「ごもっともだ。でも、短期スタッフなんだろ? この都市にはどれだけいるつもりだ? できればパーティに誘いたいんだが」
「その誘いは嬉しいが、こっちも目的のある旅の最中だ。料理人なら他を探して欲しいな」
「振られちまったか。俺はAランクのゼスター。パーティ『エメラルドスプラッシュ』を率いてる。もし気持ちが変わったらいつでも声掛けしてくれ。そっちの子もまとめて面倒見るぜ?」
「俺は洋一、とこっちはヨルダだ。その時はぜひ頼むよ」
固い握手をする洋一とゼスター。
早速株を上げることに成功した。
洋一達はその足で依頼先であるワイルダーの店に向かう。
そろそろ開店時間だ。
それを遠くに見据えながら、ギルドマスターは受付嬢に注意勧告する。
「セセリア、あの新人をマークしとけ。多分、今後大物になる」
「ゼスターさんが気にいるほどですもんね」
「それ以上に引っかかる点が多すぎるが、気のせいかもしれないからな」
「まだ何か?」
「テイムモンスターの種族を調べておけ、もし俺が思ってる存在だったら何が何でも国内にとどめておかなきゃならん存在になる」
「ベア吉君ですか?」
「アレをそんなに愛らしい名前で呼ぶか」
「さっきから変ですよ、ギルドマスター?」
「気のせいであって欲しいもんだが……」
それからしばらくして、長期討伐に向かっていた貴族パーティ『豪華絢爛』がすごい剣幕で帰ってきた。
どうやらお目当てのモンスターが見つからなかったらしい。
確かワイバーンを討伐にしに行ったはずだ。
帰るのは数週間後を予定していたが、ほぼ行って帰ってくるような蜻蛉返りの速度で戻ってきている。
調査不足もあるんじゃないか? という考えがギルドマスターの頭から離れない。
しかし貴族のお坊ちゃんたちは非はギルド側にあると頑なに信じ込んでいた。
少しも損はしたくないとその顔に書いてあった。
「どういうことだ、ギルマス、目標物が存在していなかったぞ? 準備が全てパアだ! ギルドは今回の責任をどのように負ってくれるのか!」
子爵家の三男坊が自分が世界の中心であるかのような高慢な態度で帰るなりギルドマスターに口角泡を飛ばす。
「依頼主への確認は済まされましたか?」
「する訳がない! こちとら被害者なんだぞ! 迷惑料をもらってもいいところだ! ああ、気分が悪い。Bランク冒険者のボク様の気分を損じたことは大きな損失であると理解するがいい」
「それよりも随分と美味しそうな匂いがするわね。自分たちだけ美味しい思いしたのかしら?」
専属魔法使いの女が冷酷な瞳をギルドマスターへと向ける。
受付嬢がそれに対してあっけらかんと答えた。
「新しく冒険者になった方が、今度世話になる酒場での予行演習にと食事会を開いたんですよ」
「あたしたちの分は? 当然残してあるんでしょう?」
「おかえりになられる期日は随分と先でしたので、全て平らげてしまいました」
「は? 平民の癖して生意気よ、あんた?」
男爵家の三女が受付嬢に詰め寄った。
「よせ、リンダ。ボク様たちが誰かの食べ残しなんて口にできる訳がない。その店に案内しろ。直々にタダでご馳走になってやる」
子爵家の三男坊が当然の権利だ! とばかりに振る舞った。
目上の貴族に対してはコソコソするくせに、格下だとわかるなり傲慢な態度をとりたがる。これがこの国の貴族だ。
恥などという項目は男の辞書に記されてはいないのだろう。
「やめておいた方が賢明かと」
「あんた、元騎士団長だからって現役貴族のうちらに刃向かえると思ってんの?」
「何せそのお連れ様方の髪色はハニーブロンドでしたので。多分生まれは侯爵、あるいは公爵の可能性が非常にお高い」
「なっ!? だが冒険者なのだろう? 先輩として社会勉強を教えてやる」
「忠告はしましたぞ?」
「ふん、こちとら貴族様なんだぞ、すぐに正体を暴いてやるさ」
傲慢貴族の子爵家三男坊は、教えてもらった店に乗り込んで、そこでも傲慢な振る舞いをした。
「ボク様がきてやったぞ、控えおろう!」
ギルドと同様な振る舞い。
こんな場末の酒場に来てやったのだ、光栄に思うがいいとその顔は物語っている。
しかし、客たちから一斉にその態度を咎められた。
客層を平民と侮ったのが運の尽き。
そこに集まったのは伯爵を含む高位貴族ばかりだった。
洋一の腕前を偉く気に入ったワイルダーの計らいだった。
「ワイルダー君、あれは今日の予約客にいたのかね? せっかくの料理が不味くなって構わん。摘み出しなさい」
「ハッ、今すぐに」
「おい、はなせ! ボク様は子爵家のご子息様だぞ!」
「空気の読めない野郎だな。今日は貸切だ。それも上得意様のな。子爵家? そりゃ結構。だが今日は懇意にしてくださっている侯爵様のパーティーだ。子爵がなんぼのもんかは知らないが、帰っておくのをお勧めするぜ?」
「ボク様はBランク冒険者様だぞ!?」
「そうか、俺はSランクだ。用事はそれだけか? だったらさっさと帰ってくれ。目障りなんだよ」
圧倒的力量差で、ねじ伏せられる子爵家三男坊。
男爵家息女達も今回ばかりは分が悪いと逃げ出していった。
「申し訳ございません、お客様。最近はあのように自分の実力を勘違いした若造が多くなってきて困ります。さて、お口直しに次の一品は当店の奢りとさせていただきます。本日のために用意したワインも一世にご堪能なさってください」
ワイルダーは手を叩く。
男装したヨルダがデーモングリズリーのヒレ肉のステーキを持って各テーブルに配膳した。
ワインはワイルダーが受け持つ。
グラスを並べ、そこにワインを注いだ。
「このワインの名産は?」
「北のシュレフワイゼンから取り寄せた限定品です。10年寝かせた一級品で、ナッツのような芳醇な香りにマイルドになった苦味が特徴の一本です。予約待ちで手に入れるのに3年を要しましたが、今日という日のために振る舞うには惜しくない逸品です」
「なんと、それは楽しみだ。ああ、説明を聞く前から鼻腔をくすぐっていたが、味はさらに格別だな。これは予約で待たされるのもわかるというものだ」
「ありがとうございます」
「ワインもすごいが、肉もまたすごいぞ? こんなにしっかりと引き締まった赤身でいながら、全く力を入れずにナイフが入るぞ? そして開いた先からは溢れんばかりの肉汁だ。これは一体どんな肉なのだ?」
「これはうち禁忌の森から調達した逸品でして、絶滅危惧種のモンスターのヒレ肉となっています」
「これがモンスター? 信じられない! 家畜化されたモンスターと見間違うほどだよ。後学のためにも是非品種を教えてくれないかね? 仲間に自慢したい」
「私も聞いた話でしかないのですが、レッドグリズリーと呼ばれる災害級の肉を討伐から長い年月をかけて熟成させた肉だと」
「ディザスターか。つまりワイバーンに負けるとも劣らないと?」
「希少さで言えばレッドグリズリーに軍配が上がるでしょう。味もさることながら、ワインと合わせた時の味わいもまたすごい。そこから先はぜひみなさんの口で味わっていただきたい」
「君がそこまでいうほどなのか? では一口……んむ!?」
肉を頬張った貴族の男は目を剥いた…
「信じられない、なんたる旨みの洪水だ! 肉本来のワイルドさだけではなく、ほんのりとした甘さも感じられる。初めての味わいだ! 感動した!」
「ありがとうございます。そして食べ終わった後にワインを含んでみてください」
「そうだったそうだった。ああ、君が私たちを急かした理由はこれか」
瞳を閉じ、体全身で味わう。
暴力的な旨みが、より苛烈に体の中で暴れ回ってるようだ。
それがワインを飲むと味が一つにまとまり、どこか儚さを思わせる。
さらにこれっぽっちしか乗ってないのは肉に対して逆に失礼ではないのかね?
と思わずこぼしてしまいそうだった。
「お気に入ってくださいましたか?」
「今日は君の頼みを聞いて正解だった。だが惜しいかな、この組み合わせが再度実現するのは数年先になる。今日は妻も呼んでくるべきだったか」
「でしたら今からでも呼んでみてはいかがですか?」
「でも君、在庫はいいのかね?」
外はすっかりと夜の帷が落ち、星々が輝いている。
こんな時間に出歩かせるのはなんら心配してないが、こんな高級な肉の予備はないだろう、という心配だ。
「多少でしたら融通が利きます。私どもとしては少しでも多くのお客様に味わっていただきたいと思っていますから」
「では使いのものを出させよう。それまでは違う料理でも味わっているとしようか」
「でしたらこちらのサラダもご堪能ください。裏の畑で採れたばかりのフレッシュな野菜です。ソースが霞むほどの旨さを保証しますよ?」
「サラダをそこまでベタ褒めするか。いや、君の勧めるメニューだ。いただこう」
突き出しから、前菜、スープ、メインとここまで全てハズレがなかった。
肉もワインも最高のひとこと。
ならサラダも最高だ、そう思って口にする。
「なんだこれは!」
貴族の男は打ち震えた。
サラダと思って少しバカにしていたさっきまでの自分を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。
ただのトマトが、このみずみずしさ。
だが、それだけじゃない。
霞むとされたソースでさえも素材の風味を殺さない。
なんなら調和させるかのような優しさを保っていた。
貴族の男は無言で、落涙しながらワイルダーと握手した。
「初めてだ、サラダで感動するなんて」
「これが野菜本来の旨味なのです」
それからは呼び出された婦人達を揃えて再びパーティーが開催される。
皆が皆、会話よりも食事に夢中になり、今日はなんの集まりだったか忘れるほどだった。




