「友人が悪女に仕立て上げられて困っています」と手紙を書いた。
その国には、狂猫王子と呼ばれる第四王子がいる。
獣人の血を引く側室から産まれた彼は、その血と気性を強く受け継いだ。
本能のままに動く、暴れん坊の手の付けられない彼は五年前に最愛を見つけて以来、大人しくなったという噂だ。
その王子は婚約者を大変溺愛していると言われている。……しかしその婚約者が誰であるか、誰も知らない。
「キャメル様、ごきげんよう」
「ミラッシア様、ごきげんよう。顔色が優れないようだけど、またあの婚約者の方が……?」
私は、キャメル・フダムア。
友人である伯爵家令嬢のミラッシア様の顔色が悪くて心配で仕方がない。
彼女が度々顔色を悪くしている原因はただ一つである。彼女の婚約者である侯爵子息は本当にどうしようもない。
侯爵家と伯爵家。
そこには身分の違いはあれども、ミラッシア様とその婚約者の家で結ばれた婚約は互いに利益があって結ばれたものと私は聞いている。なので幾ら爵位は上であろうともミラッシア様相手に不遜な態度はすべきではありません。
「ええ。……本当に困ったものだわ」
「伯爵には相談はしたのですか?」
「したのだけど……お父様は実際にユジオン様の様子を見ていないので、私の訴えを真剣にとらえてくださらないのです。それに学生時代の遊びぐらい目を瞑るべきなんて……」
「まぁ、そんなことを?」
私はミラッシア様のお父様とはご挨拶をしたことはありませんが、まさか娘の悲痛の訴えをそのようにあしらう方とは……と眉をひそめてしまう。
そもそも親であるのならば娘がそのような目に遭っていれば全力で守るべきと思うのは、私の周りにはそういう家族ばかりがいたからかもしれない。貴族社会には少なからず、子供のことを道具のように扱ったり、信じられないような存在はいるもの。
「ええ。……本当に困ったわ。私、無理やり婚約を結んで真実の愛を邪魔する悪女だなんて言われているの」
「ミラッシア様はそのような方ではないのに、皆様、愚かですね」
少し調べればミラッシア様とその婚約者との間で結ばれた婚約の内情はすぐに知ることが出来る。だというのに、一方の言葉だけを信じてミラッシア様のことを悪く言っているなど信じられません。
私はこうして学園に通うまで、とある事情から同年代の方々とは交流を持っていなかった。だから同年代の生徒たちがこうして一方の噂だけで大事な友人であるミラッシア様をひどく言うのはとても嫌だと思う。
しがない男爵令嬢として入学した私とこうして仲良くしてくれるミラッシア様はとても優しくて素敵な方なのに。
ミラッシア様の家から婚約者の家に金銭が流れたのは確かだけれども、それは婚約にまつわる対等な提携が行われた結果だ。侯爵家とはいえ、嵐による不作などの不幸が重なり大変な状況だった中、ミラッシア様との婚約で持ち直したはずなのに……それをミラッシア様が無理やり婚約を結んだなどと思われるなんて。しかも自分の浮気を正当化するためだけにそのようなことを行ったとなると、大きな問題だ。
真実の愛(=浮気相手)を邪魔する者(=婚約者)を排除するみたいなことを言って周りを味方につけているけれど、浮気は浮気だ。そもそも本当に好きな人が出来たならば、誠意をもって婚約を解消してから付き合うなりすればいいのに。それか愛人として受け入れるように働きかけるとか。ミラッシア様のことを真実の愛を盛り上げるための何かにしようとしているのだろうか……。本当にどうしようもない。
「ミラッシア様、何かあったらすぐに私に言ってください。私はあなたの味方ですから」
「キャメル様、ありがとうございます。でも大丈夫ですわ。弱音を吐いてごめんなさい。私、もう少し頑張ってみますわ」
そう言って気丈に笑うミラッシア様を見ると本当に心配になって仕方がない。
ミラッシア様がその場を去った後に、一人の生徒が私に近づいてくる。
「キャメル様、ご友人の伯爵令嬢の現状はよくないようですね」
それは私の友人として学園に通っている存在である。
「ええ。……本当にどうして彼女のように優しい方を蔑ろにするのかしら。私、彼女のピンチは放っておけないわ」
「それでよろしいかと」
「姉様や兄様たちに相談した上で事を進めた方がいいわよね。お手紙を書くから、届けてもらえる?」
「もちろん」
私は早速寮に戻った後に、手紙をしたためた。
学園に通うまで同年代との関わりもなかった私が勝手に判断して逆にミラッシア様に迷惑をかける形になるのは困るもの。
*
「フダムア男爵令嬢、あのような悪女とは離れた方がいいですわ」
「ミラッシア様は悪女などではございませんわ。ご本人とお話ししたわけでもないのにそのように人を悪く言うのはしない方がよろしいですわ」
「なっ、私が忠告をしてあげているのに――」
驚いたことに、ミラッシア様の悪い噂というのは加速していた。
ミラッシア様本人や私が否定しているのにも関わらずそのような噂が出回っているのは、ミラッシア様の婚約者とその浮気相手の方が意図的に広めているからのようだった。
侯爵家としての権力をその婚約者は使っている。そして浮気相手の女子生徒の方はどうやら大変羽振りが良い伯爵家らしく、周りを買収しているようだ。
ミラッシア様のことを孤立させたいようで私にも離れるように言っていました。でも私はそれを拒否した。だって私はミラッシア様のことを大切に思っているから。
それにしてもこれまでミラッシア様と親しくしていた令嬢たちも、去っていくというのだから薄情なものだと思う。
真実の愛を邪魔する悪女だなんてよく分からないことをミラッシア様に言って、何をしてもいいと思っている様子。……本当に愚かな人ばかりで私は驚く。
ミラッシア様とそれを味方する私には何をしてもいいとでもいう風に嫌がらせまでしようとする生徒もいるようで、そのあたりは対策した。だって嫌がらせを黙って受ける必要などないもの。
教師への報告や対処をしてもらったのだけど、驚くことに教師の中にも愚かな生徒たちと同じ考えの人が居たわ。私に「たかが男爵令嬢風情が口出しをするな」なんて言ってきた。私は誰かにそんな風に言われることは初めてだから驚いたものだ。
そういう悪意とか、高圧的な態度とかを向けられると――私は学園に入学するまでそういうものから守られてきたんだなと実感した。
「キャメル様、私と一緒に居ない方がいいですわ……。このままではあなたまで大変なことになりますもの」
「私がミラッシア様と一緒に居たくているので気にしないでください」
このまま孤立しているミラッシア様から離れるなんて真似はしたくなかった。
悪いこと一つしていないのだから、堂々としているのが一番だとそう思っている。
「キャメル様……ありがとうございます。でも、本当に危険だと判断したらすぐに遠ざかってください」
「ええ」
私が直接危険に陥ることはないので、ミラッシア様の傍から私が離れることはないだろう。どちらにしても相談の手紙の返事が来たら上手く収まるだろうから私は全く心配していなかった。
……だけど、ミラッシア様の婚約者とその浮気相手の方はせっかちな方だったようだ。
「ミラッシア!! 貴様との婚約は破棄をする!」
それは学園での式典の場。
優秀な生徒を表彰する場でこのようにいきなり壇上に立ち、突然そのようなことをするなど正気を疑ってしまう。
やはり自分たちの状況に酔っているのだろうか?
ミラッシア様のことをあんな風に睨みつけて……、私はミラッシア様の婚約者の方が嫌いだなと思う。ミラッシア様が震えている。いきなり周りから冷たい目で見られて、そんな風に言われると思っていなかったのだろう。私はミラッシア様の肩に手を置いた。
それにしても婚約破棄は、浮気している側が言われるものなのではないだろうか。それに解消したいならきちんとした手続きをすればいいのに。
「貴様は俺たちの真実の愛を邪魔をした。それにラエに嫌がらせをしているのだろう!!」
「……」
「そうやって何も言わないのが肯定の――」
「ミラッシア様は嫌がらせなどしておりませんわ。寧ろあなた方の方がミラッシア様を孤立させ、悪女に仕立て上げるという嫌がらせをしていますよね?」
ミラッシア様は突然の状況に混乱して、声を発せなくなっているだけである。というか一人の少女を大勢で責め立てるみたいな状況がまずおかしい。こんな茶番に関わりたくないと目を背けている人たちは……そういう考えの人もいるので仕方がない。ただこの状況を楽しんで、ミラッシア様を便乗して貶めようとする人たちに関しては嫌悪感しかわかない。
「男爵令嬢風情が上位貴族の事情に口を出すな!」
「私はミラッシア様と友人関係なので口は出します。ミラッシア様と婚約を解消したいのならば正式な手続きをすべきです。それをせずにこんな場でミラッシア様に婚約破棄を言い放つなど、どうかと思います」
まさか私がこうやって口をはさむとは思っていなかったらしく、ミラッシア様の婚約者は顔を真っ赤にして怒っている。
……私の方が怒っているのだけどね? 大事な友人のことを散々貶めて、それでこんな場で断罪のようなものを行っていること。それも含めて私はこの状況を嫌だと思っている。
「貴様、俺に反論をするな! 男爵家なんぞ、すぐにつぶせるんだぞ!!」
「貴族家が取り潰しになるかどうかの判断は国王陛下がすべきものになります。そしてあなたは侯爵家子息でしかありません。侯爵家としての判断を行うのはあくまであなたの御父上になります。できもしないことをこのような場で口にするのはやめた方がいいかと」
家の権力を使って好きにするというのが時折この学園では見られるけれど、あくまで当主は親なのだ。だからこそ、結局のところミラッシア様の婚約者が権力を持っているわけではない。
そもそも家同士の婚約を勝手に破棄しようとしているとは侯爵も思っていないと思う。
「貴様……っ!!」
「ミラッシア様、このような方々は相手にしていても良いことは何一つありませんわ。行きましょう」
これ以上何を言っても仕方がないと思い、私はミラッシア様にそう声をかける。
だって言葉を交わしても話が通じない相手と話をするなんて時間の無駄だもの。これだけ大々的に婚約破棄などと言ったのだから、ミラッシア様の婚約はなくなるでしょう。なら、姉様や兄様たちに相談して良い相手を見繕えるように手配しないと。
「え、でも……キャメル様、このようなことをなさってはあなたが――」
「私は大丈夫ですから、行きましょう」
私はにっこりと笑って、ミラッシア様に手を伸ばす。戸惑ったご様子だけど私の手に、自分の手を重ねてくれた。
そのまま私たちはその場を去ることにしたのだけど、
「おい、待て!!」
壇上から降りてきたミラッシア様の婚約者がずかずかと近づいてきて、ミラッシア様の肩を掴もうとする。私はそれを手ではじいた。だってこうやっていきなり令嬢の肩を掴もうとするなんていけないことだもの。
……ミラッシア様からはじくためとはいえ、異性に触れてしまったわ。接触をしないようにしているのに。
「貴様っ!!」
そしてあろうことか逆上したミラッシア様の婚約者は私に掴みかかろうとした。
「キャメル様、大丈夫ですか? 流石にこの事態は見過ごせません」
一人の女子生徒が私の手を引いて、避難させる。そしてもう一人の男子生徒が私とミラッシア様の婚約者の間に入った。
「ええ。ありがとう。こんな風に掴みかかろうとしてくるなんて恐ろしいものだわ」
私がそう言って笑えば、その子も笑ってくれる。
「貴様ら何の真似だ!?」
ミラッシア様の婚約者の腕は男子生徒に押さえられている。その状態で怒り狂った様子にびっくりする。もう少し冷静になってくれたらいいのに。
「そんな下位貴族の地味な女を庇ったところで何の得もないぞ! 俺の邪魔をするな!」
引き続き声をあげるミラッシア様の婚約者。確かに私は眼鏡をかけて地味な装いをしてはいるけれど、それは今何の関係もないと思う。
それにしてもなんというか、ミラッシア様の婚約者に感化されているらしい人たちが邪魔だわ。
ただこの場を後にしたいだけなのに……と思っていたら、
「キャメル~~!!」
この場で聞こえるはずのない元気な声が聞こえてくる。驚くと同時に、私の傍に人影が飛んでくる。比喩ではなく、文字通り私の横に飛んできた。
誰かを踏みつぶしたり、怪我させたりせずに華麗に着地したところは褒めないと。
私のすぐ近くの限られたスペースに着地したその人は、ふわふわのはちみつ色の髪と瞳を持つ愛らしい少年――フェイ様である。
フェイ様がなんで此処に? と驚いて問いかける前に、
「キャメル、会いたかったー」
嬉しそうににこにこ笑って、思いっきり抱きしめられた。
もう離さないとばかりに抱きしめられる。くんくんっと匂いをかがれる。少しの間、離れていたからか我慢が出来ないのかもしれない。って、こんなに人前で首元の匂いとか嗅ごうとしないの!
「フェイ様、めっ」
「駄目なの?」
「後でね? 人前でそんなところの匂い嗅ごうとしないの」
「……」
「フェイ様がいい子にしたら幾らでも嗅いでいいから」
「……うん!」
フェイ様は一旦、頷いてくれた。
しかし全然離してくれる気はなさそうだ。まぁ、いいけれど。
「貴様!! 突然現れてなんだ!!」
フェイ様の登場に周りは固まっていたのだけど、ミラッシア様の婚約者がまた騒いでいる。
フェイ様はあんまり社交界に出ていないから顔を知っていなくても仕方がないけれど、相手がどういう立場の人間か分からないのにそんな風に詰め寄るのもなんだかなぁと思う。
「あぁ?」
「フェイ様、そんな凄みのある声を初対面の人に向けないの」
「うん。キャメルが言うならそうする。……でもこいつの匂い、キャメルにちょっとついてる」
「私のお友達の肩を掴もうとしていたからはじいたの。だからだと思うわ。ごめんね、フェイ様」
フェイ様は鼻がいいので、私が手を弾いた時についた匂いもすっかり嗅ぎ取っていたのだろうなと思う。私には見た目通り、甘くて可愛い話し方をするのに、他の人には相変わらず懐かないなぁと思ってくすりっと笑ってしまう。
「それにしてもフェイ様、どうしてここにいるの?」
「兄上たちからキャメルが困っているって聞いたから! 俺、キャメルが困っているのに駆けつけられないなんて嫌だもん。だからキャメルを助けに来たの」
「そうなのね。ありがとう。フェイ様」
姉様や兄様たちへ書いた手紙の内容はフェイ様に伝わっているらしい。……ミラッシア様と親しくしているからと嫌がらせのようなものをされていたことも伝わっているんだろうな。尤も未遂ではあるけれど。
「俺のことを無視するな!! お前はその地味女の恋人か何かか? その女は次期侯爵である俺に不敬な真似をした! お前も謝罪しろ」
「何言っているの? キャメルがお前に何を言おうとも問題ないよ。そもそも俺のキャメルは進んで異性と関わろうとしないし。お前のことは報告で聞いているけれどキャメルの友人に酷い言いがかりつけてたんだろう? 悪女に仕立て上げるとか、最低すぎるし。キャメルがそれで悲しんでいたから、お前の方が許されるべきじゃない」
フェイ様はなんだか怒っているなぁ……。それだけ私のことを大切に思ってくれているのだと思うと嬉しくなる。抱きしめられたままなので、全然周りが見えない。
それにしてもフェイ様は昔より我慢強くなったなぁと思う。昔のフェイ様だったらミラッシア様の婚約者に手が出てた気がする。
「そもそもキャメルのことを地味女って侮辱するのがまずありえない。キャメルはこの世で一番可愛いのに」
……フェイ様、誇張しすぎ。フェイ様たちが可愛い可愛い言ってくれるのは嬉しいけれど、この世で一番はないから。
「ははっ、そんな地味女をこの世で一番可愛いとは見る目がない! 貴様のようなものの家は俺が潰して、生意気な口は利けなくしてやろう」
「国家反逆罪だね。こいつ、牢屋に入れといてー」
フェイ様はミラッシア様の婚約者がフェイ様のことを知らないと把握した上で敢えて、そういう言葉を引き出したのだと思う。フェイ様は可愛い顔をしていても見た目通りではないのだ。
「なっ、この俺に何を――!! それになぜ、王国騎士がっ」
「なぜって、俺が王族だから。王族を潰すなんて言ったんだから、捕まるのは当然だよね?」
「はっ??」
「俺が第四王子で、あまり公の場に出ていないからって王族の顔ぐらいは知っとくべきだよ」
フェイ様がそういうと同時に、私の耳に悲鳴のような声が響く。……まぁ、学生の身だと中々公の場に出ないフェイ様のことを知らない人も多いよね。でも流石にフェイ様の顔を知っている人もいないわけではないと思うけど、抱きしめられたままなのでそれらの反応を私は見れない。
私をぎゅっと抱きしめているのは、この国の第四王子のフェーロイス殿下。
――そして私の婚約者でもある。
そのまま私はフェイ様に手を引かれてその場を後にする。呆然としているミラッシア様も一緒に連れ出した。
後始末は王家が私の護衛として派遣している生徒たちがやってくれるらしい。
*
「キャメル。俺、手を出すの我慢したよ? だから、褒めて!」
……さて、私はそのまま王城に連れて行かれたのだけど、フェイ様は興奮して飛び出している茶色の猫の耳がピーンと伸びている。
フェイ様は獣人の血を濃く受け継いでいるので、耳や尻尾を出すこともあるし、猫の姿に変化することもある。
フェイ様は昔、暴れん坊だった。気性が荒くて、周りを怪我させたりもしていた。
五年前に出会った時に、フェイ様は私のことを好ましく思ってくれた。私も私にしか懐かないフェイ様のことが好きだなと思ったので婚約は結ばれた。
私の家は男爵家だけど、王妃様たちに「ぜひ婚約をして!」と言われた。……フェイ様のためにも、それがいいって。というかフェイ様が「キャメルと結婚する!」と言い張ったからというのもあるけれど。
「フェイ様、よく我慢したわね」
私がそう言ってフェイ様の頭を撫でれば、フェイ様は嬉しそうに表情を緩める。フェイ様の触り心地の良い髪も、ふわふわの猫の耳も、全部私だけが思う存分触らせてもらえるものだ。私の特権なの。
椅子に座っている私の前でフェイ様はかがんで頭を差し出している状態だ。
「え、えええっと、キャメル様は、フェーロイス殿下の婚約者様だったのですね」
ちなみにこの場にはミラッシア様もいる。フェイ様はミラッシアがいてもお構いなしなのだ。私の方だけを見て、撫でられて幸せそうな表情を浮かべているのだ。
「そうなの。フェイ様とは婚約を結んでいるの。黙っていてごめんなさい」
「いえ、大丈夫よ。公にされていないことなら言えないのも仕方がないもの」
「フェイ様が私を独占したかったからですね。フェイ様がこの通り私にべったりだから、今後のことを考えて王妃様から言われて留学してもらっていたのだけど……、私がフェイ様の婚約者として学園に通っていたら大変な騒ぎになっていたことでしょう。フェイ様は私の周りに人が集まるのを嫌がっているの。それに少しでも異性が近づくと匂いがつくから。私もフェイ様が戻ってくるまでの間は平穏に過ごしたいなと思ったからというのもあるけれど……」
学園を卒業した後、私はフェイ様と結婚することになる。フェイ様は王族として外交をしたり、政務を手伝ったりすることになる。フェイ様は私にべったりで、このままでは何かあった際に離れられないなどという事態になるのでは? と危惧した陛下たちによりフェイ様はしばらく隣国に留学することになったのである。
それもフェイ様がごねるにごねて、短期間だ。毎日のように手紙は届いたし、適度に贈り物はしていた。フェイ様は私の匂いが好きなようで、私の私物を欲しがったので送っていた。
報告では私の送ったものを抱きしめていつも丸まって眠っているだとか、私の送った手紙と私物で私にあえないことを我慢して必死だったらしい。
「それにしてもフェイ様、留学期間はまだあったと思うけれど……」
「早めに切り上げていいって!! 兄上たちもキャメルが大変な目に遭っているなら仕方がないって言ってた」
「そうなのね。兄様たちにはお礼を言わないとね」
私はフェイ様の婚約者として、フェイ様のお兄様たちやその婚約者の方々のことを兄様と姉様呼びを許されている。私は男爵家にも血の繋がったお兄様とお姉様がいるので、兄や姉と呼ぶ人はかなり多い。
「キャメル、俺のことももっと褒めて!! 兄上たちに構わなくていいから俺に構って」
「フェイ様もありがとう。フェイ様が駆けつけてくれて本当に嬉しかったの。私のフェイ様は可愛くてかっこいいんだなって改めて思ったの」
拗ねるフェイ様にそう言って言葉をかける。
「キャメル!!」
大人しく私に頭を撫でられていたフェイ様は、勢いよく立ち上がると座っていた私を抱きかかえる。そしてそのまま私が座っていた椅子に腰かける。後ろから私のことを抱きしめて私の名前を呼んでいる。
フェイ様は一般的に見て、少し面倒な性格をしているとは客観的に見て思う。私がちょっと他に構うと不機嫌そうにして、拗ねたりする。私はこうやって私の行動一つ一つに過剰に反応するフェイ様が愛おしくて仕方がないから問題ないけれど。
だって私だけを特別に思って、暴走するのだもの。
「ミラッシア様、王妃様達に話を通してあなたの婚約は完全に解消させますね。向こうから慰謝料払う形に調整してくださるので安心してください」
私がそういうとミラッシア様は驚いた顔をする。そしてなんだか私たちを見る目は気まずい。……フェイ様がこれだけ私にべたべたしているから目のやり場に困っているのだろうなと思う。
「フェイ様、真面目な話しているからちょっかいださないで」
私をぎゅうと抱きしめているフェイ様が話の邪魔をしているのでそういうと、一旦ちょっかいはやんだ。頭の匂いは嗅がれているけど。
「ミラッシア様のことを私は友人だと思っています。だから、ミラッシア様に相応しい相手を紹介しますね」
「えっと……そこまでしていただくのは」
「ミラッシア様は何も心配しなくていいの。私がしたくてやることだから……」
私がそう言ったらミラッシア様は頷いてくれた。
私がフェイ様の婚約者だと知っても利用しようとしてこないこと。そういう奥ゆかしいところが好ましく思える。
「ミラッシア様、これからフェイ様が学園に通うことになるから私の周りは騒がしくなると思います。それでも友人でいてくれますか?」
私は少しドキドキしながら問いかける。
同年代の友人はいなかった。王家の付けてくれた護衛はあくまで護衛で、友人ではないから。同性のお友達は初めてなので、これからも仲良くしてくれると嬉しいなと思う。
「もちろんですわ」
ミラッシア様がそう言って笑ってくれて、私は嬉しくなった。
私の様子を見てフェイ様は嬉しそうに笑っていた。
――そんな一件があった後、フェイ様と一緒に学園に通うことになった。
ミラッシア様の婚約は当然解消となり、侯爵子息は退学になった。浮気相手の方も実家に連れ戻されたらしい。
思いついて書きたくなったので書いたお話です。
キャメル・フダムア
男爵令嬢。第四王子の婚約者
王城によく顔を出しており、国王夫妻やフェーロイスの兄やその婚約者たちに可愛がられている。実の家族にも可愛がられている。兄や姉と呼ぶ人がいっぱいいる。
五年前にフェーロイスに出会ってから溺愛されている。学園に入学するまで公の場に全然出ておらず箱入り娘。学園には生徒に扮した護衛が沢山おり、キャメルを守っていた。
フェーロイスは独占欲強く、めんどくさい面もあるがそれも含めて好きだなと思って受け入れている系の令嬢。
フェーロイス
第四王子。獣人の血を強く継いでいる。見た目は可愛い系の美少年。
気性は荒めのため、婚約を結ぶ前は結構暴れん坊だった。キャメルに出会って大人しくなっている。ただし敵対する者には相変わらず容赦はない。
キャメルの前ではいつもにこにこしている。キャメルにくっつくのが好きでいつもべたべたしている。
興奮すると猫の耳と尻尾が出たりする。猫の姿に完全に変化出来たりもする(通常の猫よりも何倍も大きい)。基本的にキャメル以外に触られるのは嫌い。家族にも撫でさせない。
ミラッシア
伯爵令嬢。キャメルの友人。
親が決めた婚約者が問題児で苦労していた。この後、別の男性と婚約を結び幸せになる予定。
キャメルが第四王子の婚約者とは思っていなかったので驚いていた。