キョンシー
医務室にて
「事情を説明したいところだが、火炉国の言葉は分かるか?」
小鈴が問うと、意外にも男はうなずいた。
「……もしかして、単に発音が不得手ってだけか?」
男は、再びうなずいた。
「なるほど、それなら話は速い。まず、この場所は陰陽院、仙神が遺した教えの下、不老不死を目指す修行者の集うお寺みたいなものだ。そして、私は小鈴」
シャオリンは、呪符に使う紙に自分の名前を手早く書いて男に見せた。
「こすず……」
すると男は、謎の単語をつぶやいた。
一方シャオリンはまくしたて続ける。
「私は別に仙神の教えに興味は無いんだ、ただ不老不死に憧れてここに来た。しかしこうやって引きこもって研究していてはいつか煮詰まるだろう。それに兄弟子達は当番制の雑用を全て私に押し付けるし……そこで私はここを卒業してやろうと思ったんだ」
男は、虚ろな目をシャオリンに向けるだけだった。
「それで、その卒業の条件が……キョンシーって分かるか?」
男は首を横に振った。
「墓場とかから死体を持ってきて、何らかの術を使って半生の状態まで回復させ、自分に従うようにしたものだ」
男は目を見開いた。
「実際、あなたに符を貼り付けたり、霊薬がどうのと言ったりしたが、私にはキョンシーを作る実力は無い。今まで卒業した先輩方だって、新しい術を編み出したとか言ってトンチキな術を使うフリをして雇った俳優にキョンシーのフリをさせていたそうだ」
男は、ぽつぽつと喋り出した。
「ここ、出づり、どっち?」
発音間違いのある、単語だけの拙い火炉語だった。
「卒業した後か? そうだな、薬師のような事をしながら研究を続ける道、高名な寺へ行く道、独自に旗揚げする道……色々あるが、私は蓬莱か天竺へ行って研究したいな」
「ほうらい……」
「そう、あなたの故郷、竜宮国にある仙境だ。環境が良く、他よりも静かで、競争率も比較的低い。なんてったって……」
シャオリンは、少しためらってから、しかし気にせず口にした。
「竜宮は百年もの昔に動く死者の国になってしまったからな、そうそう人が増えないんだ」
男は、固まっていた。
シャオリンは、様子のおかしくなった男を見ながら、おそるおそる弁明する。
「し、知っていただろう? 自分がそうなってしまっているんだし」
「百、と、言た?」
「あ、衝撃受けたのそこか!?」
男は、片手で両目を覆い、うなだれた。
「……っと……のに……俺……恥知ら……口惜し……」
そして、竜宮語で何かつぶやくと、そのまま床に臥した。
「泣いてる……?」
シャオリンは、しばらく男の様子を見ていたが、そっとしておこうと考え、医務室を離れた。