表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

通行人2


「きゃっ」


「お?」


 お遣いに出ていたジムサは、曲がり角で小さな子供にぶつかった。


 怒涛の勢いで過ぎ去った洗礼式。その余波で疲れ切り、少年は長く寝込んでしまう。

 前代未聞な祝福『通行人』。これを職業としても良いのか、いったい、どんな職業なのか。教会にも皆目検討がつかない。

 けれど祝福には違いがなく、王国としてはジムサを囲い込み、その恩恵に与りたいと思っていた。


「しかし、どんな職業なのか分からないのでしょう? 恩恵だって不明な祝福です。そんな曖昧な状況で息子を手放したくはありません」


 不承不承の態を隠しもせず、ジムサの父親は実家にやってきた教会関係者を一瞥する。


 あの日、祝福を受けた『勇者』や『聖女』は、それぞれ専門家の元で精進しているらしい。彼等は確たる指針を持つ。武術や魔法など、学ぶべきことが分かっていた。

 それに引き換え、ジムサの『通行人』は全く意味が分からない。どんなことを学ばせて力を発揮させるのかも、どのように役立てるかも知れず、祝福と認めて良いのかすら未だに論じられているようだ。


 寝込んでいて蚊帳の外だったジムサを余所に、家族と教会関係者が話し合いを行った結果、王宮も少年の保留を認める。

 実際、役に立つかも分からない祝福のために予算を割くのも躊躇われたのだろう。ジムサには幸運だった。


「スキルにも益体ないモノはございます。祝福にだって有り得る話でございますしね」


 やや苦笑気味に答えた神官様。


 多くのスキルが存在するグリューネだが、中には不遇と呼ばれるスキルもある。『強臓』や『絶倫』などだ。

 前者は超丈夫な内臓の持ち主。これを如何に人生に役立てろと? 誰もが疑問に思うだろう。でも健康を約束する良いスキルだとジムサは思う。

 後者に至っては不名誉にも近い。男性の憧れではあろうが、これが役立つシーンなど思い浮かびもしないのが常人だ。

 奥方や子供らにしても、堂々と人様に話せない。子沢山であれば、『お盛んなのねぇ?』と揶揄されてしまうようなスキルである。神は何を思って、このようなスキルを人間に与えたのか。全くもって疑問が尽きないジムサだった。


 そんなこんなで、平凡な日常を約束された少年は、一時、時の人となりはしたが、すぐに興味を失われる。なにしろ意味も恩恵も分からぬスキルだ。王宮から召喚もなかったと知り、あの日の出来事を誰もが記憶の奥底に片付けてしまった。


 けれどジムサは知っている。『通行人』の恩恵を。


 なにしろ、前世の自分が考案して創り出したスキルなのだから。なぜにソレが実在し、自分に贈られたのかは分からないが、このスキルは使いようによっては化けるスキルである。

 『通行人』の恩恵は認識阻害と豪運。存在が希薄で何をしても目立たない。むしろ空気のようにどこにでも溶け込めるのだ。前世の記憶によれば、王宮の門番すら看破出来ない。眼の前を素通り出来るというぶっ壊れっぷり。

 そして豪運は読んで字のごとく。どのような状況にあっても幸運を掴み取る。何をしても良いように転ぶという、こちらも破格な恩恵。

 実際、最近のジムサは恵まれ過ぎていた。


 一週間ほど寝込んだあと、復活した少年に寄越された手紙。


『今回の特別奨学金枠に貴殿が選ばれました』と、簡潔に綴られたモノ。


 これは王都にある学術院から来た入学許可証。なんでも二番目の兄が、ジムサの考案した道具の詳細をしたため、申し込んでいたらしい。

 

「アレは良いモノだ。広めるべきと思った…… ついでに学べたらと……」


 言葉少なに説明するバサラ。広める行程に学術院を挟み、あわよくばジムサを入学させたいと思ったようだ。


「まあなぁ。ジムサは賢いし機転も利く。学べば一廉にはなるだろう。悪くない話だよな」


 当たり前のように頷くリュートを見て、ジムサはあいた口がふさがらない。


 いやいやいやっ、兄ちゃんら可怪しいからっ! 夢見過ぎだろうっ? 王都の学術院っつったら貴族様らが通うエリート学校だぞ? 生活魔法しかつかえないような平民が通える学校じゃないよっ?!


 遠回しにそう言った弟を呆れたかのように一瞥し、兄達は送られてきた入学許可証を、ずいっと突きつけた。


「これ見えないのか? あちらは受け入れるって言ってるんだぜ?」


「だからぁーっ! 何を書いたんだよ、バサラ兄ぃーっ!! あっちが何か勘違いするようなこと書いたんだろーっ?!」


 うわああぁぁっとわちゃわちゃするジムサを冷ややかな眼差しで見据え、二人の兄はやれやれと肩を竦めた。


 そんなこんなで、最近のジムサはツキ過ぎている。少なくとも本人は、そう思っていた。


 買い物すれば相手が釣り銭を間違えて多く渡してきたり、道を歩けば誰かしら困った人に遭遇し、助けた御礼をされたり。

 その都度、訂正するのが面倒くさいんで、これがスキルによる恩恵なのならば、止まって欲しい。

 毎回、きっちり釣り銭を計算して相手に返したり、大したことじゃないからと御礼を固辞したり。別の意味で疲れる毎日である。


 そして冒頭に戻ったジムサは、またかと、うんざり天を仰いだ。


 ぶつかった少女は、あからさまに怪しいのだ。キョロキョロと辺りを見渡して怯えるような仕草。訳ありですと、その華奢な全身で物語っている。

 

「すいません、お怪我はありませんか?」


 取り敢えず無難な声をかけ、ジムサは相手の出方を窺った。綺麗なプラチナブロンドの女の子は、思わずといった感じで少年を見上げている。


「大事ない。ありがとう」


 差し出されたジムサの手を取り、立ち上がった少女。自分より二つか三つ下だろうか。頭一つ分小さな女の子をながめ、ジムサは軽く挨拶し、そこを離れようと試みる。

 ……面倒はご免だ。そう物語るジムサの瞳。

 が、踵を返した少年は、怪しげな人間に気づいてしまった。

 まるで二人を窺っていたかのように佇むマントの男。周囲に埋没するはずのソレを認識した上なぜか違和感を持ち、少年は咄嗟に女の子を庇うよう立ち位置をズラした。

 そんな無意識の行動に、当の本人が狼狽える。


 なんで気づいちゃうかなぁ、僕ぅぅっ!!


 ジムサに覚られたと感じたのか、マントの男は静かに右手を上げた。

 途端、何かがジムサの脇を掠める。それは鋭利な矢。怪しいマントの男に注意をひかれていた少年は、さらにその後ろで構えていた誰かに気づかなかったのだ。

 続けて放たれたらしい矢がドシュっと鋭い音をたててジムサを貫く。いきなりの事態に騒然とする周囲の人々。その視界の中で、少年は矢の勢いに圧され傾いでいった。

 どさっと倒れたジムサを見て、背後で庇われていた少女が悲鳴を上げる。


 全てが一瞬。あっという間の出来事で、驚いた人々がジムサに駆け寄った隙に、怪しいマントの男らは姿を消した。


「いやあーっ! 誰かっ!」


 絶叫をあげて必死にジムサを揺する少女。その手をポンポンと叩いて、倒れた少年は、ひょいと身体を起こした。

 突然のことに唖然とする周囲の人々。


「ダイジョブ。ほら、刺さってないから」


「え……?」


 お遣いの買い物袋越しに刺さった鋭い矢。それは見事ジムサの脇と腕の間を擦り抜け、身体を避けていた。やれやれと矢を買い物袋から引き抜きつつ、少年は細い溜息を漏らす。


 ……これだよ。まあ、助かったけど。何が起きても死ぬ気がしないな。うん。


 ある意味、僥倖。ここが本当に例の小説の中だとしたら、この祝福の恩恵は計り知れない。上手くしたら、家族と共に生き延びれるかもしれない。


 そんな他愛もないことを考えつつ、ジムサは立ち上がると服についた砂を払う。


「そなたは命の恩人だ。なにか礼をせねばな」


 半泣きな顔で呟く少女。それに苦笑いし、ジムサは首を振った。


「大袈裟な。ちょっと転んだだけじゃないか。気をつけてね?」


 ぽんっと少女の頭を撫でて、何事もなかったかのように少年は雑踏に紛れていく。それに追いすがり、少女は真剣な面持ちで問いかけた。


「せめて名前をっ!」


 きょんっと呆けた顔をし、ジムサは困ったかのように頭を搔く。祝福の一件以来、地味に彼の名前は有名だった。だから、なるべく名乗りたくない。


「……ただの通りすがりだ。気にしなさんな」


 にっと快活な笑みを残して、今度こそ少年の姿は雑踏に消える。毎回、揉め事のたびに彼は同じ答えを返していた。


 ただの通りすがり。これを世間一般では『通行人』という。


 自ら『通行人』だと名乗っていたのにジムサが気づいた時には後の祭り。無自覚に善行を重ねる彼の名前は、本人の知らぬ処で静かに広がり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ