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『通行人』爆誕

 なんとなくな不定期投稿です。


「……信じらんねぇ」


 だだっ広い講堂。そこにひしめき合う人々の中で憮然としつつ、少年は独り言ちた。

 

 彼は、この光景に見覚えがある。小さな頃から読んでいた長編小説『暁に燃ゆ』と、そっくりなのだ。

 多くの十二歳な子供らが集められ、行われる洗礼式。それを行う荘厳な造りの教会を見て、少年の脳裏に数多な記憶が流れ出す。

 パタパタと繰り広げられる怒涛のシーン。激しい戦闘や甘酸っぱい一時など、自分の知りもしないはずの光景が次々と脳裏を横切り、しだいに遡る記憶の物語は、この教会から始められたのだと少年に教えた。


 でも、『暁に燃ゆ』? なんだ、それ? 僕は読んだ記憶がないぞ?


 実家が商家なため読み書きや計算は出来るものの、本とは高価な品だ。おいそれと手に入るモノではない。そんな高価な代物を、いったいどこで自分は目にしたのだろう。

 う〜っと唸るように俯く少年に気づき、隣にいた男性が声をかけた。


「ジムサ? おい、どうした?」


 ジムサと呼ばれ、はっと少年は顔を上げる。そこには心配げな彼の父親がいた。


「……ダイジョブ。ちょっと人混みに酔ったみたい」


 へらっと笑う息子を見て、父親は仕方無さげに苦笑した。


「まあなぁ。すごい人だものな。年に一回しかない洗礼式だ。みんな必死なんだよ」


「うん」


 突然、頭に流れ込んできた情報を整理しつつ、ジムサと呼ばれた少年は自身の記憶も検証する。

 

 ここはグリューネという世界で、多くの種族が存在していた。大きな種族としては人間や魔族、精霊やエルフ。他にも少数民族が多々おり、未だ判明しない部族もいる。

 それぞれ支配地域が決まっているし、そこから出てくることも滅多にないため諍いはない。戦争っぽいことも、遥か昔まで遡らないと記されていない。そんな平和な世界だ。

 ジムサの家は小さな雑貨屋。兄が二人と妹が一人いる。父は母親の他に妾もいて、それらが纏まって暮らしていた。一夫多妻なグリューネでは平民でも珍しくはないこと。

 各国、寛大な王家の元で豊かな暮らしをしている。


 ……この世界が物語の世界? んな、馬鹿な。


 だがジムサの脳裏に流れ込んできた情報は、この世界の暗雲を示していた。

 些細な縺れ。あからさまな擦れ違い。多くの疑心暗鬼。それらが複雑に絡み合い、グリューネに前代未聞な大戦を引き起こす。そのような物語だった。

 誰も救われず、深い後悔と慚愧に見舞われ、人間の国が滅ぼされる物語。

 酷い葛藤と時代の波に踊らされて、否応もなく争いに身を投じる若者達。しかも、その結果が全て裏目に出る悲惨さだ。

 人は間違う生き物だが、ここまで悪辣非道な物語はないだろう。


 脳内の阿鼻叫喚に気持ち悪くなり、少年は父親を見上げた。もさもさな髭面親父は、ん? といった顔で息子を見下ろしている。

 

 物語の中で、この父はどうなってしまったのだろう。ほぼ全域が焦土と化した人間の国。きっと生きてはおられまい。

 自分だってそうだ。たぶん、逃げ惑ったあげく、どこかで命尽き果てたのだろう。兄や妹も。


 ……させるかよっ!!


 ギンっと眼を見開き、ジムサは物語を反芻する。


 『暁に燃ゆ』は、この教会から始まった。そう、ここで勇者と聖女が生まれるのだ。今日この日に。


 なぜ自分がそれを知るのかは分からない。いきなり蘇った記憶。その記憶の出処も分からないが、それでも万一、起こりうる未来なのだとしたら。

 

 なんとしても止めなくちゃっ! 僕は死にたくないっ!!


 半分涙目な少年は洗礼を行う司祭様を、じっと見守る。勇者も聖女も生まれないでくださいと、心底願いつつ。

 そんな少年の視界の中で、厳かに洗礼は続けられていた。


「あなたのスキルは『豪腕』です。これは多岐にわたり活躍出来るスキル。精進しなさい」


 好々爺な面持ちの司祭に言われ、ぱあっと顔をひらめかす親子。


「父ちゃんっ、俺のスキル『豪腕』だってっ! 木こり向きなスキルだなぁっ!」


「ああ、さすが父ちゃんの子だっ! 俺は『握力』だったが、それの上をいくスキルだぞ? 司祭様、ありがとうございます」


 嬉しそうに階段を降りていく満面の笑みな親子。


 この世界グリューネにはスキルという概念が存在する。その人の人生を彩り導く指針のようなモノだ。スキルによって向いた職業を選び、精進し、誰もが豊かな暮らしをしていた。

 だがまあ、結局はサポートのようなモノで大した力ではない。向き不向きがすぐに判明するから下手な努力を必要とせぬ分、人生が楽になる程度のモノ。

 

「『豪腕』か。木こりも良いが、剣士や運搬にも向いたスキルだな。お前は何を授かるか。欲しいスキルとか、あるのか?」


 にっと快活に笑うジムサの父親。

 その温かな眼差しに圧され、少年は考えた。


「……父ちゃんは『演算』のスキル持ってるんだよね? 兄ちゃんらは『話術』と『速記』。俺は何が良いんだろう?」


 家族で商人向きなスキルは既に揃っている。

 う〜んっと考え込むジムサを見て、父親はうっそりと笑った。


「別に商人向きなスキルでなくても良いさ。まあ、親のスキルが子供に影響するのは確かだが、全く別系統なモノを授かる場合もあるしな。俺みたいに」


 その言葉を聞いて、ジムサも思い出す。

 父の実家は農家だった。当然、父にもそれ系のスキルを授かると思っていたらしいのだが、実際に授かったのは『演算』。

 四男坊だった父は祖父の伝で商家に弟子入りし、今の雑貨屋を築いた。辺鄙な田舎町なので繁盛している。


「それになあ? スキルってのは残酷だと父ちゃんは思うんだ。否応なく人生を決めてしまう。なりたい職業と、向いた職業の狭間で悩む人も多い。……好きに生きて良いからな?」


 酷く柔らかな眼差しで息子を見つめ、父親はため息をつくように呟いた。


 ……そうだ、父ちゃんは農夫になりたかったんだっけ。


 小さな雑貨屋の裏手を埋め尽くす大きな畑。村でも歓迎された雑貨屋と別に、ジムサの父親は農業も営んでいる。

 兄達が店を切り盛り出来るようになり、その畑中心に働き始めたジムサの父。これが夢だったんだよと笑う父の笑顔は本物だった。


 きっと父ちゃんは実家の農家をやりたかったのだろう。なのにスキルのせいで認められなかったのだ。

 祖父だって農夫になって欲しかったに違いない。だけど向かない仕事をさせては暮らしに差し障る。だから伝を頼りに父ちゃんを商家へ弟子入りさせた。

 どちらも悩み苦しんで決断したと思うと、ジムサはスキルというモノの存在を歓迎出来ない。今まで思いもしなかった思考が少年の脳裏にこびりついた。

 

 ……スキルとは、本当に必要なモノなのか?


 上手くはたらけば人生を潤す。それは確かだろう。しかし反面、それでしかいけないという妙な焦燥感や概念を生み出してもいる。人間の自由を束縛している。


 あれ? 変だな。……僕は何になりたいんだっけ?


 今まで思いもしなかったアレコレが脳裏を占め、ジムサは狼狽えた。

 そんな中、突然、大きな歓声がジムサの耳を劈く。思考の海に沈んでいた少年は、弾かれるように顔を上げた。


「祝福ですっ!! 数十年ぶりの祝福が賜れましたっ!! 『勇者』!! 『勇者』誕生でございますっ!!」


 感涙に咽び泣きつつ両手を掲げて、司祭様が声高に叫んでいる。

 それをまるで他人事のように聞いていたジムサは、次の瞬間、顔を凍りつかせた。


 ………マジで?


 恐る恐る振り返った少年の目に映るのは金髪の子供。ジムサと変わらない年齢の男の子が茫然自失な面持ちで立ち竦んでいる。


 ああ…… 本当になっちまったのか。


 祝福。これは向いた傾向ではなく、職業そのものをズバリと与えるモノだ。当然、それに必要な技能をも含めて。『勇者』となれば、優れた武術と品格が約束される。


 視界を埋め尽くす厳かなシーン。これは先程脳裏を横切ったシーンの一つ。ならば………


 ばっと辺りを見渡したジムサは、一人の少女に目を吸い寄せられる。銀髪の儚げな女の子。先程もらった情報が正しければ、あれが聖女だ。


 嘘だあぁぁっ! 誰か嘘だと言ってくれぇぇっ!!


 心で絶叫するも虚しく、今日この日、『勇者』と『聖女』は生まれた。


 歓喜溢れる教会の人々を余所に、なぜか絶望的満載で崩折れる息子を不思議そうに見つめる父親。

 だがまあ、事情を知らぬジムサの父親にとって勇者や聖女なぞどうでも良い。平和なグリューネに彼らが必要とされることはないだろう。

 むしろ、息子が何のスキルを賜るかの方が彼にとっては重要だった。


「ほら、お前の番だぞっ! 行ってこいっ!」


 へろへろな息子の失意も知らず、父親はジムサを祭壇へと送り出す。今の少年は何も考えられなかった。いや。考えすぎて頭が弾け飛びオーバーヒート気味。

 人間を滅亡に導く物語。その主人公とヒロインが揃ってしまったのだ。スキルだ何だと構っている余裕はない。


 ……どうしよう? どうしたら? 人間が滅ぶとなれば、雑貨屋も農業も意味はないよな? 何がいる? 戦える力? いや、僕一人でなんて出来るわけない。仲間を集める吸引力? それとも、政に関わる知性? 必要なのは何の力だ? あーっ、もーっ、分かんないよううぅぅっ!!


 べそべそと半泣きな顔で祭壇の水晶に触れたジムサ。


 すると水晶が大きく発光し、その中に一行の文字を浮かべる。


「また……っ? またもや祝福ですっ! ああ、なんということでしょうっ!! 今日という日を、わたくしは心に刻みます。三人もの祝福を賜るなぞ……」


 感無量で水晶を凝視していた司祭様が、なぜか言葉を詰まらせた。新たな祝福と聞き、目を輝かせる教会の人々。

 そんな周囲を余所に、ジムサも水晶の中に浮かんだ文字を読み取り、固まる。


「……祝福『通行人』? これはいったい?」


 長く教会に仕えてきた司祭様ですら初めて目にした職業。学んだスキルや祝福の中に、このような職業は存在しないと困惑する教会各位を余所に、ジムサは遠くなる意識を繋ぎ止められない。


 ……ああ、知ってる。僕は知ってるよ、これ。


 ブラックアウトするジムサの視界。そこには少年が前世で読んだラノベが並んでいた。多くの本に囲まれて至福の時を過ごした時間。あの時、自分は小説をネットに投稿する一人だった。


『大仰な俺強えぇーとか、重大な使命とか、テンプレは向かないよなぁ、俺。パンピーだもの。一般庶民が関わる話を書きたいなぁ』


 ポチポチとスマホを弄りつつ物語を紡ぐ。


『重大な場所に常に居合わすモブってどうよ? そういうスキル、面白くね?』


 鼻歌交じりに書いていた、あの小説。


『本人にもどうにもならない不可抗力。何気な一言で世界が動く。あは、良いね、俺的には有りだな』


 気楽な頭が考えた奇天烈スキル。何の力もない、ただの偶然を呼び込むだけのスキル。あのあと、どんな小説になったんだっけ?


 あまりの無責任な前世に憤り、ジムサはガバっと飛び起きた。


「有りだなじゃねぇわ、ボケぇぇぇーっ!!」


 突然、跳ねるように起き上がったジムサを呆然と見つめ、家族が心配げに駆け寄ってくる。


「どうした? 悪い夢でも見たか?」


「ボケぇって……… いったい、どんな夢だよ」


「あらあら、汗でびっしょり。着替えますか? お水をお持ちしますね?」


 それぞれ疑問を口にする家族達。妾のラウアが水を取りに駆け出したのを見て、ジムサは己の前世を呪った。


 こんな平々凡々な家の三男にどういう仕打ちだよっ! あ? 神様ぁっ!!


 少年の端的だった記憶。その全てが、今蘇った。


 ジムサの前世は地球人佐藤優。普通の高校生で、ネットに小説を投稿する一般人。取り立てた器量もなく、世間に埋没するパンピーだった。

 今世だって、そうだ。雑貨屋の三男坊で、可もなく不可もない人生を歩んできた。歩んできたつもりだった。


 だが違ったのだ。


 ここはグリューネ。『暁に燃ゆ』という小説と非常に酷似した世界。このままゆけば戦火に見舞われ、人間の滅ぶ世界。前世に読んだ物語ではそうだった。救いのない絶望と慚愧しか残らない結末だった。


 ……あれが現実になる?


 ひやりと背筋を凍りつかせ、ジムサは家族をチラ見した。誰もが心配そうに少年を見つめている。


「教会で倒れたんだよ、お前。覚えてるか?」


 父親の大きな掌がジムサの頬を包んだ。


「祝福を賜ったって聞いたけど…… 『通行人』って。職業になるのか? それ」


 少し戯けたかのように笑う長兄。名前はリュート。今年二十歳で、すでに結婚秒読みな許嫁もいる。その後ろには次兄のバサラ。今年十八歳の言葉少なで寡黙な青年だが、今は物言いたげな眼差しでジムサを見つめていた。


「祝福に違いはないですよ。誉でしょう」


 水の入ったカップを盆にのせて差し出すのは父の妾のラウア。妹の母親で、雑貨屋の下働きのようなことをしていた。ジムサの母親は身体が弱く寝たきりなため、奥方の代理をも務める頼もしい女性だ。

 彼女のスカートの陰に隠れて、チラチラ見上げているのは妹のサライ。何か話したげな口元が可愛らしい。


 絵に描いたように幸せな家族の肖像。これが壊される?


 ……させるかよ。


 こうして前世の記憶が蘇ったのは幸いだ。自分は物語を知っているのだから。ここが本当に小説の世界なのかは分からないが、全力で抗ってやる。


 こうして生まれた、異世界最弱でありつつ最強なモブ、『通行人』。


 前世の記憶と、すちゃらかな己のスキルを頼りに、少年は世界の命運を担ってしまうのであった。



 

 モチベ上がりにくいので、超低浮上です。更新は気長にお待ちください。

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